第二十一話『秘密の謁見 前編』
続きとなります。
レグニスの王城では、ローラン大陸遠征に向けて官僚や騎士たちが忙しなく動き回っていた。リーンハルト三世も、執務室で各部署から上がってくる書類の決裁に追われていた。なかなか減らない紙の束。ため息をつきながら、玉璽を押していく。
「・・・少し休憩しよう。」
さすがに数時間も書類とにらめっこを続けていると疲れが来る。玉璽の重さも相まって肩も凝っていた。リーンハルト三世は椅子にもたれかかると、目と目の間を揉む。すると、窓をコツコツと叩く音がした。窓に目を向けると、一羽の鷲がこちらを見ていた。
「ハヤテ?ジョシュアからとは珍しいな。」
ジュシュアはリーンハルト三世が王太子だった頃からの友人だ。自由の利かぬ身分である自分の代わりに、多くのことを教えてくれたのがジョシュアだった。今でも、学者になったショシュアには公私ともに頼りにしている。たまに文通していたが、ハヤテを介した連絡は極秘にしたいことを知らせる時にしか使わない。リーンハルト三世は、窓を開けるとハヤテを中に入れる。ハヤテは慣れた様子で、リーンハルト三世の腕に飛び乗った。足には筒が括り付けられている。筒には、リンドブルムの紋章が刻まれていた。リーンハルト三世は筒を外す。筒から手紙を取り出す。手紙を広げるが、文章は暗号化の魔法がかかっている。リーンハルトはジョシュアと事前に取り決めてあった復号の魔法を唱えた。
「神秘の箱にあるものよ。我が命に答え、我に向けたる意思を開け。『復号解錠』。」
光と共に手紙の文章が意味のあるものへと再構成される。内容は簡潔なものだった。
『君とアルセイド伯爵夫妻に会わせたい人物がいる。内密に頼む。』
その内容に眉をひそめる。暗号化されている手紙にも詳細が書いていないということはそれだけ秘密にしたいということだ。極秘の情報をやりとりしたことはあったが、今までにこのようなことはなかった。
「私はともかく、アルセイド伯爵もとはどういうことだ?」
リーンハルト三世はアルセイド伯爵を思い浮かべる。貴族の中でも誠実な人物だったはずだ。
「まあ、会ってみればわかるか。」
あのジョシュアが会わせたい人物、しかも極秘にということで興味が強くそそられる。リーンハルト三世は便箋を取り出し、ジョシュアへの返事を書き始めたのであった。
*********
ジョシュアの研究室の中、カリンは部屋の中を歩き回っていた。リンドブルム王国の王様と謁見すると聞いて、不安で仕方がないのだ。その様子を見て、リッカが首を傾げる。
「ねえカリンちゃん。カリンちゃんってアントラ王国の王女様なんでしょ?王様と会うのって慣れてるんじゃないの?」
リッカは至極真っ当な疑問を口にする。すると、カリンは困ったように言った。
「王女といっても、国民みんな家族みたいなもんだったし。他の国とは交流なかったし・・・。」
両手の人差し指をつんつんと合わせながら、恥ずかしそうにするカリン。
「大丈夫だよ。一人で会うわけじゃないんだから。僕とリッカもいるんだし。」
「ん。そうだね。」
クオンの言葉に、少し落ち着くカリン。近くのソファに座り、テーブルの上に置いてある水差しからコップに水を注ぎ、七分目まで満たした水をちびちびと飲む。
「クオン君とリッカさんのご両親はどんな人なの?」
「うーん。父様は厳しい人ではあるけど、なんだかんだで女の子には甘いから大丈夫だよ。母様はほんわかしてて優しいよ。カリンちゃんのこと大歓迎だと思うな。」
「そ、そうなんだ。なら安心していいかな。」
「ミーチョちゃんにはもう会ってるよね。じゃあ、あとはお兄ちゃんとクロちゃんだね。」
「お兄ちゃん・・・って二人のお兄さん?」
「うん。僕らの兄でアルノーっていうんだ。最近はあちこち飛び回ってて会ってないけどね。」
「じゃあクロちゃんって・・・?」
「クロは僕らの家で飼っている猫だよ。」
「・・・猫?」
猫という単語を聞いたとたん、カリンの雰囲気が変わる。コップを置き、がばっと立ち上がると、クオンに詰め寄る。
「猫!?猫ってあの伝説の!?」
「で、でんせつ?ちょ、ちょっと!落ち着いてカリンさん!」
「はっ!?ごめんなさい!」
カリンは我に返ったが、すぐにまた目をキラキラさせながら語り出す。
「ライン大陸には猫っていう小さな虎がいるって本で読んだの。いつか見てみたいなって。」
「と、虎?アントラ王国には猫はいなかったの?カリンちゃん。」
「うん。いなかったわ。ミーチョさんみたいな猫族の獣人さんはいたんだけど・・・。猫は本の挿絵で見たくらいよ。だから私にとって伝説の動物なの!それに、猫っておしゃべりするんでしょ!」
クオン達にとっては、竜角人のカリンの方がよっぽど伝説の存在だ。なので当のカリンが猫を伝説の動物だとはしゃいでいる様子はなんだか面白かった。クオンとリッカは微笑む。
「じゃあ、落ち着いたらクロに会わせようか?」
「いいの!?ありがとう!」
クオンが提案すると、カリンは嬉しさのあまり抱き着く。突然のことで、クオンは頭の中がパニックになる。
(か、カリンさんが抱く着い・・・いや待て落ち着けここは冷静にでも柔らかいしいい匂いがするしもう少しこのままで・・・)
男の子の煩悩で、クオンが何もできずにカリンを夢見心地で見ていると、その視線に気づいたのか、カリンが顔をあげる。すると、自分のしていることに気づいたのか、カリンの頬がみるみる朱に染まっていく。
「ご、ごめん!クオン君!」
「き、気にしないで!」
クオンもカリンも頬を赤くしたまま互いに背を向ける。どちらも頭から湯気が立ち上りそうだ。
「いや~眼福ですねえ。」
そんな二人の様子を、微笑ましく見守るリッカなのであった。
*********
個人試験三戦目。ローズとの対戦だ。エルヴィンは大剣を背にしたローズと向かい合っていた。試合開始前だというのに、ローズは並々ならぬ闘気を放っていた。ツリ目がいつもより釣りあがっているように見える。
(ローズは何でこんなに気が立ってるんだ?俺が何かまずいこと言ったかな・・・。)
考えてはみるが何も思いつかないエルヴィン。一旦、思考を止め、妖剣を鞘から抜いて構える。ローズも険しい顔のまま、背中の大剣の柄に手をかけた。
「それでは試合を開始する。始め!」
試験管の合図と共に、ローズがこちらへ向かって走ってくる。大剣を抜き放ち、そのまま叩き付けてきた。
「てやあ!」
エルヴィンは冷静に右に避け・・たつもりだったが、大剣から生じた衝撃波で姿勢が崩れる。尻尾でバランスを取りながらも、ローズから距離を取った。先程までエルヴィンがいた場所の地面は大きく抉れていた。
(なんつー威力だよ。こりゃ防御できそうにないな。)
最初はソードブレイカーも考えたが、あの威力ではこちらが剣を折られてしまいそうだった。どう攻めるかを考えあぐねているうちに、ローズがまた向かってくる。エルヴィンは無理に斬撃を真正面から防御せずに受け流す。それでもあまりの威力に手がしびれそうだった。手に感覚が戻る前に、次の斬撃が来る。大剣の扱いに隙がなかった。
「どうした?その程度ではないだろう?エルヴィン。」
ローズはすみれ色の瞳を細める。まるでエルヴィンを見定めているかのように。エルヴィンの前髪をローズの斬撃が撫でる。数本髪が切り払われたが、エルヴィンに攻撃の機会が来た。ローズが大剣を引き戻す前に仕掛ようとする。だが、ローズはそのまま回転し、尻尾をこちらに見せた。
「うおっ!?」
その尻尾から無数の、針状になった毛がエルヴィンの顔に向かって射出される。エルヴィンはとっさに避けるが、すでに攻撃の機会は失われていた。回転の勢いを大剣に加え、真横から斬りつける。
「狼牙!」
黒竜との戦いでも見せた技がエルヴィンに襲い掛かる。エルヴィンは鞘でガードするが、かなり衝撃が襲う。斬撃というよりも何か重い鈍器を叩き付けられたようだった。
(これは・・・受け止められねえ!)
無理にこのまま受け続ければ、鞘ごと破壊されると判断したエルヴィン。逆らわずそのまま横に吹っ飛ばされる。端から見るとやられたように見えるが、これもエルヴィンの技術の一つだ。わざと吹っ飛ばされることで、伝わったエネルギーを運動に振り分けて身体の破壊を防ぐ。そして運動エネルギーは、空気抵抗の増大と魔力の噴射で発散する。
「よっと!」
尻尾の毛をぶわっと広げながら、魔力を周囲に噴射し姿勢を整える。吹っ飛ばされて宙に浮いたエルヴィンだったが、難なく着地する。
「尻尾による空気抵抗増大と魔力噴射による姿勢制御。かつ、その二つの効果を合わせて運動エネルギーを消費させるとはな。」
ローズは、フッと笑みをこぼす。真っ白な犬歯が唇の隙間からのぞいていた。
「やっと笑ったな。ローズ。ずっと気が立ってたみたいだから安心したぜ。」
「気が立ってた?私が?」
「ああ。ずっと怖い顔してたぜ。」
「そうか。だが、お主は相手の心配をしている余裕があるのか?」
「余裕なんてねえよ。ただ、笑顔じゃない女を見たらほっとけないだけさ。特に、ローズは笑顔が可愛いし、あんな怖い顔なんて似合わねえ。」
「なっ~!?」
ローズの顔が一瞬で朱に染まる。ローズは持ち前の精神力で、なんとか恥ずかしさで暴れだしそうになるのをこらえた。
「・・・なるほど。それがお主なのだな。」
ローズは、はあ~とため息を吐くと、今度は獰猛な笑みを浮かべた。さっきの可愛らしい笑みとは違って、恐怖を感じる笑みだった。
「ろ、ローズ?」
「お主は、私の気が立ってると言ったな?正解だ。そしてその原因は・・・」
ローズはゆっくりとした動きで大剣を構える。そのすみれ色の瞳にエルヴィンが映っていた。瞳を一旦閉じるローズ。一拍ほど置いて、ローズは瞳をくわっと見開いて叫んだ。
「エルヴィン!お主だああああああああ!」
「えええええ!?」
まったく自覚のないエルヴィンはローズの叫びに驚く。鬼気迫る斬撃がエルヴィンを襲った。一発でも喰らえば戦闘終了だ。大剣によって巻き起こる風の唸りを間近に感じながらも、エルヴィンは必死で避ける。
(どうすれば勝てる?スタミナ切れを待つか?いや、これだけ振り回してんのに疲労の色が見えてないな。)
防御は出来ない。避け続けてスタミナ切れを待つにしても、一撃でも喰らえば終わりなこちらの分が悪い。
(決めるなら、一撃で決めないと。まず動きを止める必要があるな・・・よし!)
エルヴィンは覚悟を決める。地面を蹴って跳躍すると、尻尾の毛を数本抜いて、ローズへと投げる。大剣で弾かれて、ローズ本人には当たらなかったが、狙い通り、ローズの影に刺さる。
「影操演!」
エルヴィンが叫ぶと、ローズの影がまるで意思を持った生物のように動き出す。そして、ローズを後ろから羽交い締めにした。
「な、なんだこれは!?くっ!小癪な真似を!」
影から逃れようともがくが、力が拮抗しているため、なかなかふりほどけない。この技は媒体にした影の持ち主の力量に左右される。能力が高いほど強い影が作れる反面、維持のための魔力が高くなるのだ。エルヴィンはこの機会を逃さず攻撃を仕掛けた。狙いは、ローズの持ってる大剣だ。
「はああああっ!」
裂帛の気合いと共に、エルヴィンは妖剣で斬りつける。ローズも、影を無理やり引きちぎりながら大剣を振るおうとする。エルヴィンはその力に舌を巻きつつも、手は止めない。エルヴィンの妖剣とローズの大剣がかち合う。火花が散り、そしてローズの手から大剣が吹き飛ぶ。さすがのローズも、影に拘束されていたせいで、手に力が十分に入らず無理な体勢で剣を振ったためこらえきれなかったようだ。
「くっ!?しまった!?だが、まだだ!」
大剣が地面を回転しながら滑っていく。だが、まだローズの戦意は衰えていない。エルヴィンに向かって、右拳を突き出してきた。
(チャンス!)
エルヴィンは繰り出された拳を避けると、その腕をつかむ。そのまま体を半回転させ、ローズを投げ飛ばす。何とか受け身はとるが、影がまとわりつき、がっちりとローズを拘束した。
「くっ!この!」
ローズはもがき、ふんぬうう!と顔を真っ赤にさせながら拘束を破ろうとする。その間に、エルヴィンがローズに妖剣を突き付けた。
「ローズ、勝負ありだ。」
「・・・参った。」
不承不承だったが、拘束が解けず、勝ち目はないと分かったのかローズは降参する。
「そこまで!勝者、エルヴィン。」
エルヴィンはほっと息をつき、妖剣を鞘に納める。そこに、ローズがいかにも不機嫌な声が聞こえてきた。
「おい。拘束を解いてくれ。」
ぶすーっとした表情で、エルヴィンに要求する。エルヴィンは頬を指で掻くと、気まずそうに言う。
「すまん。影操演はまだ開発中でさ。その、一定時間経たないと解けないんだ。」
「はあ!?」
「すぐ解けると思うけど、次に試合もあるし、俺がローズを運ぶよ。」
「ちょ!?」
反論する間もなく、エルヴィンはローズを抱き上げる。転がっていった大剣は試合を補助している係員に頼んで運んで貰う。
「・・・」
抱き上げられたローズは顔を真っ赤にして口をパクパクさせていたが、何を言っても無駄だと悟ったのか、そのうち口を真一文字に閉じた。試合場から出たと同時に、影操演の効果が切れる。エルヴィンはローズをそっと地面に降ろした。だが、ローズから冷気のような闘気が流れ出ていた。
「エルヴィン。」
「な・・なんだ?ローズ。」
「お主の強さは認めよう。だが!」
ローズは顔を真っ赤にして、瞳には涙を滲ませながら言う。
「私の心を弄んだことは絶対に許さん!今度戦うときは覚悟しておけ!」
「な、なんで!?」
去っていくローズの背中を呆然と見送るエルヴィン。「女の子に優しく」という姉の言葉を守っているエルヴィンだったが、女性経験は皆無だったので、なぜローズが怒っているのか全然分からない。
「後でツェツィに相談しよ・・・」
試合は勝利したが、ローズの言葉に戸惑うのであった。
*********
王都のアルセイド邸では、久しぶりに主人が帰宅したところだった。アルバン=アルセイド伯爵は出迎えたミーチョに持っていた鞄を渡す。
「おかえりなさいませ。旦那様。」
「ただいま。ミーチョ。」
「予定よりお早いですね。」
ミーチョの頭の中にあるスケジュールでは、アルバンの帰りは半月は先のはずだった。何かあったのかなとミーチョは思った。
「陛下に呼ばれてな。王国鉄道の件で話がしたいらしい。ルビーも一緒にとのことだ。」
リンドブルム王国では、国を挙げて線路網の構築にかかろうとしていた。工房都市アイゼンで開発された魔導列車は実用化の段階に来ており、最初はアイゼン周辺に線路を敷設する予定だ。将来的には、王都を中心にして全国に線路を張り巡らせる計画である。アルバンは新設された王国鉄道局に足を運び、アルセイド州への線路敷設が早期に成されるように働きかけている。豊かな土地とは言えど、アルセイド州は辺境。何も言わなければ最後までほっとかれる可能性が大きい。列車輸送という新しい物流ネットワークに乗り遅れれば、アルセイド州から人とものが流出し衰退してしまうかもしれない。アルバンはそれを防ぐため、他の領主よりもかなり早くから動いていた。
「奥様もですか?」
「アルセイドの経営にはルビーも関わっているからな。意見が聞きたいらしい。」
「旦那様は奥様に頭が上がりませんもんね~。」
ミーチョはむふふ~と猫口になって笑う。アルバンは咳ばらいを一つすると話を続けた。
「答えにくいことを言うな。ところで私が不在の間、何か変わった事はあったかな?」
「それにつきましては、奥様からお話があるとのことです。」
「何?ルビーから?今どこにいる?」
「奥様は自室にいらっしゃいます。」
「分かった。荷物は私の書斎へ持って行ってくれ。」
「承知いたしました。旦那様。」
ミーチョは一礼すると奥に下がっていった。アルバンはそのままルビーの部屋へと向かう。扉の前に立つとノックをする。中から「どうぞ~」という返事が聞こえたので、アルバンは扉を開いて中へと入った。
「あら。お帰りなさい。予定より早かったのね。」
部屋の中では、ソファに座ってルビーが本を読んでいた。
「ただいま。ルビー。ところで君から話があると聞いたのだが。」
「ええ。クオンのことよ。」
「クオンがどうかしたのか?」
「どうやら、好きな子ができたみたいなのよ!」
ルビーは目をキラキラさせて話す。母親としては、息子のやっと来た初恋が嬉しかった。
「あの子ったらドロシーちゃんにも反応しなかったでしょ?だから心配してたんだけど、ちゃんと女の子が好きで安心したわ。」
嬉しそうなルビーとは対照的に、アルバンは手放しでは喜べなかった。次男であるクオンは結婚相手にこだわる必要はないが、悪い女に引っ掛かるのだけは避けて欲しいのが親心。アルバンの中では、クオンは悪い女に引っ掛かりそうだと思っていた。
「その、大丈夫なのか?悪い女に騙されているとかはないよな?」
「偵察してみたけど、良い子だったわよ。そのうち、クオンとリッカが紹介してくれるでしょう。私たちから動くより流れに任せた方がいいわ。あなたも突っ走っちゃだめよ。」
「ううむ。君がそう言うなら。」
クオンのことは心配だったが、こういう話はルビーの方が上手だ。素直に言う通りにするアルバンだった。
「そういえば、陛下との話し合いとのことだが・・・。」
「ええ、分かっているわ。リーン君を丸め込めばいいんでしょう?」
「・・・君には頭が上がらないよ。」
*********
ローズのことは気がかりだったが、エルヴィンは気を取り直して、個人試験四戦目に臨む。相手はテオバルトだ。エルヴィンの前に立ち、大槍を構える。黒竜戦の時の槍とは違っていた。一目で見るだけでも、銃機構らしきものが取り付けられている。
(複合武器とは・・・それだけ自信があるんだな。)
一時期もてはやされた複合武器だが、扱いの難しさと強度の問題で廃れていった。今では儀礼用に使われるのがほとんどだ。エルヴィンも見るのは初めてだった。
「それでは試合を開始する。始め!」
試験官の掛け声と共に、エルヴィンはテオバルトから距離を取り、木の葉を三枚取り出す。
「四の術、氷霰。」。
まずは様子見とばかりに、テオバルトに木の葉を投げつける。木葉から大量の氷弾が噴き出し、テオバルトに襲い掛かった。
「ふん。」
テオバルトは氷の雨にも動揺せず、大槍を向けた。銃機構の引き金を引くと、リボルバーが回る。
「魔装選択、『焔散布』。」
槍本体と並行に取り付けられている銃口から炎が噴き出す。そのまま横に薙ぎ払い、テオバルトは自分に向かってきていた氷弾を全て溶かし尽くした。
「今度はこちらから行くぞ。」
そう言い終わった瞬間、テオバルトがもうスピードで突っ込んでくる。エルヴィンは妖剣を構え、迎撃態勢を取る。
「魔装選択、『稲妻榴弾』。」
再びリボルバーが回転する。銃口の先に稲妻の球体が出現した。テオバルトは稲妻の球体をエルヴィンに向かって放った。エルヴィンは避けるが、その隙にテオバルトの接近を許してしまう。
「はあっ!」
テオバルトは目にも止まらぬ速さで、連続で突きを繰り出す。エルヴィンは避けたり妖剣で弾いたりで防戦一方となった。武器の射程では槍の方に分がある。何とかして近づきたいが、テオバルトの技量は相当なものだった。
(離れて体勢を立て直すか・・・。)
エルヴィンは一旦距離を取る。だが、その動きをテオバルトは逃さない。
「『稲妻榴弾』!」
「うおっ!?」
エルヴィンに雷球をぶつけ、怯んでいる隙に再び接近するテオバルト。槍の突きと魔法による連携にエルヴィンはたじたじだった。槍に取り付けられている銃機構は魔法を連発するためのモノのようだ。
(離れたら魔法、近づいたら槍の嵐・・・どうする?)
エルヴィンは必死に考える。テオバルトの正確無比な槍と魔法をかわすにはどうすればいいのか。
(あの魔法なら・・・でも木の葉に登録してねえな。しゃーない。詠唱するしかないか。)
「大地の精霊よ。仇なす凡愚に・・・」
「させん!」
エルヴィンが魔法の詠唱を始めると、詠唱を阻止するため、テオバルトの攻撃がより熾烈になる。だが、エルヴィンは臆することなく詠唱を続ける。
(こいつ、俺の槍を防御しながら詠唱してやがる。)
魔法剣や妖剣、魔道具の助けを借りずに魔法を行使する場合、一定の集中力を要する。魔法に集中しながらも、動きが鈍らないエルヴィンに、テオバルトは内心舌を巻いた。
「・・・怒りを。我には祝福の歌声を。『大地爆砕』!」
詠唱完了と同時に、エルヴィンは地面を思いっきり蹴って後方へと飛ぶ。テオバルトが魔法で追撃しようとした瞬間、テオバルトの足元が周囲半径十メートルに渡って陥没した。
「くっ!?」
バランスを崩したテオバルトはそのまま地面へと飲み込まれていく。エルヴィンはすかさず次の魔法を詠唱する。
「輝く冷気よ。我が名に応え、集いて大槌と成れ。氷鉄槌!」
正二十四面体の氷の塊が出現する。陥没してできた穴にちょうど入るくらいの大きさだ。テオバルトが消えた穴に蓋をするように、氷の塊を叩きつけた。
(ひとまず、槍からは逃れられたかな。)
エルヴィンは油断なく、テオバルトが消えた穴を見つめる。
(テオバルト。このぐらいでやられる奴じゃない。次はどう出る?)
黒竜との戦いの時、エルヴィンはテオバルトの力量を推し量っていた。少なくとも、この程度で倒れる男ではない。
(・・・殺気!?)
背筋がゾクッとする。殺気の源は、穴の下。エルヴィンから姿は見えないが、おそらくテオバルトがいると思われる辺り。
(・・・来る!)
そう思った瞬間、轟音とともに地面が爆発し、圧縮された魔力の光線がエルヴィンヘと向かってきた。とっさに身をよじるが、わずかかわしきれない。右頬に灼熱を感じる。手で頬に触れると、血がべっとりと付いた。
(血を流したのは久しぶりだな。)
エルヴィンは服で血を拭うと、光線の発射された方を見る。地面が大きく抉れ、テオバルトの姿がはっきり見えていた。穴の下から、エルヴィンのいる方へ向かって魔力光線を放ったのだろう。
「殺す気かよ。テオバルト。」
「ふん。貴様なら殺気を感知して避けるぐらいできるだろう?」
「信じてくれるのは嬉しいが、過大評価だ。」
「妥当な評価だ。いや、むしろ過小評価か。」
テオバルトはニヤリと笑うと、エルヴィンに向かって槍を突きつけた。
「本気で来い。俺も本気で向かえ撃つ。」
「十分、本気を出しているつもりなんだが・・・。」
「本気は本気でも、貴様、奇策ばかりだっただろう?」
「・・・よく見てるな。」
「無論だ。ツェツィ、ベルンハルト、ローズ。貴様は正面からぶつかるのではなく、どれも奇策で倒していた。『変化』を使える貴様がだ。」
エルヴィンの戦い方の傾向をテオバルトは見抜いていた。黒竜戦で見せた『銀弧変化』を使えば、勝負はあっと言う間に終わるだろう。『変化』という技はそのくらい強力だ。それにもかかわらず、エルヴィンは『変化』に頼らなかった。
「貴様が手を抜いていないのは分かる。奇策を用いるのは、貴様のポリシーなのだろう。だが、俺は、貴様と真正面からぶつかってみたい。」
テオバルトは引き金を引く。リボルバーが回転し、金色の光が槍から溢れ出す。テオバルトの全身を、まるで黄金に煌めく光が包み込んだ。膨大な魔力が、そこにはあった。
「そこまでされちゃ、応えないわけにはいかねえな!」
エルヴィンは懐から、銀色の葉っぱを取り出す。正真正銘の奥の手だ。
「『銀白狐変化』!」
エルヴィンが銀白色の葉っぱを頭にかざすと、銀白色の光が溢れ出す。瞬く間に、エルヴィンの全身を包んでいった。そして銀光の帳が上がると、銀白色に輝く大狐が現れた。
「ふっ。やはりそうでなくてはな!『金獅子変化』!」
テオバルトを黄金の光が覆い隠す。煌めく黄金の帳が上がると、さらに眩い黄金光を放つ金獅子が姿を現した。金と銀の獣、まさに神獣のごとき風貌の二人は向かい合う。
「行くぞ!テオバルトォ!」
「臨むところだ!」
金と銀の閃光と化した二人は、力の限り、真正面からぶつかったのであった。
***********
エルヴィンが目を覚ますと、見知らぬ白い天井が見えた。
「あれ?俺、何してたんだっけ?」
頭がぼうっとして考えがまとまらない。少しぼんやりしていると、テオバルトと試合中だったのを思い出した。
「そうだ!試合!って痛っ!?」
起き上がろうとしたが、全身を痛みが襲い起き上がれない。再びベッドに戻る。
「大丈夫?慌てて動いちゃだめだよ。」
エルヴィンの声を聞いて、ぱたぱたとツェツィが駆けてくる。よく見ると、隣のベッドにはテオバルトが寝ていた。
「試合はどうなったんだ?」
「覚えてないの?二人とも真正面からぶつかった後、互いに弾かれて気絶。引き分けだったよ。」
「引き分けかあ。くっそー。」
「それにしても、まだ奥の手あったんだね。すごすぎて自信なくしそうだよ僕。」
「ツェツィは十分強いと思うぞ。確かに、俺の奥の手は規格外だけど、反動がやばいんだよ。今も全身痛くて動けねえし。おいそれと使えないんだよ。」
「あー、なるほどね。だから今まで使わなかったんだね。」
ツェツィが納得したという表情をする。ツェツィはエルヴィンの頬を指でつんつんすると、少し強い口調で言う。
「でも、その割には今回みたいに無茶してるし・・・。気を付けないとダメだよ。」
「はは。肝に命じておくよ。」
まるで母親のように注意をするツェツィ。エルヴィンは思わず苦笑する。話を聞くに、どうやら倒れたエルヴィンを介抱してくれたらしい。テオバルトは救護員が介抱したとか。
(なにか後でお礼しないとな。)
エルヴィンは、頬に貼られた絆創膏に触れながら、そう思うのであった。
*********
王様との謁見の日。クオン達はハーヴィーの研究室に集まっていた。ジョシュア、クオン、リッカ、カリン、べリル、ノインの六人で謁見に臨む。
「博士、直接王城へ行くんじゃないの?」
「実は王城への転移魔法陣があるのだよ。リッカ君」
「え?マジで!?」
「僕も初耳ですよ。」
「もしもの時の為に、王城と繋いであるんだ。王とは個人的に親しいからね。」
ジョシュアは本棚の前に立つと、何冊か本を引き抜く。すると、ゴゴゴゴと言う音を立てて本棚が横にスライドし、隠し扉が出現した。
「おー!なんか秘密基地っぽいね!」
本棚が動いて秘密の扉が出現という展開に色めき立つリッカ。クオンも顔には出さなかったが、心の中ではワクワクしていた。中に入ると、部屋の床全体に魔法陣が描かれていた。魔法陣の紋様を見て、ノインが口を開く。
「これは、フェイリス帝国の転送用魔法陣ですね。現物が残っていたとは驚きです。」
「正確には複製品だ。昔、発掘された転送機の魔法陣ユニットをここに移設したんだ。詳しい構造はアデラインが解析したし動作確認と安全検証も済んでいる。必要魔力は、最大転送距離の10kmで200ダイン。一度に十人ほど転送できる。」
ダインは魔力量を示す単位だ。最も簡単な火球の魔法で10ダイン。人間平均は成人で100ダイン。魔導師平均で1000ダインとなる。
「原理が分かっているのなら、都市ごとに設置すれば良いのでないのか?私の時代では、転送機なぞルークスを含めて世界に数対あったくらいだ。天然魔石を燃料にした増幅器を付ければ、もっと転送距離を延ばせるだろう?」
ベリルが口を挟む。輸送力の点では計画中の列車輸送にはかなわないだろうが、人の往来はかなり便利になるはずだ。
「発掘された転送機は、肝心の増幅器がかなり壊れていてな。基本部分しか解析できなかったのだよ。」
「そう。それでは仕方ないか。」
残念そうに言うべリル。べリルも転送魔法自体は使えるが、あまり転送距離を長くできない。せいぜい100mほどだ。
(まあ、10kmでも私の転送魔法陣やカリンの次元門よりずっと高性能だし、後で教えてもらおう。)
「さあ、約束の時間までもうすぐだ。みんな、魔法陣の上に乗ってくれ。」
クオン達が全員魔法陣の上に乗ったことを確認すると、ジョシュアは魔法陣の中心にある高さ10cmほどの円柱を足で踏み込む。床の幾何学模様に光が走り、転送魔法が起動した。そして次の瞬間、その場から全員の姿がかき消えたのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第十八話の前書きで1章はあと2~3話とか書いてましたがもう少しかかりそうです。




