第二十三話『カリンの宝箱』
続きとなります。
二十三話を投稿する前に、序章と1話を大幅に修正しました。序章の話を変更し、説明過多だったかな?という部分を削ってあります。流れ自体は変わりません。削った内容はおいおい話に組み込んでいく予定です。
クオンは自分の部屋で探し物をしていた。探し物はある絵本。子供の頃に母のルビーが読み聞かせてくれた絵本だ。
「えっと確かここに・・・あった!」
クオンはベッドの下の収納箱から、古ぼけた一冊の絵本を取り出す。『竜角人のお姫様』。オリジナルはどちらも実家にあり大事に保管してある。この王都にあるのは、クオン手作りの写本だ。オリジナルの絵本が痛まないように、子供の頃にわざわざ作ったのだった。
「はは。懐かしいな。」
クオンはページをめくりながら呟く。ふと、あるページで手が止まった。お姫様が王様から宝箱を貰うシーンだ。
「きっとこのお姫様はカリンさんだよね。この宝箱は今でも持ってるのかな?」
クオンとリッカはカリンにリボンをプレゼントする計画を立てていたが、どうやって渡すのか考えあぐねていた。
「どしたの?クオン。ドア開きっぱなしだよ?」
いつの間にか部屋の中にリッカが入って来ていた。どうやら、クオンの部屋の扉が開きっぱなしだったので、不審に思ったらしい。
「あ、なつかしいねそれ。クオンが作った写本じゃん。」
「この竜角人のお姫様ってカリンさんだと思うんだよね。何かプレゼントを渡すときの参考になることがないかなって。」
「まあ、お話的にカリンちゃんだよね。何か参考になることあった?」
リッカは後ろから抱き着くとクオンの頭に顎を乗せて、絵本を見る。
「重いよリッカ・・・。まあ、ちょっと気になったことがあるんだ。」
「気になったことって?なんじゃらほい?」
「この絵本だと、お姫様が旅に出るときに、王様から宝箱をもらってるんだよね。今でも持ってるのかな?」
「それとなく聞いてみればいいんじゃない?でも、その宝箱がどうかしたの?」
「実は・・・」
クオンはこれからしようとしていることをリッカに話す。
「ふむふむ。なるほど。じゃあ聞いてみるしかないね。よっし!お姉ちゃんに任せなさい!この本ちょっと借りるね~。」
「え!?あっ!・・・行っちゃったよ。」
リッカはクオンから絵本を奪い取ると、疾風の如く部屋を出て行った。クオンが止める暇もない。
「大丈夫かなあ・・・。」
*********
カリンはジュシュアの研究室で本を読んでいた。歴史の本を読んでいる最中に、研究室の扉がばーん!と開かれる。カリンが驚いて扉の方を見ると、肩で息をしているリッカが立っていた。
「ど、どうしたの?」
「カリンちゃん!聞きたいことがあるんだけど!」
「き、聞きたい事?わ、分かったからちょっと落ち着こう?ね?ほら、こっちに来て。」
カリンは興奮しているリッカを宥める。カリンがお茶を湯呑に淹れて、リッカに渡す。リッカは背負っていたリュックを置くと、ソファに座ってずず~っと茶をすすった。
「はあ~おいしい。」
「どう?落ち着いた?」
「うん。ごめんね~。なんか張り切りすぎちゃって。あはは。」
リッカは落ち着くと、リュックから一冊の絵本を取り出し、カリンに差し出した。
「カリンちゃん。この絵本、知ってる?」
「なあに?この絵本?」
カリンが絵本を受け取り、タイトルを見る。『竜角人のお姫様』というタイトルの絵本だった。カリンは驚いてリッカを見る。
「リッカさん。これって・・・。」
「母様が子供のころに読み聞かせてくれた絵本だよ。ねえ、このお姫様ってカリンちゃんのことじゃない?」
リッカに促され、カリンは絵本を開く。古龍リンドブルムの角から生まれたという竜角人の伝説。国名は明記されていないが、アントラ王国と思われる描写。そして・・・お姫様の旅立ち。
「・・・。これ、誰が書いたの?」
「分かんない。結構古い絵本だけど、作者は不明だよ。このお姫様、やっぱりカリンちゃん?」
「・・・うん。だと思う。一体誰が書いたんだろう。」
「竜角人の生き残りとか?国外にもいたっていう説もあるし。」
「そうだね。・・・そうだといいな。」
「そういえばカリンちゃん!聞きたいことがあるんだけど!」
暗くなりかけた空気を振り払うかのように、リッカは明るい声を出す。カリンの横から手を出してページをめくり、王様がお姫様に宝箱を贈る場面で止める。
「この宝箱、まだ持ってるの?」
リッカが挿絵の一点を指さす。檜で作られた小さな宝箱。カリンは懐かしそうに目を細める。
「ああ、懐かしい。この宝箱、壊れちゃったんだよね。」
「壊れちゃった?」
「正確には、燃えちゃった、かな。金属でできてる錠前の部分だけ焼け残ったの。逃げるときにね。まあ、中身はまだ何も入ってなかったんだけど。でも、その宝箱がどうかしたの?」
「いやー、印象的な場面だからさ。ちょっと気になっただけ。クオンなんて、影響されて自分の宝箱作っちゃったし。」
「え?そうなの?」
「そうそう。大事なものを宝箱に溜め込んでるの。」
リッカはクオンの宝箱について話す。大工さんのところから木材を貰ってきて宝箱を自作したこと。今でも大事にしていて、クオンの大事なものは全部そこに入っていることを。
「ねえねえカリンちゃん。どうせだからさ、クオンに新しい宝箱を作って貰えば?」
「え?でも、悪いよ・・・。」
「大丈夫だって!クオンは工作好きだし、逆に喜ぶって!」
カリンは遠慮しようとしたが、リッカは粘る。ここで諦めては弟の計画が頓挫してしまう。
「うーん。そこまで言うなら、お願いしてみようかな・・・。」
リッカの強い説得に折れるカリン。クオンの工作にも興味があったし、リッカがそこまで言うならと気持ちが傾いた。
「じゃあ、善は急げってことで。さっそく頼みに行こ!」
「え?ちょ、ちょっと待って!」
リッカはカリンをぐいぐいと引っ張っていく。強引なリッカに呆れつつも、内心楽しみなカリンなのであった。
*********
騎士試験が終わった後、エルヴィンは連邦都にとどまっていた。合格発表まで十日ほどあるので、ギルドで簡単な依頼をこなして過ごす予定だ。ほかの受験者も、近隣の出身者は一度家に帰って行ったが、エルヴィンとベルンハルトのような遠い田舎から来た受験生は合格発表日まで滞在する者が多い。ツェツィは実家に帰っている。連邦都のはずれに家があり距離が近いからだ。テオバルトとローズは貴族なので都に屋敷がある。
「ううん。困った。テオバルトに相談しようと思ったのになあ。」
今日、エルヴィンは相談事があってテオバルトの屋敷に行ってみた。が、とても庶民が入れる雰囲気ではなかったのであきらめた。ベルンハルトはギルド依頼の遂行中で、ローズはとても頼める雰囲気ではない。そしてツェツィには聞くわけにはいかなかった。
「まあ考えてても仕方ないし、とりあえず商店街に行ってみるか。」
エルヴィンは中央通りにある商店街の方へ歩を進める。貴族街は閑静で人通りも少なかったが、都市の中心部に近づくにつれて人も増え活気づいていく。カップルや親子連れの姿が結構目立っていた。
「衣服屋に行くか、それとも雑貨屋に行くか。どうしようかな。」
悩みながら大通りを歩くエルヴィン。考え事をしていたので、前から歩いてきた女性とぶつかってしまう。
「きゃ!?」
「すまん。大丈夫か?」
「あっ、はい。大丈夫です。・・・あれ?あなたは、エルヴィン君?」
「え?」
エルヴィンはいきなり名前を呼ばれ、女性の顔をまじまじと見る。その顔には見覚えがあった。この前、自然公園で助けた狐族の女の子だ。
「ふふ。また会うなんて奇遇ですね。」
「君はこの前の・・・。あれ?俺名前教えたっけ。」
「騎士試験、見てましたから。黒竜を倒したり、あのツヴァイクの次期当主と引き分けたり。とても凄かったです。」
ふさふさの黄色い尻尾をふりふりしながら、少し興奮ぎみに語る女の子。正面から褒められて照れ臭いエルヴィンであった。
「良ければ名前を教えてくれるかい。」
「あ、失礼しました。この前は助けていただいたのに名前も名乗らずに。えっと、私の名前はフランと言います。」
「フランさんか。」
「フラン、で良いですよ。君は私の恩人ですから。」
「恩人って、別に大したことじゃ・・・。」
「いいえ。大したことですよ。」
ニコニコしながら言い切るフラン。笑顔なのに、どこか逆らってはいけないようなえもいわれぬ迫力を感じた。
「ところで、君は何か買い物?」
「ああ、ちょっと買いたいものがあってな。でもどこで買えばいいか分からなくてな。とりあえず商店街に来たって感じ。」
「私もお付き合いしていいかな?王都には詳しいし力になるよ。」
「いいのか?フランも何か用事じゃなかったの?」
「ううん。私は適当に散歩してただけだよ。」
「そうか。じゃあお願いしようかな。」
「うん!任せて!じゃあ行こ!」
フランはエルヴィンの手を引いて歩き出した。その女の子らしい柔らかな感触にどぎまぎするエルヴィンなのであった。
*********
「というわけで、クオンに宝箱を作ってもらいたいんだって!」
「頼めるかな?クオン君。」
王都のアルセイド邸、その客間でリッカとカリンはクオンに会っていた。内容は宝箱の作製依頼だ。リッカの目くばせで、クオンはその真意を悟った。
「僕は構わないよ。その宝箱の形とか寸法とか、だいたいでいいから教えてくれる?」
「えっと、たしか大きさはこのくらいで・・・」
クオンはスケッチブックを取り出し、カリンの説明に沿って宝箱の絵を描いていく。そんなに時間もかからずに、絵は完成した。
「こんな感じかな?」
クオンは出来上がった宝箱の絵をカリンに見せる。絵を見たカリンはほ~と声に出して感心する。
「うん。ちゃんと再現できてると思う。あと、材質はヒノキだよ。」
「そこは絵本の通りなんだね。」
「うん。誰かが書いたのか分からないけど、あの本の描写は事実だよ。あっ。これ渡しておくね。」
カリンがポケットから取り出したもの。それは宝箱の錠前部分と鍵だった。
「この錠前と鍵だけ残ったの。できれば使ってほしいな。」
クオンはカリンから錠前と鍵を受け取る。宝箱がなくなっても持っていたということは、そのくらいカリンにとって宝箱が大事なものだったということだろう。
(宝箱を復元できたら、きっと喜んでくれるよね。)
予定とは違ったが、カリンが喜ぶのなら、宝箱の制作は苦にならないクオンなのであった。
*********
フランとエルヴィンは手をつないで商店街を歩いていた。フランがエルヴィンの手を引いて歩き出したため、なし崩し的にこのような状況になった。振りほどくわけもいかず、エルヴィンは緊張しっぱなしだった。
「エルヴィン君は、何を買う予定なんですか?」
「お、おう。アクセサリーを買おうと思ってな。」
緊張をできるだけ悟られないように、平静を装うエルヴィン。だが、フランにはばればれだった。緊張がつながった手から伝わってきたからだ。
「アクセサリー?誰かへのプレゼントですか?」
「その通り。騎士試験で世話になった人にな。」
「んふふ。あの白虎ちゃんかな~?君も隅に置けないね~。」
「な、なんで分かるんだ?」
「試験会場で見かけた時、仲良さそうだったもん。もしかしてぇ~、もう唾つけちゃったの?」
「うぇ!?ツェツィは友達だよ!そういうんじゃないって!」
「ツェツィちゃんって言うんだ。ああ~そっか~。これから唾つけるんだね。だからプレゼントを。」
「だから違うって!」
腕をぶんぶんさせて、顔を赤くしながら否定するエルヴィン。そんな初々しい反応に、ついついからかってしまうフランなのであった。
(これくらいで赤くなっちゃうんだ。ツェツィちゃんやローズを自然に抱き上げたりしてたのに。あれは無自覚でやってるっぽいね。女の子泣かせだな~。)
フランは試験会場でエルヴィンのことをずっと見ていた。なのでてっきり女性の扱いには慣れているのかと思っていた。
「あはは~。ごめんね~。でも普通に抱き上げたりしてたじゃない?」
「あれは姉ちゃんの教えを実践してるだけだよ。『女の子には優しく』ってね。女の子を土の上に転がしておくことはできないだろ?」
(なるほど。あれは『教えを実践してるだけ』って思ってて、自分が恥ずかしいことしてる自覚はないのね。)
「君はその教えを守ってるんだね。深読みしてごめんね。」
「分かってくれたならいいさ。」
フランのからかいが終わり、ほっとするエルヴィン。
「話が逸れちゃったけど、アクセサリーを買いたいなら、いいお店知ってるよ。案内しようか?」
「ホントか!ぜひ頼むよ。」
そう言われて、フランに案内されたのは『妖精のささやき』という名前の店だった。女性やカップルの客で賑わっている。あまりの甘い空間に、エルヴィンは入るのを躊躇してしまう。
「な、なあホントにここ入るのか?」
「そうだよ~。もしかして、入るの恥ずかしいの?」
フランはにやにやしながらエルヴィンを見る。ついついエルヴィンは強がって見栄を張ってしまった。
「は、はずかくなんてないし!」
「じゃあ大丈夫だね。ささっ、中に入ろ。」
「あっ、ちょ!」
フランに半ば引きずられるようにして、店に入るエルヴィン。中に入ると、店員らしき妖精が飛んできた。手のひらの上に乗るくらいの大きさだ。妖精はエルヴィンの目の前に来ると、その場で滞空する。
「いらっしゃいませ~。何かお探しですか~?」
「あっ、えっと、友達に贈るプレゼントをさがしてるんだけど・・。」
「ほうほう。本店では指輪、ネックレス、リボン、その他装身具を取り扱っております。その友達というのはどのくらいの親密度ですか?ゆくゆくは彼女にする腹積もりですか?」
「えっ!?そ、そんなつもりは・・・」
「そうなんですよぉ。お兄ちゃんったら恥ずかしがって~。心配だから妹の私が連れてきたんです。」
「ふ、フラン!?」
いきなりの兄妹設定に戸惑うエルヴィン。フランは口の動きだけで「私に合わせて」とエルヴィンに伝える。
「やっぱり妹さんだったんですねぇ。ふふ、可愛い妹さんですね。」
「あ、ああ・・・。」
「では、そのお友達とは知り合ったばかりですか?それとも知り合って長いですか?」
「この前知り合ったばかりだ。」
「ふむふむ。じゃあ、華美だったり、あまり重すぎるのはいけませんね。リボンとかいかがでしょう?」
「リボンか・・・。ちょっと見せてくれる?」
「はい。案内しますので私についてきてください。」
妖精の店員さんはふよふよと飛んでいく。その後についていきながら、エルヴィンはフランに小声で先ほどの真意を問う。
「なあ、なんでさっきあんなこと言ったんだ?」
「え?だって、女の子へのプレゼントに別の女の子連れてくるなんて変でしょ。」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ~。ある女の子へのプレゼントに他の女の子突き合せたらだめだよ?ちなみに、君が彼女さんを二人以上作っても、ある彼女さんへのプレゼントに別の彼女さん付き合わせたらだめだからね。これマナーだから。」
「だから妹って言ったのか。」
「そ。不甲斐ない兄を心配する妹。ばっちりの配役でしょ。」
「不甲斐ないって・・・。」
「ほら。店員さん見失っちゃうよ。早く行こう。」
言い返す前にフランに手を引かれて、見失いかけた店員さんの後をついていく。店員さんが止まったのは、色とりどりのリボンが置かれているコーナーだった。無地なものからきれいな刺繍が施されたものまでよりどりみどりだ。
「なあ、頭用と尻尾用ってあるけど、尻尾にもリボンってつけるもんなの?」
エルヴィンは自分の母や姉を思い浮かべる。髪飾りはしていたが、尻尾にアクセサリーはつけていなかった。都会だとおしゃれも違うのかな?と思っていると、店員さんがその答えを言ってくれた。
「最近流行ってますよ。尻尾にリボン。」
「へえ~。」
「贈る相手はどんな尻尾ですか?」
「えっと、白虎で、長くて細い尻尾。」
「じゃあ、このあたりがいいですね。」
「尻尾の種類で何か違うのか?」
「ええ。長いしっぽだと、基本的に根元に近い方に結ぶ前提ですね。個人差はありますが、よく動かす人もいるので。先の方だとすっぽ抜けてしまいますから。あとは魔法糸が編み込まれていて、余剰魔力で抗菌作用を発揮します。」
「なるほど・・・。」
エルヴィンはツェツィのことを思い浮かべる。感情に合わせてよく尻尾を動かしている印象だった。
(ツェツィに似合いそうなのは・・・これかな?)
エルヴィンは薄桃色のリボンを手に取る。特に刺繍はなくシンプルなものだ。なんとなく直感で、ツェツィはシンプルな方が似合うと感じた。色は紺とどっちにするか迷ったが、女の子らしい色の薄桃色にする。初対面で男だと誤解してしまった埋め合わせでもある。
「これにしようかな。」
「ありがとうございます~。包装はどういたしますか?」
「いや、包装は普通でいいよ。渡し方は考えてあるんだ。」
エルヴィンの言葉に、店員さんはいたずらっぽく笑う。
「ほうほう。さっきは気のないこと言っちゃって~。お客さんったら落とす気満々じゃないですか~。」
「だから違うって!」
「そういうことにしておきますね~。」
「はあ。それについてはもういいよ。ところで、ちょっと聞きたいんだけど。」
「はい。なんでしょう?」
エルヴィンは店員さんにちょいちょいと手招きする。店員さんはすい~っと近づいてきた。エルヴィンはそっと店員さんに耳打ちする。
「ほうほう。気が利きますね~お兄さん。」
店員さんはリボンを持ってすい~っと会計の方へ飛んでいく。エルヴィンとフランの方に視線を向ける。フランは隣の展示棚の髪留めを見ていた。エルヴィンはフランに話しかける。
「俺の用事は終わったよ。フランも何か買うの?」
「う~ん。持ち合わせがないかな~。今度にする。」
フランの視線の先には、葉っぱの形をした髪留めがあった。鮮やかな緑色で、説明を見ると橄欖石が使われているようだ。
「いいのは見つかった?」
「ああ、おかげさまで。」
「それはよかった。紹介した甲斐があったよ。」
「こっちも助かったよ。一人じゃ絶対入れないと思うし。」
「あはは~。そうだね。」
「じゃあ、俺は会計してくるから。また後で。」
「うん。また後でね。」
エルヴィンとフランは、ここでいったん別れ、エルヴィンは会計へと向かうのであった。
*********
クオンはさっそく宝箱の製作にかかっていた。実家なら作業場があるのだが、さすがに王都の屋敷にはない。なので王都ギルドで作業場と道具を借りた。冒険者は依頼で物を作ったりもするのでこういう作業場があるのだ。カリンから聞き取りして描いたスケッチと寸法をもとに、材木を切っていく。作業をしながら、クオンはカリンの言葉を思い出していた。
(小さな宝箱はね、アントラ王国の大事な習慣なの。私は旅立つ時だったけど、本当は成人したら貰うんだ。『人は、手のひらに乗るくらいの幸せで生きていける』っていう教えを表してるの。)
クオンはずっと疑問に思っていたことの解答がその言葉にあった。なぜ、あまり宝物が入らないような小さな宝箱なのだろうと思っていたが、カリンの言葉で納得がいった。同時に、責任の重さを感じる。黙々と作業を続けていると、作業場の扉がど~んと開き、リッカが入ってきた。手には布やら裁縫道具を持っている。
「やっほー。クオン。ここにいたんだ。」
「リッカ?どうしたのその荷物。」
「リボン贈ること考えたりプレゼント作ったりしてるの全部クオンじゃん。私もせめて自分で何かプレゼント作りたいの!」
「それはいいけど、リッカって裁縫苦手じゃないっけ。」
「苦手だけど頑張る!」
「何作るつもりなの?」
「それはちゃーんと考えてるよ!」
リッカは胸を張りながら、カリンのために制作するプレゼントを説明する。
「その案、いいね。確かにそこまで考えてなかったよ。」
「でしょ~!」
クオンはリッカの案に賛成する。クオンのプレゼントの盲点をついたいい案だった。
「あとは頑張って作るだけ!がんばろクオン!」
「うん。そうだね。」
こうして、クオンとリッカは各々作業に集中するのであった。
*********
ツェツィへのプレゼントを買った後、エルヴィンとフランは適当に街を散策していた。話に夢中になっているうちに、いつの間にか夕方になっていた。周りはすでに茜色に染まっている。そろそろ門限だというフランを送っていく。
「今日はありがとな。助かったよ。フラン。」
「いえいえ。どういたしまして。私も楽しかったよ。」
二人の姿も夕焼け色に染まり、後ろには影法師が伸びていた。ふと、フランがうつむく。そして息を吸って吐き、意を決したような表情で顔を上げる。
「騎士試験はどうだったの?首席取れそう?」
「うん?まあな。」
フランが予想していたのと違った、淡白な反応だった。
「あれれ?なんだか前より熱意がないような?」
「こだわる必要がなくなったからなー。」
「そう・・・なんだ・・・。」
フランは表情を暗くする。エルヴィンは前を見ていてその変化に気づかずに話を続ける。
「テオバルト、思っていたのと違っていい奴だったからな。あいつは首席になっても、陛下が困るようなことは言うような奴じゃないよ。むしろ恐れ多くて、願いを叶えてもらうのは辞退するんじゃね?」
「え・・・じゃあこだわる必要がなくなったっていうのは・・・?」
「手応えからして、きっと俺かテオバルトが選ばれるだろうし。どっちにしろ陛下が困ることはないからだよ。」
エルヴィンは朗らかな笑顔をフランに向ける。フランもつられて微笑み、先ほどの暗い表情は消えていた。
「ふふ。でも、エルヴィン君。もし君が首席で、『尻尾を枕にして寝たい』ってお願いを嫌がられたらどうするの?」
「えっ!?そこまで考えてなかった!」
「考えてなかったんだ・・・。」
ふと、フランは立ち止まる。ここから先は、許可がないと入れない庶民の富裕層と貴族の居住地域らしい。
「送ってくれてありがとう。私の家はすぐそこだからここまでで大丈夫だよ。」
「分かった。まあ、俺はここから先には入れないしな。」
「ねえ、エルヴィン君。」
「ん?」
「もし、さ。陛下が困っていたら、君は力になってくれる?」
「ああ、もちろん。フランも俺を頼っていいんだぜ?」
「うん。その時は頼らせてもらうね。それじゃ、また。」
「あっ。フラン。ちょっと待ってくれ。」
エルヴィンは踵を返そうとしたフランを呼び止める。フランは首をかしげつつもその場にとどまる。
「頭に埃が付いてる。じっとしてて。」
「う、うん。」
エルヴィンがフランに近づく。エルヴィンはフランの頭の方を見ていたが、フランはエルヴィンの顔をじっと見ていた。エルヴィンの顔が近づき、フランの頬が紅潮する。だが、太陽の茜色であまり目立たなかった。
(・・・っ!)
フランの頭にエルヴィンの手が伸びる。髪に触れようかという瞬間、フランは思わず目を瞑る。髪に手が触れるのをドキドキしながら待っていたが、予想に反して、髪にひんやりとした何かを差し込まれる。
「えっ?」
思わず目を開ける。目の前には微笑むエルヴィンの顔があった。ひんやりとした感触がある場所に触れると、何やら固いものがあった。
(これは・・・手触りからして髪飾り・・・?)
困惑してエルヴィンを見上げるフラン。エルヴィンは
「今日のお礼。」
「あ、ありがとう・・・?」
「もうすぐ門限なんだろ?そろそろ行かないとやばいんじゃないか?」
「そ、そうだね。じゃあ・・・またね。」
「おう、またな。」
フランは今度こそ踵を返すと、ぎくしゃくとした動きで歩いていく。エルヴィンはそんな様子にも気づかないまま、フランが角を曲がって見えなくなるまで、その場で見送っていたのであった。
*********
ドラグの皇城の廊下をバタバタと走る影があった。廊下の窓からは夕日が差し込み、影の主を時折照らす。そして、影はある部屋へと勢いよく飛び込んだ。すぐ扉を閉めて鍵をかける。
「し、心臓が壊れそう・・・。」
影の正体はフランだった。扉に背を持たれさせ、胸を押さえる。フランが姿見にちらっと視線を向けると、顔が真っ赤になっていた。
「エルヴィン君ったら・・・あんなの反則だよぉ・・・。」
頬に手を当てると、とても熱かった。よろよろと姿見の前までくる。頭には、橄欖石で彩られた葉っぱの髪飾りが緑色に輝いていた。フランが『妖精のささやき』で見ていた髪飾りだ。
(エルヴィン君、私のこと、ちゃんと見ててくれてたんだね。)
フランはそっと髪飾りに触れる。ひんやりとした冷たさが、熱くなった指を冷ましていく。フランは目を閉じると、変身の魔法を解いた。全身が光り、黄色い毛並みが黄金色へと変わっていく。
「エルヴィン君・・・。」
フランこと皇帝フランカは、夕陽に染まる自分の部屋で、いつまでも今日の余韻に浸っているのであった。
*********
ジョシュアの研究室で、カリンは勉強に励んでいた。ジョシュアの計らいで、王立学院の夏季休暇が終わり次第、アティス校へと編入する予定になっている。アルセイド州に行くまでは時間があるので、カリンは300年分の遅れを取り戻すべく勉強している。
「ふう~。今日はここまでにしようっと。」
カリンはパタンと本を閉じ、棚へと戻す。壁の時計を見ると、すでに夜の十二時を回るところだった。
「もう、こんな時間・・・。」
カリンは机のノートを片付ける。自分の部屋に戻ろうとした時、ふいに研究室の中央から魔力を感じた。
「な、なに?この魔力・・・。」
思わず身構えるカリン。じっと研究室の中央を見つめていると、突然、魔法陣が浮かび上がった。まばゆい薄桃色の光があふれだす。そして魔法陣から一人の妖精が飛び出してきた。
「シャ、シャーロット?」
「あれ?カリンちゃんじゃない。久しぶり~。元気だった?」
魔法陣から現れたのはシャーロットだった。妖精の粉を振りまきながら、カリンの手のひらの上に乗る。
「ククルから帰ってきたの?今の魔法陣は?」
「そうよ。今帰ってきたとこ。さっきの魔法陣は妖精の道よ。」
「今のが・・・。でも急に出てきたらびっくりするじゃない。」
「ごめんごめん。ところでさ、最近何かあった?」
「え?どうして?」
「なんだか表情がやわらかくなった気がする。」
「そ、そうかな?」
カリンは自分の頬に手を当てる。自分では変化が分からない。
「そういえばシュネーヴィントはどうだったの?教えてくれない?」
「う、うん。あのね・・・。」
カリンはシュネーヴィントに行ってから今までのことをかいつまんで話す。ダンジョンのこと、蒐集者との戦いのこと、翠の魔女のこと、アルセイド州に住むことになったこと。
(クオン君とリッカさんに何かお礼したいな・・・。でも何がいいかな。)
「ねえ、シャーロット。クオン君とリッカさんの二人が喜びそうなことってあるかな?」
「ん?どしたの急に。」
「その、あのね、お礼をしたいの。でもいいのが思い浮かばなくて。」
「うーん。あの二人、なんだかんだで欲ないからねえ。」
「そう・・・。」
「あっ、でも、竜角触らせてあげたら喜ぶんじゃない?伝説だし。」
「・・・え?」
「私が思いつくのはそれくらいしかないわね。ごめんね。」
「ううん。ありがとう。参考にするわ。」
「じゃあ、私は家に戻るわね。」
そう言うと、シャーロットは研究室の中にある自分の家へと入っていった。
(竜角を、触らせる・・・。)
シャーロットは思い付きで言ったのだが、その行為は竜角人にとって特別な意味があるものだ。
(クオン君とリッカさんなら、きっと・・・、大丈夫。)
白磁の竜角を、触れさせること。それは本来ならば、絶対に他人には触らせることはない。だが、それでも、カリンは決心したのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。次回で第一章は終了の予定です。




