第十五話『蒐集者』
続きとなります。
襲撃は突然だった。壁を突き破ってきた大きな手がカリンを掴む。さらに壁を突き破って襲撃者が姿を現した。2mもの大きさのある機械人形だった。捕まったカリンの顔が恐怖に染まる。クオンはとっさに剣を構えると機械人形と対峙する。
「いや!離して!」
カリンはじたばたと暴れるが、鋼鉄の腕はビクともしない。その光景に歯噛みをしつつも、クオンは素早く魔法を詠唱する。
「鷹の王よ 地を俯瞰するその力 我が瞳に宿れ 『鷹の瞳』!」
クオンの瞳を魔力が覆い、淡く緑色に光る。対象の魔力の流れを詳細に見ることができる魔法だ。『鷹の目』で見た機械人形は、魔力こそ膨大だったものの、魔法障壁が機能障害を起こしていた。左手側は魔法障壁が欠損している。さらに、経年劣化のためか、見ただけでも左手側―――特にカリンを掴んでいる左腕はかなり損傷していた。分析をしつつも、クオンは機械人形の正体に驚いていた。
(こいつは・・・ループス帝国の蒐集者!?カリンさんを狙って・・・?いやでもなんでこんなところに?)
竜角人捕獲の為に、ループス帝国がライン大陸に放った蒐集者のことはクオンも知っていた。だが、なぜこんなところにいるのか全く見当もつかない。
(いや、考えるのは後だ。まずはカリンさんを助けないと。僕の剣技でどこまで通じる・・?)
彼我の力量差を推し量る。フルスペックの蒐集者ならとうていクオンでは太刀打ちできない。だが、蒐集者は長い月日の中で劣化していた。クオンはそこに勝機を見出す。
(カリンさんを掴んでいる左腕なら!)
左腕を破壊するため、クオンは行動を開始した。クオンはまず、蒐集者を牽制するための魔法を放つために詠唱をする。
「銀より輝く魔の調べ 弾丸となりて その敵を穿て。」
魔法名は言わず、そのままクオンは蒐集者に向かって走る。空中に魔力の弾丸が形成されるが、射出はされない。魔法名を言わないことで発動を遅らせることができるのだ。だが、発動を遅らせてる間にも維持のため魔力を消費する。クオンは自分の魔力が減っていくのを感じながらも距離を詰めていく。
「『魔弾の射手』!」
空中に静止していた魔力の弾丸は、光線となって蒐集者へと向かう。光線は弧を描き、蒐集者の右手側に着弾する。魔法障壁に阻まれたものの、一瞬だけ蒐集者の注意がそれる。それがクオンの狙いだった。
「カリンさんを離せ!天翔斬!」
蒐集者の左腕、肘のあたりを下から上へと斬り上げる。金属と金属がぶつかり合う音がした後、蒐集者の左腕の関節が逆方向に折れ曲がっていた。アクチュエーターが破壊され、左手の握力を喪失する。
「きゃ!」
解放されたカリンが地面に落ちる。クオンはすかさず反転すると、背後に閃光筒を放る。閃光が炸裂し、蒐集者の視界を塞いだ隙に、カリンを抱き上げ、同時に魔法を詠唱した。
「わが身に纏いしは 天より来る戦神の息吹 『戦神纏衣』!」
魔法で身体能力を底上げし、猛スピードでその場から逃げ出すクオンとカリン。何とか蒐集者を振り切ることに成功したのであった。
*********
「ここまで来れば大丈夫かな。」
クオンは蒐集者が追ってこないのを確認すると、カリンを降ろす。だが、カリンは自分で立てず、へなへなとその場に座り込んでしまった。
「だ、大丈夫?」
「触らないで!」
カリンはクオンの手をはたく。カリンは、しまったという表情をした後、うつむいてしまった。クオンは優しくカリンの両肩をつかむ。一瞬、肩がビクッと跳ねたが、今度はクオンをはねのけたりはしなかった。すると、カリンが震えているのが分かった。カリンはゆっくりと顔を上げる。その瞳からは涙が滔々と流れ出していた。
「あいつ・・・昔、私を襲ってきたの。」
あいつとは蒐集者のことだろう。クオンは静かにカリンの話を聞く。
「龍脈の中を・・・追ってきて・・・捕まって・・・竜角を切られそうになって・・・。」
竜角人にとって竜角を切られることは死を意味する。龍脈のことはクオンには分からなかったが、カリンがあの蒐集者に殺されかけたという事実は把握できた。
「その時に・・・翠の魔女に助けられたの。」
それが翠の魔女べリルとの出会いだったとカリンは語る。なんとか間一髪で、蒐集者に殺されるのを免れた。
「でも・・・師匠はもういない・・・もういないの・・・怖い・・・怖いよ」
「カリンさん・・・。」
カリンは嗚咽を漏らす。カリンの肩からクオンの手に伝わる震えが増していた。カリンの隠してきた心の傷が一気に開いてしまった。カリンがここまで感情を顕わにしたのは初めてだ。
(辛かったんだね。)
表面上は平然としていたが、カリンが我慢しているのは感じ取っていた。家族も全員死んで、師匠も死んで、自分は三百年後の世界に一人。辛くないわけがないのだ。しかし、クオンは踏み込まなかった。カリンに拒絶されるのが怖かったから。だから、いつか自分話してくれることを待っていた。それが裏目に出てしまったのだ。
(少し・・・悠長すぎたのかな。)
クオンは意を決する。ここは、たとえ嫌われてでも、何か行動に移すべきだと思った。
「カリンさん。僕のことも・・・怖い?」
「・・・ごめんなさい、私・・・。」
「いいよ。それでも。」
「えっ・・・。」
カリンは反応するよりも先に、クオンに抱きしめられていた。悲しさと驚きの感情が混じって、一体何が起きたのかカリンは分からず、抱擁されるがままになっている。
「僕が何とかするよ。」
「く、くおん君・・・?」
「僕が、君を守るから。」
耳に響く言葉が、徐々にカリンに沁みこんでいく。カリンは恐る恐る、ゆっくりとクオンを抱きしめ返す。クオンは悟っていた。翠の魔女との間に何かあったことを。そして、あの施されていた封印が、カリンの本意ではなかったことを。しかし、カリンの過去についてはクオンにはどうしようもない。だから、クオンは、今できることをやろうと決心する。
「僕があの蒐集者を倒すから。」
「え・・・?」
「だからここで待ってて。ね?」
クオンはそう言って立ち上がると、短剣を一本取り出し、カリンの前の地面に突き刺す。すると、カリンを中心に魔法陣が現れ、カリンを半球状の魔法障壁が覆った。クオンのとっておきの一つ、聖域の短剣だ。時間制限はあるが、カリンを守ってくれる。それに、魔力の流れを遮断するので探知されることもない。カリンはしばらく動けないだろう。一人にしておくには危険なので、保険をかけておいたのだ。クオンは魔法障壁が展開されたことを確認すると、その場から走り出した。方向は、蒐集者がいる方向だ。
「クオン君・・・。」
カリンは去りゆくクオンの背中を呆然と見つめることしかできなかった。
*********
クオンは蒐集者を倒す方法を頭の中で考えていた。先程の戦闘では左腕を損傷させることができたが、破壊するとなると話は別だ。まずは、リッカと合流できないか確かめてみる。
「遠きは近きに 闇は光に 我求む標を照らせ 『千里眼』!」
『千里眼』の魔法で、リッカの魔力紋を探るが、見つけることができなかった。この地下神殿全体が探査魔法を妨害しているようだ。リッカとの合流は困難だとクオンは判断した。
(リッカと合流できれば良かったんだけど。)
ないものねだりをしてもしょうがない。クオンは一人で蒐集者と戦う方法を模索し始める。
(蒐集者を破壊するにはパイロライト機関を壊す必要がある。でも僕の剣技だと威力不足かもしれない。)
パイロライト機関を壊せば魔力爆発が起こり、蒐集者を完全に破壊できる。蒐集者を鷹の目で見た時、左手側は劣化していた。しかし、劣化しているにも関わらず、左腕を切断することはできなかった。左手側から胴体を突いても、パイロライト機関まで到達しない可能性もある。
(魔装剣なら・・・でも成功したことないし。)
クオンは剣の師匠に『剣技』を習っている。『魔装剣』———魔力を刀身に集め、切れ味を増加させる基本の技。だが、成功したことはない。剣に魔力を溜めすぎて、剣が爆発してしまうのだ。剣の破片で怪我してしまい、それ以来まだチャレンジさせてもらっていない。
(待てよ・・・?剣が爆発するなら、それを利用すれば!)
自分の閃きに顔を輝かせるが、すぐに沈痛な表情になる。大きなデメリットに気付いてしまったからだ。
「はあ。絶対みんなに怒られるなこれ。」
そのデメリットとは、自分が怪我してしまうことだ。クオンに、奥義と防御魔法を同時にするという器用なマネは出来ない。魔法障壁を展開しても、ある程度の破片は覚悟しなければならない。
「早く蒐集者を倒して、安心させてあげないと。」
たとえそれでも、クオンにやらないという選択肢はなかった。カリンの心の傷を一つでも癒すことができるのなら。クオンは決意を固めると、蒐集者を探し始めるのであった。
*********
一方そのころ、転移で別の場所に飛ばされたリッカは道に迷っていた。現在地が分からないうえ、リッカは千里眼の魔法は使えない。彷徨っているうちに、リッカは広い場所に出る。天井がドーム状になっていて、何やら描かれている。
「う~んここはどこだ~?お~い!クオン!カリンちゃん!」
大声で叫んでみるが、反響するばかりでどこからも返事はなかった。いつも能天気なリッカだが、さすがに気が滅入ってきた。
「はあ。ちょっと休も。」
リッカは近くにあった柱の残骸に座る。ふと見上げると、円状に描かれた絵が目に入った。リッカは一目で古龍の絵だと分かった。ところどころ剥がれ落ちてはいるが、辛うじて古龍七柱全て判別できる。
「リンドブルム、オイラー、バルトリヌス、マクスウェル、クラウジウス、プランク、ステヴィン・・・」
リッカは絵を指さしながら一つ一つ名前を言っていく。世界を整えたという七柱の古龍。その伝説は誰もが幼き頃から知っている。
「実は、七柱ではなく九柱なのですよ。」
「おわっ!?」
いきなり隣から聞こえてきた声に驚いて、腰掛けていた柱から転げ落ちそうになるリッカ。いつの間にか、隣にちょこんと女性が座っていた。リッカはその女性が面識のある人物だと気づいて、目を瞬かせる。
「ノインさんじゃないですか!なんでこんなとこに?」
「ノインで結構ですよ。リッカ。」
「あ、うん。ノインはなんでここにいるの?」
「私は翠の魔女の人造兵ですよ。ここは翠の魔女の墓所。私がいてもおかしくはないでありませんか。」
「んん?まあいいや。じゃあ、なんで姿を消してたの?カリンちゃんが目覚めても翠の魔女の館に来なかったよね?」
「私にもやることがありましたので。用事が片付いたので、あなた方と合流しようと思い、馳せ参じたのです。」
「あなたもカリンちゃんを守ってくれるの?」
「無論です。そのために私はいるのですから。」
「そっか。ノインは強いみたいだし、安心だね。」
そこで話は途切れ、静寂が二人を包む。リッカは再び天井を見上げると、ノインに先程の言葉について尋ねた。
「話は戻るけど、古龍って九柱いるの?聞いたことないんだけど。創国の女神フェリに世界を任されたのは七柱じゃないっけ。」
神話では、宇宙に漂っていたふわふわしたものから、多数の女神が生まれる場面から始まり、その中で女神フェリと男神リウスが誕生する。その後に古龍七柱だ。フェリとリウスは漂っていたふわふわしたものをかき混ぜて、空と海と大地を創ったという。この世界がフェリウスと呼ばれているのもそのためだ。そして、女神フェリは古龍に世界の管理を任せる。
「あまり知られていませんが、続きがあるのですよ。」
「続き?」
「ええ。世界が多様化したため、管理者たる古龍を増やすことにしたのです。若い神々に試練を与え、合格したものを古龍に迎えることにしました。」
「九柱ってことは合格したのは二柱?」
「はい。合格した二柱の神様を古龍に迎え、古龍九柱となったのです。」
「名前は何て言うの?」
「残念ながら名前は伝わっていません。ですが、九番目の古龍はリンドブルムの妹神だったと言われています。」
「へ~。お姉ちゃんの為に頑張ったのかな?」
「きっとそうでしょう。彼女はリンドブルムを慕っていましたから。」
「そうなんだ。ハーヴィ博士が聞いたら喜びそうな話だね。神様、特に古龍の実在についても研究してたし。」
「あなたは・・・。」
「ん?なあに?」
「あなたは、神様を信じていますか?」
ノインはじっとリッカを見つめる。ノインの紫の瞳は、神秘的な雰囲気を持っていた。リッカは思わず見惚れる。まるで、心の奥まで入ってくるような、それでいて心地よい視線だった。
「うん。信じてるよ。そう思った方が楽しいじゃない。」
あはは~と笑うリッカ。ノインはその様子に目を細める。何か大事なものを見つけたかのように。
「あなたはお日様みたいな人ですね。表も裏もなく、ただ光を放っている。」
「んん?なんの話?」
「いえ、何でもありません。」
「ってこんなことしてる場合じゃない!クオンとカリンちゃんを探さないと!ノインも協力してくれない?」
「ええ。構いませんよ。ですが・・・。」
ノインは再び、紫の瞳でリッカをじっと見る。リッカの翠の瞳には、困惑の色が浮かんでいた。
「えっと、何?ノイン。」
「あなたは疲れています。少し休みなさい。」
「で・・でも!・・・ってあれ?」
リッカは全身から力が抜ける。同時に、強烈な眠気が襲ってきた。リッカは抗うことができず、そのまま瞳を閉じる。ノインは倒れてきたリッカを抱き留めると、膝枕をしてリッカを寝かせる。すー、すーと規則正しい寝息が聞こえていた。
「何も心配することはありませんよ。これも、べリルの計画の内なのですから。今は休みなさい。リッカ。」
ノインは優しく囁きながら、リッカの頭を撫でるのであった。
*********
クオンは蒐集者を見つけた。聖域の短剣でカリンの魔力を遮断したおかげか、カリンを見失っているようだった。こっそり後をつけたが、ランダムに動き回っているように見える。
(広い場所に出たら仕掛けよう。)
クオンの作戦は、至極単純だ。魔弾の射手で牽制しながら、接近して魔装剣で突く。そして剣を蒐集者の内部で魔力爆発させるのだ。無数の破片が体内で暴れまわり、確実にパイロライト機関を破壊できるだろう。魔装剣を扱いきれていないことを逆手に取った作戦だった。ただ、魔力爆発と同時に防御魔法を展開しなければこちらの命も危うい。危険はあるが、蒐集者を破壊するにはこの作戦しかなかった。
(落ち着いて。冷静にやるんだ。)
蒐集者の後をつけながら、頭の中で何回もシミュレートを行う。緊張で汗が頬を伝い、手が震える。これほどの強敵と戦ったことはない。そうこうしているうちに、蒐集者は広い空間に出る。瓦礫が散乱しているが、十分戦える広さだった。クオンは覚悟を決め、戦闘を開始する。まず、発煙筒を投げ、蒐集者の注意を逸らす。思惑通り、蒐集者は煙と光を出し続ける発煙筒の方を向いた。その隙に、クオンは魔法を詠唱しながら接近する。
「銀よりも輝く魔の調べ 弾丸となりて 敵を穿て。」
空中に魔力の弾丸が形成される。その数二十。だが、まだ発射はしない。こちらに気付くギリギリまで粘る。
「『魔弾の射手』!」
静止していた弾丸は光線となり、蒐集者へと襲い掛かる。狙いは右手側。魔法障壁で防いでいる間に接近する。しかし、ここで思わぬ行動に出る。背中から煙が吹き上がったかと思うと、何やら筒状のものがクオンへと向かってきた。
(あれは、噴進誘導弾!?)
古代魔法帝国の技術の一つ、噴進誘導弾。ループス帝国が保有していたことは知っていたが、まさか装備されているとは思わなかった。
(ループス帝国が復活させた噴進誘導弾は、欠陥品で誘導性能は高くなかったはず。)
向かってきた噴進誘導弾は三発。クオンは右に動きながらぎりぎりまで引き付ける。そして当たる直前に体を左に切り返した。噴進誘導弾はクオンの動きについていけず通り過ぎ、背後にある瓦礫に当たって爆発した。
(噴進誘導弾の大きさから推察すると、これ以上の数は装備されていないはず。)
クオンが噴進誘導弾の対処をしている間に、蒐集者は体勢を立て直していた。しかし、クオンは不測の事態も想定していた。
「『魔弾の射手』!」
先程の攻撃で魔力の弾丸を使い切らず、保険の為に十個残していた。それを放つ。再び光線が弧を描いて蒐集者に着弾する。今度は噴進誘導弾を撃ってこない。クオンは一気に距離を詰める。
「魔装剣!」
クオンは剣に魔力を纏わせ、裂帛の気合いと共に突く。狙いは左わき腹。蒐集者は折れ曲がった左腕で防御しようとしたが、損傷のためか鈍い音がするだけだった。クオンは狙い通り、蒐集者のわき腹から斜め上へ向かって突き上げた。魔力を纏った剣はたやすく蒐集者に侵入する。
「グゴアアアアアアアアアアア!」
蒐集者は機械とは思えない叫びをあげる。クオンはそのまま、一気に魔力を流し込んだ。限界以上の魔力を注ぎこまれた剣が光り輝く。クオンは剣から手を離すと魔法を圧縮詠唱する。
「願うは守護の腕 『守護神の光』!」
効果は減るが、その分発動が早くなる。だが魔法障壁が形成される直前に、剣が爆発した。蒐集者の体内で炸裂した破片が暴れまわり、パイロライト機関を破壊する。クオンは、魔法障壁を展開したが、防ぎきれず、左足と右腕、そして右肩に破片が突き刺さった。
「~っ!」
激痛のあまり、声にならない叫びを上げるクオン。思わすその場にうずくまった。やっとの思いで顔を上げて蒐集者の方を見る。蒐集者のバイザーから漏れていた光が次第に弱くなり、消えた。機能停止したようだった。
「や、やった・・・。」
しかし、クオンが安堵した瞬間、蒐集者から音声が流れ始めた。
『メインシステム停止。パイロライト機関起動不可。機密保持のため、自爆シークエンスを開始します。10、9・・・』
「じ・・自爆!?」
自爆装置があるとは想定外だった。人造兵は高価で、普通は自爆装置などつけない。だが、この蒐集者は例外だったようだ。
「最後の詰めを誤るなんて。師匠に怒られるなあ。」
クオンは死を覚悟する。何とか立ち上がるが、守護神の光はすでに消失している。全身に力が入らない。痛みで集中が切れ、新たな詠唱もままならなかった。
『・・3、2、1・・・0。』
「クオン君!」
カリンの声が聞こえたような気がした。後ろから誰かに抱き着かれる感触。その瞬間、視界が白く染まり、そして暗闇へと沈んでいった。
*********
「クオン君!しっかりして!」
カリンは必死にクオンに呼びかける。次元門を使い、クオンを救い出したものの、剣の破片で大怪我をしていた。なんとか止血はしたものの、すでにたくさんの血が流れてしまっていた。
(もっと私が早く駆けつけていれば・・・!)
カリンは迷った末、クオンの後を追ってきたのだった。だが、追いついた時には蒐集者が自爆する寸前で、とっさに次元門を使って自爆に巻き込まれないようにするのがやっとだった。後悔に胸が押しつぶされそうになる。
「クオン君。ごめんね。私が意気地なしだったから・・・。」
カリンは覚悟を決める。魔法を解いて白磁の竜角を露わにする。
『決して、その力を人前で見せちゃだめよ。』
カリンは母の言葉を思い出す。カリンには秘密があった。それはカリンの家族だけが知っていた。翠の魔女でさえ知らない秘密だった。それは癒しの力。癒しの魔法が使える魔導師は貴重だが存在はしている。だが、最高の魔導師でも重傷の患者を数人治せるくらいだ。それに比べて、カリンの力は桁違いだった。死ななければ治るのだから。しかも無制限に。そして、魔法ではない。
「今、治してあげるから。」
カリンは瞳を閉じて集中する。竜角が翠色に発光し、光の粒子がクオンを包んでいく。クオンの体に食い込んでいた破片が浮き上がり除去される。そしてまるで時間を巻き戻すかのように傷口が治っていく。傷口が全て塞がると、クオンを包んでいる光は消えた。カリンは瞳を開く。クオンの顔色も良くなっていた。
「・・・良かった。良かったよぉ・・。」
カリンは涙を流しながら、クオンが助かったことに安堵した。
*********
クオンは何か暖かいものに包まれる感じがしていた。ふと、頬に何か落ちてくるのを感じ、目を開く。視界が開けた先にあったのは、涙を瞳いっぱいに溜めたカリンの顔だった。頬に落ちてきたのはカリンの涙だった。カリンが目の前にいるという状況についていけず、クオンは困惑する。カリンに膝枕されている状態だった。
「・・・カリンさん?」
「クオン君・・・目が覚めたのね・・・。」
「カリンさんが助けてくれたの?」
返事はなかったが、カリンはこくんと頷いた。ふと、そこで違和感を感じる。重傷を負ったはずなのに、痛みをまったく感じないのだ。
「あれ?僕、怪我してたはずじゃ・・・。」
右腕を見る。服が破れて肌が露になっていたが、傷ひとつなかった。脚もちゃんと動く。
「私が治療したの。」
「カリンさんが?」
「私の竜角には、生まれつき癒しの力があるの。」
白磁の竜角を見ると、仄かに発光していた。
「黙っててごめんなさい。それと・・・」
カリンは頬を染めながら、優しい声音で、クオンにお礼を言う。
「守ってくれてありがとう。嬉しかったよ。」
クオンが初めて見た、カリンの心からの笑顔だった。クオンは思わず見惚れた。
「はは。カッコつけた甲斐があったかな。少しは惚れてくれた?」
「・・・ばか。」
恥ずかしそうに言うカリン。先程よりも顔の赤みが増していた。クオンもカリンの仕草にどぎまぎする。カリンとクオンは、互いに顔を赤くしたまま、しばらく見つめ合った。。
*********
リッカは自分の体がゆらゆら揺れているのを感じた。目を開けると、すぐ横にノインの顔があった。
「起きましたか。リッカ。」
「あれ?ノイン?私、どうしたんだっけ?」
「眠ってしまったんですよ。きっと疲れがたまっていたのでしょう。」
ノインと話をしていたのは覚えているのだが、いつ眠ってしまったのか思い出せなかった。思い出せないものは仕方がない。リッカは自分の状況を確認する。
「ねえ、ノイン。」
「何でしょうか?」
「何でお姫様抱っこされてるのかな。私。」
ノインはリッカをお姫様抱っこしたまま歩いていた。リッカの疑問に、ノインは淡々と答える。
「私がしたいからです。」
「そ、そう・・・。でも魔物とか出てきたら対処に手間取るんじゃない?」
「大丈夫です。その時はリッカを投げます。」
「投げないで!?私は飛び道具じゃないよ!?」
「そんなに慌てないでください。人造兵の小粋な冗談じゃないですか。」
「真顔で言われても説得力ないよ。」
ノインはリッカを抱いたまま進んでいく。目が覚めたのにノインはリッカを降ろしてくれない。恥ずかしいので降ろしてほしかった。
「ねえ。私、歩けるよ。降ろして。」
「やだ。」
「やだ!?何で!?」
「別にこのままでいいじゃないですか。私は人造兵なので疲れませんし、リッカは楽ができます。」
「うーん。でも・・・。」
「それにリッカはいい匂いがします。」
「やだこの人造兵!やっぱり降ろして!」
「暴れないでください。そろそろクオン達と合流できますよ。」
「えっ!ほんと!?」
「本当です。人造兵が冗談を言うわけないじゃないですか。」
「どの口が言うか!」
リッカはノインの胸をぽかぽか叩くが、ノインはすました顔のままだ。すっかりノインに翻弄されているリッカなのであった。
*********
クオンとカリンは、ひとしきり見つめ合った後、背中合わせで座っていた。互いに温もりを感じながらも、言葉が続かず困っていた。その時、クオンはリッカのことを思い出した。
「そ、そういえばさ!リッカを探さないと!きっと心配してると思うし。」
「う、うん。そうだね。」
まだ妙な雰囲気だったが、リッカの話題で何とか会話をする。ぎこちないながらも、二人は立ち上がった。
「リッカさん、どこにいるのかな?」
「分からない。探知魔法も使えないし、どうしようか。」
クオンとカリンが困っていると、どこからか「おーい!」という声が聞こえてきた。
「今、リッカさんの声が聞こえなかった?」
「うん。聞こえた。」
二人は辺りをきょろきょろと見渡す。すると、通路の一つからリッカが現れた。後ろにはノインがいる。
「クオン、カリンちゃん!」
リッカはダッシュで突っ込んでくると、そのままクオンとリッカに抱き着く。
「二人とも会いたかったよー!」
「リッカ!大丈夫だった?」
「うん。特に何もなかったよ。ノインもいたし。」
クオンとカリンは、リッカの後ろにいたノインに目を向ける。ノインはカリンに一礼する。
「あなたがノイン?師匠が作った人造兵って聞いたけれど。」
「はい。ノイン=シュタールと申します。」
「よろしくね。ノイン。」
「こちらこそよろしくお願いいたします。ところで、あなたのことはどのように呼べばよろしいでしょうか?」
「え?普通に名前でいいんじゃないかな。」
「候補は、お姉さま、お姉ちゃん、姉貴です。」
「なにその候補!?何で私が姉なの!?」
「オプションとして私に妹属性を追加できます。なので、お姉ちゃんが一押しです。」
「人造兵の妹とかいらないし!カリンでいいよ!」
「ちっ。」
「舌打ち!?」
人造兵らしくないノインに困惑するカリン。目を白黒させるカリンをよそに、ノインはクオンに話しかける。
「クオンもお久しぶりですね。」
「あ、うん。リッカを守ってくれたんだね。」
「ええ、そのことで重要なお話があります。」
「な、なに?」
「リッカはとてもいい匂いでした。」
「何の話!?」
「ちょっと!?誤解されるようなこと言わないでよ!」
自由奔放なノインに、三者三様に翻弄されるクオン達であった。
*********
ノインに案内されて、クオン達はダンジョンの最奥へと到達する。そこには、雪の華が描かれた扉があった。
「ここが、翠の魔女べリルが眠っている場所です。カリンにしか開けないように細工がしてあります。」
「どうすれば開くの?」
「扉の前に立ってみてください。」
言われた通り、カリンは扉の前に立つ。すると、扉に刻まれた雪の華から白い光がカリンに向かって照射される。
『カリン=アントラと確認。ロックを解除します。』
音声が流れた後、扉の中心に切れ目が入る。ゴゴゴゴという音を響かせながら、左右に扉がスライドする。
「さあ、行きましょう。」
べリルを先頭にして扉をくぐっていくクオン達。部屋の中は真っ白だった。壁も床も白大理石で作られているようだった。そして四人の視線は、すぐに部屋の奥の台座の上へと向く。
「タマゴ?」
リッカがつぶやく。部屋の奥の台座の上には、巨大なタマゴが鎮座していたのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




