第二十二話『秘密の謁見 後編』
続きとなります。
視界から光が消えると、クオン達は見知らぬ場所に転移していた。まるで神殿のような造りで、古龍の像が九体置かれている。天井も高く、かなり広い空間だった。
「ここはどこですか?博士。」
「王城の地下だよ。フェリウス帝国時代の遺跡さ。」
「えっ!?遺跡が王城の地下にあったんですか?聞いたことありませんよ?」
「私も聞いたことないな。」
クオンは王城の地下にこのような遺跡があったことに驚いていた。べリルもその存在を知らなかったようだ。ジョシュアは遺跡発掘の仕事もしているので知っていたのだろう。
「こんなところに王様がいるの~?」
リッカがクオンの背中にくっつきながら言う。カリンもさりげなくクオンの服の裾をつかむ。灯りはあるといっても、神殿の中は薄暗いので少し怖い雰囲気を醸し出していた。王様がいるような場所には思えなかった。
「ここには我々の秘密の場所でね。昔はよくここに隠れていろいろ話しあったものさ。」
「我々?」
「王様、当時は王太子だったな。王太子と愉快な仲間たちのことさ。」
リーンハルト三世の王太子時代に、ここはジョシュアをはじめとした親友たちとのたまり場だったらしい。ジョシュアは昔話をしながら、リンドブルムが彫刻された大きな扉の前に立つ。
「さあ、この先だ。」
ジョシュアがゆっくりと扉を開く。両開きの扉はゴゴゴゴという音をさせながら、少しずつ開き、中から光があふれてくる。中は円筒形の大きな部屋になっていた。円形のソファがいくつか置かれている。クオンが上を見ると、壁は全て本棚で、天井そばまで本が詰まっている。天井自体は光っていて、魔力を感じた。おそらく魔石による照明だろう。だが、見渡しても目的の人物は部屋の中にはいなかった。
「リーンの奴、遅刻かあ?もう約束の時間だってのに。まあ多忙だし仕方ないか。少し待とうか。」
ジョシュアがため息を吐く。ジョシュア、リッカ、べリル、ノインはソファに座る。クオンは壁の本棚に興味がそそられたので、そちらの方へ行く。カリンも気になるのか、クオンの後をトコトコとついてくる。クオンが一冊手に取ってみると、本の状態もかなり良さそうだ。
「・・・読めない。これは、古代語?」
タイトルの文字は現在使われている文字ではなかった。中をぺらぺらとめくってみるが、解読できそうになかった。後ろからカリンも本をのぞき込むが、クオンと同様に文字が読めず眉を顰める。
「ここにある本は、古代魔法帝国時代の本だよ。読めないのは当然さ。」
クオン達の困惑に答えるように、ジョシュアが説明する。ここは神殿であると共に、一種の保管庫だったとか。
「でも、そんな古い物なのに、保存状態が良くないですか?紙媒体はだいたい100年くらいが限度だと思いますけど。」
「この書庫はもともと劣化耐性を付与されていた上に、不活性ガスが充填されていた。保存状態は良好だったよ。」
「そうなんですね。ここにある本は解読は済んでいるんですか?」
「少しばかり面倒な事情があってね。あんまり進んでいないんだ。」
「事情・・・ですか?」
「まあ、それについてはおいおい話そう。長くなりそうだからね。」
古代魔法帝国の書物となれば、今では失われた魔法や技術が記述されているかもしれない。本来ならば、その解読は最優先事項のはずだ。それが進んでいないということは相当な事情があるのだろうとクオンは思う。
「ちょっと~!ノイン!そんなにくっついたら暑いって!」
ふいにリッカの抗議する声が聞こえる。視線を向けると、リッカがノインにくっつかれていた。じたばたと逃げようとするリッカをノインががっちりと捕まえている。
「私のことはくっつき虫とでも思ってください。」
「こんなでかいくっつき虫がいるかぁ!」
「・・・なんでノインはリッカに懐いているんだ?
べリルは呆れていた。彼女もノインの行動については分からないらしい。リッカは抗議の声を上げる。
「知らないよ!っていうかべリルちゃんが作った人造兵なんでしょ!どうにかして!」
「いや。無理。」
「諦めるのはっや!?」
「私は寂しいと死んでしまうのです。」
「ノインはウサギじゃないでしょ!」
いつもはクオンを振り回す側のリッカなので、こういう状況は新鮮だ。思わずその光景に微笑んでしまう。カリンも同じ気持ちなのか、クオンと顔を見合わせた後、困ったように少し笑っていた。
「おっ。やっと来たようだな。」
クオン達が入ってきた扉とは反対側にもう一つの扉があった。その扉がゆっくりと、ゴゴゴゴと音を立てて開く。姿を現したのは、リーンハルト三世、アルバン、ルビーの三人だった。
「待たせてしまったかな。ジョシュア。」
「気にしてない。お前が遅れるのはいつものことだ。」
王と臣下らしからぬやり取りをするリーンハルトとジョシュア。対照的に、アルバンとルビーは目を丸くしていた。この場に息子と娘がいるとは思わなかったからだ。
「クオン、リッカ、なんでここにいるんだ?」
「そのことはこの後説明するよ。アルセイド伯爵殿。」
「ふふ。なんだか面白そうな事が聞けそうね。」
困惑するアルバンと、面白そうな雰囲気を感じて目を輝かせるルビー。こうして、秘密の謁見が始まったのであった。
*********
個人試験第五戦目。エルヴィンの最後の相手はまだ試合会場には来ていなかった。そばにいた試験官に聞くと、どうやら騎士団でも上位の人物が相手をしてくれるらしい。所用で少し遅れるとのことだ。
「で?結局、誰が相手してくれるんだ?五戦目の相手が試験官の中の一人だって言うんなら、あんた知ってるんだろ?」
「ああ知ってるぞ。だがそれは来てのお楽しみだ。坊主。」
「そんなじらさなくてもいいのに。」
身体はまだ少し痛い。『銀白狐変化』はできないだろう。だが戦えるほどには回復していた。本職の魔導士には及ばないが、ツェツィは治癒魔法が使えるので、治してもらったのだ。ツェツィ本人はあまり乗り気ではなかったが。
「ほら。お待ちかねの相手が来たぞ。」
試験官が顎でしゃくった先を見ると、狼族の男がこちらへ歩いて来ていた。威圧感を纏った巨躯。鋭い眼光。エルヴィンはその男の事を知っていた。
(騎士団長のヴェンツェルかよ。随分と大物が来たもんだ。)
この国一の騎士と言われているヴェンツェルは人気が高く、姿絵が広く出回っている。エルヴィンはヴェンツェルと会ったことはないが、姿絵は見たことがあったのですぐ分かった。
「待たせたな。」
「おう。待ってたぜ。」
ヴェンツェルは鋭い視線でエルヴィンを見下ろす。2mはあるヴェンツェルに見下ろされたら、普通ならびびってしまうだろう。
(今んとこは大丈夫。姉さんの方がこえーし。)
だが、エルヴィンはもっと怖い存在を知っているので、このくらいではびびらない。逆に睨み返してやる。
「ほう。この程度では怯まないか。楽しい試合になりそうだな。」
ヴェンツェルは獰猛な笑みを浮かべる。同じ狼族のローズの場合よりも背筋が凍りそうだ。
「野郎の笑顔なんざ嬉しくねえ。それよりもさっさと試合始めろよ。」
「それもそうだな。」
エルヴィンとヴェンツェルは向き合う。二人が位置についた事を確認した試験官は試合開始の宣言をする。
「それでは個人試験第五戦。始め!」
試合開始と同時に、エルヴィンは素早く前へ踏み込んだ。いつもならもっと慎重に攻めるが、体の痛みもあるのであまり長引かせたくなかった。
(先手必勝!)
妖剣を鞘から抜き放ち、そのままの勢いでヴェンツェルに斬りかかる。ヴェンツェルはその動きに反応し、騎士剣で受け止める。金属と金属がぶつかり合う音が響く。
「ふん!」
ヴェンツェルが騎士剣を上段に構える。すると、刀身に炎が走った。エルヴィンが驚く暇もないまま、ヴェンツェルは炎に包まれた騎士剣を振りぬく。
「緋炎覇。」
緋色の炎がまるで不死鳥のような姿となり、エルヴィンに襲い掛かる。エルヴィンは鞘を前にかざす。
「氷盾!」
鞘の前面に氷の盾が展開する。不死鳥は氷の盾に衝突する。盾が溶け落ちるのと、緋色の炎が消えるのは同時だった。
「・・・無詠唱で魔法?いや、違うな。その剣の能力か。木の葉といい変化といい芸達者だな。」
「そりゃどーも。」
再び、ヴェンツェルの騎士剣に炎が灯る。今度は青色の炎だ。ヴェンツェルが騎士剣を振ると、多数の炎の弾がエルヴィンに向かって射出された。エルヴィンは迫りくる炎弾を弾いていく。
(なんかおかしい。攻撃が単調すぎる。何か狙ってるな・・・?)
すると、ヴェンツェルがふっと笑う。エルヴィンは、ヴェンツェルのわずかな視線の動きを追う。すると、先ほど弾いたはずの炎弾が、消えずに浮いていた。いつの間にかエルヴィンを取り囲んでいる。
「青炎舞。」
ヴェンツェルの声とともに、周囲の炎弾がエルヴィンに殺到する。エルヴィンはとっさに炎弾の密度が薄い方へ飛んだ。
(やっべ。これは罠だ!)
頭が理解するより先に体が動いてしまったのでどうしょうもない。飛んだ先にはヴェンツェルが先回りしていた。騎士剣に白い炎を纏わせて。
「白燐閃。」
ヴェンツェルは燐光を撒き散らしながら、騎士剣を振るう。再び氷盾で防ぐが、まるでバターのように一振りで切り裂かれた。エルヴィンとヴェンツェルは激しく斬り合う。白い炎によって攻撃力と熱量が上乗せされたヴェンツェルが次第に優勢になっていった。
「随分と暑苦しい技使いやがって!」
エルヴィンの妖剣も次第に熱くなり、持っているのが辛くなってくる。傷ついた体もそろそろ限界だった。対照的に、ヴェンツェルは余裕の表情だった。
(悔しいが勝てそうにないな。だが、ただでは負けねえぞ。その余裕こいた表情を崩してやる!)
エルヴィンは一旦距離を取り、妖剣に手をかざす。手を刀身に沿って動かすと、動きに合わせて刀身に緋色の炎が走った。
「なっ!?」
さすがのヴェンツェルも目をみはる。エルヴィンはヴェンツェルに向けて炎を射出する。
「緋炎覇ァ!」
不死鳥の姿の炎がヴェンツェルに襲いかかる。だが、不死鳥はヴェンツェルの騎士剣で受け止められ、炎は取り込まれる。
「やっぱそううまくはいかねーなー。」
エルヴィンは妖剣をその場に取り落とす。もう熱さで持っていられなかった。手にも水ぶくれができている。エルヴィンの頬を流れ落ちた汗が妖剣に当たり、ジュッと音を立てた。
「降参。もう動けねえ。」
エルヴィンはその場に仰向けに倒れる。四試合目の疲労とヴェンツェルの猛攻で、体力が限界だった。そのまま気絶する。
「そこまで!勝者ヴェンツェル!医療班、彼を医務室へ運んでやれ。」
エルヴィンが担架に乗せられ運ばれていく。その様子を見ながら、ヴェンツェルはつぶやく。
「・・・まさかスペクトルの能力まで真似るとはな。面白い小僧だ。」
「お前が笑うとはな。そこまであの坊主が気に入ったのか?」
試験官がヴェンツェルに話しかける。それなりに付き合いが長いヴェンツェルが、珍しい表情をしていたからだ。いつも仏頂面なだけに内心驚いていた。
「まあな。」
「やれやれ。あの坊主も災難だな。」
*********
頬に温度を感じて、エルヴィンの意識が浮き上がる。エルヴィンは身じろぎし、目を開けると、ツェツィがベッドの傍らでエルヴィンの顔を覗き込んでいた。
「あっ。起きた?エル君。」
「・・・ん?ツェツィ?」
ぱっと笑顔になるツェツィだったが、すぐにむっとした表情になる。エルヴィンの頬を指でつんつんしながら、ちょっと強い語調でたしなめる。
「もう!無理しちゃだめだよって言ったのに、倒れて担がれてくるんだから!もう少しエル君は自重すべきだと思うなっ!」
「ははっ。ごめんごめん。」
ツェツィは眉を逆ハの字にしてぷりぷり怒っていたが、怒った顔も可愛いので怖くなかった。ついエルヴィンは笑顔になってしまう。
「ふっ。そいつに言っても無駄だろう。心配するだけ損だ。」
となりのベッドから不遜な男の声がしたのでそちらを向くと、包帯でぐるぐる巻きにされた奴がいた。腕を組んでいて、包帯男はやたら偉そうな態度だった。
「うおっ!?誰だお前!?」
「失敬な。俺だ。テオバルトだ。」
「テオバルト!?・・・確かに声はテオバルトだな。っていうかどうしたんだよお前。最後の戦いで大怪我でもしたのか?」
「いや・・・負けはしたが怪我はあまりしてない。ちょっとばかり包帯が過剰なだけだ。治療してくれた者が心配性でな。黙ってたらこうなった。」
「黙ってないで止めろよ。」
「人の善意を妨げるのは難しい・・・。」
なんだか遠い目をするテオバルト。深い事情があるっぽいが、話す気はないようだ。
「それにしても、二人ともやられちゃったね。やっぱり本職の騎士さんは強いよ。」
「貴様は騎士団長に目をつけられたな。魔法剣スペクトルまで持ち出すとは随分と評価が高いようだ。」
「魔法剣スペクトル?あの暑苦しいの名前付きかよ。」
一般的に、魔法剣や妖剣の中でも、能力が高かったり珍しいものは『名前付き』と呼ばれ固有の名前が付いている。
「魔法剣スペクトル・・・七色の炎を出せると言われてる魔法剣だね。最大火力だと山さえ切れるとも言われてるよ。威力だけなら魔剣に匹敵するとか。」
「げっ。そんなやべーもんを試験で持ち出したのか。」
「さすがに手加減はしていただろう?本気なら貴様は消し炭だ。」
その後も互いの試合結果を上告し合う。エルヴィンとテオバルトは三勝一敗一引き分け。ローズは四勝一敗。ツェツィとベルンハルトは三勝二敗という結果だった。筆記試験も皆、足切りを大幅に越えていた。
「みんな合格できそうだね。黒竜を倒したことを加味すると、首席はエル君、テオ君、ローズの三つ巴かな?」
「貴様は、首席を取ったら何か陛下に請願したいことがあるのか?」
「なんだよ急に。」
「何だ?言えないのか?貴様は、俺が陛下を番にすると、散々悪し様に言っていたくせに、自分は良からぬ願いを考えているんじゃないだろうな?」
「ねーよ。俺は無理強いはしない主義だ。それに、俺は噂が本当か聞いただけだ。」
「確かエル君のお願いは、『陛下の尻尾を枕にして寝たい』だっけ。怖いもの知らずのエル君らしいよ。」
「・・・スケールがでかいのか小さいのか分からんな。貴様の器は。」
テオバルトが盛大にため息を吐く。エルヴィンのお願いに呆れているようだ。
「九尾の妖狐の尻尾だぞ!?きっともふもふなんだぞ天国がそこにあるんだぞ!?っていたたた!?」
「もう!興奮しすぎだよ。怪我人なんだから安静にして。」
「そうだぞ。さっきからほとんど動かない俺を見習うべきだ。」
「お前は動かないんじゃなくて、包帯ぐるぐるで動けないだけじゃねーか。」
威張る包帯男にツッコミを入れる。そのせいでまた体が痛くなった。エルヴィンは一刻も早く動けるようになりたいのでツェツィにお願いをしてみることにした。
「ツェツィ。治癒魔法かけてくれ。」
「だーめっ。試験があるから仕方なく治癒魔法してあげたけど、こういうのは自分の力で自然に治すほうがいいの。それに君はすぐ無茶するんだから。たまには元気でいられることのありがたみを知るべきだよ。」
あっさりとエルヴィンの頼みは却下される。ツェツィはあまり乗り気ではない。治癒魔法は傷こそすぐに塞がるが、体に負担をかけるため多用はしないほうがいいのだ。エルヴィンを心配しての物言いだった。
「俺の尻尾触っていいから。」
「僕はエル君みたいに尻尾フェチじゃないよ。」
「えー。」
「えー、じゃありません。ほら、黙って安静にしてなさい!」
食い下がるエルヴィンだが、残念なことにツェツィは尻尾フェチではなかった。不満たらたらのエルヴィンを懸命に寝かせようとするツェツィ。そんな二人の様子を見たテオバルトは嘆息する。
「まるで、わんぱく少年とお母さんだな・・・」
言い合う二人はほっといたまま、テオバルトは瞳を閉じる。試験の疲労のため、すぐに眠りに落ちたテオバルトであった。
********
王城の地下、隠し書庫の一室でリーンハルト三世、アルセイド伯爵夫妻とクオン達との話が始まった。
「さて、初めて見る顔がいるみたいだが・・・。」
リーンハルトはベリル、カリン、ノインを順番に見る。クオンとリッカは昔、子供の頃に両親に連れられてリーンハルト三世と会ったことがあるので初対面ではない。
「会わせたい人物とは・・・?」
「ああ。この子だよリーン。おいで。カリン君。」
「は、はい。」
カリンは緊張した面持ちでジョシュアの隣まで来た。クオンとリッカはジュシュアとカリンの後ろに移動する。
「ふむ。お嬢さん。お名前を聞かせてもらえるかな?」
「は、はい。えっと。初めてお目にかかります、陛下。私はカリン=アントラと申します。」
「・・・アントラ?おい!ジョシュア!この子はまさか!?うそだろ!?」
アントラという言葉に反応するリーンハルト。驚きで口調が地に戻っている。アルバンとルビーも声には出さなかったが驚いた表情をしていた。アントラ王国と竜角人の伝説。三人はその伝説のことを思い出していた。
「嘘じゃないぞ。カリン君、魔法を解いてくれるかい?」
「・・・はい。」
カリンが両手でこめかみのあたりを押さえる。柔らかな青い光が輝き、そして消えた。手を離すと、小さな白い竜角がカリンの頭に現れていた。三人の視線が竜角に集中する。
「本物・・・なのか?ジョシュア。」
竜角を目の当たりにしても、信じられないという表情のリーンハルト。ジョシュアはそんな友に笑いかける。
「ああ、本物だとも。リーン。伝説は本当だったんだ。」
「はは。昔、お前と語り合ったことが真実だったとはな。」
「君に会わせたのは、彼女を秘密裏に保護するためだ。諸外国に知られれば大変なことになる。」
「確かにな。オストシルトや聖ルークスが黙っていまい。」
「できるだけ秘密にしたかったが、カリン君はリンドブルム王国に住むことを希望している。だからリーンとアルセイド伯爵夫妻には知らせて味方になってもらった方がいいと思ってな。」
ジョシュアはアルセイド伯爵夫妻の方を向く。
「彼女のことは分かった。私とルビーを呼んだのは我がアルセイド州に住むということか?」
「ああ、そうだ。問題があるか?」
「問題はない。だが疑問はある。なぜうちの領地に?」
「選んだのは私ではないよ。カリン君の希望だ。」
「彼女が?」
アルバンは説明を求めてカリンを見る。カリンは説明しようと口を開きかけたが、上手く言葉にできない。
(クオン君とリッカさんの近くにいたいから・・・って恥ずかしくて言えないよ!ど、どうすれば・・・)
その様子を見て察したジョシュアがカリンの代わりに話始めた。
「カリン君を見つけたのはクオン君とリッカ君だ。」
「クオンとリッカが?」
「そうだ。目覚めてからずっと行動を共にしている。つまり、より正確に言えば、アルセイド州に住みたいのではなく、仲の良い二人のそばにいたいのだよ。そうだね?カリン君。」
「はい・・・それで合っています。」
ジョシュアが代弁してくれたのでほっとしたカリン。ふと顔をあげると、口を猫口にして目を輝かせているルビーとばっちり目が合った。嫌な予感がしたが見なかったことにした。
「なるほど。理由は分かった。アルセイド伯爵として、歓迎しよう。」
「私もよ。」
「はい。よろしくお願いします。」
カリンは深々と礼をする。顔をあげるとすぐに、ルビーはカリンに歩み寄る。
「ねえ。息子たちとは具体的にどういう関係なのかしら?お母さん、根掘り葉掘り聞きたいわ~。」
「え、えっと。」
ルビーの勢いに押され、たじたじのカリン。すると、アルバンがこほん、と咳払いをする。
「ルビー。後にしときなさい。時間はあるんだから。」
「仕方ないわね。」
ルビーはちょっと残念そうにしながらカリンから離れる。場が落ち着いたところで、リーンハルトは再び話し始める。
「カリン殿のことは承知した。それで、そちらのお二人は?」
リーンハルトはベリルとノインに目を向ける。ベリルはリーンハルトの前に歩み出る。
「王よ。お初にお目にかかる。私の名はベリル=スマラクト。俗に言う、翠の魔女だ。」
「・・・は?翠の魔女?」
リーンハルトの目が点になる。三百年前に死んだはずの魔女の名を聞いて困惑する。アルバンとルビーも同様だった。
「私も最初は信じられなかった。だが、彼女の魔女紋章は紋章院に登録されている本物だ。疑う余地はない。」
「しかし、肖像画よりもその、随分幼いように見えるのだが。」
リーンハルトの疑問はもっともだった。伝えられている肖像画では成人女性だが、目の前にいるベリルはどうみても幼い女の子だったからだ。
「そこは私がかいつまんで説明しよう。」
ジョシュアは経緯をかいつまんで話す。クオンとリッカがカリンを見つけたこと。ジョシュアが翠の魔女の墓地に行ってみることを提案したこと。翠の魔女のダンジョンで不思議な卵を見つけ、中から幼いベリルが出てきたこと。ベリルは当時の記憶があやふやになっていることを順番に話した。
「むう。俄かには信じがたいが、魔女紋章が本物であれば信じるしかあるまい。」
「まあ、私のことはカリンのおまけとでも思っていてくれ。」
「そういう訳にはいかないだろう。しかるべき地位に・・・」
「当代にはアデラインという強力な魔女がいるのであろう?私が出張る必要もない。失われた魔法の復元や歴史研究には協力するから勘弁してくれ。困ったときには助けてやるから。それに、この姿では威厳もなにもあったものではない。」
「・・・確かに。」
無理強いはできないと思ったのか、リーンハルトはそれ以上は求めなかった。次に、ノインに目を向ける。
「私はノイン=シュタールと申します。べリルの作成した人造兵です。」
「ずごいな。まるで人間のようだ。人工精霊でも搭載しているのか?」
「そこは乙女の秘密で教えられません。ですが、家事から戦闘、夜伽に至るまで何でも奉仕いたします。」
「・・・。」
ノインの発言になんて返していいのかわからず、微妙な表情のまま沈黙するリーンハルト。その様子を見たノインはリッカに言葉を投げる。
「リッカ。どうしてくれるんですか?あなたの言ったとおりにしたら滑りました。」
「私何も言ってないよ!?」
「・・・愉快な人造兵だな。」
「そんなに褒めないでください。照れます。」
「王様は呆れてるんだからね!?褒めてないからね!?」
そんなこんなで、王様とアルセイド伯爵夫妻と知り合ったカリン。少しずつ、新しい生活への準備を進めていくのであった。
*********
騎士試験の日程がすべて終わった後、エルヴィン、ベルンハルト、ツェツィ、テオバルト、ローズは大衆食堂にいた。エルヴィンとベルンハルトがドラグに来たばかりの時に利用した食堂だ。
「まさかほんとに来るとは思わなかったぞ。」
エルヴィンは貴族のテオバルトとローズが大衆食堂に来たことに驚いていた。貴族が来るような場所ではない。それに、有名な二人なので、周囲の客からの注目も高かった。
「おい・・・あれってツヴァイクの・・・」
「ウィンゲートもいるぞ。一体何が起こるんだ・・?」
犬猿の仲で有名なテオバルトとローズの組み合わせに、事情を知らぬ者たちは勝手に妄想を膨らませる。
「ふん。偶然予定がなかっただけだ。ならば誘いを断るのは無粋だろう?」
「ツェツィは友達だ。友達に誘われれば来るのは当然だ。」
「まあ、別にいいけどもっと和やかにしろよ。飯がまずくなるだろ。」
どうせならと、テオバルトはエルヴィンが、ローズはツェツィがダメ元で誘ったのであった。
「ところで、席が一つ空いてるが誰か来るのか?」
ベルンハルトが空いている席を指差す。すると、その疑問にテオバルトが答えた。
「俺の連れだ。どうしても来たいと言い張ってな。」
「テオバルトの連れ?いったい誰?貴族?」
「いや貴族ではない。庶民だ。」
「庶民?意外だな。もしかして彼女か?」
エルヴィンが茶々を入れる。テオバルトはなんだか微妙な表情をしながらきっぱりと否定した。
「ただの腐れ縁だ。」
「ひどいなー。せめて友達って言ってよ。テオ。」
不意に女性の声がした。声のした方を見ると、犬族の女性がいた。エルヴィンとベルンハルトはその女性に見覚えがある。
「あれ?ここの店員さんだよな?エルヴィン。お前も覚えてるよな?」
「ああ、見覚えがある。」
その女性は、エルヴィンとベルンハルトがこの食堂を利用した時に見た店員だった。だが今回は店員の服ではなく私服のようだった。
「私も覚えてるよー。そこのお二人さんと白虎の女の子。まさかテオと知り合うとは思わなかったけど。」
いつもの営業微笑ではなく、自然な笑顔を向けてくる。テオバルトのぶすっとした表情とは対照的だ。
「私の名前はハチ。この食堂の看板娘にして、テオの友達だよ!よろしくね!」
ハチは簡単に自己紹介をすると、空いていた席、テオバルトの隣に座る。エルヴィンたちも順々に自己紹介をする。ハチの瞳は興味津々といった様子だった。
「ごめんねー。無理言って参加させてもらっちゃって。どうしてもテオの新しい友達が気になってさ。」
「友達ではない知り合いだ。」
「素直じゃないでしょー?こんなんだけど根はいい子だから仲良くしてあげてね。そのついでに私とも仲良くしてくれるとうれしいな。」
テオバルトの頭をぽんぽんと叩きながらそう言うハチ。テオバルトは不満そうな顔をしたが、特に反論はせずされるがままになっている。その様子で他の面々は、二人の力関係を察した。
「テオバルトにも頭が上がらない人がいたんだな。意外だ。」
「誤解をするな。ただ反論してもこいつは聞いてくれないからしないだけだ。」
「やっぱり素直じゃないな~テオは。うりうり~。」
「だああ!うりうりするな!」
ちょうどその時、料理が運ばれてきた。料理を楽しみながら、エルヴィン達はわいわいと会話を楽しんだのであった。
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謁見が終わった後、クオン、リッカ、カリン、べリル、ノイン、ルビーは王都にある屋敷へと戻ってきていた。王とアルバン、ジュシュアはまだ話すことがあるということで王城に残っている。
「母さん。そういえば頼んでおいたものってどうなってる?」
カリン、べリル、ノインはそれぞれ別の部屋に泊まっている。クオンはカリンに聞かれたくない話題だったので、こうやって母の部屋でリッカとともにルビーと話していた。
「デザインはできたわ。これよ。」
ルビーはスケッチブックを開き、中の絵を見せる。
「うん。良いデザインだと思うよ。きっと喜んでくれると思う。」
「そうだね。私も可愛いデザインと思う。」
クオンとリッカは、ルビーから見せられたデザインを褒める。
「あとはどうやって渡すか考えないと・・・。」
「そうだね。一番カリンちゃんが喜ぶような方法にしないと。」
悩む息子と娘を微笑ましく見守るルビー。ちょっとした親心で少し助言をすることにした。
「ロマンチックなシチュエーションが好きなものよ。ねえリッカ?」
「確かにそうだけど・・・カリンちゃんが考えるロマンチックってなんだろ?」
「まだ時間はあるわ。ゆっくり考えてみなさい。」
カリンの知らない間に、クオンとリッカの秘密の計画が動き出したのであった。
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