第二十六話『剣の師匠』
続きとなります。
カリンは、頬をぺちぺちと叩く感触で目が覚める。瞼をゆっくりと開くと、目の前にはクロが座っていた。クロが肉球のついた手でぺちぺちと叩いていたようだ。
「にゃあ~にゃあ~。」
起きて~起きて~と催促するようなクロの鳴き声に、カリンはのっそりと身を起こし欠伸をする。起きたカリンを見て、クロは嬉しそうに擦りつく。
「クロちゃん、おはよ。」
「にゃ。」
カリンがクロの頭を撫でると、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。カリンがベッドから降りると、クロも飛び降りて、体を精一杯伸ばす。カリンはクロの体操を見ながら、鏡台の前でナイトキャップを頭から外して、髪を整え、リボンを付けて竜角を隠す。
「ふふっ。朝の体操は終わったのかにゃ?」
「にゃー。」
カリンがクロを伴って部屋から出ると、ちょうど隣の部屋からリッカが出てきた。眠そうに目をこすらせている。
「おはよう。リッカ。」
「カリンちゃんおはよー。クロもおはよ。」
「にゃあ。」
ふと、カリンはクオンの部屋の隣で立ち止まる。コンコンとノックをしてみるが返事がない。部屋の中にもクオンの気配は感じなかった。すると、リッカがその答えを教えてくれる。
「あー、クオンなら朝早くから出かけてるよー。」
「そうなの?一体どこに?」
「剣術を教えてもらっている師匠のとこだよ。」
「剣術の師匠?」
「うん。アティスのはずれに剣術道場があるんだ。冒険者としてやっていけるように剣術を教えてもらってるの。」
「リッカは行かなくていいの?」
「私は朝弱いし~。それにクオンが師匠のとこ行ったのはきっと謝るためだと思うよ。」
「謝る?何を?」
「クオン、カリンを助けるために魔装剣使ったんでしょ?あの技、師匠に禁止されてたんだよね。剣が爆発して大怪我しちゃうから。」
「えっ。そうだったんだ・・・。クオン、怒られちゃう?」
「罰を受けるだろうねえ。クオン真面目だから、カリンちゃんを守るためだったって弁明しなさそうだし。」
「わ、私も一緒に謝るよ!道場の詳しい場所教えて!」
「まーまー。慌てない慌てない。まずは朝ごはんを食べてから。」
その瞬間、カリンのお腹がくぅ~と音を立てる。カリンは思わずお腹を押さえて、恥ずかしさで頬を染める。リッカは笑っていた。
「あはは。カリンちゃんのお腹の虫も、おなかすいたーって訴えてるよ。」
「うう・・・。」
リッカになにも言い返せず、カリンは大人しくリッカと食堂へと向う。そんな二人の後ろをトコトコとクロが付いていくのであった。
*********
クオンは憂鬱な気分で歩を進める。目的地はアティスのはずれにある剣術道場だ。幼いころからお世話になっていて、冒険者としてやっていけるだけの剣術を道場で学んだ。今でも継続して通っている。
「はあ。説教されるだろうな・・・。」
カリンを助けるため、クオンは師匠との約束を破って魔装剣を使った。正直、黙っていればばれないのだが、根が真面目なクオンにそんなことはできなかった。道場の前まで来てしまった。立派な門の前で、女性が一人、ホウキで掃除をしている。女性はクオンに気づくと、話し掛けてきた。
「あら、クオン君久しぶりだね。」
「お久しぶりです。レティシアさん。」
レティシア=アスター。クオンの師匠、ロイ=アスターの娘さんである。本人もアスター流剣術の使い手でかなり強い。クオンとリッカの姉弟子にあたる人だ。
「師匠はいらっしゃいますか?」
「うん。いるよ。ところでクオン君、何かやらかしたの?」
「えっ?なんでわかるんですか?」
「なんだかいつもより元気がないもの。ふふっ。何をやらかしたのかな~?」
「・・・魔装剣を使ってしまいまして。」
「魔装剣!?大丈夫だったの?怪我しなかった?」
「ええ、まあ、何とか。」
本当は大怪我したのだが、カリンの魔法のおかげで傷はすぐに癒えた。魔装剣を使った経緯をあまり言いたくないので適当に誤魔化す。
「でも、君が意味もなく魔装剣使うとは思えないけど。ちゃんと理由があればお父さんも許してくれるよ?」
カリンを守るためだったと言えば、説教は避けられるかもしれない。だが、この一件はカリンに内密のままさっさと済ませたかった。禁止されていた技を使わせたことを、カリンに気にしてほしくなかったからだ。
「いえ。ただ調子に乗っただけですよ。」
「ふうん?」
レティシアは疑いの眼差しで見ていたが、クオンはそれ以上何も言わなかった。
「まあ、中に入りなよ。お父さんは稽古場にいるわ。他の弟子たちもまだ来てないから、怒られるなら今のうちよ。」
「ありがとうございます。では、お邪魔します。」
レティシアにお礼を言い、門をくぐって敷地内へと入る。石畳の通路が伸びており、真っ直ぐ進むと師匠が住んでいる屋敷へと繋がっている。途中で左に枝分かれしている方を道なりに進むと稽古場だ。クオンは重い歩を進め、稽古場の前までたどり着く。稽古場は八角形の屋根をした木造の建物だ。入り口から中へ入ると、稽古場の中央に男性が背中をこちらへ向けて立っているのが見えた。男性はクオンの気配に気づいたのか、入り口の方へと振り向いた。
「おはようございます。師匠。」
「おお、クオン。帰ってきていたのか。」
ロイ=アスター。リンドブルム王国の騎士団長を務めたこともある、名うての剣士。騎士団をやめた今でも、定期的に騎士たちに指導を行っている。四十歳を超え、体力のピークはすでに終わっているが、その剣術に目立った衰えは感じさせない。はるばる遠くから教えを請いに来る人も多い。
「朝早くからとは殊勝なことだ。・・・ん?クオン、剣はどうした?」
「ええっと、その・・・。」
言いよどむクオンを見て、ロイは剣がない理由にピンと来たようだった。ロイの顔が渋面を作る。
「クオン、魔装剣を使ったな?」
「・・・はい。」
「何か言い分があるなら聞くぞ?」
「いえ、ありません。」
「・・・ふむ。まあ怪我がなかったのは幸いだったな。」
ロイはクオンが何か理由を隠していると感じたが、わざわざ詮索するつもりもなかった。本人がないというのならそれ相応の罰を与えるだけだ。
「約束は覚えているな?」
「はい。」
魔装剣を使ったら罰を受けると約束していた。クオンは覚悟を決め、ロイからの罰を甘んじて受けるのであった。
*********
カリンは朝食を食べた後、身支度を整えてアルセイド邸を出た。リッカに描いてもらった地図を手に、アスター剣術道場へと足早に向かう。だが、カリンには気になることがあった。
(・・・?なんか私、見られてる?)
最初は気のせいかと思ったが、街の人たちの視線を感じていた。道行く人、すれ違う人、店の前で客引きしている人の皆が視線をカリンへと向けている。カリンは居心地の悪さを感じて早歩きになる。そのおかげか、目的地に思ったより早く到着した。
「アスター剣術道場・・・ここだね。」
カリンは立派な門を見つめる。綺麗な木目の入った門は閉ざされていたので、カリンは門を叩いて呼びかける。
「すいません。どなたかいらっしゃいませんか?」
すると、門の向こう側から「はーい。」という女性の声が聞こえた。門の錠前を外すような音がした後、門がゆっくりと開く。門を開けて出てきたのは、若い女性だった。女性はカリンを見ると、目を丸くした。
「あら?ずいぶん可愛らしいお客さんね?うちに何か用かしら?」
「か、かわっ!?」
初対面でいきなり可愛いと言われ、ドギマギするカリン。なんとか気を取り直して、女性に尋ねる。
「ええっと、この道場にクオンが来てませんか?」
「クオン・・・へえ~。」
女性はカリンを頭のてっぺんから爪先まで見る。遠慮のない視線にカリンは身を縮こませる。
「あ、あの?」
「クオンが子供の頃から知ってるの。交友関係もね。少なくとも夏になる前の時点であなたはそのなかにいなかったわ。いつの間にか現れて、クオンって呼び捨てするほど仲がいいあなたはクオン君の何なのかな~?お姉さん気になっちゃうな~?」
女性は猫口になって、カリンにずずいっと詰め寄る。カリンは思わず仰け反る。
「あっ、自己紹介がまだだったわね。私の名前はレティシア=アスターよ。あなたの名前は?」
「カリン、カリン=ハーヴィです。」
「ハーヴィ?博士の新しい養娘さんかしら。」
「ええ、そうです。」
リンドブルム王国では、貴族が能力のある子を養子として迎えて支援することはよくある。ジョシュアは過去に養子をとっていた経験があるので特に怪しまれなかった。
「なるほどね。じゃああなたの素性も分かったところで、ね、クオン君とはどういう関係なの?」
「た、ただの友達ですよ・・・。」
「本当?まあいいわ。クオン君なら稽古場にいるわ。案内しましょうか?」
「お願いします。」
「じゃ、私についてきてね。」
レティシアが歩き出す。カリンは緊張しながらも、その後をついていくのであった。
*********
クオンは稽古場で剣を見繕っていた。説教をされた後、罰として言い渡されたのは、炎龍の鱗を取ってくることだ。件の炎龍は、アティスの南東、翠の森を抜けた先のイグニス山にいる。炎龍はそれなりの力を示せば鱗をくれるが、今のクオンにはできるかどうかギリギリのラインだった。 アスター剣術道場では言いつけを破った時にこのような面倒くさいお使いをさせられるのである。
「炎龍さん苦手なんだよなあ・・・。」
クオンは炎龍に対して苦手意識を持っていた。今回のお使いは気が重いが、罰なので行かないわけにはいかない。ため息をつきながら、稽古場の壁にかかっている剣を一本借りる。
「クオン君、いる~?」
ふいに、レティシアの声が聞こえてくる。クオンが入り口の方を見ると、レティシアの姿が見えた。
「どうしたんですか?レティシアさん。」
「うふふ。あなたにお客さんよ。」
すると、レティシアの後ろからひょこっとカリンが現れた。思わぬ人物の登場にクオンは慌てる。
「か、カリン!?どうしてここに・・・。」
「リッカから聞いたの。魔装剣を使った罰を受けに行ったんだって。」
クオンはその言葉で、リッカに口止めするのを忘れていたことに気づいた。今更隠すこともできないので正直に白状しようと口を開きかけた時、ロイからの横槍が入る。
「クオン、この可愛い子は誰だ?やけに親しげじゃないか。」
ロイはにやにやしながらクオンに尋ねる。クオンが口を開く前に、カリンがロイに自己紹介をする。
「カリン=ハーヴィと言います。クオンとは友達です。」
「そ、そうです。最近カリンと友達になったんです。」
「ほう・・友達ねえ。俺はロイ=アスター。ここの道場主でクオンの師匠だ。よろしくな。」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。あの、いきなりで申し訳ないのですが・・。」
「うん?なんだい?」
「クオンが魔装剣と言う技を使った罰を受けるとリッカから聞いたんですけど、本当ですか?」
「ああ。今のクオンには危険な技だからな。」
「あの、クオンは私を守ろうとして魔装剣を使ったんです。」
「ほお?詳しく聞かせてくれないかい?」
カリンはロイに、クオンが魔装剣を使うことになった経緯を説明する。ダンジョンで蒐集者と遭遇したことやカリンが殺されそうになったことを詳細に話した。
「なるほどね~。クオンがねえ。」
ロイはしみじみとそう言った後、笑いながらクオンの首に腕を回す。
「お前も女を守るようになったか!このこの~。」
「ちょっと!苦しいですって!」
クオンはロイを引きはがす。場が落ち着いたところで、カリンはロイにおずおずと提案する。
「だから、その、罰を受けるなら私が・・・。」
「えっ!?それはだめだよ!わ、悪いのは僕なんだからカリンも巻き込むのは・・・」
「む~!」
責任を取ろうとするカリンと制止するクオン。そんな二人の様子を見て、ロイはある提案をする。
「じゃあ、二人で罰を受けりゃいいじゃねえか。」
「罰とは具体的に何をするんですか?ロイさん。」
「なあに。面倒なお使いをしてくるだけさ。イグニス山にいる炎龍から鱗を貰ってくる。これが罰として行ってもらうお使いの内容さ。」
「お使いが罰になるんですか?」
「嬢ちゃんもやってみれば分かるさ。なあ?クオン。まさかエスコートもできないとは言わないよな?」
ロイは煽るようにクオンに問う。カリンの視線にも晒され、クオンは力なく頷いて了承するしかなかった。
「決まりだな。しっかりやれよ。二人とも。」
**********
クオンとカリンが帰るのを見送った後、稽古場に戻ってくるレティシア。稽古場の入口では、なんだか嬉しそうな顔をしているロイがいた。
「嬉しそうね。お父さん。」
「そりゃあな。やっとクオンも恋をする歳になったと思うと感慨深い。」
クオンを生まれた時から知っているロイにとって、クオンの成長は我が子のことのように喜ばしかった。クオンもカリンも互いに友達だと言っていたが、ロイの眼には、クオンがカリンに恋をしているのは明白だった。
「でもいいの?あのエルスィアよ?クオン君にとっては罰じゃなくてむしろご褒美になるでしょ。」
「そうか?むしろ生き地獄だと思うがな。」
「うわあ・・・すっごく悪い顔してる~。クオンが可愛いのは分かるけど、あんまりやり過ぎちゃだめよ?」
レティシアは呆れながらロイに釘をさし、屋敷へと戻っていった。
「今のクオンなら、本修行をさせてもいいかもな。」
ロイはそうポツリと呟くと、稽古場への中へと入っていくのであった。
*********
「あはは。よかったじゃん。カリンちゃんとお山までピクニックだと思えば。」
「そんな気楽なもんじゃないよ・・・。炎龍さんだよ?絶対にいじられるに決まってるよ。」
クオンはアルセイド邸へと戻ると、道場での顛末をリッカに話していた。リッカは他人事なので呑気に笑う。カリンは自室で明日に決まったイグニス山行きへの準備をしている。
「そういえばリッカは何してたの?」
「今度、アイゼンで開かれるパーティに出席しないといけないんだ。その準備で忙しくてさー。今はちょっと休憩中~。」
工房都市アイゼンは王都の西、ノースシルト王国との国境にもなっているヴァイスベルク山脈を源とするクヴェレ河の河口に位置している。フェルマー大陸から資源を輸入し、その資源を使って様々な製品を発明、生産してきた。リンドブルム王国の工業の要とも言える。
「それって例の鉄道事業関係のやつ?」
「そそ。アルセイド州のため、全力で媚び売ってくる。」
王都とアイゼンの間には試験的に鉄道が敷設される予定だが、それ以外はまだ未定だ。アルバンは将来的にアルセイド州まで鉄道の路線を伸ばすことを目標としている。
「とかいって、どうせ食事目当てでしょ?」
「えへ。ばれた?」
リッカに搦め手を期待する方が無理と言うものだ。アルバンも娘にそこまで求めてはいない。だが、パーティには花が添えられていた方が場が華やぐ。
「でもアイゼンに行きたい理由もあるんだよね。」
「鉄道見てみたいんでしょ?」
「それもあるけど、他にもあるのだ。じゃーん!これ!」
リッカは雑誌を取り出す。それは王国で発行されている科学雑誌『ヴィッセンシャフト』の今月号だった。クオンとリッカは購読しているが、クオンはまだ今月号は読んでいなかった。リッカはあるページを開くとクオンに見せる。
「これは・・・飛行船?」
「そう!アイゼンで開発中の飛行船!これを見に行きたいの!」
「へー、作ってるのは知ってたけど、ここまで進んでたんだ。」
そのページには、飛行船の開発状況が詳細に載っていた。原理や仕組みについても図解付きで説明されている。
「僕も機会があればアイゼン行きたいなあ。」
「いつかカリンちゃんと行けばいいじゃん。デートでさ。この雑誌持ってく?私はもう読んだから。」
「うん。持ってくよ。まだ読んでないからね。」
クオンが雑誌を受け取ると、そのタイミングを見計らったかのように部屋の柱時計がボーンと音を鳴らした。リッカは時刻を確認すると、立ち上がる。
「そろそろ準備に戻らなきゃ。また後でねクオン。カリンちゃんと仲良くするんだよ~んふふ。」
「はいはい。行ってらっしゃいリッカ。」
茶化すリッカを見送ると、クオンも明日の準備のため自室へと戻るのであった。
*********
ロイから罰を言い渡された次の日、クオンとカリンは朝早くから翠の森へと向かった。
「あれ?館が建ってる?」
湖まで来ると、湖畔に既視感のある館が建っていた。クオンが首をひねっていると、カリンがその答えを教えてくれる。
「あれ、師匠の館だよ。地上に出したんだねきっと。」
見た覚えがあると思ったら、翠の魔女ベリルの館だった。どうやら地下に隠してあったのを地上へと戻したらしい。館に近づいていくと、入り口の前に小さな人影が見えた。もっと近づくと、その人影の正体はベリルだった。
「おや?朝早くからデートかい。若いもんはやることが早いな。」
「ち、違いますよ!おはようございます。師匠。」
「お、おはようございます。ベリルさん。」
「うむ。おはよう。朝早くから二人でどこに行くんだ?」
クオンはこれまでの経緯を話す。話を聞いていたベリルは、イグニス山の炎龍という言葉に眉をひそめる。
「炎龍?いつの間にかそんなのが住み着いていたのか。危険はないのか?」
「二百年ほど前から住んでいるらしいですよ。変わり者ですけど悪い龍ではないです。」
クオンにとっては苦手な相手だが、決して悪い龍ではない。
「まあ、悪龍でないならいい。だが、二人とも道中は気を付けるんだぞ。イグニス山はそこそこ険しいからな。」
「はい。ご忠告ありがとうございます。」
「あ、そうだ。ちょっと待ってろ。渡すものがある。」
べリルは一旦屋敷の中へ入っていった。少しの間待っていると、杖を手に持って出てきた。黒い杖の先には金色の音叉のような部分があり、中央に透明な宝玉が付いている。
「師匠、これは・・・。」
「もともとカリンのために作っておいた杖だ。渡す機会がなかったからな。遠慮せずに持っていけ。」
「ありがとう師匠!」
自分専用の杖を貰い喜ぶカリン。その後、二人はベリルと別れ、再び翠の森を進んでいくのであった。
*********
翠の森も終わりに近づく頃、唐突に魔物が茂みから出現する。現れたのはヒスイスライムだった。緑色の半透明な体の中に翡翠のような核を持っている。強くはないが、油断すると服や体を溶かされる厄介な相手だ。
「私に任せて!」
「分かった。僕はサポートに入るね。」
さっそく杖を使ってみたいのか、カリンが意気揚々と前へ出る。クオンはいつでもサポートに入れるようにしておいた。
「天より来たれ迅雷!集まりて我が敵を灼き貫け!雷球!」
杖の先の音叉部分に雷の球が複数出現し、一気にヒスイスライムへと向かっていく。着弾すると眩い光を放ち爆発する。舞い上がった砂塵が晴れると、小さなクレーターができていて、ヒスイスライムは跡形もなく消し飛んでいた。
「あっ・・・。」
「威力が強すぎたみたいだね。」
「そうみたい。練習しないとダメかも。」
カリンの話を聞くと、杖なしでも十分な威力の魔法を使えるらしいとのこと。竜角が杖の代わりになっていたようだった。竜角に杖の効果が上乗せされて、力加減が難しくなっているのだろうとクオンは思った。
「道すがら練習しながら行こうか。」
「ほんと?ありがと。」
その後も、ちょくちょく出現するヒスイスライムを倒しつつ、二人は翠の森を進んでいくのであった。
*********
翠の森を抜けると、イグニス火山が見えてきた。火口からもくもくと煙を吐き出し、活火山であることが一目で分かる。翠の森から伸びる道は真っ直ぐイグニス山まで続いている。翠の森から先は荒涼とした土地で、そこら中に岩が転がっていた。蒸気が噴出している個所もあり、硫黄の匂いも漂っている。
「なんだかシュネーヴィントと似てるね。雪はないけど。」
「火山が近いからね。温泉もあるよ。」
「温泉あるなら観光地にしないの?」
「父さんは考えているみたいだけど、人手もお金もないからね。棚上げになってるんだ。」
クオンはアルセイド州の事情を話す。イグニス山の麓に温泉街を作る案もあるのだが、運営する人もお金も足りていない。温泉自体は良質な湯であるため、はるばる入りに来る人が少数いるだけである。年に1回の新年祭り以外ではイグニス山まで来る人はあまりいない。なお、温泉は炎龍が管理している。
「温泉は入ったことあるの?」
「うん。あるよ。以前来たときはリッカと一緒に入ったし。」
「一緒に・・・?男湯と女湯って別れてるのよね?」
「ん?ああ、カリンは知らないよね。混浴だよ。」
「こんよく!?」
混浴と聞いて、カリンの声が裏返る。いくら姉とは言え、異性と混浴するとはよろしくない。だが、さも当然のように言うクオンの態度で混乱する。カリンは何とかこの状況を説明できる結論をひねり出す。
「そ、それって小さい頃の話よね?」
「え?最近だと一年前かな。」
「~!?」
カリンが声にならない叫びをあげる。顔を真っ赤にしたカリンを見て、クオンはやっと、自分がカリンに重大なことを教えていないことに気づく。
「い、いや!裸で入るわけじゃないからね!?湯着っていう特別な服を着て入るんだよ!」
「で、でも服を着てても恥ずかしいんじゃないの・・・?」
「地元の人は小さい頃からそうやって入ってるし、気にしたことはなかったな。」
「そ、そうなんだ・・・。」
カリンは一応納得してくれたようだ。だが、湯着を身に付けているといっても混浴は抵抗があるようだった。
「と、ところで、炎龍さんはどんな龍なの?」
空気が気まずくなってしまったので、カリンは話題を転換した。クオンも話題の転換にほっとしたようだ。
「うーん。悪い龍ではないんだけど・・・苦手なんだ。」
「苦手なの?」
「いつも向こうのペースに巻き込まれて翻弄されるんだよね。今回も何か無茶ぶりしてこなければいいんだけど。まあ、会って見れば分かると思うよ。」
クオンは炎龍とのことを思い出して苦笑いする。その表情でなんとなく察するカリンであった。
(私たちが罰として行かされるだけの理由はあるってことなのかな。)
その後も歩き続け、クオンとカリンは登山道へと入る。岩だらけで荒涼としたイグニス山だが、登山道さえ外れなければ危険はあまりない。炎龍の縄張りのためか、魔物の姿も見かけず、順調に登っていった。
「この分なら、もう少しで龍さんの所まで行けそうだね。日が落ちるのを心配してたんだけど杞憂だったみたい。」
クオンは太陽の高さを見ながら言う。イグニス山へは初登山となるカリンを連れているのでもう少し時間がかかるとは思っていたが、案外カリンは登山に慣れていたようだった。そのお陰で、予定よりも早く着きそうだ。
「あ、あれが目的の洞窟だよ。」
イグニス山の中腹辺り、クオンが指差した先にぽっかりと洞窟が口を開けていた。この洞窟は炎龍のいる火口内まで続いている。クオンは持ってきたランタンで暗闇を照らしながら先導し、カリンは後をぴったりと付いていく。奥へ進むにつれて、気温が上がっていくのを感じる。じんわりと二人の肌に汗がにじんできた頃、奥の方から微かに橙赤色の光が漏れてくる。さらに進むと出口が見えてきた。出口を抜けると、二人をさらなる熱気が襲う。
「大丈夫?カリン。」
「う、うん。大丈夫。でも、すっごく暑いね。」
カリンの顔や首筋から汗が流れ落る。タオルで汗を拭くカリンが妙に艶かしくて、クオンは視線を逸らした。代わりに視線を向けた先には、石畳が敷き詰められた広場があり、その奥は崖になっていた。広場のあるところは、火口の壁からせりだした形になっており崖下はマグマが揺蕩う。
クオンとカリンの二人は広場の中央まで足を進める。
「炎龍さんはどこにいるの?」
「僕らの気配には気づいているはずだから、今に出てくると思うよ。」
そうクオンが言った時、崖下ではゴボゴボとマグマの表面が泡立つ。泡立つマグマの中から、炎龍が姿を現す。マグマをその巨体から滴らせながら、炎龍は広場のある高さまで舞い上がった。紅い瞳がクオンとリッカを捉えると、炎龍は咆哮する。咆哮が火口の中で響き渡り、まるで火山全体が楽器となったように震える。カリンはその咆哮に、ひっ、と小さく悲鳴を上げた。クオンはカリンを背に隠す。炎龍は二人の前に舞い降りる。巻き起こった風が、クオンとカリンに吹き付ける。
「よく来たな!アルセイドの子よ!」
イグニス山の主、炎龍エルスィアは鋭い牙の並んだ口を開き、高らかに笑ったのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




