第十三話『ダンジョン探索』
続きとなります。
翠の魔女のダンジョン。それは、シュネーヴィントの地下空間にある迷宮だ。翠の魔女べリルの墓碑から続く階段で容易に侵入することができるが、全貌はまだ把握されていない。分かっているのは、最奥への扉があること、そしてやたらと謎解きの部屋があることだ。その数は百を超える。その反面、魔物はスライム程度しかいない。そのため、駆け出しの冒険者がよく利用する。クオンとリッカも冒険者になりたての頃はこのダンジョンでよく練習していた。
クオン達は階段をゆっくりと降りていく。地下なので太陽の光は届かないが、壁に魔法灯が埋め込まれている。冒険者達が地道に整備していったものだ。そのおかげで視界に困ることはない。階段が終わると、目の前にさらに地下へと続く大穴が現れる。壁に沿ってらせん状に通路が下へと続いていた。カリンは大穴をのぞき込んでみる。穴の底は暗闇で見えない。まるで吸い込まれそうな漆黒に塗りつぶされていた。
「この穴の底はどうなってるの?」
「神殿みたいな場所に出るよ。元々、ここにはフェリウス帝国時代の神殿があったみたい。それを翠の魔女が再利用してダンジョンにしたって言われてるよ。」
「フェリウス帝国・・・。」
アントラ王国の時代よりもはるか以前に栄えた汎世界国家。神の怒りを招いて滅亡したとされているが、諸説あり真相は定かではない。帝都の位置すら不明だ。アントラ王国にはフェリウス帝国から受け継いだとされる技術も存在はしていたが、それ以上のことはカリンも知らなかった。
「ううっ。いつ見てもこわ~。慣れないな~この高さ。」
リッカは大穴の深さに戦く。落ちればまず助からないだろう。大穴のそこへと続く通路には、落下防止の安全柵が配置されてはいるが、注意を怠れば落下は免れない。
「とりあえずさ、一度、最奥への扉まで行ってみようか。」
クオン達は歩き出す。クオン、カリン、リッカの順だ。別に三人で示し合わせたわけではないが、自然とそういう並びになっていた。通路を進み、少しずつ大穴を降りていく。すると、壁際に扉があるのが見えた。三人は扉の前まで来ると、一旦立ち止まる。扉には正三角形が刻まれていた。
「これが謎解きの部屋?」
「うん。大穴に降りていく途中と、神殿の方にもこういう部屋があるよ。」
「この正三角形は何か意味があるの?」
「分からないけど、扉によって違うみたいなんだ。」
「扉によって違う?」
「図形って言うか、様々な絵が刻まれてるんだよね。」
「例えば?どういう絵?」
「花、雪の結晶、動物、木、雲、平面図形、多面体、城、剣、盾、服、靴、竜・・・あげればきりがないけど。」
「・・・なるほど。そういうことね。」
「え?今ので分かったの!?」
「まだ確信はないのだけれど。」
カリンは何か思い当たる節があるようだったが、口にはしなかった。クオン達三人は、再び地下の神殿を目指して歩き出したのであった。
*********
クオン達は大穴を降りていく。その様子をじっと見守る影があった。クオン達がカリンと出会う前に戦ったノインである。ノインは隠蔽モードで後をつけていた。
「どうやら思ったより元気そうね。」
ノインは元気そうなカリンの姿に目を細める。レオノーラの判断を疑うわけではないが、やはり見知らぬ人間に託すのは心配だった。ノインは杞憂で良かったと内心安堵していた。追跡を再開しようとした時、ふと、ノインのセンサーにひっかかるものがあった。
「この反応は、まさか・・・」
ノインは目の前に映像を投影する。そこにはセンサーで探知した対象が映し出されていた。ダンジョン攻略中の冒険者の一団。その中にいる小柄な女の子をセンサーは指し示している。
『対象の数学的構造に異常。ツェアシュテールの災厄を受けたと推測。』
ノインに内蔵されている解析機関が告げる。
「・・・あの災厄を受けて、生きていた者がいたのね。」
『肉体の経過年数は2024年と推定。対象のヘイフリック限界が正常に機能していません。現在、安定はしていますが、突発的な変異の可能性もあります。危険対象として排除を進言いたします。』
解析機関は淡々と排除を進言する。しかし、その進言には答えず、ノインは対象を精密に走査を行う。
「基本構造は崩壊していないようね。これなら修復可能のはず。」
『その判断は危険、と進言いたします。修復には精密な数学魔法の行使が必須となります。また、いつ不可逆的変異が起きるか未知数です。最悪の場合、ツェアシュテールの干渉を招く恐れが・・・。』
「排除はしない。彼女を第二優先対象として設定。魔力紋をバイオマーカーとして登録する。」
『了解。』
ノインはそう告げると、再び女の子を見る。彼女は、隣を歩く大柄な男と親しげに話していた。ノインは映像の中の女の子に手を伸ばす。
「2000年も死ねずに彷徨ってたの?」
まるで女の子に語りかけるように、ノインは言葉を紡いでいく。声は届いていないと分かっていても。
「ごめんね。今まで気づいてあげられなくて。私が、何とかするから。待ってて。」
数学的構造の修復は不可能ではない。だが、ノインの処理能力では彼女の修復は不可能だ。数学的構造の安易な改変は、魂の変質を誘発する。彼女がいままで人間でいられたのも、偶然でしかない。後顧の憂いを絶つためにも、この場で殺してしまった方が良いのだ。解析機関の進言は何も間違っていない。それでも、ノインは彼女を救うと決めたのだった。
*********
メルはふと、視線を感じて振り返った。背後には何もいない。ジークは、そんなメルの行動に怪訝な表情をする。
「どうした?メル。」
「いや。何か視線を感じてだな。」
「視線?俺も周囲に気を配っているが何も感じないぞ?殺気もない。」
「気のせいか・・・?」
メルとジークは気を取り直して先へと進む。そのうちチェスター一行は最奥への扉の前へとたどり着いた。
「ふむ。これが誰も開いたことがないという扉だね。」
チェスターは扉へと近づくと、押したり引いたりする。しかし扉はビクともしない。
「本当に開かないようだね。まあいいや。これで目標は達成だ。さあ帰ろうか。」
「ええっ!?本当にこれだけでいいんですかい?ご主人。」
雇われパーティの中の一人が叫ぶ。正直言って、何も仕事していない。ただ付き添っていただけだ。楽と言えば楽だが、さすがに限度というものがある。
「雇い主の僕がいいって言ってるんだ。何か問題でもあるのかい?」
チェスターは妖艶な笑みで反論を黙らせる。雇われパーティの面々は、チェスターが何を考えているのか分からない恐ろしさを感じた。
(こいつ、妙に変な迫力と威圧感あるんだよな。腐っても冒険者ってことか。まあいいさ。どうせもう関わらないし。)
ジークもチェスターは苦手だった。剣技では絶対に負けない自信がある。だが、チェスターは笑いながら背中を刺してくるタイプだとジークは感じていた。敵には回したくない。
「じゃあ帰ろうか。転移の巻物があるから一緒に入口まで簡単に行けるよ。僕には汗をかきながらあの大穴を登っていくなんて似合わないからね。」
性懲りもなく気障なセリフを吐くチェスター。メルは渋面を作っていた。ジークはチェスターの前に出ると、提案をする。
「なあ、俺たちはここで別れていいか?ちょっくらこのダンジョンを見ていきたいんでね。報酬は前払いだし問題ないだろ?」
「僕は構わないけど、それでいいのかい?あの大穴を登るのは大変だよ?そこの魔女ちゃんも辛いんじゃないかい?」
チェスターはメルをねっとりとした瞳で見る。メルは自分の背中に何かが這い上がってくるような悪寒を感じ、ジークの背中に隠れた。
「うちのメルをそんな目で見るのはやめろ。殺すぞ。」
「ははっ。怖い怖い。」
チェスターは手をひらひらと振ったあと、転移の巻物を取り出す。巻物を広げると、チェスター達の足元に魔法陣が出現する。
「いいよ。ここで契約は終了だ。またね。魔女ちゃん。」
そう言い残し、チェスター一行は光の中に消える。ジークとメルだけがその場に残された。メルはチェスターが消える直前に、べーっと舌を出していた。
「何が『またね』だ!あのエロ魔人が!二度と会いたくないぞ!」
「まあいいじゃねえか。これでちいっとはここを探索できる。だが、その前に。」
ジークは背後を振り向き、何もない空間を見つめた。一方のメルは、ジークのそんな行動に小首を傾げている。
「そろそろ姿を現したらどうだ?そこにいるのは分かってる。」
ジークがそう言った瞬間、空間が揺らぎ、一人の女性が現れた。メルは、ひっ!と声を出してジークの背後に隠れる。
「気づいていただけたようですね。」
「ああ、わざと気配を漏らしてただろう?あんたは誰だ?俺たちに何か用か?」
「私はノイン。ノイン=シュタール。翠の魔女が作成した人造兵です。」
その言葉に、メルが驚く。思わずジークの背中から飛び出して、ノインに問う。
「人造兵?なんで翠の魔女が・・・?」
「申し訳ありませんが、その質問には答えられません。それよりも・・・。」
ノインはメルをじっと見据える。紫の双眸が、メルの深紅の瞳を捉えた。
「あなた、災厄の生き残りですね?」
「「!?」」
思ってもみなかった言葉に、メルは硬直する。ジークはメルを背中に隠しながら、剣を抜き、ノインの喉元に突きつける。ジークはゆっくりと口を開く。
「なんでそれを知ってる?」
「私には高性能の解析機関が搭載されています。その子の数学的構造に異常を検知しました。生物の数学的構造に影響を与えるなど不可能です。神でもなければ。」
神、という言葉に体を震わせるメル。ノインはそのまま言葉を続ける。
「ならば結論はひとつです。破壊神ツェアシュテールの災厄を受けた、七星の魔女の生き残り。」
「そうだとしたらなんだ?」
「あなたも分かっているでしょう?他の魔女がどうなったかを。」
「メルは人間だ。」
「今のところはぎりぎり人間と言えるでしょう。ですが、いつ変異を起こすか分かりません。だから、あなたはその子を元に戻す方法を探している。」
「ああ、そうだ。だが、それがあんたと何の関係がある?」
ジークはノインを睨みつける。メルの事情についてはジーク以外に知る者はいない。破壊神のことも、七星の魔女のことも伝承程度にしか残っていないのだ。なのにこの目の前の女性は、メルの異常を正確に認識した上に原因まで当てた。ただの人造兵とは思えなかった。
「その質問にも答えられません。」
「じゃあ、なぜ俺たちの前に現れた?」
「その子を元に戻す方法を知っているからです。」
その言葉に一瞬、ジークは硬直する。それは信じられない言葉だったからだ。
(この人造兵は何を言っている?メルを元に戻す方法を知っているだと?)
「なぜ、あんたがそんなことを知っている?」
「その質問には答えられません。」
「答えられないことばっかりだな。」
「申し訳ありませんが、そのように設定されているので。」
ジークとノインが話していると、ジークの背後に隠れていたメルがひょこっと顔を出し、話に入った。
「その方法を教えてくれるのか?」
「ええ?」
「対価はなんだ?」
「特に欲しません。私はただ知っているというだけ。そしてその方法は極めて困難です。」
「対価はいらないだと?胡散臭いな。」
「信じるかどうかはあなた達次第です。私だって、その方法が確実だと証明できないのですから。」
「教えてくれ。その方法とはなんだ?」
「それは・・・」
ノインは目を閉じる。何かを考えるようなそぶりを見せた後、目を開いた。そして静かに口を開く。
「古龍オイラー。かの方に会えば、あなたの数学的異常を元に戻してくれるはずです。」
「あんた、本気で言っているのか?神様に頼みなさいと言っているんだぞ。」
「私は本気で言っています。古龍オイラー。かの方の神域までたどり着ければ、祝福を授けてくださいます。」
「でも、古龍なんてどこに・・・。」
メルは暗い顔をする。神様に会えと言われても、途方に暮れるしかない。そもそも神話の中でしかいないのだから。
「よく聞いておいてください。ジーク、メル。」
唐突に名前を呼ばれ、戸惑うジークとメル。ノインは真剣な眼差しで静かに告げる。
「神聖騎士ヨハネス=ケプラー。その男の足跡を辿りなさい。そうすれば、道は開けるでしょう。」
「ケプラー?ジーク、知ってるか?」
「いや俺も初耳だ。」
「私が教えることができるのはそこまでです。」
もう用件は終わったとばかりに、二人に背を向け歩き出すノイン。メルは慌てて呼び止める。
「最後に聞かせてくれ!なんで教えてくれたんだ?」
「・・・。」
ノインは立ち止まる。二人の方は振り返らない。どのような表情をしているのか、メルには分からなかった。
「・・・ただの、自己満足です。」
そう呟くと同時に、ノインの姿は周囲の背景に溶け込み、消えた。
「信じるのか?メル。」
「私は信じたい。初めての手がかりだ。」
「じゃあ、まずはケプラーって奴の情報集めねえとなあ。王都に戻るか。」
「・・・ジークは信じるのか?」
「信じるも何も、俺はメルについていくだけさ。」
「・・・ありがと。」
ジークとメルは来た道を戻る。大穴のところまで戻ったところで、向こうから誰か走ってくるのが見えたのだった。
*********
「あれ、チェスターと一緒に行動してた冒険者じゃない?」
リッカが前を指さす。その先には、大柄な男とローブを来た小柄な女の子がいた。チェスターや他の冒険者は見当たらない。
「チェスターはどこ行ったんだろ?ちょっと聞いてくるね!」
「あっ!ちょっとリッカ!」
クオンの制止も聞かず、リッカは、一目散に走り出す。ちょうど冒険者二人は振り返り、リッカに気付いた。リッカは二人の目の前で立ち止まると、元気よく挨拶をした。
「こんにちは!」
「お、おう。こんにちは。元気だな嬢ちゃん。何か俺たちに用か?」
「あなたたち、チェスターと一緒にいた冒険者よね?あのエロ魔人どこ行ったの?」
リッカの、エロ魔人という言葉にメルが噴き出す。
「あいつ、そう呼ばれてんのか?」
「そうだよ!リンドブルムじゃ有名だよ!もしかして知らなかった?だめだよお兄さん。妹さんをあんな男に近づけちゃ。教育に悪いよ?」
「ああ、気をつける。チェスターなら転移の巻物で帰ってったぞ。もうこのダンジョンにはいない。」
メルは妹ではないのだが、訂正するのも面倒なので適当に流す。メルも空気を呼んで何も言わない。
「ほんと!?やったー!これでびくびくせずに探索できる!」
リッカは、ばんざーいをして全身で喜びを表現する。目の前の少女の、分かりやすい反応にジークもメルも苦笑した。
「あいつは相当嫌われているようだな。この国では。」
「ああ。そうみたいだな。メルだけじゃなくこんな嬢ちゃんにもエロ魔人言われるくらいだからな。」
そうこうしているうちに、クオンとカリンが追いつく。
「すいません。うちの姉が騒いでしまって。」
「ははは。気にしてないぜ。面白い嬢ちゃんだな。じゃあ、俺たちは行くぜ。」
ジークはそう言うと、メルを伴って歩き出す。メルは立ち止まってぺこりと礼をすると、ジークの後をついていった。
「ねえ聞いてよ!チェスター帰ったんだって!やったね!」
「え?すれ違ってないよね?」
「なんかねー。転移の巻物使ったらしいよ。」
「転移の巻物って・・・あれ金貨100枚くらいするよね・・・。」
チェスターの金のかけ方にげんなりするクオン。気を取り直して先へと進むのであった。
*********
エルヴィンとツェツィは黒竜へと向かって疾走していた。エルヴィンに迷いはなかったが、ツェツィはビビっていた。
「どどどどうするの!?」
「ツェツィさんは俺を援護してくれ。」
「わ、分かった。」
ツェツィは立ち止まると詠唱を開始する。
「来たるは氷神の風 仇に纏いて吹き上がれ!『旋風零下』!」
黒竜を中心に、氷の刃を含んだ風が巻き起こる。黒竜の鱗を傷つけることはできなかったが、荒れ狂う氷の刃に思わず怯む。その隙に、エルヴィンは黒竜に接近する。
「はああ!」
エルヴィンは黒竜の首を狙って斬りつける。しかし、硬い鱗に弾かれてしまう。体勢を立て直した黒竜の口から火が漏れていた。
(ブレスか。でもなんか変だな。これは・・・。)
黒竜に違和感を覚えるエルヴィン。だが、考える間もなく、黒竜がブレスを放つ。
「ガアアアアアアア!」
黒龍の口から灼熱の炎が噴き出される。瞬く間に黒竜の前方が火の海になる。エルヴィンはすばやくブレスの範囲外まで下がった。黒竜はギロリとエルヴィンを睨む。
「やっぱ変だな。」
「何が変なのだ?そこの銀狐。」
聞き慣れない声が右隣から聞こえてきた。いつのまにか、距離を取って様子を見ていたローズがエルヴィンの右隣に来ていたのだ。ローズは大剣を構えたまま、視線を黒竜に向けていた。エルヴィンの方は見ずに、言葉を続ける。
「貴様は馬鹿か。いきなり黒竜に突っ込んでいくとは何を考えている。」
「ただの様子見だろ?あれくらいでやられねえよ。」
「ほう?竜相手にたいした自信だな。武芸の心得があるのか。」
「それなりにな。辺境育ちなもので。」
ローズと話していると、左隣に今度はテオバルトがやってきた。こちらもエルヴィンには視線を向けず、得物の槍を構えたままだった。
「おい銀狐。竜に突っ込んでいくとはお前は馬鹿か。」
「うわっ!?初対面の二人から馬鹿って言われたよ。お前ら実は仲いいだろ。」
「私が?この駄獅子となれ合うわけがない。」
「俺もだ。この女狼と?ありえんな。」
即座に否定する二人。互いに駄獅子と女狼というあだ名で罵っている。仲の悪さを主張している割には、二人の息がぴったり過ぎて思わず笑みがこぼれるエルヴィンだった。
「なあテオバルト様?」
「テオバルトでいい。堅苦しいのは好かん。なんだ?質問は手短に言え。」
「じゃあテオバルト。お前ってさ、フランカ陛下を番にしたいのか?」
「なっ!?」
叫びと共にエルヴィンの方へ顔を向けるテオバルト。その端正な顔は真っ赤になっていた。ローズの方も、番という言葉に激しく反応する。
「なんだと!?テオバルト!貴様は陛下の貞操まで狙っていたのか!」
「んなわけなかろう!そそそそんな恐れ多いこと出来るかあ!」
エルヴィンを間に挟んで喧嘩を始めるテオバルトとローズの二人。黒竜の方も、いきなり喧嘩を始めた獣人たちに困惑ぎみだ。エルヴィンも、あれ?思っていた反応と違うぞ?と首をひねっていた。
「なあ。俺の中だと、フランカ陛下を番にするために首席を狙うテオバルトとそれを阻止しようとするローズさんの図式だったんだけど違うのか?」
「ちちちちがうわ!首席を狙ってはいるがそんな恐れ多いこと思っておらん!どこからそんなことを聞いた!」
「え?受験生の間で噂になってるけど。」
「なんだと!?はっ!父上の差し金か!」
なんだか自己解決を始めたテオバルト。父上がどうとかぶつぶつと独り言を言い始めた。ローズはそんな様子のテオバルトを鼻で笑う。
「フランカ陛下を番にするなど、駄獅子にはもったいなさすぎる。」
「ローズさんは何でテオバルトに対抗してるんだ?」
「ローズでいい。奴の家と私の家はライバルだ。負けるわけにはいかん。」
「ふうん。因縁の相手って奴か。ローズも首席狙っているのか?」
「無論だ。フランカ陛下に邪な相手は近づけさせない。」
「俺は邪ではない!」
立ち直ったテオバルトがローズに食ってかかる。二人の間に挟まれているエルヴィンは苦笑しながらも、黒竜の観察に戻った。
「おいエルヴィン!何してんだよ!」
声のする方を振り返ると、ベルンハルトがこちらへ向かって走ってきた。ツェツィも一緒だ。ベルンハルトはテオベルトの、ツェツィはローズの横で立ち止まる。
「暢気にくっちゃべってるなんて余裕だなエル!というかいつの間に、噂の二人と仲良くなったんだ?」
「ついさっきだ。」
「もう!エル君ったら心臓に悪いよ!」
「ははは。ごめんごめん。」
黒竜と対峙するエルヴィンたち五人。相変わらず、黒竜は、グルルルルルと喉を鳴らしながら様子を見ている。
「そういえば、あの竜のどこが変なのだ?エルヴィンとやら。」
「あ、そこに戻る?」
「無論だ。気になるじゃないか。」
「匂いがしないんだよ。あいつ。」
「匂い?竜の匂いか?生憎、私は竜に会ったことがないので判断がつかないが。」
「可燃性ガスの匂いがしないってこと?エル君。」
「可燃性ガス?なんだそりゃ?」
「・・・竜は食物から炭化水素を取り出し、ブレスの燃料にするとは座学で習った。まさかそのことか?」
テオバルトの言葉に、うなずくエルヴィン。だがテオバルトは渋い顔をする。俄かには信じられないようだ。
「だが、そこまで匂うものなのか?信じられないが。」
「ああ、ぷんぷん匂うぜ?昔、中型の竜と戦ったことがあるからな。あいつは大型だ。匂ってもいいはずなのに全然匂いがしない。戦闘態勢なのに関わらずだ。」
「じゃあ、なんで匂いがしないんだ?あのでかさじゃ、『幻想軍団』で仮想体を生成できないだろ?試験官が言ってた実物の目標かと思ってたんだけどな。エルは何か予想つくか?」
「多分、黒竜に化けてる魔導師じゃないかと思うんだよな。優秀だけど、竜は書物でしか知らないとみた。」
「その可能性はあるな。だがなエルヴィン。たとえ化けているとしても、さっきの戦いを見た限り、鱗の硬さとブレスは強力だぞ。勝てるのか?」
「勝てるだろ。俺たち五人なら。」
「おい。なぜおまえに協力する前提になっているんだ?」
「テオバルトもローズも試験官の鼻を明かしたいだろ?わざわざ偽の黒竜なんて出してきたんだ。きっと姿を見れば逃げ出す腰抜けだと思われてるんだぜ?実際に俺たち以外は逃げちまったし。」
エルヴィンの言葉に、テオバルトとローズは一瞬考えるようなそぶりを見せた後、各々答えを出す。
「いいだろう。だが今回だけだ。」
「私もだ。試験官をぎゃふんと言わせてやる。」
「よし。話はまとまったな。」
テオバルトとローズの同意は得られたが、ベルンハルトとツェツィはジト目でエルヴィンを見ていた。
「おい、俺は強制参加なのか?」
「そうだよ!僕の意思は!?」
抗議する二人に向かって、エルヴィンはグッと親指を立てる。
「俺たち、友達だろ?」
笑顔で言い切ったエルヴィン。あまりにも清々しい行動に、ベルンハルトは噴き出す。
「ははは。そうだな!友達だもんな!」
だが、一方のツェツィは黙ったままだった。ただならぬ雰囲気に、エルヴィンは恐る恐る話しかける。ツェツィは何故かすねていた。
「あ、あの、ツェツィさん?」
「・・・ツェツィ。」
「え?」
「友達なら、僕のこと、ツェツィって呼んで。友達なのに、さん付けはおかしい。ローズさんも今日会ったばかりなのに、もう呼び捨てにしてるしずるい。」
なぜテオバルトは良くてローズが呼び捨てではだめなのか。一瞬疑問に思ったが、尋ねることのできる雰囲気ではなかった。
「お、おう。俺に協力してくれないか。ツェツィ。」
「うん!」
ツェツィは、ぱっと花の咲いたような笑顔で答える。これで、エルヴィン達の意思は一つとなった。
「さあ、行くぞ!」
エルヴィン、ツェツィ、ベルンハルト、テオバルト、ローズの五人は、各々の得物を手に、黒竜に戦いを挑む。即席パーティの戦いが始まったのであった。
*********
クオン達三人は一列になって地下の神殿の中を歩いていく。長い月日のため、ところどころ崩れ落ちたり水が溜まったりしている。地下なのもあり、ひんやりと涼しい。凝結した水が、時折、ぴちょんぴちょんと音を立てて滴り落ちる。冒険者たちによって整備された魔法灯に沿って行けば迷うことはないが、魔法灯のない方へ進むと漆黒の闇となる。何かが這い出てきそうな暗闇だ。
「ねえクオン。まだ着かないの?」
「もうちょっとだよ。何回も来てるのにリッカは怖がりだよね。」
「お化けが出てきたら嫌じゃん!剣で斬れないんだよ!」
ビクビクしているリッカとは対照的に、カリンは無言だった。平気そうに見えるが、その手はクオンの服をぎゅっと掴んでいる。カリンの顔は見えないが、きっと強張っているんだろうなと思いつつ、クオンは少し歩く速度を速める。すると暗闇に包まれてしまいそうな道の先に、ひときわ明るい光が見えた。
「見えてきたよ。リッカ、カリンさん。」
クオンは背後にいるカリンとリッカが安堵の息を吐くのを感じる。やはり二人とも暗闇の中は怖かったようだ。服をつかむ力も幾分か弱まった。分かりやすい反応にクオンは頬が緩む。
「ここが最奥への扉がある場所だよ。」
クオン達は大きな空間に出る。魔法灯がたくさん設置されており天井までよく見えた。入ってきた方向とは反対側に、大きな扉があった。空間は半球状になっていて、天井には何やら壁画が描かれているがほとんど崩れ落ちている。クオン達は、扉の前まで進む。
「ほら、これが竜車の中で見せた文言だよ。」
クオンが扉を指し示す。扉には文言が刻まれていた。
『それは天からの手紙 静かに大地へと降り 花弁は重なる 微睡みに浸る命が目覚めし時 泡沫の夢の如く消えゆくもの』
シュネーヴィントに来る途中で、クオンがカリンに教えた通りの文言だった。カリンは自分の考えを口に出した。
「この文言が、謎解きのヒントだと思うの。謎解きの部屋の扉には絵が刻まれていたでしょ?この文言は、どの絵の扉の謎解きをすればいいのか示しているんだと思う。私の予想だと、解くべき部屋は六つかな?もしかしたら順番も大事かもしれない。」
クオンとリッカは驚いた。文言が謎解きと関係しているとは予想していた。だが、カリンは文言が指し示す内容だけでなく、解くべき部屋の数と順番まで口にしたからだ。
「すごーい!カリンちゃん、なんで分かったの!?」
「すごくないわ。ただ、師匠が口にしていた言葉があるのよ。この文言の中に。それで予想がついたの。」
「それでもすごいよ。見当がつくだけでも大助かりだからね。どの絵の扉を探せばいいのかな?カリンさん。」
「まずは、短い六角柱の絵を探しましょう。」
こうして、クオン達は目的の部屋を探し始めるのであった。
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