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白磁の竜角  作者: 黒猫水月
第二章 新しい居場所
32/84

第二十七話『炎龍さんは混浴したい』

続きとなります。

 炎龍エルスィア。二百年前よりイグニス山に住む、齢二百五十の若き龍だ。代々のアルセイド伯爵と契約を結んでおり、アルセイド州の人々と仲良くしている。アティスの街の祭りにも人間形態となって遊びに来るほどだ。


「クオン。また少し背が大きくなったか?」

「ええ、まあ・・・。」


 もちろんアティスの街の人々やクオンやリッカの事も、生まれた頃から見知っている。クオンが幼い頃のあれこれを蒸し返していじってきたり、からかってきたりするのでクオンはエルスィアが苦手だった。


「ところで、もう一人は誰だい?見知らぬ顔だね。」


 エルスィアはクオンの背後にいるカリンに目を留める。カリンはおずおずとエルスィアの前へ出た。


「はじめまして。カリン=ハーヴィと申します。」

「ふむ。我は炎龍エルスィアだ。よろしくな。」


 エルスィアはその真紅の瞳でカリンを上から下まで観察した後、鼻を近づけてふんふんと匂いを嗅ぐ。カリンは思わず身を縮こませた。


「あ、あの?」

「ふむ。クオンはまだまだ子供だと思っていたが、もう家族以外の(めす)を連れておるとは。人間の成長は早いな。」

「め・・・メッ!?」

(めす)って言わないで下さい!生々しいじゃないですか!カリンは女の子ですよ女の子!」

「人間は相変わらず細かいの。単なる表現の違いだろうに。」


 悪びれもせず言うエルスィア。龍は知能が高いが、龍の常識は人間の常識とは乖離している。エルスィアの羞恥心の範囲は、人間のそれとかなりずれていた。人間にとっては赤面ものの事を恥ずかしげもなく言うのだ。


「それで、何か我に用なのかい?」

「えっと、道場の決まりを破った罰としてロイ師匠から炎龍の鱗を貰ってこいと言われまして。」

「何?ロイの奴、面倒臭がって押し付けたな。でも、今回は許してやるとしよう。存分に楽しめそう(・・・・・)だしな。」


 エルスィアは目を細めて舌なめずりをする。まるで美味な獲物を前にしたように。クオンとカリンの背筋にゾクッと寒気が走った。


「タダでやるのは龍の沽券に関わる。だから、我の試練を攻略すれば、鱗をやろう。」

「試練、というのは・・・。」

「まずは我の体にその剣で攻撃を加え、痛いと思わせてみよ。まあ、簡単には触らせもせぬがな。」


 炎龍の鱗は堅牢であり、絶縁性、耐熱性に優れ防具の材料として重宝されている。たとえエルスィアの攻撃を潜り抜けて剣が届いても、多少の攻撃では傷も付かない。クオンの剣技だけでは不可能だ。クオンは迷わずカリンを頼る。


「カリン、魔法で攻撃支援をお願いできる?」

「うん。任せて。頑張ろうねクオン。」


 クオンは剣を抜き、カリンは杖を構えて戦闘態勢に入る。エルスィアはそんな二人の姿を見て笑う。


「そうだ。それでいい。さあ、行くぞ!汝らの力を見せてみろ!」


 エルスィアの高らかな咆哮と共に、一軒家ほどもある巨体が鳴動する。こうして、炎龍エルスィアの試練が開始されたのであった。


********


 戦闘が開始されると、カリンは思考を巡らせる。炎龍の一般的な知識を思い出し、最善の手を選び出そうとする。


(クオンの物理攻撃はきっと効かない。でもあの魔法なら・・・。)


 カリンは側にいるクオンに、小声で作戦を伝える。クオンは頷くと、魔法を詠唱する。


「銀より輝く魔の調べ。弾丸となりてその敵を穿て。魔弾の射手(フライクーゲル)!」


 魔力の光線が八発、エルスィアの頭上に固定される。クオンはエルスィアに向かって走り出すと同時に、順番に光線を発射し牽制する。


「ふふん。その程度じゃだめだぞ。」

「くっ!」


 光線はことごとく鱗に弾かれ、地面へと着弾する。エルスィアは意にも介さず、口から炎弾を連射し始めた。クオンは避けるのが精一杯でそれ以上近づけない。


「凍魂の使者よ。その凍てつく視線で零下へと封じよ。零下光(マイナスレイ)!」


 カリンの杖から青白い光線が発射される。エルスィアに着弾すると、全身がみるみるうちに凍り付いていく。エルスィアの動きが鈍る。


「クオン!今だよ!」

「うん!」


 クオンは、エルスィアが凍り付いて動けない隙に接近しようと疾走する。だがその時、エルスィアはにやりと牙を出して笑った。


「・・・ざーんねん。」

「!?」


 エルスィアが体を身震いさせると、紅い巨躯にまとわりついていた氷は、あっけなく剥がれ落ちる。エルスィアは翼を広げ、空中へと舞い上がる。そして一気にその巨体を地面へと落下させた。衝撃波が発生し、クオンは吹っ飛ばされる。


「うわあああ!」

「クオン!」


 カリンは吹っ飛ばされて倒れたクオンに駆け寄ると、慌てて助け起こす。幸い、大きな怪我はしていないようだった。


「大丈夫?」

「うん、なんとか・・・。」

「ハッハッハ!どうした!それで終わりかい?」


 エルスィアは随分と余裕綽々(しゃくしゃく)だった。その様子を見てクオンは唇を噛む。


「剣さえ届けば、何とかなるのに・・・。」


 クオンの剣とカリンのある魔法を合わせれば勝機はある。だが、接近するのも一苦労だ。


(近づくにはどうしたら・・・そうだ!)


 カリンはあるアイディアを思いつき、クオンに小声でささやく。クオンはそのアイディアを聞いて頷く。


「分かった。やってみよう。」


 クオンとカリンは並び立つと、それぞれ剣と杖を構える。戦意が衰えていないその姿を見て、エルスィアは喜ぶ。


「そうでなくてはな!さあ、次はどうする!」


 クオンとカリンは同時に、別々の魔法の詠唱を開始する。


「風を纏いて神速へと導かん。風衣(ベール)!」

「願うは蜃気楼の蝶。光を散らし我が身を欺け。幻夢蝶(トラオム)!」


 クオンの詠唱した風衣(ベール)によって二人の動きが加速され、さらにカリンの詠唱した幻夢蝶(トラオム)の効果によって、複数に分身する。クオンとカリンは共にエルスィアに向かって突進し始めた。


「いい手だけど、分身しても無駄だよ!」


 エルスィアはクオンの集団に向かって、口から火炎弾を発射する。分身が次々と消えていく。瞬く間に数を減らし、残りは一人となる。最後の一人に向かって、エルスィアは特大の火炎弾を飛ばす。クオンは間一髪でかわすが、大きく後退してしまう。だが、クオンはひるまず魔法を詠唱した。


「我の刃よ。障壁あれども、貫き届く力となれ。浸透(ペネトレーション)!」


 いつの間にか、分身したカリンはエルスィアに肉薄していた。クオンの放った浸透ペネトレーションの魔法はカリンたちに向けられていた。勝利条件は『クオンの剣で痛がらせること』だったため、エルスィアはカリンを無視していたのだが、この時になって違和感を覚える。


(なぜわざわざこの子が前へ突っ込んでくる・・・?)


 その疑問の答えはすぐにやってきた。幻夢蝶(トラオム)の効果が切れ、分身が消えると同時に、クオンがカリンに、カリンがクオンへと姿を変えたのだ。


「なっ・・・!?」


 ただ幻夢蝶(トラオム)の魔法で分身しただけでなく、クオンとカリンの姿を入れ替えていたのだ。気づいた時にはもう対応ができなかった。クオンは浸透ペネトレーションの魔法が付加された剣を、そのままエルスィアの横腹に叩き込む。


「あいた~!?」


 堅牢な鱗で覆われているはずのエルスィアは痛みで叫びをあげる。浸透、それは物体の運動量を減衰させずに相手の内部へと伝える魔法だ。クオンの剣の運動量が頑強な鱗をすり抜けて直接エルスィアの内部へと伝わったのだ。さしものエルスィアもこれにはたまらず転げ回った。


「う~。妙な魔法を使いおって~。」


 エルスィアは涙目になりつつ立ち上がる。姿が入れ替わっていたことには驚いたが、浸透(ペネトレーション)の魔法はさらに予想外だったようだ。


「これで、攻略したことになりますよね。」

「仕方ないの。言い出したのは我じゃからな。合格だ。」


 悔しそうに尻尾をべしべしと地面に打ち付けながらも、エルスィアは渋々負けを認める。


「やったねクオン!」


 カリンはクオンに駆け寄り、手をぎゅっと握ってくる。クオンは思わず頬が熱くなった。しかし、そんな二人にエルスィアが水を差す。


「待て。喜ぶのは早いぞ二人とも。まだ試練は残っているぞ。」


 エルスィアの巨体が淡い光に包まれ、人間形態へと変身する。燃えるような真っ赤な髪と真紅の瞳の、十六歳くらいの少女になった。


「ま、まだあるんですか?」

「まずは、と言うたろう?心配するな。後は簡単なことをひとつだけだ。」


 人懐っこい笑みを浮かべながら、エルスィアは衝撃的な内容を口にする。


「二人とも我と一緒に温泉に入れ。もちろん混浴でな。」


 その言葉にクオンとカリンが顔を見合せる。エルスィアの放った言葉が頭に染み込んでいくにつれて、互いに顔がみるみる紅潮していき、思わずエルスィアに向かって叫ぶ。


「「えええ~!?」」


 二人の絶叫が火口内に木霊する。試練などといってはいるが、温泉好きのエルスィアはただ二人と一緒に温泉に入りたかっただけだったのだ。


「なな、何でですか?」

「戦いで汗をかいた後は、温泉にでも浸かって裸の付き合いをするものじゃろ。」

「初めて聞いたんですけど。」

「それに我はのう、クオンもリッカも最近来てくれず寂しかったのよ。やっと来たと思ったら罰として来たと言うし。我は傷ついたぞ。温泉で傷心の我を癒しておくれよ。」


 よよよ、と泣き真似をするエルスィア。要は一緒に入ろうよということなのだが、クオンもカリンもそういう言い方をされると罪悪感が刺激される。


「別に裸で入れなどとは言わん。湯着で入ればよい。」

「だだだダメです!」

「ただ一緒に温泉に入るだけで良いのだぞ?何が不満なのだ?」


 先程の泣き真似はどこへやら。エルスィアはにやにやと笑っていた。明らかに二人の反応を楽しんでいる。


「僕はともかく、カリンは慣れてないんですよ。無理に入らせるのは・・・。」


 クオンはなんとか阻止しようとエルスィアを説得する。正直、口には出せないがカリンと混浴は嬉しい。だが理性が耐えられる自信が全くなかった。


「あー、罰として来るなんて我は傷ついたなー。一緒に温泉入ってくれればそんな嫌な事もチャラにできるのになー。」


 どう聞いても、棒読みでわざとらしい言い方だった。だが、クオンとカリンが罰として来たのは事実なため、二人とも強く言い返せなかった。


「クオン、私は大丈夫だから。」

「カリン、いいの?」

「恥ずかしいけど、湯着があるなら。私も腹をくくるよ。それに断ったらもっと話が拗れそうだもん。それに、お風呂に入りたいのも事実だし・・・。」


 エルスィアの思惑通り、ただでさえ気温の高い場所で戦闘したため、二人とも汗で服がびちょびちょだった。汗をかくのは想定内のため、着替えは持ってきてはいた。


「温泉に入るつもりはなかったんだけど、この状況じゃ仕方ないか・・・。」

「そう来なくてはな!ささ、我に付いて参れ。」


 結局、クオンとカリンはエルスィアと共に温泉へと入ることになるのであった。


*********


 エルスィアは龍形態になると、クオンとカリンを背に乗せ、火口から外へと出る。山の麓まで降りると、洞窟が口を開けていた。エルスィアは二人を背から降ろすと、再び人間形態へと戻り、洞窟の中へと入っていく。エルスィアの後に続いて、クオンとカリンは洞窟へと入っていった。洞窟内は等間隔で魔法灯が設置されていて明るい。それに進んでいくにつれて、次第に気温が下がっていくのを感じる。暑いことには暑いが、汗が吹き出すほどではなくなった。そのうち洞窟を抜ける。抜けた先は広い空洞になっており、石造りの建物が建っていた。初めて来たカリンのために、クオンは説明する。


「あの建物が脱衣所と休憩所。あの裏の方に温泉があるんだよ。」

「さすがに、脱衣所は男女別だよね?」

「はは。心配しなくても脱衣所は別だよ。あと体洗うところも別。さすがに湯着を着たままじゃ体は洗えないからね。」

「良かった・・・。」


 カリンは胸をなでおろす。もしかしたら、着替えるところも一緒だったらどうしようと思っていたらしい。建物の中へと入るとカウンターがあり、その両側に脱衣所への入口があった。右の入口には男、左の入口には女と書かれたのれんが掛かっている。


「じゃあ、また後での。神速で着替えるのだぞ。」


 クオンは右、カリンとエルスィアは左の入口から脱衣所の中へと入ったのであった。


*********


「これが湯着・・・。」


 カリンは脱衣所の中で、湯着をしげしげと見つめていた。


(なんだかヤマトの浴衣に似てる。透けないようにはなっているみたいだけど・・・この湯着の下は裸なんだよね・・・。う~。)


 まだ抵抗はあるが、今さら引き返せない。まずは魔法で竜角を隠すと、カリンはするすると服を脱いでいく。髪も肌も汗まみれでべたべた状態だった。湯着を持って洗い場へ。洗い場の壁には湯着を掛ける場所があったので、ひとまず湯着をそこに掛けておく。風呂椅子に座ると、蛇口を捻る。ちょうどいい温度の温泉の湯が出てきたので、風呂桶に汲んで頭からかぶった。体のべたつきが洗い流されていく。


「ああ~気持ちいい~。」


 カリンはタオルでごしごし体を洗う。髪も丁寧に。一通り洗ったら頭から湯をかぶって泡を洗い流した。目を開けると、いつの間にかエルスィアが隣で体を洗っていた。カリンは鼻歌を歌いながら体を洗うエルスィアの隣を通り抜けて、湯着が掛けてある場所まで行く。


「これ、帯をちゃんと締めないと脱げちゃいそう。」


 クオンの前で脱げてしまっては大変なので、湯着を身に着けると帯をしっかりと締める。何回も確認して洗い場から外へと出る。


「さあ、体も洗ったし温泉に浸かるぞー。」


 背後から元気なエルスィアの声がしたので、何気なく振り返る。エルスィアの姿を見てカリンはぎょっとした。なんと真っ裸だったのだ。緩くウェーブのかかった真っ赤な髪を腰まで垂らし、いろんなものが丸見えのまま外へ出てきていた。


「ちょっとエルスィアさん!?何で裸のままなんですか!?湯着はどうしたんです!?」


 慌てるカリンをよそに、エルスィアは平然とした様子で答える。


「何でと言っても、もともと湯着はやたら混浴を恥ずかしがる人間のための妥協だぞ?私は龍だし別に恥ずかしくない。」

「クオンがいるんだからダメですよ!」

「何じゃ?クオンめが我に欲情するのが嫌なのか?ん?」

「よ、よくっ!?」


 カリンの声が上ずる。エルスィアはカリンを煽って来ていた。


「別にクオンが誰に欲情しようが、お主には関係ないじゃろう?」


 エルスィアの言う通りなのだが、カリンは何となくそれが嫌だった。適当な理由で反論する。


「あ、クオンは私の友達だもの!友達が、家族でもない異性と裸でなんて・・・そんな(ただ)れた関係許しません!」


 カリンはエルスィアの両肩を掴むと、くるりと方向転換をさせる。洗い場の方へと、背中をぐいぐいと押し始めた。


「分かった分かった。そんなに押すでない。仕方ないの~。」


 エルスィアは湯着を取りに脱衣所まで戻っていく。カリンはほっと息を吐くと、改めて温泉の方へと向かう。洗い場の建物から温泉までは下りになっており、石畳の通路が敷かれていた。湯気が充満しており、温泉の方は見えなかった。カリンは通路を歩いていく。湯気が晴れると、そこは幻想的な世界だった。岩盤から露出した魔石でキラキラと輝き、星空のように彩られている。かけ流しの湯は限りなく透明で、灯りとして浮かぶ紙灯篭が淡い印象を添えていた。


「綺麗な温泉・・・。」


 カリンはしばしの間、目の前の光景に見とれていた。湯がさらさらと流れる音だけが空間を支配する。


「カリン?」


 ふと、後ろからクオンの声が聞こえた。カリンが振り向くとと、湯着を着たクオンがいた。二人の間に沈黙が流れる。


(カリンの湯着姿・・・思ったよりやばいかも・・・。)


 素肌の上に湯着を着ているので、クオンの目にはカリンの胸の膨らみがいつもよりはっきりと分かる。いけないと思いつつもついつい目がいってしまうのが男の性だ。


「か、カリン。え、炎龍さんは一緒じゃなかったの・・・?」

「も、もう少ししたら来ると思うよ。」


 再び沈黙。会話が続かなくて気まずい雰囲気になる。カリンは恥ずかしいのか、少し視線を逸らす。カリンはほんのりと頬を染めていた。そんな仕草にクオンはそそられる。邪な考えを抱く前に、クオンはカリンに話し掛ける。


「お、温泉、入ろうか。」

「・・・うん。」


 クオンは温泉へと入っていく。カリンも後を付いてきた。クオンは水深が浅い場所を探して座る。座るとちょうど肩まで温泉に浸かる深さだ。カリンは人間二人分くらいの間隔を空けて、クオンの横に座る。


「・・・。」

「・・・。」


 湯の流れる音だけが二人の耳に届く。互いに気恥ずかしい状況だが、クオンが意を決して口を開く。


「どう?温泉、気に入ってくれたかな。」

「う、うん。いい温泉だね。景色も綺麗だし。気に入ったよ。」


 クオンとカリンの視線が交わる。今度は吸い寄せられるように、見つめ合う。


(カリン、とても綺麗・・・。)


 いつぞやに見た湯上がりの姿よりもずっと艶かしい。烏の濡羽色の髪は一層艶やかになり、湯がはちみつ色の肌の上を滑り落ちていく。クオンはカリンから目を離せなくなった。一方のカリンは、クオンの体を見ていた。


(思ったよりもがっしりしてる。やっぱり男の子なんだね。)


 湯着の下は素肌なので、いつもは気に留めない違いにも気づく。クオンはリッカに比べて男らしい体をしていた。つい頬が熱くなる。


「お主ら、じっと見つめあって何をしとるか。」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」


 いきなりエルスィアが現れる。カリンが言ったお陰かちゃんと湯着を身に付けていた。エルスィアはクオンのすぐ隣に座ると、ぴとっとくっついてくる。


「ちょ!?炎龍さん!?離れて下さいって!?」

「慌ておって可愛いの~。」


 エルスィアは胸をこれみよがしに押し付けてくる。何だか面白くないカリンは、クオンをエルスィアから引き剥がそうとする。クオンの腕にカリンの胸が当たる。


「エルスィアさん!クオンが困っているじゃないですか!」

「ふふ。じゃあ、お主がくっついてあげるのかの?」


 エルスィアはククク、と意地の悪い笑みを浮かべる。むう、と頬を膨らませるカリン。エルスィアとカリンの間で火花が散る。間に挟まれているクオンはどうすればいいか分からず身を任せているだけだった。


「まあ、今日はこのくらいにしておこうかの。面白いものを見させてもろうたわ。」


 エルスィアはクオンの腕をぱっと離す。きょとんとするクオンとカリン。


「良かったのう。クオン。嫉妬してもらえとるぞ。」

「し、嫉妬なんてしてません!」


 エルスィアの茶々にカリンは顔を真っ赤にして否定する。クオンの腕はまだ掴んだままだ。腕に触れる柔らかい感触に、クオンは無言で耐えていた。


(あ、これやばい。)


 カリンの胸の感触。そう意識しただけで男の子のいけない部分が反応しそうになる。天国と地獄が一緒に到来していた。


「ふうん?その割には、クオンにくっついておるではないか。」

「あっ・・・。」


 エルスィアに指摘され、カリンは慌ててクオンの腕を離す。だがエルスィアを警戒しているのか、クオンの隣から離れようとしなかった。先程よりは楽になったが、クオンはむくむくとわき上がろうとする男の子な部分と戦っていた。


「クオン、どうしたの?」

「な、なんでもないよ・・・。」


 さっきから神妙な顔で黙ったままのクオンを、カリンは怪訝に思う。クオンは正直に言う訳にもいかず、適当に言葉を濁した。その後はエルスィアもちょっかいはかけてこなかった。クオンとカリンは互いにドキドキしながらも、しばらく温泉で疲れを癒す。


「さて、そろそろ上がるかの。のぼせてしまうのでな。」


 十分楽しんだので、クオンとカリンも続いて温泉から上がる。すると、エルスィアは不敵な笑みを浮かべる。カリンはなんだか嫌な予感がした。


「カリンとやら。クオンが我に欲情するのが嫌と言っておったな?」

「な、なんですか急に。」

「その不安を払拭してやろう。」


 エルスィアが言ったと同時に、固く締めたはずのカリンの帯がするりと抜ける。一体どうやったのか、エルスィアの手にはカリンの帯が握られていた。帯を失った湯着は思いっきりはだけ、カリンの素肌が露になる。


「きゃあああ!?」

「ぶふっ!?」


 カリンはとっさに湯着を手で押さえるが、時すでに遅し。クオンの目にはカリンの素肌が、一瞬だけだが、ばっちりと映った。クオンは両手で鼻を押さえる。指の隙間から鼻血がぽたぽたと流れ落ちてきた。


「いい加減にしなさーい!」

「あいた!?」


 カリンはエルスィアの頭にげんこつをかます。人間形態では鱗がないので、エルスィアの頭にぷくーとたんこぶができる。カリンは帯を取り戻して身に付けると、クオンの介抱をする。


「やれやれ。クオンにはちと刺激が強すぎたかの。」


*********


 温泉から上がって着替えた後、アティスの街までエルスィアが送ってくれる。龍形態となったエルスィアはクオンとカリンを背に乗せ、空へと舞い上がる。あっという間に翠の森を通りすぎると、アスター剣術道場の稽古場の前に舞い降りる。エルスィアの背から降りると、ちょうど稽古場の中からロイとレティシアが出てきた。


「おっ、エルスィアに送ってもらったのか。お疲れさん二人とも。」

「ただいまですロイさん。これが炎龍の鱗です。」


 クオンはロイに炎龍の鱗が入った袋を渡す。ロイは袋を覗き込んで中身を確認する。これで罰として言い渡されたお使いは完了だ。


「確かに。受け取ったぞ。」


 ロイは袋をレティシアに渡すと、エルスィアが話し掛けてくる。


「おい。ロイ。面倒臭がってないで直接お主が来い。まだお主との決着はついておらぬのだぞ。」

「俺だって忙しいんだよ。それに、今回は面白いものが見れただろ?」

「ふん。まあな。今回はそのことに免じて許してやろう。」


 一方、レティシアはカリンに話し掛けていた。


「お疲れ様。エルスィアの相手は大変だったでしょう?」

「ええ、まあ・・・。クオンが苦手って言う意味が分かりました。」

「あはは。悪い龍じゃないから仲良くしてあげてね。寂しいのよ。あの子も。それより、クオンとの温泉はどうだったかしら?」

「にゃ!?」


 誰にも言っていないはずなのに、レティシアに看破され、思わず猫のような叫びを上げるカリン。


「ど、どうしてそれを・・・。」

「ふふ。聞かなくても分かるわよ。エルスィアが温泉に誘わないわけないもの。で、どうだったの?」

「どう、と言われましても。」

「クオン君がいるから恥ずかしかった?」

「・・・はい。」


最後の最後で盛大に恥ずかしい出来事が起きたのだが、それは言えない。


(裸を見られちゃったんだよね・・・クオンに。)


 エルスィアのいたずらを思い出して顔から火が出そうになる。レティシアはそんな様子のカリンを見て微笑む。


「じゃあ、ちょうどいい時間だしお茶にしましょうか。いいお菓子があるの。」

「あ、ありがとうございます。」


 こうして、クオンとカリンの、罰と言う名のお使いは終わったのであった。


********


「クオン、話がある。」


 レティシアとのお茶会も終わって帰ろうとした時、クオンはロイに呼び止められた。


「何でしょうか。師匠。」

「今度から、お前にアスター流剣術を本格的に教えようと思ってな。」

「ホントですか!?」


 今までクオンはアスター流剣術の初歩を習っていただけであった。本格的に習いたいと希望をしても、ロイは首を縦には振らなかった。


「でも、今まではダメだって言ってたのに。」

「もともと、十六歳になって、ある条件を満たしたら教えるつもりだった。」

「ええ!?」

「だいたい十六歳までには基礎ができると踏んでいたからな。」

「それまでに道場やめたらどうするんです。」

「その時はそれまでさ。」

「条件ってのは何ですか。」

「家族以外で守りたい人間ができること。今までのお前は、あくまで自分とリッカが冒険で死ななければいい程度の気持ちだったからな。」

「それは・・・そうですね。」

「家族を守るのは人間として当たり前のことだ。だが、他人を守るにはより強い気持ちが必要になる。利他の心とか愛情とかな。強い力は強い気持ちがないと歪んじまう。まあ、俺の持論だけどな。」


 ロイはクオンの頭にポン、と手を置く。


「今のお前なら、大丈夫だろう?」

「・・・はい。」


 クオンはカリンの方を見る。クオンとロイの会話が聞こえていないカリンは小首を傾げていた。


「指導、よろしくお願いします。師匠。」

「おう。任せられたぜ。」


 会話が終わるとクオンは門のところ待っていたカリンに追いつく。


「なんのお話してたの?」

「ちょっとね。剣術の稽古の話。」


夕暮れにアティスの街が染まっていく中、クオンとカリンは一緒に屋敷へと帰るのであった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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