第三十七話『クレメンタイン』
お待たせいたしました。少し予定より遅れてしまいましたが続きとなります。
クオン、カリン、バート、リリス、ナツメの五人はアティスにある冒険者ギルドに集まっていた。目的は、バートの持ってきた依頼の打ち合わせをするためだ。正式な依頼名は『五号遺跡の未探査領域調査』である。バートがクオンを誘った当初は、カリンを含めて三人で依頼を受ける予定だった。だが、依頼の話を聞いたリリスとナツメが参加を申し出たので、最終的には五人で依頼を受ける事になった。
「じゃあ五号遺跡の説明からするぞ。カリンさんは知らないだろうし。」
「うん。お願いするね。バート君。」
バートは五号遺跡の基本的な情報から説明する。五号遺跡はアティスの東におよそ二十キロの地点にある。東の遺跡とも言われている。五十年前に発見され、当時の調査の結果、フェリウス帝国時代末期に建造された地下シェルター跡であると断定された。その後、アルセイド州政府の管理下へと置かれ、現在まで州政府の文化財課が五号遺跡の管理業務を行っている。五号とはアルセイド州で発見された遺跡の順番を示す。
「遺跡についてはこんな感じだ。分かったかな?」
「うん。大体分かったよ。それで、今回の調査はどんな位置づけなの?」
「おう。今から話すぜ。ここからが依頼の内容についてだ。」
事態が変わったのは今夏の初め頃だ。文化財課の職員が遺跡の点検中に、壁が崩壊している箇所を発見した。以前の点検では異常がなかったため、ごく最近崩壊したものと思われた。問題だったのは、崩壊した壁の向こうに、未知の空間があったことである。文化財課の簡易調査により、未探査領域は予想以上に大きいことが分かった。アルセイド州政府はより詳細な調査を決定したが、文化財課だけでは人手が到底足りなかった。従って、冒険者ギルドにアルセイド州政府から依頼が出されたのである。
「具体的な内容としては、『未探査領域における遺物の回収とマッピング』だ。調査期間は三日。マッピング道具、宿泊場所、食料は支給してくれる。想定される敵はクアドラゴーレム。数は不明。注意事項としては火薬兵器及び爆発を伴う魔法の禁止。依頼の達成条件は、『調査期間の経過』だ。とりあえず三日間調査してみて、報酬は回収できた遺物とマッピングの進捗具合で決めるらしい。要は歩合だな。後、零式魔導炉を改修したチームには特別報酬が出る。」
「はいはいしつもーん。」
「何だ?リリス。」
「遺物って言ってもいろいろあるでしょ?全部回収してたらキリがないじゃん。種類とか指定されてるの?」
「魔法具を優先して欲しいんだってさ。他のやつはマッピングの時に位置だけ記録すればいいらしい。」
「ふうん。やっぱそうなるわよね。せっかくだしその零式魔導炉?ってのを狙うしかないわね。」
「リリスってば大雑把なんだから、見つけても壊しちゃダメだよ?」
「ナ~ツ~メ~?それはどういう意味かしら~?」
「あ、頭ぐりぐりはやめて・・・」
リリスとナツメがじゃれ合う一方で、カリンはクオンに質問をしていた。それは、バートの説明の中に出てきたクアドラゴーレムの事だ。カリンには聞き慣れない名前だった。
「ねえクオン。クアドラゴーレムって何?ゴーレムの一種なのかなとは思ったんだけど。」
「ああ、クオンは知らないっけ。クアドラゴーレムって言うのは、フェリウス帝国が制作した四足歩行ゴーレムの事だよ。フェリウス帝国時代の遺跡にはよく出てくるんだ。見た目はこんな感じだよ。」
クオンは持ってきたノートに、クアドラゴーレムのイラストをさらさらっと描く。円盤状の胴体に四つの足が生え、円筒状の頭部には赤い水晶が嵌め込まれて目のように見える。
「この敵って強いの?」
「んー?強いというか厄介な相手だね。徒党を組んで襲ってくるから。あと、磁力を帯びる能力があってさ。こちらの武器を引き寄せたり、天井や壁に張り付いたりするんだよね。僕やバートは戦った経験あるし、十分このメンバーで対処できると思うよ。」
主な武装は、クオンが剣、カリンが杖、バートが長戦斧、リリスがトンファー、ナツメが魔法弓だ。依頼の禁止条項に引っかかるのはカリンの爆発系魔法かナツメの炸裂矢である。カリンは支援に回ればいいし、ナツメも他に多種多様な矢を持っているので心配はない。
「じゃあ、あまり心配しなくて大丈夫なんだね。」
「うん。ちゃんとクアドラゴーレム対策もしていくから。」
「でも、その、前みたいに無茶しないでね。私、頑張るから。」
カリンはクオンに蒐集者の時のような怪我をして欲しくなかった。一方のクオンはカリンが自分を心配してくれる事に嬉しさを感じていた。クオンはカリンの頭に、ぽん、と手を乗せる。
「うん。約束するよ。無茶はしない。」
そう答えてカリンの頭を撫でる。さらさらとした黒髪の手触りが心地よい。カリンも気持ち良さそうに目を細めて微笑む。
(あっ、めっちゃ可愛い。やばい。)
何だか猫みたいな仕草をするカリンに萌えるクオン。幸せに浸る一方で、そんな様子をじーっと見ている六つの瞳があった。もちろん、バート、リリス、ナツメである。バートとリリスはジト目で、ナツメは羨ましそうに見ている。
「そこのお二人さん~?私達もいるんですけど~?」
リリスの呆れた声が聞こえると、クオンとカリンははっと我に返る。互いに赤面して距離を取った。ナツメはそんな二人を見て微笑む。
「あはは。仲良くていいね。羨ましいな。」
クオンとカリンが二人の世界から戻ってきたので、バートは話を続けると、クオンやリリスから質問が出る。質問が出尽くした後は、五号遺跡までの行き方や各自の持ち物を確認し、打ち合わせは終わったのであった。
*********
エルヴィン達は無事、トイセンの街へと辿り着いていた。街に到着するとすぐに、エルヴィン達は連邦騎士団トイセン支部へと向かう。連邦都ドラグよりも小規模だが、十分大都市である。田舎から出てきたエルヴィンとベルンハルトは歩きながら周囲を見回していた。ツェツィはそんな二人を微笑ましく見ていたが、リーダーとしての責任があるアイリスは見咎める。
「こら二人とも。そんなにキョロキョロしないの。おのぼりさんだと思われるでしょ。」
「俺もベルも実際その通りだし。」
「そういう問題じゃないの。連邦騎士として恥ずかしくない振る舞いをしなさいって事よ。」
「そうだぞ。俺なんてアイリスしか見てないからな。」
「あんたはもっと周りを見ろ!」
アイリスはカルツァの脛をげしげしと蹴る。カルツァは痛みでその場にうずくまるが、嬉しそうな笑みを浮かべていた。一部始終を見ていた周囲の人々はドン引きしていた。周囲からの視線にはっと気づいたアイリスは足早にその場から立ち去ろうとする。恥ずかしかったのか、少し頬が赤くなっていた。
「こんな事している場合じゃないわ。皆、さっさと行くわよ。」
恥ずかしさを紛らわすかのように、早口でそう言うと、ずんずん先へと進んでいく。エルヴィン達も見失わないように後をついていく。うずくまったままのカルツァはその場に放っておいた。
しばらく歩いていると、煉瓦造りの大きな建物が見えてきた。高い塀で囲まれており、入り口となる門には連邦旗がある。門は開いているが、両脇に守衛が立っていた。エルヴィン達は騎士服やローブを着ているので、守衛もこちらに気づいたようだった。
「私が応対するわ。」
門に向かって歩きながらアイリスはそう言って、守衛の一人に話しかける。
「こんにちは。」
「こんにちは嬢ちゃん。見たところ騎士と魔導師みたいだが、何か用かい?」
「はい。魔法兵団新人のアイリスと申します。トイセン騎士団長にお目通り願いたいのですが。」
「ああ、例の新人たちか。話は聞いてるよ。ちょっと待っててくれ。」
守衛は建物の中へと入っていく。数分間待っていると、犬族の女性を一人伴って出てきた。
「初めまして。トイセン支部総務課のマリア=インスフェルトと申します。早速で申し訳ありませんが、身分証を見せていただけますか?」
魔導師は魔法証を、連邦騎士は騎士証を身分証として支給される。各自取り出して、順番にマリアに見せていく。
「確認いたしました。事前の話では五名と聞いていたのですが、残り一名はどうしたのですか?」
「ここにいるぞ。」
「ひゃあ!?」
マリアの背後から、ぬっと出てきたのはカルツァだった。いつの間にか追いついていたようだ。マリアは驚いてしっぽがぶわっとなる。
「あんたは余計な事しないの!あっ、これこいつの魔法証です。」
アイリスはカルツァを引っ張りながら、ついでに魔法証を奪い取ってマリアに見せる。マリアは呆けていたが、はっと我に返って、差し出されたカルツァの魔法証を確認した。
「確認いたしました。では、ここからは私が案内いたします。後についてきてください。」
エルヴィン達はマリアに続いて建物の中へと入っていく。トイセンの騎士達何人かとすれ違う。エルヴィンはトイセン支部にいる騎士の数が少ないような気がした。
(どっか出払ってるのかな?)
そのうち階段で二階へと上がり、ある扉の前でマリアは立ち止まった。ここが団長室のようだ。マリアはコンコンと扉をノックする。すると地を這うような低い声が扉の向こうから響いて来た。
「誰だ?」
「総務課のマリアです。新人の皆様をお連れしました。」
「そうか。入れ。」
「失礼します。」
マリアは扉を開け、中へと入る。扉の横に立ち、どうぞ、と部屋の中を手で示した。部屋の奥に机があり、大男が座っていた。熊族の、巨躯の男。机の上には『トイセン騎士団長』というプレートが置かれている。あまりに体が大きくて、机が小さく見える。その妙な構図にエルヴィンは笑いそうになるが、何とか表情を引き締めた。
アイリス達は団長席の前で横一列に並ぶ。中央のアイリスが一歩歩み出る。
「初めまして。トイセン騎士団長殿。魔法兵団新人のアイリス=ガーランドと申します。」
「同じく、魔法兵団、カルツァ=クライン。」
「連邦騎士団新人、エルヴィン=ズィルバー。」
「同じく、ベルンハルト=ブラオン。」
「同じく、ツェツィーリア=メルツァー。」
「以上五名。ヴェンツェル=アイブリンガー連邦騎士団長より命を受け参りました。」
「うむ。ご苦労。私はこのトイセン支部を預かるライエン=イトーだ。君達の事はアイブリンガー殿から聞いている。さて。もう説明は聞いているとは思うが、君達の任務はヴァレンシュタイン城の調査だ。城に出入りしている不審者を暴いて欲しい。」
ライエン曰く、目撃情報こそ多いものの、騎士団の捜査にも尻尾を掴ませないと言う。その上、城内にも痕跡はなく、人的被害もない。トイセンの街では幽霊の噂が立っており、肝試しに入り込む不届き者も出始めているとのこと。
「ヴァレンシュタイン城は連邦の管理下にある。不法侵入をこれ以上許す訳にはいかん。成果があるないにかかわらず、調査期間終了後は私に報告をしてくれ。調査の方法は君達の裁量に任せよう。何か質問はあるかね?」
ライエンの言葉に、アイリスがすっと手を上げて質問をする。
「騎士団の調査資料は拝見できるでしょうか?」
「ああ。資料の閲覧は総務課に頼んでくれればいい。他に質問は?」
すると、今度はエルヴィンがすっと手を上げ、ぎこちない敬語で質問する。
「騎士団の人間が少ないのは何でだです?どこかに出払っているのですか?」
「その質問は、任務に関係あるのか?」
「ある。気になって任務に集中できません。」
「・・・まあいいだろう。現在、オストシルト帝国側で不穏な動きがあってな。国境警備に応援を出しているのだよ。」
「なるほど。」
「分かったかね?他に質問は?」
またエルヴィンが手を上げると、不躾な質問をぶつけた。
「団長。俺達に何か隠してませんか?」
「・・・何?」
目に見えて不機嫌になるライエン。部屋の温度が下がった気がした。アイリスやツェツィ、ベルンハルトは思わぬ展開に冷や冷やしている。カルツァは無表情のままだ。ライエンはじっとエルヴィンを睨み付ける。エルヴィンも視線を逸らさない。ライエンは指でトントンと机を数回叩くと、地を這うどころか潜りそうな声で告げる。
「隠している事はない。他に質問はあるか?」
今度は誰も手を上げなかった。アイリスは質問したい事があったがこの雰囲気では言い出せない。
「ないようだな。では、良い報告を期待しているぞ。新人。」
ライエンはエルヴィン達にそう告げると、不敵に笑うのだった。
*********
エルヴィン達が団長室から去った後、ライエンはヴェンツェルから送られてきた書類を眺めていた。内容はエルヴィン達の情報だ。一通り眺めた後、机の上に無造作に放り投げる。
「まったくヴェンツェルの野郎め。新人の試金石にしては硬すぎる案件だというのに。」
ライエンは先だってヴェンツェルからある指示を受けていた。ライエンは反対したが、結局命令として押しつけられていた。
「ヴェンツェルに気に入られて大変だな。あの新人達は。」
ライエンの呟きは、誰にも聞かれる事はなかった。
*********
マリアに調査資料を見せて貰うため、エルヴィン達はトイセン支部の資料室に移動した。机の上に資料を並べながら、アイリスはエルヴィンに、先程の団長室での意図を問う。
「全く、心臓が止まるかと思ったわよ。イトー団長が隠し事って何か根拠でもあったの?」
「勘だ。」
「勘って・・・。貴方ね、そんなあやふやな根拠でド直球に聞かないの!」
「だが、俺もそこのエルヴィンと同様、団長には胡散臭さを感じる。」
エルヴィンに追随したのは、まさかのカルツァだった。
「あんたも勘だとか言わないでしょうね?」
「無論だ。エルヴィンが問いかけた時、わずかに動揺していた。」
「よくそんな事が分かるね。僕なんて緊張でいっぱいいっぱいだったよ。」
「ただのやべえ奴じゃなかったんだなカルツァって。」
ツェツィとベルンハルトが感心したように言う。カルツァはアイリスが絡まないとまともになるらしい。
「ただのやべー奴なら組まないわよ。性格以外は優秀よ性格以外はね。」
アイリスも、カルツァの能力だけは認めている。性格が生理的に死ぬほど受け付けないだけだ。
「な、何よ。三人ともニヤニヤして。」
「あんなに嫌がってるのに、カルツァの言うことは信じるんだなって思ってさ。頼りにしてるんだな。」
エルヴィンにそう言われると、アイリスは露骨に嫌そうな顔をして叫ぶ。
「そんな訳ないでしょ!わ・た・しはこいつの能力を評価してるだけよ!天地がひっくり返ってもこいつを頼りにしてるとかあ・り・え・な・いから!」
「アイリス。俺の腕の中はいつでも君の予約席だぞ。」
「きしょいからあんたは黙れ!」
空気を読まないカルツァにアイリスが怒鳴ると、資料室の扉がガチャと開き、マリアが顔を覗かせた。どうやら騒ぎ声が外まで聞こえていたようだ。
「あのう。資料室では静かにしてもらえませんか?」
「ご、ごめんなさいマリアさん。ほら皆、さっさと調査資料を読むわよ。」
気を取り直して、エルヴィン達は机の上に並べた調査資料を読む。内容をまとめると以下の事が記載されていた。
ヴァレンシュタイン城において、夜間に不審人物が目撃されるようになったのは三か月前。国家管理下建造物への不法侵入の疑いでトイセン騎士団は捜査を開始。夜間の警備を実施中に、不審者と遭遇したもの捕縛には至らず。ヴァレンシュタイン城内を捜索においても不審者の痕跡は見当たらず。目撃された不審者は黒づくめの人物という。尾行したが途中で煙のように消えたらしい。足跡も残っており、光魔法で作り出した幻影の可能性は低いとのことだ。念のため魔力探知器で調べたらしいが何も怪しい反応はなかったとの事。魔法具の幻想軍団ならば物理的実体のある幻影は生み出せるが、魔法具特有の魔力波も観測されなかったと記載されている。
「うーん。あまりいい情報はないわね・・・。」
不審者の手がかりにつながる情報はほとんどない。不審者の容貌についても詳しい記載がなく曖昧だ。ヴァレンシュタイン城内についても、すでに隈なく調べられ、魔法による探査も行われていた。正直なところ、エルヴィン達の出る幕などなさそうだった。
「これ、私達がやる事あるのかしら・・・。」
アイリスは渋い顔をしたまま、考え込む。ベルンハルトやツェツィも書類とにらめっこしているが新しい発見はなさそうだ。カルツァは腕を組んで何やらじっと考えている。少し重苦しい雰囲気になってきたところで、エルヴィンは口を開いた。
「なあマリアさん。」
「何でしょう?」
「ヴァレンシュタイン城の吸血鬼の話って詳しい?」
「トイセンの人間なら誰でも知っていますが・・・。」
「急にどうしたのエルヴィン君?その話は眉唾モノだよ?」
「いや。俺も聞きたいな。不審者の記述・・・仮説だが、魔法で実体のある幻影を作り出しているかもしれん。」
幻影を生み出す光魔法は存在するが、感触を持たせるとなると難しい。例外は二つ。魔法具の幻想軍団、そして吸血鬼の真祖が扱う魔法の実体ある幻影だ。。
「実体ある幻影・・・。吸血鬼真祖の仕業だというの?いくらなんでも飛躍しすぎじゃない?」
「でもさ、プロの騎士達が捜査してだめだったんだろ?新人の俺達を呼んだって事は枠に囚われない考えを期待しているのかもしれないし。ただ闇雲に調査してもだめだと思うんだ。」
エルヴィンだって吸血鬼の伝説を信じているわけではないが、ほぼ手がかりがない以上、攻め方を変えるべきだと思ったのだった。真祖がいるとまでは思わないが、ヴァレンシュタイン城にまつわる話が何かしらの形で関係している可能性はある。その事をエルヴィンはアイリスに訴える。
「確かに、エルヴィン君の意見も一理あるわね。分かったわ。目ぼしい資料もないし、聞くだけ聞いてもいいわね。マリアさん。お願いできますか?」
「はい。といっても、トイセンの住人なら皆知っている程度の内容しか知りませんが。」
「ええ、構いませんよ。」
その話は三百年前に遡る。時代は魔王戦争終結直後のこと。停戦命令を無視した魔王軍の一派がヴァレンシュタイン城を占拠したという。その後、魔法兵団により魔王軍は倒されたものの、首領と思しき吸血鬼は倒せず、魔法兵団により城の地下深くに封印された。ヴァレンシュタイン城に保管された金銀財宝ごと。
「この出来事は、戦史に記録されていません。あくまでこの街の言い伝え程度です。かつてドラグガルド連邦大学が史実調査を行いましたが、本邦及びノックス魔国にも言及する文書はありません。魔国政府もそのような事実はないとの回答でした。」
「そうだよね。そもそも魔王に逆らう魔族がいるとも思えないし。」
ツェツィの言うように、魔王は魔族にとって絶対的な存在である。人類の王朝が移り変わる事があっても、魔王の王朝は変わる事はないと言われているぐらいだ。
「そういえば廃城になった理由は何なんだ?」
ベルンハルトがそう言うと、マリアが教えてくれた。
「端的に言うなら、怪奇現象のせいです。いつの頃からか、ポルターガイストや幽霊騒ぎが起こるようになったんです。」
何と三百年前から廃城まで、数え切れない程の怪奇現象があったという。椅子や机が勝手に移動したり、本棚や飾られている甲冑が倒れたりといったポルターガイスト。幽霊の目撃。
「年々ひどくなっていき、精神を病む人間も出るようになりました。そしてついに、城の老朽化を表向きの理由として廃城となりました。」
「可能性の話を抜きにするなら、スッキリする結論は一つ。吸血鬼の伝説が真実であり、此度の不審者騒ぎは封印が弛んだためだ。そう考えれば、廃城に至った怪現象にも説明がつく。」
カルツァが言うには、怪現象も不審者も吸血鬼が封印を破ろうとしている余波であると。魔力反応がなかったのも、封印に依る時空の擾乱で魔力が拡散したとすれば説明できるという。
「怪奇現象は念動力、不審者は実体ある幻影。どちらも真祖なら扱える。」
この説の難点は根拠が薄弱な事だ。目撃された不審者が物理的実体を持った幻影であるとの仮定の元に、吸血鬼の伝説とヴァレンシュタイン城の怪奇現象と今回の不審者を結びつけただけ。普通なら一笑に伏されるだけだ。
「聞くだけ聞くとは言ったけど、その、やっぱり信じるには・・・。」
「根拠が薄すぎるか?だが、仮説を補強することはできるぞ。
そこのマリアとやら。ヴァレンシュタイン城の図面、怪現象の発生箇所と年を全て持ってきてくれ。」
「は、はい。」
「え、図面って処分されたんじゃなかったの?」
「現地調査のために、図書館に辛うじて残っていた断片を再構成して書き起こしたんです。」
カルツァは机の上にヴァレンシュタイン城の図面を広げると、怪奇現象が起こった場所と年を記録からいくつか選んで書き込んでいく。
「ここまで予想通りだな。」
「一人で納得しているようだが俺達にも解説してくれ。」
「ふむ。年代ごとの怪奇現象の分布に注目してみろ。エルヴィン。どう見える?」
「徐々に範囲が広がっている?」
「そうだ。時間経過と共に怪奇現象の分布が広がっている。一般的な時空型の封印魔法の場合、設定された封印の閾値を超えた分のエネルギーが外に漏れ出て影響を及ぼす事が知られている。封印が弛む程、その閾値は下がり、影響はより遠くまで及ぶ。つまりこの観測事実は、ヴァレンシュタイン城の中に何者かが封印されていると推察できる。」
「城外の不審者についてはどう説明するの?」
ツェツィがその点を指摘すると、カルツァは簡単に説明できると言った。
「城内の幽霊と今回の不審者はおそらく同一の現象だ。最初は封印に阻まれて実体化できなかったが、封印が弛んだ事で実体化できるようになったんだろう。」
カルツァの説明を聞いて、顎に手を当てて考え込むアイリス。しばし沈黙が続いた後、エルヴィンは口を開く。
「なあアイリス。カルツァの仮説を調べてみる価値はあると思うぜ。何もなかったらなかったでいいじゃん。新人なんだから正々堂々怒られようぜ。皆で一緒にさ。」
「ふふ。エルヴィン君ってお気楽ね。深刻に考えてた私がバカみたいじゃない。一気に力が抜けちゃったわ。ありがとう。」
「お、おう・・・。それは良かった。」
「そうね。やるだけやってみましょう。怒られる時は皆一緒だからね?」
さっきまでの深刻そうな表情とは打って変わって、アイリスは笑うのであった。
*********
月が綺麗な夜。司書の仕事を終えたセーラは、図書館に隣接する塔の階段を登っていた。物忘れの塔と呼ばれ、セーラが管理をしている。セーラが図書課と文化財課を兼任しているためだ。アルセイド州の行政府では特別珍しい事ではない。司書業の傍ら、文化財の保存もセーラの仕事だった。
階段を登りきると、魔法銀製の扉が姿を現す。この扉は、セーラがいつも首から下げている特殊な魔法鍵でないと開かないのだ。この魔法鍵は予め登録された人物しか使用できない。セーラが鍵穴に差し込んで回すと、扉の表面に幾何学的な文様―――魔法陣が浮かび上がり、解錠された。扉の横にあるスイッチで部屋の魔法灯を点けると、保管されている文化財の姿が何十点も浮かび上がる。
「よし、ちゃちゃっとやっちゃいますか。」
セーラは持ってきた手袋をはめ、目録を見ながら文化財の状態をチェックしていく。地味ではあるが、セーラはこの作業が好きだ。黙々とこなしていく。二時間ほど過ぎ、残った文化財は残り一点となっていた。存在感のある大きな黒い箱。セーラはこの箱の中身を最後にいつもチェックする。セーラは蓋を外すと、中に入っている彼女に微笑んだ。
「いつ見ても、貴方は綺麗ね。」
セーラの目の前には、箱に納められた一体の女性型ゴーレムがいた。まるで棺桶に入れられた死人のようにピクリとも動かない。五十年前に五号遺跡で発見されたこのゴーレムは魔導炉を欠いているため、セーラは稼働している姿を見たことがなかった。セーラは今度の遺跡調査で、零式魔導炉が発見される事を仄かに期待している。
(今度の遺跡調査で、魔導炉が見つかればいいんだけど。)
セーラは初めてこの箱に納められたゴーレムを見たときから、心を奪われていた。黒檀のような美しい髪に陶磁器のような白い肌。ゴーレムというより、まるで芸術品のようだ。パーツの一つ一つ、細部に至るまで心が砕かれている。
チェックが終わると、セーラは蓋を箱に戻す。蓋には、荒々しく刃物で刻まれたと思しき文字が刻まれていた。かつてセーラが解読した結果、『クレメンタイン』と刻まれている事が分かった。クレメンタイン―――神話に登場する、可憐な月の妖精。クレメンタインの制作者は趣がある人物だったとセーラは考えている。
「月の妖精さん。貴方の動く姿、早く見てみたいな。」
セーラは箱に刻まれた文字を指でなぞりながら、そう呟くのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




