第二十九話『アティスの街案内 中編』
お待たせしました。続きとなります。
この日、エルヴィンは皇城に呼び出されていた。何故呼び出されたのか分からなかったが、連邦政府の皇室庁からの呼び出しだった。新米の騎士に断ることが出来るわけもない。
(それにしても、皇室庁が俺に何の用なんだ?思い当たることと言えば、フランのキスぐらいだけど。)
皇室庁とは、皇室に関係する一切を管轄し国璽や御璽を管理している部署である。皇族に近い部署のため、建物は皇城の敷地内にある。皇族がフランカしかいない現在は、職員や予算など、かなり規模が縮小されているらしいとエルヴィンは聞いていた。
城の入口で皇室庁の職員が出迎えてくれたので、その後に付いていく。案内された建物は、立派な赤レンガ造りであったが、どことなく寂しい雰囲気を醸し出していた。そのまま建物の中に入り、立派な赤絨毯が敷かれた廊下を歩いていく。エルヴィンは誰ともすれ違うこともなく、絢爛な扉の前に辿り着いた。
「長官。エルヴィン殿をお連れしました。」
どうやら、エルヴィンを呼び出したのは皇室庁の長官だったらしい。皇室庁のトップが騎士を直々に呼びつけるなんて異例だった。
(長官?うっわ皇室庁のトップじゃん。名前なんだったっけ。)
エルヴィンが長官の名前を思い出す前に、部屋の中から声が響いてくる。
「入れ。鍵は開いている。」
「失礼します。エルヴィン殿、どうぞ中へお入り下さい。」
職員が扉を開き、エルヴィンは部屋へと足を踏み入れる。部屋の中にいたのは、狸耳の老人だった。
「呼び立てて済まなかったな若人よ。そこへ座るがいい。」
この状況をまだ飲み込めていなかったが、とりあえず流れのままにソファに腰掛ける。高級品なのか、かなり肌触りが良い。
「さて、エルヴィン君。君とは初対面だな。儂はダックス=ヴィヴェラン。この皇室庁の長官を務めておる。君が今日、ここへ呼ばれた理由が分かるかね?」
「いいえ。全く。」
『フランにキスされたからですか?』とはさすがに言えなかったので、無難な返事をする。ダックスもエルヴィンに答えを期待していたわけではなさそうだ。
「ふむ。君を呼んだ理由は、君と陛下はどういう関係なのかを聞きたいからだ。」
「関係と言われても、ただの知り合いですよ。」
「ただの知り合いねえ。それは本当なのかね?任命式で陛下があんなことをする相手がただの知り合いだとは思えないのだがね。」
「いや。あれには俺も驚いたし。」
「では、陛下とどこで知り合ったのかね?いつも城に籠っていて、知り合う機会などなかったはずだが。」
ダックスはフランが城を抜け出して、お忍びで街へと行っていたことは知らないようだった。フランが外にいたことを話していいのかなと思っていると、
「エルヴィン君。言いにくいことか?ここで話したことで何か処罰する気はない。忌憚なく話してくれ。」
「いや。困るのは俺じゃなくて・・・。」
エルヴィンは言い澱む。その様子を見て、ダックスは察したようだった。呆れたようにため息を吐く。
「なるほど。陛下とは城の外で会ったのだな?」
ダックスに見抜かれ、隠しても無駄だと思い、正直に話す。
「ああ。最初は自然公園で会ったよ。」
エルヴィンはフランとの今までを語る。自然公園で出会ったこと。暴漢に襲われていたので助けたこと。後日、一緒に買い物をしたこと。髪飾りを買ってあげたこと。任命式で初めてフランが皇帝だと知ったこと。フランにキスされたこと。
「陛下が抜け出しておったとはの。近衛騎士は少し弛んでいるな。まあ良いか。そのお陰で、陛下はいい相手を見つけたようだからの。」
エルヴィンの話を聞いて、ダックスはご機嫌のようだ。ダックスは喜色の笑みを浮かべたまま、エルヴィンに尋ねる。
「エルヴィン君。君さえ良ければ、陛下と番にならないかね?」
ダックスが放った言葉は衝撃的だった。エルヴィンは即座に理解が追い付かない。思わず素に戻って叫ぶ。
「はあ!?何言ってんだこのたぬきじじい!?」
ダックスはたぬきじじいと言われても笑みを崩さない。ぞんざいな言葉遣いになったエルヴィンにも怒らず言葉を続けた。
「君だって薄々気づいておるじゃろう?陛下は君に好意を持っている。」
「好意を持っているかどうかなんて、聞かないと分からないだろ。」
男は勘違いしやすい生き物だ。女の子のちょっとした仕草で、『もしかして自分を好きなのでは?』と早合点することも多い。エルヴィンは姉からよく言い聞かされていた。どんなに相手が好意的な仕草を見せても、ちゃんと言葉で貰うまでは結論を下してはいけないと。だからエルヴィンは、フランにキスされても、自分への好意であると考えないようにしていた。
「エルヴィン君。今連邦で一番の問題は何だと思うかね?」
「そりゃあ、皇族がフランカ陛下しかいないことだろ?」
現時点で皇族はフランだけ。フランが死んでしまったら、皇室は断絶してしまう。そうなれば連邦内で混乱が生じてしまう。連邦を構成しているからと言って、必ずしも各地方の貴族が仲がいいわけではない。
「そうだ。皇室断絶の危機でもある。統合の象徴でもある皇室が断絶でもすれば、連邦が分裂しかねない。皇族の数を増やすことは急務なのだ。陛下には早く結婚していただきたい。大貴族から縁談の話はあるのだが、陛下は乗り気になってくれなくてな。そんな中、陛下が好意を寄せていそうな相手が現れた。それが君だ。」
「だから俺と陛下をくっつけようとしてるのか?さっきも言ったが、好意を持ってるとは限らないだろ。」
「逆に聞くが、ちゃんと言葉で好きだと言われれば、陛下と結婚するのか?」
「いや・・・たとえそうでも、急に結婚しろ言われてもな。」
フランに好きだと言われたら嬉しいに決まっている。しかし、だからといってすぐに結婚に踏み切れるほどフランのことをよく知っているわけではなかった。
「それでは困るのだよ。このままだと皇室庁の仕事がなくなってしまうではないか!」
「それが本音か!?」
皇族がいなくなれば、何にせよ必然的に皇室庁はお払い箱だ。そうなれば、長官のダックス以下職員全員が路頭に迷うことになるだろう。
「君と陛下の恋路を、皇室庁全員が応援しているぞ!困った時は遠慮なく相談に来るがいい!」
「応援せんでいい!ほっといてくれ!」
ノリノリなダックスを見て頭を抱えるエルヴィン。下手をすると外堀を埋められてしまいそうだ。エルヴィンはダックスを要注意人物として心に刻み込んだのであった。
「話はこれで終わりじゃ。陛下とのこと、前向きに考えておいてくれ。」
これでたぬきじじいから解放されると思った矢先、ダックスから追い討ちの言葉を告げられる。
「そうそう。陛下に君がここに来ることを知らせたら、話が終わった後でいいから部屋に来て欲しいと仰っていたぞ。うちの職員に案内させるから、必ず顔を出すのじゃぞ。」
「はあ!?」
ダックスは最初から、フランとの結婚の話をしてから間髪いれずにフランに会わせるつもりだった。ダックスの思惑通り、フランを強く意識してしまうエルヴィンなのであった。
*********
「お待たせいたしました~。トマト卵スパゲティとポークカツレツになります。」
注文をしてから十五分ほど経った頃、店員さんが料理を運んできた。クオンの前にトマト卵スパゲティ、カリンの前にポークカツレツとパンが置かれる。スパゲティはじゅ~じゅ~と音を立てる鉄板の上に載っていて熱々だ。カツレツの方は白い陶磁器の平皿に載せられていた。狐色の衣で包まれたカツレツの下にソースが敷いてある。
「こちらが取り皿となります。ごゆっくりどうそー。」
気を利かせてくれたのか、店員さんは取り皿を二枚用意してくれた。クオンはスパゲッティを、カリンはカツレツをそれぞれ半分を取り皿に分けて交換する。取り皿のおかげで間接キスの可能性はなくなり、互いにほっとするのであった。
「それじゃあ、いただきます。」
「うん。いただきまーす。」
カツレツの断面からは粘り気のあるチーズがとろ~と流れ出していた。カリンは一口大に切り取ると、こぼれたチーズとソースに絡めてから口へと運ぶ。サクサクとした衣に包まれた豚肉は歯ごたえがよく、ソースの甘辛さとチーズのまろやかさが加わってとても美味しい。
次にトマト卵スパゲッティを食べてみる。トマトの酸味と少し半熟の溶き卵の甘味の組み合わせがかなり合う。
「味の方はどう?カリン。」
「うん。どっちも美味しい。クオンがオススメするのがよく分かるよ。」
カリンはどちらも気に入ったらしく、上機嫌な様子でもぐもぐと食べ進める。夢中になって食べるカリンの姿に微笑むクオンであった。そんなに時間も経たないうちに、カリンは料理を平らげた。クオンも少し遅れて食べ終わる。
「ふう。美味しかった~。」
「気に入ってくれて何よりだよ。」
クオンとカリンは食後のお茶をずず~と飲み、まったりするのであった。
*********
「こちらで陛下がお待ちです。」
ダックスの部屋から出た後、エルヴィンは皇室庁の職員に案内されてフランの執務室の前へと来ていた。皇室の紋章―――九尾の妖狐が刻まれた扉を職員がノックする。
「フランカ陛下。エルヴィン殿をお連れいたしました。」
「ご苦労様。中にお通しして。」
「失礼いたします。エルヴィン殿、お入りください。」
「お、おう・・・。」
職員に導かれるまま、執務室の中へと入るエルヴィン。中ではフランが執務机の上で書類にサインをしていた。フランは一旦作業を止めて、顔を上げる。エルヴィンと目が合うと、にこりと微笑んだ。職員は退出し、執務室の中でエルヴィンとフランは二人きりになる。
「こんにちは。エルヴィン君。」
「あ、ああ。こんにちは。フラン。いや・・・フランカ陛下?」
「あはは。フランでいいよ。ここには私たちしかいないからね。」
「それは助かる。」
フランの様子には特別変わったところはなかった。任命式でのキスのことにも触れてこない。なので一旦その事は脇に置いて、呼ばれた理由を尋ねる。
「フラン。俺を今日呼んだのは何でだ?」
「あれ?聞いてないの?ダックス長官に会ったんでしょ?」
「聞いてないぞ。」
「あれ~おかしいな。まあいいや。今日呼んだのはね、エルヴィン君のお願いを聞くためだよ。」
「お願いを聞く?」
「ふふ。忘れたの?騎士団の入団試験で首席を取ったら願いを叶えるって決まりでしょ?」
「あ、そうだったっけ。すっかり忘れてた。」
キスのせいですっかりお願いのことを失念していたエルヴィンであった。
「エルヴィン君のお願いは、その、『私のしっぽを枕にして寝る』でいいのかな?」
フランは恥ずかしそうに頬を染める。いつものエルヴィンならしっぽを触っていいと言われたら躊躇しないのだが、今回は違った。フランのキスのせいで、妙に意識してしまう。黙ったままのエルヴィンに首を傾げるフラン。
「もしかして、お願い変わった?だったら言ってみて。私、何でもするから。」
「ちょ!?変わってない!変わってないから!」
天然なのか故意なのか、男の子の妄想が捗るようなことを口走るフラン。エルヴィンは思わず焦った。
「じゃあ。準備するからちょっと待っててね。」
「準備?」
「そ。ここじゃやりにくいでしょ?私の部屋でするよ。」
執務室には入口とは別に扉がもう一つあった。その扉の先がフランの個人的な部屋らしい。エルヴィンが止める暇もなく、フランは扉の先へと消えていった。
(準備?一体何を準備するんだ?)
エルヴィンの頭に疑問符が浮かぶ。ただしっぽを枕にさせてもらうのに何の準備がいるのか、皆目見当も付かない。困惑しながら待っていると、フランが部屋から出てきた―――淡いピンク色のネグリジェを着て。
「!?」
「あ、忘れてた。」
フランの艶かしい姿に絶句するエルヴィン。一方のフランは平然とした様子だった。硬直しているエルヴィンをよそに、フランは執務室の扉に鍵を掛ける。エルヴィンは我を取り戻すと、フランから目を逸らしつつ尋ねる。
「ふ、フラン?その格好は一体・・・?」
「ん?この格好が一番リラックスできるからだよ?」
「そ、そう・・・。」
「さあ、こっちにおいでよ。エルヴィン君。」
フランに手を引かれ、フランの部屋へと誘われるエルヴィン。フランの部屋は、落ち着いた感じがする調度品が置かれていた。ソファの上には女の子らしいぬいぐるみとクッションもある。だが、エルヴィンの目を引いたのは大きな円形のベッドだった。
「変わったベッドだな。」
「私、しっぽが九尾あるでしょ?全部出すと普通のベッドじゃはみ出ちゃうの。この円形のベッドなら九尾の状態でもはみ出ないしゆったりできるんだ。」
フランはベッドに腰掛ける。すると、フランのしっぽが金色に輝いたと思うと、ポン!という音がして、九尾に変化した。美しい金色の九つの尾がフランの後ろに扇状にふわっと広がる。エルヴィンは九尾の姿になったフランに見惚れていた。
「ほら。エルヴィン君。おいでよ。」
エルヴィンは誘われるままに、フランの隣に腰掛ける。前に街で会った時のような溌剌とした印象とは違い、今のフランは妖艶な雰囲気を漂わせていた。エルヴィンの心臓は、早鐘のように鼓動が早くなっていく。
「触っても、いいのか?」
「うん。そのために君を呼んだんだから。でも、その、優しくしてね。」
「お、おう。」
エルヴィンはゴクリと唾を飲み込むと、ゆっくりとフランのしっぽに触れた。まずは優しく撫でていく。手入れの行き届いた毛並みはサラサラとしていて肌触りがとても良かった。今まで緊張していたのも忘れて、エルヴィンは夢中になる。真ん中のしっぽが一番ふさふさで、もふりがいがありそうだった。エルヴィンはベッドに上ってフランの後ろに回り込む。しっぽの毛の中に指を差し入れる。
「・・・ん。」
フランはくすぐったそうな声を漏らす。エルヴィンの位置からだとフランの表情は見えないが、少し身をよじっているのが分かった。エルヴィンは優しく指を動かし、しっぽをもふもふする。肌触りの良さに夢中になるエルヴィン。そのうち、真ん中のしっぽだけでなく、他の八尾ももふもふしていく。
「エルヴィン君。手つきが慣れてるね。もしかして、よく女の子のしっぽ触ってるの?」
「いや?触ったことあるのは姉さんとツェツィくらいかな。姉さんはよく触らせてくれたんだ。」
「じゃあ、お姉さん以外でじっくり触ったのは、これが初めて?」
「いや?後日、ツェツィのしっぽを触らせてもらったかな。」
「・・・へえ。そうなんだ。」
フランの纏う雰囲気が一瞬だけ剣呑なものに変わったが、もふりに夢中なエルヴィンは気づかなかった。
「ねえ。エルヴィン君。そろそろ寝てみる?」
「はっ!?そうだった!」
しっぽのあまりの極上さに本来の目的を忘れかけていたエルヴィン。目の前に敷き詰められたしっぽを枕にして寝転んでみる。
「どうかな?」
「すごくいい。よく眠れそうだ。」
エルヴィンは目を閉じる。ものの数分もしないうちに、寝息が聞こえてくる。フランは少し身をよじる。幸せそうな表情で寝ているエルヴィンが見えた。
「可愛い寝顔をするんだね。エルヴィン君。」
*********
お昼ごはんを済ませた後、クオンとカリンは東街を訪れていた。東街には州政官庁や教育施設がある。今回の目的はアルセイド州立図書館と王立学院だ。
「ほら、あれが州立図書館だよ。」
東街を歩いていると、クオンが赤い煉瓦造りの建物を指差す。二階建てだが、隣には塔が付属していた。入口の前は手入れの行き届いた庭園があり、古龍オイラーの像が立っている。門は開放されているので、二人は敷地内へと入った。カリンはオイラーの像が気になるのか、じっと見ていた。
(なんでだろ。この像がすごく気になる。)
自分でも何故なのか分からないが、カリンはオイラーの像がとても気になった。心の底から、何か熱いものが沸き上がって来るような気がする。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもないよ。」
カリンはオイラーの像から目を離す。後ろ髪を引かれたが、今は後回しにすることにした。クオンの後に続いて図書館へと入る。中へ入ると、本棚が部屋一杯に並んでいた。ワンフロアまるごと書架に使っているようだ。入口横には受付カウンターがある。
「図書館利用カード作っておこうか。」
クオンはまずカリンを受付カウンターへと連れていく。カウンターには眼鏡をかけた若い女性が一人で作業をしていた。クオンが声を掛けると、女性は作業を中断して対応してくれる。
「あら。クオン君こんにちは。何か用かしら。」
「こんにちは。セーラさん。この子の利用カードを作りたいんですけど。」
カリンはセーラと目が合うと、一礼する。一方のセーラはカリンを見てきょとんとしていた。
「初めて見る顔だけれど、アティスに最近越してきたのかしら?」
「はい。カリンと言います。はじめまして。」
「はじめまして。私はセーラ。この図書館の司書よ。よろしくね。えっと、利用カードの発行だったわね。ちょっと待ってね。」
おっとりとした雰囲気の女性だった。セーラはごそごそとカウンターの下に収納してある箱から申込用紙を取り出す。
「この用紙の記入欄を埋めてね。はい。ペンはこれ。」
申込み用紙と記入用のペンをカリンに渡す。カリンはさらさらっと名前と住所を記入すると、セーラに手渡す。
「・・・え?」
セーラは申込用紙に目を通すと驚きの声を上げ、申込用紙とクオンたちを見比べる。何か変なところでもあったのだろうかとクオンは首を傾げる。
「セーラさん?どうかしましたか?」
「い、いえ。何でもないわ。はい、これが利用カードよ。名前を書いておいてね。」
セーラは利用カードをカリンに渡す。カリンが名前を記入している間に、セーラは別の用紙を取り出した。カリンが受け取って内容を見ると、図書館の説明と注意事項が書かれてある。
「簡単に説明するわね。貸出しできるのは一人十冊まで。貸し出し期間は二週間です。禁帯出のシールが貼ってあるものは貸し出し不可なので気をつけてね。本を汚したり紛失した場合は弁償になります。何か質問はありますか?」
「いいえ。今のところはないです。」
「そう?じゃあ説明は以上だから、ゆっくり館内を見てみてね。」
「はい。ありがとうございます。」
「あっ、ちょっと待って。カリンさんは学院に編入するんでしょ?クオンと同い年みたいだし。」
「はい。そうです。」
「学業の合間にバイトで司書をやってみない?お仕事を手伝ってくれるなら給金も出すわ。人手が足りなくて大変なのよ。上がなかなか新しい職員を雇ってくれなくてね。忙しくて忙しくて。物忘れの塔にあるゴーレムが使えれば楽になるんだけど。」
「物忘れの塔?ゴーレム?」
「あ、いや。こっちの話。返事はまだでいいから、バイトの件考えておいてくれないかな。」
「そうですね。本は好きですし、考えておきます。」
カリンは図書館で働くことに興味があった。セーラからの申し出を心に留めておく。クオンとカリンはセーラと別れると、図書館の中を見て回る。本だけでなく、絵画や壺、鎧や武具などの美術品も置かれている。一階は歴史・文学・神話・政治・実用・小説、二階は数学・魔法・物理・錬金術・建築・工学と自習室とに別れていた。
「さすがに王都の図書館には負けるけど、地方の図書館としては十分な蔵書があるんだ。」
「へえ。そうなんだ。ここ、雰囲気も良いし気に入ったわ。」
カリンは州立図書館を気に入ったようだった。一通り図書館内の散策も終わったので、図書館から出る。
「じゃあ次は学院に行ってみよう。ここのすぐ近くだよ。」
クオンとカリンは王立学院アティス校へと向かうのであった。
*********
エルヴィンが目を覚ますと、ふわふわの黄金の海に包まれていた。寝ぼけた頭で、これはフランのしっぽだと思い出す。エルヴィンは起き上がると、くあーと欠伸をする。
「ふふ。おはようエルヴィン君。よく眠ってたね。」
「ああ、最高だった。」
「それは良かった。気に入ってくれたようで何よりだよ。」
すると、ベッドに腰かけていたフランは、ベッドの上に上がりエルヴィンににじり寄ってくる。
「ねえエルヴィン君。聞かないの?なんでキスしたのかって。」
「いや、その、聞きづらくて。」
気にならなかった訳でもないが、平然としているフランを見て聞きづらくて言えなかった。
「じゃあ、聞かせてあげる。キスした理由。」
不意に、フランはエルヴィンに頭突きをかます。そのままの勢いでエルヴィンを押し倒すと、お腹の上に乗ってきた。同時にしっぽで両足をがっちりホールドされる。突然のことに、エルヴィンは何もできずにされるがままとなる。腹にフランの温もりが伝わってきた。
「ふ、フラン?一体何を・・・。」
「エルヴィン君のことが、好きなの。」
「え、ええええ!?」
いくら鈍感なエルヴィンでも、異性にキスするなんて普通ではないことぐらい分かっていた。姉の教えとか自分に言い聞かせて誤魔化していただけ。だが、こう言葉に出されてはもう決定的だった。
「ど、どこに惚れる要素があったんだ?」
エルヴィンは出会って間もないフランが、自分を好いてくれる理由が分からなかった。
「出会った時から気にはなってたよ。面白い銀狐君だなって。」
「お、面白い?」
「うん。首席のお願いに、しっぽで枕を希望するなんて君くらいだよ。」
フランはエルヴィンの上に寝そべる。ちょうどエルヴィンの胸の辺りにフランの頭があった。フランは頬を染めて、エルヴィンをじっと見つめる。女の子に密着され、エルヴィンの心臓の鼓動が早くなっていく。
「君が不意打ちで髪飾りくれたでしょ?あれで私に火が着いちゃった。だから、君が悪いんだよ・・・?」
フランは熱っぽい息を吐く。そして、エルヴィンの服を脱がそうとしてきた。
「ちょ!?何してんの!?」
「何って、好きな相手とする事と言えば一つだよね。」
「まてまてまて!?」
「妖狐と銀狐だし体の相性はいいと思うんだ。」
「だから待てって!?早まるんじゃない!っていうか俺の気持ちは聞かないの!?」
エルヴィンは必死でフランを止めようとする。このまま流されるのはまずい気がしていた。男の本能としてはフランとするのは大歓迎だが、残された理性は警告を発している。
「私のこと、嫌い?」
「嫌いじゃない。でも、恋愛感情があるかと言われたら分からない。こんな気持ちで、フランのことを好きだと嘘をつきたくない。」
「そっか。君は優しいね。この状況なら、適当言って据え膳をいただけばいいのに。まあ君が何を言おうが襲っちゃうけど。」
「ええ!?やめてくれないの!?」
「言ったでしょ?『逃がさないからね』って。」
「だから、だめだって!」
フランを止めようと手を握る。その時、エルヴィンは気づいた。フランの手がわずかに震えていることに。一気に頭が冷え、冷静さを取り戻す。そして、語気を強くして、きっぱりと拒絶する。
「フラン。やめるんだ。」
頭が煮えた状態の時は気づかなかったが、今のフランは無理をしているように見えた。
「・・・手が震えてるじゃないか。本当は怖いんじゃないのか?」
「・・・。」
フランはピタッと動きを止める。フランの手から伝わってくる震えが、少しだけ増した気がした。
「そりゃあ怖いよ。男の子相手にこういうことするの初めてだし・・・。」
フランの顔が一転して曇る。フランは男の扱いに慣れているわけではなかった。
「でも、大事な人はちゃんと捕まえておかなくちゃ。・・・父様と母様みたいに、いなくなっちゃうから。」
フランの言葉で、エルヴィンはおおよその事情を察する。きっと十年前の戦争での喪失がトラウマになっているのだと。喪失のトラウマの裏返しが、執着として現れたのだ。
「フラン。俺はいなくなったりしない。」
「え・・・。」
「俺は騎士なんだぜ?主をほっといてどこかにいったりしない。」
「・・・ほんと?いなくなったり、しない?」
「ああ。ほんとだ。フランだって、こんなやり方は本望じゃないんだろ?」
「うん。」
「だから、焦らなくていい。頼むから、自分の体を大事にしてくれ。な?」
「・・・分かった。」
フランはしっぽでの拘束を解く。だが、お腹の上から一向にどこうとしない。
「フラン?あの、動けないんだけど・・・。どいてくれないか?」
「どいてもいいけど、その代わり、一つお願い。」
「お願い?」
「私と一緒に寝てくれない?君だけ快眠するなんてずるい。」
「ずるいって・・・。」
「じゃなきゃ襲うから。」
「分かった!分かった!一緒に寝るから早まるな!」
「ふふ。体勢は、私を抱き締める形でお願いね。」
フランはエルヴィンの体の上から退くと、今度はエルヴィンに寄り添う。リクエストどおり、フランを抱き締める。フランはエルヴィンの胸にそっと耳を当てた。
「エルヴィン君の音、とっても安心するよ。」
数分もしないうちに、フランはすーすーと寝息を立て始める。
(これ、誰かに見つかったらやべーな。)
ネグリジェ姿のフランを抱き締める構図。どう考えてもクロだ。それでも、やめるという選択肢はエルヴィンにはなかった。フランの寝顔が、とても幸せそうだったから。女の子の寝顔と柔らかさにドキドキしながらも、エルヴィンはフランが起きるまで、なんとか理性を保ったのであった。
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