第三十話『アティスの街案内 後編』
お待たせいたしました。続きとなります。
州立図書館を出た後、クオンはカリンを王立学院へと連れてきていた。アティスのほとんどの子供がこの学校に通っており、クオン、リッカ、バートランド、カーラも在学生だ。秋からはカリンも加わることになる。
「ここが学校・・・。」
カリンは感慨深げに呟く。カリンは家庭教師からしか勉強を教わったことがないので、学校というものに憧れていた。もちろん不安もある。でも、クオンとリッカもいるので楽しみの方が勝っていた。
「綺麗な校舎だね。」
閉じられた校門の向こうには、似たような造りの建物が三棟立っている。どれも白亜の木造二階建ての校舎で、学問をするのに相応しい佇まいだ。
「父さんは教育に力を入れているからね。設備は王都の学校に比べても遜色ないよ。」
「へえ~。早く中を見てみたいわ。」
「そこは楽しみにしててね。ところで、道は覚えた?」
「バッチリだよ。覚えるのは得意だし。」
「じゃあ、そろそろ行こうか。」
「うん。次はどこ行くの?」
「ギルドかな。」
「ギルド?冒険者登録した時に行ったよね?エルマさんの説明も受けたし。」
「そうなんだけど、アルセイド支部のローカルルールとか依頼の傾向とかカリンに教えておきたいからね。」
クオンとカリンは王立学院を後にし、西街にある王国ギルドアルセイド支部へと向かう。歩きながら、カリンは周りから視線を感じていた。
「や、やっぱり見られてるよね。」
「はは、最初の内だけだから。」
道行く人の視線に縮こまりながらも、やっとこさギルドへと辿り着く。
「思ったんだけど、エルマさんやギルドにいる人達に、私たちのこと質問攻めに会うんじゃ・・・。」
「あー、覚悟しといた方がいいかもね。」
「やっぱり・・・そうなるのね。はあ。」
ギルドの扉を開ける。すると同時に、エルマの声がした。
「やっと来た!待ってたよ!」
エルマが衝突しそうな勢いで駆け寄ってくる。思わず仰け反るクオンとカリン。
「ど、どうしたんですか?そんなに興奮して。」
「とりあえず二人ともこっちに来て!」
「あ、ちょっと!?」
エルマは二人の手を引っ張ると、冒険者達が大勢いる中で、机へと座らされる。二人の向かいにはエルマと屈強な壮年の冒険者が座った。クオンはここの冒険者達と顔馴染みだが、カリンは知らない顔ばかりなので萎縮していた。
「な、何ですかこの状況?ガイさんまで。」
「クオンの事で面白え噂があってよ。その真偽を確かめたくてな。」
「噂、ですか?」
「クオンがリッカ以外の女の子と歩いてたってな。しかも黒髪の美少女と。」
ガイはちらっとカリンの方を見る。強面のガイの視線を受け、カリンは思わず首を竦めた。
「べ、別に僕が誰と歩いてたっていいじゃないですか。」
「まあ、そうなんだがよ。いつもリッカにべったりなクオンが他の女の子と歩いてたって聞けば、あれこれだと思うだろ?」
「あれこれって・・・。それに僕はリッカにべったりじゃありませんよ。」
「クオン君ったらそこは否定するのね。まあいいわ。単刀直入に聞きましょう。二人って付き合ってるの?」
「は?」
「へ?」
二人とも揃って間の抜けた声を出す。慌てて否定するクオンとカリン。
「ち、違いますよ!友達ですよ。」
「そ、そうですよ。クオンとは友達です。」
「本当にただの友達なの?」
「まあ、待てエルマ。俺達はそこの嬢ちゃんとは初対面なんだ。先ずは自己紹介させてくれ。俺はガイ。ガイ=ミニスターだ。よろしくな嬢ちゃん。」
「は、はい。カリン=ハーヴィです。よろしくお願いします。」
「ハーヴィーってことは博士んとこの養子か。」
「はい。今は故あってアルセイド伯爵家にお世話になっています。」
「ということは、嬢ちゃんは領主の屋敷に住んでいるのかい?」
「そうですね。」
「つまり、クオンと一つ屋根の下で暮らしているのか?」
ガイのその言葉に、周囲の空気がざわめく。周囲のひそひそ話の環が次々と伝播していった。
「やっぱり同棲・・・。」
「坊っちゃん、ついに女性に恋を・・・。」
「シスコン卒業か。」
周りの冒険者達はそれぞれ好き勝手な事を言い始める。
「同じ屋敷に住んでいると言っても、部屋は違うし、リッカもいるし、母さんだっているんですよ。みんなが思ってるようなことはないからね!それと、僕はシスコンじゃないから!」
クオンはこの場にいる冒険者達に釘を刺す。変な噂が広まったら堪らない。
「まとめると、嬢ちゃんはハーヴィ先生とこの養娘で、伯爵様のとこにお世話になっていると。クオンやリッカとは友達ってことでいいのか?」
「はい。それで合ってます。」
「ということらしい。そういうことだお前ら!あんまり変な噂をするんじゃないぞ!」
ガイは冒険者達に強く言い聞かせる。冒険者に影響力のあるガイが言ってくれたことにクオンは安堵する。
「じゃあ、話は戻るけど、二人ってば恋人なの?」
「今言ったじゃないですか!カリンとは友達です!」
「ふーん?じゃあ、カリンちゃん。あなたに聞くわ。最初にこのギルドに来たとき、カリンちゃんは素っ気ない態度だったわよね?なのに、フェリシアからの話じゃ随分と仲良くなってるみたいじゃない。王都に行った後、一体何があったのかしら?」
「そ、それは・・・。」
カリンは今までの事を思い出す。シュネーヴィントのこと、リボンのこと、一緒に温泉に入ったこと。嬉しかったことや恥ずかしかったことが一気に頭の中を巡って、カリンは頬を染めた。その反応を見て、エルマは確信する。
「あ、この反応は黒ね。さあ、クオン君、カリンちゃん。この一ヶ月で何があったか白状しなさい!」
エルマの追及が再び始まる。慌てふためく二人を、冒険者達は微笑ましく見ていた。
「ハーヴィ先生とこの養娘さんだったんだな。」
「まだ出会って一ヶ月くらいなんだろ?まあ、見守ってやろうぜ。あの様子なら、邪魔でも入らない限りいずれくっつくだろ。楽しみが増えたな。」
「ふふふ。クオン君もやっぱり男の子なんだねー。」
友達だと言い張っていたが、クオンがカリンに好意を抱いていることは明白だった。それに、カリンも満更でないように見えた。いつ二人がくっつくのか、予想する冒険者達なのであった。
*********
「はあ。やっと解放されたよー。」
カリンはぐったりと机に突っ伏していた。エルマの口撃を何とか凌いだものの、かなり疲れていた。
「お疲れ様。はいこれ。」
クオンはギルド内にある給水器から水をグラスに入れて持ってきた。
「ありがと。いただくね。」
クオンはグラスを受け取ると、水をゴクゴクと飲む。冷たい水が喉を通っていく感触がした。
「ごめんね。エルマさんも悪気はないんだよ。」
「分かってる。女性は噂とか好きだし。でも言われてみれば、同じ屋敷に住んでいるのは事実だから勘違いしちゃっても仕方ないかな。」
「まあ、ガイさんも強く言ってくれてたし、この騒ぎも落ち着くと思うよ。」
クオンはカリンの向かい側に座ると、一冊のリーフレットを取り出して机の上に広げる。
「これは?」
「アルセイド支部の事がまとめてあるリーフレットだよ。」
カリンは内容を読んでみる。昨年度の依頼の種類の内訳、ギルドの一般的な規則、ローカルルール、相談窓口等の情報が記載されていた。
「依頼として件数が多いのは魔物の討伐、商人の護衛、採集かな。他には失せ物探しとか遺跡調査もあるよ。」
「遺跡調査?遺跡があるの?」
「うん。アティスの東側にあるんだ。魔法帝国時代の遺跡だから、僕やリッカはあまり受けたことないけどね。」
「ローカルルールは・・・学院がらみが多いのかな?」
カリンはローカルルールを読んでみると、王立学院に関するものが多かった。
「王立学院の生徒で冒険者やってる人もいるからね。僕やリッカみたいに。学業を疎かにする生徒もいたからルールができたんだよ。定期試験で赤点取ったら依頼受諾禁止とか、長期的な依頼はダメとかね。」
「へえ。じゃあちゃんと勉強頑張らないとね。」
「でもカリン。身分証明書の為にギルドに登録してもらったけど、別に冒険者しなくてもいいんだよ?」
クオンとリッカは竜角人の調査のため、カリンは身分証明書の為に冒険者登録していた。なので無理に冒険者をする必要はないのだ。
「あのねクオン。聞いて欲しいことがあるんだ。」
改まって神妙な面持ちで言うカリン。
「私ね、ずっとお城から出たことなかったの。だからね、いろいろなこと、やってみたいんだ。」
カリンはクオンの目をじっと見つめる。心なしか、少し顔が赤かった。
「その、迷惑じゃなければ、クオンやリッカと一緒に冒険者をしたいの。だめ、かな?」
クオンの答えは一つだった。好きな女の子にそんなこと言われて、拒否するなどあり得ない。
「いいよ。一緒にやろう。」
「ありがとう!」
カリンは、ぱっと花の咲いたような笑顔になる。
「何も知らない私に、いろいろ教えて欲しいな。」
「う、うん。任せて。」
他意はないはずの言葉に、思わずドキドキしてしまうクオンなのであった。
*********
カリンと話していると、クオンの見知った顔がギルドに入ってきた。男友達のバートランドだ。バートはクオンとカリンに気づくと話しかけてきた。
「おう。クオンとカリンさんじゃん。久しぶりだな。」
「久しぶり。課題は終わったの?」
「何とかな。ぞっちは二人して何してるんだ?デートか?」
「違うよ。このギルドの事を色々と教えてたの。バートこそ、依頼を受けに来たの?」
「ああ。ちょっとまとまった金が欲しくてな。東の遺跡の調査依頼を受けようと思ってる。」
バートの話によると、遺跡で新しい階層が発見されたらしく、調査のため冒険者を募っているらしい。
「クオンもどうだ?久しぶりに組もうぜ。最近一緒にやってないしな。」
バートはクオンを誘う。クオンには剣を新調する必要もあるし、シュネーヴィントへ行った時の出費がある。バートの申し出はありがたかった。
「興味はあるかな。依頼の詳細は?」
「ちょっと待ってな。」
バートはそう言うと、受付のお姉さんから依頼状を貰ってきた。クオンとカリンは依頼状に目を通す。依頼主は王立大学とアルセイド州の連名。報酬金額は悪くない。だが少し気になる箇所があった。
「零式魔導炉を発見した場合は追加の報奨金ありってなってるけど、零式魔導炉って何?」
「図書館に塔があったろ?あの中には、遺跡から発掘された物が保管されてるんだ。で、その中に、魔法帝国時代のゴーレムがあるらしい。起動できれば当時の事聞けるかもって意気込んだはいいものの、魔導炉が破損してて、アイゼンの名工でも復元は無理だったんだと。」
「なるほどね。うん。分かった。僕もその依頼受けようかな。」
「そうこなくっちゃな!」
「あの、良ければ私も参加していいかな?」
カリンはおずおずと手を挙げながら言う。カリンはお金というよりも、遺跡の調査という言葉にワクワクしていた。一人ではさすがに心細いがクオンと一緒なら行ってみたかった。
「おう。構わないぜ。なあクオン?」
「うん。」
「ありがとう。私、駆け出しだけど頑張るね。」
こうして、東の遺跡に行くことが予定に加わったのであった。
*********
ギルドを出てバートと別れた後、クオンはカリンを連れてある場所へと向かっていた。街の西門から出て、北西方面へと歩いていく。カリンはクオンに、どこへ行くのかと訪ねたが、着いてのお楽しみと言われる。緩やかな斜面が続き、徐々に高度が上がっていく。斜面の天辺まで来ると、その先には色とりどりの平原が広がっていた。
「わあ~。すごい・・・。」
カリンの目に映ったのは、広大な花畑だった。色鮮やかな花々が咲き乱れている。そこに一陣の風が吹き、花びらの吹雪が舞い踊る。花びらの乗った風がカリンを吹き抜ける。花の風の行方を見ようと振り替えると、アティスの街が見えた。この場所はアティスの街を一望できるので、住民に取って人気のスポットでもある。翠の森の入り口からもアティスの街は一望できたが、この場所の方がはっきりと全体像を見渡すことができた。
「年末の新年祭の時には、夜になると街全体で神様への迎え火を灯すんだ。その時にここから見える景色はとても綺麗なんだよ。」
「そうなんだ。じゃあ、その時にまた来ないとね。」
カリンは再び花畑の方を見る。花畑の中に、ポツンと一本の巨大な木が立っていた。クオンに連れられ、カリンは花畑の中を歩いていく。巨木の下は影になっていてとても涼しい。見上げると、天を密度の濃い緑が埋めつくし、わずかな木漏れ日だけが届いていた。
「カリン、これを見て。」
巨木の根元あたりの地面に、大きな石板が埋め込まれていた。石板には絵が刻まれている。
「何が描かれているか、分かる?」
「えっと、少女と、カワセミと、龍・・・かな?」
肩にカワセミを乗せた少女と大きな龍が向かい合っている絵だった。
「うん。多分、龍はリンドブルムだとアティスの皆は思ってるんだ。この石板は、神話の一節を描いているんだって。」
「誰が作ったの?」
「それは分からないんだ。でも、ここにリンドブルムが降りたんだって皆は信じてるよ。この巨木は、再会の目印として少女が植えたものなんだって。だから、この木は、『神様の澪標』って呼ばれてるんだ。」
「へえ。素敵ね。そういうの私は好きだな。」
「あと、この木は、その・・・。」
何やら口ごもるクオン。カリンはそんな様子のクオンを不思議に思い尋ねる。
「どうしたの?」
「い、いやこの木の根元は涼しくて気持ちいいんだ。昔はよくリッカとお昼寝したよ。今日は結構歩いたし、ここで休憩しよう。」
「うん。」
太陽が傾くまで、クオンとカリンは神様の澪標の下で、のんびりと過ごしたのであった。
*********
「疲れた・・・。」
エルヴィンは自室へ戻ると、ベッドの上でぐったりとしていた。フランのように押せ押せな女の子をどう扱っていいか分からず、エルヴィンは疲れていた。力なく横になっていると、部屋の扉がノックされる。
「エル。いるかー?」
声の主はベルンハルトだった。エルヴィンはベッドの上から返事をする。
「おう。いるぞー。」
扉ががちゃりと開き、ベルンハルトが中へと入ってくる。エルヴィンがベッドで力なくぐったりしているのを見つけると、眉をひそめた。
「なんでそんなに疲れてるんだ?」
「いろいろあってな・・・。」
「皇城に行ってたんだろ?一体何があったんだ?」
「いろいろあってな・・・。」
問いかけに同じ言葉を繰り返すエルヴィン。いちいち返事するのも億劫だった。
「みんな話を聞きたがってるぞ?俺達に話を聞かせろ。」
「ええっ!?」
「ほら、早く来い。」
「あいたたた!?分かった!行くから引っ張るなって。」
エルヴィンはベッドから渋々起きあがると、ベルンハルトと共にへと向かう。男子寮から連絡通路を通り抜け、共同棟にある談話室に入る。ツェツィ、ローズ、テオバルトがいた。すっかりお馴染みとなったメンバーだ。
「エル君。戻ってきてたんだね。でも、なんだかお疲れ?」
「あ、ああ。」
エルヴィンはソファにもたれ掛かる。元気のない様子を見て、最初に口を開いたのはテオバルトだった。
「何があった。洗いざらい言え。」
「えー。」
「えー、じゃない。首席の貴様が腐っていたら、同期の士気に支障が出る。」
「う。でもなあ。」
「エル君。困っていることがあるなら言ってよ。」
「ツェツィもこう言ってる。早く白状しろ。」
テオバルト、ツェツィ、ローズの三人から集中砲火を食らい、たじたじになるエルヴィン。状況は針の筵。エルヴィンはベルンハルトに視線で助けを求める。
「ベル・・・。」
「すまんエル。俺にはこの状況からお前を救えん。吐いて楽になれ。つーか俺も聞きたいし。」
「うらぎりもの~!」
エルヴィンは、はあとため息を吐くと、観念して皇城であったことを話始めた。
「まず、皇室庁から呼び出しがあったんだ。それで皇室庁まで出向いたら長官が待ってた。」
「ダックス長官が?何を言われたんだ?」
「フランと番にならないかって。」
「ええっ!?」
大きな声を上げるツェツィ。声は出さないが驚きの表情をしているローズ。笑いを堪えているベルンハルト。何やら納得したようなテオバルト。反応は四者四様だった。
「な、なんて返事をしたの?」
「断ったよ。」
「すげーなエル。陛下との結婚断ったのか。」
「だってさあ!?フランとは知り合ったばっかりだぞ!?いきなり結婚してくれって言われて承諾できるか!相手にも失礼だろ!」
「貴様、女をたぶらかす割にはそういうところ真面目なのか。」
「俺がいつ誰をたぶらかしたよ。」
「ん。」
テオバルトが顎でツェツィを示す。ツェツィはため息を吐いた。
「少なくとも、僕と陛下をたぶらかしてるよ?エル君。」
ツェツィの言葉に、うんうんと他の三人は頷く。全く自覚のないエルヴィンは驚く。
「え?俺が?ツェツィとフランをたぶらかした?」
「エル君はそう思ってないのかもしれないけど、普通は女の子に贈り物したら気があるのかなって思うよ。」
「ただお礼しただけだぞ?」
「はあ・・・まあそこがエル君らしいところなんだけどね。」
「それで?その後、貴様はどうなったんだ?」
「話の後、フランが呼んでいるとか言われて皇帝の執務室に通された。」
「なんで呼ばれたの?」
「首席合格者のお願いを聞くからって。」
「あっ。そっか。すっかり忘れてた。そういえばあったね。お願いのこと。」
「よもや、陛下に不埒な事を無理矢理したのではあるまいな?」
ローズがエルヴィンを睨んできたので慌てて否定する。下手な事を言えば切り捨てられそうな眼光だった。
「しねーよ!ちゃんと合意の上!ただフランの尻尾を枕にして寝ただけだ!最高だった!」
「ま、まあ、陛下とエル君が良かったならいいんじゃない?」
「私は不埒を越えて不敬だと思うのだが。でも陛下が了承したのならいいのか・・・?」
「貴様というやつは・・・。まあいい。今さらだな。」
「マジでやっちまうとは。さすがエルだな。でも、それならなんでそんなに疲れてるんだ?最高だったんだろ?」
「問題はその後だ。その、フランに襲われたんだ。」
エルヴィンの発した言葉が談話室の時を止めたかように思えた。部屋に備え付けられた柱時計だけがチクタクと動いている。その静寂を破ったのはツェツィだった。
「え、お、うええええ!?エル君、まさかどうてあわわわわ・・・。」
驚愕のあまり、言葉にならないツェツィ。その他三人は絶句していた。話の流れから、フランと何かあったのではと予想はしていたが、まさかフランがエルヴィンを襲うとまでは思い至らない。
「待て待て。陛下が貴様を襲った?普通は逆じゃないのか。」
「襲われたで合ってるぞテオバルト。頭突きされて、押し倒されて馬乗りされて、さらに好きだと言われた。」
状況を想像したのか、ツェツィとローズは顔を赤くさせていた。ツェツィは両手を朱に染まった頬に当てて、うう、と唸っている。ローズはほんのりと頬を染めていた。
「それでどうなったんだ?貴様は据え膳を食ったのか?」
「食ってねーよ!どうにか宥めたよ!本当に疲れたんだぞ!」
「エル、お前よく理性飛ばなかったな。尊敬するわ。」
「エル君、陛下と付き合うの?」
「うーん。分からないとしか言いようがない。まだ友達になったばかりだし。」
「そっか。」
ツェツィは少しほっとしたような表情を見せる。ローズはそんなツェツィにこそっと耳打ちする。
「ツェツィは言わなくて良いのか?」
「な、何を?」
「エルヴィンに、好きだと。」
「っ!?」
ローズの爆弾発言にツェツイは叫びそうになったが、とっさに両手で口を塞ぐ。ローズは小声で話を続けた。
「なぜあの男を好きになったのかは分からないが、流れに乗って言ってしまえばいいのではないのか?」
「ど、どうして僕がエル君を好きだって・・・。」
「見ていれば分かる。バレバレだ。鈍いエルヴィンは気づいていないようだが。」
ローズはフランとは友達だが、今は不利な状況になりつつあるツェツィを後押ししようと思っていた。エルヴィンは恋愛ごとに慣れていないのは明らか。このままだと、エルヴィンはフランのことしか意識しないだろう。
「ツェツイのことを意識させるには、エルヴィンの心に楔を打ち込むしかない。」
「だから、告白しろって?それができたら苦労しないよ~。」
「だが、このままじゃまずいのは分かっているだろう?」
「う、うん・・・。っていうか陛下、積極的すぎでしょ。」
「私もその事には驚いた。それぐらい本気ということだろう。」
ツェツィはちらっとエルヴィンの方を見る。エルヴィンはテオバルトと何やら話をしているようで、ツェツィとローズのひそひそ話には気づいていないようだ。
「・・・そうだね。このままじゃダメだよね。ありがとうローズ。すぐにはできないかもだけど頑張ってみるよ。」
「その意気だ。」
ツェツィが密かに決意を固めている一方で、エルヴィンはテオバルトから皇室庁の事を聞いていた。
「陛下に縁談の話はたくさん来ている。全て蹴っているらしいが。そんな中で、貴様の出現だ。陛下が好意を抱いているならさっさと番にしてしまえと思ったんだろう。世継ぎを作ることは急務だからな。それに皇室が無くなってしまっては連邦が瓦解しかねん。」
「確かに最もらしい理由を並べてたけど、仕事がなくなるからくっつけようとしてるって言ってたぞあいつら。」
「忠誠心はそこそこあるし、悪い奴らじゃない。付き合っておいて損はないぞ。」
「皇室庁が忠誠心そこそことかだめだろ。はあ。めんどくさいのに目を付けられたな~。」
「どちらにせよ、陛下と関わるなら皇室庁はセットだ。諦めろ。そんなのに悩むより陛下との関係に力をいれた方がいい。」
「分かってる。フランとはちゃんと向き合うつもりだ。」
エルヴィン、フラン、ツェツィの三角関係。その行く末がどうなるのか、まだ誰も知らない。
*********
「お帰りなさいませ~。クオン様、カリン様。」
「にゃーん。」
屋敷へと帰ると、ミーチョとクロが出迎えてくれた。クロはカリンの足にすり寄ってくる。
「ただいま。ミーチョ、クロ。」
「ただいま。ミーチョさん。クロちゃんもお出迎えしてくれたの?」
「にゃん。」
「ふふっ。ありがとう。」
カリンはしゃがんでクロの頭を撫でる。クロはにゃーにゃー鳴きながらカリンの体に一生懸命すりすりしていた。
「カリン様。奥様が部屋まで来るようにとのことです。」
「うん。分かったわ。ありがとうミーチョ。」
「ミーチョ。母さん帰ってきてるの?」
「はい。早く仕事が終わったので、今は部屋でリッカ様のドレスを見繕っていますよ。」
ミーチョは一礼して去っていく。カリンはクロを抱き上げると、クオンに渡す。クロは少し不満そうな顔をするが、大人しく抱かれていた。
「じゃあまた後で。」
「うん。今日はどうもありがとう。」
カリンはクオンと別れると、ルビーの部屋へと向かう。
「ルビーさん、私に何か用なのかな?」
不思議に思いながらも、ルビーの部屋の前まで来た。扉をノックすると、中からルビーの声がした。
「はーい。どなたかしら?」
「カリンです。中へ入ってもよろしいですか?」
「どうぞー。扉は開いてるわ。」
「失礼します。」
カリンは扉を開けて中へ入る。すると、リッカが疲れ果てた様子でソファに座っていた。カリンはぐったりとしたリッカにぎょっとする。部屋の中には、色んなドレスが置かれていた。
「カリンちゃん。来てしまったんだね・・・ご愁傷です。」
「え?え?」
全く状況が把握できないまま、背後でガチャリと鍵を掛ける音がした。振り返ると、ルビーが扉の前にいた。とても艶々とした笑顔で。カリンは嫌な予感がした。
「ル、ルビーさん?なんで鍵を掛けてるんですか・・・?」
「うふふ。何ででしょうね。」
ルビーは笑顔のまま、にじりよって来る。カリンは思わず後ずさるが、すぐに壁際まで追い詰められた。両肩をがしっと掴まれる。すでに、逃げ場は失われていた。
「カリンちゃん。」
「な、なんでしょう?」
「リッカがアイゼンのパーティに着ていくドレスを見繕っていたんだけどね、ついつい夢中になっちゃったの。」
「は、はあ。」
「この際だから、カリンちゃんも着せ替えしたいなって。ずっとね、カリンちゃんに似合いそうなドレスを考えていたのよ。その黒い髪と蜂蜜色の肌にね。さあ、カリンちゃん。お着替えしましょうね~。素材は良いんだから、きっとすごく可愛くなるわよ~。」
「え、遠慮しま・・・。」
「はーい。ばんざーい。」
「ひゃああああああああ!?」
こうして、カリンは夕食が出来るまで、ルビーにドレスの着せ替えをさせられるのであった。
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