第十八話『これからのこと』
ここまで読んでいただきありがとうございます。
あと2~3話ほどで1章は終わるつもりです。・・・多分。
シュネーヴィントから王都レグニスへと戻ってきたクオン達。昼頃に王都に着いたので、そのまま王立大学へと向かう。今回の冒険の結果を、ジョシュアに報告するためだ。
「博士驚くかな。翠の魔女本人がいたって報告したら。」
「でも、信じてくれるかなあ?ジョシュア。」
クオンとリッカは後ろを振り向く。小さなべリルがノインとカリンに挟まれて歩いていた。傍から見ると、仲の良い三姉妹に見えるだろう。
「大丈夫でしょ。カリンさんが師匠だって言ってるんだし。」
「そっか。それもそうだね。ところで、カリンちゃんの師匠が見つかったのはいいとして、これからどうするのかな?」
「どうするって?」
「そもそも、これからどうするのかを決めるために翠の魔女のダンジョンに行ったんでしょ?何か残されてるかもしれないって。まあ、まさか本人がいるとは思わなかったけど。」
「そうだね。僕も驚いたよ。話を聞く限り、べリルさん本人も予定外だったみたいだけど、詳しいことは教えてくれないから分からないけど。」
「それでさ、結局カリンちゃんはこれからどうするのかなって。アティスに住んでくれたら嬉しんだけどなあ。」
現実的に考えれば、ジョシュアの庇護のもとにリンドブルム王国で暮らすのが一番だ。三百年前のようにべリルの庇護下でもいいかもしれないが、日常生活で支障が出る。伝説となっている魔女の存在を表沙汰にすると余計な火種を呼び込みかねない。
「僕もそうなってくれたら嬉しいけど、カリンさんの意思が大事だからね。こればかりは無理強いできないよ。」
そうは言うものの、せっかく打ち解けてきたのだ。できればもっと仲良くしたい。だが、わざわざ聞き出すのも憚られた。どちらにせよ、ジョシュアに今後のことを言うだろうからその時に聞くことになるだろう。
「ねえ。私たちもいい時機かもしれないよ。」
「いい時機?」
「冒険家ハーヴィーが書き残した竜角人を探す。もう目的は達成しちゃったし。一生はかかると思ってたんけどね。」
幼き日に、母のルビーが読み聞かせてくれた物語。ジョン=ハーヴィーの遺した冒険書『世界の記述』。クオンとリッカが冒険者になろうと思ったきっかけだ。
「そういえばあの本。どこにいったのかな?」
「僕が大事に持ってるよ。」
「もしかしてあの宝箱の中?」
「そうだよ。」
クオンは大事なものを専用の宝箱に入れている。そのことはリッカも知っていた。
「昔から大事なものを箱に入れる癖あったもんね。でも宝箱なんて大事なもの入ってますってばればれじゃん。」
「い、いいじゃないか!鍵はちゃんとかけてるんだし。気分だよ気分!」
クオンの宝箱は、ハヤテが運ぶ手紙に用いる魔法鍵よりもワンランク上の鍵で施錠している。よほどのことがない限り開くことはない。
「なんていうかさ。次の目標を決めるにはいい時機だと思うんだよね!」
「次の目標・・・。」
「竜角人の次は、地底や天空でも目指す?それとも、いっそのこと神様でも探そうよ!」
「神様・・・。ははっ。それはやりがいがあるね。」
新発見されたローラン大陸が注目されてはいるが、地底世界や天空世界の一部はまだ探索されていない。また、神様なら文字通り神話の域だ。ハーヴィーも追い求めていたらしいが、そのことに関する書物は残っていないとクオンは聞いていた。神話と各地に残る伝承、そして神様の手によるものと言われている遺構だけだ。冒険家ハーヴィーやループス帝国の文献で実在がほぼ確定していた竜角人と違い、神様の実在については激しい議論がある。
(でも、今は・・・。)
リッカには悪いが、クオンにはまだ次の冒険のことは頭の中になかった。クオンの頭の中は、別のことで熱を帯びていた。
(もっと一緒にいれないかな・・・。)
これが初恋のクオンにとって、いましばらくカリン以外のことは考えられそうになかったのであった。
*********
カリンはシュネーヴィントから帰る途中、ずっとこれからのことを考えていた。最初にハーディー博士とあった時は、不安でしょうがなくて、これから先どうすればいいか分からなかった。考える時間が欲しいのと、自分を封印した師匠のことが気になってシュネーヴィント行きを決めた。封印の経緯は分からなかったが、師匠が生きていたことで、先のことを考える心の余裕ができた。
(お父様とお母様、お兄様なら、なんて言ってくれるかな。)
もはや、この世にはいない家族を想う。
(きっと、私の願うようにって言ってくれる。)
アントラ王国から外へ出る時、母はそう言って送り出してくれた。きっとどんな選択をしても、応援してくれるだろう。
(私の願いは、この世界をこの目で見ること。私が憧れた彼の生き方のように。誰にも、何にも縛られずに・・・。)
そこまで考えて、違和感に気づく。オイラー像やシュネーヴィントで女の子を見たときと同じ感覚。まるで、自分ではない自分の記憶が頭に中にあるような。
(まただ。この感じ・・・。やっぱりおかしい。私の知らない記憶がある・・・。)
知らないはずなのに、まるで経験したことがあるかのように自然と湧き上がってくる言葉。
(私が憧れた・・・彼?彼って誰?)
『彼』という単語が自然と出てきたが、その『彼』が誰を指し示しているのか分からない。憧れたと言える人物はジョン=ハーヴィだが、カリンの時代にはすでに故人だった。本を通じて知るのみで実際に会ったことはない。だが、この感覚は、本の中の人物へのものとは思えない。『彼』について思い出そうとしていると、頭の中が熱くなっていく。
―――そしてある風景がフラッシュバックした。
広い花畑。地平線まで続く月光花の群れが、蒼い月の光を受けて淡く輝いている。ぽつんと一か所だけ木が立っていて、そこから道が果てしなく伸びている。その木の下で、カリンは誰かと向かい会っていた。カリンの目の前には、一人の男がいた。老年を迎えているであろう男の顔には皺が刻まれていたが、冒険服の上からも分かるほど、筋骨隆々としており、全く弱弱しさは感じない。男は、矍鑠とした動きでさらにカリンに近づく。男はカリンの1mほど前で立ち止まると、ゆっくりと口を開いた。
『あなたが・・・か?』
『そうですよ。よく、こんな世界の果てまで来ましたね。』
『は、はは。やはり、自分の目で見に来て正解だった。』
『???』
『かのお方が、こんなに可愛らしいとは!会いに来て正解だった!』
なぜか男は感激しているようだった。カリンはその勢いに少々気圧される。
『えっと。もしかして、あなたは私に会いに来たのですか?』
『そうとも!私はあなたに会いに来たのだ!』
『ええと、何故です?』
『話をしてみたかったのだ。本当のあなたを知るために。ある者は尊敬し、ある者は疎む。どちらがあなたの真実なのかを知りたい。』
『ふふ。あなたはまっすぐな人なんですね。じゃあ、まず、あなたの名前を教えてくださいますか?』
『これは失礼した!私の名は・・・。』
「カリン?どうした?」
べリルの声で、カリンは現実に引き戻される。気が付くと、べリルが心配そうにカリンを見ていた。
「ぼうっとしていたようだが、大丈夫か?」
「・・・大丈夫です。師匠。ありがとうございます。」
「何か、心配事でもあるのか?」
「ええ、ちょっと。後で相談に乗ってもらってもいいですか?」
「ああ、構わないぞ。」
自分の中にある違和感。これを払拭できるのか不安になるカリンであった。
*********
個人試験第一戦。エルヴィンはツェツィと向かい会う。騎士団の訓練場は円形の試合場が沢山あり、試験はそこで複数試合同時に行われる。ツェツィは双剣を構えていた。薄い水色の刀身からは魔力を感じられる。
(魔法剣か。黒竜の時は使ってなかったけど何か理由でもあるのかな?)
エルヴィンも自分の剣を構える。エルヴィン愛用の剣は妖剣だ。世の中には魔剣、魔法剣、妖剣がある。どれも固有の魔法効果が付随している。一般的に一つの魔法効果が付随しているのが魔法剣。その中でも極限まで効果を高めたのが魔剣。効果が落ちる代わりに複数の魔法効果が付随しているのが妖剣だ。普通は魔法効果は剣ごとに固定されているが、エルヴィンの妖剣はその中でも特殊で、効果を付け替えることが可能だ。
「これより試合を開始する。制限時間は無制限。勝利条件は相手の戦闘不能、もしくは降参とする。」
エルヴィンとツェツィはじっと見つめ合う。いつもとは違って、ツェツィには闘気がみなぎっていた。
「それでは、始め!」
試合開始の掛け声と同時に、二人は互いにダッシュする。刹那、エルヴィンとツェツィの剣が激しくぶつかった。
(互角!?これが白虎の力か。)
華奢に見えるツェツィだったが、エルヴィンと互角に押し合っていた。白虎族は獣人の中でも力が強い方だ。エルヴィンもそのことを計算に入れてぶつかり合ったのだが、予想以上に力が強い。しばらく押し合っていたが、急にツェツィの姿が掻き消える
(左か!)
エルヴィンはとっさに飛び退くと、ツェツィの剣が目の前を薙いでいく。一旦距離を取ろうとするが、ツェツィは猛スピードで追随してきた。二人の剣戟が打ち合う。
(大鬼の前でおろおろしてた時とはまるで別人だな!)
エルヴィンはツェツィの動きに舌を巻いていた。このまま打ち合っていればいずれこちらが押し負ける。だが、エルヴィンも無策ではない。
「はあ!」
列帛の気合いと共に、渾身の一撃をかます。ツェツィは双剣を交差させて防御するが、勢いを殺せずに後方へと押された。エルヴィンはその間に懐から一枚の木の葉を取り出す。木の葉には炎の紋様が刻まれていた。
「一の術、狐火。」
エルヴィンは木の葉を指の間に挟み、ツェツィに向かって投げつける。
(木の葉?なんだか嫌な予感がする。)
魔導師が化けた黒竜との戦いの際、エルヴィンは木の葉で銀狐に変身していた。その事を覚えているツェツィは、警戒して木の葉を切り捨てようとする。しかし、木の葉はまるで風に乗ったように不規則に動いて捉えられない。ひらりと剣を避けると、木の葉から炎弾が撃ちだされた。
「うわわっ!?」
ツェツィは剣で炎弾を防ぐが、木の葉はゆらゆらと揺れ動きながら次々に炎弾を吐き出してくる。防戦一方になったツェツィに向かって、エルヴィンは好機とみて仕掛ける。
「エル君!そうはさせないから!」
ツェツィの左手剣の魔力が膨れ上がる。刹那、ツェツィを中心にして風が巻きこった。
「巻き起これ!風鎧!」
エルヴィンはツェツィが風を纏ったのが分かった。。木の葉は巻き起こった風に切り刻まれ散り散りとなった。
(これは左手の魔法剣が起こしてるのか。こりゃあ狐火くらいじゃだめだな。)
装備者の周りに攻防一体の風の鎧を形成する。それがツェツィの左手剣の能力だ。
「今度はこっちから行くよ!覚悟!」
ツェツィは風を纏ったまま、エルヴィンの方へと向かってくる。あの風の鎧をはぎ取るために、エルヴィンは魔法を詠唱する。
「灼熱の息吹は我が力。熱の法衣は我が心。今こそ邪を漱ぐ力と成せ。炎球!」
炎が収束し、獣人を一人包み込めるくらいの大きな球体が出現する。エルヴィンはその炎球をツェツィにぶつけた。だが、風鎧をはぎ取るどころか、炎を取り込まてしまった。
「エル君!お返しだよ!」
「げっ!まじかよ!」
風鎧に取り込まれた炎が猛烈な勢いで吐き出される。エルヴィンはとっさに身をかわした。
「危ねえ。そんな芸当もできるのか。」
「ふふん。僕も結構しぶといでしょ。」
「ああ。全然油断できねえ。」
エルヴィンはツェツィを正面に見据える。今までの手応えからして、生半可な攻撃では防がれてしまいそうだ。
(ちょっと早いけど、奥義使うしかないな。)
エルヴィンは剣を構えると、剣に魔力を集中させる。それに気づいたツェツィは、風の勢いを最大にまで強めた。
「勝負をつけようぜ!ツェツィ!」
「受けて立つよエル君!」
エルヴィンの言葉に、ツェツィは呼応する。どちらとも、頭の中には避けるという選択肢はない。
「狐王破断!」
「旋風牙!」
エルヴィンとツェツィは、今までよりも遥かに激しくぶつかり合った。青白く輝くエルヴィンの妖剣と、風を纏ったツェツィの双剣が火花を散らす。一瞬、拮抗するかと思われたが、次第にツェツィが押され始める。
「うらあああ!」
「ぐっ!?うわっ!?」
気合いと共に、エルヴィンが押し切る。エルヴィンの魔力が爆発し、ツェツィを風鎧ごと吹き飛ばした。双剣が宙を舞い、地面へと突き刺さる。ツェツィは仰向けに倒れて気絶していた。
「勝負あり!勝者、エルヴィン!」
ほっと息を吐くエルヴィン。ツェツィの様子を見に近づくが、まだ目を覚まさない。このまま地べたに置いておくのも可哀想なので、エルヴィンはツェツィをおんぶする。ついでに地面に突き刺さった双剣も回収する。
(右手剣の方は結局使ってなかったな。発動に条件でもあるのかな?)
ツェツィの双剣は両方魔法剣だったが、試合で見せたのは左手剣の風鎧だけだ。警戒はしていたのだが、使うことはなかった。
「う、ううん。」
「よっ!気づいたか?」
「え、エル君・・・ってうわあ!?」
「暴れるなよ落ちるぞ。」
「なんで僕、君におんぶされてるの!?」
「地面に転がしたままじゃ可哀想じゃん。女の子なんだし。」
「・・・ありがと。でももう起きたからさ、降ろして?」
「おう。」
エルヴィンはツェツィをゆっくりと降ろした。双剣もツェツィに返す。
「あっ。拾っててくれたんだ。」
「ついでだしな。そういや右手剣も魔法剣みたいだけど使ってなかったな。」
「うーん。右手剣は扱いが難しいんだよね。今回は無理だったかな。」
「っていうか、黒竜の時とは装備違うよな?」
「これはとっておきだからね。あんまり見せびらかしたくないんだ。君だってその妖剣を黒竜の時使ってなかったでしょ。まあ、もっとすごいのしてたけど。」
「あれはザコを狩るだけかと思ってたからさ。変化を使うのは予定にない。」
「そっか。あーでも、悔しいな~。いけると思ったんだけど。今度はもっと魔法剣使いこなして叩きのめしてやるから!」
「十分強かったよ。風鎧は強力だった。」
「う~。この勝者の余裕め~。」
次のローズとの試合は明日だ。ツェツィと話しながら、他受験者の試合を鑑賞するのであった。
*********
遺失研に戻ってきたクレアは、ばふっと研究室のソファに寝転んだ。ハルトヴィンに飛竜で送っていくと言われたが、恐れ多いので丁重にお断りした。普通の飛竜便を使えばすぐ帰れるのでわざわざ送ってもらう必要はない。クレアはソファのクッションに顔をうずめながら、これからのことを考える。
「なんとかなりそうかな。レーネちゃん可愛いし、皇子も変な人じゃなさそうだし。」
クレアはごろんとうつ伏せから仰向けになると、胸元のペンダントを手に取る。紫水晶を加工した美しい球体が銀細工に嵌め込まれている。魔道具の一つで、紫珠という。皇子が持っているものと一対となっていて、一方が危機的状況に陥るともう一方が光って、知らせる。また、互いの位置も分かる魔道具だ。
「私、そんなに危なっかしく見えるかなあ?自分ではしっかりしているつもりなんだけど。」
レーネに、「クー姉、危なっかしい」と言われ、強引に紫珠を渡された。レーネのうるうる魔眼で見つめられたら拒否などできず、なし崩し的に貰ってきたのだった。しばらく紫珠を眺めていたが、ふとあることに気付く。
「これ、もしかして一財産するんじゃ・・・?」
その恐ろしい可能性に気付く。当たり前だが、もともとクレア用に作られたものではないだろう。
「ホントは皇族用だったり・・・?壊したらどうしよう・・・?」
まだまだぺーぺーの研究員。給料はいい方だが、貯蓄は十分ではない。破損したりなくしたりして弁償にでもなったら目も当てられない。うーうー唸っていると、研究室の扉がガチャっと開いた。入ってきたのはセドリックだ。
「帰ってたのか。伏魔殿はどうだったんだ?」
「魔物には会いませんでしたけど、緊張で胃に穴が開きそうでした。」
「ははっ。そうだろうな。で?件の皇子様はどうなったんだ?」
「ハルトヴィン皇子ですか?意外と良い人でしたよ?」
「そうなのか?帝位を争ってる皇子達なら仕事の関係で何度かあったが、傲慢で常に疑心暗鬼だったけどな。やっぱ帝位が絡むと人格が歪むのかねえ。臣民としちゃ迷惑なんだが。」
「あ、でもでも!皇女様は可愛かったです!」
「皇女様?何番目の?」
「えっと、それは知らないですけど、ハルトヴィン皇子の妹さんです。」
「妹?知らないな。」
「まだ子供ですし、社交界デビュー前だと思います。」
「なるほどな。そりゃ知らないわけだ。」
「あんな綺麗な虎の瞳を持ってるのに、有名ではないんですね。」
「虎の瞳・・・魔眼?魔眼を持った皇女?もしかして邪眼姫のことか?」
「たしかにそう呼ばれてるって皇子は仰ってましたけど、そっちの呼び名は有名なんですか?」
「ああ、皇族との仕事で噂は聞いたことはある。見ただけで人を呪い殺す邪眼の皇女がいるってな。」
「そんな・・・ひどいです。あんなにいい子なのに。」
「まあ、俺たちは魔眼なんて生まれつき魔道具を1個持ってるようなものだって分かってるけどな。しかもありふれた魔道具がするようなことしかできないし。だが、今でも魔眼の迷信を信じてる奴はいっぱいいる。見ただけで呪殺なんぞ相当レアな魔道具でもなけりゃできないのにな。」
「だからあんなに気を許してくれたんですね。」
「・・・皇女様と何かあったのか?」
クレアはレーネとの出会いを話す。虎の瞳を綺麗だと言ったら、気に入られたことを。
「きっとお前が初めてなんだろうな。家族以外で魔眼を褒めてくれたのは。だから気に入れられたと。」
「なんで家族以外って分かるんです?」
「聞いた感じ、兄妹仲は良さそうだし、ハルトヴィン皇子は母親想いだと小耳にはさんだことがあるからな。その情報を総合すると自然とそうなるだけだ。少なくとも、兄と母親は魔眼のことは気にしてないだろうな。」
「理解者がいるだけでも幸せ・・・なのかな。」
「それにしても、話を聞くと、ずいぶん気に入られたな?自分の兄、ハルトヴィン皇子を恋人に薦めてきたんだろ?逆玉狙ったらどうだ?可愛い皇女様も妹にできて一石二鳥じゃないか?」
「い、いやですよ!いくら帝位継承レースに参加しないからって皇族の世界はドロドロしてるんです!皇族の嫁なんて命がいくつあっても足りません!それに、私の夢は、セドリックの奥さんみたいな、ごくごく普通の良妻賢母なんです!」
「はいはい。お前の夢はそうだったな。皇族なんてお前の容量超えてるか。でもな・・・」
「な、なんですか?」
「ハルトヴィン皇子が嫌だから、とは言わないんだな。」
「そ、そりゃあ良い人ですし。皇族じゃなかったら飛びついてますよ。それにかっこいいし・・・」
「ん?なんだって?最後らへんよく聞こえなかったが。」
「な、なんでもありません!そうだ!私、やることがあったんで失礼します!」
クレアはソファから立ち上がると、風のように去っていった。分かりやすすぎる行動にセドリックは苦笑する。
「・・・逃げたな。やれやれ。」
セドリックの妻は天涯孤独のクレアを気にかけている。今回も表向きは皇子の遊学の補佐だが、それを聞いて妻は心配していた。この国の皇子はあまりいい噂がないからだ。だが、話を聞いた感じ、ハルトヴィン皇子はまともそうだとセドリックは判断した。むしろクレアは好意をもっていそうな反応だった。
「意外とそういいつつ流されていくのがクレアなんだよな・・・。本当に皇后になったりしてな。ま、さすがにそれはねえか。ハルトヴィン皇子は帝位に興味なさそうだし、そもそもクレアは皇后様ってキャラじゃないしな。」
クレアが豪華な服を着てあたふたする様子を想像して笑ってしまうセドリックなのであった。
*********
クレアはカイザー・ヴィルヘルムの独身寮にある自分の部屋に戻ってきていた。ここ最近は研究室に寝泊まりすることも多いので久々の帰宅となる。お風呂に入ってすっきりした後、寝間着に着替えて、ベッドにごろんする。
「あー、疲れた~。今日はもうねよ・・・。」
まだ夜も早いが、皇宮に行った肉体的疲労と精神的疲労で睡魔が襲ってくる。夢の中へと意識が沈む直前、部屋に設置してあるアラームがブーっと鳴った。来訪者を知らせるアラームだ。この寮は2階以上が居住スペースになっているが、入寮者以外は入れない。来訪者が来た場合は1階でボタンを押して呼び出す仕組みになっている。
「誰だろ?セドリックかな。」
来訪者といってもクレアを尋ねてくるのはだいたいセドリック夫妻かヘルツ博士だ。ベッドから起き上がり、部屋から出ようとして、ふと机の上に置いてある紫珠に目が留まる。
「肌身離さず付けてって言ってたっけ。」
レーネの言葉を思い出し、紫珠を身に着けるクレア。それから部屋を出て、1階のロビーへと向かう。自室がある3階から1階へ降りる途中の階段はしーんと静まり返っていて誰ともすれ違わなかった。研究者は何日も研究室にこもることがあるので寮に帰るのは稀で、いつも閑散としていた。
「あれ?誰もいない?」
1階のロビーには誰もいなかった。首を傾げていると、不意に背後から誰かに羽交い絞めにされ、口元に湿った布を当てられる。
「~!?」
抵抗しようとするが、急に意識が朦朧とし、眠りに落ちるクレア。意識がなくなったことを確認した男二人は、クレアの両手両足を麻縄で縛ると、用意していた大袋の中に入れる。
「対象を確保した。依頼主の元へ急ぐぞ。」
「はっ。」
黒ずくめの男二人は眠ったままのクレアが入った大袋と共に、姿が背景へと溶け込み、その場から消えたのであった。
*********
クレアが帰った後、ずっとレーネは不機嫌だった。むすっと頬を膨らませたまま、ハルトヴィンの膝の上に座っていた。レーネは機嫌が悪い時、こうやって抗議してくるのだ。膝を占拠されては、何をするにも支障がでてしまう。いつの間にか夜になってしまった。
「なあ、レーネ。そろそろ降りてくれないか。」
「嫌。」
「なんでそんなに不機嫌なんだ?」
「お兄ちゃん、せっかくの嫁候補来た。なのに押し弱い。もっと押すべし。」
「いやあのな?クレアとは初対面だぞ?」
「クー姉のこと、タイプじゃないの?」
「容姿はいいが、会ってすぐどうこうなるわけないだろ。」
ハルトヴィンはクレアのことを思い出す。話した印象では、裏表のない素直な子だという感じを受けた。今まで周囲にはいなかったタイプの子で、腹の中に何を飼っているのか分からない貴族令嬢と比べて、とても話しやすく好印象だった。
「お兄ちゃん、満更でもない。」
「む?」
「応援する。」
「待て待て!クレアを気に入ったのは分かるが、事を急ぎすぎだ!第一、俺たちの間に恋愛感情はないぞ。それに、クレアは交際相手として皇族を嫌がってたろ。」
好印象ではあったが、さすがに一目惚れという恋浪漫的なことはなかった。
「大丈夫。クー姉、チョロい。きっと絆される。」
「チョロいとか絆されるとか・・・そんな言葉どこで覚えたんだ・・・。」
八歳とは思えないレーネの言葉に頭を抱える。だがその反面、嬉しさもあった。レーネがここまで家族以外の人間に執着することはなかったからだ。ハルトヴィンとレーネのための特注品であった紫珠まで渡したのは驚きだった。もともとは皇族の誘拐対策のためのものだ。「クー姉は危険に巻き込まれそう」とはレーネの弁である。
「紫珠まで渡すとはな。一般の研究員、しかも庶民が誘拐されることなんてあまりないだろうに。」
「クー姉は危なっかしい。誘拐されるプロの匂いを感じた。」
「誘拐されるプロってなんだ?」
レーネの発した謎の言葉に困惑していると、ハルトヴィンの紫珠が光る。クレアが危機に陥ったという光だ。
「まじかよ・・・。渡したの今日だぞ?タイミング良すぎないか?」
「大変!お兄ちゃん、助けに行く!」
「ああ、分かってる!」
カイザー・ヴィルヘムの騎士団に通報するにも時間がかかる。ここは自分で現地に行く方が早い。それにクレアは女性だ。誘拐された理由は分からないが迅速に助けないと、乱暴される危険がある。
「来い!インディー!」
中庭に出ると、人差し指ほどの小さな笛を取り出し、吹く。飛竜を呼ぶための竜笛だ。ハルトヴィンは自分の飛竜、インディーを呼んだ。少しすると、藍色の鱗を持った飛竜が現れ、中庭に着地する。ハルトヴィンはインディーに乗ると頭を優しく撫でた。
「すまないなインディー。緊急の用事なんだ。」
「グルルルルル。」
インディーは喉を鳴らす。離陸しようとした瞬間、レーネが叫ぶ。竜翼の音に負けないように大声で。
「お兄ちゃん。クー姉をお願い!」
「ああ、任せておけ。」
ハルトヴィンを乗せたインディーは、竜翼をはためかせ、カイザー・ヴィルヘルムへ向かったのであった。
************
ジョシュアの研究室では、べリルとジョシュアが話をしていた。
「俄かには信じられないな・・・。本当に君が翠の魔女なのかい?」
「ああ、証拠もあるぞ。」
べリルが身に着けていたペンダントをジョシュアに渡す。美しい綺麗な翡翠の珠が埋め込まれていた。珠の中には樹木をモチーフにした紋章が浮かんでいる。
「確かにこれは、翠の魔女の紋章だ。」
名のある魔導師は皆、独自の紋章を持っている。偽造はほぼ不可能でこの世に一つしかない。リンドブルム最強の魔導師アデラインも花をモチーフにした紋章を持っている。魔女の紋章は貴族の紋章とともに住んでいる国の紋章院が管理を行っている。
「しかしまた、どうしてそのような姿に?」
「記憶が曖昧でな。よく覚えておらんのだ。すまないな。」
「そうですか・・・。」
べリルは本当のことを言うつもりはない様だ。クオンはシュネーヴィントでべリルが本当は何があったか覚えていることを知っていたが、この様子では問い詰めても口を割らないだろう。
「ジョシュアと言ったか?そなたと取引がしたい。」
「取引・・・ですか?」
「ああ。私の知っていることをできる限りそなたに教えよう。聞いた限り、失われてしまったものもあるみたいだしな。その代わり、私とカリンの保護者になってほしい。」
「保護者・・・ですか?」
「今更、翠の魔女として世に出る気はない。この姿だしな。私は平穏な暮らしがしたい。だが、三百年たった今では拠り所がない。どうだ?保護者になってくれないか?」
「私は構いませんが、カリン君はどうなのかね?」
全員の視線がカリンに向く。カリンは一瞬たじろいだが、ゆっくりと口を開く。
「あの、一つ質問をしてもいいですか?」
「いいとも。何かね?」
「その、ジョシュアが保護者になった場合、クオン君とリッカさんには会えますか?」
「別に会えるとは思うが、どうしてそんなことを聞くのかね?」
「博士は王都に住んでいて、クオン君達はアティスに住んでいるみたいなので。その、あまり会えなくなるのかなって思って、その・・・。」
カリンはもごもごと口を動かす。目をぎゅっと閉じ、顔を真っ赤にしながら言葉を続ける。
「せっかく仲良くなったから、その、離れたくないなって・・・。」
言い切ると、その場が静寂に包まれる。その静寂を最初に破ったのはリッカだった。
「カリンちゃんがデレた~~~~~~!」
「あわわ!?」
リッカはカリンに抱き着くと頬ずりをし始める。カリンは困ったような表情をしていたが引きはがすようなことはしなかった。ジョシュアとべリルは笑う。
「だったら、アティスに住めばいいさ。私は王都に住めと言うつもりはないよ。」
「あ、ありがとうございます。では、その話、お受けします。」
「では、決まりだな。」
ジョシュアとべリルは今後のことについて話し始める。クオンはカリンとじゃれつくリッカを揉みながら、カリンの先程の言葉を思い出していた。
『せっかく仲良くなったから、その、離れたくないなって・・・。』
カリンがそう思ってくれていることが、ただ無性に嬉しいクオンなのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




