第十六話『雪風まとう翠』
続きとなります。
クオン達は台座の上に鎮座する、巨大なタマゴを興味深そうに見つめる。クオンが触れてみると、まるで陶磁器のようにツルツルしていた。それでいて温もりを感じる。
「ねえクオン。これ何のタマゴかな。」
「分からない。竜のタマゴよりも大きいし。カリンさんは何か分かる?」
「ううん。見当もつかないわ。」
そこで、ノインなら知っているだろうと、三人の視線が集まる。視線が自分に集まっていることに気づいたノインは、ぽん、と手を叩いた。
「私としたことが失礼いたしました。クオン。タマゴから生まれたらちゃんと認知してあげるのですよ。」
「何で!?」
「王国の法律では、認知をすることで法的な親子関係が・・・。」
「いやいやいや!?僕の子じゃないから!そうじゃなくて!あのタマゴは何なの?」
「そっちの方ですか。最初からそう言ってくださればよかったのに。」
「いや言わなくても分かるでしょ・・・。」
「カリン、タマゴに触れてもらえますか?」
「う、うん。」
カリンが恐る恐るタマゴに触れる。掌に温もりが伝わった瞬間、タマゴがゴトゴト動き出した。表面に亀裂が入り、瞬く間に全体に広がっていく。
「うわわっ!?う、生まれるよノイン!どどどうするの!」
「落ち着いてくださいカリン。何もしなくて大丈夫ですよ。」
ノインはタマゴの中身を知っているようだったが何も言わない。クオン達三人は固唾を飲んでタマゴが割れていくのを見守る。そのうち、タマゴは亀裂でびっしりと覆われ、破裂した。タマゴの中の液体が周囲に飛び散る。
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
「わわっ!?」
タマゴの前にいた三人に、生暖かくて粘り気のある液体がかかる。体に害はなさそうだが、いい気分はしなかった。
「うわ~べとべと~。」
リッカが不満を漏らす。クオンとカリンはべとべとになりながらも、タマゴの方を凝視していた。タマゴは大部分が破裂し、底の方の部分がお椀のようになっていた。そしてその中に、小さな少女が座り込んでいた。長い白銀の髪、蒼と翠のオッドアイ。少女はきょとんとした様子でクオン達を二色の双眸で見つめる。そして、真っ裸だった。肌理の細かい白い肌に、タマゴを満たしていた液体がまとわりついて、妖艶な感じがする。最初に我に返ったリッカが、少女が真っ裸なことに気付いて叫ぶ。
「クオン、見ちゃダメ!」
「ご、ごめん!」
リッカの叫びで我に返ったクオンは、とっさに後ろを向く。カリンはタマゴから孵った少女の前まで来ると、少女はカリンを見上げた。
「・・・もしかして、師匠?」
カリンには少女に見覚えがあった。翠の魔女べリル。記憶に残るその姿を、そのまま幼くしたような少女だった。少女は困惑の表情を浮かべ、口を開く。
「あなたは、カリン?」
少女はカリンのことを知っていた。それだけでカリンは十分だった。声も幼くなってはいたが、師匠の声だと分かった。カリンは服が液体で汚れるのも構わず、少女―――べリルに抱き着く。
「やっぱり師匠だ~!」
「こら!抱き着くんじゃないの!」
死んだと思っていた師匠との思わぬ再会に、喜びを爆発させるカリンであった。
*********
再会の後、ノインのすすめで温泉に入ることになった。タマゴが置かれていた部屋の奥にはいくつか部屋があり、生活できるようになっているらしい。そしてその中には、地上の温泉地からこっそり引いている温泉もあった。きっちり男湯と女湯に別れている。クオン達はべとべとになった服をノインに任せると、温泉へと浸かった。もちろん、クオンは男湯に一人。女湯にはカリン、べリル、リッカの三人が入った。温泉はかなり広く、火竜像の口から、どばどばと温泉がかけ流しされていた。
「私を封印したことを覚えていないんですか?」
「ごめんね。記憶が曖昧になってるのよ。」
「そう、ですか・・・。」
「このダンジョンを作ったことはなんとなく覚えているのだけれど、それ以上は思い出せないわ。」
カリンはなぜ自分を無理やり封印したのか聞きたかったのだが、べリルは覚えていないようだった。釈然とはしなかったが、師匠が生きていただけでも良しとしようと思った。
「なんでべリルちゃんはタマゴに入ってたの?」
「べリルちゃんって・・・私はあなたより年上よ。リッカ。」
「その姿で言われましても。どう見ても幼女じゃん。」
「ぐっ。言い返せないのが悔しいわ。私もなんでこの姿になっているのか・・・。」
「べリルちゃん可愛い~。妹にしたい。」
リッカはべリルに抱き着くと頬ずりする。べリルは露骨に嫌そうな顔をして逃れようとする。
「こらこら!私は翠の魔女よ!授業で習うでしょ!少しは尊敬しなさい!」
「お肌もちもちだ~。」
「人の話を聞け~!」
王国の教科書にも載っている魔女べリル。さしもの大魔女も、リッカのペースに巻き込まれるのであった。
*********
エルヴィン、テオバルト、ローズは黒龍へと向かう。狙いを絞らせないために、テオバルトは左、エルヴィンは中央、ローズは右から黒竜に迫る。ベルンハルトとツェツィは魔法で援護をする。
「顕わせしは 歪みの檻 封ぜよ 『重力縛』!」
「天より来たれ 雨柱 尖りて流れの槍と成せ 『雨流槍』!」
ベルンハルトが重力の檻に黒竜を閉じ込める。同時に、ツェツィが形成した雨の槍が上方から黒竜に襲い掛かる。ベルンハルトの重力縛で加速された雨の槍は、威力が上乗せされていたが、鱗を貫くには至らない。だが、重力縛で動きは鈍る。
「テオバルト!ローズ!どこでもいい!何とか黒竜に深い傷をつけてくれ!」
「傷?それでいいのか?」
テオバルトが訝しむ。エルヴィンの狙いが分からないようだった。ローズも同様だった。
「この手の幻覚魔法は、魔導師が本物と違わない黒竜の着ぐるみを着ているイメージだ。幻影の魔法を解く方法は二つ。魔法の着ぐるみごとぶっ飛ばすか、術者にダメージを与えるか。」
「傷口を開ければ、術者にダメージを与えることができるのか?」
「ああ!頼む!できるだけ深く!」
エルヴィンの狙いを理解したテオバルトとローズは左右から挟撃する。
「ハア!」
テオバルトが槍で突く。だが、ガキン!という音と共に、鱗が一枚はがれただけだった。
「ちっ。思ったより硬いな・・・。」
テオバルトはいったん下がる。代わりに、ローズが大剣を振り上げ、思いっきり斬りつける。浅い傷をつけることはできたが、エルヴィンの望むような傷はできなかった。重力縛の効果が切れ、黒竜は反撃する。
「グアアアアアア!」
咆哮と共に、黒竜の周囲の空気が圧縮される。圧縮された空気が一気に全方位へと放たれた。エルヴィン達は吹き飛ばされそうになりながらも、何とか踏みとどまる。
「一筋縄じゃいかないようだな。ツェツィ!ベル!テオバルトとローズに強化の魔法かけられるか?」
「できるが、闇雲にかけてもだめだろ。」
「おいベルンハルト。もう一度、黒竜に重力縛をかけろ。ローズ。俺が攻撃した場所と同じところを斬れ。」
「気にくわないが今回は従おう。ツェツィ。戦神纏衣はできるか?」
「は、はい!できます!」
「私にかけてくれ。頼む。」
テオバルトが黒竜に向かって走り出す。ベルンハルトとツェツィは再び詠唱を開始した。
「顕わせしは 歪みの檻 封ぜよ 『重力縛』!」
重力場が発生し、黒竜が再び地面に縛りつけられる。テオバルトは、槍を突き出す。狙いは黒竜の腹だ。
「獅迅槍!」
黒竜の鱗を粉砕し、腹に突き刺さる。だが、血は流れず、魔力の粒子が代わりに噴き出した。
「我が身に纏いしは 天より来る戦神の息吹 『戦神纏衣』!」
ローズの体が赤い光に包まれる。気合いと共に、剣技を繰り出す。
「狼牙!」
体を捻り、回転を効かせて大剣を振るう。魔力で威力が上乗せされた刃は、テオバルトが負わせた傷に食い込み、さらに深い傷を負わせた。さらに大量の魔力の粒子が噴き出す。
「よし!これならいける!」
エルヴィンは胸元から一枚の木の葉を取り出す。木の葉を額にかざし、精神を集中させる。
「銀狐変化!」
エルヴィンの体が眩い光に包まれ、次第に光が大きくなっていく。光が消えると、銀色に輝く大狐が出現した。
「狐焔咆哮!」
銀狐と化したエルヴィンの口に炎が収束し、ビームとなって撃ちだされる。ビームは、テオバルトとローズが付けた傷口に命中し、黒竜を貫く。断末魔の方向と共に、黒竜の体が魔力の粒子となって消えていった。代わりに、地面に倒れた魔導師が現れる。
「きゅ~・・・。」
魔導師は栗鼠の獣人だった。エルヴィンの攻撃を受けて気絶してしまったようだった。エルヴィンも変化が解け、その場に倒れる。
「エル君!大丈夫!?」
ツェツィが慌てて駆け寄ってくる。テオバルト、ローズ、ベルンハルトも寄ってきた。
「貴様、最初から変化をすればよかったのではないのか?」
テオバルトは、ふん、と鼻を鳴らす。変化を温存していたことに不満げのようだ。
「すげえ疲れるんだよあれ。今の俺じゃ一撃が限度だよ。」
テオバルトとは対照的にローズはエルヴィンを褒める。獣人の中で変化は強力な技だが、使えるものは、少数しかいない。
「だが、変化を使えるとはな。お主を見直したぞ。」
「俺っていつ見損なわれてたの?今日会ったばかりじゃんか。」
「お主が黒竜に突っ込んだ時に決まっているだろう。」
「そーですか。」
五人で話していると、どこからか試験官が近づいて来た。倒れている栗鼠の獣人を一瞥すると、こちらへ向かってくる。
「幻想鎧を破るとは、今年の新人は期待できそうだな。」
「幻想鎧?」
「幻覚の魔法だとお前は推理していたようだが、正確には違う。まあ、似たようなものだがな。魔導研究所の新作魔道具だ。テストしてほしいと頼まれてな。」
「受験生でテストするなよ・・・。寿命縮んだぜ。」
ベルンハルトとツェツィはげんなりとしていた。テオバルトとローズは眉を顰める。試験官はエルヴィンに笑いかけた。
「エルヴィンと言ったか?喜べ。今ので魔導研の奴らに目をつけられたぞ。はっはっは!」
「げっ・・・。張り切らなきゃよかったぜ・・・。」
魔導研のことは名前しか知らないが、絶対に厄介な集団だと確信するエルヴィンであった。
*********
べリルは、少しノインと話がしたいと告げ別室に移っていた。
「ノイン。」
二人きりになった室内で、べリルはノインを呼ぶ。べリルの声音は、明らかに棘を含んでいた。
「正直に答えなさい。これはあなたの仕業ね?」
「はい。私の判断で、瀕死のあなたを神殻に格納しました。」
「・・・一応聞くわ。なぜ?」
「あなたに死んでもらっては困るからですよ。あなたは、カリンにとってかけがえのない人なのですから。ギリギリで神殻が手に入ったので、あなたの計画を一部修正させてもらいました。あなただって、あんな形でカリンと死に別れるのは本意でなかったはずです。」
紫の瞳でじっとべリルを見つめるノイン。その瞳の奥には、カリンに対する強い思いが隠れていることをベリルは知っていた。
「・・・そうね。そこは、感謝するべきなのかしら。」
べリルはため息を吐く。カリンの前では誤魔化したが、カリンを封印したことも、このダンジョンを作ったこともはっきりと覚えていた。記憶は、奴と相討ちになったところで途絶えている。
「奴らはこの世界に侵入してはいないの?」
「300年前に召喚された軍勢は全て排除しました。とはいえ、我らもリンドブルムの結界に異常がないかを見張るので精一杯ですが。新たに侵入されても、現状として探知は困難です。」
「内側から結界を崩されたらどうするのよ。」
「そのような動きがあれば、さすがに気づきます。内側から壊す手段は限られているので。」
「まあ結界の事はレオノーラ達に任せるしかないか。それと・・・」
ベリルはつかつかとノインに歩み寄る。そしてむっとした顔でノインを見上げる。対するノインは無表情のまま、ベリルを見ていた。
「なんで私はこんな姿になってるのよ。」
「その理由は至極単純です。神殻の設定をミスりました。」
ベリルは目が点になる。二人の間に静寂が訪れた。ベリルは口をパクパクと動かすが言葉がでない。そのすぐ後、わなわなと体を震わせ、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「こんのバカノイン!やるなら最後まできちんとやりなさい!」
「いやはや、神殻を操作するのは初めてだったもので。思いもよらず、私の中に秘められたドジっ子属性が発露してしまいました。てへ。」
「秘められたとか嘘つかないの!出会った時からあんたはドジっ子でしょうが!」
ベリルはぴょんぴょんとジャンプするが、ノインの頭まで手が届かない。
「ぐっ。しばきたいのに届かない。おのれノイン!」
「そんなに怒らなくてもいいではありませんか。姿は縮んでも能力はそのままのはずです。培った能力はそのままで、人生をやり直せると思えば。」
「・・・そうね。前向きに考えるわ。カリンを守れると思えば悪くはないわ。」
「これで話は終わりですか?」
「ええ、今のところはね。」
「では、クオン達のところへ戻りましょう。」
タマゴが置かれていた部屋に戻ると、クオン、カリン、リッカが準備を整えて待っていた。
「師匠、ノインと何を話していたんですか?」
「別に大したことは話してないわ。」
「自分が初潮を迎えたら、チキンライスでお祝いしてほしいと言っていました。」
「言っとらんわ!」
*********
「あっ。信号が消えた。」
遺失研では、クレアが信号をモニターしていた。なんとか機械を研究室まで運んだ後、ずっと傍で小型水晶端末とにらめっこしていたのだが、ちょっと休憩していた間に信号が急に途切れた。クレアは慌て画面を覗き込む。
『敵性体の攻撃により、機体損傷。メインシステム停止。作戦続行不可と判断し、自爆命令を実行。』
「自爆!?そんな機能がついてたなんて・・・。」
ヘルツ博士に報告したいが、宰相のところへ行ったまま帰ってこない。とりあえず活動ログを記憶水晶に保存しておく。
「誰が倒したんだろう・・・。でも、これでよかったのかも。」
ヘルツ博士から聞いた話では、戦闘能力は相当なものだった。それを倒してしまうとは並みの相手ではないだろう。竜角人本人か仲間なのかは分からなかったが。
「竜角人の生き残り・・・もしいるなら会ってみたいなあ。」
竜角人の伝説は特に有名だ。オストシルト帝国の皇族・貴族・庶民の大半が白磁の竜角をいまだに信じている。有力な貴族や商人は大枚を叩いて探索に精を出しているほどだ。ローラン大陸遠征も、とある大貴族の強力な後押しがあったという。
「不老不死なんてありえないと思うけど・・・。」
クレアもその伝説に憧れ、研究対象の一つに竜角人を入れている。だが、クレアは竜角人には興味あるが、不老不死には興味がない。そもそもありえないと思っているからだ。カイザー・ヴィルヘルムの研究者は、フェリウス帝国時代の知識をわずかながら受け継いでいる。その中には生物学の知識もあり、人間が老化するメカニズムについても概ね知られていた。学術的に考えれば、砕いて飲んだだけで不老不死になれるなど眉唾ものだ。なので、帝国でもカイザー・ヴィルヘルムの研究者は白磁の竜角のことは信じていない。
「今回もまた無茶な事言われるのかなあ・・・。」
カイザー・ヴィルヘルムは建前上、学問の自由を謳い、独立している。しかし自前の資金調達源が乏しいため、実際はスポンサーの意向に左右される。特に皇族・貴族からは多大な資金援助を受けており、無理難題でも断れない。遠征のせいで人手も足りないうえ、白磁の竜角がらみで無理難題を言われるのかと思うと気分は憂鬱だった。
「どうした?ため息なんてついて。」
クレアがため息をついていると、セドリックが研究室に戻ってきた。手には研究報告の書類を抱えている。
「いえ、今回のことで、また無理難題を押し付けられるのかなって思いまして。」
「あー、あり得るな。宰相はともかく他の奴らがなあ。」
セドリックは書類を机に置くと、蒐集者の制御端末に目を向ける。
「ん?信号止まったのか?」
「はい。活動ログを見る限り、敵との交戦後、自爆したみたいです。」
「自爆装置なんてついてたのか。貴重な人造兵だったのに回収は無理そうだな。ところで、博士はまだ帰ってきていないのか?」
「まだみたいです。」
「皇帝も貴族も白磁の竜角に興味あるからな。だが、今更、ローラン大陸の遠征はやめられんだろう。最悪、俺たちが西方まで行かされるかもな。覚悟しとけ。」
「ええ~・・・。嫌なんですけど。」
「だが、むしろいいかもしれんぞ?人手不足でロクに研究進まねえし。残ってる連中は胡散臭いのばっかりだし。お前だって、今の状況は居心地悪いだろ?リフレッシュ旅行だと思って行けばいい。」
「うーん・・・。」
研究者は圧倒的に男性比率が圧倒的に高い。遺失研は主任のヘルツ博士を筆頭に公正な人が多いが、遺失研に配属されるまでは他の部署でよくいじめにあっていた。さすがに襲われたことはないが、身の危険を感じたことはある。そして今のカイザー・ヴィルヘルムは、そういうことをしてくる澱みたいな奴らが遠征の居残り組で大量にいた。上司の目がなくなったためか、クレアは最近またちょっかいを出され始めている。居残りでヘルツやセドリックみたいな良識ある研究者は少数派だ。だからといって西の端まで行かされるのも嫌だった。行くも地獄。残るも地獄。どっちにしろロクなことにならないと思うクレアなのであった。
*********
オストシルト帝国宰相ヘンドリク=ローレンツ。老獪な政治家として知られ、伏魔殿と言われる帝国中枢で生き残ってきた強者である。たくましい髭と、白髪が目立つ髪の毛がその印象を強めている。そして、現在の腐敗した帝国を憂う改革派の一人でもあった。
「内容は分かった。だが、本当に白磁の竜角なのか?」
ヘルツ博士は、長く待たされた後、ようやく宰相と会うことができた。蒐集者の管理端末のことを包み隠さず報告する。
「確証はありません。ですが、探知されたのはライン大陸西方です。特に、すでに捨てられた学説ではありますが、リンドブルム王国には竜角人の王女の話があります。」
「そうか。白磁の竜角自体は私は信じてはおらん。だが、竜角人の生き残りがいるなら確保したい。聖ルークスの生臭坊主どもへの牽制になる。」
オストシルト帝国は人類の盟主面をしている聖ルークス王国を快く思っていない。ループス帝国の時代から歴史上何度も激突しているため、仲がいいとは言えなかった。
「問題は、誰を行かせるかだな。できるだけ内密にしたい。」
「陛下にも・・・ですか?」
「あのゲーベルとか言う錬金術師が来てから、陛下の様子がおかしいのだ。おそらくローラン大陸遠征も奴の差し金だ。急に貴族連中も色めき出したしな。」
ヘンドリクは、急に現れ皇帝に取り入ったゲーベルに不信感を持っていた。人心を掌握する力でも持っているのか、得体のしれない錬金術師にも関わらず、一定の地位と後ろ盾を得ていた。ヘンドリクや一部の皇子と皇女は警戒しているが。
「あの男には何かがある。」
「陛下を通じて、ゲーベルに今回の件は知られたくないということですか。」
「そうだ。あの男は白磁の竜角に執着している。確実に竜角人を殺すだろう。だが、私としては不老不死などという夢物語に付き合う義理はない。白磁の竜角のことがなくとも、竜角人は十分な利用価値がある。ローラン遠征の件も、万が一、竜角人を発見した時に備えて、『影』を人員に紛れ込ませてある。」
「・・・話は分かりました。この件は内密にいたします。事情を知っている部下にも周知させておきます。」
「うむ。西方に派遣する人員については追って知らせる。」
ヘルツ博士は宰相執務室から退出し、遺失研へと戻るのであった。
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帝都ループスにある皇宮の一角。現皇帝の皇子達が済む春揺宮という場所がある。現皇帝は子だくさんで、正妃と四人の側妃、そして数も知れぬ庶民の女性との間に15人の皇子と10人の皇女がいる。一部は皇帝の後継を巡って骨肉の争いをしているがその争いに加わっていない者もいる。今回、ヘンドリクが訪れたのは、その中の1人———第八皇子ハルトヴィンが住まう場所だった。
「その話を、なぜ俺に言う?」
アッシュブロンドの髪から覗いている琥珀色の瞳がヘンドリクをじっと見据える。ハルトヴィンは宰相の真意を探ろうとしていた。
「あなたとなら私と利害が一致すると思ったからです。その手で竜角人を確保すれば、あなたの地位も上がる。」
「俺は、次代の皇帝になるつもりはない。」
「表向きは、でしょう?あなたの母上と妹君の未来を確実に守るには、皇帝になるのが一番です。そして、この国の腐敗を一掃するしかない。」
「・・・。」
「それにあなたは、皇族の中で一番まともです。」
「買いかぶりすぎだぞ。・・・この国の皇族なんぞみんな魔物と変わらん。母と妹を除いてな。」
皇宮は嫉妬と怨嗟が渦巻く魔窟だ。生まれた皇子と皇女の半数以上は事故死しているのだから。母と妹、そして少数の女官以外の人間は敵だった。しかし、それだけでは庶民出身の母、幼い妹を守ることができないと悟り、ハルトヴィンは地道に自分の味方作りに励んだ。今では内外にそれなりの味方がいる。そして、成長してこの国の実情を学ぶにつれ、この国の膿を一掃しないと、母も妹も幸せにはなれないと実感した。密かに後継者レースへの参戦を練っていたのだが、この老獪な政治家にはお見通しだったようだ。
「それで、俺に竜角人を捕獲してこいと?」
「ええ。」
「蒐集者といったか?誤作動の可能性はないのか?」
「その可能性もあります。ですが、あのゲーベルという錬金術師が現れて、急に湧いたローラン大陸に行くよりも可能性は高いと私は判断しています。」
「・・・条件がある。カイザー・ヴィルヘルムから、竜角人に詳しい研究者を最低一人は同行させろ。俺は伝説しか知らんからな。それと、母と妹も連れていく。」
「母上と妹君を?それは危険では?」
「ここにいるより危険な場所なんてあるのか?心配するな。ちゃんと帰ってくるさ。逃げ出したりはせん。・・・どうせ逃げても無駄なことは分かっている。」
ハルトヴィンは自嘲気味に笑う。本当は、帝国ではないどこかへ移住させてひっそりと暮らせればそれでいい。だが、他の人間、特に最大勢力である第一皇子が皇帝になれば、少しでも自分を脅かす者を殺し始めるだろう。帝国の暗殺部隊は優秀だ。皇帝の血が流れていれば、どこに逃げても探し出される。特に自分と妹は。結局、自分が皇帝にならなければ、殺される運命しかないのだ。
「ただ、母と妹に息抜きをさせてやりたいんだ。」
「・・・承知いたしました。条件を飲みましょう。準備ができ次第、お声かけ致します。」
「頼む。」
ヘンドリクはハルトヴィンの出した条件を渋々ながら了承し、退出していった。
*********
「そういうわけだクルックシャンク君。ハルトヴィン皇子と共に、ライン大陸西方諸国に向かってほしい。」
「え、ええ~!?」
遺失研に突然現れた宰相に驚いたのもつかの間、衝撃なことを言われるクレア。西方に行かされることは多少覚悟してはいたが、まさか皇子も一緒とは思わなかった。正直、皇子が多すぎて、名前も顔も全く知らない。しかし、皇族というだけでも、クレアは恐れ多くて胃に穴が開きそうだった。
「すまん。クレア君。反対はしたのだが、現状、君しか任せられないのだよ。セドリックは竜角人のことはあまり知らないしな。」
ヘルツ博士が申し訳なさそうに言う。立場上、強く出ることができないのだろう。どちらにせよ、宰相に命令されれば断るなど事実上できないのだが。
「はい・・・。分かりました。謹んでお受けいたします。」
消え入りそうな声で、クレアは西方行きを了承したのであった。
*********
カイザー・ヴィルヘルムでは公共掲示板に辞令を張り出すのが一般的だ。クレアが了承して数時間後、表向きは皇子の遊学の補助という名目で、クレアの西方行きの辞令が掲示板に張り出された。そして、その辞令を快く思っていない男たちがいた。
「皇子と共に西方へ行くだと・・?」
「このままでは、皇子のものになってしまうぞ。」
「どうする?」
掲示板の前で男たち数人がひそひそと話している。カイザー・ヴィルヘルムの研究者は基本的に男ばかりのため、女に飢えている。そして、歪んだ感情を持っている者たちが少なからずいた。数少ない女性研究者はその被害に遭うこともしばしばだ。クレアもその中の一人だった。クレアはまだ可愛いいたずら程度で済んではいたが、襲われた人もいる。研究者には生活に心配のない貴族の次男坊や三男坊がなることが多いため、女性の方はほぼ泣き寝入りだ。ヘルツ博士は他の良識ある研究者と共にこの状況を変えようと改革をしようとしていたが、なかなか進んでいなかった。
「もっとじっくり行くつもりだったが、こうなっては仕方ない。出発前に手籠めにしてしまえばいい。彼女は身寄りのない庶民だ。手を出しても、俺たちが傷つくことはない。」
「それもそうだな。」
こうして、クレアの知らぬところで、男たちの卑劣な計画が動き出したのであった。
*********
クオン達はまた元来た道を戻ってダンジョンの入口まで戻ってきた。大穴を登るのは大変で、皆に疲労の色が見えていた。
「ねえ、べリルちゃん。帰りくらい転移の魔法陣作っとくべきじゃないのかな・・・。」
「若いんだから歩きなさい。」
「えー。」
リッカは肩で息をしながら、ぶーぶーと不満を言う。元気娘も体力をかなり使ってしまったようだ。
「まあ、ここで少し休みましょう。・・・カリンに見せたいものをあるし。」
「私に見せたいもの・・・ですか?」
べリルはダンジョンの入口となっている墓碑に手を触れる。目を閉じ、何かを探っているようだった。
「よし。魔法陣は生きているみたいね。」
「あの、師匠。一体何を・・・。」
近づいてきたカリンを手で制しながら、べリルは微笑む。
「大事な約束よ。」
その言葉と共に、墓碑の周囲に刻まれていた魔法陣に白い光が走る。光は墓碑に収束すると、空の彼方へと打ちあがった。透きとおる様な青空に光が吸い込まれた瞬間、空一面に雲が出現した。そして雲から、小さな白い欠片が舞い降りてくる。カリンが手のひらで受け止めると、その欠片はひんやりと冷たかった。
「これは・・・雪?」
「そうよ。あなたが見たがってた雪。苦労したんだからね。気候制御の魔法陣構築するの。雪が降らなかった時のために用意しといたのよ。」
べリルはぷい!っと顔をそむけるが、恥ずかしそうに頬を染めているのがバレバレだった。カリンは喜びのあまりべリルに抱き着く。
「師匠!だいすき!」
「こ、こら!抱き着かないの!」
そんな微笑ましいカリンとべリルの様子に、クオン達も自然と笑顔になるのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




