第二十話『焔の魔女メルと死神ジークハルト』
続きとなります。
クオンは久しぶりにリッカと二人で過ごしていた。カリンとベリル、ノインはハーヴィー家との養子手続きのため忙しい。クオンはバートと遊ぼうかと思って家を訪ねたが、どうやら課題に追われているようで余裕がないらしい。仕方がないので、誰かと遊ぶのは諦め、王立図書館でゆっくり本を読むことにした。
「おや。久しぶりですな。おはよう。クオン君。リッカさん。」
「おはようございます。」
「おはよう~司書さん。」
昔から通っているので、クオンもリッカもすっかりここの司書さんとは顔なじみだ。図書館の玄関ホールから上の階を見上げる。正面には二階へ上がる階段がある。この図書館は床に赤い絨毯が敷き詰められており、高貴な雰囲気が醸し出されている。アティスの街の図書館も好きだが、王立図書館の荘厳な雰囲気も好きなクオンなのであった。
「今日はどの分野の本を読もうかな。」
学校が夏季休暇のためか、朝にも関わらず人が多い。自習机で課題をやっている人もちらほら見える。クオンはなんとなく、よく読む分野の本棚を見て回る。すると、伝説・伝承の分野で見たことのある人物を見つけた。
「あの人は・・・翠の魔女のダンジョンにいた冒険者?」
「ホントだ。あの時の女の子もいる。」
そこにいたのは、クオン達と翠の魔女のダンジョンで少し話をした冒険者二人だった。茶髪の長身の男とローブを着た小柄な少女。名前は聞いていなかったが、対照的な組み合わせだったので覚えていた。ふと、クオンの視線に気づいたのか、茶髪の男がクオンの方を見る。少女の方は熱心に本を読んでいた。
「おや?君は・・・確か翠の魔女のダンジョンで会った子か。」
「どうも。奇遇ですね。えっと・・・」
「そういえば名乗ってなかったな。俺はジーク。ジークハルト=バオアーだ。こっちはメル=ロートだ。」
「・・・ども。」
茶髪の男はジークハルト、小柄な少女はメルと名乗った。メルは人見知りなのか、ジークの影に隠れるようにしている。
「僕はクオン。クオン=アルセイドです。」
「私はリッカ。リッカ=アルセイドだよ。」
「アルセイド・・・?君らがアルセイド姉弟だったのか。」
「僕たちを知っているんですか?」
「愉快な姉弟がいるって聞いたぜ。」
「愉快って・・・。まあ否定はしませんけど。」
クオンはリッカを見る。リッカは頭に疑問符を浮かべているが、『愉快』と評された原因のほとんどを担っているのがリッカであった。
「あれ?妹じゃなかったんだ。」
「ああ、違うぞ。ダンジョンの時は面倒だから言わなかったが。」
「じゃあジークお兄さんは、いたいたけな少女を連れて何をしているの?」
「嬢ちゃん。こう見えてもメルは大人だぞ。」
「え?マジ!?」
リッカはジークの後ろに回り込んで、影に隠れているメルをまじまじと見る。メルは無言でリッカを見上げる。
「魔女の間では幼女化でも流行ってんの?」
「嬢ちゃんが何を言ってるのか分からないが、メルは人より小柄なだけだ。これでも名の知れた魔女なんだぞ?」
「え?そうなの?」
「ああ、焔の魔女。聞いたことないか?」
「ええっ!?ということはあなたがあの『死神』なんですか!?」
「私も聞いたことあるけど、そんなにすごい人なの?クオン。」
焔の魔女とその相棒の死神。冒険者ギルドに置いて、ある点でとても有名だ。それは、魔物の中でも特に危険な『特級魔物』を討伐する依頼を多く受けていることだ。魔物はその危険度に対して基本的にS、A~Fの七つの級に分けられる。最上のS級魔物の中で、金ランク以上の冒険者のみ依頼を受けられるのが『特級魔物』だ。生物を石化するバジリスクやあらゆる攻撃を跳ね返す銀竜など、相手にすれば命の保証がない魔物である。焔の魔女メルと死神ジークハルトは、その『特級魔物』相手に驚異の依頼達成率を誇る凄腕として冒険者の間でよく知られている。
クオンが簡単に説明すると、リッカはほえ~と感心する。
「ジークさんはともかく、メルちゃんは強そうに見えないんだけどなあ。」
「確かにそう見えても仕方がないが、この国の『凍血の魔女』にも引けをとらないんだぞ。」
「おいジーク。誇張をするな。」
ジークの賛辞に、メルは抗議の声をあげる。メルは謙虚な魔女なので自分を持ち上げられるのが恥ずかしい。喋ったメルに、リッカは目を輝かせる。
「ぶっきらぼうに喋る女の子・・・いいね!」
「リッカ、ここ図書館だから大きな声出さないで。」
興奮し始めたリッカをなだめるクオン。メルはそんな様子のリッカにちょっと引いていた。
「俺は別に誇張してるわけじゃないんだけどな。ところでクオン達はこの図書館に詳しいのか?どんな本が所蔵されているとか知っていたりとか。」
「昔から利用しているので、普通の人よりは詳しいと思います。」
「調べ物をしているんだが、なかなか知りたいことが書かれている本がなくてな。」
「レファレンスサービスを利用してはどうですか?僕たちよりも正確だと思いますけど。」
司書に依頼すれば、図書の照会・検索をしてくれるサービスがある。クオンはそのサービスを使ってはどうかと薦めたのだが、ジークは首を振った。
「頼んでは見たんだが、夏季休暇の学生たちの予約でいっぱいでな。1か月は無理だと言われた。」
「そっか。王立大学や学院の生徒が課題で利用してますね。」
「だから、知っている範囲でいいから教えてほしい。」
「分かりました。どんな本を探しているんですか?」
「ヨハネス=ケプラーという人物について書かれた本だ。」
「ケプラー?天文学者のですか?」
クオンは自分の記憶の中を探る。確かヨハネス=ケプラーは百年ほど前のオストシルト帝国の天文学者だったはずだ。
「そうだ。天文学者のケプラーだ。だが、探しているのは天文学の本じゃない。彼が、どこかに冒険したという話はないか?」
「ケプラーが冒険・・・ですか?」
クオンには一つだけ心当たりがあったが、なぜ天文学ではなく、冒険の本を探しているのかが疑問だった。
「心当たりはありますけど・・・。」
「本当か!?」
メルが強い口調で言う。今までほとんど喋らなかっただけに驚いたクオンだった。
「でも、『奇書』と呼ばれているくらい内容が荒唐無稽の本ですよ?それでもいいんですか?そもそも、なんでそんな本を探してるんです?」
「別に荒唐無稽でもいい。情報がないからな。なぜ探しているのかと言われたら、冒険書に興味あるからだ。ハーヴィーの冒険書は有名だが、俺はあまり知られてない冒険書も読むのが好きなんだ。それにそういうものにこそ、まだ公になってない場所や遺物があるかもしれないじゃないか。」
「なるほど。気持ちは分かります。」
だが、クオンは違和感を感じていた。理由としては冒険者として分からなくもないが、特級魔物を主に狩るジーク達が興味を持つことに。未知の場所など探さなくとも、知られている特級魔物はまだまだいるのだ。
(何か事情があるのかな。)
クオンはそれ以上は詮索はしなかった。勘違いかもしれないし、言わないのなら言いたくない理由があるのかもしれない。本を一冊紹介するぐらいいいだろうと納得した。
「じゃあ、本があるとこに案内しますね。ついて来てください。」
クオンは歩き出す。リッカ、ジーク、メルの順で着いていく。
「内容が荒唐無稽と言ったが、どんな内容の本なんだ?」
ジークの後ろから顔を出し、メルがクオンに尋ねる。クオンは顎に手を当てて、本の粗筋を思い浮かべる。
「ケプラーが精霊の力を借りて、月に行くんです。そしてそこで神様に会う話ですね。タイトルは・・・」
クオンは前を向いたままだったので、ジークとメルが息を呑んだことに気付かなかった。
「『ケプラーの夢』と言います。」
*********
クレアは春揺宮にある部屋にいた。ハルトヴィンとレーネに出会った部屋だ。
「あれ?私、なんでここに?」
気づいたらこの部屋にいた。なにか大変なことがあったような気がするのだが思い出せない。きょろきょろとあたりを見渡していると、不意に背後から声をかけられる。
「クレア。」
「ひゃあ!?」
驚いて振り返ると、そこにはハルトヴィンが立っていた。何だか真剣な眼差しでクレアを見つめている。
「ハルトヴィン皇子・・・。」
いつからそこに?と言おうとしたが、言葉にならなかった。その前に抱き締められたからだ。いきなりの展開に頭がついていかない。
「お・・皇子!?いったい何を・・・。」
「クレア、君のことが好きだ。」
「・・・は?」
この状況に頭が適応する前に衝撃の愛の言葉が告げられる。クレアは自分の頬が熱くなっていくのを感じた。このままじゃまずいと思い、ハルトヴィンの腕を振りほどき後退する。
「皇子、冗談ですよね?」
「冗談でこんなことは言わない。」
ハルトヴィンは嘘を言っているようには見えなかった。なので余計に困惑する。今日会ったばかりだというのに、どこに自分を好きになる要素があったのだろうかと。
「だって、私を好きになる要素なんてどこにも・・・。」
「恋に落ちるのに理由が必要なのか?」
「っ・・・それは・・・。」
少しずつ近づいて来るハルトヴィン。クレアもそれに合わせて後退する。そのうち、ベッドにぶつかりそれ以上進めなくなる。逃げ場がなくなった。
「返事を聞かせてくれないか?」
「きゃ!?」
クレアはベッドの上に押し倒される。両腕を掴まれているが、力は入っていない。振りほどこうと思えば振り払えた。
「で、でも・・・私・・・」
「君が皇族を嫌っているのは分かっている。だがそれでも、俺は君を諦められない。」
「そ、そんなことを急に言われてもこ、困ります。」
「俺のことは、嫌いか?」
まるで子犬のような、すがるような目で見つめられる。
「き、嫌いではないですけど・・・。」
ハルトヴィン個人としては嫌いではない。むしろ好ましいと思っている。見つめられてどぎまぎするクレア。顔はもう恥ずかしさで真っ赤だった。
「君が思い望んでいる未来にはならないかもしれない。でも・・・」
ハルトヴィンが顔を近づけて来る。もう少しで、唇が触れそうな距離まで縮まった。
「絶対に、後悔はさせない。幸せにする。」
*********
「うわあ!?」
叫びながらクレアは飛び起きた。はあはあと荒い息を吐きながら辺りを見渡す。そこにハルトヴィンの姿はなく、クレア自身は天蓋付きのベッドの上にいた。
「ゆ・・・ゆめ・・?」
夢だと分かって安堵するが、胸に手を当てると、バクバクと心臓の鼓動が伝わってきた。頬もかなり熱い。
「何て夢を・・・。そんなに欲求不満なのかな。私。」
深呼吸して心を落ち着ける。改めて周囲を見渡してみると、見覚えのない部屋だった。
「ここ、どこ?」
その瞬間、昨日のことを思い出す。ヴィルトに犯されそうになったこと。ハルトヴィンとセドリックが助けに来た時に気を失ったこと。ハルトヴィンの腕に抱かれていたこと。はっとして自分の姿を見ると、ネグリジェを着ていた。自分の知らない服だった。体に違和感はない。どうやら乱暴はされていないようだ。
「目が覚めた?」
「ひゃ!?」
いきなり声がして驚くクレア。隣を見ると、レーネがいた。枕を抱いて目を擦っている。クレアと一緒にベッドで寝ていたらしい。
「お姉ちゃん。いい夢は見れた?」
レーネの虎の瞳は金色に輝いていた。その輝きに見惚れながらも、クレアは気になっているとこを聞く。
「レーネちゃんがいるってことは、ここは春揺宮なの?」
「そうだよ。昨日、お兄ちゃんが連れてきたの。私とメーヴェの二人で、お姉ちゃんをお風呂に入れて着替えさせて寝かせたのよ。」
「メーヴェ?」
「呼びました?」
「うわあ!?」
いつの間にかベッドの横にメイドが佇んでいた。黒髪に碧眼。人懐っこい笑みを浮かべている。
「どもども~。レーネ皇女付きメイド、メーヴェ=シャッテンです。よろしく~。」
「は、はあ。クレア=クルックシャンクです。」
メーヴェの勢いに押されながらも、とりあえず自己紹介を済ませるクレア。
「えっとレーネちゃん、メーヴェさん。どうやら私の世話をしてくれたようで。ありがとうございます。」
「お姉ちゃんの為ならどうってことない。」
「いえいえ~。これも仕事ですし~。それに、レーネ様とクレア様が抱き合って寝る姿は眼福でした!」
今にも鼻血を拭き出しそうな赤ら顔で、ぐっと親指を立てるメーヴェ。
「ハルトヴィン皇子はどこに?」
「隣の部屋にいるよ。呼んでこよっか?」
「お願いします。お礼を言いたいので。」
ハルトヴィンに押し倒される夢を見たばかりで気まずいのだが、お礼は言っておきたい。クレアは覚悟を決めて、メーヴェにハルトヴィンを呼んでもらうのであった。
*********
個人試験二戦目。エルヴィンとベルンハルトは試合場で向かい合っていた。
「エル!長い付き合いの俺たちもついに決着をつける時が来たな!」
「いや。出会ってまだ1か月じゃねえか。」
「いいんだよ!気分だよ気分!」
「まあでも、ベルと戦うのは初めてだな。覚悟しろよ。」
「それはこっちのセリフだ。」
エルヴィンとベルンハルトは獲物に手を添える。エルヴィンは妖剣。ベルンハルトは魔法剣。互いに手の内は分からない。
「それでは試合を開始する。両者、準備はいいか?」
エルヴィンとベルンハルトは頷く。それを見た試験官は試合開始の合図をする。
「それでは、始め!」
試合開始と共に、エルヴィンは妖剣を鞘から抜く。ベルンハルトも魔法剣を構えた。
(地属性の魔法剣か。ベルが使うのを見るのは初めてだな。)
ベルンハルトの魔法剣には地属性の魔力が込められていた。慎重に様子を見ていると、ベルンハルトが先に動いた。
「さあ、これを凌げるかな?出でよ!」
ベルンハルトは地面に魔法剣を突き刺す。すると、ベルンハルトの周囲の地面が盛り上がり、人の形となった。みるみるうちに五体のゴーレムが出現した。
「げっ!土塊のゴーレムかよ!」
エルヴィンはゴーレムが生成される様を見て、ベルンハルトの魔法剣が創成器だと分かった。地属性、つまりゴーレムを始めとした動く創造物を創り出し操る魔法剣だ。剣自身の攻撃力はそうでもないが、装備者の魔力に応じて多数の味方を創り出せる。
「てい!」
エルヴィンは近づいてきた一体を妖剣で切り裂く。しかし、ゴーレムは切り裂かれた断面が再び粘土の様にくっつき再生した。
「ははは!どうだ!うざいことこの上ないだろう!」
「ああ、ほんとだよ!」
エルヴィンは木の葉を五枚取り出すと、再生したゴーレムに投げつける。
「二の術、狐発火、五連!」
木の葉が五枚、ゴーレムに刺さる。そして次の瞬間、木の葉は次々と爆発した。ゴーレムはバラバラになる。
「甘いぜ!エル!」
しかし、ゴーレムはすぐさま元通りに復元される。
(やっぱ術者のベルを倒さないと駄目か。)
エルはすぐさま頭を切り替え、ベルに目標を絞る。だが、そう簡単にはいかない。
「喰らえ!ナックルシュート!」
「へ?」
ゴーレムが一斉に拳を構えたかと思うと、エルヴィンへと拳が分離して射出された。炎を噴射し、高速回転する拳がエルヴィンに襲いかかる。
「マジかよ!」
エルヴィンはとっさに避けようとするが全部は対処しきれない。その中の一つを妖剣で受け止める。先程ゴーレムを切り裂いたときと異なり、拳は異様に硬かった。妖剣と拳との間に火花が散る。激しい振動が剣に伝わり、手を離してしまいそうになる。
(下手に受け止めるとこっちがやばいな。手がしびれちまう。)
エルヴィンは妖剣の角度を変えて、拳を後方へと受け流す。受け流された拳は、目標を見失うと、まるで逆再生されるかのようにゴーレムの元へ戻っていった。
(自由自在に動かせる訳じゃないんだな。なら!)
エルヴィンはベルンハルトに向かって走り出す。ゴーレムたちが包囲を狭めてくるが、目の前に迫った一体を踏み台にして包囲網を飛び越した。そのままベルンハルトに肉薄し斬りかかる。ベルンハルトは涼しい顔で避ける。
「ちょっとびびったけど、ゴーレムの動きが遅すぎるぜ。ベル。」
「ふふ。どうかな?そう考えるのは早計だぜ?」
「何?」
不敵な笑いを浮かべるベルンハルト。すると、背後の気配が膨れ上がった。嫌な予感がして、右へと飛び、ゴーレムの気配がした方へ向き直る。すると、五体のゴーレムが合体して巨大なゴーレムへと変貌していた。ベルンハルトはゴーレムの肩に乗ると得意げに叫ぶ。
「どうだエル!これが俺のグランドゴーレムだ!」
五体分の質量があるグランドゴーレムは見上げるほど大きい。だが、エルヴィンは臆さない。
「でかいからって強くなると思うなよ!」
エルヴィンはグランドゴーレムへと突撃する。グランドゴーレムは巨大な拳を振り上げると、エルヴィン目掛けて叩きつける。だが、エルヴィンはひらりとかわすと、グランドゴーレムの脚を斬りつけながら股下をくぐった。バランスを崩したが、すぐさま再生する。エルヴィンはその隙に、グランドゴーレムを登ってベルに攻撃しようとする。
「エル!喰らえ!」
「!?」
グランドゴーレムの上半身が回転し、その勢いで拳をエルヴィンへと叩きつける。エルヴィンはとっさに鞘でガードしたものの、威力を殺しきれずに吹っ飛ばされた。
「うわっと!?」
エルヴィンは吹っ飛びながらも、尻尾で地面を打ち、後方に一回転する。地面に妖剣を突き刺し、速度を殺した。
(まともに戦っても埒があかねえ。どうにかしてベルを倒さねえと。どうする?)
ゴーレムごと葬り去ることもできるが、あまり奥の手は出したくない。『簡単に自分の実力を見せるな』が姉からの教えだ。
(ベルをゴーレムから降ろさないとな。)
エルヴィンは木の葉を十枚取り出す。グランドゴーレムに当たる距離まで近づくと、全部まとめて投げつける。
「一の術、狐火。」
木の葉がグランドゴーレムの各所に突き刺さる。
「無駄だぜ!エル!」
だが、突き刺さった木の葉はグランドゴーレムに取り込まれてしまう。
(取り込まれたのは予想外だが、逆に好都合だな。)
エルヴィンはグランドゴーレムから距離を取る。もうすぐ効果が出るはずだ。
「もう終わりか?と言いたいところだが、何か企んでるな?エル。」
「はは。ばれたか。」
「何が来ても受けて立つぜ!」
ベルンハルトの声とともにグランドゴーレムが拳を構える。拳を再び撃ち出そうとした瞬間、ベルンハルトはグランドゴーレムに触れている左手に灼熱を感じた。
「あっちぃ!?」
たまらずグランドゴーレムから飛び降りるベルンハルト。ゴーレムからは白い蒸気が立ち上っていた。土の中の水分が蒸発しているのだ。
「三の術、狐零下!」
エルヴィンはすかさず、木の葉を再び十枚投げつける。グランドゴーレムに突き刺さると、途端に木の葉を中心にして凍結が広がっていく。ものの数秒で全体が凍り付いた。
「それで動きを止めたつもりか?そんな氷くらいすぐに剥がしてやるぜ!」
ベルンハルトは攻撃を再開しようとする。だが、グランドゴーレムは、まるで錆び付いたように動きが鈍い。
「な、なんだ?」
思ったようにグランドゴーレムが動かず焦るベルンハルト。
「隙あり!」
「くっ!」
グランドゴーレムの動きが鈍くなった機会を逃さず、エルヴィンはベルンハルトに肉薄する。妖剣と魔法剣がかち合い、火花が散る。
「グランドゴーレムは封じたぜ!ベル!」
「どうやったか知らないが、このまま終わる俺じゃないぜ!」
エルヴィンとベルンハルトは互いに一歩もひかない。だが、魔法剣の能力を封じた分、エルヴィンの方が優勢だ。このまま、エルヴィンは勝負に出る。
「状態変化、ソードブレイカー。」
エルヴィンは妖剣の能力をひとつ発動する。妖剣の刀身が変化し、ギザギザの刃が並ぶ剣になる。妖剣が両刃剣からソードブレイカーと呼ばれる剣へと変化したのだ。
「てい!」
エルヴィンはソードブレイカーで魔法剣を受けると、ギザギザの刃に引っかけ、ベルンハルトの手から魔法剣を離れさせる。引っかけたまま、ソードブレイカーを振って魔法剣を飛ばす。武器の無くなったベルンハルトにソードブレイカーを突きつける。
「参った。俺の敗けだ。」
ベルンハルトは両手を上げて降参する。
「勝負あり!そこまで!」
エルヴィンは妖剣を元に戻し、鞘に収める。ふーと息を吐いたところで、魔法剣を拾ったベルンハルトが問いかける。
「どうやってゴーレムの動きを止めたんだ?表面が凍ったくらいで動きを封じることができたとは思えないんだが。」
「ゴーレムを解除すればわかると思うぜ。」
ベルンハルトが魔力供給を切ると、グランドゴーレムは土塊に・・・戻らなかった。
「あ、あれ?なんでだ?」
ベルンハルトは土に戻らないグランドゴーレムに触れる。その表面は固まっていた。
「なるほど。そういうことか。やってくれるぜ。」
ベルンハルトはグランドゴーレムの動きが鈍くなった理由を察した。その時、試験官がベルンハルトに話しかけてくる。
「ベルンハルト。次の試合までに、そのグランドゴーレムを片付けておけ。」
「ええ!?おいエル!お前も手伝ってくれ・・っていねえええ!?」
エルヴィンはさっさとその場から逃げ出していたのであった。
*********
エルヴィンは控室へと戻っていた。普段は騎士学校の講義で使われている場所で、二百人ほど入る大きな部屋だ。大黒板には試合の状況が細かく書かれている。また、水晶板が置かれており、試合の様子を水晶版に映して見れるようになっていた。
「エル君!試合見てたよ!」
ツェツィがぱたぱたと駆け寄ってくる。ご機嫌なようで尻尾と耳が動いていた。
「その様子だと、ツェツィも勝ったみたいだな。」
「もちろんだよ!エル君もすごかったね。どうやってゴーレムに対処したの?」
目を輝かせているツェツィ。すごい対処法が聞けると期待されているようだ。
「思い付きだよ。じいちゃんの事思い出してな。」
「エル君のおじいちゃん?」
「陶器や磁器作ってるんだ。だから、その。」
別に大したことを考えていたわけではない。ただの思い付きだった。なのでツェツィの視線が恥ずかしくて視線を横に逸らして頬をかく。
「土焼けば固まるんじゃね?って思って試しただけだ。それがたまたまうまくいっただけだよ。」
上手くいったのは土の条件が良かったからだろう。
「そうなんだ。でもあんなでかいの相手に冷静だったんだね。僕だったら慄いちゃいそうだよ。」
「慣れてるからかな。辺境だと大鬼みたいなでかい魔物いたし。親父の手伝いでよく戦ってたからな。」
「エル君って、もしかして歴戦の戦士なの?」
「そんなことはないぞ。」
「ふーん。エル君、絶対実力隠してそうなんだけどなあ。」
ツェツィの一言にドキッとしたが、それ以上追及しては来なかった。ツェツィの興味は、エルヴィンの次の試合にあるようだ。
「ローズ、随分気が立ってたよ。何でだろうね?」
「げっ。マジか。なんでそんなに張り切ってるのか分からないが、こりゃあ苦戦しそうだ。」
「し、死なないでね。」
「縁起でもないこと言うなよ・・・。」
「勝ったらなんでもしてあげるから頑張って。」
「何でも?じゃあ尻尾触らせてくれ。」
「ええ!?エル君、もしかして尻尾触るの好きなの?」
「ああ!大好きだぞ!尻尾大好きだぞ!」
「そ、そうなんだ。前もいきなり触ってきてたもんね・・・。」
エルヴィンの興奮ぶりに若干引くツェツィ。実はエルヴィンは大の尻尾好きだった。
「でも勝手に触っちゃダメなんだろ?だから頼む!」
「わ、分かった。もし勝ったら触っていいよ。」
「よっしゃ。これで勝てるな。」
「さっきと態度が全然違う!?」
ツェツィのご褒美を得るため、勝利を誓うエルヴィンだった。
*********
メーヴェがハルトヴィンを連れてくると、クレアはベッドの上で正座していた。その姿にハルトヴィンは戸惑いながらも話しかける。
「クレア、もう大丈夫なのか?」
「あ、はい。おかげさまで。」
だが、それ以上会話が続かない。気まずい沈黙の中、いきなりクレアががばっとひれ伏した。
「皇子の手を煩わせてしまいすいません!この埋め合わせは必ず・・・!」
「待て待て待て!別に謝る必要はない!俺が勝手にやったことだ。気にしなくていい。」
「で、でも・・・。」
顔をあげるクレア。すると、近くに来ていたハルトヴィンとばっちり目が合う。どうしてもハルトヴィンの唇に目が行ってしまう。
「~っ!?」
夢のことを思い出し、クレアの頬が朱に染まる。その様子を見たメーヴェは猫口になって意地悪くハルトヴィンに言う。
「おやおや~?何ですかこの反応は?皇子が何かいたしてしまったんですかぁ~?」
「・・・。」
クレアの夢のことなど知る由もないハルトヴィンは、何かしでかしてしまったかと考える。一つだけ思い当たったのは、クレアの額にキスをしたことだった。
「あー、すまないクレア。」
「へ?」
「妹にするように、額に口づけをしてしまった。」
「く、くちづけ?」
刺激的な夢のせいですっかり忘れていた記憶が蘇る。ボッという音がしそうな勢いで、顔が真っ赤になるクレア。
(そそそそういえば、額にちゅって、ちゅってされたよ~!)
レーネはじとーと兄のハルトヴィンを見る。その瞳の色は真紅に変わっていた。
「他にもあるよね?お兄ちゃん。」
「いや、思いつくのはそれだけだが・・・。」
「お兄ちゃんがクー姉を連れてきた時、外套の下、下着姿だった。」
「あ。」
「ほう・・・。」
「!!?」
レーネの言葉に、ハルトヴィンは「あ、やっべ」という表情をし、メーヴェは「面白いことになったぜ」という表情になった。
(ヴィルトに服を切り裂かれて・・・私ってば下着姿だったじゃん!?皇子に見られた!?)
クレアは恐る恐るハルトヴィンの顔を窺う。ハルトヴィンも恥ずかしそうに頬が赤くなっていた。
「す、すいません!お粗末なものをお見せして・・・。あの状況では見られても仕方がないと思いますし。」
「君が謝る必要はないよ。それに、別に粗末ではなかった。」
「え?」
「い、いやなんでもない!」
ハルトヴィンは背を向ける。メーヴェとレーネはジト目でハルトヴィンを見ていたが、それ以上はこの件について何も言わなかった。クレアも恥ずかしさでどうにかなりそうだったので、話題を変える。
「あの、ヴィルトはどうなったんですか?」
「ヴィルトは、死んだ。」
「・・・え?」
「奴は人間ではなくなっていた。恐らく、あのクノッヘンとかいう博士の仕業だろう。」
「人間じゃないって・・・どういうことですか?」
「セドリックが言うには、ヴィルトは合成獣になっていると。」
「合成獣って・・・そんな・・・」
クレアは自分の体を抱いて青ざめる。ヴィルトでも嫌なのに、合成獣に犯されるところだったと考えるとおぞましかった。
「心配するな。ヴィルトは俺が倒した。だが、この裏にはゲーベルがいる。摘発しても無駄だろうな。」
「ゲーベル・・・」
クレアも得体の知れない錬金術師ゲーベルのことは聞いていたが、まさか火の粉が自分に降りかかるなんて思いもしなかった。
「このままにはしておけない。今は無理だが、いずれゲーベルを何とかする。」
ハルトヴィンの決意の眼差しに、見惚れるクレア。クレアは自分がハルトヴィンを見つめていることにハッと気づくと、ぶるぶると頭を振る。
「クノッヘンの件もこちらで何とかする。君は、遊学の準備に集中してくれ。」
「は、はい。」
「部屋はここに用意する。カイザー・ヴィルヘルムへはここから飛竜で通うといい。護衛もつけよう。」
「は、はいい!?」
なんだか大きくなっていく話に、クレアは狼狽する。なぜ春揺宮に住むことになっているのだろうか。
「お、皇子!?あの!そこまでしてもらわなくても!」
「いや。クノッヘンがまた何かしてくるかもしれない。それに寮にいるのも危険だ。ここに居た方がいい。レーネも心配してる。」
クレアがレーネの方を向くと、うるうるした瞳でクレアを見ていた。そして何故かメーヴェも真似して瞳をうるうるさせている。メーヴェはともかく、レーネにこうされては断れなかった。
「じゃあ、謹んでお受けいたします・・・。」
「クー姉、よろしく!」
レーネが抱き着いて来る。ハルトヴィン皇子が、何故ここまで良くしてくれるのかは分からなかったが、悪い気はしない。皇族とは深くかかわる気はなかったのだが、もっと厄介なことに巻き込まれた今となってはどうでもよくなっていたクレアなのであった。
*********
クオンとリッカはジークハルトとメルを連れて、自動書庫に来ていた。本棚にハンドルが付いており、回すと書庫が移動する。
「この書庫面白いんだけど、気をつけないと挟まれちゃうんだよね。」
リッカがあはは~と笑う。クオンもここが秘密基地みたいで好きなのだが、気をつけないと人を挟んでしまうので注意が必要だ。クオンは本棚のハンドルを回して動かす。ゴゴゴゴゴという音がして本棚が移動し、本棚と本棚の間に隙間が空いた。クオンはその隙間に入ると、目的の本を手に取って戻ってくる。
「この本です。」
クオンはジークに一冊の本を手渡す。かなり薄い本だった。
「冒険書にしてはけっこう薄いんだな。」
「内容としては、精霊の導きで神様の世界に行き、そこで見聞きしたことが書いてあります。内容の信頼性については歴史的な根拠がないので、奇書と呼ばれてますけど。」
「ありがとう。俺とメルだけじゃなかなか探し出せなかったかもしれん。何か礼をせねばな。」
「え!?いえ、お礼なんていいですよ。ただ本を探しただけですし。」
「そうはいかん。こちらにも面子があるからな。」
「じゃ、じゃあ、今度会った時に、僕達が困っていたら助けてくれませんか?」
「そうか。君たちも冒険者だったな。いいだろう。今度会ったら、1回だけ無料で依頼を受けてやるよ。メルもそれでいいか?」
「うん。異論はない。」
こうして、クオンとリッカは焔の魔女メルと死神ジークハルトと縁を結んだのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
大学で自動書庫を初めて見た時はワクワクしました。ハンドルではなくスイッチ式でしたが。でも誰もいないことを確認しないと人を挟んでしまうので注意が必要なんですよね。人がいないか確認してから動かしてくださいとの注意書きがあった記憶があります。
作中に出てくる『ケプラーの夢』は実際にある本です。ドイツの天文学者ヨハネス=ケプラーが書いたもので、月に行くお話です。当時の天文学知識を使って、月から地球はどう見えるか?などが書かれています。昔の本なので図書館に行けばあるかも?興味のある方は読んでみることをおすすめします。
・ヨハネス・ケプラー 著、渡辺 正雄 訳、榎本 恵美子 訳 『ケプラーの夢』 講談社学術文庫 1985




