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白磁の竜角  作者: 黒猫水月
第一章 アルセイド姉弟と竜角人の少女
3/84

第二話『偽りの賢者』

続きとなります。

 意識を失っていたクオンは、鼻に異常な冷たさを感じて目を覚ました。上体を起こし、辺りを見渡すが真っ暗闇で何も見えない。冷たさを感じた鼻を触ってみると水で濡れていた。何も見えないが、ぴちゃんぴちゃんと水滴の落ちる音がする。どうやら上から水滴が落ちてきているようだった。


「リッカ!どこにいるんだい!」


 クオンは真っ暗闇に向かって叫ぶ。湖の小屋で魔法陣が輝いた後の記憶がなかった。クオンは、あの時発動したのは転移魔法だと考え、それならリッカも一緒の場所に飛ばされているだろうと考えた。真っ暗闇では何も見えないので、クオンは灯りの魔法を唱える。


「光の神よ。我が(かいな)に導きの光を。灯火(カンデラ)!」


 詠唱を終えると、クオンの周りに光球が出現し辺りを照らす。近くで意識を失って倒れているリッカがいた。クオンは慌てて駆け寄ると、リッカの上体を起こす。


「リッカ!」

「・・・う、ううん?クオン・・・?」


 リッカがクオンの腕の中でうっすらと目を開ける。クオンはリッカが無事なことに安堵した。


「ここは・・・どこ?」

「どこかの洞くつみたいだ。ここまであのランタンの魔法陣で転移してきたんだと思う。」

「ここが翠の魔女の住処なのかしら?」

「まだ分からないけど、その可能性は高いね。あのランタンの出力じゃ飛ばせても翠の森のどこかだと思う。」

「ちょうど行き止まりみたいね。先へ進むしかないわ。」

「そうだね。出口も探さないと。」


 洞窟の奥には漆黒の闇が満ちていた。リッカは立ち上がって服についた土を払う。クオンはすでに洞窟の奥へ向かって歩き始めていた。リッカは慌ててクオンに走り寄ると、クオンの服の裾をぎゅっとつかんだ。


「どうしたの?リッカ。」

「えっ!?ほら、その、はぐれないようにと思ってさ!」

「だったら手でもつなぐ?魔物の気配もしないし。」

「べべべつにいいわよそこまでしなくても!」

「・・・そう?本当に大丈夫?なんだか様子が変だよ?」

「ちょーっとちょーっとだけ暗闇だと調子が出ないだけよ!」


 明らかに挙動不審なリッカ。クオンはそんな姉の様子を見ていてピンと来た。伊達にずっと一緒に育っていない。リッカはこの洞窟の真の暗闇が怖いのだろう。夜は正確には真っ暗ではない。月や星灯りがあるからだ。昼よりは暗くても、存外、夜は明るいのだ。しかしこの洞窟は光源がまったくないので本当の暗闇だ。灯りの魔法がなかったら動くこともままならないだろう。リッカはこの暗闇が怖いけれど、一応姉としての威厳があるので言い出せないのだと推測した。しかしそんな考えは表に出さず、クオンはにっこりと笑いかける。


「じゃあしっかり握っててね。さあ先へ進もう。」

「うん。」


 借りてきた猫状態になっているリッカに苦笑しながら、アルセイド姉弟は暗闇が支配する洞窟の奥へと進み始めた。


*********


 しばらく道なりに進んでいると、なにやら明るい広い空間に出た。円形の空間で、中央に何やら王様の銅像が立っている。クオンは灯火の魔法をいったん消すと天井を見上げた。


「天井が光ってる?これ全部、天然魔石(オリビン)の光みたいだ。この空間の上は玄武岩(バサルト)の岩盤みたいだね。それに人の手が加えられた痕跡がある。」

「玄武岩の岩盤をくりぬいたってこと?じゃあここはイグニス火山の近くなの?」


 翠の森の西方には休火山のイグニス火山が存在している。玄武岩(バサルト)とは溶岩が固まった岩石のことだ。玄武岩は主成分は天然魔石(オリビン)である。


「ううん。王国地質局の調査だと、溶岩は翠の森まで広がってるはずだから、ここはやっぱり翠の森の地下だと思うよ。」

「そっか。で、この銅像なんだろ?んん?台座に何か書いてある?」


 リッカは銅像の台座に書かれている文字を読む。かすれてはいるが、どうにか読み取ることができた。


「『朕は喉が渇いた。朕の王冠と同じ体積の水を朕に飲ませよ』?なにこれ?」

「謎解き・・・なのかな?」


 クオンが空間の中を見渡すと、離れた場所に水場といろいろなサイズの(たらい)、水差しが置いてあった。地下水脈から水を引いているのだろう。きれいな水がたたえてあるのが見えた。


「銅像がかぶっている王冠と同じ体積の水を計って、銅像の口に流し込めばいいんじゃないかな?銅像の口が開いてるし。」

「めんどくさいな~。なんで王冠と同じ体積なのよ。飲みたければ好きなだけ飲めばいいじゃん。」

「あはは・・・。それ言っちゃ身も蓋もないよリッカ。」


 リッカは銅像の台座に足をかけてよじ登り、銅像の頭の王冠を外す。王冠はずっしりと重かった。


「・・・よく考えたらこれどうやって体積計るの?形状が複雑だよね。」

「僕に任せてよ。これ結構有名な謎解きだよ。王冠算だ。」

「え?そうなの?」

「うん。王国の官僚登用試験の中の基礎問題試験で頻出。」

「え?クオン、官僚にでもなるつもりなの?」

「そういうわけじゃないけど。ハーヴィー博士が問題作成に関わってるから聞いたことあるんだよ。」


 クオンとリッカは王冠を持って水場の前に行く。クオンはいろんなサイズの(たらい)の中から大きいものと小さいものを二種類を選ぶ。


「クオン、一体それをどうするの?」

「まあ、見てて。」


 クオンは小さい方の盥に目いっぱい水を注ぐ。そして水がこぼれないようにして大きい方の盥の中央に小さい盥を置いた。リッカから王冠を受け取ると、水が満杯になっている小さい盥の中に沈めた。水があふれ、大きい方の盥の中へ流れていく。


「あ、なるほど~。あふれた分の水が王冠の体積になるのね。」

「うん。その通りだよ。」


 大きい盥にたまった水を水差しに注ぐと、銅像のところまで戻る。リッカは再び台座に足をかけてよじ登ると器用に水差しを銅像の口に突っ込み、水を流し込んでいった。


「ほ~ら飲め飲め~。」

「はは。楽しそうだねリッカ。」


 リッカが水をすべて銅像の口に流し込むと、何かが動く音と共に扉が現れる。


「やったぜ!」

「さあ、先へ進もうか。」


 リッカとクオンは、期待と不安を胸に扉の先へと進んでいった。


*********


 リッカとクオンが密かな冒険をしていたころ、王都レグニスでは王と閣僚が会議で白熱していた。リンドブルム王リーンハルト三世、首席宰相ラシード=ウッディーン、王国騎士団長オスカー=クライシェ、魔法兵団筆頭魔術師アデライン=ロッドフォード、王国ギルド長アラン=エイトケン、将軍ユルゲン=バルツァー、王立大学長シリル=ハーヴィー、そして宰相補佐官と書記が2名ずつが参加する御前会議であった。議題はもちろん、オストシルト帝国が世界会議で提唱した合同調査団の派遣についてである。


「私は、今回の派遣について懐疑的であります。ローラン大陸は遠い。帝国が負担を各国に背負わせようとしているのは明白だ。派遣する人員は極力減らすべきです。」


 会議の場で銀髪の男性―――王国の首席宰相ラシードはそう抗議する。世界会議で決まってしまった以上、派遣は覆せないが、できるだけ派遣する人員を削減しようと心を砕いていた。


「ですが宰相殿。古代魔法帝国の遺跡が確認されております。もし七宝、特に魔剣ファーレンハイト、聖剣フォトン、バルトリヌスの盾のいずれかを帝国が手に入れれば各国のパワーバランスが崩れてしまいますぞ、その武力を持ってライン大陸統一に向かうやも・・・」


 帝国が七宝を手に入れることを危惧しているのは光り輝くスキンヘッドが特徴の騎士団長オスカーだ。彼は王国騎士団の精鋭を派遣することを望んでいた。


「所詮伝説であろう?ロマンはあれど実在しているという確証はない。」

「だが、古代魔法帝国が実在したことは学術的に証明されています。伝説通りとはいかなくてもそれに相当する兵器が眠っている可能性はあります。」

「それこそ憶測の域を出ぬ。」


 議論は平行線だった。リーンハルト三世はこのメンバーで七宝に詳しいロッドフォード卿とハーヴィー学長に意見を求める。


「ロッドフォード、そなたはどう見る?」


 リーンハルト三世はこの国当代最高の魔術師アデラインに意見を求める。四十代だがプラチナブロンドの髪は艶を保ち、その容貌はまるで二十代の女性だ。紅の瞳は煌々と輝いている。


「そうですね。私は派遣増員に賛成です。私は七宝全てとは言わずとも一部については実在を信じております。事実、七宝に及ばずとも似た魔道具を我々は作り出せる。より強力なものを、かつてこの世界を統べ、大陸さえ浮かべたという古代魔法帝国が作り出せない道理はありませんわ。それに、遺跡があるのでしょう?魔術師を派遣して遺跡の解析をするべきですわ。」

「ハーヴィー学長の方は?」


 王国の最高学府、リンドブルム王立大学の学長シリルは厳かに答える。若い頃は艶々しかった黒髪も還暦を迎えた今はほとんど白髪になっている。しかしその眼は若いころ同様未知の物への情熱にあふれていることを王は知っている。


「私は賛成です。未知の大陸には大いに学術的な興味があるという意味でですがね。七宝については判断しかねますが、遺跡が見つかったのであれば帝国の魔術師だけに解析させるのは下策でしょう。」

「君の弟は何か言っていないのかね?」

「ジョシュアですか?あいつは今は竜角人の探求で翠の森に張り付きっぱなしです。今はローラン大陸には興味ないと言っていました。」

「ローラン大陸に七宝がある可能性があるというのにか?」

「弟はそんなことに惑わされないので。」

「ははは。なるほど。我が道を行くか。あやつらしいな。」


 リーンハルト三世は剛毅に笑う。王の脳裏にはシリルに似た、しかし性格は全く違う男のことを思い出す。王はあのどこまでも自分を貫くジョシュアをたいそう気に入っていた。世界の学者が古代遺跡のあるローラン大陸に熱い視線を注ぐ中で、淡々と自分の道を行くジョシュア。いつも通りの友の様子に王は安堵した。


「エイトケン殿。此度の依頼に冒険者は集まりそうかね?」


 王はそれまで静かに会議を見守っていた男―――王国ギルド長アランに問う。ダークブロンドの髪に青い瞳の壮年男性だ。優しげな雰囲気だが、数多の死線を潜り抜けてきたベテランの冒険者でもある。


「問題ありません。冒険者はそういうのが大好きなので。報酬も割高ですしな。七宝に関わらずローラン大陸には魅力があるので求められた人員は集まるでしょう。」


「分かった。では、私の決断だが、騎士団と魔法兵団から一部隊ずつ派遣する。残りはギルドを通じて冒険者に派遣依頼を出すことにする。騎士団の選抜はオスカー、魔法兵団の選抜はロッドフォード卿に任せる。反対意見はあるか?」


 内容としてはここに居る全員の意思を汲んだ妥協案だった。これ以上ごねても会議が長引くだけだと感じ取ったラシードとオスカーは了承する。他のメンバーも首肯した。


「よろしい。書記は後で会議の内容をまとめた議事録を提出するように。では解散。」


 王が退出後、各々部屋から出ていくが、シリルはアデラインを呼び止める。


「珍しいな。てっきり私は、君自身が大陸に乗り込むとかいうのかと思ったぞ。」


 魔法バカのアデラインにとって、古代魔法帝国の遺跡は垂涎もののはずだ。そのことを知っているシリルはアデラインがもっと強硬に意見しなかったことを不思議に思っていた。


「失礼しちゃうわね。今は古代魔法帝国なんかよりも大事な用事があるからよ。」

「大事な用?君がか?」

「ええ。ドロシーの誕生日よ。ローラン大陸に遠征なんて行ったら祝ってあげられないわ。」


 ドロシーはアデラインの一人娘だ。自分にほとんど生き写しの愛娘をアデラインは可愛がっていた。


「・・・そう言えば君は親バカでもあったな。」

「なんとでも言いなさい。ただでさえここ数年まともに一緒にいられてないのよ!このままだと嫌われちゃうわ!」

「そんなことはないと思うが・・・。」

「じゃあ私は帰るから!」


 そのまま足早に去っていくアデライン。その背中を見送りつつシリルはつぶやく。


「・・・大学にいたころは、『結婚も子供も研究の邪魔になる』とか言っていたのにな。変わったもんだ。」


 かつての冷淡なアデラインを思い出しながら、彼女の温かい変化に頬を緩ませるシリルであった。


*********


 リッカとクオンは王冠算をクリアした後に出現した扉に進むと、先ほどと同じような空間に出た。今度は水場はなく、中央に柱が一本立っている。そこには太い紐が結ばれていた。入口以外に扉はなく、出口はなかった。


「また謎解きかな?」

「とりあえず柱まで行ってみましょ。」


 二人は柱に近づく。柱は白く大理石のようだ。柱には文字が刻まれていた。リッカが文字を読み上げる。


「なになに?『この結び目を解いた者、偽りの賢者との対面を果たすだろう。』・・・とりあえず結び目を解けばいいの?」

「多分そうだろうけど、偽りの賢者ってのが気になるね。」

「偽り・・・ランタンの文言もそうだけど偽物が好きねえ。」


 リッカはそう言いつつ、柱に結び付けられている紐の結び目の攻略を始めた。


「ねえリッカ。これも有名な・・・」

「ああああ~!言わないで!これは私の力で解くの!」


 先程はクオンが問題を解いたため、今度の問題は自分で解くとリッカは意気込んでいた。


「くっ!これなかなか固い・・・誰よこんな複雑に結んだの!」


 リッカは愚痴をいいつつ結び目攻略を続ける。しかし三十分経っても全然解くことができなかった。


「リッカ、やっぱり僕が・・・」

「ぬがあああああ!この紐め!こうしてやる!」


 リッカは腰に提げていた剣を抜き放つと、紐を斬りつける。あっさりと紐は切れ、柱から外れた。


「どんなもんよ!」


 リッカの叫びに応えるかのように、何かが動く音と共に扉が出現する。


「・・・さすがだよリッカ。」


 クオンは呆れたがリッカが嬉しそうだったのでそれ以上何も言わなかった。


「この扉の先に偽りの賢者がいるかもしれない。用心しようリッカ。」

「そうだね。でも偽りの賢者ってなんだろうね。」


 二人は扉を開け、次の部屋へと入った。今度の部屋は今までよりもずっと広い空間だった。反対側まで100m以上はありそうだった。そして部屋の中央に何やら円形の穴が開いていた。


「何ここ・・・?」

「分からないけど嫌な予感がする。」


 すると、何かが動きだす音がした。リッカとクオンは耳を澄ませる。


「これは・・・音からして昇降機・・・?」

「クオン!」


 リッカが部屋の中央を指さす。部屋の中央の穴から何かがせりあがってきた。それは―――


「・・・女の人?」


 リッカがつぶやく。昇降装置に乗っていたのは女性だった。まるで王の前の騎士のごとく片膝をついている。しかし動く気配がない。頭も伏せているようだ。


「あれが偽りの賢者なのかな?クオン。」

「分からないけど、とりあえず近づいてみようか。」


 リッカとクオンは謎の女性に近づいていく。女性まであと10mほどの距離まで近づいた時、突如女性の頭が動き、こちらを見た。


「「ひゃあ!?」」


 二人は思わず一歩後ずさる。女性は無表情のまま、淡々としゃべりだした。


「・・・客人とは珍しいですね。」


 女性は立ち上がり、その紫色の瞳でリッカとクオンを見る。まるで作り物のようだとクオンは感じた。


「僕はクオン、こっちの女の子はリッカ。あなたの名前は?」

「・・・私の名前はノイン。ノイン=シュタールと申します。」

「シュタールさん。あなたはここで一体何をしているんですか?」

「我が主の家の守護と管理を。」

「あなたの主って?」

「我が主、翠の魔女べリル=スマラクトのことです。」

「やっぱりここが翠の魔女の住処なのね!」


 リッカは興奮気味に叫ぶ。クオンも声には出さないが興奮していた。しかし、その様子を見ていたノインは冷ややかだった。


「正確にはまだ入り口です。あなた方はなぜここに?」

「翠の魔女が残したランタンを使ったらここに飛ばされたのよ。」

「なるほど。使い捨てキーを起動させたのですね。では、ここに来たのは事故?」

「いいえ。この場所は知らなかったけど、ランタンを使えば翠の魔女の住処に行けるんじゃないかと思ったから。」

「我が主に用があるのですか?」

「それも違うわ。それに翠の魔女って300年前に亡くなってるじゃない。」

「では、何故?」

「翠の魔女の弟子だったっていう竜角人を探しに来たの。」

「・・・そう・・・ですか。」


 ノインは一瞬だけ眉をひそめたが、小さな動きすぎてリッカとクオンは気づくことができなかった。


「あなた方も、不老不死の薬、『白磁の竜角』を求めているのですか?」


 ノインはまるで二人を試すように質問する。クオンはノインの声色が険しく変わったことに気付いたが、リッカは気づかずに答える。


「はあ?んなわけないじゃん。私はただ会ってみたいのよ!竜角人のお姫様に!」

「会ってみたい?それだけですか?」

「ええそうよ。だって伝説の種族よ?会ってみたいに決まってるじゃない!それに不老不死なんて眉唾に決まっているじゃん。」


 ノインはクオンの方を向く。あなたも同じ意見かと目で問われていた。


「僕もリッカと一緒だよ。竜角人のお姫様(・・・)に会ってみたいんだ。」

「会って、どうするのです?」

「困っているなら、助けになりたい。」

「・・・嘘はついていないようですね。」


 ノインは表情を凍らせたまま、指をパチンと鳴らす。すると、リッカの身の丈ほどもある砂時計がノインの傍らに出現した。


「あなた方は竜角人の姫に会いたいと、そう言いましたね?」

「ええ。私たちは竜角人のお姫様のことが知りたいの。」

「ですが、その真実に、あなた方は耐えられるとは思いません。」

「それはどういう意味ですか?ノインさん。」

「ここから先は、力なき者には通せぬ場所。あなた方は子供。非力な存在を魔女の住処に導くわけにはまいりません。」

「た・・たしかにまだ成人前だけど私たちは冒険者よ!そこらへんの子供と一緒にしないでほしいわ!」

「違うというならば、その資格を示しなさい。言葉ではなく、純粋な力を。」


 ノインは砂時計に触れながら淡々としゃべり続ける。


「五分です。五分間、私の攻撃に耐えきって見せなさい。」

「僕たちが五分間耐えれば、翠の魔女の住処に連れて行ってくれるんですね。」

「ええ。」


 ノインの体から魔力の光があふれ始める。その魔力の波長は驚くほど整波されていた。クオンはそのことに気付くとリッカに叫ぶ。


「リッカ!この人、人造兵(ゴーレム)だ!」

「うそぉ!?確かになんで人間がここにいるのかとは思ったけどさ!どう見ても人間じゃん!」

「魔力の流れが精密に制御されてる!人造兵(ゴーレム)の特徴だよ!」

「分かった。クオンが言うなら信じる!人間じゃないなら手加減はなしよ!」


 リッカとクオンは腰に提げていた剣を抜き放ち戦闘態勢になる。それを見たノインは砂時計に触れ、砂が落ち始める。


「私に戯言は不要。示して見せなさい。あなた方の力を。」


*********


 リッカとクオンはさほど強くない。冒険者を二年やっているといってもまだまだ子供。ベテラン冒険者には及ばない。だが、二人は訓練の末に手に入れた技があった。それは連携技。個人では弱くても姉弟の力を合わせて連携すればベテラン並みの実力になるのだ。今までの依頼も難しいものは協力してこなしてきた。もちろん、個人の技量を上げることも欠かさないが、人間そんなにすぐに強くなれるわけでもない。しかし、冒険となるとそんな事お構いなしに危険は襲ってくる。生存率を上げるために、努力で編み出した技であった。


「リッカ!行くよ!」

「うん!」


 リッカが攻撃、クオンが補助のフォーメーション。ノインはまだ攻撃を仕掛けてこない。先手必勝とばかりにリッカは駆けだす。同時に、リッカとクオンは詠唱を始めた。


「阻みたるものよ。」

「我が剣にまといし雷鳴は。」

「天から見舞う怒りと知れ。」

「雷神剣!」


 魔法剣―――本来は1人で詠唱して剣に魔法を付加して攻撃する技だ。雷神剣は魔法剣の一種で、雷を剣にまとわせる技だ。リッカとクオンは詠唱を分割することで効果を倍増させていた。詠唱は互いに二分の一すつする必要はあるが、一度に流し込める魔力量は二人分になる。分割した詠唱文はリッカが偶数、クオンが奇数番目を担当していた。リッカは剣に雷鳴を轟かせながらノインを攻撃する。


「・・・」


 しかしリッカの攻撃は当たる寸前のところで黒い半透明の壁に阻まれる。剣にまとっていた雷は黒い壁に吸い込まれ消えてしまった。


「無詠唱で魔法!?しかも高位魔法の漆黒の盾(シュバルツシルト)!?」


 無詠唱で魔法を唱えられるのは魔術師ですらそうそういない。ライン大陸でも数人しかいないだろう。さらに、発動させたのは任意の対象を防御する盾魔法(シルト)でも高位の魔法だった。


「・・・この程度ですか。話になりませんね。」


 ノインは無表情のまま、リッカに手のひらを突き出すと詠唱を始める。手のひらに魔法陣が出現し、魔力が収束する。


「灼熱の息吹は我が力。熱の法衣は我が心。今こそ邪を(すす)ぐ焔となせ。」

「まずい!リッカ!避けて!」


 無詠唱ができるのにわざわざ詠唱をするのはその方が魔力が収束し威力が増すからだ。クオンはリッカに注意を促す。リッカは飛びすさり防御態勢を取った。


炎球(フレイムスフィア)。」


 ノインの詠唱が終わると同時に多数の炎の球体が出現し、リッカに襲い掛かる。


「疾き風神の衣。猛き雷神の靴。その身にまといて電光となれ。疾風迅雷!」


 リッカは動きが加速し、炎球を避ける。しかしそれでも全てはかわしきれず、剣で防御するものもあった。クオンはリッカの援護のために詠唱を始める。


「銀より輝く魔の調べ。弾丸となりて其の敵を穿て。魔弾の射手(フライクーゲル)!」


 魔力で形成されたが光線が、あらゆる角度からノインに殺到する。本来ならば詠唱者からまっすぐにしか飛ばない魔法だが、クオンは魔力の操作が得意なのでこういう芸当もできた。すべて弾かれてしまうが、その隙にリッカは体勢を立て直す。


「白き神聖な光よ。」

「我が剣に灯りて。」

「魔を絶つ先陣となれ。」

「魔断剣!」


 リッカは魔断剣でノインの漆黒の盾(シュバルツシルト)に切り込む。雷神剣は受け止められてしまったが、今度は亀裂が入り、リッカの連続攻撃で魔力の盾は崩れ去った。


「・・・十分かと思いましたが、天然魔石(オリビン)では出力が足りないようですね。仕方ありません。」


 ノインは二人から大きく距離を取る。


「『賢者模倣(イミテーション)』を開始。モード選択、『レイリー卿』。」


 ノインがそう呟くと同時に、ノインの全身が蒼い光に包まれる。蒼い光が消えるとそこにいたのは、蒼い鎧を全身にまとったノインだった。その姿を見て、クオンは驚愕する。


「あれは・・・蒼空の賢者レイリー!?」

「ええ!?」

「偽りの賢者ってこういうことだったんだ。きっと過去に存在した賢者の模倣ができるんだよ。」

「うそぉ!?やばいじゃんそれ!」

「でも模倣魔法はオリジナルほどじゃないはず・・・。」

「とりあえず魔法撃ってみる!紫電の槍。万物の素を突きて、導きたるは灼熱の業火。電離榴弾(プラズマグレネイド)!」


 高温のプラズマ球が高速で射出され、ノインに激突する。しかしプラズマ球は全て鎧に当たると砕け散って周囲に散らばり消滅した。


散乱装甲スキャッタリングアーマー・・・賢者レイリーの装備だ。装備まで模倣できるなんて。」

「どうしよクオン。」


 散乱装甲スキャッタリングアーマーは第一級の魔道具だ。魔法金属(エレクトラム)で作られたその鎧は魔法攻撃を散らばらせ無効化する。アルセイド姉弟の実力では力を合わせても破るのは不可能に近い。万事休すだった。


「・・・終わりにしましょう。」


 ノインの着用している鎧の胸部が開き、中に刻まれていた魔法陣が輝きだす。魔力が魔法陣に収束していく。


「レイリー波。」


 閃光が魔法陣からほどばしり、形成された蒼いビームが多数に分裂し様々な方向から姉弟に向かって撃ちだされる。


「リッカ!」

「クオン!」

「「我を守りし聖なる光。願うは守護の(かいな)。盾となりて我が世界に安寧を。守護神の光レヒト・シュッツガイスト!」」


 姉弟は二重詠唱を行い、光の守護壁が二人を包み込む。分割詠唱は詠唱そのものを分けたが、二重詠唱は役割を分ける。守護壁自体を展開するのがリッカ。そして守護壁の強度・形状・密度を操作するのがクオンだ。二人分の魔力で全体の防御力を底上げするだけでなく、ノインが射出した多数のビームが当たる箇所だけ魔力密度を上げ局所的な防御力を大幅に増加させる。同時に、守護壁の形状も変化させ、ビームをできるだけ受け流すようにする。真正面から衝突するよりも守護壁に伝番するエネルギーを減らすためだ。


「き・・きっつ!」

「リッカ!頑張って!」


 そのうち、ビームの雨が止まる。なんとか防ぎ切った二人だったが魔力も底を尽き、戦闘継続はこれ以上無理だった。負けを悟った二人だったが、ノインは意外な言葉を言い放った。


「・・・あなた方の勝ちです。」

「「え?」」


 ノインは鎧を解除し元の姿に戻る。もう戦闘を続ける気はなさそうだった。


「ど、どうして?私たちあなたに一撃も与えられなかったのに・・・。」

「五分経ちましたから。」


 リッカとクオンが砂時計を見ると確かに砂が全て下に落ちきっていた。


「・・・私はあなた方を侮っていたようですね。」


 ノインが指をパチンと鳴らすと、部屋の中に魔法陣が出現する。


「翠の魔女の館への転移魔法陣です。そこで、あなた方の望む答えが見つかるでしょう。」


 ノインはそう言ったきり、再び現れた時のように地面に片膝をつき頭を伏せる体勢になる。そしてそのまま動かなくなった。リッカが問いかけても答えることはなかった。


「行こうリッカ。」

「・・・うん。」

「どうしたの?浮かない顔してるけど。」

「結局、一撃も与えられなかった・・・。悔しい・・・。もっと強くなりたいな。」


 リッカはぎゅっと拳を握りしめる。その顔には悔しさが滲んでいた。クオンはそんな様子のリッカを励ます。


「これから二人で強くなればいいんだよ。焦りは禁物だよ?ね?落ち込むなんてリッカらしくないよ。」

「・・・うん!そうだね!ごめんちょっと弱気になってた。いつか超えてやるんだからねノイン!」

「はは。その意気だよ。」


 姉弟は笑い合うと、魔法陣に乗り、翠の魔女への館へと転移したのであった。


*********


 姉弟が去って数分後、固まっていたノインが動き出す。


「システム再起動(リブート)。通常モードに移行。」


 ノインは再起動すると全身をスキャンし異常がないかチェックをする。


「診断スキャン終了。異常なし。」


 ノインは身体に異常がないことを確認すると、先ほどの姉弟に思いをはせる。


「偽りとはいえ、あの若さで賢者の御業を防ぐとは。期待できるかもしれませんね。翠の魔女(我が主)よ。」


 ノインは嬉しそうに微笑みながら、姉弟のことを考えるのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

作中の謎解きは、アルキメデスの逸話の中にある王冠算の話とアレキサンダー大王のゴルギアスの結び目の話を元にしています。

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