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白磁の竜角  作者: 黒猫水月
第二章 新しい居場所
30/84

第二十五話『アルセイド伯爵本邸』

続きとなります。

クロの初登場を第八話から第二十五話に変更しました。

 

 夏も終わりに近づく頃、クオン達はアルセイド州へと戻ってきた。二台の馬車に分乗し、王都からアティスまで帰ってきたのである。馬車はアティスの街の中へ入ると、街の中心部へと向かい、アルセイド伯爵本邸の前で停車した。まず一台目の馬車からリッカが降りてきた。その後を、ルビー、クオン、カリン、と続いた。二台目の馬車からはミーチョと使用人たちが降りてくる。リッカはう~んと背伸びをして体をほぐす。


「お家にやっと着いた~。疲れたよ~。」


 久しぶりの実家に嬉しそうなリッカ。クオンとリッカにとってはアティスの本宅の方が、我が家という認識だった。


「お帰りなさいませ。ルビー様、クオン様、リッカ様。」

「「「お帰りなさいませ~。」」」


 屋敷の前には、出迎えのために、執事とメイド達が並んでいた。カリンの姿を認めると、執事とメイド達は整然とした動きでカリンの前に並ぶ。恭しく礼をした。


「私はアルセイド伯爵家の執事を務めております。アーチボルトと申します。カリンお嬢様のことは主人から承っております。ようこそアルセイド家へ。歓迎いたします。」

「は、はい。カリン・ハーヴィです。こちらこそ今日からよろしくお願い致します。」


 カリンも緊張しながら丁寧な礼を返す。アーチボルトとメイド達は何か微笑ましいものを見るような目をしていた。


「では、屋敷の中へお入りください。」


 アーチボルトの後に続こうとして、ふと立ち止まる。カリンは新しい住居となる屋敷をじっと見上げた。


(ここが、今日から私の暮らす場所・・・。)


 期待と不安、二つの感情が心の中で混ざる。


「なに立ち止まってるの?早く行こ。カリンちゃん。」

「行こう。カリン。」


 リッカはいつもの朗らかな表情で、クオンは少し心配そうな表情でカリンを見ていた。


(クオンとリッカがいれば、きっと楽しいよね。)


  クオンとリッカのおかげで、心の澱が消えていくような気がした。クオンとリッカと共に、カリンは入り口の扉をくぐり、新しい生活へと足を踏み入れる。


「あっ!?そうだ!忘れてた!クオンちょっと耳貸して。」

「え?どうしたの?」


 リッカはクオンに何やら耳打ちする。耳打ちが終わると、クオンとリッカはカリンの方へと向き直る。


「カリンちゃん、「カリン、アルセイドへようこそ!」」


 それは歓迎の言葉だった。カリンは一瞬、ぽかんとした後に、笑みをこぼす。


「はい。お世話になります。」


 カリンの心を表すように、竜角を隠している紺色のリボンが優しく揺れていた。


 *********


  ドラグの中心にそびえたつ皇城では、騎士団と魔導兵団の合同入団式が行われていた。皇城の大広間には、入団試験に合格した者達が整列している。玉座から向かって右手が騎士、左手が魔導師たちである。玉座の騎士側には騎士団長のヴェンツェル、魔導師側には、魔法兵団長エヴァンジェリスタが立っている。貴賓席には宰相を始めとして連邦政府の重鎮たちが座っていた。騎士たちの左前には演奏隊も控えており緊張した面持ちをしている。


「これより、合同入団式を開会致します。」


 司会者の言葉と共に、大広間はそれまでよりもいっそう静謐(せいひつ)な空間となる。


「陛下のご出座です。」


 荘重な音楽が流れ、一人の女性が姿を現す。九尾の金狐、フランカ=ドラグガルド。この国唯一の皇族であり若き女帝。その黄金色に輝く髪と九つの尻尾が、可憐な容姿に高貴な雰囲気を纏わせていた。フランカを初めて間近に見た出席者達は、その煌びやかな姿に見とれていた。ただ一人を除いて。


(金色だけどフランじゃん!?)


 エルヴィンは自然公園で出会ったフランが皇帝フランカであることにすぐ気づいた。その証拠に、フランカの頭は、お礼としてプレゼントした木の葉の髪飾りが付いている。エルヴィンは驚きで声が出ないようにするのがやっとだった。連邦旗に一礼すると、フランカは玉座へとゆっくり腰を下ろす。


(見間違えじゃないよな。あの髪飾りも付けてるし。)


 式は進行していくが、エルヴィンはじっと玉座に座るフランカを見ていた。


「次に、両入団試験の首席合格者へ陛下からお言葉を賜りたいと思います。まず、魔法兵団から。アイリス=ガーランド。前へ。」

「はい。」


 魔導兵団側から、一人の少女が歩み出る。魔導師のローブを着ているが、フードは被っていないので、少女の顔は見えていた。長い栗毛をリボンでまとめてポニーテールにしており、活発そうな印象を受ける。髪の隙間からは、猫耳が覗いていた。


(ふーん。魔法兵団の方の首席は女の子なのか。・・・ん?)


 エルヴィンがアイリスと呼ばれた少女を見ていると、魔導師側の方から冷気を突き刺すような視線を感じた。ゆっくりと首を動かして視線を感じた方を横目で見ると、黒髪で黒豹耳の男がいた。血のような赤い目でエルヴィンをじっと見ている。


(な、なんだあいつ・・?なんでこっち見てんだ?)


殺気寸前の冷気を放つ男に警戒しつつも、エルヴィンは前を見る。男の周囲にいる入団者達も冷気を感じているのか落ち着かない表情を見せていた。男のことは気になるが、さすがに式典の途中で何かしてくることはないはずだ。気を取り直してアイリスの方を見ると、フランカと何か話をしているようだ。話はすぐに終わり、アイリスは少しぎこちない動きでもとの位置へと戻っていく。


「騎士団、エルヴィン=ズィルバー。」

「はい。」


 エルヴィンは事前のリハーサル通りに動き、フランカの前に立つ。フランカは微笑みながら、小声で話しかけてきた。


「ふふっ。驚いた?」

「ああ、驚いたよ。皇帝だったなんて。街にいたのはお忍びだったのか?」

「そんなところかな。・・・ねえエル君。ちょっと屈んでくれない?」

「ん?こうか?」


 言われたとおりに身を屈めるエルヴィン。頭の位置が、フランカの頭と同じ高さになる。すると、フランカは両手で包み込むようにしてエルヴィンの頭に触れる。


「ふ、フラン?」

「下を向いてて。」

「あっ、はい。」


 声音は優しかったが、有無を言わせない迫力をフランカから感じた。


「たとえ君にその気がなかったのだとしても、私にここまでさせる君が悪いんだからね。」


 そう言うと、フランカの柔らかな唇がエルヴィンの額に触れる。まさかの行動に、さすがの広間も騒然となった。フランカが唇を離すと、エルヴィンは顔を上げる。


「絶対に、逃がさないよ。」


 フランカは頬を朱色に染めて、恥ずかしそうに微笑んだ。さすがのエルヴィンも、いきなりのキスに茫然自失となり、ふらふらと元の場所に戻る。出席者たちの視線がエルヴィンへと集まっていた。


「貴様もたいがい、災難だな。」


 騎士団首席と言うだけでも注目株なのに、今回の件で一気に注目を浴びるだろう。エルヴィンのこれからのことを思うと、テオバルトは同情を禁じえなかった。


「静粛に!静粛に!」


 司会者は騒ぐ出席者たちを静めようと躍起になる。場が静まるまで一時の時間を要したのであった。


 *********


「それで、入団式のあれはどういうことなんだ?」


 大騒ぎとなった入団式も終わり、エルヴィンたちはハチのお店に来ていた。いつもより大きな円形のテーブルに、エルヴィン、ベルンハルト、テオバルト、ツェツィ、ローズ、ハチが座っている。ベルンハルトがにやにやしながらエルヴィンに尋ねる。


「どうもこうも、俺にもよく分からないんだが・・・。」

「エル君、女の子は理由なく異性にでこちゅーなんてしないんだよ?」


 ツェツィがジト目でエルヴィンを見ていた。


「まあまあ、一個ずつ整理していこう。エル、陛下とはいつどこで会ったんだ?」

「都に来たとき、ここで飯食ったあと別れたろ?あの後、自然公園に行ったらいたんだよ。」

「どういう状況で出会ったんだ?」

「暴漢に襲われそうになってたから、助けたんだ。」

「定番通りの出会い方だな。」

「エル君!定番通りすぎるよ!」

「ご、ごめん・・?」


 なぜツェツィに怒られたのか分からなかったが、反射的に謝ってしまうエルヴィン。


「でで?その後はどうしたの?」


 犬耳と尻尾をパタパタさせながら、ハチが目を輝かせて先を促す。ローズは興味ないふりをしながらも、耳を澄ませていた。ツェツィは事の次第をはっきりさせようと意気込んでいる。


「名前も聞かずに別れたんだけど、後日、街の中で再会したんだ。その時に買い物に付き合ってもらったんだよ。そのくらいだよ。フラ・・・陛下との接点は。」


 特別なことは何もしていないと主張するエルヴィン。だが誰も信じていない。


「買い物に付き合ってもらったって、何を買いに行ったんだ?」

「え・・・それは・・・。」


 エルヴィンは言いよどむ。ツェツィへのプレゼントは渡していないので、まだ言うわけにはいかない。


「生活に必要なものをいろいろ買ったんだよ。」

「ふーん?じゃあエル。その時、陛下となにかあったか?」

「えっと、別に大したことはしてないぞ?ただ・・・」

「ただ、何だ?」

「買い物に付き合ってくれたお礼に、その、髪飾りをプレゼントしたけど。」


 プレゼントという言葉にツェツィの耳がぴくっと反応する。む~と頬を膨らませて不満気だ。ベルンハルトはさらに突っ込んで聞く。


「一応聞くが、どうやって渡したんだ?」

「えっと、別れ際に、驚かせようと思って、頭のゴミを取るふりをして髪飾りを付けて、今日のお礼にって渡したけど。」


 エルヴィンのその言葉に、ハチが色めき立つ。きゃ~と声を出して両手で頬を押さえていた。


「君ってば大胆だね~!私もされてみたいな~。」

「もしかして、陛下が入団式でつけていたのは、貴様がプレゼントしたものか?」

「うん。」


 テオバルトの問いに、首肯するエルヴィン。テオバルトは事態を把握し思わず天を仰いだ。


「暴漢から助けて、買い物のお礼にプレゼントだと?自然体でこなすとは恐ろしい奴だ。」

「あー、これ、陛下惚れたねきっと。」

「もう、エル君ったら女の子に優しいんだから・・・本当に困る。よりにもよって陛下だなんて・・・。」


 ローズ、ハチ、ツェツィは小声で囁き合う。ベルンハルトはため息を吐くと、エルヴィンに告げた。


「結論。入団式のアレは全部エルヴィンのせい。」

「「「「異議なし!」」」」

「ええ!?俺のせいなの!?」


 皆の出した結論に、ただただ困惑するエルヴィンなのであった。


*********


 カリンの部屋として案内されたのは二階の角部屋だった。ベッドやソファ、家具も調度品も用意されている。内装には華美な装飾もなく、素朴な部屋だった。


「ここがあなたの部屋よ。」

「ありがとうございます。ルビーさん。」

「ふふっ。何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってちょうだいね。この屋敷の案内は、クオンとリッカがしたがってるから任せるわね。」

「まっかせといて!」


 リッカがどーんと胸を張り、クオンは苦笑した。ルビーが退出すると、カリンはリッカに話しかける。


「そういえば猫を飼ってるんだっけ。この屋敷で会えるのかな。」

「クロちゃんなら屋敷のどこかにいるよ~。屋敷の各所にお気に入りの場所があってローテーションで寝る場所変えてるんだよね。今頃だと客間かな?会いたい?」

「うん!会う会う!」

「じゃあ屋敷の案内の最後に客間に行こう。」

「ありがとう!」


 カリンは満面の笑みで喜ぶ。クオンはその笑顔にドキッとするが、なんとか平然を装った。


「じゃあ、しゅっぱーつ。」


 元気なリッカを先頭にして、三人はカリンの部屋を後にしたのであった。


*********


 一通り屋敷の説明が終わった後、クオン達は客間の前に来ていた。カリンは心なしかそわそわしている。


「うん。やっぱりクロはこの客間にいるね。」


 クオンは客間の扉のを少し開けて中を覗き見る。クロが客間のソファで寛いでいるのが見えた。。


「ついにクロちゃんに会えるんだね!」


 念願の猫との対面を前にテンションが上がるカリン。猫への憧れは相当強いようだった。クオンは苦笑しながら、扉を開ける。クオン達が中に入ると、ソファの上にクロがいた。クロはクオン達に気づくと、その真っ黒な顔を上げた。


「にゃあ。」


 クロはクオン達の姿を見ると、嬉しそうに鳴いた。クオン達はクロのそばまで行く。クロは見慣れぬ人がいるのに気づいて、不思議そうな表情をする。


「これが・・・猫ちゃん。本当にちっちゃな虎さんだ・・・。」


 カリンは感動に震えているようだった。カリンは膝を折って、ソファの上にいるクロに目線を合わせる。


「はじめまして。クロちゃん。」

「にゃん。」

「わあ~!返事してくれたよ!」

「あはは。そうだね。指を一本立てて、クロの鼻に近づけてみて?」

「あ、うん。」


 カリンは人差し指を立てると、恐る恐るクロの鼻へと近づけていく。クロはカリンの指の匂いをふんふんとかぐ。そしてクロはカリンの人差し指にすりすりし始める。


「あああ~!可愛い~!」


 カリンはもうクロにメロメロのようだった。カリンがクロの頭を撫でると、クロは気持ちよさそうに目を細める。喉をゴロゴロと鳴らし始めた。


「ゴロゴロ言ってるけど、これはどういう時?」

「喉を鳴らしてる時は、機嫌がいい時だよ。」

「そうなんだ。じゃあ、気持ちいいんだね。」

「抱っこしてみる?カリン。」

「え、いいの!」

「クロもカリンを気に入ったようだし。大丈夫だと思うよ。よっと。」


 クオンはクロを抱き上げる。抵抗もせず、すっぽりとクオンの腕の中に収まった。尻尾をぱたぱたと振っている。


「抱っこが嫌いな猫ちゃんもいるんだけど、クロちゃんは抱っこ好きだからね~。」

「クロはおとなしいしね。カリン、僕と同じように抱いてみて。」

「こ、こうかな?」


 カリンはクオンからクロを受け取ると、クオンがやっていたようにクロを抱っこする。クロはまるで幼子のようにすっぽりとカリンに両腕に抱かれた。喉をゴロゴロ鳴らし、ご機嫌のようだった。


「カリン、抱き方うまいね。」

「えへへ。そうかな?」


 カリンは照れくさそうに笑う。初めての抱っこを褒められて嬉しいようだ。


「カリンちゃん。動物に好かれるのかな?クロは人懐っこいけど、ここまで初対面の人に心許すのは珍しいと思う。」

「んー。動物には好かれる方ではあるかな?」


 カリンはクロをソファの上の降ろす。クロは全身をグルーミングし始めた。


「これは何をしているの?」


 一生懸命に、顔を手でこすったり、体を舐めたりするクロ。カリンは興味深そうに観察する。


「これはねカリンちゃん。体を洗ってるんだよ。」

「洗ってるの?でも首の後ろとか届かないんじゃない?」

「正確には、匂いを消してるんだよ。獲物に気づかれないようにね。野生の時の名残り。」

「へー。そうなんだ。」


 クロはグルーミングを終えると、ソファの上で横になってくつろぎ始めた。


「カリンちゃん。肉球触ってみる?」

「にくきゅー?それは何?」

「これだよ。」


 リッカはクロの左手を指し示す。そこには真っ黒な肉球があった。


「これが肉球?」

「触ってみて。気持ちいいよ。」

「クロちゃん、怒ったりしない?」

「大丈夫大丈夫。クロちゃん機嫌いいし。」

「じゃあ、失礼して・・・。」


 カリンはそーっとクロの左手をつかみ、肉球を触る。ぷにぷに。固いようで柔らかく、弾力があった。


「不思議な感触だね。でも気持ちいい。なんかずっと触っていたい気分。」

「でしょでしょー。」

「肉球は、足音を消すためにあるんだよ。」

「へー。そうなんだね。」

「えっ!?ぷにぷにするためじゃないの!?」

「リッカ、そんなわけないでしょ・・・。」


 ひとしきり肉球を堪能すると、カリンはクロの横に座った。すると、クロは立ち上がって伸びをした後、クロはカリンに頭突きを始める。


「あら、あらら?な、なにかな?」

「きっとカリンの膝に乗りたいんじゃないかな。」

「ひ、膝?」


 カリンが膝の上に置いていた手をどける。待ってましたとばかりに、クロはカリンの膝の上に乗り、その場で寛ぎ始めた。


「あはは。私の膝の上がそんなにいいのかな?」

「ずいぶん気に入られたねカリンちゃん。」

「うん。嬉しいけど、これじゃあ動けないね。」


 カリンはクロの体を撫でる。クロの体毛はとても艶々(つやつや)としていて、手触りもさらさらだった。


「すごくいい毛並みだね。」

「でしょ?こまめにブラッシングしてあげてるからね。カリンちゃんもやってみる?」

「うん。やらせて。」


 その後も、ブラッシングをしてあげたり、猫じゃらしで遊んであげたりと、カリンはクロとの時間を楽しんだ。


「クロちゃんは本当に可愛いにゃ~。」

「にゃん。」


 そして、クロを可愛がるカリンの方が可愛いよと、心の中で萌えているクオンなのであった。


*********


 クロとひとしきり遊ぶと、時刻はすっかり夕方になっていた。カリンとリッカはクオンと別れ、お風呂へと向かう。アティスに住む平民は基本的に銭湯に行くのだが、伯爵本邸には別館に浴場が設置されていた。日によっては一般にも開放されており、開放日には伯爵家のメイドが受付として立っている。今日は開放日ではないのでカリンとリッカの二人きりだった。脱衣所に着くと、カリンはいそいそと衣服を脱ぎ始める。リッカはさっさと衣服を脱ぐと、カリンの方をじーっと見ていた。衣服の下から露わになるカリンの肢体を観察する。特に胸の双丘を重点的に自分のものと見比べていた。カリンはリッカの不躾な視線に気づくと、さっと胸を隠す。


「な、なに?」

「んーん?何でもないよー。」

「前くらい隠したら?」

「えー?別に隠す必要ないじゃん。」


 リッカは全裸のまま、仁王立ちになって笑う。乙女らしくない振る舞いにカリンは嘆息する。


「ささ、入ろ入ろ。」


 リッカはカリンの背を押して、浴場へと入る。(ひのき)でできた浴槽に、龍の石像の口からお湯が注がれていた。


「わ~!すごいね!」

「でしょ?温泉じゃないのがちょっと残念だけど、家にお風呂があるっていいよね。王都や宿場町の宿屋とかだと風呂付きも多いんだけど、田舎じゃまだまだ銭湯だし。」


 掛け湯でさっと体の表面を洗い流す。透明なお湯が、肌理細やかな肌を伝って流れていった。二~三回ほど桶でお湯を浴びた後、洗い場へと向かう。カリンが風呂椅子に座ると、リッカはその背後に風呂椅子を引いてきて座る。


「背中洗ってあげる~。」

「ありがとう。」


 リッカは石鹸でタオルを泡立てると、カリンの背中をこしこしこする。カリンは体の前の方を自分で洗う。


「頭も洗おっか?入り口には鍵掛といたから、頭のタオル取っても大丈夫だよ。」

「じゃあ、お願いしようかな。」

「竜角はどうやって洗ってるの?」

「泡を手に付けて、それで優しくこすってるよ。」

「もしかして、敏感だったりする?」

「う、うん。だから、その、竜角は自分で洗うから。」

「あはは。仕方ないね。じゃあ竜角は避けるよ。」


 リッカはカリンの真っ黒な髪を丁寧に洗う。お湯でザバーと泡を洗い流すと、カリンの長い髪は艶やかさが増す。はちみつ色の肌を上をお湯が伝い流れていく。


「じゃあ、今度は私の番だね。」

「さあ、どーんと来い!」


 カリンはリッカの背中と髪を洗う。お湯で泡を洗い流すと、リッカは気持ち良さそうに息を吐く。お湯が白い肌を伝っていった。


「さあ、湯船に入ろ入ろ。」


 カリンとリッカは、のぼせない程度に心ゆくまで湯船に浸かったのであった。


 *********


 お風呂の後、部屋へと戻ってからカリンとリッカは食堂へと向かう。食堂では、すでにクオンが六人掛けのテーブルの席に座っていた。


「あれ?母様は?」

「ちょっと用事ができて、作業場の方に行ってるみたい。『遅くなるから先に食べてていーよ。』だって。」


 リッカはクオンの隣、カリンはクオンの向かい側に座る。


「にゃーん。」

「あれ?クロちゃん?」


 どこからともなくクロが現れ、テーブルの上にぴょんと乗ってきた。リッカはクロの小さな額をうりうりしながら、カリンに忠告をする。


「気を付けてね。クロは夕食のおかずを狙ってるから。」

「そうなの?」

「油断してると黒い魔の手が伸びてきて、あっという間におかずをかっさらわれるよ。」


 ミーチョが配膳を始める。テーブルの上に料理が並べられると、クロはカリンの前に置かれた唐揚げに目をつけた。黒い手がそーっと唐揚げに伸びていく。バレバレなその動きに、カリンは微笑む。リッカはクロの伸びてきた黒い手をぺしっと叩く。


「だめだぞー。人間の味付けは濃いんだから。デブ猫になるぞー。」

「にゃー。」


 クロは耳をぺたんとさせて、残念そうな表情をする。だが諦めきれないのか、その場にとどまり置物になる。


「じゃあいただこうか。」


 クオンがそう言うと、三人は食前のお祈りを捧げ、夕食を食べ始める。クロの可愛い魔の手を防ぎながら、夕食を楽しむのであった。


*********


 晴れて騎士団に入団したエルヴィンは、寮の部屋に引っ越していた。遠隔地から来た者たちは全員入寮している。エルヴィンも男性寮の一部屋を貰い、荷物の整理も終わったので、ベッドで寛いでいた。


「そろそろ出ないとな。」


 普段のエルヴィンだったらこのまま寝てしまうところだが、今夜は特別な用事があった。身だしなみを鏡の前で整えると、部屋を出る。そのまま足早に男子寮の屋上へと向かう。聞こえてくるのは、どこからか聞こえてくる人々の笑い声や虫たちの声だけだった。夜空を見上げると、月が淡い光を放っている。目的地は共同棟前の広場にある噴水の前だ。


(来てくれるかな~。なんか怒ってるみたいだったし。)


 エルヴィンは心配しながらも、男子寮の屋上から共同棟へと飛び移る。入団式の前に約束を取り付けたのだが、ハチの店での食事会の時には不機嫌だった。理由はフランのでこちゅーなのだが、エルヴィンにはなぜ怒っているのか分かっていなかった。


(まあ、すっぽかされた時はまた考えよう。)


 屋根の上を歩き、共同棟から広場へと飛び降りる。


(まだ来てないか。)


 懐中時計で時間を見ると、約束の時間までもう少しあった。そのままベンチに座って相手が来るのを待つ。夜空を見上げると、ちょうど雲の間に月が隠れるところだった。


(ん・・・この足音は・・・。)


 エルヴィンの耳がピクッと動く。その耳は聞き慣れた足音を捉えていた。エルヴィンは目を閉じて、足音の主が近づいて来るのを待つ。足音は、エルヴィンの座っている前で止まった。


「こんばんは。エル君。」


 エルヴィンが目を開けると、目の前にツェツイがいた。ちょうど雲の切れ間から月が顔を出し、ツェツィを照らす。ツェツイが笑顔なのを見て、エルヴィンはほっと胸を撫で下ろした。ツェツィはエルヴィンの隣に腰を下ろす。


「おう。こんばんは。ツェツィ。」

「それで、大事な用って何かな?」

「しっぽ。」

「え?しっぽ?」

「ローズに勝ったら触ってもいいって言ってたろ?」

「た、確かに言ったけど。え、もしかして今するの!?」

「うん。」


 エルヴィンは真剣な表情で頷いた。ツェツィはいつもより険しい顔でジト目になる。


「でもエル君は、僕のしっぽより、陛下のふわふわしたしっぽの方がいいんじゃないの?首席になったんだし触らせて貰えるでしょ?」


 若干、棘を含む言い方だった。ツェツィとしては、エルヴィンがでこちゅーされたことに嫉妬していた。


「そんなことないぞ!」


 ずずいっとツェツィに詰め寄り、その両肩をがしっと掴む。エルヴィンの剣幕に、ツェツィは思わずたじろいだ。


「ちょ、顔、近い・・・。」

「フランのしっぽにもツェツィのしっぽにもそれぞれの良さがあるんだ!優劣なんてないぞ!」

「わ、分かったから、お、落ち着いて。」

「あ、すまん。」


 エルヴィンはぱっと体を離す。ツェツィは少し顔を赤らめていた。


「エル君の熱意はどこから来るんだか・・・。」


 ツェツィはエルヴィンの方へとくるりと背を向ける。白黒のしましましっぽが揺れていた。


「その、乱暴にしちゃだめだからね。優しく触るんだよ。」

「もちろん!」

「ほれぼれするほどいい返事だね・・・。」


 エルヴィンはツェツィのしっぽを優しく掴む。少し力を入れると、ふにゅとした感触がする。


「・・ん。」


 ツェツィが艶めかしい声を漏らす。エルヴィンはしっぽの先から付け根の方へ向かって、ゆっくりと、ふにふにしていった。付け根の方は弱いのか、ツェツィは顔を真っ赤にして声が出ないように手で口を押え始めた。


(さて、あまり楽しむと本題を忘れてしまうな。そろそろ・・・)


 エルヴィンはいったんしっぽを離すと、懐から小さな紙袋を取り出す。そして、中から街で買ったリボンを取り出した。再びしっぽをつかむと、付け根のところにリボンを結んでいく。


「え・・・な、なに?なにしてるの?」

「もう少しだから、じっとしてて。」

「う、うん。」


 さすがに、ツェツィもしっぽに何かを巻かれている感触に気づくが、エルヴィンに制されて大人しくなる。


「よし。できた。」

「もう。一体何をしたの?」


 ツェツィは噴水まで歩き、水面に自分の姿を映してしっぽの状態を確かめる。


「え・・・これって・・・。」


 ツェツィの視線は自分のしっぽの根元に釘付けになる。薄桃色の可愛いリボンが揺れていた。


「個人試験で介抱してくれたり、治癒の魔法をかけてくれたりしただろ?これはほんのお礼。」

「・・・。」

「ツェツィ?」


 ツェツィは俯いたままエルヴィンに近づく。そして、エルヴィンの体をポカポカ叩き始めた。エルヴィンはツェツィの行動に困惑する。


「ツェ・・・ツェツィ?」

「もう!エル君ったら!不意打ちすぎるよ!」


 ひとしきりポカポカし終えると、ツェツィは頬を膨らませて、恨めしそうに上目遣いでエルヴィンを見る。その仕草に思わずドキッとなるエルヴィンであった。何も言えずにいると、ツェツィは盛大にため息を吐く。


「はあ・・・でもそれがエル君なんだよね。」


 いつの間にリボンを、と言葉を続けようとした矢先、ツェツィはあることに気づいた。


「もしかして、陛下に買い物付き合ってもらったって言うのは・・・。」

「うん。さっきは誤魔化したけど、本当はリボンを買いに行ったんだよ。フラ・・・陛下には店を案内してもらった。」


「そ、そうだったんだ。」


 ツェツィは嬉しそうに頬を染めると、後ろ手に手を組んで、エルヴィンに背を向ける。


「いろいろ言いたいことあったけど、今ので吹き飛んじゃった。」


 ツェツィは体を翻すと、エルヴィンに満面の笑顔を見せる。月の優しいベールがツェツィを照らしていた。


「嬉しい。ありがとう。エル君。大事にするね。」

「お、おう。」


 ツェツィの言葉に、リボンを送ってよかったと思うエルヴィンなのであった。


*********


「なんか今日は一日が早かったなあ・・・。」


 カリンが部屋の窓を開ける。夜の涼やかな風が、(カラス)の濡れ羽色の髪を優しくなでていく。お月様の淡い光に照らされながら、カリンはリボンを解いていく。白磁の竜角が露わになり、月の光が反射して煌めいた。白磁と烏の濡れ羽色。対照的な白と黒が互いに存在を引き立て合う。


「ああ、気持ちいい・・・。」


 夜風で涼んでいると、背後からカタッという音が聞こえる。振り向くと、クロがてけてけと歩いてきていた。どうやらキャットドアを潜り抜けてきたらしい。クロはベッドに飛び乗ると、カリンのそばに寄り添う。月明かりの下でも、艶やかさがはっきりと分かった。


「にゃあ。」

「ふふっ。どうしたの?クロちゃんも月光浴しに来たの?」

「んー。」


 クロはカリンにくっついたままくつろぐ。カリンがクロの頭を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らした。そのまましばらく夜風に当たった後、カリンは寝る準備を始める。リボンを宝箱にしまい、リッカから貰ったナイトキャップを取り出す。


「これでよし。」


 姿見の前で、ナイトキャップをしっかりと被り、竜角を隠す。ベッドに戻り、タオルケットを体に掛ける。クロも足元で丸まっていた。


「おやすみなさい。」


 カリンは二つの枕のうち一つを抱いて、瞳を閉じる。新しい家での、最初の夜。カリンは幸せな気持ちのまま眠ることができたのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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