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白磁の竜角  作者: 黒猫水月
第二章 新しい居場所
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第三十四話『アスター流剣術』

続きとなります。

 クオンとリッカが剣術道場の門を叩いたのが、カリンと出会う四年前のことだ。その当時は少しばかりの体術と魔法が出来る程度だった。父のアルバンを説得するには、依頼をこなせる力があることを示す必要があったのだ。道場主のロイは快く受け入れてくれた。姉弟子のレティシアや他の兄弟子達と共に研鑽を積んだ。


 奥義を学べるのはほんの一部。ロイが認めた弟子だけだ。何やら基準があるらしいが、教えてはくれなかった。跡取り娘のレティシアにさえ、その基準に達するまでは奥義を教授しなかったという徹底ぶりだった。


 アスター流剣術の技は次の四類型にまとめることができる。斬擊を飛ばす『閃技』、一撃必殺の『斬技』、剣自身に特性を付与する『剣技』、攻撃を受け流す『流技』の四つだ。それぞれの技には奥義が一つずつある。つまり、アスター流剣術には四つの奥義があり、『四奥義』と呼ばれている。ちなみにクオンの魔装剣は『剣技』の基本技の一つである。他にも隠された技があるらしいが、レティシアですら知らないらしい。アスター流剣術の当主だけに伝授される技のようだ。


 今日は休日。クオンは屋敷の裏庭で剣の練習をしていた。一通りの鍛練を終えると、ロイから出されている課題について考え始める。


「魔装剣を使うと剣が爆発する理由・・・。」


 その課題は、魔装剣の安全な運用。今までは魔装剣の使用は禁じられていた。やむを得ずカリンを助けるために使ってしまったが。


「魔力の制御には自信あるんだけど、なんで上手くいかないんだろう。」


 練習用の剣をじっと見つめる。クオンは魔力の細かな制御が得意だと自分では思っている。さすがに現代魔法(マーデン)には敵わないが、普通の冒険者よりは魔法を器用に扱える。特に魔弾の射手(フライクーゲル)は重宝していた。


「魔断剣の方は上手くいくんだけどなあ。」


 魔断剣は無属性の古典魔法(クラシック)で、剣に魔力を纏わせて切れ味を増す効果がある。リッカとの連携でよく使う魔法だ。魔力を纏わせて切れ味を増す、という点では同じはずなのに魔装剣は上手くいかないのだった。

 

 本修業の最初の課題がこの魔装剣だった。会得しなければ先には進めないとロイに言われていた。今までは後回しにしてきたが、カリンのために強くなると決めた以上、避けては通れない。


「違いと言ったら詠唱の有無くらい?うーん、分からない・・・。」

「なーに悩んでんの~?」

「うわっ!?」


 課題に悩んでいると、いつの間にか目の前にリッカがいた。思考に集中していたので全く気付かなかった。リッカは近くのベンチに腰掛ける。


「少し休も。ほれほれ、近う寄りなさい。」


 一旦、頭を冷やした方が良いかもしれない。そう思ったクオンは剣を鞘に戻すと、リッカの隣に座る。涼しい風が二人を通り抜け、鍛練で熱を帯びたクオンの体を冷ましていく。


「そういえば、カリンちゃんに聞いたよ。魔力の上限を確かめるのに付き合うんでしょ?」

「うん。魔力切れしたら気絶したり動けなくなるからね。」

「クオンのえっちぃ~。」

「なんで!?」

「魔力切れして動けないカリンちゃんにイケナイ事しちゃうんでしょ~?」

「しないよ!」


 むふふ、と猫口になってクオンをいじるリッカ。クオンはとんでもない濡れ衣を着せられそうになり、断固として抗議する。


「だいたい、そんな事したら嫌われちゃうでしょ!」

「ふふふ。分かってるよ~。最初は殴られてたのに、今じゃ仲いいもんね。わざわざ自分から信頼壊さないよね。」


 クオンにしてみれば、少しずつカリンとの距離を詰めている最中だ。焦っては元も子もない。だが、恋敵が現れるかもしれないという危機感はある。控え目に言ってもカリンは可愛い。言い寄ってくる男がいても全然おかしくはない。


「まっ、お姉ちゃんがいない間、オイタしちゃだめだよ?」

「しないってば!そういうリッカこそ、アイゼンで羽目を外して騒ぎを起こさないようにしてよ。」


 アルセイド伯爵家で一番破天荒なリッカ。クオンは自由奔放な姉がアイゼンで何かやらかさないか心配だった。父と兄が一緒にいるとはいえ、常時リッカに張り付いているわけでもない。


「もー!ただパーティに出席するだけじゃん。大丈夫ですぅ~。私だって貴族の端くれなんだから。」

「でも、新型飛行船の見学にも行くんでしょ?工房の職人さん達に迷惑かけちゃダメだからね。」

「分かってます~。」

「心配だなあ・・・。」

「ところでさ、何をそんなに悩んでたの?」

「魔装剣が使えない理由を考えてたんだ。魔力を剣に通すだけなのに、制御が上手くいかないんだよ。似たような魔法の魔断剣ならできるのに。」

「魔力の事ならアデラインさんに聞いてみる?」

「う~ん・・・ハヤテで手紙を出しても、忙しくて見る暇ないだろうし。」


 クオンとリッカに魔法を手解きしてくれたアデラインは、魔法兵団長になってから多忙らしくほとんど会えない。わずかな余暇は娘のドロシーとの時間に使っている。クオンは家族水いらずの時間を邪魔したくなかった。


「だったら、ベリルちゃんに聞いてみたら?王国の歴史に名を残す魔女でしょ。」

「あ・・・。」


 カリンの師匠、翠の魔女ベリル。クオンはベリルの事をすっかり失念していたのであった。翠の魔女ベリルなら魔力の事も詳しいはずだった。


「ベリルさんの事、忘れてたよ。聞いてみる価値はあるかも。」

「ん?そういえばベリルちゃんってどこに住んでるの?ノインはよく見かけるけど。」


 ベリルは翠の森にある湖の畔に館を構えている。クオンはカリンと一緒にエルスィアに会いに行く途中で、ベリルの館に立ち寄ったので知っていた。リッカはアティスに帰って来てから翠の森に行っていない。なので、ベリルの館の事は知らなかった。


「翠の森にある湖。畔にベリルさんの館が建ってるよ。」

「え、マジ?アイゼンから帰ったら遊びに行ってみよっと。」

「ノインさんもいるけどいいの?」

「げっ。やっぱ行くのやめよ。」


 ノインはリッカが気に入ったのか、会うたびにちょっかいをかけてきていた。過剰なスキンシップをされるので、リッカはノインが苦手だった。


(後で、ベリルさんを訪ねてみよう。)


 このまま一人で考えても埒が明かない。クオンはベリルに相談することにしたのであった。


*********


「あなたが、クレアさんね。ハルとレーネから聞いているわ。」

「ど、どうも・・・。」


 春揺宮のある一室にて、クレアはある人物と顔を会わせていた。ハルトヴィンとレーネの生母、第五皇妃キャサリン=オストシルトである。キャサリンは帝国で名門と知られるリンネ公爵家の出である。


「そんなに固くならなくていいのよ。」

「いや、でも、皇妃様ですし・・・。」


 根っこから平民なクレア。レーネは妹のように思っているのでとっくに慣れたが、皇子であるハルトヴィンにはまだ慣れない。皇妃であるキャサリンの前では言わずもがなで、自然と恐縮してしまう。


「構わないわ。形だけの皇妃ですもの。」


 キャサリンは自嘲の笑みを浮かべながら言う。クレアも聞いたことがあった。リンネ公爵家から輿入れした姫の話。皇子を生むのが他の姫よりかなり遅く、第一子が第八皇子では次期皇帝はほぼ絶望的。リンネ公爵家はそんな姫を見限ったという。さらには皇帝からの寵愛もなくなったせいで、後宮でも冷遇されていると。


「これから、しばらく一緒に旅をするんだから仲良くしましょう?」

「は、はい。こちらこそよろしくお願いいたします。」


 メーヴェが紅茶とお菓子を持ってきた。手際よくティーポットから紅茶をカップに注いでいく。注ぎ終わると、メーヴェは音もなく下がっていった。クレアは紅茶に口を付け、張りつめた気持ちを落ち着かせる。


「そういえば、レーネの家庭教師をしているそうね。レーネはどうかしら?うまくやれてる?」

「はい。レーネちゃんは勉強熱心で、よく頑張ってますよ。たくさん質問してくれますし。私も教えがいがあります。」

「それは良かったわ。魔眼のことがあるから、なかなかいい先生を雇ってあげられなくてね。ずっと気掛かりだったの。」


 キャサリンは目を伏せる。目線の先でカップの中の紅茶がほんの少しだけ波打っていた。


「随分と苦しい思いをさせちゃったわ。だからね、貴方には感謝してるのよ。ありがとうね。クレアさん。」

「い、いえそんな・・・。」

「あと、レーネのついででもいいから、ハルにも構ってあげてくれないかしら。ハルは男の子だから、色々と無理しているの。レーネが生まれてからは特にね。弱いところを見せないのよね。」


 クレアにとって、キャサリンのその言葉は意外だった。ハルトヴィンに弱いというイメージが結びつかなかったからだ。むしろ、なんでもこなせるような印象を受ける。


「ふふふ。ハルも貴方みたいな可愛い子に構われたら嬉しいだろうし。」

「か、かわっ!?」


 不意討ちの賛辞に顔を真っ赤にさせるクレア。身だしなみには気を使ってはいるが、それほどおしゃれはしない方。化粧も最低限だ。仕事中は眼鏡をかけていることが多い。だが目立たないだけで、クレアは可愛い顔立ちをしている。


「もし良かったら、ハルのお嫁さんになってくれてもいいのよ?」

「ええっ!?」

「もう十八歳にもなるのに、あの子ったら浮いた話一つもないんだもの。母親としては心配しちゃうわ。」

「わ、私には皇子なんて荷が重すぎます・・・。」


 ハルトヴィンのことはいい人だとは思っているが、クレアに恋愛感情はない。キャサリンには悪いが、そんな未来は全く思い浮かばなかった。


「そうかしら?お似合いだと思うけど。」

「か、買い被りすぎですよ。」

「まあ、私が口を出すことじゃなかったわね。お嫁さんは冗談としても、ハルのことを気にかけてくれると嬉しいわ。」

「はい。それはもちろん。」


 恋愛どうこうは別として、ハルトヴィンはクレアの命の恩人だ。だから、恩返しとして何かしらハルトヴィン助けになれたらいいなとクレアは思っていた。


*********


 メーヴェはハルトヴィンの自室を訪れていた。依頼されていた調査の報告をしにきたのである。


「これが報告書ですわ。」


 メーヴェはハルトヴィンに調査報告書を渡す。内容はクレア=クルックシャンクのことだ。クレアについての情報が事細かに記載されていた。クレアのことは別に疑ってはいなかったが、念のためメーヴェに調べさせていた。


「メーヴェ。君との契約だが、内容に追加は可能か?」

「内容次第ですわね。何をご所望ですの?」

「君の守護対象に、クレア=クルックシャンクを追加したい。」

「どういう風の吹き回しかしら?あの子を好きになったの?」

「違う。こちらの事情に巻き込んでしまったからな。責任を持って守るのが筋だ。」

「随分と真面目ですこと。」

「それで、どうなんだ?できるのか?」

「ええ、構いませんわ。」

「追加の対価は何だ?」

「いりませんわ。」

「・・・何?」


 ハルトヴィンは眉をひそめる。メーヴェは必ず対価を求めてくると思っていたからだ。


「私、あの子が気に入ったの。健気で、純粋で、宝石みたい。レーネとは違う美しさ。後宮の毒婦どもには絶対にあり得ない。ここまで胸が震えたのは久しぶりよ。わざわざ貴方に言われなくても、守ってあげるわ。」

「本当にそれだけか?正直、何か裏を感じるんだが。」

「その評価は心外ね。知ってたかしら?悪魔はね、天使には優しいのよ?」


 メーヴェは妖艶な笑みを浮かべると、周囲に溶け込むようにして消えていった。事情を知らない人間には驚きの光景だが、ハルトヴィンは見慣れている。なので特に驚きもせず、報告書へと視線を落とす。報告書にはクレアの経歴が書かれていた。


「・・・記憶喪失?」


 クレアの記録は、十年前から始まっていた。ドラグガルド連邦との国境近くの森の中で倒れていたらしい。国境騎士団に保護され、事情を聞いたものの名前以外の記憶がなかったとある。その後、帝都郊外にある孤児院に預けられた。


「十年前・・・ドラグガルド連邦との戦争の時か。」


 十年前の戦争で家族や故郷を失ったものは大勢いる。国境地帯は激戦区だった。クレアはきっと、記憶を失ってしまうほどの何かがあったのだろう。


「俺の踏み込むべき問題ではないな。」


 これは竜角人探しには関係のない事。ただでさえこちらの事情に巻き込んでいるのだ。これ以上関係が複雑化しそうなことはしたくない。ハルトヴィンはこの事を忘れることにしたのであった。


*********


 クオンが翠の森の湖まで来ると、見知った姿があった。姉弟子のレティシアだ。レティシアはじっとどこかを見つめていたが、クオンに気づくと声を掛けてきた。


「あら、奇遇ね。クオン君。」

「レティシアさん?どうしてここに?」

「エルスィアのとこ行っててその帰りなんだけど、あの館が気になってさ。前はなかったわよね。クオン君はあれが何か知ってる?」


 レティシアが指差した方向にはベリルの館がある。館の前には誰かが花壇に水やりをしているようだった。おそらくノインだろうとクオンは思った。カリンとは違い、ベリルとノインの事は街の人達に周知されていない。


「うん。最近引っ越してきた魔女の家だよ。ベリルさん家。」

「ベリル?ふーん、翠の魔女と同じ名前なんだ。ここに住み着くなんてファンなのかもね。」


 翠の魔女がベリルという名前であることは王国ではよく知られている。だが、ベリルという名前はありふれているため、同一人物とは思わないだろうとのことだった。なので、あえて偽名は使っていない。


「クオン君は何でここに来たの?」

「ベリルさんにちょっと相談があって。」

「知り合いなの?」

「うん。冒険者の仕事で知り合ったんだ。」

「なるほどねー。ねえねえ。私も一緒に行っていいかしら。」

「構わないけど、どうして?」

「せっかくご近所さんになったんだからコミュニケーションしないと損でしょ。」

「道場の方は大丈夫なの?師匠待ってたりしない?」

「そうね。すぐ帰らないといけないから挨拶だけよ。さあ、行きましょ。」


 クオンとレティシアは館に近づいていく。館の前には花壇があり、メイド姿のノインがいた。ノインは鼻歌を口ずさみながら、花壇に咲いているパンジーに如雨露(じょうろ)で水やりをしている最中だった。


「あの人は誰?」

「ベリルさんの人造兵(ゴーレム)で、ノインって言うんだ。」

「へー、人間そっくりね。」


 レティシアが感心していると、ノインが二人の方を向いた。すでに気づいていたのか、全く驚きもせずに、無表情のまま淡々と口を開く。


「あら、こんにちは。何かかご用ですか?」

「ベリルさんに相談があって来たんだけど、今いるかな。」

「はい。いますよ。そちらの方は?」

「アスター剣術道場のレティシア=アスターよ。引っ越してきたそうだから挨拶しようと思って。」

「それはそれは。歓迎いたします。レティシアさん。では、中へどうぞ。」


 二人はノインの後を付いていく。館の反対側、湖に臨む側はテラスになっていた。テラスに二本の棒が立っていてハンモックがくくりつけられている。わずかに揺れるハンモックの上にベリルはいた。


「むむむ。三百年の間に随分と進歩してるわ。追いつくのも骨ね。運動の変化を記述するのに微分方程式を・・・。」


 眉間に皺を寄せながら、ベリルは魔導書らしき本を読んでいた。こちらには気づいていない。ノインはそーっと近づくと、ベリルが乗っているハンモックを回転させる。


「うわっ!?ぶべっ!?」


 天地がひっくり返る。読書に集中していたベリルは、何が起こったのか分からないまま、テラスの床にびたーんとなった。


「あいたたたた・・・。」

「お客さんですよ。ベリル。床に寝そべってないで対応してください。」

「ノインのせいで落っこちたのよ!?もっと普通に呼びなさい!」


 ベリルは赤くなった鼻をさすりながら立ち上がる。痛かったのか少し涙目になっていた。ベリルは抗議するが、当のノインは素知らぬ顔をしていた。


「えーと、クオンと・・・そちらの女性は初対面ね。」

「初めまして。レティシア=アスターよ。よろしくね。街にあるアスター剣術道場の跡取りよ。」

「そう。私は魔女のベリル=スマラクト。理由あってこんな(なり)だけど、一応大人よ。」


 ベリルが自己紹介をすると、レティシアの体がぷるぷると震えていた。頬も紅潮している。ただならぬ様子に、ベリルは思わず一歩後退りする。この場で、レティシアに起きた異変の理由が分かっているのは、クオンだけだった。クオンがレティシアを止めようか悩む。


「ど、どうしたの?」

「もう我慢できないわ!とりゃ!」

「んにゃっ!?」


 クオンが悩んでいる間にレティシアは目を輝かせ、ベリルに襲いかかる。ベリルの小さな体は、レティシアの腕の中にすっぽりと収まった。


「むぎゅ!?」

「やーん!この子可愛い~!お持ち帰りしたいわ!」


 レティシアはこの上なく至福の表情で、ベリルを頬ずりする。子ども好きのレティシアにとって、ベリルの姿は保護欲をそそる範囲のど真ん中。ベリルはされるがままになっていたが、我に返ると、もがきだした。


「こら!離しなさい!」

「えー、いいじゃない。減るもんじゃないし。」


 だが、レティシアはベリルを解放しない。力では勝てないベリルは脱出を諦める。ベリルが大人しくなったタイミングで、ノインが話しかけてきた。


「立ち話もなんですし、こちらへお座り下さい。」


 いつの間にか、ノインはテラスにテーブルと椅子を用意していた。クオンとレティシアはノインの勧めのままに椅子に座る。ベリルはレティシアの膝の上に乗せられた。脱出を観念したベリルは、レティシアに頭を撫でられながら、憮然とした表情のまま、クオンに用件を尋ねる。


「それで、私に何か用なの?」

「はい。魔力の制御のことで相談があって。」


 クオンはベリルに相談内容を話す。アスター剣術道場で学んでいること。魔装剣の習得を課題で出されていること。理論的には無属性魔法の魔断剣と同じはずなのに、魔装剣への魔力供給の制御が上手くいかないこと。


「話は分かったわ。だけど、私よりレティシアに聞いた方が良いのではないの?聞けば、クオンの姉弟子だそうじゃない。」

「だーめよ。アスター流の私に聞いたら答えになっちゃうでしょ。それじゃ修練の意味がないわ。まあ、聞かれても教えないけどね。」

「私に相談して、答えに辿り着くのは良いの?」

「それはOKよ。人に頼るのも大切な事だもの。私だって文献調べたり王都の魔導師に聞いたりしたし。それに、アスター流じゃない人に聞いたところで、直接的な答えにはたどり着かないわ。いくらヒントをもらったって、最後は自分で考えないとね~。」


 レティシアは自分の顎をベリルの頭に乗せた。ベリルは重そうな表情をする。


「まずはクオンの魔力の使い方を見てみたいわ。標的を用意するから、魔法を撃ってみてくれないかしら。」

「分かりました。あの、レティシアさん。そろそろベリルさんを解放してあげて下さい。」

「あと十分だけ愛でさせて!」


 挨拶だけだと言ったのに粘るレティシア。結局、レティシアが帰るまで三十分かかったのであった。


*********


 クオンは湖に浮かぶ案山子に目掛けて魔弾の射手(フライクーゲル)を放つ。自由自在に動き回る案山子達だったが、全て追尾してきた光線に貫かれた。


「ふーん。なるほどね。」


 案山子達はベリルの魔道具だ。『踊る案山子(スケアクロウ)』といって、囮や撹乱に使う。クオンの古典魔法(クラシック)の標的に引っ張りだしたのだった。テラスから降りるとすぐそこは湖岸だ。


「まずはね、君の前提が間違ってるのよ。」

「前提が間違っている?」

「そう、魔法の制御ができているからといって、魔力の制御ができているとは限らないのよ。」

「えっ?」


 クオンには寝耳に水な知識だった。魔法の制御は魔力の制御とほぼ同義だと勝手に思い込んでいたからだ。


「まあ、本を読む限り、現代の魔導師でも混同してる人いるし、クオンがそう思っても仕方ないとは思うけれど。」


「そもそも、魔力というのは制御が難しいの。だからこそ、魔法という技術が発達したとも言えるわ。イメージとしては、魔法とは魔力を入れる鋳型みたいなものよ。」

「鋳型、ですか?」

「魔力をぶちこんで思った通りの形に加工してるって感じ。つまり換言すれば、鋳型さえちゃんとできてさえいれば、魔力なんて注ぐだけでいいわけ。つまり、クオンは魔法という魔力の鋳型の作り方が上手いだけ。魔力そのものはほとんど制御できてないわね。注いでるだけよ。魔力って外に放出するだけな簡単だからね。」

「そ、そうだったんだ・・・。勉強になります。」


 無属性魔法の魔断剣とアスター流剣術の魔装剣。クオンはこの二つを似たような技だと思っていた。それが間違いの元だったのだ。実際は似て非なるもの。魔装剣の方が遥かに難しいようだった。


「もう一度、自分で一からやり直してみます。」

「頑張れ男の子。また聞きたいことがあったらいつでも来なさい。」

「はい、ありがとうございます。」


 館の前の花壇ではせっせとノインが作業をしていた。クオンに気が付くと、ノインは作業を中断して近づいてきた。


「もうお帰りですか?」

「うん。」

「そうですか。リッカに、よろしくと伝えてください。」

「それは構わないけど。そういえば、なんでそんなにリッカを気に入ってるの?」

「理由は色々とあります。そうですね、強いて言えば、大事な人にとてもよく似ているからです。」

「大事な人・・・。」

「私には三人の大事な人がいました。一人はまだ生きていますが、もう一人は死に、さらに一人はいなくなりました。リッカは死んだ一人に似ています。」

「そうだったんだね。」


 意外に重い理由だった。ノインは無表情のままだったが、クオンには何だか悲しげな表情に見えた。


(悪いことを聞いちゃったかな。)


 ノインは俯くクオンの頭を手でぽんぽんする。いきなりの行動にクオンは驚いた。


「そんな顔をしないでください。もう、随分と昔のことです。」

「ノイン・・・ごめんね。」

「謝る必要はありません。ですが、申し訳ないと思ってくださるのなら、リッカと遊びに来てください。お茶とお菓子を大量に用意してありますので。」

「うん。今度はリッカと一緒に来るよ。」


 クオンは手を振ると、アティスヘの道を歩いて行った。クオンの姿が見えなくまで、ノインは紫色の瞳にクオンを映し続けたのであった。


*********


 リンドブルム王国へと出発する日がやって来た。王国へと赴くのはハルトヴィン、レーネ、クレア、メーヴェ、キャサリンとハルトヴィンの部下五名、御者の合計十一名だ。見送りにはセドリック、そしてセドリックの妻イリスが来てくれた。あまり大事にはしたくないらしく、こっそりとした出発となった。


「クレア、気を付けてね。無理しちゃダメよ。危険だと思ったら皇子なんてほっといて逃げなさい。」


 イリスはクレアを抱き締める。身寄りのないクレアを心配して、何かと世話を焼いてくれた女性だ。クレアにとっては一番の親友である。


「うん。行ってくるね。イリス、セドリック。」


 クレアは抱擁を返す。名残惜しいが、ハルトヴィン達をあまり待たせるわけにはいかない。セドリックとイリスに手を振って馬車へと乗り込み、レーネの隣にクレアが座る。クレアの前にハルトヴィン。クレアの斜向かいにキャサリンが座っている。御者はクレアが乗り込んだ事を確認すると、馬に鞭を打つ。馬車が動き出すと、キャサリンがクレアに話しかけてきた。


「ねえクレアさん。ハルの事を何て呼んでるの?」

「え。ハルトヴィン皇子、ですけど。」

「ハル。道中では身分を明かすのかしら。」

「いや、明かすのは受け入れ先のリンドブルム王国だけだな。」

「じゃあ皇子なんてつけて呼んじゃだめよね。だから、ハルのことを名前で呼んであげてもらえないかしら。」

「ええっ!?」


 クレアはハルトヴィンと目が合う。ハルトヴィンは困ったような表情をしながらも、頷いた。


「絶対に隠さなきゃいけないわけじゃない。だが、できれば皇子だとばれたくないんだ。無用な騒ぎにならないためにもな。ハルトヴィンと呼び捨てで構わない。」

「じゃあ、は、は・・・は、ハル君。ハル君で妥協させてください!」


 クレアにとって、異性を呼び捨てはハードルが高い。イリスを通じて付き合いが長いセドリックぐらいだ。妥協案として、ハル君と呼んでいいか提案する。


「どう、かな?ハル君じゃ、ダメかな・・・?」


 クレアはもじもじしながら、恥ずかしそうに言う。頬を染めての上目遣い。


「お、おう。それでもいいぞ。」


 ハルトヴィンは顔をクレアから背ける。少し頬が赤くなっていた。貴族女性の誘惑には慣れているが、クレアのような表も裏もない女性はあまり経験がない。初々しい仕草に、ついつい顔が綻びそうになってしまうハルトヴィンなのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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