第四十話『龍の巣』
続きとなります。
エルヴィンの提案に衝撃を受けるアイリスら他の仲間達。皆が二の句を継ぐことができず、静寂が訪れた空間。たっぷり十秒後、その静寂を破ったのはシュメッタだった。
「その気持ちはありがたいんだけど・・・貴方、正気なの?」
「ひっど!?これでも真剣に考えたんだぞ!」
「そうは言われてもねえ?貴方達、エルヴィンの女装姿ってどうなの?」
シュメッタはアイリス達に聞いてみるが、全員首を振る。一番付き合いのあるベルンハルトでさえ、エルヴィンの女装姿など見た事なかった。
「気持ちは嬉しいけど、エル君でも無理があるんじゃないかなぁ。その、僕は見てみたい気もするけどさ。」
「そうね。そこまで気を使ってくれなくていいのよエルヴィン君。」
ツェツィとアイリスに哀れみの表情を向けられるエルヴィン。
「こらこら。勘違いしてるだろ。女装じゃなくて、変化で女になるんだよ。」
「あの大きな銀狐になる技?エル君は女性にも変化できるの?」
「おう。できるぞ。女狐変化!」
エルヴィンが頭に葉っぱを乗せて叫ぶと、ぼふんという音と共に煙で包まれる。徐々に煙が晴れると、そこには銀髪の狐耳美少女となったエルヴィンがいた。
「どう?どこから見ても女でしょ?」
身長が頭一つ分低くなり、声は高くなる。口調も女性っぽく。そして、服装も騎士服からフレアスカートへと変化する。
「へえ。すごいじゃない。」
「うっわまじ女になってんじゃん!」
「ほう・・・。」
「「・・・」」
そしてツェツィとアイリスは、女性となったエルヴィンのある部分に目が釘付けとなる。エルヴィンの胸には豊満な双丘がそびえていた。ツェツィは何かに憑かれたようにふらふらとエルヴィンに近づくと、豊満な胸を両手でがしっと鷲掴みにする。
「きゃっ!?何するの!?」
エルヴィンは胸を手で庇いながら、ずざーと後退りする。ツェツィは手をわきわきさせながら、鬼気迫る顔をしていた。今まで見たことのない表情のツェツィにエルヴィンはびびる。
「ツェ、ツェツィ?一体ど、どうしたの?」
「ふふふ。ダメだよエル君。それは罪だよ?」
「な、何言ってるの!?」
さらに後ろへ下がろうとすると、背中が誰かに当たる。振り返って見てみるとアイリスだった。アイリスは薄く微笑んでいて、エルヴィンの背筋がぞわっとした。そしてアイリスはエルヴィンを羽交い締めにする。
「エルヴィン君。それは、あってはならないモノなの。有罪よ。」
「アイリスも何言ってるの!?」
エルヴィンの、あるまじき胸の大きさを見て、平均的なツェツィと控えめのアイリスは嫉妬の炎が燃え上がった。エルヴィンは本来、男なのだから、その燃え上がる勢いも尋常ではない。
「エル君は男なのに・・・僕よりずっと大きい。」
「ほんと、手から零れちゃうわ。」
「ひやぁ!?や、やめてぇ~!」
ツェツィは前から、アイリスは後からもにゅもにゅとエルヴィンの胸を揉みしだく。
「あらあら。ずいぶん楽しそうね。」
シュメッタは持つ者の余裕なのか、愉快そうに三人のかしましい様子を見ていた。ベルンハルトとカルツァも遠巻きに見守る。
「男の子なら、嬌声聞けるなんて嬉しいでしょ。」
「エルの嬌声とか正直複雑すぎて困る。嬉しがったら負けな気がする。」
ツェツィとアイリスにひとしきり揉まれた後、エルヴィンは解放される。ぐったりとしていた。
「ねえ。スカートの中はどうなってるの?」
遠慮なくフレアスカートをぺらっとめくるシュメッタ。スカートの中が皆に丸見えになってしまった。
「こらああ~!」
エルヴィンはシュメッタの手をべしっと叩き落とし、スカートを押さえる。だが時すでに遅し。シュメッタは口に手を当てて驚いていた。まるで信じられないものを見たかのように。
「まさか下着まで女性物だなんて。しかも白。」
「エル君・・・。」
「エルヴィン君・・・。」
「エル・・・。」
「ちなみに俺は黒が好みだ。」
皆が驚く中、カルツァだけはいつものように自己主張をしているが皆が無視した。
「べ、別に好きでやってるんじゃないわよ!?女性に変化するなら徹底的にやれって教えられたのよ!お姉ちゃんに!」
エルヴィンは必死に言い訳をする。下着まで徹底された変化は姉に仕込まれたものらしい。
「なあ、興味本意で聞きたいんだが。エルのアレ、ちゃんと付いてるのか?」
「そ、それ聞いちゃうの・・・?」
「さっき見た感じだと下着に膨らみなかったわよ。」
シュメッタはニヤニヤしながら追撃する。明らかにこの状況を楽しんでいた。エルヴィンは顔を真っ赤にする。スカートの裾をぎゅっと掴んで、涙目になっていた。
「変化は魔力を使って体の構造を変えるから・・・その、あの・・・ついてないよ。」
「トイレとかその姿で出来るの?」
「できるよ。」
「へえ。男なのに女の子の姿でも出来るんだ?」
「え・・・はっ!?」
シュメッタに痛い所を突かれたのかしどろもどろになるエルヴィン。男がお花の摘み方など知っているはずがない。つまり、異性の誰かにやり方を教えてもらった事になる。恐らくは先程言っていたエルヴィンの姉だろう。
「もうおしまい!」
エルヴィンはそう叫ぶと、ぼふんと音がして煙が舞う。煙が晴れると、エルヴィンは男に戻っていた。
「うう。ひどい目に遭った・・・。」
「あら残念。可愛かったのに。」
エルヴィンは抗議の視線を向けるが、シュメッタはどこ吹く風だ。
「ごめんねエル君。」
「私もどうかしてた。謝るわエルヴィン君。」
男に戻ったエルヴィンに対し、我に返ったツェツィとアイリスは謝っていた。
「でも、胸を強調するのはいかがなものかしら。持たざる者への宣戦布告よ。エルヴィン君。」
「そうそう。エル君はやり過ぎだと思う。」
「そんな事言われても。姉さんの姿を真似しただけだぞ。」
「胸の話は置いといて。話が逸れたから戻すけれど、エルヴィンは十分にエリィゴンを騙せると思うわ。エルヴィンがメロメロにして、油断させたところで、未来視されても避けられない動きで急所に神物質の剣をぶちこめば倒せるはず。」
エルヴィンの変化を見て、シュメッタは行けると思ったようだ。対照的なのはツェツィとアイリスだ。
「本当に大丈夫なの?僕みたいにひどい事されないかな。」
「そうよ。私達みたいな目に会うかもしれないし、エルヴィン君の負担が重いわ。」
「二人とも心配しすぎ。大丈夫だって。俺は狐だぜ。化かし合いは得意だ。」
相手を化かすのは狐族の十八番だ。エルヴィンにはか弱い女性を演じ切れる自信があった。
「とは言っても、状況を整えないとあいつは油断しないわ。これから皆で詳細を詰めましょう。」
チャンスは一度きり。失敗したら警戒されて次からは出し抜くのが困難になる。エルヴィン達はエリィゴン戦に向けて作戦を練るのであった。
*********
五号遺跡の第五層には『龍の間』と呼ばれる広い空間がある。古龍や新龍を初めとした神様の絵が壁一面に描かれている場所だ。天井も高い。中央には拠点として『調査本部』と書かれた天幕が設営されている。照明として魔法灯も設置され、明るさは十分だった。
『龍の間』は壁が崩れている箇所があり、大きな穴が開いていた。穴の向こうにも『龍の間』と同じ大きさの空間があり、いくつもの通路が口を開けている。
「では、作業割り当てについて説明します。」
冒険者が全員到着したのを確認すると、セーラはどのパーティがどの領域を担当するか説明を始める。
「ご覧の通り、複数の通路が確認されています。こちらの方で通路に識別番号を振り、パーティ毎に探索して頂く通路を割り当てています。その一覧がこちらになります。」
通路には文化財課が定めた命名規則によって識別番号が振られている。天幕の横に張り出した紙には、担当が書いてあった。セーラが読み上げていく。クオン達のパーティは5-5-Cの通路だ。
「終了時刻は十九時を予定しております。その時刻までには進捗に関わらず戻ってきてください。明日以降は探索の状況を鑑みて適宜終了時刻を変更いたします。」
「緊急の場合は地図作成器についている赤い緊急ボタンを押してください。調査本部に連絡が行き、職員及び運営協力者が事態の対応をいたします。」
「何かあれば、私達が助けに行くから安心してね。」
レティシアがにこやかに告げる。レティシア含め何名かの冒険者は調査ではなく運営協力者としての参加のようだ。
「各自、準備が出来次第、調査の開始をお願い致します。」
冒険者達はそれぞれパーティ毎に別れて割り当てられた通路へと向かう。クオン達も移動しようとしたところ、レティシアに呼び止められた。ちょいちょいと手招きをされたので傍まで行く。レティシアはクオンの耳に口を寄せると、こっそり耳打ちした。
「カリンちゃんにいいとこ見せようとして無理しちゃだめよ?」
「し、しませんよ!」
「あはは。じゃ、頑張ってね。」
レティシアはクオンの背中を軽く叩いて去っていった。クオンがカリン達のところまで戻ってくると、カリンがじーっとクオンを見てくる。
「レティシアさんに何て言われたの?」
「頑張ってって言われただけだよ。」
「ふーん?」
カリンはジト目になる。クオンが何か隠しているのではと疑っているようだ。クオンが困っていると、リリスとナツメが助け船を出す。
「まったくもう~。カリンってば嫉妬しちゃって~。」
「青い春が来てる。」
「なっ!違うから!」
カリン自身に自覚はなかったが、端から見れば典型的な嫉妬に見えた。嫉妬と言われてカリンはクオンへの追及は止めた。
「そろそろ行こうぜ。他の冒険者達は皆行っちまったぞー。」
気づいてみると、ほとんどの冒険者達は通路へと入ろうとしているところだった。クオン達も目的の通路の前まで移動する。
「うわあ。真っ暗ね。」
リリスが言うように、通路の奥はまるで真っ黒な墨を流したように闇だ。クオンは灯りの魔法を詠唱する。
「光の神よ。我が腕に導きの光を。灯火!」
クオンの周囲が光で明るくなる。クオン達は灯火の光を頼りに、足を踏み入れるのであった。
*********
通路に足を踏み入れた後、クオン達はひたすら歩き続けていた。口数も少ない。皆の息遣いと足音だけが辺りに響いていた。
クオン達は広い空間に出る。すると、起動するような音が聞こえ、淡い光が灯った。クオンが上を見ると、天井全体が照明になっているようだった。経年劣化でところどころ崩れているせいか照明は弱いが、光量としては十分だった。辺りを見渡すと、円形の大きな部屋だと言うことが分かる。
「ここは何だろうね?何も無いように見えるけど。」
リリスは部屋の中を見渡しながら言う。瓦礫がある以外はこれといって物がない。クオン達は散らばって部屋の中を調べてみる。
「扉らしきもんはないなー。」
壁には継ぎ目もなく開きそうな場所もない。バートは壁を叩きながら調べてみるが、仕掛けがあるような気配もない。特徴と言えば、壁の一ヶ所に古代文字が描かれている事ぐらいだ。
「ねえ。皆、ちょっと来て。これ、何かな。」
床を見ていたナツメが皆を呼ぶ。ナツメが指差した先の床面には、扇形の図形が描かれていた。他の床面にはこれといって何もないのに、この図形の中だけ複雑な紋様が刻まれている。
「とりあえず、触ってみるね。」
するとブオン!という音がした後、図形の外周に光が走る。ゴゴゴゴという音と共に、扇形の部分の床がせりあがった。クオンのお腹くらいの高さまで来ると床の上昇は止まり、扇形の台座となった。紋様に光が走る。台座から光の板が出現し、何やら古代文字が羅列されていく。クオンは目で古代文字を追うが、読めない。
入口が唐突に閉まり、壁と一体化する。そしてガコンという音がする。
「ななな、なんだぁ~!?」
「「きゃ!?」」
「・・・何、これ?」
体に一瞬の浮遊感。いきなりの感覚に、クオン以外は慌てて
いる。
(部屋全体が動いてる?これは・・・昇降機?)
クオンは感じた浮遊感からこの部屋全体が大きな昇降機だと気づく。そう考えれば、あの台座が制御するための機械のはずだと思い至ったクオンは光の板に表示される文字と絵を凝視する。
絵は何かの立体構造のように見える。その中で円筒状になっている構造部分の一部が点滅している。点滅している部屋は徐々に下へと移動していた。
(絵がこの遺跡の地図で、点滅している所が現在地、変化する文字はきっと階数を示してる。)
クオンは慌てている皆を落ち着かせるために推測を述べた。
「落ち着いて皆!きっとこの部屋全体が昇降機になってるんだ。部屋全体がより地下に降りてるんだよ。」
「しょ、昇降機ぃ?この部屋全体がか?」
バートが驚いて聞き返す。昇降機自体は王都にもあるが、部屋全体が動くというのはない。
「フェリウス帝国の遺跡ならあり得るでしょ。」
落ち着きを取り戻したリリスがそう言う。『理解しがたいものはフェリウス帝国が作ったもの』。それぐらいの説得力がフェリウス帝国にはある。
しばらく台座の上の画面を見ていると、急に今度は上から押さえつけられるような感覚。そしてまたガコンという音がした。
「止まった?」
ナツメがそう呟くと、シュンという音と共に壁の一部が開いた。そしてそこから、何体ものクアドラゴーレムがぞろぞろと出現した。
『∧$/&∩¥∧』
ノイズ混じりの音声が聞こえるが、内容は聞き取れない。円筒部に嵌め込まれた、目と思しき赤い水晶に光が収束していく。クアドラゴーレムは明らかに攻撃をしようとしていた。
「皆!戦闘準備!」
クオンが叫ぶと、各自戦闘配置につく。カリンは素早く、防御の魔法を詠唱する。
「我を覆うは、聖なる光の貝殻。聖天殻!」
全員が大きな光の殻で覆われると同時に、クアドラゴーレムは赤い光弾を連射してきた。光弾は聖天殻に衝突するとエネルギーを失い霧散する。全弾受けきると同時に聖天殻も消失する。
「今度はこっちの番。」
ナツメは背中の矢筒から次々に矢を取り出し射っていく。矢筒には何種類も矢が入っているが、ナツメは矢羽の感触で正確に任意の種類の矢を選ぶ事ができる。ナツメの魔法弓は自然魔石による魔力供給により、矢に運動エネルギーを追加したり様々な効果を付加できる。
ナツメが放った貫通矢は運動エネルギーがプラスされ、クアドラゴーレムを次々に射抜く。射抜かれたクアドラゴーレムはバチバチと火花を散らして動きを止めた。
「さあ、私もいっくよー!」
リリスは軽快な動きでクアドラゴーレムの側面に回り込むと、トンファーで殴り付ける。リリスは魔法は苦手だが、魔力による単純な肉体強化は得意だ。少女といえども打撃は強力。クアドラゴーレムの胴体は凹み、吹っ飛んでいく。
「ていっ!」
「あらよっとぉ!」
クオンとバートは装甲の薄い関節を狙い次々と倒していく。そのうち敵の出現は打ち止めとなり、戦闘は終了した。鉄クズとなったクアドラゴーレムの山ができている。
「ふう。何とかなったね。みんな大丈夫?」
「ん。大丈夫。」
「おう楽勝だったぜ。」
「んもぅ敵多すぎよ~。疲れちゃったわ。」
「だいじょうぶい。」
クアドラゴーレムを全部倒すと通路が出現した。画面を見ると、現在位置は円筒部分の最下層のようだ。通路は内部が光っている。施設としての機能はまだ生きているようだ。
「少し休憩したら、先へ進もう。」
クオンが言うと皆が頷いた。十五分間ほど休憩を取る。リリス以外はあまり疲れていないので、クアドラゴーレムに刺さったナツメの矢を回収する。
休憩が終わると、クオンを先頭に光る通路へと向かう。通路の入口前には、床が黄色い枠で囲まれた領域があった。何やら古代文字が書かれているが、これもまた読めない。
「何だろうねこの枠。」
「怪しい。」
リリスとナツメが怪しんでいる横でバートが長戦斧で黄色の枠の中をつついてみる。反応はなし。
「とりあえず危険は無さそうだし乗ってみようぜ。よっと。」
バートが乗ってみるが特に反応はなし。足で踏みしめてみても動きはない。
「大丈夫そうだぜ。」
バートがそう言うので、クオン、カリン、リリス、ナツメが一人ずつ枠の中に乗っていく。すると、最後のナツメが乗った瞬間、突然動きがあった。
『・・#$¥∩・・!』
ノイズ混じりの不鮮明な音声が流れる。内容は誰も聞き取れない。戸惑っていると、突然、足元の床ごとクオン達は浮かび上がった。浮かび上がった床からは金属の棒がにょきにょきと生えてきて互いに接続し手すりのようなものを形成する。
「ななな、何これぇ!?」
リリスが叫ぶと同時に、クオン達を乗せた床は光る通路へと進入する。慣性は感じず、急な発進でもクオン達は倒れる事はなかった。
「これ、移動機かな?施設内を移動するのに使う機械だよ。」
「どこに行くのかな。私達。」
「今さら降りれないし、覚悟決めるしかないわね。」
「先行き、不安?」
「まあどうにかなるっしょ。」
しばらく進むと通路全体の壁が透明になり、外の様子が見えるようになる。そこにあったのは、壮大な風景だった。大きな地下空間。むき出しの岩盤に囲まれた空隙の中に、大きな光の球体が浮かんでいる。ゆらゆらとさざ波のような揺らめきが球体表面を走っていた。幻想的な光景にクオン達が見とれている中、カリンだけは驚愕の表情を浮かべていた。
「これは・・・龍脈!?」
「知ってるの?カリン。」
「えっと・・・。」
リリスに聞かれて口ごもる。龍脈は竜角人が転移に利用していた亜空間通路だ。自分が竜角人であるとばれないように、言葉を選んで答える。
「本で読んだ事があるの。神の世界と繋がる、光の道があるって。りゅ、竜角人が利用してたらしいわ。」
カリンはちらっとクオンの方を見る。クオンはカリンの意味ありげな視線と言葉で、この光景が竜角人絡みの事だと察した。
(竜角人関係の事か。)
クオンは適当にカリンと話を合わせる。リリス、バート、ナツメは信頼できる友達だが、カリンが竜角人の事を迂闊に話す訳にはいかない。
「僕も読んだ事あるよ。確かに描写と一致するかも。」
クオンにとって龍脈は初耳だったが、カリンが言うのなら、眼前の光の奔流がさざめく球体はきっと龍脈と呼ばれるものなのだろうと思った。
(そういえば龍脈の事、クオンに言ってないや。あとで教えなきゃ。)
龍脈の手前に何か施設が浮いているのが見えた。通路はその施設まで伸びている。この移動機の行く先は、謎の浮遊施設のようだ。
「あそこまで行くみたいだな。」
バートの言うとおり、クオン達の乗った移動機は浮遊施設へと到着する。施設は三角錐を逆にした感じで浮いており、クオン達が降り立ったのは施設の最上部だった。施設の屋上に当たるのだろうが、中へ入るための入口は見当たらない。見上げればすぐそこに光の球体が視界一杯に広がっている。
「すげえ光景だな。」
「そうね。神々しいわ。」
「荘厳。」
バート達が眼前の光景に感動している中で、カリンはクオンの袖をちょいちょいと引っ張る。何か二人で話をしたい様子だったので、クオンはカリンと共にバート達から少し離れる。
「クオン。私、これ知ってる。」
「そんな気はしてたよ。教えてくれる?」
「うん。えっとね・・・。」
カリンは簡単に説明をする。龍脈は自然に形成された亜空間通路であること。ここはその龍脈が複数交差する『龍の巣』と呼ばれる特別な場所であること。
「ここは多分、フェイリス帝国の転移ポータルだと思うの。」
「転移ポータル?」
「うん。『龍の巣』は亜空間通路が複数利用できるから、世界の色んな場所に簡単に移動できるの。」
カリン曰く、アントラ王国にも同じものがあり長距離移動に使っていたそうだ。この目の前のものよりは小規模だったそうだが。
「じゃあ、どこかに制御端末があるのかな?」
「多分そうだと思う。干渉機がないと、目的の場所に移動できないから。」
「干渉機って?」
「目的地へと通じる龍脈を探し出すための機械だよ。」
転移門、干渉機、龍脈。この三要素が長距離転移には必要らしい。今いる施設は、きっと転移門と干渉機を搭載しているはずだとカリンは言う。
「でも、何も見当たらないね。どこかに中へ入るための入口があるのかな?」
クオンははそう言いつつ周りを見渡すが、どこまでも平らな床面で何も装置らしきものはない。
「ねえ、クオン。カリン。こっちに来て!」
龍の巣を見ていたリリスがクオンとカリンを呼ぶ。
「あそこに何かあるの。魔法で拡大してみてくれない?」
リリスの指差す方向、わずかに何かが浮いているのが見える。目を細めても見えそうにない。バートとナツメも一生懸命に目を細めているがダメなようだ。
「分かった。やってみるよ。世界に満ちる光の旋律、我の瞳の力と成れ。望遠瞳。」
魔法で光を屈折させ、対象を拡大する。
「あれは、龍?」
カリンが呟く。クオン達が見たモノ。それは光の膜に包まれている、銀色の龍なのであった。
*********
エリィゴンは苛立っていた。久しぶりに痛ぶり甲斐のある女を見つけたと言うのに、シュメッタに邪魔されたからだ。
「神物質の剣さえ!あの忌々しい剣さえ無ければ!」
エリィゴンは元々、オストシルト帝国の前身であるループス帝国の貴族だった。典型的な悪徳領主で、誰よりも残忍な事で有名だった。気に入った女がいれば誘拐して好きなだけ痛ぶって凌辱した。領民を塵芥のように扱っては苦しめ、逆らう人間は徹底的に潰した。ループス帝国は魔王戦争の影響で統治力を失っており、エリィゴンを裁く事ができる者はいなかった。
邪神の第一使徒であるという男から使徒へ誘われた際も、簡単に人間である事を捨てた。事実上不死になれると唆されたからだ。あるかどうかも分からない白磁の竜角がなくとも確実に不死になれる。誰にも殺される心配もなく、エリィゴンは歪んだ欲望を満たし続けた。
だが、予定外の事態が起こった。この世界には存在しないはずの神物質。理由は不明だが、その物質を魔族が少量ながら持っていたのだ。魔王は四天王を初めとして幹部クラスの魔族に神物質から作り出された武器を持たせ、使徒を狩り始めた。エリィゴンもシュメッタに追われ、不運にも共に永久円環に閉じ込められてしまった。
「どうにかしてあの剣を壊さねば・・・!」
シュメッタが剣の扱いに慣れていない事、かつて魔族から奪った未来視の力がある事で辛うじて致命傷は避けてきた。
「そうだ。シュメッタは甘い。あの獣人の女をどちらか捕まえて人質にすれば。ひひひ。」
エリィゴンはツェツィとアイリスに目を付けていた。特にツェツィがエリィゴンの好みに刺さっていた。どんな声で啼いてくれるだろうかと下卑な考えが頭を埋め尽くす。
エリィゴンが笑っていると、じゅるじゅると音を立てて近づく黒い液体があった。それはエリィゴンの近くで止まると、形が変わって黒い蛇のようになる。
「ふん。お前かテラス。結局外には出れないではないか。この役立たずめ。」
怪物と呼ばれた黒い蛇はケタケタと音を出す。このテラスはエリィゴンの配下の内の一匹だ。他にも第一使徒から貰った配下の魔物がいたのだが、シュメッタに全て狩られてしまった。エリィゴンはテラスが邪神に呪いをかけられた人間だという事ぐらいは知っていたが、その素性にさして興味はなかった。死なない便利な駒くらいに思っている。
エリィゴンはテラスにこの永久円環からの脱出方法を探らせていたが、脱出は無理だと言うことが分かっただけだった。テラスだけなら外に出れるが、永久円環の界面は神物質の通過を遮断するように設定されていた。
「最悪、アレを使うしかないな。」
エリィゴンには一つだけここから脱出する方法があったが、リスクを伴う危険な方法だった。そのため、実行できずにいた。
「まずは、あの忌々しい吸血鬼を始末だ。そしてあの獣人の女達で楽しもう。ひひひ。脱出はそれからでも遅くはない。お前にも働いて貰うぞ。テラス。」
エリィゴンはさらに醜悪な笑みを浮かべる。テラスはただケタケタと音を出すだけだった。
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