第三十一話『王立学院アティス校』
お待たせしました。続きとなります。
夏が終わり、暦が秋の始まりを告げる日。つまり、カリンが王立学院に編入する日がやって来た。新しい制服に袖を通し、胸元のリボンを結ぶ。学年毎にリボンの色が違っていて、カリンは青でリッカは緑だ。白を基調とした制服に、カリンの黒曜石色の髪がよく映えている。カリンは竜角を藍色のリボンで隠すと、姿見の前でいつもより身だしなみを念入りにチェックする。
「これでよしっと。うん。完璧だね。」
身だしなみを整えたところで、ちょうど部屋の扉がノックされる。リッカの声が扉越しに聞こえてきた。
「カリンちゃん、準備できたー?早くいこー。」
「うん。今行くね。」
忘れ物がないか確認してから通学鞄を持ち、部屋の扉を開ける。部屋の前には、制服姿のリッカが立っていた。ふわあと欠伸をしていて眠そうにしている。制服の魔力なのか、お転婆なリッカが清楚なお嬢様に見えた。
「クオンが待ってるよ。行こ行こ。」
リッカに手を引かれ玄関へと向かう。屋敷の正面玄関では、制服姿のクオンとミーチョがいた。クロと他のメイド達の姿もある。カリンとリッカに気づいたクロがとことこと近づいてくる。
「あれ?クロちゃんがいる。」
「にゃん。」
「クロちゃんはね。いつもお見送りしてくれるんだよ。」
「そうなんだ。ふふ。ありがとうねクロちゃん。」
「にゃん。」
クロは嬉しそうににゃーにゃーと鳴きながらカリンとリッカの足元をうろちょろする。
「カリン。制服、よく似合ってるよ。」
「あ、ありがとう。」
カリンの制服姿はクオンが思っていた以上に似合っていた。黒いニーソックスで形作られた絶対領域がとても艶かしい。視線が引き寄せられるがぐっと我慢する。
「それじゃあ行こうか。」
「うん。」
「「「いってらっしゃいませ~。」」」
「にゃ。」
メイド達とクロに見送られ、クオン達は出発する。屋敷の正門から出ようとしたところで、ちょうどバートランドとカーラの兄妹がやってきた。クオン達とラッセル兄妹はいつも一緒に登校している。
「おっす。おはよ。」
「皆さん、おはようございます。」
「おはよう。バート、カーラちゃん。」
「おはよう。今日からよろしくね。」
「おはよー。」
「おはようございます。」
ラッセル兄妹と挨拶を交わした後、リッカ、クオン、カリン、バート、カーラ、ミーチョの六人で登校する。柔らかな朝の日差しの中を、雑談をしながら歩いて行く。
「うう。ちょっと緊張してきたかも。」
「大丈夫だよ。僕とミーチョもいるし。何かあったらフォローするから。」
王立学院の計らいで、クオン、ミーチョ、バートのいるクラスに編入することになっていた。クラスに見知った顔がいた方が安心するだろうという配慮だ。
「私もカリンちゃんと一緒のクラスになりたかったなー。」
「留年でもしないと無理だろ?リッカはクオンの一歳上なんだから。」
「さすがに留年は無理かな。父様に拳骨食らうもん。」
リッカが第十一学年。クオン、カリン、バート、ミーチョが第十学年、カーラが第九学年だ。初等部六学年、中等部三学年、高等部三学年の構成になっている。この六人の中でカーラだけが中等部だ。
王国全体で見ると、中等部まで行くのが大多数であり、高等部まで進学するのは多くない。貴族や平民の富裕層、成績優秀者ぐらいである。だが、アルセイド州は伯爵が教育を重視していることもあり、高等部進学率が高い。授業料の補助だけでなく、家業を手伝いながらでも通えるようなカリキュラムが整っている。
他愛もない話をしているうちに、学院へと辿り着く。余裕を持って早めに登校したせいか、生徒の姿はまばらだ。
「じゃあ、私は職員室に行くね。」
「あっ、僕も付いていくよ。最初だから迷うだろうし。」
カリンとクオンは他の四人と別れ、職員棟へと歩いていく。クオンと一緒だったので、迷うことはなかった。職員室の扉は開放されており、中には先生らしき姿が数人ほど見える。
「ありがとうクオン。ここまで来れば大丈夫よ。」
「うん。じゃあ僕は先に教室に行くね。自己紹介頑張ってね。」
クオンは去っていく。カリンは深呼吸を一回だけすると、職員室の中に呼び掛けた。
「編入生のカリン=ハーヴィです。コリン先生はいらっしゃいますか?」
「はーい。いるよー。入ってきてー。」
「失礼します。」
カリンの呼び掛けに答えたのは、思いの外、若い男の先生だった。二十代前半に見える。
「初めまして。カリン=ハーヴィと申します。今日からお世話になります。」
「担任兼数学担当のコリン=マクローリンです。よろしくねカリンさん。」
「こちらこそよろしくお願いします。コリン先生。」
「朝のHRの前にカリンさんを紹介するね。まだ時間あるから、そこのソファに座って待っててくれるかな?」
「はい。」
カリンはソファに座ると、頭の中で自己紹介のシミュレーションをしながら、時間になるのを待つのであった。
********
クオンが教室に入ると、すぐさまクラスの皆に取り囲まれた。
「クオン君!聞いたよ!ついにリッカ姉卒業して彼女できたんですって!?」
「は、はあ!?そんな根も葉ない話、どこで聞いたの!?」
「街のおばちゃん達だよ。クオン君が黒髪の美少女と仲良さそうに歩いてたって言ってたよね。」
「うん。私も一緒に歩いてるところを見たわ。」
「今日編入してくる子なんでしょ?楽しみ~。」
「くっそー。お前はシスコンで彼女なんて作らないと思ってたのに!」
「うらぎりものー。」
女子達は色めき立ち、男子達は嫉妬と羨望と恨みが混じった視線を向ける。収拾がつかなくなりそうになったところで、一人の女子生徒がパンパンと手を叩いて制する。
「ほらほら。クオン君が困ってるでしょ。そんなに一気に詰め寄らないの。」
場を静めたのは、クラス委員長のリリスだった。栗髪碧眼で、頭の後ろにチャームポイントの大きなリボンを付けている女の子だ。何気にクオンとリッカの親戚でもある。リリスの一声で、クオンを取り囲んでいたクラスメイト達は波が引いていくように下がり、代わりにリリスが前へと出てきた。
「それでクオン君。編入生とは付き合ってるの?」
「リリスまで聞いてくるの!?」
「あら。私はクオン君が混乱しないように、委員長として皆を代表して聞いてるだけよ?で、実際はどうなの?」
明らかにウキウキした様子で聞いてくるリリス。クオンはため息を吐くと、事実だけを簡潔に言う。
「カリンは友達だよ。冒険者の仕事をしている時に知り合ったの。別に付き合ってないからそこら辺は誤解しないでね。」
変に嘘を吐くとボロが出るので、言える範囲だけ。竜角人の事はもちろん言えないし、カリンにリボンをプレゼントしたこともからかわれるので言わない。ましてや、一緒に炎龍エルスィアの温泉に入った事など論外だ。
「へえ。もう名前呼びなんだ。随分と仲がいいんだ?」
「リリスも含めて、僕はクラスの皆も名前呼びしてるじゃないか。」
「そりゃあ、なんだかんだでほぼ地元民だし付き合い長いからね。でも、そのカリンさんとやらはここ最近知り合ったんでしょ?怪しいなー。」
「怪しいなー、って言われても、これ以上何も出ないよ。」
周囲の女子からは、えー、という抗議の声が上がるが、クオンは無視して自分の席に座る。後ろの席のバートが、クオンの肩にポンと手を置く。
「大変だなあ。クオン。」
「バートも見てないで助けてよ。」
「リリス相手にか?無理無理。」
バートはあっさり匙を投げる。女子を敵に回したくないようだった。
「まあ、いいわ。まだ手はあるからね。ふふふ。」
リリスは可愛い笑みを浮かべたが、嫌な予感しかしないクオンであった。
*********
朝のHRの時間が近づくと、コリンは出席簿を持ってカリンのところへとやってきた。
「さあ、そろそろ教室へ行きましょうか。」
「はい。」
カリンはソファから立ち上がると、コリンの後を付いていく。もうすぐ自己紹介だと思うと、カリンは緊張で胸がドキドキしてくる。教室の前に着くと、コリンはカリンに声を掛ける。
「カリンさん。準備はいい?」
「だ、大丈夫です。」
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。皆、良い子達だから。」
「は、はい。」
その時、ちょうどチャイムが鳴った。コリンは教室の扉をガラッと開け、中へと入っていく。カリンも慌てて後を付いていく。教室に入ると、全身に視線が突き刺さるのが分かった。コリンが教卓の前に立ち、カリンはその横に立つ。教室を見渡すと、生徒達は好奇の目でカリンを見ていた。教室の中にクオンを見つけて少しほっとする。クオンの後ろにはバートがいて、ミーチョはカリンから見て右端の最後尾にいた。
「聞いている人もいると思うけど、今日から皆さんに新しい仲間が加わります。カリンさん、皆に自己紹介をお願いね。」
「は、はい。」
カリンはごくりと唾を飲み込む。目標はあまり無理をせず、自己紹介を噛まずに言う事だ。
「皆さん初めまして。私の名前はカリン=ハーヴィと言います。アティスの街に最近引っ越して来ました。仲良くしていただけたら嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。」
(何とか噛まずに言えた・・・。)
無事に言い終えてほっとするカリン。生徒達からパチパチと拍手が起こる。
「ありがとうカリンさん。皆も仲良くしてあげてね。それじゃ、リリスさんの隣が空いているからそこに座ってくれるかな。」
教室の中央あたりの席が空いていた。その隣には大きなリボンが印象的な少女が座っている。少しリッカに似ている気がした。少女は笑顔で、おいでおいでと手招きをしている。カリンは誘われるまま、少女の隣の席に座った。カリンが席に着くと、コリンは朝のHRを始める。
「リリス=ラントシュタイナーよ。よろしくね。何か分からない事があったらなんでも聞いてね。」
「はい。ありがとうございます。リリスさん。」
HRは簡単な連絡事項だけで終わり、十分間の休憩に入る。すると、カリンとリリスの席の周りに女子達が集まってくる。男子は女子の勢いに押されて近づけないようであった。クオンも遠巻きに様子を見ている。
「リリスさんだなんて他人行儀はよしてよ。リリスって呼んで。」
「うん。分かったわ。リリス。」
「ふふ。皆、貴方のことが聞きたくてうずうずしているみたいね?」
「お、お手柔らかにお願いします・・・。」
新参者が注目されるのは仕方ない。商店街やギルドで散々質問攻めにあった分、少し余裕ができていた。とはいえ、女子達のエネルギーに押されがちではあったが。
カリンは主に女子達からの質問に答えていく。竜角人のことや出身地のことは言えないので、予め用意しておいた設定を答える。ノースシルト王国の田舎出身、身寄りはなし、駆け出しの冒険者として生計を立てていたところ、ジョシュアと出会い養子になったという設定だ。
「噂になってるんだけど、カリンはクオンと付き合ってるの?」
「ううん。クオンとは友達だよ。」
ついにクオンとの関係を聞かれる。少しビクッとなったが、焦らず冷静に返答するカリン。この手の質問にはもう慣れていた。下手に慌てると、女子達の底知れない想像力を掻き立てるだけだ。だが、リリスは納得していないようであった。
「ふむ。ここは奥の手を出さないとダメそうね。ナツメ、カノン。クオン君をここに連れてきて。」
「えっ!?何々!?」
ナツメとカノンと呼ばれた女子二人が、クオンがカリンの前に座らせる。
「はい。じっと見つめ合って~。」
「リリス、一体何を・・・。」
「カリン、これは大事なことなの。ほらほら、言う通りにして。」
リリスに言われるがまま、クオンとカリンは見つめ合う。気恥ずかしくて、互いに頬が少しだけ朱に染まる。
「カリン。クオン君との間で、何か恥ずかしい事なかった?」
「何か恥ずかしいことって。そんなのあるわけ・・・。」
リリスの言葉で思い出したのは、シュネーヴィントのダンジョンでクオンに抱き締められた事だ。あの時の温もりまで覚えている。ぼっと音がしそうな勢いで顔を真っ赤にするカリン。思わずクオンから顔を背けてしまう。クオンもそんなカリンの反応に面食らう。
「おやおや~?何ですか?今の可愛い反応は~?」
リリスはにやにやしている。一方のカリンは、顔を真っ赤にしたまま、目をぎゅっと閉じて両頬に手を当てていた。頭に浮かんだものを消そうとしているかのように頭を振っている。
「クオン君。一体カリンさんに何をしたの?」
ナツメはジト目でクオンを見る。心なしか、ナツメの背後にいる女子達の視線も冷気が帯びている。
「な、何もしてないよ!」
思い当たることはあるが、この場で言うわけにもいかない。クオンは頑として否定する。
「うっそだー。この反応見て信じられるわけないじゃん。」
カノンはクオンの言葉を全く信じていない。男子達もカノンに追随する。
「正直に白状しろー。」
「そうだそうだー。」
ナツメとカノンを筆頭に、クオンに詰め寄るクラスメイト達。その時、キーンコーンと予鈴が鳴る。カリンは鐘の音ではっと我に返った。
「ふっ。命拾いしたわね。さあ皆、授業が始まるわよ。先生が来る前に席へ戻って。」
リリスの指示にはーいと返事をしつつ、クラスメイト達は統率の取れた動きで各々の席へと戻っていく。その様子を見て、カリンはふと思ったことをリリスに聞いてみる。
「リリスってこのクラスのリーダーなの?」
「そうね。クラス委員長よ。」
「さすがだなリリス。さっそく編入生に女ボスとしての威厳を見せつけるとは。」
「聞こえてるわよバートランド。あの事を皆にばらすわよ。」
「俺にばれて困ることなんてないし。」
「文通、赤毛、メイド。」
「すいませんでしたー!」
わずか三つの単語を言われただけでバートは態度を翻した。カリンには何の事なのか分からなかったが、リリスはバートの弱味を握っているようだった。
「皆、あなたに興味津々だから。最初は煩わしいかもしれないけど、悪く思わないでね。」
クラスの皆がカリンに質問している時、カリンに負担が掛からないようにリリスが心を砕いているのが分かった。皆の動きを統率し、場が混乱しないようにしていたのだ。無秩序に質問攻めされることもなく、テンポよく順番に答えることができた。まだ出会ったばかりだが、リリスともっと仲良くなりたいなと素直に思うカリンであった。
*********
お昼休みになると、リリス、ナツメ、カノンの三人娘と一緒に昼食を摂ることになった。購買や食堂もあるのだが、カリンは屋敷の料理人に食費を渡して作ってもらっていた。三人娘も弁当を持参していたので、教室で食べることになった。
「リリスってクオンとリッカの親戚なの?」
「そうだよ。ルビーさん側のね。」
「何だか似てるなーとは思ったけど、納得。」
「ラントシュタイナー家は代々、アルセイド州の行政に携わることが多いわね。典型的な役人一家よ。」
リリスが気さくに話をする事と雰囲気がリッカに似ている事もあって、カリンはすっかり打ち解けて三人娘と会話が出来ている。ナツメとカノンの人となりもだいぶ分かってきた。
ナツメはアルセイド州で有名な薬屋の娘だ。黒髪菫眼で、眼鏡をしているので知的な印象を受ける。大人しい性格だが怒らせると怖い。カノンは宿屋の看板娘で、ブロンドの髪をツインテールにしている。そして何よりもちっこいのが特徴だ。カリンよりも頭一つ分くらいは背が小さい。朗らかな性格でナツメとは対照的だ。
「カリンは、将来なりたい職業とかあるの?」
「ううん。まだ考えてないかな。今は目の前の事で精一杯で。リリスはどうなの?」
「私は州庁の行政職員になってアルセイド州を発展させたいの。伯爵様の計画を助けたいかな。」
「計画って、鉄道敷設のこと?」
「へえ。よく知ってるのね。そうよ。まあ、まだどうなるかは分からないけど。」
リリスは家柄の影響もあるのか、人一倍地元愛が強いようだった。自分と同い年で若いのにしっかりしているとカリンは思った。
「ナツメはどうなの?薬屋さんを継ぐのかな?」
「そうね。でもちょっとした野望があるの。」
「野望?」
「錬金都市ギーセンって知ってる?」
「ギーセン?うん。名前は知ってるけど。」
錬金都市ギーセン。錬金術師達による自治都市。アントラ王国の時代から存在しているので、カリンも名前ぐらいは知っている。
「薬草や木の実を加工して薬を作るんだけどね、効果が不明確なのも多いのよ。全部経験則だから、どう効くのかは分かってても、なぜ効くのかが分かってないの。」
「それがギーセンと関係あるの?」
「ギーセンで錬金術を学びたいの。最近では化学って言う人もいるけど。錬金術を駆使して薬効成分を特定する。それが私の野望よ。特定しちゃえば、効率よく薬を作れるようになるかもしれないし、実際に研究している錬金術師もいるわ。」
ナツメは錬金術を学んで、家業に利用したいと思っていた。ギーセンは遠いので、冒険者をしてコツコツお金を貯めているとのことだった。魔弓の扱いが得意らしい。
「私と同じ歳なのに、ちゃんと考えてるなんてすごいね。」
「リリスとナツメはしっかり者だもの。私なんてお婿さん見つけて宿屋継ぐのかなーくらいしか考えてないしー。」
カノンは一人娘なので、婿を取って宿屋を継ぐと考えていた。アティスの街の地元民はだいたい家業を継ぐのが一般的なようだ。
「カリンはまだ将来なりたい職業を決めてないって言ってたけど、良い就職先あるじゃない。クオン君のお嫁さん。」
「な、何言ってるの!?」
カノンの発言に、カリンは狼狽する。カノンはむふふと猫口になりながらカリンの反応を楽しんでいた。
「とってもお似合いだと思うけどなー。」
「か、からかわないでよ。」
「その表情を見るに、満更でもない感じかな?」
クオンのことは友達として好きだが、それ以上の感情があるかどうかは分からない。
「はいはい。カノン、そこまでにしときなさい。カリンが困ってるわ。」
「えー。」
リリスがカノンを窘める。カノンは口を尖らせながらも、追及をやめる。
「リリス。なんで皆、クオンと私をカップリングさせたがるの?」
「恋バナは乙女の原動力だもの。」
「恋バナって・・・。クオンは友達だってば。」
「外から見るとそうは思わないわ。いっつもリッカといるクオン君が知らない女の子と仲良さそうに歩いてるだけで、地元民には衝撃ものよ?色恋沙汰にしちゃうのは仕方ないわ。」
「恋人なの?付き合ってるの?って聞かれるのはさすがに疲れてきたよ。」
「まあ、本当に友達みたいだしね。ちゃんと皆には言っておくから安心して。明日からは静まると思うわ。」
リリスが生徒達に釘を刺してくれるようだ。正直うんざりしていたカリンにはありがたい話だった。
「他に、何か聞きたいことある?」
「そういえば、クオンをシスコンって言ってた人がいたんだけど、そんな事ないよね?確かにいつも一緒だけどさ、むしろリッカの方がくっついているんじゃないの?」
カリンには、自由奔放なリッカをクオンがお世話しているように見えていた。仲が良いとは思うが、シスコンというほどではない。
「あー、カリンは知らないもんね。昔のクオン君はね、お姉ちゃんお姉ちゃん言いながらリッカの後をよく追いかけてたのよ。最近はそんなことはなくなったけど、そのイメージが強いの。今でも基本的にリッカといることが多いし。シスコンじゃなくなったのは皆知ってるわ。ただクオン君の反応を面白がってるだけよ。」
リリスが言うには、クオンはかなりのお姉ちゃんっ子だったとのこと。地元民の間では、今でもその印象が強いらしい。
「へえ。意外。クオンにそんな頃があったんだ。」
「もっと聞きたい?」
「うん。聞きたい!」
*********
「それでは皆さん。気をつけて帰ってね。また明日。」
時間は過ぎ、あっという間に下校の時刻となる。コリンが帰りの挨拶をして帰りのHRが終わると、生徒達は各々家路につく。一部の人間は部活動へと向かう。カリンは今のところ、部活動に入る気はないので、クオン達と一緒に帰ることにした。
「じゃあねカリン。また明日。」
「うん。また明日ねリリス。」
学校の正門でリッカとカーラと合流する。リッカ、クオン、カリン、バート、ミーチョ、カーラの順で並んで帰る。他の生徒達も仲の良い友達同士で固まって帰っているようだ。夕陽を浴びながら、友達と一緒に下校することも、カリンの密かな憧れだった。
(こういうのっていいな。)
「学校初日はどうだった?リリス達とよく喋っているみたいだったけど。」
「うん。楽しかったよ。リリス達とも仲良くなれたし。」
「それは良かった。」
「ねえクオン。一つ聞いていいかな?クオンって、リッカの後をお姉ちゃんお姉ちゃん言いながら追いかけてたの?」
「なっ!?どこでそれを聞いたの!?」
「リリスが言ってたよ。」
クオンの顔がみるみる赤くなっていく。カリンの言葉を聞いたリッカはいたずらっぽく笑う。
「そうなんだよー。今は全然お姉ちゃんって呼んでくれなくてさー。あんなに私の後をついてきたのに。よよよ。」
「カリン!誤解しないでね!昔の話だから!」
「あはは。別に恥ずかしがらなくてもいいじゃない。私も見たかったな。残念。きっと可愛いかったんだろうね。」
「そ、その話はやめよう?」
リッカの後ろをちょこまかとついていく小さなクオンを想像して笑ってしまう。クオンにとっては黒歴史らしく、とても恥ずかしがっていた。
「リリスに口止めしとけばよかった・・・。」
「はは。口止めしても無駄だろ。アティスに住んでれば、いずれ知ることになるだろうし。」
「確かにバートの言うとおりだけどさ。あまり知られたくなかったんだよ。」
クオンは深いため息を吐く。リッカにくっついていたことも、お姉ちゃんと呼んでいたことも小さい頃の話だ。今ではリッカよりもしっかりしている自信がある。
「私は、リッカとクオンの小さい頃の話をもっと聞きたいな。」
「え、えー・・・。」
「クオンが話してくれないなら、ルビーさんやリッカに聞くよ?」
「それはやめてー!」
母と姉の口から自分の恥ずかしい過去が好きな子に伝わるなんて羞恥の極みだ。自分の口で話した方が、まだ被害は少ないと判断し、近いうちに小さい頃の話をすると約束することになった。
(せめて、あの事だけはカリンにばれないようにしないと。)
クオンには、家族しか知らない特大の黒歴史があった。幼い頃の話だが、もしカリンにばれたら恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。しかも悪いことに、ルビーはその証拠を大事に保存している。なので、処分することもできない。幸いにも、目の届かないところに置かれているのがクオンにとって救いだった。
「ふふっ。楽しみだな~。」
クオンの心配なんて知らないカリンは嬉しそうに微笑むのであった。
*********
下校の時刻が過ぎても、教室ではリリス達三人娘が残って話をしていた。話題はクオンとカリンのことだ。
「クオン君は確実にカリンに好意を抱いてるわね。カリンはまだ恋愛感情はないけど、満更でもないって感じかな。」
リリスは自分の分析を述べる。その内容はクオンとカリンの状況をよく言い当てていた。
「良い子だったもんね。クオン君はああいう清楚な子が好みだったのは意外だったけど。もっとこう、リッカに似てるのかと思ってた。」
「そうね。私もカノンが言うように、クオン君はリッカみたいな元気っ子が好みだと思ってたし。」
「でしょー。ナツメもそう思うよね。」
クオンがどのようにカリンと距離を縮めていくのか、楽しみな年頃の少女達。
「これは楽しみになってきたわ。ぜひ最後まで見守らないとね。それに皆にも、これ以上追及せずに影から見守るように周知させないと。」
そして、一番ワクワクしているのは、恋バナが乙女の原動力とカリンに言ったリリスなのであった。
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屋敷の門の前でラッセル兄妹と別れる。クオン達が屋敷の玄関に着くと、メイド達とクロが出迎えてくれた。
「「おかえりなさいませ~。」」
「にゃにゃーん。」
メイド達とクロにただいまを言った後、クオン達は各々の部屋に戻る。クロは尻尾を立ててカリンの後を付いていく。カリンは自分の部屋に戻ると、鞄を置いて制服から私服へと着替えた。
「ふう。」
カリンはベッドに腰かけて一息吐く。クロはベッドにぴょんと飛び乗ると、カリンの傍でグルーミングを始めた。クロの頭を優しく撫でながら、カリンは今日の事を思い返す。
(ちょっと緊張したけど、クラスの皆が良い人達ばかりで安心したよ。)
リリス、ナツメ、カノン。少しずつ広っていく世界。カリンは、これからの学校生活に思いを馳せるのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




