第十一話『純真なるユニコーン』
続きとなります。
それは、迷宮の奥深くで眠りについていた。魔法金属の装甲で覆われた、全身甲冑の騎士を模した歪な機械人形。装甲の過半が朽ち果ており、長い年月を感じさせる。すでに物言わぬ鉄の骸に見える。だが、その人形は死んでなどいなかった。
長らく受信モードになっていた魔力探知機が反応し、非常動力源から魔力が供給される。事前にプログラムされた手順に従い、機械人形は静かに再起動を開始する。パイロライト機関が始動し、生成された高純度の魔力が全身を巡る。
『竜角人ノ魔力紋ヲ探知。メインシステム起動。』
目を覆うバイザーの隙間から赤い光が漏れる。機械人形は完全に覚醒した。次に機械人形は診断項目に従い、体の各部を動かし始める。
『自己診断ヲ開始・・・装甲損傷率62%・・・魔法障壁ノ展開ニ問題アリ・・・左腕ノアクチュエーターニ不具合・・・各部パラメータヲ再定義・・・重心バランスヲ調整・・・作戦続行ニ支障ナシ・・・診断終了・・・』
自己診断を終えた機械人形は、中断されていた作戦行動を開始する。
『階差機関ヲ始動。命令188ニ該当スル魔力紋ノ解析ヲ開始。』
機械人形に内蔵された階差機関が動き出す。幾重の歯車で構成された、魔力で動く計算機。魔力で動く探知した魔力紋を解析し、採取目標かどうかを判定する。
『・・・以前遭遇ノ同一個体ト断定。命令変更ナシ。強制採取モードヘト移行。』
機械人形―――蒐集者は目標を採取するため、迷宮の中を進み始める。その背中には、真紅の狼を象った紋章が刻まれていた。
*********
クオン達が王都レグニスを出発してから三日。乗合竜車の窓から外を眺めると、山の麓に広がるシュネーヴィントの街並みが見えた。夏なので雪の化粧こそしていない。だが、ところどころの地面から、白い蒸気が吹き出している。その様が温泉地らしい雰囲気を醸し出していた。流れてきた硫黄の匂いが、クオンたちの鼻孔をくすぐる。
「あれがシュネーヴィント・・・師匠の生まれた街・・・。」
カリンは感慨深げに街を見つめて呟く。乗合竜車は街の中へ入ると、環状停留所で停まった。クオンたちは竜御者に礼を言うと竜車から降りる。
「嬢ちゃん。走竜に触ってみるかい?」
「はい。」
走竜は興味深そうにカリンを見ている。カリンが頭をなでなですると、走竜は目を細めてぐるぐると喉を鳴らす。
「肌触りは飛竜に似てるのね。ごつごつしてる。」
触られるのが気持ちいいのか、走竜は鼻先でスリスリしてくる。その様は猫のようだ。
「走竜が初対面の人間に、ここまで懐くのも珍しいなあ。嬢ちゃんは竜に愛されてるのかもな。ははっ。」
カリンが走竜をひとしきり撫でた後、クオン達は竜御者と別れて宿へと向かう。宿への道すがら、クオンはこの後の予定を話す。
「宿で荷物置いた後、ちょっと休憩した後にギルドのシュネーヴィント支部に行こうか。ダンジョンの現在情報と、挑戦中のパーティの数を把握しておきたいし。」
クオンの言葉に、カリンとリッカは《しゅこう》首肯する。翠の魔女が弟子のカリンに何か残しているのなら、他のパーティに奪われないようにしなければならない。
「できるだけ他のパーティとは鉢合わせしたくないもんねえ。絶対に絡まれるよ。」
「そうだね。リッカはよく絡まれてるもんね。」
リッカは見た目がいいので、よく男に絡まれてしまう。いつも脛を重点的に攻撃して撃退していた。
「リッカはいいけど、カリンさんは下手に勘繰られたら後が厄介だからね。」
「ん。」
「大丈夫!そんな時は私がセクシーポーズで注意を逸らしてあげるわ!」
「・・・。」
「・・・。」
クオンとカリンの表情が凍りつく。リッカの発言にどう反応していいのか困惑した。
「なんで二人とも黙るのぉ!?」
「いや、リッカの言葉が本気なのか冗談なのか分からなくて。」
「本気に決まってるでしょ!」
「本気なんだ・・・。ま、まあ期待してるわ?」
「語尾が疑問形!くそぉ~信じてないな~。見てなさい!」
何故か間違った方向に気合いを入れるリッカ。いつものことなのでクオンは特に止めなかった。そうこうしているうちに宿に到着した。クオン達は一旦、部屋で休むのであった。
*********
オストシルト帝国、研究都市カイザー・ヴィルヘルム。ライン大陸、ひいては世界でも最高水準を誇る研究を行っていることで有名な都市だ。この都市の一角には、遺失技術復元研究所がある。古代魔法帝国、ループス帝国、アントラ王国———亡国の憂き目に遭い、散逸してしまった技術を現代に復元させることを目的としている。
その研究所―――遺失研と呼ばれている―――の雑然とした倉庫の中で、整理作業をしている青年がいた。倉庫の中には、ガラクタと判断されたものが、そこら中に転がっている。
「主任も人使い荒いよな~。倉庫の整理くらい業者雇えばいいのに・・・。」
青年はぶつぶつと文句を言いながら片付けをする。ローラン大陸遠征のせいで、遺失研は人手不足に陥っており、そのしわ寄せが若者研究者たちに来ていた。
「・・・ん?」
ふと、青年の耳が聞き慣れない音を捉える。ピコンピコンと、かすかな、それでいて規則正しい音。その音源は倉庫の奥の方からだった。
「なんだ?何が鳴ってるんだ?」
青年は恐る恐る奥へと進んでいく。すると、布で覆われた巨大な何かが置かれていた。音はその布の下から聞こえてくる。青年が布を取り払うと、武骨な機械類が姿を現した。操作盤やら、何かを表示する水晶板やらがはめ込まれている。その機械の一部に光が灯っていた。何枚もある水晶板の中で、一つだけが起動し、文字が表示されていた。
『蒐集者・・・二十八号機・・・目標ヲ探・・・・作・続行・・・強制・取モード・・・』
青年は水晶板をのぞき込むと顔をしかめた。水晶板は一部が破損しており、ところどころ文字が読めない。
「全部判読できねえな・・・。主任に報告しとくか。えっと、これは何時代の機械だ?」
青年が機械を調べると、機械の側面に真紅の狼の紋章が刻まれていた。
「真紅の狼・・・きっとループス帝国時代の機械だな。」
青年は紋章を確認すると、報告のため、足早に主任の元へと向かう。この奇妙な機械が、大騒動を巻き起こすとは、まだ青年には知る由もなかったのであった。
*********
宿屋で少し休憩した後、クオン達はギルドのシュネーヴィント支部を訪れていた。クオンは受付で最新情報が書かれた書類を貰うと、待合スペースで目を通す。
「・・・うわあ・・あのパーティーが来てる・・・。」
クオンが声を上げたので、カリンとリッカも後ろからのぞき込む。リッカも内容を確認すると、小さく「げっ。」と声が出た。
「さいあく~!『純真なるユニコーン』がいるじゃん!王都にひきこもってればいいものをぉ~!」
クオンとリッカの反応の理由が分からず、首を傾げるカリン。とりあえず、まずそうな奴らが来ているということだけは二人の様子から察した。
「そんなにまずいの?その、『純真なるユニコーン』ってパーティ。」
「カリンさんも一度見てるよ。ほら、王国ギルド本部でさ。」
「ギルド本部長のキンキラキンを取り巻いてた冒険者の一団のこと?」
「あはははは!キンキラキンだって!私の名付けたピンピカピンといい勝負だね!」
リッカはカリンが名付けたキンキラキンがツボに入ったらしい。ギルド本部長であるバルテン侯爵は、禿頭で、金ぴかな衣装を身に着けている。リッカとカリンの付けたあだ名で分かる通り、ピンピカピンでキンキラキンなのだ。
「笑い過ぎだよリッカ・・・。話を戻すけど、その冒険者の一団が『純真なるユニコーン』だよ。リーダーはバルテン侯爵の息子、チェスター=バルテン。」
「女癖が悪いって言ってた人?」
「そう!とっかえひっかえしてるのよあいつったら!なのに顔はいいからいつも女を侍らせててムカつく~!」
「しかも、銀クラスになったのは親の力だけど、銅クラスの実力はあるんだ。もし絡まれて実力行使されたら、悔しいけど敵わない。」
「遭遇しないようにしなきゃいけないってこと?」
「うん。特にカリンさんは絶対に目をつけられると思うし。できればローブをかぶっといた方がいいかもね。」
「・・・もしかして、ギルド本部で私を背に隠したのはそのため?」
「え”。」
あの時、チェスターに見つからないように、さりげなく背に隠したが、カリンが覚えているとは思わなかった。気づかれないように行動したつもりだが、カリンにはばれていたようだ。
「説明する暇がなかったから、とっさに背に隠したんだ。」
「そうだったのね。」
「あいつはやべーからね。だって『純真なるユニコーン』だよ?処女が好きですって言ってるようなもんじゃん!しかも『純真なる』付けてる分さいあくだわ~。」
「「ちょ!?」」
いきなり処女とか言い出すリッカ。クオンは思わず周囲を見渡すが、どうやら誰にも聞こえていなかったようだ。カリンは頬を赤くしながら、気持ちを落ち着かせるために、水筒のお茶を飲む。
「リッカ!だめだよ女の子が外でそんな事を口にしちゃ!」
「え~、事実じゃん。ユニコーンは処女好きの聖獣でしょ?あいつ 顔だけはいいから、よく女の子を唆して食ってるし。絶対意識して付けたパーティ名だよ。巷で流行している、恋愛小説に出てくる間男みたいに、『俺のユニコーンを君の秘密の場所に招いてみないかい?』とか寒い口説き文句言ってそう。」
「ぶっ!?げほっげほっ・・・。」
カリンが咳き込む。リッカの過激な発言のせいで、むせてしまったらしい。
「リッカ。カリンさんが困ってるじゃないか。そこまでにして。」
「ちぇ。はあーい。」
「話を戻すよ。チェスターもうざいけど、背後にいるバルテン侯爵も厄介なんだよね。チェスターと問題を起こした場合、十中八九告げ口される。」
「親がしゃしゃり出てくるのね。」
「そう。そして圧力をかけて来るんだ。たとえ息子の方に非がなくても。」
「それは厄介ね。」
「まったく嫌な奴だよ~。」
「見たところ、要注意はチェスターのパーティだけかな。」
チェスターの話が終わると、次にクオンは翠の魔女のダンジョンについて書かれた書類に目を通す。
「ダンジョンについては、以前と変わらないみたいだ。魔物の分布も変化なし。例の扉もまだ突破されてない。」
その情報にカリンは安堵する。まだ、翠の魔女の残したモノが他の冒険者に取られてはいない。
「とりあえず、今日は宿でゆっくりしよう。明日の朝からダンジョンに潜る。それでいいかな?」
クオンの計画を聞いて、リッカとカリンは首肯する。カリンは、明日の探索を前に、師匠のことを考える。
(・・・師匠。ずっと守ってくれるって約束してくれたのに。なぜ、私を無理矢理に封印したんですか・・・?)
カリンは翠の魔女が残したモノにその答えがあると、信じているのであった。
*********
シュネーヴィントには観光地なだけに宿が多数存在している。その中でも高級宿の一つとして数えられている『白い曙』は、貴族や富豪がよく利用することで有名だ。しかしこの日、この宿には、おおよそ貴族や富豪に見えない人物が滞在していた。男の戦士と女魔導師の二人組。宿の一階にある休憩室で、茶髪の男性はワインを飲み、ブロンドの髪の女性は分厚い魔導書を読んでいる。男が長身でがっしりとした体なのとは対照的に、女はかなり小柄だった。ソファに並んで座っている二人はパートナーではなく親子に見える。
「昼間から酒なんて、ずいぶんと豪勢だな。ジーク。」
「しかたねえだろ。坊っちゃんは街でひっかけた女と部屋でよろしくやってる。ダンジョンに行かなきゃすることがねえ。」
「私は早くダンジョンに行きたいんだが。」
「そういう契約だからしゃーねーだろ。こっちから口出しできねえんだから。」
「このままだと、ここにあのクズ男の後宮が出来る。」
「高級宿だけに後宮宿ってか?ははっ!おもしれえ。」
「笑い事じゃない!」
魔導書を机に叩きつける。ドン!と激しい音がして、一瞬だけ机の上に置かれたワイングラスが浮き上がる。
「そうカリカリすんなよ。こうなることは薄々分かってたろ?あの坊っちゃんは本気でダンジョン潜ろうとしてねえし。ここで遊ぶための口実だよ。まあ、さすがに潜りませんでしたじゃカッコ悪いから、遊びに飽きたらちょちょいと潜るだけだろう。そして王都に、はいさよならだ。」
「はあ・・・せめて契約に、『自由行動可』って盛り込んでおくべくだった。お金に釣られた私の愚かさよ・・・。」
「メルは、翠の魔女のお宝に興味があるんだったな。俺は興味ないから、じっとしてるだけで金もらえて十分だ。活動資金の調達だと割りきって我慢するのも手だぜ。」
「ダンジョンはすぐ近くにあるというのに。ジークは気にならないのか?」
「翠の魔女がメルの欲しいものを持っているとは思えねえなあ。」
メルは魔導書を抱き締めると、くう~と唸る。頭では分かっていても納得できないようだった。契約を反故にすれば、バルテン侯爵から圧力がかかり、少なくともリンドブルム王国での活動はできなくなるだろう。さすがにそれは避けたいメルであった。
「お金に釣られたのも迂闊だが、あのチェスターの絶倫ぶりを甘く見ていた。毎日毎日女連れ込むとはな!なんなんだあいつ。」
「まあ、俺は奴がメルに手を出さなければいいさ。」
ジークはワイングラスを傾け、中身を喉に流し込む。一気に飲み干すと、立ち上がる。そして、メルを自分の膝の上に乗せた。
「おいこら。何をする。」
メルが振り返ってジークをにらむ。だが、そんな視線を向けられても、ジークは怯まない。そのまま、メルの頭を撫でる。くせっ毛のブロンドの感触はとても気持ちが良い。
「・・・いつも言っているが、私は成人だぞ。」
「知ってる。」
「だったら子ども扱いをするな!」
フーッとまるで猫のように威嚇するメル。だが、頭を撫でる手を払いのけない。本当は嫌がってはいないことをジークは知っていた。
「お前も疲労たまってたんだからゆっくり休んどけ。無理は良くないぞ。」
その言葉と同時に、メルはジークを背もたれにするように体全体を預ける。そして顔を上げ、ジークの灰色の瞳をじっと見つめた。さっきとはうってかわって、借りてきた猫のようになっていた。
「・・・でも、悠長にやってたら、ジークがおっさんになる・・・。」
「俺はおっさんになってもかっこいいぞ。」
「なんだその無駄な自信は・・・ばか。」
メルは顔を伏せる。ジークは何も言わず、メルを優しく抱きしめた。
「・・・弱気なんて私らしくないな。ジークの言う通り、疲れてるんだろう。ちょっと休む。」
「部屋に行くか?」
「ああ。」
すると、ジークはメルを抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。再び、メルがジークを睨む。
「おいこら。」
「なんだ?」
「なんだ?じゃない。なぜ私は抱き上げられているんだ。自分で歩ける。降ろせ。」
「いやか?」
「・・・ふん!」
言葉では嫌がっていたが、体は素直に預けていた。ジークはメルを部屋までそのまま連れて行った。ちなみに、一部始終を見ていた周囲の人間からは、親子の微笑ましいスキンシップだと思われていたのであった。
*********
『白い曙』の中でも一番高級な部屋。そこには一組の男女が褥を共にしていた。男は目を覚ますと起き上がる。衣服を手際よく身に着け、姿見の前に立つ。輝く金髪に、蒼の瞳。甘いマスクを兼ね備えた美男子、チェスター=バルテンだった。ただ、その外見とは裏腹に性格はとても黒いのだが。
「うん。今日も僕は美しい。」
姿見の前で身だしなみを整えると、寝ているままの女をほっといて廊下へと出る。すると、扉の横にジークがいた。壁に背を預け、腕を組んでいる。
「おや?何か用事かな?ジーク殿。」
「今後の予定を聞きたくてな。いつダンジョンに行くんだ?」
「ん~。そうだねえ。もうここの女の子にも飽きたし。明日にでも行こうか。」
いけしゃあしゃあと女遊びを口にするチェスターに嘆息するジーク。
「別にあんたの女性関係に口出す気はないが、若いからってハメを外しすぎじゃないかい?坊っちゃんよ。」
「何を言っているんだい?僕に抱かれない女性がいるなんて不憫でしょうがないよ。」
ジークはすでにチェスターという人間を理解することを諦めていた。この仕事が終わったら金輪際関わらないだろう。
「君の連れも、未熟な果実だけれど美味しそうだね。味見して・・・」
チェスターは言葉をそれ以上続けることができなかった。ジークが殺気を放ったからだ。ジークはゆっくりと口を開く。
「訂正だ。お前の女性関係に口は出さん。だが・・・。」
ジークは脅しの意味を込めて、一旦間を置く。
「俺の女に手を出したら、殺す。」
チェスターは依頼主だが、ジークにとって正直そんなことはどうでもよかった。メルを傷つける奴は全部敵なのだから。そんなジークの内心を知ってか知らずか、チェスターは愛想笑いを浮かべたままだった。
「はいはい。さすがに僕も灰色の死神と焔の魔女を敵に回すつもりはないよ。」
チェスターは降参といった感じで軽く両手を上げる。殺気をぶつけられたというのに、堪えた様子はない。
「・・・明日、朝八時に迎えに来る。」
「準備しておく。護衛よろしく頼むよ。」
「報酬分は働くさ。」
もう用事は終わったというように、ジークはその場から立ち去る。ジークが廊下の角を曲がり、姿が見えなくなると、チェスターはフフフと気味の悪い笑いをこぼす。
「残念だなあ。焔の魔女、抱いてみたかったのに。まあ、仕方ない。死神を怒らせたくないからね。」
悪びれもせず言い放つチェスター。死神の恫喝など意にも介していない様子なのであった。
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これは夢だ。カリンはすぐそう気づいた。モノクロの世界。色を失った視界。そして翠の魔女べリルが目の前にいるのだから。べリルはカリンを抱きしめ、優しく頭を撫でる。すると、カリンの足元に魔法陣が出現した。
(私、この時なんていったんだっけ・・・?)
かつての体験を、まるで他人事のようにカリンは眺めていた。魔法陣が煌めき、カリンの体が、透明な水晶で包まれていく。べリルは、水晶に包まれゆくカリンを見つめていた。べリルが何か言葉を発する。カリンには届かなかったが、口の動きで、何を言っているかは分かった。
『カリン。ごめんね。』
その謝罪の意味が聞けないまま、カリンの意識は暗黒に溶けていった。そしてふと体に暖かいものが触れる。意識が浮上し、カリンはゆっくりと瞳を開く。泊まっている部屋の天井が見えた。窓から月明かりが射し込んでいる。顔を右に向けると、リッカがカリンに抱き着いていた。むにゃむにゃと何やら寝言を言っている。
「・・・さあ、クオン。お姉ちゃんと一緒に、女の子になろうよ・・・?・・・むにゃ。」
「一体どんな夢を見てるのかしら。」
カリンはリッカの頬をツンツンと指でつつく。リッカはむにゃむにゃするだけで起きる様子はなかった。カリンはむくりと起き上がる。魔法を解き、カリンの頭に白い竜角が出現する。カリンは角に指で触れる。ほんのりと暖かい。竜角人は角に触れていると落ち着く。カリンもよく考え事をする時には角に触れていたが、最近は魔法で隠していたのでご無沙汰だった。
「師匠のことが終わったら・・・クオン君とリッカさんに・・・。」
まだ人間は怖い。だが、それよりも、カリンはクオンとリッカの間に入りたい気持ちが強くなっていた。誠実なクオンと能天気なリッカ。理屈なんて分からない。そこに心地よさを感じて始めていた。
「もう寝なきゃ。朝も早いし。」
カリンは再び横になる。静かに目を閉じると、すぐに睡魔が襲ってきた。ゆっくりと意識を手放しながら、カリンの脳裏には、母のある言葉が聞こえていた。
『あなたもいつか、竜角を触らせてもいい相手ができるわ。』
*********
メルは『白い曙』の1階のレストランで食事を摂っていた。部屋で寝ていたらお腹が減ったので、軽いものをつまみたくなったのだ。サンドイッチを小動物のようにかじる。
「おう。こんなところにいたのか。」
「むぐ?」
サンドイッチを口に入れたまま振り返ると、ジークがいた。ジークはメルの向かいの席に座る。メルは、ごくんとサンドイッチのかけらを飲み込む。
「どこ行ってたんだ?ジーク。」
「ちょいと依頼主のところにな。明日、ダンジョンに行くそうだ。」
「・・・どういう風の吹きまわしだ?」
「ちょうど女遊びに飽きたらしいな。」
「やっとか。やっと飽きやがったかあのユニコーン男め。」
メルはちびちびとオレンジジュースを飲む。やっとダンジョンに行けると聞いて、少し嬉しそうだった。
「そういえば、チェスターの奴、お前を抱くつもりだったらしいぞ。」
「ぶふっ!?」
衝撃の発言を聞いてオレンジジュースを吹き出すメル。口と鼻からオレンジジュースが滴る。
「鼻からオレンジジュースを吹き出すとは器用だな。」
「げほげほっ!誰のせいだ誰の!つーかなんだ?あいつは絶倫なだけじゃなくてロリコンなのか?きしょいわ!」
「まったくだ。メルは俺が予約してるというのにな。」
「そそそそそそういうこというな!」
「違うのか?」
「ち・・・ちがわないが・・・。」
メルは零したオレンジジュースを拭きながらも、頬を朱に染める。
「きちんと脅しをかけといた。俺の女に手を出したら殺すってな。だが、あいつ、俺の殺気に動じてなかった。念のために俺から離れるなよ。思ったより危険かもしれん。」
「う、うん。」
「あんな奴だと分かっていれば依頼を受けなかったんだがな。まあ仕方ないさ。とっとと終わらせておさらばしよう。」
「私も賛成だ。奴の後宮作りには付き合ってられん。」
「そうだな。じゃあ俺は他のパーティに明日のこと伝えてくる。」
チェスターに雇われている冒険者パーティは、ジーク達を合わせて三つだ。ジークは明日ダンジョンに挑むことを伝えに行く。ジークが去ると、メルは残ったオレンジジュースを飲んで、息を吐く。
「俺の女か・・・。」
メルは頬が火照ったままだった。思っていた以上にジークの言葉が、メルには嬉しかった。
「私をこんなに動揺させるなんて生意気だ。ジークのば~か。」
朱に染まったままの頬を両手で押さえたまま呟く。罵倒の言葉とは裏腹に、メルは今日一番の笑顔だった。
*********
「この機械が急に動き出したのかね?」
青年、セドリック=オクレールにそう尋ねるのは、遺失研で主任を任されているヘルツ博士だ。禿げ上がった頭とカイゼル髭が特徴である。セドリックはヘルツ博士に、機械を見つけた時の状況を話す。
「ええ、音がしたので音源を探しました。布を取り払ったらその機械が出てきて、水晶板に光が灯っていて何やら文字が。」
「ふうむ。クレア君。情報の吸出しは終わったかね?」
「あ、はい。こちらに。」
栗色の髪を後ろで束ねた、紫の瞳の少女がひょこっと機械の裏から出てくる。遺失研に配属されたばかりの若手、クレア=クルックシャンクだ。手には小型水晶端末を持っている。遺失研が最近復元に成功した機械の一つだ。
「ふむ。どれどれ。」
ヘルツ博士は差し出された小型水晶端末をのぞき込む。画面には機械から吸い出された情報が映し出されていた。
『蒐集者の起動を確認。二十八号機と断定。目標ヲ探知シタタメ作戦続行スルトノ報告。強制採取モードノ移行を確認。』
ヘルツ博士は映し出された情報を見て、この機械の正体を看破した。
「これは蒐集者の管理端末だろう。ループス帝国末期の物だ。」
「蒐集者?クルックは知ってるか?」
「えーと確か、人造兵の一種でしたよね?資源採取が目的の機体だったと思います。」
「そうだ。だが、これは見たところ、特別仕様機だな。」
「特別仕様機・・・ですか?」
「ああ、持ってくるのは、資源ではなく相手の首だがな。要は戦闘能力を付加して暗殺用に特化したものだ。」
「ひっ!?暗殺用!?」
クレアは思わず小型水晶端末を取り落とす。慌てて拾い上げると、画面に映っていた文字が変わっていた。
『現在、命令188ヲ続行中。二十八号機ノ作戦進捗ヲ随時更新シマス。』
その情報を見て、セドリックは顔をしかめる。眉間を指で揉みながら、ヘルツ博士に尋ねる。
「三百年前の機械なんですよね?何で今頃動き出したんです?大陸のどこかで、たまたま休眠していた機体が動き出したとしても、作戦目標なんてとっくに死んでいるでしょう。」
「確かにな。クルック君、命令188の詳細は出せるかね?」
「はい。ちょっと待ってください。・・・出ました。命令188の詳細は・・・えっ?」
クレアは画面に映し出された情報を見て固まった。怪訝に思ったヘルツ博士と青年も後ろから画面をのぞき込む。
『命令188:白磁の竜角の採取。』
「白磁の竜角だと!?」
ヘルツ博士は驚愕する。帝国人にとって、その名を知らぬ者はいない。かつてこの地に存在した大国、ループス帝国滅亡の原因。そして今なお、オストシルト帝国の貴族や富豪、冒険者が追い求める七宝の一つだ。
「当時の皇帝ゴールドスタインが放ったんでしょうね。アントラ王国以外にも少数ながら竜角人はいましたから。でも、今動きだしたのは誤作動ではありませんか?いくら竜角人といえども三百年も生きられるわけがない。生き残りの話も聞きませんし。」
セドリックは誤作動だと思ったようだ。あまり気にしていない。しかしヘルツ博士は慎重だった。
「だが、放っておくわけにもいかないだろう。宰相閣下に報告するしかないな。クレア君。その蒐集者がいる場所は分かるかね?」
「えーとですね・・・誤差がひどいです。きっと発信器も故障してるんだと思います。」
「おおまかでいい。国は絞れるか?」
「はい。ライン大陸の西側ですね。アリアドネ皇国、シュピッツェ共和国、そしてリンドブルム王国です。」
ヘルツ博士はクレアの情報を持って、宰相へ報告に向かったのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
研究都市カイザー・ヴィルヘルムの元ネタは、ドイツ帝国のカイザー・ヴィルヘルム研究所です。あのアインシュタインも所属していました。今では名前が変わって、マックス・プランク研究所となっています。




