第十二話『翠の魔女のダンジョンへ』
続きとなります。
今日は翠の魔女のダンジョンへ挑む日。クオンはいつも通りに目覚めた。顔を洗い、ぴょんぴょんはねている寝癖を整える。身支度を済ませると、1階のロビーへ降りる。まだリッカもカリンも来ていない。クオンはロビーの一角に置いてある新聞を手に取ると、ソファに座って読み始める。
新聞が手元にある時は、できるだけ目を通すようにしている。冒険者にとって情報は命だ。各国の政治経済、文化、学術情報など、その時の趨勢がギルドに来る依頼内容や報酬に影響を与える。クオンの分析力はまだ未熟だが、こまめに読むようにしている。リンドブルム王国の新聞は雑多な情報が載っているので、重要な情報を取捨選択する能力を鍛えるためだ。
「何か面白い記事はないかなっと。」
ふと、目に留まる記事があった。ドラグラ=ファイン連邦の騎士・魔導師合同試験について書かれている。
(そういえばそんな時期か・・・。合格者謁見式には新皇帝が出てくるのかな?)
ライン大陸は中央山脈が南北に走っている。その山脈を境に東部と西部に分かれるのだが、東西を行き来するためには、中央山脈の南を迂回するしかない。その道をシュヴェールト回廊といい、東側をドラグガルド連邦、西側をツェーレ王国が領有している。
ドラグガルド連邦の北がオストシルト帝国である。表面上は平穏を保っているとはいえ、オストシルト帝国は仮想敵国だ。ドラグラ=ファイン連邦を万が一攻略されると、シュヴェールト回廊から帝国軍がライン大陸西側へと侵攻できるようになってしまう。ツェーレ王国は小国なので、帝国を押さえることはできない。そういう事情もあって、リンドブルム王国はドラグガルド連邦の情勢を注視している。去年も新皇帝の即位の記事が一面に載っていた。
騎士団・魔法兵団合同試験の記事を読んでみると、主にツヴァイク公爵の嫡男テオバルトのことが書かれていた。どうやら、首席での合格を狙っているとか。騎士団、魔法兵団試験共に首席は皇帝にお願いができるらしい。このお願いというのは伝統的なもののようだ。ツヴァイク公爵家は連邦でも力のある大貴族だ。さらに記事を読み進めてみると、ツヴァイク公爵家はテオバルトを皇帝の番にして影響力を拡大しようとしているとのこと。テオバルト自体にも実力はあるらしく、騎士試験を皇帝との婚姻に利用する腹積もりのようだ。
記事には、現在の連邦内の勢力図も載っていた。皇帝派、ツヴァイク派、その他貴族の三大勢力。皇帝派が劣勢で、ツヴァイク派が優勢と書いてあった。その他貴族は様子見。
(確か、連邦の皇族って直系はフランカ陛下だけになっちゃったんだっけ。)
十年前の戦争で、皇族の妖狐達と帝国の新型魔導兵器が激突。ほぼ相討ちの形で終戦した。帝国も虎の子の兵器を失ったものの、連邦も、幼かったフランカを残して直系皇族を失った。だが、あの戦争には不審な点が多く、内通していた者がいるのでは?とリンドブルム王国でも話題になっていた。
一般の連邦民としては、十年前の悲劇もあって、フランカには好きな相手と結ばれて欲しいとも記事には書いてあった。
(そういえば、ミーチョもフランカ陛下には幸せになってほしいって言ってたな。)
新聞を閉じると、ちょうど欠伸をしながらリッカが来た。後ろにはカリンがいる。
「おはよ~クオン。」
「おはよう。クオン君。」
「おはよう二人とも。早速出発しようか。」
クオン達三人は宿屋を出ると、翠の魔女のダンジョンの方へと向かう。ダンジョンは、シュネーヴィントの北出口から出てまっすぐだ。クオンはリッカとカリンを振り返りながら、これからの予定を確認する。
「北出口前には商店街があるから、そこで朝ごはんを食べていこう。」
その言葉に反応したのか、カリンのお腹からくう~っという音が鳴った。カリンはさっと両手でお腹を押さえる。
「~っ!」
「あはは!カリンちゃんのお腹の虫は正直だね。」
カリンは頬を染めて恥ずかしそうだ。リッカが笑っていたが、カリンは恨めしくリッカを睨むだけだった。
「ほら!お腹空いてるんでしょ?はやくいこいこ!」
「あっ!リッカさん!引っ張らないで!」
リッカはカリンの手を取って走り出す。クオンはその様子に微笑みながら、二人の後を追うのであった。
*********
クオン達三人は、商店街の中にある一軒の食堂で足を止める。食堂の名前は『白猫亭』という名前だった。カランコロンという音と共に入口の扉を開け、中へと入る。すると、店主と思しき男が声をかけてきた。
「おや?クオンじゃないか。またダンジョン攻略に来たのかい?」
「ええ、その通りです。お久しぶりですね。ジムさん。」
「あとはリッカと・・おや?」
店の主人、ジムは以前アルセイド姉弟がお世話になったため面識がある。なので、初対面のカリンを見て不思議そうな顔をした。
「なんだクオン。可愛い子を連れてるじゃないか。ついに彼女ができたのか?」
「ちちちちがいますよ!彼女はパーティの新しい仲間です!」
「まあ、そういうことにしとこう。」
クオンがきょどっていると、奥から一人の女性が出てきた。ジムの奥さんであるキャロルだ。この食堂はこの二人で切り盛りしている。
「あら?クオン君とリッカちゃんじゃない。それと・・・」
キャロルも見知らぬカリンを見て小首を傾げる。その様子を見て、カリンは慌てて自己紹介をする。
「あの、はじめまして。クオン君とリッカさんのパーティに新しく加入したカリンと言います。」
「まあ、クオン君ったら彼女さんができたの?」
「違いますよ!」
慌てて否定するクオン。勘違いされるのは嬉しいが事実ではないので肯定するわけにはいかない。ジムとキャロルは、顔を赤くして慌てるクオンに微笑みながら、窓際の席を勧める。席に着くと、カリンはクオンに話しかける。
「あのご夫婦とは知り合いなの?」
「うん。去年、ダンジョンに挑戦した時にリッカが風邪を引いちゃってね。その時にお世話になったんだ。」
「そうそう。私がバカじゃないって証明されたよね!」
「いやリッカ・・・。別にバカだから風邪ひかないわけじゃないから。ただ気づいてないだけだから。」
「なんですとぅ!?」
「ほら、ショック受けてないで注文決めるよ。僕はトーストセット。リッカは?」
「同じのでいい。」
「カリンさんは?」
「私もそれでいいわ。」
クオンはキャロルにトーストセットを3つ注文する。ふと、リッカが窓の外を見て、げっ!と声を上げた。
「あれチェスターじゃん!うわあ、さいあくだわ~。」
窓の外には、にこやかな顔のチェスターが冒険者の一団を連れて歩いているのが見えた。
*********
チェスターは雇った冒険者を引き連れ、翠の森のダンジョンへと向かっていた。『純真なるユニコーン』はチェスターを含めて三人のパーティだ。だが、いつも名のある冒険者を雇って侍らせている。いわゆる見栄だ。雇われる冒険者の方も楽して大金が貰えるので割り切っている。今回も他に三パーティ、合計9名を雇っている。総勢14人の大所帯だ。
「これから行くダンジョンは、最奥まで到達されていないだけで特段難易度が高いわけじゃない。なんでこんなに大所帯なんだまったく。」
メルは行列の後ろでぐちぐち不満を言っていた。契約時には他のパーティはいなかったのだが、気づいたらいつのまにかこんな大所帯になっていた。
「あの坊っちゃんが見栄っ張りなだけだろ?それに大勢の方がいいじゃねえか。」
「なんでだ?」
「あまり働かなくて済む。他の奴らも腕のあるパーティみたいだしな。まあ、気楽に行こうぜ。」
「はあ。気楽にねえ・・・。私としてはあのチェスターがいるだけで心が休まらないんだが?」
「動いてしゃべる金貨とでも思っておけばいい。」
「金貨は女を抱かない。しかもあいつはこんな姿の私を狙うような奴だぞ。」
「その認識は間違っている。あいつの守備範囲は月が開いて閉じるまでだ。」
「最悪だ!・・・はあ、今度からはお金に釣られないようにしなければな。」
ため息を吐くと、メルは前を歩くチェスターとその後についていく冒険者パーティを見る。確かに屈強ではあるが、謎解きがメインのダンジョンには向かないメンバーばかりだ。
「こうしてみると本当に攻略する気はないんだな。腕はあるが、基本脳筋ばかりじゃないか。全然謎解きには向いてない奴らばかりだ。もしかして最奥への扉をぶっ壊すつもりじゃないだろうな。」
「さすがにそれはないだろ。下手すると落盤するぞ。仲良く生き埋めだ。」
翠の森のダンジョンは地下にある。あまり大きな衝撃を与えると落盤して埋まってしまう可能性がある。
「まあ、そうだよな・・・。」
腕を組んで、何かを考え込むような仕草をするメル。長い付き合いのジークは、メルが何を考えているのかピンと来た。
「メル、あいつらのこと脳筋だなんだと言っておきながら、扉を『滅火』の魔法で吹き飛ばそうとか思ったんじゃないだろうな?」
ジークの言葉に、メルの肩がびくっと跳ねる。ぐぎぎぎぎ、とさび付いた歯車の音がしそうな首の動きでメルはジークを見上げる。
「そ・・・ソンナコトナイゾ。」
「声色でばればれだぞ。まったく、普段いろいろ考えるのに、なんで煮詰まるとすーぐ魔法で解決しようとするかな。」
やれやれと言いつつ、ジークはメルとそっと手をつなぐ。
「ジーク?」
「・・・滅火を使えば確実にメルが只者じゃないことがばれる。焦る気持ちは分かるがやめとけ。」
「・・・うん。ごめん。」
急にしおらしくなるメル。それ以上は言葉が続かなかったが、言葉の代わりに、メルはそっとジークの手を握り返した。
*********
白猫亭の窓からチェスターの一団が良く見えた。どうやらこちらの視線には気づいていないようだった。ふと、カリンは違和感を覚える。チェスター達の一団の最後尾。大柄な男と小さな女の子が並んで歩いていた。男は見るからに戦士。女の子はローブを着ているので魔導師だろう。顔はよく見えないが、ブロンドの髪がローブからこぼれている。幼い少女が冒険者をしていることも珍しいが、カリンの違和感の源はそこからではなかった。
(あの女の子―――構造がズレてる?おかしいな。そんなズレを彼女が見逃すはずが・・・。)
ふと、そこまで考えて、気づく。自然に頭に浮かんだ、自分の思考の意味が分からないことに。
(構造がズレてる?彼女が見逃すはずがない?・・・なんでそんなことを私は思い浮かべたの?)
『構造』とは一体、何の構造なのか。『彼女』とは一体誰なのか。カリンには全く見当もつかなかった。
(私は・・・何か大事なことを忘れているの?)
記憶喪失のはずはない。物心ついた頃から今まで、記憶の欠損はないはずだ。だが、どうしてもカリンには記憶の何かが欠けているような感じがしていた。
(そういえば、王都で古龍オイラーの像を見た時にも、私の知らない記憶が・・・)
オイラーの像を見た時に、カリンの脳裏に浮かんだ銀髪の少女。知らないはずなのに、どこか懐かしい微笑みを浮かべていた。
「はいおまちどうさま~。」
キャロルの声に、カリンの意識は現実へと引き戻される。注文したトーストセットが三つ、テーブルの上に並べられる。
「ゆっくり食べようか。チェスター達と鉢合わせしたくないし。リッカ、早食いはだめだよ。」
「はーい。」
「ん。」
(後でゆっくり考えよう。)
とりあえず考えることを打ち切り、ほかほかのトーストを頬張るカリンであった。
**********
実技試験当日。会場には、時間前にも関わらず大勢の受験生たちが集まっていた。会場は連邦都ドラグの南にある『陽気な森』だ。実技試験は二段階に分けて行われる。前半が討伐試験、後半が個人試験だ。討伐試験は魔物、個人試験は対人相手の力量を見るのだ。
試験官が魔道具『幻想軍団』を使い、実物と全く同じ強さの魔物を作り出す。受験生たちは制限時間内に魔物を倒し、合計ポイントを競う。強い魔物ほど、一体当たりのポイントも高い。魔道具を使うのは、実際の魔物を森に離してしまうと、危険な上に後始末も大変だからだ。
エルヴィン、ベルンハルト、ツェツィの三人は雑談をしながら、時間を待つ。
「う~きんちょーするよー。エル君とベル君は緊張してないの?」
ツェツィは、いつもと変わらない様子の二人に尋ねる。忙しなく白虎耳を動かすツェツィとは対照的に、エルヴィンもベルンハルトも余裕の表情だった。
「俺は辺境生まれだからなあ。冒険者とよく魔物狩ってたし慣れてる。ベルも似たようなもんじゃね?」
「そうだな。エルほどの田舎ではないが、よく作物を荒らす魔物の討伐に駆り出されてた。」
「二人とも経験豊富なんだね。私はちょっと慣れなくて。」
白虎耳だけでなく、尻尾もゆらゆらと動き出すツェツィ。本番に緊張してしまう性質のようだ。エルヴィンはツェツィを落ち着かせてあげようと、ツェツィの尻尾をぎゅむっと握った。
「んにゃあ!?」
「うわっ!?」
いきなり叫ぶツェツィに驚くエルヴィン。ベルンハルトはあきれた様に、何してんだお前?という顔で見ていた。
「何すんの!乙女の尻尾は神聖なんだよ!」
涙目になり、頬を赤くして抗議するツェツィ。一方のエルヴィンは、あれ?思ってた反応と違うぞ?という顔をしていた。
「え?尻尾握れば落ち着くんじゃないの?」
「何その嘘!?誰に吹き込まれたの!?」
「姉さんだけど。」
「ああ、お前の姉さん、きっとお前をからかったんだな。」
「なにい!?また姉さんに騙された・・・。」
その場にがっくしと崩れ落ちるエルヴィン。その様子を見て、エルヴィンの、姉との力関係を察した二人であった。
「ま、まあ知らなかったみたいだし今回は許すけど、急に女の子の尻尾をつかんじゃだめだよ?」
「あ、ああ。すまんツェツィさん。」
むう、と頬を膨らますツェツィ。申し訳なさそうな表情のエルヴィン。ベルンハルトはそんな二人を見て苦笑していた。
「あれ?あれ、」
エルヴィンとベルンハルトが振り向く。すると、一人の女性がこちらへと向かってきているのが見えた。黒髪でスミレ色の瞳。大剣を背負った狼族の少女だった。ベルンハルトがその少女を見て驚く。
「ありゃあ、ウィンゲート伯爵令嬢じゃねえか。」
「ウィンゲート?有名なのか?」
「知らねえのか?ウィンゲート伯爵は皇帝派の中心人物だ。ローズ=ウィンゲートは伯爵家の長女で、武闘派で有名。つまり、あのご令嬢は強い。」
「ふうん。」
ローズはエルヴィンたちの前を通り過ぎると、受験者たちの中へと入っていく。すると、受験者たちが何やら騒ぎ出した。
「な、なんだ?」
「分からん。でも気になるな。行ってみるかエル。」
エルヴィンとベルンハルトは受験者たちが集まっている方へと走る。少し遅れてツェツィもついてきた。人込みをかき分けていくと、視界が急に開けた。
「あれは、テオバルト=ツヴァイクとローズ=ウィンゲート?なんでにらみ合ってんだ?」
ベルンハルトの言う通り、テオバルトとローズは火花を散らしていた。他の受験生たちは、二人を円形に取り囲む形で見守っている。
「ツヴァイク派と皇帝派で仲悪いからじゃないの?」
「いや。あの険悪さは尋常じゃないぞ。」
固唾を飲んで見守っていると、テオバルトとローザは何やら言い争いを始める。エルヴィン達は耳をそばだてて、二人の会話を聞く。
「ウィンゲートの女狼ごときが、私に勝てるとでも?」
「ずいぶんと自信があるようだが、貴様に首席は取らせん。」
テオバルトは獅子族だ。身体能力は獣人の中でもトップクラス。しかも先天的な能力の高さにおごらず、鍛練も欠かさないことで有名だった。エルヴィンは知らなかったが。
(あれがテオバルト・・・。意外だな。ベルの話じゃ、皇帝の番の座を狙っているというから、色ボケの坊っちゃんかと思ってたけど。ちゃんと鍛えてやがる。こりゃあ骨が折れそうだ。)
エルヴィンは、次にローズを観察する。彼女の佇まいは凛としていて美しい。大剣を背負う姿も様になっている。
(ツリ目なのが少しきつい印象を受けるけど、美人だな。それに、大剣を背負ってるのに姿勢が崩れてねえ。どんだけ使い込んでんだ。)
エルヴィンは二人の力量を冷静に見積もる。戦う上で相手との力量差を考えるのは重要なことだ。
(二人ともすげえ強い。でも大丈夫だ。俺なら勝てる。)
エルヴィンは自然と笑みがこぼれる。強い獣人と戦えると思うと心が躍った。
「エル。お前なんでにやけてんだよ?」
「うん?あの二人と戦ったら楽しそうだな~って思ってさ。」
「ええ!?エル君ってば変わってるね。僕なんて怖くて無理だよ。」
楽しそうなエルヴィンとは対照的に、ツェツィは白虎耳を両手で押さえてぶるぶると身を震わせる。そうこうしているうちに、試験官がやってきた。
「こら!そこの二人!血気盛んなのはいいが、そういうのは個人試験でやりなさい!」
試験官に注意され、渋々ながら、テオバルトとローズはひとまず矛を収める。試験官は受験生たちの前へと出ると、討伐試験の説明を始めた。
「募集要項にも書いてある通り、制限時間は三時間。強い魔物ほどポイントは高いが、厳密な情報は開示されない。まあ難しく考えなくていい。要は強い魔物を倒しまくれってことだ。何か質問は?」
試験官がそう言うと、ローズがさっそく挙手をする。
「ウィンゲート嬢。何かね?」
「要項には、『特別な目標が出現する場合がある』とありましたが、どういう意味でしょうか?」
「ほう。ちゃんと読んでいるな。基本的にこの『幻想軍団』が生み出す仮想的な魔物が目標だが、開催年によっては実物の目標が出現する場合があるってことだ。」
「実物・・・?」
「そうだな。過去の試験で出たのと言えば、地竜とかな。」
「「「はああああああ~!?」」」
受験生たちが驚きの声を上げる。地竜は竜種の中でも、鱗がとても硬いため攻撃が通らない。しかも魔法障壁による防御力の上乗せもある。ブレスも強力だ。騎士団でもベテランでなければ、個人で到底倒せる相手ではない。
「そんなに驚かんでもいい。開催年によっては出ないし、出たとしても無理に倒す必要はない。まあ、試験を盛り上げるための仕掛けだ。だが、もし倒せば、首席を狙えるくらいポイントをたくさん獲得できるぞ。頑張ってみたらどうだ?」
試験官は笑顔でそう告げるが、受験生たちは「絶対無理だろ」と口にする。
「もう質問はないか?・・・ないようだな。では、試験を始めるぞ。ほら、さっさと森に入った入った!」
試験官は受験生たちを森へと急かす。こうして、討伐試験がスタートしたのであった。
*********
試験が始まると、受験生達は一目散に森の中へと走っていく。エルヴィン達もここからは個人行動だ。エルヴィンはさっさと先へと進んでいく。
「おっ。さっそく魔物発見!」
エルヴィンの視線の先には、緑色のスライムが三体と、ロックリザードが二体いた。スライムはぷるぷると体を震わせながら飛びかかってきた。エルヴィンはさっと横にかわすと、剣を抜き、続けざまに斬りつける。スライムは体の中にある核を真っ二つにされ、瞬く間に光となって消滅した。『幻想軍団』よる仮想体なので死体は残らない。
「後始末しなくていいから楽だわ。弱いけどこいつら倒すと周りがぐちょぐちょになって大変なんだよなー・・・ってうおっと!?」
エルヴィンの鼻先を、ロックリザードの放った火球が通り過ぎた。大型犬の二倍ほどはある蜥蜴で火球を吐き出してくる。動きは遅めだがその火力は侮れない。鉱物の鱗で覆われている。普通なら倒すのに少々難儀するが、エルヴィンは効率のいい倒し方を心掛けていた。エルヴィンは素早く接近すると、二体とも剣の腹で叩き、そのまま離脱する。
「「ぐぎゃあああ!」」
思いっきり剣で叩かれた二体は怒り狂い、どすどすと足で地面を踏みつける。
「そんなに怒るなよ。もう終わるんだからなっ!」
エルヴィンは先ほどよりも地面を踏み込むと、一気に加速する。ただでさえ、動きの遅いロックリザードは反応できない。エルヴィンはすれ違いざまに斬撃を加える。
「「ぐげええええ!?」」
胴体を切り裂かれたロックリザードは、断末魔の声を上げ、光となって消滅する。
「思ったより余裕だったな。」
ロックリザードは岩を食う。そこからマグネシウムやカルシウム、ケイ素やアルミニウムを取り込んで、鉱物の鱗を形成している。そのため硬いが、その反面、鉱物特有の特性を持っている。すなわち、特定の方向の力には弱い。エルヴィンは剣の腹で叩いてそれを確かめていたのだ。小手先と言われればそれまでだが、狐族は『技』を重視している。
「さて、もっと強い敵いないかなっと。」
エルヴィンは次の獲物を求めて、気配のする方へ走り出したのであった。
********
エルヴィンは一時間ほど魔物を狩り続けていた。そろそろ魔物を倒すのにも飽きてきたエルヴィンの耳に、悲鳴が届いた。聞き覚えのある声だった。
「この声は、ツェツィさん?」
急いで声のする方へと向かう。木々の間を通り抜けていくと、ツェツィが巨大な大鬼と対峙しているのが見えた。一本角で褐色な体躯は、ゆうに五メートルはある。エルヴィンはツェツィに向かって叫ぶ。
「ツェツィさん!」
「エ、エル君!」
エルヴィンはツェツィをかばうようにして前へと出る。試験とはいえ、こんな大鬼に睨まれるのは怖いだろう。
「こんなのも出るんだな。雑魚ばっかで飽きてたしちょうどいいや。」
「ええっ!?本気で言ってるの!?」
「ああ、二人で倒そうぜ。」
「むむむむりだよ!大鬼なんて!」
「大丈夫だって。じゃ、とりあえずあいつの動きを止めてくれ。」
「あっ!ちょっと!」
エルヴィンは大鬼に向かって走り出す。その動きには一瞬の迷いもなかった。
「ガアアアアアアアアア!」
大鬼は雄たけびを上げるが、エルヴィンは少しもひるまず向かっていく。大鬼は右手に持った棍棒を振り上げ、思いっきりエルヴィン目がけて叩き付ける。エルヴィンは棍棒を避けると、そのままの勢いで、大鬼の股下を滑り抜けると、反転して大鬼の背中を登り始めた。大鬼はエルヴィンを引きはがそうと暴れる。
「もう!無茶するんだから!」
ツェツィは腹をくくって詠唱を始める。目的は大鬼の動きを止めることだ。
「纏うは 零下の滴 現世に顕現せし 我の盾と成せ! 氷の盾!」
ツェツィが手を前にかざすと、白い魔法陣が出現し、そこから大量の雲が吹き出す。過冷却状態の雲を浴びた大鬼は凍り付き、動きが鈍くなる。本来は相手の攻撃の威力を削ぐための魔法だが、ツェツィは敵の動きを封じることにも使っていた。
「これで終わりだ!」
エルヴィンは大鬼の動きが止まった隙に、首を斬りつける。大鬼はそのまま白目をむき、前方へと倒れた。そして光となって消滅する。
「いっちょあがりっと。怖がってたわりには、ツェツィさんもやるじゃん。」
「エル君が突っ走るからだよ!まったくもう、肝が冷えたよ・・・。」
強い魔物を倒してご機嫌なエルヴィン。対照的に、げんなりとするツェツィなのであった。
「ん?」
エルヴィンは何かに気付いたかのように、狐耳をぴんと立てる。それに呼応するかのように木々がざわめく。
「エル君?どうしたの?」
「・・・何か来る。」
「え?・・・あっ、ほんとだ。」
ツェツィも白虎耳をぴんと立てる。何か巨大な気配が高速で近づいてくるのを感じた。
「グオオオオオオオオ!」
「「!?」」
エルヴィンとツェツィは空を見上げる。同時に、二人の頭上を巨大な黒い竜が通り過ぎていった。
「こ、黒竜!?」
まさかの竜の出現に、ツェツィは狼狽する。一方、エルヴィンは黒竜の去っていった方向をじっと見つめていた。
「ははっ。ずいぶんと特別なゲストじゃねえか!腕が鳴るぜ!」
「ちょ!まさかアレと戦う気なの!?」
「おう!」
「おう!じゃないよ!・・・ってもう走り出してるし~!」
エルヴィンとツェツィは、突如出現した黒竜の後を追うのであった。
*********
皇城の執務室にて、フランカは騎士・魔導師合同試験の観戦していた。試験の様子は、机に備え付けられた水晶端末に映し出されている。
「黒竜まで出すなんて・・・ヴェンツェルは何を考えているのかな。」
フランカは不安げな表情で見守る。黒竜は木々のない開けた場所に降り立つ。近くにいた受験生たちは、突然の竜の出現に驚き、逃げ惑っていた。
「さすがにこれは、やりすぎじゃないかな・・・。」
しかし、受験生の中には、逃げずにいる者もいた。テオバルトとローズだ。黒竜から一定の距離を保ったまま様子を見ている。
「ローズ、無理はしないでね。」
フランカは親友のローズの無事を祈っていると、黒竜へと向かっていく受験生が現れた。
「あれは・・・銀狐君!?まさか戦う気なの!?」
黒竜へと走っていく人物は二人。エルヴィンとツェツィだ。フランカは、まだ名も知らない二人を応援するのであった。
*********
クオン達はゆっくりと朝食を摂った後、翠の魔女のダンジョンへと向かっていた。北入口を抜けると、すぐに広い場所に出る。石畳が円形に敷き詰められていて、半径は十メートルほど。中心には巨大な石板が鎮座しており、その前に地下への入り口がぽっかりと虚ろな口を開けていた。
「ここが、師匠の・・・。」
カリンは石板を見上げる。そして、周囲に敷き詰められている石畳を見渡した。ふと、カリンはあることに気付く。
「ここ、巨大な魔法陣になってる。」
「え?そうなの?」
クオンは石畳に目を凝らす。確かに、石畳に刻まれた溝が幾何学的な模様に見えなくもない。
「カリンちゃん。何の魔法陣か分かる?」
リッカが尋ねるが、カリンは首を横に振る。
「ううん。分からないわ。初めて見る術式よ。」
カリンは再び石板を見る。その表面には、翠の魔女ベリルの名前、生涯の事績、生没年が刻まれている。どこにも、カリンの事には言及されていなかった。
「さあ、行きましょう。」
カリンは迷いを断ち切るかのように、そう告げる。クオンとリッカ、そしてカリンの三人は、ダンジョンへと足を踏み入れたのであった。
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