第三十九話『五号遺跡へ』
続きとなります。
崩れ落ちたヴァレンシュタイン城の大広間では、トイセン騎士達が集まっていた。ヴァレンシュタイン城に急行した騎士達が目にしたのは、巨大な正体不明の正二十四面体だった。あまり近づくと引力が働くため、騎士達は一定の距離以上を保って遠巻きに監視していた。
「これはまた厄介なもんを見つけたのう。」
騎士達の中で三名ほど違う服―――魔法兵団のローブを身に付けている者達がいた。魔法兵団から派遣された魔導師達である。ライエンはその中でも、初老の犬族獣人の魔導師―――カニス=リアリスに話しかけた。
「あれが何か分かるのか?」
「正式名称は永久円環。フェリウス帝国時代の異次元式牢獄じゃ。異次元時空を形成して対象者を封じ込める。儂も実際見るのは初めてじゃよ。」
「打つ手はあるのか?」
「少なくとも、儂らにはお手上げじゃ。時空に干渉する魔法を使える者は少ないからの。時空魔法を使えるカール君をククル大陸から呼び戻しておる。」
「つまり、それまでは打つ手がないのか。」
「取り込まれた新人らが頑張れば早く解決するかもしれんぞ。あれを見てみい。」
カニスが指さした先には、カルツァが吸い込まれる前に大広間の床へと突き刺した短剣があった。短剣の頭身には幾何学模様が刻まれている。カニスはそれが何であるかを見抜いていた。
「あれは?」
「おそらく、クラインの坊やの短剣じゃ。空間転移の術式が刻まれておる。脱出するための座標ポインターとして使うために設置したのじゃろう。内側から異次元時空に穴を開けることができれば脱出の可能性はある。カルツァ君も時空魔法は使えたはずじゃ。若者の力を信じて見るのも良いかもしれん。」
ライエンは渋い顔をする。いくらエルヴィン達が新人としては優秀でもカニスほど楽観視はできなかった。
「それとまだ厄介な問題がある。魔国がこの件に関して情報を隠している可能性じゃ。」
ヴァレンシュタイン城の不審者事件は当初から、わずかに魔族の痕跡があったために魔族の関与が疑われていた。よって、魔国に照会したところ、ある魔族がトイセン近辺で魔王城から無断で持ち出した魔道具の実験をしていたという事実が分かった。おそらく、実験に失敗して閉じ込められたのであろうと。その魔道具は時空間をランダムに移動したり時空を曲げて存在を隠蔽する性質があり捕捉が難しいとの説明を魔国側はしていた。その後、魔国と協力して捜索したものの、発見はできなかった。周辺に危害を及ぼすような魔道具ではないとの説明もあり、一旦棚上げとなっていたの案件あった。そういう経緯もあり、難しい案件であるが脅威度は低いだろうと言うことで、エルヴィン達新人の任務として選ばれたのであった。
情報が隠蔽されているという疑惑が生まれたのは、魔道具が永久円環であった事だ。魔国からの情報では、魔道具は重力檻のはずだった。それに加え、カニスの記憶が確かなら、永久円環は魔王城の宝物庫に所蔵されている一基とルークス聖王国の聖立研究院にある二基の合計三基である。状況からして、目の前の永久円環は魔王城にあったものに違いない。ならば、魔国はその事実を隠していた事になる。
そして、さらにカニス達の疑いを一層深めたのは派遣されて来た魔族を見たからであった。
「・・・。」
腕を組み、永久円環をじっと見つめている黒金髪の女性。カニスはその魔族と話をしようと近づく。
「イティネリス殿。少し話をしてもいいかの?」
「構いません。何でしょうか?」
「《死神》イティネリス。精強で知られる魔王軍の中でも上位の魔族である貴方が何故ここに来たのか教えていただきたい。」
《死神》の二つ名を持つ強力な魔族。それがこのイティネリスという女性だ。
「貴方は過剰戦力ではないか?それとも、あの中に貴方の力が必要な程の何かがいるのかの?」
「それについてはお答えできません。」
イティネリスの答えは暗に示していた。あの永久円環の中に、イティネリスを派遣しなければいけない程の何かがいる事を。
「ですが、用心しておくとよろしいでしょう。念のために。」
イティネリスは無表情のまま言う。真実を言う気はないが、殊更に隠す気もないらしい。感情が全く読み取れず、カニスは人形と話している感覚さえしていた。
「ところで、貴方は力ずくであれを壊せないのかの。」
「中の魔族は大丈夫でしょうが、新人達は確実に死にますよ。おすすめはできませんね。」
「できれば、貴方が力を振るわない事を祈っとるよ。」
話が終わると、イティネリスは再び永久円環の方を見る。カニスはライエンの元へと戻ってきた。
「気を付けておいた方がいいの。明言はしなかったが、あの中に我々が関知してない何かがいるようじゃ。」
「・・・警戒しておくよう団員に指示しておく。」
カニスは他の魔導師達のところ向かう。ライエンは輝く永久円環を見ながら、独りごちる。
「一体、何がいるんだ?あの中に。」
わざわざ《死神》まで派遣してまで備える必要のある相手。ライエンにはまったく想像できなかった。
「死ぬなよ。こんなところで。」
ライエンの呟きは、エルヴィン達には届かない。
*********
エルヴィンはシュメッタは共に行動していた。急いではぐれた仲間を探しながらも、シュメッタはエルヴィンに使徒について教えていた。エルヴィンは全力で走っていたが、シュメッタは涼しい顔で追随していた。
「使徒に出会っても絶対に戦ってはダメよ。まずは逃げる事を優先しなさい。貴方の仲間が襲われていたら、私が使徒の相手をするわ。その隙に仲間と逃げる事。いいわね?」
「分かったけど、使徒ってそんなに強いのか?」
「基本的に、特殊な武器でないと殺せないの。これよ。」
シュメッタは黒いドレスの中から剣を取り出した。明らかにドレスの中に入らない大きさだった。
「そのドレスどうなってんだよ。絶対入らねえだろその剣。」
「あら。乙女のドレスの中を詮索すると嫌われるわよ。それより、これを見て。」
シュメッタは鞘から剣を抜く。その剣の刃は、金色に輝いていた。
「黄金か?柔らかいから武器には向かないぞ。」
「違うわよ。これはディンギルよ。」
「ディンギル?」
「神物質、神の体を構成しているという特殊な物質よ。使徒は体を神物質に作り替えられているわ。神物質には神物質でないと殺せないの。普通の攻撃だと、良くても一時的に行動不能くらいにしかならないわ。」
「そうか。じゃあ使徒の相手はシュメッタに任せるしかないか。」
戦えないのは不本意だが、使徒は予想以上に厄介な相手のようだ。大人しくシュメッタの言う通りにした方が良さそうだった。
しばらく進むと道の先は三叉路になっていた。どの方向に行くべきかシュメッタに聞こうとすると、シュメッタの展開していた探知魔法に反応があった。
「左の道から急速接近してくる反応があるわ。三つよ。」
「何っ!?」
エルヴィンは身構える。道の先に小さな黒い点が見えてきた。徐々に輪郭が分かるようになる。
「あれは飛竜?」
「誰か乗ってるみたいね。」
飛竜はエルヴィンとシュメッタの前に舞い降りる。
「エル!無事だったんだな!」
「ベルに、カルツァ!?」
飛竜の背には、はぐれていたベルンハルトとカルツァが騎乗していた。二人は飛竜から降りる。
「その飛竜はどうしたんだ?」
「こいつはカルツァの召喚獣だ。」
「へ?召喚獣?」
「そうだ。俺の召喚獣だ。」
カルツァは得意気に胸を張る。召喚獣と聞いて、眉間に皺を寄せたのはシュメッタだった。
「おかしいわね。永久円環の中で召喚獣を呼び寄せるなんて。私だって実体ある幻を外に送るのが限界なのに。」
「エルヴィン、この女性は誰だ?」
「彼女はシュメッタ。ノックス魔国の吸血鬼だそうだ。」
エルヴィンはシュメッタの事を説明する。その後、シュメッタはエルヴィンにしたのと同じ説明をした。
「神物質に使徒、か。初めて聞いたな。」
カルツァは腕を組んで考え込む。エルヴィン達の中では博識なカルツァも使徒の事は知らなかった。
「まずはアイリス達と合流する。それからどうするか検討だ。シュメッタとやら。貴方もそれで良いか?」
「それで構わないわよ。」
「では、アイリス達を探しに行くぞ。」
「ちょっと待って。右の道の先に三つの魔力反応があるわ。・・・まずいわね。右の反応、一つは使徒よ。残りの二つに近づいてるわ。」
「何だって!?急ぐぞ皆!」
「あっ!待ちなさい!むやみに突っ込んだらダメよ!」
「銀狐変化!」
エルヴィンは頭に葉っぱを乗せ銀狐に変化する。そして全速力で走っていった。シュメッタも半透明な蝶の羽を展開して後を追う。
「俺達も行くぞカルツァ。」
「無論だ。」
カルツァとベルンハルトも飛竜に飛び乗る。右の道へ向かって、飛翔するのであった。
*********
エルヴィンとシュメッタが三叉路に差し掛かった頃、ツェツィとアイリスは不気味な男と遭遇していた。
「ひひひ。」
醜悪な笑みを浮かべながら、ツェツィとアイリスをねっとりとした視線を向けている。寒気がまるで蛇のように二人の背中を這い上がってくる。アイリスは男に問う。
「あんた何者?」
「ひひ。俺かい?俺は神に選ばれし使徒エリィゴンさ!」
エリィゴンと名乗った男はアイリス達の全身を舐め回すように見ると、さらに笑みを深める。
「ひひひ。あのアバズレ吸血鬼には辟易してたんだ。嬢ちゃん達みたいな可愛い女の子が来てくれて嬉しいよぉ。」
「こっちに来ないで!それ以上近づくと攻撃するわよ!」
アイリスは威嚇するがエリィゴンは平然としている。むしろ喜んでいた。その様子を見てアイリス達は顔を歪ませる。
「アイリス、この人やばいよ。」
「ええ。同感だわ。カルツァより虫酸が走る。」
ツェツィは魔法剣を鞘から抜き放ち、エリィゴンに向かって技を放つ。
「天風刃!」
竜巻が巻き起こり、エリィゴンの体を風の刃が切り刻む。その間にアイリスは魔法で追撃をかけた。
「轟け雷鳴。光の槍と成りて敵を討て。雷鳴槍!」
雷鳴が轟き、雷が何本もエリィゴンへと突き刺さる。直撃だった。普通なら立ってはいられないはずのダメージのはずが、エリィゴンは何事もなかったかのように平然としていた。
「ざんね~ん。無駄だよ~?ひひひ。」
「なにこいつ・・・全然効いてない。」
ツェツィの天風刃もアイリスの雷鳴槍も効果がなかった。
(魔法で防いだ形跡もなし。一体どういう事なの。)
アイリスはエリィゴンを分析しようとするが、手の内が全く分からない。魔法の発動も魔道具の使用も確認できなかった。
「今度は俺の番だねぇ。」
下卑な笑いと共に、アイリスとツェツィの足元に紫色に光る魔法陣が出現する。魔法陣から何本もの鎖が出現し、瞬く間に二人を拘束する。
「くっ!この!」
「何この鎖!?壊れない!」
ツェツィは力技で脱出しようと試みるものの、鎖を引きちぎれない。アイリスも魔法を詠唱しようとするが、鎖によって魔力の収束を妨害されていた。
「まずはそっちの白虎ちゃんがいいかな~。」
エリィゴンが指をぱちんと鳴らすと、ツェツィを拘束している鎖がぎちぎちと締め付け始める。
「ひひひ。やっぱり女の子が苦しむ姿はいいねえ~。興奮するよ~。」
「い、痛い!」
「この下衆!やめなさい!」
「いや~だよ~だ。ひひひ。」
ツェツィは苦痛に顔を歪ませる。鎖が食い込んだ場所から血が滲み出ていた。
「あっ!ああっ!」
「ツェツィ!」
「そろそろ骨が折れるいい音が・・・。」
「「何してんだてめえ!」」
重なった二つの叫びと共に、同方向からエリィゴンへと攻撃が飛来した。一つは白銀色の光線、もう一つは古典魔法の火炎榴弾。同時にエリィゴンへと直撃し大爆発を起こした。間を置かずにエルヴィンが変化した銀狐とカルツァとベルンハルトが騎乗する飛竜が出現する。カルツァはアイリスとツェツィが拘束されているのを見て、解除の魔法を詠唱する。
「我請う。魔を消し去る光あれ。消魔光!」
橙赤色の光がアイリスとツェツィを包み、二人の体に絡み付いていた鎖が消滅する。その場に崩れ落ちるツェツィは銀狐の体に倒れる。アイリスの前には飛竜からカルツァが飛び降りた。銀狐はエルヴィンが変化した姿だった。
「大丈夫か!ツェツィ!」
「・・・」
「ツェツィ!?」
返事のないツェツィに焦るエルヴィンだったが、どうやら気絶しているようだった。食い込んだ鎖の跡から血が滲んでいる。ツェツィの身体を見て、エルヴィンの怒りは頂点に達する。
爆発の煙が晴れると、エリィゴンは不満そうな表情をして立っていた。
「ちっ邪魔が入っげひっ!?」
いつの間にか近づいていたシュメッタが、エリィゴンの背後から剣で切りつける。だが、寸前で気配に気づいたのか、エリィゴンの背中は浅く切れただけだった。傷口からは血ではなく金色の粒子が噴き出す。エリィゴンは慌てて距離を取った。
「ちっ。浅いわね。貴方達、今の内に逃げなさい。」
シュメッタは舌打ちする。傷つけられたエリィゴンは怒りに顔を歪ませ、シュメッタに怨嗟の声を上げる。
「き、キサマアアア!よくも俺に傷をつけたな!」
「うるさいわね。とっとと死になさいよ。」
だがシュメッタは剣の扱いには慣れていないようで、エリィゴンに決定打が与えられない。エリィゴンは身体中から金色の液体を流しつつも、あまり弱ってはいなかった。
「その忌々しい神物質の剣さえなければっ!」
シュメッタが時間を稼いでいる間に、エルヴィンは気絶しているツェツィを優しく咥え、カルツァはアイリスと共に飛竜へと乗る。それを確認したシュメッタはエリィゴンに向かって円筒形の何かを投げつける。
「ばいばい。クソ野郎。」
激しい閃光と激しい音が、エリィゴンの眼前で炸裂する。一時的に視界と聴覚を喪失し半狂乱になって叫ぶ。
「あのアバズレがっ!次会った時は絶対に殺してやるぞ!」
光と音が静まった頃には、すでにエルヴィン達はエリィゴンから逃げおおせた後なのであった。
*********
エルヴィン達はエリィゴンから逃走後、十分遠く離れた場所にいた。ツェツィはアイリスによって手当され、包帯が巻かれていた。
「ツェツィ!気が付いたか!」
「エル君?・・・そっか。助けてくれたんだね。」
「体の具合はどうだ?」
「体中が痛いよ・・・。」
ツェツィの騎士服はところどころ裂け、血が滲んでいる。回復魔法を使えるのはツェツィだけだが、自分自身は治せないのがネックだった。
「皆揃ったし、そろそろ貴方の事を教えてくれるかしら。私はアイリス=ガーランド。ドラグガルド連邦の魔法兵団所属で、ここにいる五人のリーダーよ。」
アイリスはシュメッタと相対する。
「初めまして。私はシュメッタ=リンゲ。ノックス魔国の吸血鬼よ。」
シュメッタは自己紹介した後、エルヴィン達に話した事を合流したアイリスとツェツィにも伝える。
「正直、使徒なんて初耳ね。でも、あのエリィゴンってのが危険なのは同意する。」
「その事なんだけどさ。私と協力して倒さない?どのみち、エリィゴンを倒さないとここから出れないと思うし。」
「え。そうなの!?無理に相手をする必要はないと思っていたのだけれど・・・。」
「この永久円環は元々、使徒封印用なのよね。私が失敗した時のために用意するとか言ってたし。まあ、先走ったどっかのバカのせいでこの通りだけど。」
「他に、仲間がいたの?」
「仲間じゃないわ。敵が同じだったってだけよ。向こうは魔族を信じてなかったし。」
シュメッタは物凄く嫌そうな表情をする。あまり触れられたくなさそうだった。
「貴方達が封印をこじ開けられるって言うなら話は別だけれど。」
「私には無理よ。時空魔法は使えないわ。カルツァはどう?一応使えたわよね。」
「・・・時空魔法は少々使えるが、このままでは無理だな。異次元空間に穴を開けられさえすればどうにかなるのだが。」
合流する前に試したそうだが、異次元界面を破る事はできなかったらしい。
「ねえカルツァ君だっけ。この飛竜を召喚してたのよね?外部から呼んだのではないの?」
「ああ、こいつは特殊なんだ。カプセル召喚獣だからな。」
カルツァは懐から、鶏の卵のようなものを取り出した。表面には複雑な紋様が刻まれている。
「これはカプセル召喚器と言うものだ。戻れ。ルフト。」
カルツァが飛竜の名前を呼ぶと、飛竜は光となってカプセル召喚器に吸い込まれた。
「カプセル召喚器には、契約した召喚獣を一体入れておける。クライン家オリジナルの魔道具だ。」
カルツァは永久円環の外から召喚したわけではなかった。
「話がそれちゃったわね。結局のところ、使徒を殺せば、封印は解除されるはずよ。どうする?どっちにしろ、あいつは私達を殺しに来るわ。それに、あいつは今まで罪もない人々をいたぶって数えきれない程殺してる。万が一、外に出てしまったら大変よ。」
「・・・分かった。貴方に協力するわ。皆もそれでいいかしら。
」
アイリスの言葉に、エルヴィン達は首肯する。シュメッタに協力する事に異議はない。どう考えてもあのエリィゴンよりも信頼できるし、放っておく事もできなかった。後の問題はどうやって倒すかだ。
「なあ。自力ではシュメッタの方が強いと思うんだが、それでも倒せないのか?」
エルヴィンが疑問を呈する。先程の戦闘を見ている限り、シュメッタが遅れを取っているようには見えなかった。
「同じ条件なら圧勝ね。でもあいつは使徒。この神物質の剣でないと殺せないって縛りがある。」
「さっき、散々切りつけてなかったか?」
「傷が浅いとダメ。それに私は剣が苦手なの。なかなか致命傷を与えられないのよ。あいつ、何故か致命傷を避けるのは上手いから。もしかしたら、未来視できる魔道具を持っているのかも。あまり高性能ではないと思うけど。」
地力ではシュメッタに軍配が上がる。だが神物質の剣でしか殺せず、不意をついても致命傷を避けてしまうエリィゴンには苦戦していた。
「じゃあ、あいつは女好きなんだろ?わざと誘って襲わせて油断した時にその剣でブスリってできないかな。」
「それはいい考えね。でも、この二人にあの変態の相手をやらせるのは酷でしょ。」
「僕は無理・・・。」
「わ、私もよ。」
ツェツィとアイリスは陰鬱な顔で答える。アイリスはカルツァに付きまとわれてはいるが、カルツァはアイリスに危害を加えるつもりはないので事情が違う。
「私なら別に構わないんだけど、今更か弱い乙女を演じても怪しまれるわね。」
「仕方ねえ。これだけは使いたくなかったんだが、ツェツィとアイリスのためだ。」
皆の視線がエルヴィンに集まる。今までになく悲哀に満ちた表情だった。一体、エルヴィンは何を言うのかと他の皆は息を呑む。
「俺が、女になる。」
エルヴィンが放った衝撃の言葉に、エルヴィンを除く全員が衝撃を受けたのであった。
*********
五号遺跡の探索開始の日。クオン達一行は遺跡のあるシープ村にやって来ていた。遺跡への入口は村のはずれの岩場にあり、入口前の開けた場所には数多くの天幕が張られている。『本部』と書かれた天幕では、行政府の制服を着た職員達が忙しそうに働いていた。文化財課の職員だろう。
「こんにちは。セーラさん。」
職員の中に、知り合いのセーラの姿が見えたので話し掛ける。セーラはクオン達に気づくと、笑顔になった。
「あらクオン君。こんにちは。」
セーラは明るく振る舞おうとしていたが、疲労の色は隠せていなかった。他の職員にも同じ色が見える。
「セーラさん。お疲れですか?」
「はあ。そうなのよ。部長ったら面倒な仕事を私達にぜーんぶ押し付けてさぁ。もう忙しいのなんのって。」
どうやら予定より仕事量が増大しているらしい。セーラは仕事を増やした元凶に恨み節だった。
「あ、ごめんね愚痴ちゃって。リッカちゃんがいないのは残念だけど、期待してるからね。クオン君。」
「え、期待・・・ですか?」
冒険者として活動はしているものの、セーラに期待される程の成果を出した覚えはない。困惑していると、セーラがその理由を言う。
「さすがにハーヴィ博士レベルとは言わないけど、クオン君とリッカちゃんはそこいらの人間よりは遺跡に潜ってるじゃないの。竜角人のお姫様見つけるために。」
「そうだったな。クオンはお姫様探すって言ってたもんな。」
「アティスじゃ有名よね。」
「もはや恋してるレベル。」
バート、リリス、ナツメが口々に言う。確かに言われる通りなのだが、当のお姫様本人が背後にいるというのにそんな事を直接言われるのは恥ずかしい。後ろにいるカリンがクスクス笑っているのが聞こえる。もう見つかっちゃったけどね、と小声で言っているのも聞こえた。
「じゃあ、また後でね。」
話が終わると、セーラは作業へと戻る。クオン達が集合所となっている天幕に行くと、そこにも見知った顔がちらほらといた。レティシアとガイの姿もある。レティシアはガイを含めた冒険者達と何やら談笑していた。
クオン達は空いている場所に座る。集合所からは遺跡の入口がよく見える。入口は岩壁にぽっかりと空いていた。その部分だけは人工的に作られたトンネルのようだ。トンネルの内壁は何かの金属で覆われており、内壁表面には溝が多数刻まれている。溝には周期的に光が走っている。
「結構綺麗なのね。遺跡って言うからもっとこう、荒廃してるのかと思ってたよ。」
カリンは遺跡の様子が想像と違っていたので驚いているようだった。リリスとナツメも同意する。
「浅い階層は復元してるからね。第五層の途中までは綺麗だと思うよ。遺跡の機能もある程度は生きてるみたいだし。」
第五層が今までの最大到達階層だ。今回探索するのはそれより先の階層になる。第五層の途中までは文化財課によって維持管理されているので、比較的綺麗に保たれていた。
「そろそろ説明が始まるみたいよ。」
セーラ達が集合所へとやってくる。職員の一人が重ねられた水晶板を持っていた。
(何だろうあの水晶板?)
王都レグニスの冒険者ギルドにあった水晶画面に似ているが、持ち運べるような物ではなかったはずだ。そう疑問に思っているとセーラが冒険者達の前に進み出た。
「アルセイド州行政府文化財課のセーラと申します。今回は依頼を受けて頂きありがとうございます。これから説明をさせて頂きます。」
セーラが今回の依頼内容の説明を始める。確認の意味合いが強いのか、依頼書の内容と同じだった。
(あの水晶板について説明あるのかな?)
クオンがそう思っていると、職員が水晶板を配り始める。パーティ毎に一枚ずつ。冒険者達も皆、頭に疑問符を浮かべている。レティシアやガイも見た事がない魔道具のようで、首を傾げている。
「ここからは依頼書にはない追加の説明となります。お配りしたのははマッピングの為の魔道具です。皆さんに使い方を説明いたします。まずは、側面にあるスイッチを入れて下さい。」
クオンは配られた水晶板を見てみる。黒い枠に嵌め込まれ、側面にはスイッチとスロットがある。スロットには小さな黒い板が差し込まれていた。スイッチを入れると、水晶板に周辺の地図が白い光の線で描き出される。
「なにこれ!?すごい!」
「ほんとね。びっくりだわ。」
「私も驚愕。」
「すげーなこれ。」
カリン、リリス、ナツメ、バートは四者四様に驚いていた。他の冒険者達も騒いでいる。クオンも初めて見る魔道具に興味をそそられた。ボタンもついていて、押してみると表示が色々と変化した。
(分解してみたいけどダメなんだろうなあ。製品化されないかな。)
色々と弄ってみたい衝動に駆られるものの、そこは我慢する。壊してしまったら目も当てられない。アイゼンの新作魔道具だとしたら値も張るはずだ。
「遺跡を歩くと自動で記録されていきます。横に差し込まれているのは記録板です。マッピングした地図はここに記録されます。無くさないように気を付けて下さい。」
この地図作成器は工数削減のために導入を決めたらしい。薄暗い遺跡の中で手書きよりも効率的なのは明らかだ。
「では、第五層まで移動します。そこで探索の各割り当てを指示いたします。私に付いてきて下さい。」
冒険者達はぞろぞろと動き出す。クオン達もその波に乗って、遺跡へと足を向ける。
こうしてクオン達は他の冒険者と共に、五号遺跡へと足を踏み入れるのであった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。




