表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白磁の竜角  作者: 黒猫水月
第二章 新しい居場所
41/84

第三十六話『お互いの距離』

続きとなります。

 カリンの魔力測定はアスター剣術道場ですることになった。道場の敷地内には本武道場の他に修練場が三つあり、魔法を使うにはうってつけの場所だ。今日はそのうちの一つを借りたのである。

 本当なら測定上限が大きな魔力測定器があればいいのだが、生憎手元にはないし調達も困難だ。なので、今回は特定の魔法を何秒維持出来るかで判断する。


「灼熱の息吹は我が力。熱の法衣は我が心。今こそ邪を(すす)ぐ焔と成せ。炎球(フレイムスフィア)!」


 カリンは炎球(フレイムスフィア)を発動させる。カリンの手のひらの上に人の頭ほどの炎の球体が出現する。クオンは手に持った懐中時計で秒数をカウントしていった。毎秒100ダイン消費するように調整し、維持できなくなるまでの秒数を測る。


 しかし、測定を始めて数分経った頃、思わぬ闖入者が現れる。突然修練場の扉がガラッと開いたのだ。


「カーリーンー?何をしてるのかな?」


 聞き覚えのある声。カリンはぎょっとして思わず魔法を中断してしまう。入り口の方を見るとそこには、眉を吊り上げ、明らかに不機嫌な様子のベリルが立っていた。ベリルはつかつかと歩み寄ると、カリンとクオンの前に仁王立ちになる。背は小さいが、かなりの威圧感を放っていた。


「私に止められていたのに、魔力を限界まで使おうとしたわね?」


 ここでシラを切れば良かったのだが、生憎とカリンはそんなに器用ではない。突然のベリルの登場とその気迫に驚き、しどろもどろになる。クオンも気迫に押され、とっさにフォローできず何も言えない。


「し、師匠・・・。えっと、これはですね・・・。深い理由がですね・・・。」

「二人ともここに正座!」


 クオンとカリンはベリルの前で正座をさせられる。カリンはやはり師匠であるベリルに怒られるのが怖いのか、少しビクビクしていた。


「まったく。それでどうして言いつけを破ったのかしら?」

「それは、その、自分の限界を知りたかったといいますか・・・。」

「はあ。まあ、ちゃんと理由を言ってなかった私も悪かったわ。」

「ベリルさん。何か特別な理由があるんですか?」

「ええ、あるわよ。カリンは気づいてないみたいだけど、魔法を使う度に竜角がわずかに活性化するの。」

「ええっ!?そうなんですか?」


 カリン本人が一番驚いていた。思わずリボンの上から隠れている竜角を手で押さえる。


「ベリルさん。竜角が発光するのと関係があるんですか?」

「ええそうよ。普通に魔法を使う分には問題ないけれど、あまり使いすぎると周囲に特殊な波動を放射し始めるのよ。アデラインくらいの魔導師なら不審に思われるでしょうね。」

「し、知らなかったです・・・。」

「無意識でしているのだろうし、カリンが気付かないのも無理はないわ。だから、1000ダイン以上は使わないように。いいわね?」

「はい。分かりました師匠。」

「君もねクオン。カリンが言いつけを破らないように見張るのよ。破ったら連帯責任だからね。」


 ベリルはクオンとカリンに約束させると、さっさと帰っていった。これ以上、修練場にいてもする事がなくなってしまったので、二人はレティシアに帰りの挨拶だけして道場を後にする。そのまま、クオンとカリンは街の中央広場へと移動した。


「ごめんね。私が浅慮だったから。クオンも怒られちゃったね。」


 カリンはシュンとしてクオンに謝る。クオンはと言えば、別に気にしていなかった。むしろ、魔法を限界まで使うと誰かに察知される危険があることが分かったのでベリルにばれたことは良かったと思っていた。


「ううん。僕も気付くべきだったんだ。むしろ、今分かって良かったよ。カリンの命に関わる事だからね。」

「クオン・・・。そうだね。私も平和ボケしてかも。これからは、ちゃんと師匠に報告するよ。」


 クオンとカリンは今回の件を反省し、安易なことは黙ってしないように心がけるのであった。


*********


「予定空いちゃったね。」

「まだ日没まで少し時間があるし、本屋さんでも行ってみる?」


 カリンはアティスに移住してから、頻繁に本屋に足を運んでいた。せっかくの休日。時間が空いたのなら、クオンはカリンと過ごしたかったし、もっと関係を進めたいと思っていた。クオンはカリンを誘うと、カリンは笑顔で応える。


「うん。いいよ。」

「じゃあ、行こうか。」


 この時、チャンスとばかりに、クオンはできるだけ自然な動きでカリンと手を繋ぐ。どういう反応をされるのか、内心ドキドキだった。もし、嫌がられたら、リッカの時と同じようにしちゃったという言い訳も用意した。


 恐る恐るカリンの方を伺って見ると、頬を少し赤くはしてはいたものの、手を離すことはしなかった。クオンは賭けには勝ったようだ。


 一方のカリンはというと、内心困惑していた。服の裾を掴むことはあっても、手を繋ぐことは今までなかった。翠の魔女のダンジョンで抱き締めたことはあったが、あれはとにかく嬉しくて思わずやってしまったことだ。


(どどど、どうしよ。アティスではこれは普通なのかな?私の考えすぎ?)


 クオンの表情は、カリンには至って普通に見えた。それに気恥ずかしいけれども、悪い気はしなかった。なので、そっと握り返す。握り返された瞬間、クオンはそれがカリンなりの了承だと受け取った。最悪、振りほどかれる事も想像していただけに安心する。


(カリンの手、思ったよりやわらかい・・・。)


 カリンの感触が伝わって来る。クオンはこの幸運に、とても幸せな気分になっていた。気を抜くとにぎにぎしてしまいそうだ。カリンの方は、父や兄と手を繋いだ時の事を思い出していた。クオンの手は、記憶にある父や兄よりは小さい。カリンよりも少し大きいぐらいだ。それでいて、優しく包み込むような熱がじんわりと伝わって来る。


(クオンの手ってこんな感じなんだ。)


 クオンとカリンは互いに黙ったまま、手を繋いで歩く。すれ違う人は皆、クオン達に何か言いたそうな視線を投げかけるものの、話しかけては来ない。空気を読んでくれたようだ。本屋に着くまで、クオンはこの至福の時を楽しんだ。これには、カリン狙いの男を牽制する意味合いもあった。カリンは可愛いし懸想する男がいても不思議ではないからだ。本当はこういうことは苦手なのだが、カリンを別の男に取られたくない。クオンは見せつけるくらいの気持ちだった。


「あ、新刊が出てる。」


 カリンはちらっとクオンを見る。クオンはすぐカリンの言いたいことを察した。手を繋いだ状態では本を開けない。名残惜しいが手を離す。カリンは店頭に並べてある本を手に取り、ページをぱらぱらと繰る。タイトルを見るに流行りの女性向け恋愛小説のようだ。


(リッカもこういう恋愛小説好きだったな。)


 リッカの蔵書の多くは女性向け恋愛小説だ。アイゼンへの旅にも、暇潰し用にと一、二冊ほど持っていっていた。女性向けとはいえ男性が読んでも面白い小説も多い。クオンもたまに借りることがある。


(出てくるヒーローの男に対して色々と批評してたなあリッカ。恋人にするならこういう男がいい!ってよく力説してたっけ。カリンもそういう事してるのかな?)


 カリンの方は小説を流し読みしていた。すると、女主人公とヒーローが手を繋ぐ場面があった。カリンは先ほど手を繋いだ事を思い出しす。急にぽっと頬が熱くなった。


(私はクオンのこと、好き、なのかな。)


 この温かい気持ちが、恋なのかどうかカリンには判断ができない。思えば、クオンは出会ってからずっとカリンの事を見ていた。それがいつの間にか当たり前になっているのかもしれない。クオンの興味が他の女の子に移る事を想像すると嫌な気分になる。


(たまには、私から誘っても、いいよね・・・?誘う理由もあるし。)


 いつも受け身な分、カリンは自分から動いて見ようと決心したのであった。


 結局のところ、カリンは恋愛小説の新刊を一冊購入した。クオンは店内を見たものの特に買いたいものはなかった。カリンが支払いを済ませるのを見ながら、次はどこへ行こうかと考える。すると、支払いを済ませたカリンが、何か言いたそうな表情でクオンを見ていた。上目遣い可愛いなあと思いつつ、クオンは尋ねる。


「どうかしたの?」

「ねえ、クオン。一緒にお茶しない?」

「う、うん。いいよ。どこかお気に入りの場所があるの?」


 まさかのカリンからのお茶のお誘いだった。思ってもみなかった展開にクオンは嬉しさを隠しつつ、了承する。


「商店街に新しく喫茶店ができたんだって。この前ね、リッカとクラスの皆と一緒に行ったんだ。」

「クラスの皆?」

「うん。リリスとナツメとカノンと一緒にね。。」

「良かった。何て言うか、その、カリンは人見知りっぽかったから少し心配してたんだ。」

「あ~。そうだね。人見知りっていうのは間違いじゃないよ。緊張はしたけど、皆親切だし優しかったから。」


 カリンはとても嬉しそうに話す。アティスでの生活を楽しんでいるようで、クオンは安心した。クラスに上手く溶け込めるようにしてくれたリリス達三人娘に感謝だ。


「あ、それでね。その喫茶店、『ハニー&メイプル』って言うんだけどさ。看板メニューの『ハチミツトースト』を食べてみたいんだけど、量が多めなんだよね。良ければ一緒に食べよ?」

「へえ。それは美味しそうだね。いいよ。一緒に食べようか。」

「そうこなくっちゃ。」


 カリンはクオンと手を繋ぐ。カリンから手を繋いでくれると思っていなかったクオン。驚きのあまり一瞬動きが止まってしまった。


(か、カリンから手をっ!)


 クオンは嬉しくて心の中で舞い上がっていた。顔がにやけそうになるのを必死で我慢した結果、真顔になる。


「ほ、ほら、行こ?」


 カリンはそう言うとぷいっと顔を背ける。恥ずかしさでカリンはクオンの顔を見ることができないようだ。喫茶店に着くまで、カリンは頬を染めたまま、クオンは真顔のまま、無言で歩き続けるのであった。


 喫茶店『ハニー&メイプル』にたどり着く。カリンが扉を開けると、カランコロンとドアベルが鳴った。可愛くデフォルメされた蜜蜂の帽子をかぶった店員がシュバババッと寄ってくる。


「いらっしゃいませ~。カリンちゃんまた来てくれたんですね~。」


 店員はカリンの事をバッチリ覚えていた。カリンの方も以前来たときにこの店員に接客されたので覚えている。


「こんにちは。また来ちゃいました。」

「おやおや。今日は彼氏と来たんです?」

「ち、違います!友達です!」


 カリンは繋いでいた手をパッと離すと、クオンを友達だと強調する。付き合っていない事は事実だが、そこまで友達を強調しなくても、とクオンは残念に思った。クオンと目が合うと店員はくすくすと笑った。


「では、席へとご案内します。こちらへどうぞ~。」


 おやつの時間のためか、店内はほぼ満席だったが、運よく二人がけのテーブルが空いた。店員に連れられ、窓際にあるテーブルへと座る。


「すでにメニューがお決まりでしたらお伺いいたします。」

「はい。あの、ハチミツトーストを一つお願いします。」

「承りました。」


 注文を受けた店員が去っていくと、クオンはカリンに話しかける。


「一つでいいの?」

「うん。大丈夫だと思う。食パンを一斤使うからボリュームがあるの。」


 カリンはメニューを開いて、ハチミツトーストの箇所を見せる。可愛らしいイラストでハチミツトーストの絵が描かれていた。こんがりと焼かれた分厚い食パンの上にバニラアイスが鎮座し、その上からさらにハチミツがたっぷりとかけられていた。


「このお店、養蜂場とカエデ農場と契約してて普通より安くハチミツとメイプルシロップを提供できるんだって。」


 クオンがメニューを開いて眺めてみると、ハチミツとメイプルシロップを使ったメニューが多い。価格も高すぎるという事はなかった。


「お待たせしました。ハチミツトーストです。」


 しばらく談笑していると、先程の店員が焼きたてのハチミツトーストを運んできた。分厚いトーストの上にバニラアイスは乗っていたが、ハチミツはかかっていない。店員は小さなハチミツ壺を持っていた。それで自分達でハチミツをかけるのかと思いきや、店員は予想外の言葉を口にする。


「では、私が歌いながらハチミツをかけるので、お好みの量に達したらストップと言ってください。」

「え、歌うんですか?」


 カリンは驚く。自分達でハチミツをかけるのではなく、店員が歌いながらかけてくれるシステムのようだ。この事はカリンも知らなかった。


「はい。歌いますよ~歌っちゃいますよ~。それがルールですから。」


 店員はにっこりと笑う。笑顔の圧力。カリン達に拒否権はないようだ。開始と終了の合図はカリンがする事になった。


「じゃ、じゃあお願いします。」

「はい。ではスタートです。ブンブブンブン~♪ハチが来る~♪」


 店員は歌いながら、壺を傾けてハチミツをとろとろとかけていく。やはり歌うのは恥ずかしいのか頬を染めていた。正直、聞いてる方もかなり恥ずかしい。他の客達の視線も歌う店員に集中していた。


「す、ストップ!」


 ちょうど良い頃合いになったところで、カリンはストップを宣言する。白いバニラアイスとこんがり焼けたトーストに黄金色のハチミツがとろとろと流れてとても美味しそうだ。


「わあ。美味しそう~。」


カリンはハチミツトーストに目を輝かせる。その姿を見て店員は嬉しそうだった。


「喜んでいただけたようで何よりです。恥ずかしい思いをした甲斐がありますね。」

「恥ずかしいなら歌わなくてもいいのに。」

「いいえ。私、店員ですからたとえ羞恥にまみれようとも、歌わないという選択肢はないのです!」


 クオンの言葉にえっへんと胸を張る店員さん。大したプロ根性だった。周りの客も何故かパチパチと拍手をしている。


「良かったら、カリンちゃんもここでバイトやってみる?時給も良いよ~。一緒に歌おう~。そのうち癖になってくるよ~。」

「けけけ、結構です!」

「え~、残念~。」


 カリンはぶんぶんと首を振る。客の前で歌うという羞恥には耐えられる気がしなかった。クオンはちょっと見てみたいとは思ったが、カリンは嫌がっていたので口には出さなかった。


「では、ハチミツの追加をご希望でしたらお呼びください。」


 店員は偉業を成し遂げた表情で厨房へと戻っていく。まるで歴戦の勇者のような風格だった。


「クオン、ハチミツは少しずつ食べよ。」

「そ、そうだね。」


 さすがにもう一度、歌われたら精神が持たなそうだった。面白いサービスだとは思うが、いかんせん恥ずかしすぎた。


 クオンとカリンはナイフとフォークで切り分け、少しずつハチミツとバニラアイスを付けて口へと運ぶ。


「ん~!甘くておいしい~!」


 カリンは美味しさに感激していた。バニラアイスの冷たい甘さとハチミツの優しい甘さ、バニラアイスの冷たさとトーストの熱さが絡み合う。トーストは一斤分あるが、この美味しさならすぐになくなってしまうだろう。


 一つのものを二人で分ける。つまり、間接キスになる可能性が高いという事に今さら気づくカリン。


(う、うっかりしてたよ!で、でもクオンなら別にいいかな・・・って何考えてるの私!)


 そして内心動揺しているのはカリンだけではなくクオンもだった。自然とカリンの唇に目が行ってしまう。


(これって間接・・・いや気にしちゃだめだ。)


 カリンは純粋に分けあってくれているはずだ。邪な考えは捨てて、クオンは黙っていることにしたのであった。


 互いにドキドキしながらも、ハチミツトーストはとても美味しいのでどんどん量が減っていく。


「あっ、ハチミツ付いちゃってる。」


 カリンの右手の人差し指にハチミツが付いていた。切り分ける時に付着したのだろう。拭き取るのも勿体ないので、カリンは指に付いたハチミツをちゅぱちゅぱと舐めとる。その仕草に、クオンは何だかカリンらしくない妖艶さを感じてドキッとする。じっと見ているとカリンと目が合った。


「ん。どうかした?」

「い、いや何でもないよ。」


 指を舐める様子を見てたとも言えず、適当に誤魔化す。カリンは小首を傾げたものの、特に追及はしてこなかった。だが、カリンはカリンで、クオンの様子から勘違いをしていた。


(もしかして、指を舐めるなんてはしたないとか思われた!?)


 そんなこんなありつつも、クオンとカリンはハチミツトーストを完食する。すると、見計らったように先程の店員がやってくる。


「食器をお下げいたします~。」


 店員さんは微笑みながら食器を下げていく。カリンが何となく店内を見ると入口付近の待合席に次のお客さんが何人も座っていた。


「クオン。お客さんつかえているみたいだし、もう店を出たほうがいいかな?」

「そうだね。すいません。会計お願いします。」

「あれれ?もう少しイチャイチャしてもいいんですよ?」

「「イチャイチャしてません!」」


 店員の言葉に、クオンとカリンは互いに赤面する。喫茶店内にいた他の客からも温かい視線を向けられていた。クオンとカリンはいたたまれず、さっさと会計を済ませると、逃げるように喫茶店を去ったのであった。


*********


 喫茶店を足早に出た後、クオンとカリンは並んで屋敷へと歩いていた。沈黙のままなのも気まずいので、カリンはクオンに話しかける。


「その、今日はありがとうね。クオン。」

「うん。こちらこそ。僕も楽しかったよ。」


 屋敷の門をくぐると、ミーチョが玄関から走ってくるところだった。


「おかえりなさいませ!」

「ただいま。どうしたの?そんなに急いで。」

「ラッセル様から言付けを預かっております。できるだけ早く伝えて欲しいとの要望でしたので。」

「バートから?」

「はい。相談に乗って欲しいことがあるからジェダイト聖堂まで来てくれと。・・・まあ、バート君の事だし大層なもんじゃないと思うよ。」


 お仕事モードから素に戻ったミーチョにクオンは苦笑する。


「素に戻ってるよミーチョ。」

「これは失礼いたしました。では、私はこれにて。」


 ミーチョは用件が済むと屋敷の中へと戻っていく。


「じゃあ、バートに会ってくるよ。また後でね。カリン。」

「うん。また後でね。」


 カリンはクオンと別れ、屋敷へと戻る。カリンの足は自然に客間へと向かう。


(まだお風呂まで時間あるし、クロちゃんと遊ぼうかな。)


 この時間帯なら、クロは客間にいるはずだった。客間に入ると、予想通りクロはいつものソファの上で寛いでいた。カリンはテーブルの上に買ってきた本が入っている紙袋を置くと、クロの隣に座る。


「あ、いたいた。クロちゃん。こっちにおいでにゃ。」

「にゃ。」


 クロはぴょんとカリンの膝へと移動する。先程食べてきたハチミツトーストの匂いがするのか、クロはしきりにカリンの匂いをふんふんと嗅いでいた。


「ん?何か匂うのかにゃ?」

「にゃ。」


 クロはカリンの膝の上でコテンと横になる。カリンが体を撫でると、クロはごろごろと喉を鳴らす。背中の毛はさらさら、お腹の毛はふわっふわのもっふもふだ。聞くところによると、冬になればさらにもふもふになるらしい。


「もふもふだにゃーん。」

「にゃん。」

「にくきゅ~にくきゅ~。」


 体を撫でた後はクロの真っ黒な肉球をプニプニ。心行くまで堪能する。肉球を触る度に、クロは黒い手をグーにしたりパーにしたりする。


 しばらく楽しんでいると、背後から何やら物音がした。カリンが音のした方を見ると、ルビーが立っていた。口を手で押さえて笑いをこらえている。


「ルビーさん、いつの間に・・・。」

「いや~猫語で喋るカリンちゃんも可愛いわね。』


 ルビーはカリンの隣に座ると、こしょこしょとクロの顎を撫でる。クロは目を細めて気持ち良さそうだ。


「カリンちゃんに構ってもらって良かったわね。クロちゃん。」

「にゃあ。」


 ルビーの問いかけに、クロは嬉しそうに鳴きながら尻尾を振る。


「リッカがいないから、その分構ってあげてね。」

「はい。それはもちろん。」


 カリンにとっても、クロとの一時は楽しい。こうやって体を自分に委ねてくれるクロを見ているだけで幸せな気分になる。


「あ、そうだ。クロちゃんごめんねー、ちょっと我慢してねー。」


 ルビーはカリンの膝の上で寛いでいたクロを抱き抱える。至福の時を邪魔され、クロはにゃーと抗議する。


「カリンちゃん、ソファに仰向けで寝て見てくれる?」

「え、こうですか?」


 カリンはルビーに言われた通りに、ソファに仰向けになる。ルビーがカリンの足下にクロを降ろす。すると、クロはカリンの上に乗り、お腹の上で香箱座りになった。


「クロちゃん、体の上に乗るのが好きなのよ。寝てるとすぐに乗って来るの。」

「これは、嬉しいですけど動けないですね。」

「そうね。でも冬だと暖かくていいわよー。」

「確かに、あったかいです。」


 クロの温もりをお腹の上に感じる。次第にポカポカしてきた。クロはカリンの上が気に入ったのかご満悦の表情だ。そのうち香箱座りから体勢を崩す。四肢を投げ出して、顎をカリンの体の上に付けてぺたーんとなる。完全にリラックスモードだった。


「クロちゃん、寛ぎ過ぎだよ~。」

「にゃ~ん。」

「あらあら。ずいぶんとカリンちゃんのお腹を気に入ったみたいね。」


 お風呂の時間になるまで、クロとの楽しい時間を過ごすつもりのカリンであったが、ここでルビーから


「そういえばカリンちゃん。クオンと手を繋いでたんですってね。」

「うへ!?」


思わず変な声が出た。ガバッと起き上がりそうになるが、お腹の上にクロが乗っているので何とか耐えた。


「んふふ。」


ルビーの意味ありげな笑顔を見て、カリンは自分が策に嵌まったのだと分かった。クロが乗っているこの状況では逃げにくい。クロは焦るカリンとは対照的に、お腹の上でだらーんとしていた。


「クオンとどこに行ってたのかしら?」

「え、えっと、黙秘です。」


絶対にいじられると思ったのでカリンは黙秘する。だが、ルビーの方が一枚上手だった。


「喫茶店でイチャイチャしたんでしょう?」

「なんで知ってるんですか~!っていうかイチャイチャしてません!」

「んふふ。伯爵婦人ですから♪」


この街の事は何でもお見通しらしい。手を繋いだ件や喫茶店の件も全て把握されている事を知ってカリンは赤面する。


「カリンちゃん。顔が真っ赤よ。可愛い~。」

「し、知っているのなら私に聞かなくても・・・。」

「こういうのはね、本人の口から聞きたいものなのよ。さあ、今日の事を聞かせてちょうだい。」

「お手柔らかにお願いします・・・。」


結局、カリンはお風呂の時間まで、ルビーから逃げられなかったのであった。


*********


 とっぷりと日は暮れ、夜。カリンは寝る準備をしていた。今日の出来事を思い出しながら。


(でも、師匠には怒られちゃったな。気が緩んでたよね、私。)


 ベリルが禁止していたのなら、竜角絡みだと察する事ができたはずだ。以前までのカリンなら。


 カリンはリボンを解くと、鏡の前に立つ。白い竜角が髪の間から覗いていた。竜角を指でそっと触る。


(いつの間にか、安心しちゃってたんだね私。)


 クオンとカリンと出会って、ちょっとした冒険をして、アルセイドに居着いて。人間に抱いていた恐怖が元からなかったかのように消えていた。クオンとカリンのおかげで、アントラ王国を出発した時の気持ちが代わりに心を満たしていた。


(今は無理でも、いつか・・・。)


 いつか、竜角を隠さなくても良い日が来たらいいなと願うカリンであった。


*********


「ふう。こんなもんかな。明日バートに見せよう。」


クオンはバートからの頼み―――手紙の添削をしていた。どうやらバートは文通する友達ができたらしい。初めて友達に手紙を書くに当たって、添削をお願いしてきたのだった。ペンを置き、添削した手紙を通学鞄に仕舞う。


「ふあ。もうこんな時間か。寝よ。」


 クオンが自分の部屋で寝る準備をしていると、カタンという音と共にキャットドアからクロが入ってきた。クロはぐにーんと体全体を伸ばしながら、大きな欠伸をする。


「にゃーん。」

「クロ?リッカがいないから僕のとこに来たのか。」

「にゃん。」


 クオンはクロを抱き上げる。すると、クオンの鼻腔を少し甘い匂いがくすぐった。クオンはその匂いに覚えがある。


(これ、もしかしてカリンの匂い?)


 何回もすんすんとクロを嗅いで確認してみる。やはりカリンの匂いがクロからしていた。カリンがクロと遊んでいるときに匂いが移ったのだろう。


「クロ。一緒に寝ようか。」

「にゃ。」


 ベッドに入って横向きになる。すると、クロはクオンの胸の辺りの傍で丸まった。カリンの匂いがクロからふわりと漂ってくる。クロを介してとは言え、好きな女の子の匂いを嗅いでいるというのはちょっぴり背徳感があった。


(気にするな僕。これはクロから偶然、カリンの匂いがしてるだけなんだ。)


そう自分に言い聞かせると、クオンは今日の出来事を思い出しながら目を閉じる。


(今日はいい日だったな。少しは、カリンと距離が近づいたかな。)


 しかし、クオンの中では嬉しさの反面、今日は反省すべき事もあった。


(魔力の件、竜角に関係してるって気づくべきだった。気を引き締めないとな。)


 ベリルが止めてくれたから良かったものの、またシュネーヴィントにいた蒐集者(コレクター)のような輩を引き付けかねなかった。


(僕が、もっとちゃんとしなきゃ。)


 様々な思考を巡らせながらも、クオンは眠りについたのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。今年の連載は本話が最後となります。次話の更新は一月中旬頃の予定です。来年もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ