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白磁の竜角  作者: 黒猫水月
第一章 アルセイド姉弟と竜角人の少女
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第二十四話『竜角にはリボンを』

お待たせいたしました。第一章最終話となります。

 王都の夜も深まった頃になっても、アルセイド邸にはまだ灯りが点いていた。主であるアルバンが書斎で仕事をしているためだ。いつもの書類仕事に加え、竜角人の少女、カリンのこともある。表向きは、ハーヴィ家の養女を預かるという形にしてあるので、アルセイド州の本宅の留守を任せてある執事に受け入れの準備をさせている。


「はあ・・・。」


 アルバンはため息をつくと、羽ペンを置く。柱時計を見るとすっかり深夜になっていた。アルバンは水差しからコップに水を注ぐと、一気に飲み干す。すっかりぬるくなってしまっていたが、疲れた体にはよく染み渡る。その時、コンコンと扉をノックする音がした。


「どうぞ。」


アルバンが声をかけると、扉が開き、ルビーが中に入ってきた。アルバンの疲労した様子を見て眉を(ひそ)める。


「あなた、もうそろそろ寝たらどう?根をつめると体に毒よ?」

「ああ、そうしよう。」


 アルバンは書類を机の中にしまっていく。ちらっとルビーに視線を向けると、何か話をしたそうな表情をしていた。アルバンは机の上を片付け終わると、ルビーと一緒にソファに座った


「正直、本当に見つけるとは思わなかった。」

「ふふ。そうね。私も驚いたわ。」

「これで、冒険者をやめてくれたらいいのだが・・・」


 一人の男としては応援してやりたいが、冒険者は危険が伴う職業でもある。今はまだ二人ともランクが低いので危険な仕事はほとんどないが、このまま冒険者は続けていれば危険な目にもあうだろう。アルバンは父として、そこが心配だった。


「ふふ。困っちゃうわね。」

「君は心配じゃないのか?」

「心配しているわ。でも、いつまでも子供のままではいてくれないんだから。あなたがやきもきしたところで、巣立っていくものよ。手がかからなくなっていくのは寂しいけれどね。」

「はあ。せめて王国にはいてほしいのだが・・・。」


アルバンはかなりの子煩悩だった。教育に良くないからとできるだけ心の内に潜めているが。


「私たちにできることは、あの子たちの帰ってくる場所を守ること。そうでしょ?」

「・・・そうだな。」

「もう私は寝なきゃ。あなたもちゃんと寝るのよ?」

「ああ、分かってる。おやすみ。ルビー。」

「おやすみなさい。あなた。」


ルビーはアルバンにおやすみのキスをすると書斎から出る。ルビーは小さな声で呟く。


「クオンとリッカの前でもあんな風に素直になればいいのに。ねえ?」


なかなか子供たちに素直になれない夫。ルビーは夫のそんな不器用なところも好きなのであった。


*********


「ようし。完成だ。」


朝日が昇るまで作業室に籠っていたクオンは、宝箱を完成させていた。スケッチ通りの出来映えだった。


「リッカ。こっちは出来たよ。そっちはどう?」

「う~ん。まだかかるかなあ。」


クオンと比べて裁縫が苦手なリッカだったが、着実に形にはなってきていた。手に巻かれた包帯がその努力の証だ。


「じゃあ、僕は母さんにリボンのことを聞いてくるよ。」

「うん。いってらっしゃい。」


 クオンは作業場を出ると、まっすぐある場所へと向かう。王都の第三区にある中央商店街。その中にあるアルセイド州の物産店(アンテナショップ)だ。先代のアイディアで、辺境のアルセイド州の特産物の知名度向上と販路拡張のため作られた店だ。ルビーは王都にいる間はここで働いている。


 店の中に入ると、顔見知りの店員さんがいた。店員さんはクオンを見ると、奥の方にある店員専用の扉指さす。クオンは店員に軽く礼をして、扉を開けて中に入る。ルビーは一人で控室にいた。どうやら休憩していたようだ。ルビーはクオンに気づくと、あら?と首をかしげる。


「クオン、どうしたの?」

「頼んでおいたリボンの進捗を聞きたくてさ。あとどのくらいでできるかなって。」

「そうねえ。あとは魔法糸の起動チェックくらいだから、明日にはできるわよ。」

「じゃあ、王都にいる間には渡せるかな。」


 アティスに戻れば、学院の準備などでいろいろと忙しくなる。まだ時間の余裕のあるうちに渡しておきたかった。


「どこで、どうやって渡すか考えてあるの?」

「渡す方法は考えてあるけど、場所はまだ。」

「だったら、『天文台』を使ったら?あそこなら雰囲気あるでしょ。」

「え?まだ動くの?かなり古かったと思うけど・・・。」

「ええ。定期的にメンテナンスしてるから大丈夫よ。」

「じゃあ、使わせてもらおうかな。」

「ねえ、クオン。」


ルビーはクオンの瞳をじっと見つめる。クオンは、いきなり真顔になったルビーに困惑する。


「な、なに?母さん。」

「カリンちゃんは竜角人。これから先、面倒な事に巻き込まれるかも知れない。あの竜角を欲しがっている人間なんていっぱいいるわ。聖ルークスに知られたら保護という名の軟禁をするだろうし、オストシルト帝国に知られたら何が何でも手に入れようとするわ。でも・・・」


ルビーはそっと近づくと、クオンの肩を抱く。


「そんなこと、私は気にしないからね。頑張ってカリンちゃんをお嫁さんにするのよ。」

「なななな・・・なに言ってるの!?」

「え?だってあなた、カリンちゃんのこと好きでしょ?ちゃんと守ってあげなさい。」

「~っ!?」


母の突然の言葉に顔を真っ赤にするクオン。言い訳しようとするがうまく言葉にならなかった。


「り、リボンが完成したら取りに来るから!」


否定も肯定もできず、クオンはその場から脱兎のごとく逃げ出す。残されたルビーは、楽しそうに笑った。


「あらあら。先が思いやられるわね~。」


*********


 王城の執務室で、リーンハルト、ジョシュア、べリル、アルバンの四人はこれからのことについて話をしていた。


「不思議に思ったのだが、王よ。見返りは求めないのか?」


 べリルはうやむやになっていることを切り出す。保護することにはなったが、特に見返りは求められていない。ジュシュアとは研究についての取引はしたが、王とは何もしていない。べリルは何か裏があるのではないかと少し疑っていた。


「いや・・・別に他意はないのだが・・・。そんなに疑わしいかね?」

「一国の主となれば、個人の意思とは別に、国の利益のための思惑ぐらいあるだろう?」

「まあ、確かに。だが、私はそんなものは求めないよ。」

「ただ、この国にいてくれるだけでいいと?」

「そうだ。そもそもこの国は、魔法帝国滅亡時にリンドブルムに助けられた人々が建国した。リンドブルムの角から生まれたという竜角人。その最後の姫を守ることは、恩返しにもなる。恩に値札をつけるつもりはない。この国にいてくれるのであれば、余計なことを言うつもりはない。」


べリルの目をじっと見つめ返すリーンハルト。べリルの表情がふっと緩む。


「そうか。すまないな。ちょっと意地悪だったか?」

「いや、そう考えるのは当たり前だ。」

「リーンも女の子には甘いからねえ。」

「ジョシュア、お前も人のこと言えないだろうに・・・。」

「だが、形だけでも、見返りは求めておけ。カリンが気にする。ジョシュアとの取引だって、もとはカリンが気にするだろうからしただけだしな。」

「ふむ。じゃあ王国からもジョシュアへの研究協力ということにしておこう。事実、竜角人やアントラ王国のことで知りたいことはたくさんあるからな。」


話が一区切りしたところで、王はアルバンに話しかける。


「アルセイド伯爵の方はどうかね?受け入れの方は。」

「順調です。特に問題はありません。」

「そうか。特に外国に気取られている様子もない。アルセイド州に引きこもっていれば、しばらくは大丈夫だろう。このままずっと居ついてくれれば助かるのだが。」


リーンのその言葉を聞いて、べリルがアルバンに意地悪い笑みを浮かべる。


「それなら、アルセイドの坊やに期待するしかないな。カリンを好いているようだし。くっつけば自然と居つくのではないか?まあ本人たち次第だが。」

「クオンが、あの子を?確かに仲は良さげでしたが。それに、くっついたからといって、居つくとも限らないでしょう。」

「おや?意外と淡白だな。息子のことなのに。」

「事実を言ったまでです。」


べリルの言葉に素っ気なく返したアルバンだったが、内心はとても驚いていた。


「はは。若者の恋沙汰に関しては私たちが口を挟むことではないな。しばらくの間は見守ることとしよう。伯爵は定期的に報告書を上げてくれ。それで良いか?」


王の言葉に、べリル、ジョシュア、アルバンの三人は頷くのであった。


*********


カリンは竜角のことをどうやってクオンとリッカに知らせるかで悩んでいた。竜角を触らせると勢いで決めたものの、どうしても上手く言い出す方法が考えつかなかった。


(そもそも竜角人の習慣だし、本当に喜んでくれるのかな。)


研究室で、うーうーと考え込んでいると、そんな様子を不審に思ったのか、ノインが話しかけてきた。


「どうしたのですか?カリン。」

「ノイン・・・。えっと、ちょっと悩んでいることがあって。」

「良ければ相談に乗りますよ。」

「ホント?じゃあ・・・」


 カリンは悩み事をノインに話す。クオンとリッカにお礼がしたいこと。竜角人にとって、大事な竜角を触らせることを決心したが、果たしてそれでお礼になるのだろうかと悩んでいることを話した。


「竜角人相手なら、姫の角に触ることは大変名誉なことですから、十分お礼にはなると思います。ですが人間ではわかりませんね。」

「ノイン、竜角人のことよく知ってるね。」

「べリルに聞きましたから。とりあえず、本人たちに聞いてみれば良いではないですか。」

「うっ、でもすごく聞きづらいよぉ・・・。ノインもわかってるでしょ?」


竜角人にとって、『竜角触ってみたい?』と言うことは、『私とキスしてみたい?』と言うより恥ずかしいことだったりする。


「では、それとなく私が聞いてきましょう。善は急げ。さっそく聞いてきます。」

「あっ!ちょっと待っ・・・行っちゃった。大丈夫かなあ。」


カリンが止める間もなく行ってしまったノイン。相談したのは間違いだったかもと、ちょっぴり後悔するカリンであった。


********


ノインは王都全域をスキャンし、クオンとリッカの居場所を探す。視界に検索窓が表示され、二人の現在位置が緑の点で示される。王都ギルドの作業室にいるようだった。他にも、ジョシュアやリーンハルトなどの登録した人物の場所も補足情報として表示される。


(あの子は、もういないようですね。)


 ノインはふと、メルと言う魔女のことを思い浮かべる。王都に反応がないということは、もうすでにオイラーの手がかりを得て旅立ったのだろう。


七星の魔女(グランシャリオ)・・・復活できれば戦力になるかもしれません。アデライン、べリル、メル・・・あと四人は必要ですね。考えておきましょう。)


 作業室の扉を開ける。片づけをしているクオンと、椅子にもたれてぐーすか寝ているリッカがいた。クオンはノインに気づく。


「あれ?ノイン。どうしたの?」

「二人に用がありまして。リッカは寝ているのですか?」

「うん。作業してて疲れたみたい。」


ノインは寝ているリッカに近づくと、頬を指でツンツンする。リッカは口をむにゃむにゃと動かす。


「それで聞きたいことって?」

「お二人はカリンの竜角に興味ありますか?」

「え?それはどういう意味?不老不死の薬って意味なら、違うって答えたはずだけど。」

「いいえ。違います。触ってみたいかということです。」

「触ってみたいかと言われたら触ってみたいけど・・・。竜角人にとって、余程のことがない限り他人には触らせないんでしょ?」


 竜角人については、冒険家ジョン=ハーヴィが書き残している。その中には『竜角人は家族以外に自分の竜角を触らせることはほとんどない』という記述があった。ハーヴィの冒険記が好きなクオンは、そのことを知っていた。


「もし、カリンが竜角を触らせてくれたら嬉しいですか?」

「それは嬉しいに決まってるよ。信用してくれるようになったってことだから。」

「それはリッカも同じですか?」

「もちろん。リッカも喜ぶだろうね。」

「そうですか。分かりました。質問に答えてくれてありがとうございます。では、私はこれで失礼いたします。」


ノインは寝ているリッカの頬をぷにぷにすると、何事もなかったかのように作業室から出て行った。


「一体、なんだったんだろ?」


クオンは首を傾げるが、ノインの行動の真意は分からなかったのであった。


*********


「という訳で、竜角を触らせてもらえたら嬉しいそうですよ。」


 研究室から出ていったと思ったら、すぐに回答を持って帰ってきたノイン。カリンにクオンの言葉を伝えていた。


「そっか。じゃああとが私が勇気を出すだけだね。うー、どういうタイミングで切り出そう・・・。」


 できればうやむやになってしまう前にお礼はしておきたかった。特にクオンには、蒐集者から命を助けてもらったのだから。


「そこまで悩まなくても、機会(チャンス)はすぐに来ますよ。」

「えっ?それはどういうこと?」


ノインはクオンとリッカの計画のことを知っていたが、カリンに知らせるような野暮なことはしない。


「いっそのこと、もっとすごいことをすればいいのではないですか?」

「も、もっとすごいことって何?」


嫌な汗がカリンの背中を伝う。ノインは無表情のまま、ゆっくりと近づいてくる。碌でもないことを言うんじゃないかと身構えた。ノインはカリンの背後に回ると、そっと肩に手を置く。耳元に顔を近づけ、(ささや)く。


「竜角をなめてさせるとか。」

「な!?なめっ!?」


あまりの衝撃的な内容に、ぼん!と音を立てそうな勢いで顔が真っ赤になるカリン。ばっとノインから距離を取る。ノインは相変わらず無表情のままなのがなんだか悔しかった。


「何を言ってるのよ!」

「どうして驚いているのですか?竜角人が(むつ)みあう時にはお互いの竜角をなめ・・・」

「あ~!それ以上は言わないで!」


カリンはノインに本を投げる。ノインは簡単に本をつかむと、やれやれと呆れたような表情になる。


「何を恥ずかしがっているのですか?」

「恥ずかしいに決まってるでしょ!それはその、あの、夜にやることでしょ!っていうか、なんでノインがそんなことを知っているのよ!」

「竜角人についての文化・習俗をまとめた書物が残ってましたから。それで、本当にしないんですか?」

「しないよ!?」

「とても気持ちいいらしいですよ?」

「だからしないってば!」


とても気持ちいいという言葉には少し惹かれたが、恋人でもないのにそんなことはできない。竜角人相手ならともかく、そんな行為の意味を知らないクオンとリッカには変態だと思われる恐れがある。


「とにかく、そんなことはしないから。もう変なことは言わないでよね。」


カリンは熱くなった頬を冷まそうと手をパタパタさせる。ノインの爆弾発言のせいで、クオンとリッカのことを余計に意識してしまうのであった。


*********


「はい。これが完成品よ。仕様書の要求通り、魔力制御の術式も組み込んであるわ。」


 次の日、クオンとリッカは物産店(アンテナショップ)で依頼したリボンを受け取っていた。透明なケースに入った二つ一組の紺色のリボンは、クオンが期待した以上の出来栄えだった。


「ありがとう母さん。きっとカリンさんも喜んでくれるよ。」


 ルビーは意味ありげな笑みを浮かべていたが、あえて突っ込みを入れるようなことをしなかった。昨日のやりとりを考えると、(やぶ)をつついて(みずち)を出すことになりかねない。


「いつ渡すのかしら?」

「できればすぐにでも。」

「なら、明日の夜がいいわね。明日は綺麗な満月よ。『天文台』に月光が射しこんでいい感じになると思うわ。」

「そうなんだ。じゃあ、母さんの言葉に甘えるよ。リッカもそれでいいよね?」

「うん。私はいつでも大丈夫だよ。」

「ふふ。頑張るのよ。」


 クオンはリボンを受け取って紙袋に入れると、リッカと一緒にそそくさと店を出る。他の店員さんに知られると余計な詮索をされるからだ。みんな、クオンとリッカが小さいころからの顔見知りでいい人ばかりなのだが、いかんせん勢いが良すぎる。クオンがプレゼントを買った、しかもルビーのオーダーメイドとなれば根掘り葉掘り聞かれるだろう。そんな面倒は避けたかった。


「よし。これで宝箱とリボンがそろった。あとはカリンさんを誘わないと。」

「そうだね~。カリンちゃんいるかな?」


 リボンが入った紙袋は背嚢(はいのう)に隠して、クオンとリッカはジョシュアの研究室へと足を向けた。最近、カリンは研究室で勉強をしていた。きっと今日もいるだろうと思い、訪ねてみる。予想通り、カリンがいた。


「なんかいびきが聞こえるんだけど。」


リッカの言った通り、小さいがいびきが聞こえていた。カリンは起きているので別人のいびきだ。


「あはは・・・。シャーロットが寝てるんだ。静かにしてあげてね。」

「シャーロット、ククルから帰ってきてたんだ。」


リッカはシャーロットがいるミニチュアハウスを覗き込む。


「あーもー。布団蹴飛ばしちゃって。寝相が悪いんだから。」


リッカは屋根を取り外す。ミニチュアハウスの二階が丸見えになった。リッカは外れた布団をかけなおしてあげた。屋根を再び取り付けて終了だ。シャーロットは起きる様子もなく、ぐーすかと寝たままだった。


「あ、ごめん。シャーロットが布団蹴飛ばしてたことに気づかなかったわ。」

「いいよいいよ。次からは気づいたら直してあげて。今の季節ならいいけど、冬だと風邪ひいちゃうし。」

「ん。分かった。ところで、二人は私に何か用事?」


いよいよ本題だ。平静を装いながら、クオンはここに来た理由を話す。


「明日の夜、アルセイド邸に来てほしいんだ。それを伝えたくて。」

「明日の夜?何かあるの?」

「見せたいものがあるんだ。」

「見せたいものって?」

「今はまだ秘密。見てのお楽しみ。で、どうかな?」

「・・・いいよ。明日の夜、だね。」

「ありがとう!じゃあ、明日の夜七時頃に迎えに来るね。」

「ん。」


その後、ついでに夕食も一緒に摂る約束をして、クオンとリッカは帰っていった。


(見せたいもの、って何だろう?)


クオンとリッカのことだから、きっと素敵なもの。そう思い、カリンの胸は期待で膨らんでいた。明日の夜を楽しみに待つのであった。


*********


 約束の日の夜、クオン、リッカ、カリンはアルセイド邸の三階を歩いていた。夕食も済ませ、あとはプレゼントを渡すだけ。クオンは緊張しているがリッカはのほほんとしていた。


「さあ、着いた。ここだよ。」


他よりもちょっと豪華な扉の前で立ち止まる。クオンが鍵を使って扉を開き、中へと入る。リッカとカリンも後に続いて部屋の中へと入る。


「ちょっと待っててね。今灯りを点けるから。」


 クオンは壁のスイッチに手を伸ばす。スイッチを押すと、壁に取り付けられた魔法灯が淡い光を放つ。少しは部屋の中が見えるようにはなったが、奥の方は暗くて見えない。


「ねえクオン君。まだ暗いよ。」

「この部屋だとこのくらいの照明で十分なんだ。見てて。」


クオンは別のスイッチを押す。すると、どこからか歯車が動くような音が聞こえてきた。天井が徐々に開き、星空が広がっていく。外から射し込む月明かりが、部屋の中を照らしていった。そのうち、ガコンという音がしたと思うと、星空の拡大が止まる。


「・・・綺麗。」


カリンが思わず呟く。ガラス張りになった天井から、星々の煌めく光と優しい月の光が三人を包み込んだ。


「これが見せたかったもの?」

「ううん。本命はあれだよ。」


クオンが指さした方向、部屋の奥は月明かりによって照らされて見えるようになっていた。そこには、円い台の上に小さな宝箱が置いてあった。


「あっ、これ・・・。」


カリンは台に近づく。小さな宝箱は、カリンの記憶の通りに復元されていた。クオンに渡した錠前部分もしっかりとはめこまれている。カリンは目を輝かせた。


「宝箱、完成したんだ!」

「うん。どうかな?カリンさんから聞いた通りに作ったんだけど。」

「すごいよ!私の記憶にあるのとまったく同じ!」


カリンは宝箱にそっと触れる。ヒノキの手触りも、記憶にある通りだった。


「ん・・・?あれ・・?」


カリンは宝箱を開こうとするが、鍵がかかっていた。クオンはカリンに鍵を差し出す。


「はい。鍵だよ。」

「ありがとう。中身はないんだから、鍵はしなくても良かったのに。」

「・・・実は、もう中身は入れてあるんだ。」

「え?」

「開けてみて。」


カリンは宝箱に向き直ると、ぎゅっと鍵を握りしめる。鍵穴に鍵を差し入れ、ゆっくりと回す。カチャ、と鍵の開く音がした。カリンはドキドキしながら蓋を開けた。


「・・・リボン?」


宝箱の中に入っていたのは、二つ一組の、紺色のリボン。手に取ってみると、(シルク)の肌触りがとても心地よい。


「僕からのプレゼントだよ。」

「私に・・・?」

「うん。カリンさんは言わなかったけど、竜角を魔法で隠すのは結構大変そうに見えたから。そのリボンをつければ竜角を隠せるし、魔力制御の術式も魔法糸で組み込んであるから、無理せずに魔力の流れも制御できるよ。」

「・・・気づいてたんだね。竜角を隠すのが、私の負担になってること。」

「うん。余計なお世話かもしれないけど、助けになればと思って。」

「・・・ありがとう。クオン君、リッカさん。」


カリンは手にしたリボンをそっと握る。その頬は、月明かりでも分かるほど朱が交じっていた。


「良かったら付けてみて。」


顔を赤らめたカリンに内心ドキドキしながら、クオンは勧める。だが、カリンはリボンを握ったまま動かない。


「ど、どうかしたの?」

「あ、あのね。クオン君、リッカさん。ちょっと聞いてほしいことがあるの。」


気恥ずかしいのか、なかなか話し始めないカリン。クオンとリッカは何も言わずに、静かに言葉の続きを待つ。


「出会って1か月くらいしか経ってないけど、二人には感謝してるの。クオン君には命を助けてもらったし、リッカには楽しませてもらったし。だから、その・・・」


カリンはゆっくりと歩を進め、クオンとリッカの方へと近づいていく。黒髪と白磁の竜角の対照的な色合いに月の淡い光が加わり、その姿は幻想的だった。


クオン(・・・・)リッカ(・・・)。ありがとう。私を助けてくれて。」


カリンは花が咲くような笑顔で告げる。笑顔と名前呼び捨てのダブル攻撃に、クオンもリッカも抱きしめたい衝動に駆られるが何とか思いとどまった。


「僕もカリンに出会えてうれしいよ。」

「うんうん!私も私も!」

「それでね。その、最初は、二人にリボンを付けて欲しいな。私の竜角に。」

「えっ?それって・・・。」


クオンは戸惑う。隣のリッカと顔を見合わせるが、リッカの瞳にも困惑の色が浮かんでいた。竜角にリボンを付けるということは、必然的に竜角に触れなければならない。二人の困惑を感じ取ったのか、カリンは微笑みながら言う。


「クオンとリッカなら・・・いいよ。私の竜角、触っても。」

「え、ええ!?」

「カリンちゃん!ま、まじで!?」

「お礼を考えたんだけど、なかなか思いつかなくて。竜角人の価値観で申し訳ないんだけど・・・だめかな?」

「とんでもない!とっても嬉しいよ!ねえリッカ?」

「うん!」

「じゃ、じゃあ、ど、どうぞ?」


 カリンは二人にリボンを渡すと、頬を染めたまま身をかがめ、頭をクオンとリッカの方へと傾ける。クオンとリッカは自分の胸の鼓動が高まるのを感じた。クオンの指先がカリンの左の竜角に、リッカの指先が右の竜角に触れる。触れた瞬間、カリンの頬の赤みが増した。


「ん・・・。」


カリンはくすぐったそうにするが、拒絶はしなかった。むしろ気持ちよさそうに竜角をゆだねている。


「あったかい・・・。」

「うん・・・。」


 クオンとリッカが続けて感想を漏らす。カリンの竜角は、その見た目とは違って、人の温もりを感じた。血が通っている温かさだ。


「こうしているとね。とても安心するの。」


カリンの手が、竜角に触れているクオンとリッカの手に重なる。竜角を通じて、三人は一つになったような、それでいて温かい感覚に包まれた。


「じゃあ、リボンを付けるね。リッカはそっちの方をお願い。」

「うん。りょーかい。」


クオンとリッカは、竜角にそれぞれ片方ずつ紺色のリボンを付ける。


「うん。これで良し。リッカ、そっちはどう?」

「こっちも終わったよー。」

「さあ、カリン。顔を上げて。」

「う、うん。」


カリンは屈めていた背を伸ばし、顔を上げる。カリンは頬を染めて、上目遣いでクオンを見る。


「ど、どう・・・かな?」

「す、すごく可愛いよ。カリン。」

「とっても可愛いよ!カリンちゃん!」

「あ、ありがとう。」


カリンの黒と白に、新しく紺色が加わる。月の照明に照らされたカリンは、まるでおとぎ話の中にいるような、神秘的な姿だった。


「私からもプレゼントあるの!」


リッカは部屋の中のソファに置かれていた紙袋を取ると、中から綺麗に包装されたリボン付きの箱を取り出し、カリンに渡す。


「これは・・・?」

「リボンはクオンの提案だからね。これは私が考えたプレゼント。開けてみて。」


言われたとおりに箱を開けるカリン。中に入っていたのは、ナイトキャップだった。


「ナイトキャップ?」

「うん。それ、術式が組み込んであって、自分じゃないと脱げないようになってるの。寝る時までリボンで竜角隠せないでしょ?ナイトキャップなら変に思われることなく隠せるよ。」

「ありがとう。リッカ。」


カリンはナイトキャップを抱きしめる。久しく忘れていた、幸せな気持ちを感じていた。


「これからもよろしくね。クオン、リッカ。」

「うん。これからもよろしく。カリン。」

「よろしく!カリンちゃん!」


ずっと一緒にいたい。月の光に包まれながら、カリンはそっと、心の中で願ったのであった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。今後の予定としては、章間として何話か投稿後に第二章に入る予定です。

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