小さな魔女と一途な青年
メルとジークが出会った時のお話。
(また、この夢か・・・。)
何度となく同じ夢を見ていた。災厄として語り継がれたその出来事は、悪夢以外の何物でもない。結末は分かっているのに、忘れたいと願っているのに、心は何度でも繰り返し同じ夢を再生する。
夢はいつも、夜の海上をゆっくりと進む漆黒の巨大な影で始まる。月明かりに照らされながら、その影の主、フェリウス帝国海軍第六艦隊所属巡洋艦ヴェルターは波をかき分けて進んでいた。
「現在、フェルマー大陸南150km地点。周辺海域に異常なし。」
ヴェルターの艦橋では、隊員たちが忙しなく業務をこなしていた。穏やかな海といえど、哨戒任務を怠ることはできない。特に、現在航行している西海洋では、最近、潜水空母による海賊行為が多発していた。ヴェルターはその調査、海賊の撃滅を目的として派遣されたのであった。
「何か怪しい反応はありましたかな?魔女殿。」
艦長は傍らの人物に声をかける。その人物は、キチッとした軍服を着こむ軍人たちとは対照的に、黒いローブを着ている。赤みを帯びたブロンドの髪と真紅の瞳をした年若い女性だった。
「いや、海棲生物の魔力反応だけだな。この周辺にはいないようだ。」
フェリウス帝国が誇る、七星の魔女のの一人、焔の魔女メル=ロートはそう答える。事前の情報によると、潜水空母には最新の魔導兵器が搭載されている可能性があるとのこと。その対策のために、メルが海軍に派遣されたのであった。
「そうですか・・・。海賊どもめ、どこに隠れているのやら。」
「潜航ステルスの可能性はないのか?」
「奪取された魔導兵器は最新型ですが、潜水空母自体は旧式です。さすがにそれはないかと。」
「第六艦隊総出で見つけられないとなると、どこかで息をひそめているのかもな。」
その時、けたたましく警報が鳴り響く。レーダーを見ていた航法士官が叫んだ。
「艦長!高エネルギー反応を確認!数2!そのうちの1つはこちらへと向かってきます!」
「何だと!?シールドを最大出力!全員、衝撃に備えろ!」
「了解!シールド最大展開!」
ヴェルターの周囲に半透明のエネルギー障壁が形成される。その直後、艦橋が光に包まれ、凄まじい衝撃がヴェルターを襲う。コンソールの画面がぶれ、計器から火花が散る。
「被害状況を報告せよ!」
「ヴェルター、システムチェック中・・・メインシールド出力80%に低下。本艦の物理構造体には異常なし。ですが、攻撃を受け続けると危険です。」
「どこからの攻撃か分かるか?」
「解析の結果、発射地点はローラン大陸エスカリエ。高密度プラズマ砲による長距離攻撃だと思われます。威力規模、射程ともに我が軍の仕様ではありません。」
「エスカリエ・・・『門』で何かあったのか・・?」
「他の方面軍も混乱している模様です。我々だけではなく、全世界の都市および軍事基地に向けて発射された模様。」
「全世界だと!?帝都は無事か!?」
「帝都は健在です。ですが、都市シールド起動が間に合わなかった多数の都市が消滅しました・・・。」
「なん・・ということだ・・・。」
艦長は苦悶の表情を浮かべていた。他の隊員たちも沈痛な表情をしている。一体どれだけの人間の故郷が一瞬で消えてしまったのだろうか。
「艦隊司令部より緊急通信。ヴェールマン司令からです。」
「つなげてくれ。」
「こちら司令部。ヴェールマンだ。艦長、聞こえているか?」
「はい。聞こえています。司令。」
「よく聞いてくれ。先ほど、帝都より緊急連絡があった。実験起動中の『門』から異形の生命体が多数出現した。その中の巨大な個体が、全世界の都市及び軍事基地に向けて拡散プラズマ砲と思しき砲撃を行った。
「な、なんですって!?敵の正体は!?」
「情報部に分析させているが、依然不明だ。現在もその数を増やしている。『門』は第一艦隊、および陸軍が対処しているが恐らく抑えきれない。すでに多数の個体が拡散し、攻撃を免れた都市へと向かっている。拡散してしまった敵は各方面軍に任せるしかないが、軍事基地の半数以上が壊滅状態だ。門を破壊しない限り、敵の数は増え続けていずれ持ちこたえられなくなる。事態を憂慮された皇帝陛下及び宰相閣下より軍に命令が下った。そこにロート殿はいるな?」
「はっ、ここに。」
「私がこれからいう言葉は、皇帝陛下の勅命である。七星の魔女は、直ちにローラン大陸エスカリエへと集結し、戦略級魔法『消滅』により『門』を破壊せよ。」
「メイ=ロート。陛下のご下命、確かに賜りました。」
「ヴェルターはロート殿をエスカリエまで送り届けてくれ。以上だ。健闘を祈る。」
司令部との通信が切れると、艦長は困惑の表情を浮かべる。
「消滅だと・・・。」
消滅・・・その名の通り、全てを消滅させる戦略級魔法。効果範囲は最大半径二十キロ。かつては、古龍オイラーのみが行使できるといわれた伝説の魔法であったが、フェリウス帝国は長年の研究の末に実用化した。七星の魔女のが全員揃った場合のみ発動できる。フェリウス帝国の切り札の一つであり、使用を許可されるということは、それだけ状況が悪いことを意味していた。
「艦長。事は一刻も争う。私を『門』まで連れて行ってくれ。」
「魔女殿の言う通りだな。潜水空母の捜索は中止し、これより超音速巡航モードで『門』へと向かう。飛行形態へ移行せよ。」
「了解。飛行形態へ移行します。」
航法士官の声と共に、斥力機関が唸りを上げ、艦はゆっくりと浮き上がっていく。両舷の空気吸入口と艦尾の噴気孔が姿を現す。船体にまとわりついていた水が、多数の滴となって海へと流れ落ちていった。
「斥力機関始動、出力100%。ジェットエンジン点火。」
六つの噴気孔から橙赤色の炎が噴き出し、ヴェルターの推力が急激に増加する。瞬く間に、音速の壁を越え、超音速巡航で目的地へ向かって発進する。
(だめだ・・・行ってはいけない・・・。)
夢の中で叫ぶ。だが、音にはならない。たとえ届いたとしても何ができるというのだろう。もうすでに、二千年前に、終わった出来事だというのに。
少なくとも今日は幸運だった。災厄の本番が始まる前に、意識が浮上したのだから。
「だめだ!行くな!」
大きな叫び声を上げ、メルは飛び起きる。体は汗まみれで、息も切れ切れだった。夢だとわかっているのに、どうしても叫ばずにはいられないのが彼女の常だった。
「もう・・・朝か。」
メルは額の汗を拭い、ベッドから降りる。よろよろと鏡の前までくる。鏡に映る姿は、小さな女の子だった。本当の姿を失ってから、もう久しい。元の姿に戻ることは、とうの昔に諦めていた。
「はあ・・・。」
ため息で始まる一日。いつもと変わらない、メルの憂鬱な日がまた始まった。
*********
ライン大陸北部、ノースシルト王国。緑豊かなこの国の南部に、フースブルクと言う街がある。この街は他国との国境ともなっているヴァイスベルク連峰のふもとに位置し、大河の水運を利用して北部の王都まで山の幸や鉱山資源を運搬することで栄えていた。
「みんな~はぐれないようにね。」
ヴァイスベルク連峰にあるモルゲン鉱山では、この日、鉱山ガイド、二人の先生、そして三十人の子供たちの一段の姿があった。フースブルクの初等学校の子供たちだ。この鉱山見学はフースブルクでは伝統の行事である。街の繁栄を支える鉱山業を間近に見ることで、興味を持ってもらうことが狙いだ。落盤や毒ガスによる中毒死など危険な仕事でもあるが、鉱山業が主産業のフースベルクでは、そのリスクに十分見合う報酬と福利厚生を出している。
「何か出てきそう・・・」
「すっげー!どこまで潜るんだろ。」
子供たちの反応は様々だ。怖がる女の子や、冒険気分で興奮する男の子。この鉱山には魔物も出るのだが、子供たちが通る連絡路は安全が確保されている。
(どうせなら、地龍を見てみたいんだけどな~。)
子供たちの中で、一人だけ冷めた目で見ている茶髪の少年がいた。少年の興味は、坑道そのものよりも、鉱山の地下にいるという地龍の方だ。『竜』と違い『龍』は人間以上の知性を持つ。地龍とフースブルクの街が交わした協定により、地龍の縄張りには入らないことになっている。
地龍と話ができるのはフースベルク市長、フースベルクのあるシュトローム州を治める伯爵、そして王族だ。そのどれにも当てはまらない少年には地龍と話などできない。不満を燻らせながらも、無理なことは分かっていたので大人しく見学する。二人の先生がそれぞれ先頭と殿を務め、子供たちの一団は順路を進んでいく。しばらく進むと、天井が高く、キラキラした空間に出た。大きな穴が開いており、落ちないように柵がしてある。
「この緑色の石がここで採掘されている魔石となります。」
「きらきらしてる~!」
「きれ~い!」
天然魔石が岸壁から露出し、翠色の光が星々のように煌めいていた。子供たちが目を輝かせる中で、茶髪の少年は違うところに興味が湧いていた。
(この穴・・・どこに続いてるんだろう?)
少年の父は魔法技術者をしている関係上、魔石は見慣れていた。奈落まで続いていそうな穴の方に惹かれた。
「この大穴はどこまで続いているんですか?」
鉱山ガイドに聞いてみる。
「地下水脈まで続いているよ。地龍様の領域だからあまり詳細なことは分からないけどね。」
「へー。」
「観察してもいいけど、柵を超えないようにしてくださいね。」
「はーい。」
茶髪の少年は返事をして柵に近づいてみる。柵に手をかけて大穴を覗き込んでみる。大穴の中は漆黒の闇に包まれていて見通せない。耳を澄ますと、かすかに水の流れるような音がした。
(この下に地龍がいるのかな・・・。)
少年が物思いに耽っていると、不意にピシリという音がした。
「え?」
少年が足元を見ると、地面に亀裂が走っていた。そして見る間にも亀裂が広がっていく。彼は不運だった。長い間見学路での事故はなく、鉱員も安全だと思い込んで、点検もおざなりだった。少年の知る由もなかったが、彼の立った場所は、怠惰の結果見過ごされていた、脆くなっている場所だった。少年が逃げる間もなく、地面は崩壊を迎える。足元の感触がなくなり、砕けた地面と共に、穴へと落ちていく。
「うわあああああ~!」
「た、大変!」
「やめとけ先生!あんたまで落ちちまうぞ!」
皆が騒ぐ声もあっという間に聞こえなくなり、少年は地下水脈の流れの中へ落ちる。パニックになりながらも、なんとか水面から顔を出した。少年は泳げないわけではないが、真っ暗な上に流れも速い。子供の身ではなすすべもなく流されていく。
「た、たすけ・・・」
口の中に水が流れ込み、息が詰まる。少年はそのまま意識を失ったのであった。
*********
「ん・・・?」
少年が目を覚ますと、見慣れない木製の天井が見えた。寝起きでぼーっとしていた頭だったが、次第にはっきりとしてくる。
(あれ、僕、川に落ちて流されたはずじゃ・・・?誰か、助けてくれたのかな?)
部屋を見回すが、見覚えのない場所だった。ベッドの他には机と椅子だけの殺風景な部屋だ。部屋の扉が開く音がした。
「どうやら、目が覚めたようだな。」
扉の向こうから現れたのは、少年と同い年くらいの女の子だった。ブロンドの髪に、鮮やかな深紅の瞳。少年は思わずその姿に見惚れる。身の回りの女の子にはいない神秘的な雰囲気を醸し出していた。少年が反応できないでいると、女の子はベッドに近づいてきた。
「どうした?」
「あっ・・・いえ、その・・・君が、助けてくれたの?」
「まあ、そうだな。家の前で死なれても、寝覚めが悪いのでな。」
「家の前?」
「ああ、川が流れていてな。お前が岸に打ち上げられていた。」
どうやら地下水脈に落ちた後、この女の子の家の前まで流されたらしい。
「・・・助けてくれてありがとう。」
「うむ。」
「ここはどこ?」
「鉱山の深い場所だ。」
「鉱山の・・・えっ!?ここ鉱山の地下?」
少年は、目の前の女の子がここに住んでいると驚いた。少年の知る限り、鉱山に住んでいる人間なんていないはずだった。
「君は一体・・・?」
少年がつぶやいた言葉に、女の子は物憂げな表情になるが、すぐに無表情へと戻った。女の子はベッドのそばまでくると、少年の顔をじっと見つめる。先ほどよりも女の子の顔がはっきりと見えた。深紅の瞳と白い肌、桃色の唇。少年が内心どきどきしていると、女の子が少年の顔に手をかざした。すると、少年は強烈な眠気に襲われる。
「あ、あれ・・・?」
「心配するな。ちゃんと親の元へ帰してやる。」
その言葉を最後に、少年の意識は再び途切れたのであった。
*********
女の子の家で意識が途切れた後、次に意識を取り戻した時には街の診療所で寝かされていた。医者の話によると、鉱山から流れ出ている川のほとりに倒れていたらしい。お見舞いに先生やクラスメイトが来てくれたが。少年の頭はあの女の子のことでいっぱいだった。
「ねえ父さん。」
「どうした?」
「僕、鉱山の地下で、女の子に助けられたんだ。」
「女の子・・・それはきっと魔女だな。」
見舞いに来た父になんとなく聞いてみると、意外にも鉱山の地下にいた女の子のことを知っていた。その正体が魔女と聞いて少年は驚く。
「魔女?父さん、あの子のこと知ってるの?」
「知っているというか、おとぎ話さ。このノースシルト王国の建国を助けた魔女の話があってな。モルゲン鉱山の地下に住んでいるらしい。誰も見たことはないが。」
ノースシルト王国の建国はおよそ三百年前。少なくとも三百歳以上になる計算だ。同い年に見えた女の子は遥か年上だった。
「家を訪ねることはできないの?」
「無理だろうな。魔女が住んでいると伝えられているのは地龍様の領域だ。」
「そう・・・。」
地龍の領域は不可侵だ。少年にはどうすることもできない壁だった。
(でも、それでも・・・僕は・・・)
名前も知らない女の子。少年は、女の子が一瞬見せた物憂げな表情がどうしても忘れられなかった。少年は心の奥底で、女の子にもう一度会おうと決心したのであった。
*********
モルゲン鉱山の地下には、地龍の広間と言われる空間がある。地龍が常に鎮座しており、そこから先は進むことができない。その地龍の広間に、一人の青年の姿があった。鉱山で女の子と出会ってから、もう六年。少年は青年へと成長していた。もともと線の細い少年だったのだが、体を鍛え、剣術も身に付けた。いつしか青年は、一目置かれるような屈強な男となっていた。
「ほう?人間か。ここに何しに来た?」
青年が入ってきた方向の反対側に、地龍はいた。その巨大な体躯は、まるで岩のような鱗で覆われている。協定に違反し、地龍の領域に踏み込もうとする青年に対して、責めるでもなく、咎めるでもなく、地龍は厳かな声で問う。
「魔女に会いに来た。」
青年はただ事実を述べる。地龍は値踏みするような眼差しをする。縦長の瞳孔がさらに細まったように見えた。
「魔女か・・・。確かに、この先に魔女は住んでおる。だが、会ってどうするのだ?」
「告白する。」
「そうか・・・は?」
地龍は目をぱちくりさせる。あまりに予想外すぎて威厳を出すのも忘れ、青年に向かって叫ぶ。
「こ、告白!?お主何言ってんの!?」
「何か問題でも?」
「おおありだろ!会ったこともない相手に告白など!」
「会ったことならある。昔、助けられた。すぐに街へ帰されたが。」
「昔、地下水脈に落ちた子供か。だが、魔女の態度はそっけなかったであろう?どこに好きになる要素が・・・。」
「一目惚れだ。」
「あ、そう・・・。ってちょっと待て!?魔女の姿知っとるだろ?10歳くらいの女の子だぞ?仮に恋人になれてもいろいろと問題だろう。ロリコンだぞロリコン。」
「何を言っている。一目惚れしたのは俺が10歳の時だ。つまり俺はロリコンではない。そこを間違えるな。」
初めて会ったとき、少年は魔女に一目惚れしていた。最初はその気持ちに気づいてはいなかったが、自覚した後は恋い焦がれる気持ちが次第に大きくなっていった。もともとは冷めた少年だったのだが、その反動のためか一度火が点いたらもう止まらなかった。体を鍛えぬいたのも、最悪の場合、地龍を退けねば魔女に会えないからだ。
「うわあ・・・。」
地龍は青年の物言いに呆れ果てる。何を言っても無駄なようだった。一途も度が過ぎれば鬱陶しい。
「・・・いっそこのくらい強烈な男のほうが良いかもしれぬな。」
「何をぼそぼそ言っているんだ。」
地龍は青年に視線を戻すと、真剣な声音で青年に語り掛ける。
「お主、魔女がなぜこのような場所に住んでいるか知っているか?」
「いや知らないな。調べたが分からなかった。」
「知らぬのも無理はない。魔女本人以外には儂くらいしか知っているものはおらん。よく聞け。魔女は呪いにかかっている。」
「呪い?」
「そうだ。他人にその咎を及ばさぬよう、隠れ住んでいる。」
「呪いとはどんな呪いだ?」
「理性のない不死の化け物になる呪いだ。」
「化け物・・・?」
「お主には、魔女は何歳に見えた?」
「見た目というなら10歳だな。」
「魔女の年齢は2000歳を越えている。儂よりも歳上だ。」
「なっ!?」
「フェリウス帝国が滅亡することになった災厄、その時に呪いを受けたらしい。幸か不幸か、彼女にかけられた呪いは完全には発動せず、姿こそ幼い少女にはなったが、化け物になることは免れた。しかし、まだ呪いは彼女に残っておる。いつ発動するやもしれん。」
「・・・。」
「魔女は・・・いつ化け物になり果てるか分からぬ不安を抱えたまま、呪いのために死ぬこともできず、ずっとこの世をさまよっているのだ。」
「・・・聞きたいことがある。お前は魔女に会わせないためにここにいるんじゃないのか?なぜ俺にそんなことを言う?どうにかしてほしいように聞こえるが。」
「・・・彼女は儂の育ての親でな。その親が、このま寂しく誰とも交わらぬまま生きていこうとしているのが辛いのだ。どんな理由であれ、魔女に興味を持ったのはお主が初めてだ。呪いを解けとは言わん。お主の気持ちが本物だというのなら、彼女の支えになってほしい。」
地龍はずりずりと音を立てながらその場を動く。すると、地龍の背後から鋼鉄の扉が現れた。あの向こうに魔女がいるのだろう。
「そういえば名乗ってなかったな。俺はジーク。ジークハルト=バウアーだ。名前を教えてくれないか?」
「儂か?儂の名前はエルデだ。」
「地龍エルデ。魔女のことを詳しく教えてくれて感謝する。」
地龍に見送られて、ジークは扉をくぐったのであった。
*********
地龍の広間からしばらく進むと、また広い空間に出た。天井は天然魔石の光で淡く輝き、薄暗いながらもランタン無しで歩けるほどには明るかった。水のせせらぎの音が聞こえ、視線を向けると川が流れている。川の下流の方を見ると、ほとりに灯りが見えた。目を凝らすと、家の灯りのようだった。
(あれが魔女の家か。随分と小ぢんまりとしてたんだな。)
助けられた時には分からなかったが、年季の入った小さな一軒家だった。ジークは家の様子を観察しつつ、近づいていく。
(家の中から気配を感じる。)
物音一つしなかったが、家の中には確かな気配がする。ジークは玄関とおぼしき扉の前に立つ。ノックしようとしたところで、何やらガタガタと音がした。そして次の瞬間、扉が勢いよく開き、中から女の子が飛び出してくる。
「うわっ!?」
「おっと。」
玄関先に人がいるとは思わなかったのか、女の子は勢いを殺せずにジークの方へと飛び込んできた。ジークは女の子を抱き止める。
「大丈夫か?」
ジークが声をかけると、女の子が顔を上げる。記憶にあるのと同じ真紅の瞳が揺れていた。六年前、まさしくジークを助けた魔女だった。
「ああ、すまない。人がいるとは思わ・・・って誰だお前は!?どうやってここに入ってきた!?」
魔女は状況を把握すると、ジークの腕の中で暴れる。だが、力は弱く、ジークの腕はびくともしない。
「落ち着け。俺は怪しい者じゃない。俺の名前はジーク。君に会いに来たんだ。」
「・・・私に?お前のような男は知らんぞ!」
「まあ、俺も成長したからな。昔、ここで男の子を助けなかったか?」
「男の子?・・・そういえばいたな。すぐに街に帰したが。」
「その男の子が俺だ。」
その言葉を聞いて、魔女はまじまじとジークの顔を見る。
「確かに面影はあるな。だが、ここに来た理由にはなってないぞ。」
「その時、一目惚れしたんだ。君に会いたくてここに来た。」
「・・・は?・・・はああああああああ!?」
魔女の顔が真っ赤になる。渾身の力でジークを突き飛ばすと、家に飛び込み玄関の扉をバタン!と閉めた。
「何が一目惚れだ!ばかばーか!」
扉越しに魔女の叫びが聞こえる。ジークはただ言葉を紡ぐ。嘘偽りのない気持ちを。
「俺は本気だ。」
魔女からの返事は帰ってこない。かすかな息遣いだけが、魔女の存在を証明していた。ジークはそのまま十分ほど佇んでいたが、これ以上は無理だと考えて大人しく帰ることにした。魔女は扉の隙間からジークが帰っていくのを確認すると、ずるずると扉を背にしてへたり込む。
「なんなんだあいつは・・・。」
頬に手を当てると、熱を帯びていた。脳裏に、先程のジークの言葉が甦る。
『俺は本気だ。』
あんなに、真摯で熱い想いを向けられたことなどなかった。初めての感情に戸惑うしかない魔女なのであった。
*******
ジークは帰る途中で再び地龍エルデと話していた。ジークは初恋の女の子に会えて上機嫌だった。
「感触は上々だったぞ。」
「話を聞く限り、どう考えても嫌われているぞお主。ずいぶんと頭の中が常春じゃな・・・。また来るのか?」
「心を開いてくれるまで、毎日来るに決まっているだろう!」
「そ、そうか・・・。」
エルデは興奮しっぱなしのジークとは対照的に辟易する。ちょっと早まったかなと思うエルデなのであった。
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その後、ジークは足繁く魔女の家へと通った。魔女には毎回煙たがられたが、ジークは暢気なままだった。一か月ほど経った頃、さすがに追い返すのを諦めたのか、魔女の方から話しかけるようになってきた。
「お前も物好きだな。こんなちんちくりんのどこがいいんだ?ロリコンなのか?」
「別にロリコンじゃない。一目惚れした時、俺は10歳だった。」
「私は呪われているんだぞ。こんな忌まわしい物件より、フースベルクにはもっと魅力的な女性がいるだろう。」
「君のほうがずっと可愛い。」
「だああ!?その口を閉じろ!」
このような感じで、マイペースなジークに魔女が振り回される毎日が続いた。だが、さらに二か月ほど経った頃、ジークはぱったりと来なくなった。
(ふん。やっと諦めたか。)
清々したはずなのに、魔女の心は満たされなかった。魔女は自分でも気づいていなかった。ジークが来なくなって寂しいと感じていることに。そんな気持ちのまま、時は流れていった。
*********
「ふう。やっと開通したか。」
ジークは苛立っていた。鉱山での発破の設置ミスにより、坑道が落盤してしまったのだ。そのため二十日ほど魔女の家を訪ねられないでいたのである。エルデへの挨拶も簡単に済ませ、魔女の家へと急ぐ。
辺りを探すと、家の裏手にいる魔女を見つけた。暗い顔で座り込んでいた。ジークが近づくと、足音が聞こえたのか、魔女はハッと顔をあげた。
「ジーク・・・。」
魔女の目から、涙がはらりと落ちる。ジークは魔女の前で膝を曲げ、視線の高さを合わせる。
「どうしたんだ?」
「お前のせいだ・・・。」
責めると言うには弱すぎる声だった。ジークはそっと魔女を抱き締める。魔女はされるがままで振りほどこうとはしなかった。
「俺のせい・・・とはどういうことだ?」
「お前と馴れ合うべきじゃなかった。お前のせいで、独りでいるのが辛くなった・・・。」
ジークは泣きじゃくる魔女の頭を撫でる。
「怖い・・・怖いんだ。私はいつまで私のままでいられるのか・・・?」
ずっと、吐露できずにいた想いが溢れる。
「そうか。俺のせいか。じゃあ、責任取らないとな。」
「えっ・・・。」
「君の呪いを解く方法を俺が見つける。俺が、必ず。だから、一緒に行こう。」
「どうして、そこまでしてくれるんだ・・・。私は、いつ化け物になるかもしれない、呪われた女なのに。」
ジークは抱き締めていた魔女を離す。
「好きな女が困っている。それだけで十分だ。」
ジークは魔女の顎に手を添え、少しだけ上を向かせる。好きと言う言葉に頭の中が痺れ、魔女はされるがままだった。
「まだ俺は君の名前を聞かせてもらってないんだ。教えてくれないか?」
「・・・メル・・・メル=ロート・・・だ。」
「メル・・・。やっと名前が聞けた。」
そして、ジークはメルの桃色の唇を奪った。
「んん!?」
メルは体を強ばらせるが、すぐに身を委ねる。幾ばくかの時が経った後、どちらからともなく体を離した。
「私のファーストキス・・・だったんだからな。責任・・・取るんだぞ。」
メルは頬を朱に染めて恥ずかしそうに言う。ジークはそんなメルが愛しくて、優しく抱き締める。
「ああ、絶対に後悔はさせない。」
その言葉に、メルはやっと笑顔になれたのであった。
*********
出会いから十年、メルとジークは呪いを解く方法を探しながら冒険者として生計を立てていた。今はアリアドネ皇国の宿屋で休んでいるところだ。
「次はリンドブルム王国に行くぞジーク。そろそろ路銀が心細くなってきたからな。」
メルはベッドで寝ているジークに言う。もぞもぞとベッドの上のジークが動いた。
「今日は休む日だ。」
ジークはそう言うと、メルをベッドに引き込む。あっという間にメルはジークの腕の中にすっぽり収まった。
「あ、こら!・・・まったく・・・。」
口では嫌そうにしつつも、満更でもない。メルはジークの胸に顔を寄せ、心臓の鼓動を聞きながら眠りについた。
二人が呪いを解く手がかりを得るのは、もう少しだけ先のお話。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




