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白磁の竜角  作者: 黒猫水月
第一章 アルセイド姉弟と竜角人の少女
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第十話『シュネーヴィントへ』

続きとなります。

 全ての準備が整い、シュネーヴィントへと出発する日が来た。クオン、リッカ、カリンの三人はシュネーヴィントへの乗合竜車(オムニバス)が出発する環状停留所(ロータリー)へと到着する。朝早かったが、季節が夏のこともあって朝日が心地よい。カリンは停留所にいる巨大な竜車に目を丸くしていた。アルセイドから乗ってきた馬車のゆうに三倍はある。しかも二階建て。竜は飼育コストが高いため、輸送手段として馬ほど一般に利用されているわけではないが、観光地のように季節を通じて一定以上の乗客数が見込める路線には利用されている。利点は馬と違って弱い魔物なら走行しながらブレスで駆逐してくれることだ。いちいち止まる必要もない。さすがに反射亀(リフガメ)は無理だが、北への街道には幸いにも生息していない。


「大きい・・・。こんな車もあるんだ。」

「運ぶ人数が多いからね。観光地向けはこういうのが多いよ。」

「竜が客車を引っ張るのも初めて見た。あの竜種は何?飛竜(ワイバーン)じゃないよね?」

「あれは走竜(ヴェロキン)だね。動きが俊敏なんだ。力も強いし魔物も倒してくれるし。一般的には観光地向けの乗合竜車(オムニバス)しか利用されてないね。あとは騎士団の走竜(ヴェロキン)部隊くらいかな。」


 カリンは初めて見た走竜(ヴェロキン)が珍しいのかしきりに質問する。クオンがカリンの質問に答えていると、新たな一団が環状停留所に到着した。クオン達とは違う豪華な乗合竜車(オムニバス)に乗り込んでいく。


「あの一団は?あの竜車も行き先はシュネーヴィントみたいだけど。」

「多分、翠の魔女のダンジョンに挑戦する冒険者たちだと思う。前もいったけど、翠の魔女のダンジョンは攻略されてないから毎年たくさんの冒険者が挑戦するんだ。だから、シュネーヴィントの観光組合がわざわざ乗合竜車(オムニバス)を用意して積極的に呼び込んでるのさ。」

「???何でそこで観光組合が出てくるの?」

「ダンジョンに挑むときは複数回潜るのが普通だからね。潜っていない間は休息できる場所が必要でしょ?だから宿へ来ませんか~?ってね。」

「でもお金かかるでしょう?冒険者なら野宿できるんじゃないの?」

「まあそうなんだけど。今の季節はいいけど特に冬は野宿すると命にかかわるからね。」

「あ~なるほど。」

「それに道楽で冒険者している人もいるし、野宿ばかりだからこそたまには宿で休みたいって人もいる。まあ冒険者でもお金を落とす人はいっぱいいるってこと。そういう層を狙っているんだよ。」

「シュネーヴィントの人たちは(したた)かなのね。」

「厳しい冬を越すにはそれぐらいの(したた)かさは必要なんだろうね。」


 クオンはその一団が竜車に乗り込むのを見た後、カリンとリッカに話しかける。


「僕たちも乗ろうか。乗車券を用意してね。」

「分かった。」

「・・・。」

「リッカ?」


 反応がないリッカを訝しむクオン。リッカは直立不動のまま瞳を閉じていた。


「く~。すびー。」


 リッカは立ったまま寝ていた。クオンとカリンは顔を見合わせる。


「リッカさん、寝てるけど。」

「夜遅くまで課題やってたからなあリッカ。でも立ったまま寝てるのは初めて見たよ。」


 クオンはリッカの両肩を掴むと、軽く揺さぶって起こす。


「リッカ。目を覚まして。竜車に乗るよ。」

「う?・・・ううん?・・・はっ!こ、こけこっこー!」

「なんでニワトリ!?」

「あれ?クオンおはよー。」

「おはよーじゃないよ。立ったまま寝てたんだよリッカ。」

「課題の疲れで眠くてさあ。なんかニワトリになってて、朝起こさないとチキンにするって脅される夢見てた。」

「なんつー夢を・・・。今から竜車に乗るから乗車券出して。寝るなら立ったままじゃなくて竜車の中で寝てよ。」

「ういー。」


 リッカはもそもそと乗車券を取り出す。クオンとカリンも乗車券を取り出すと、半分寝ているリッカを連れて竜車に乗り込む。同乗者はまだ来ていないようで、クオン達が一番乗りだった。指定された席に座る。リッカは席に座るとすぐにくかーと寝てしまった。


「ダンジョンのことなんだけど、前に潜ったこともあるから調べたことがあるんだ。」

「どんなダンジョンなの?」

「博士がちらっと言ったと思うけど、魔物よりは謎解きに偏ってるダンジョンだね。たくさん謎解きの部屋があるんだ。魔物自体は弱い個体しか確認されてないよ。ほぼスライムかな。」

「今まで最奥到達者がいないってことはそんなに謎解きが難しいの?」

「それもあるけど、謎解きよりも先へ進む扉を開ける方法がさっぱりわからないんだ。謎を解いても果たしてそれが先へ進むのに必要なことなのかも不明。」

「謎を解いても徒労だったってこともあり得るのね。・・・師匠らしいわ。」


 その声には懐かしさが含まれていた。クオンはまだカリンから、翠の魔女に仮死状態にされた経緯を聞いてはいない。クオンは翠の魔女を語るカリンの様子から察していた。翠の魔女の話題は、カリンにとって聖域なのだと。だからあえて聞くことはしなかった。


(いつか話してくれるかな・・・。)


 少しずつ距離が縮まってはいるが、まだカリンの態度はよそよそしい。対応を間違うと、また一気に遠ざかる様な気がしてクオンは踏み出せなかった。


「先へ進む扉があるって言ってたけど、開けるヒントはあるの?」

「そうだね・・・。例えばこれかな?」


 クオンは冒険について記載したノートを取り出す。ぺらぺらとページをめくり、翠の魔女のダンジョンについて書き留めたページを開く。そのページには、壁にはめ込まれた大きな扉のスケッチが描かれていた。


「最奥へと続くこの扉の先に行った人はいないんだ。この扉には文言が刻まれているんだけど意味が分かってなくて。」

「どんなことが描いてあるの?」

「えっとね、これかな。」


『それは天からの手紙 静かに大地へと降り 花弁(はなびら)は重なる 微睡(まどろ)みに浸る命が目覚める時 泡沫(うたかた)の夢の如く消えゆくもの』


 カリンはノートに書かれたその文言をじっと見ていた。眉がハの字になっている。


「これが刻まれている文言?」

「うん。意味は分かる?」

「・・・思い当たる節はあるよ。でもそれが扉を開けるのにどう関係しているのか分からないわ。それを持っていけばいいのかな?でも謎解きの部屋がたくさんあるのよね?謎解きしたら何かあるの?」

「宝箱が出てきてアイテムが入ってるよ。薬草とか武器とかガラクタとか。開けてみるまで何が入っているのか分からない。」

「じゃあ、謎を解いて目的の物を手に入れるとかかな。でも何が入っているか分からないんだったら出てくるまで謎を解きまくれってことかな?」

「冒険者はそう思ってるね。刻まれている文言から自分なりに推理した物が出てくるまで謎を解く人が多いかな。」

「でも師匠はそんな性格じゃないと思う・・・。実際にダンジョンを見てみないことには分からないかも。」

「そうだね。とりあえず行ってから考えようか。実物見ないと分からないこともあるだろうし。あと文言のこと、意味が分かるって言わない方がいいよ。他の冒険者に聞かれたら厄介なことになるから。」

「ん。」


 その後もノートをぱらぱらめくるカリン。ふと、ところどころに描いてあるスケッチに目が留まる。


「絵がうまいのねクオン君。」

「あ、ありがと。冒険先で印象に残ったものは描いてるんだ。」

「・・・そういえば、最初にあった時、スケッチブック持ってなかった?何描いてたの?」

「え”。」


 クオンは思わず変な声が出た。仮死状態になっていたカリンをスケッチしていたのだが、きっと言ったら消してと言われるかもしれない。それは個人的に嫌だった。だがうまい言い訳もとっさに思いつかない。


「・・・?どうしたの?目が泳いでるけど。」

「いや、えっとね。」


 挙動不審なクオン。質問にはすぐ返してくれるだけに、カリンはクオンらしくないその反応を怪訝に思う。クオンはなんとか平静を取り戻そうとする。


「・・・もしかして、私?」


 しかし、そんな努力もむなしくカリンに見抜かれてしまう。クオンは観念して白状する。


「・・・うん。夢見てた竜角人だし、まさか目覚めるとは思わなかったから。描いておこうと思って。」

「どのくらい描いた?途中まで?」

「満遍なく。」


 クオンとカリンの間に重苦しい沈黙がよぎる。クオンの心拍数が次第に上がっていく。何を言われるのか戦々恐々としながら、カリンが口を開くのを待った。


「そう。一回見せてくれる?」

「それはいいけど、なんで?」

「だって自分がどういう風に描かれているか気になるじゃない。」

「ありのままを描いただけだけど・・・。分かった。今度見せるよ。」


 クオンとカリンが話をしていると、リッカの体が傾き、カリンの肩に乗る。リッカはカリンによりかかったまま、相変わらずすぴーすぴー寝息を立てている。カリンは困ったような素振りを見せたが、特にリッカを押しのけたりはしなかった。カリンがリッカの頬を指でつんつんすると、むにゃむにゃと口を動かす。


「・・・課題が100g足りない!?そんなっ・・・重さでなくて中身で見てください・・・。」

「なんだかよく分からないことを口走っているけど、一体どんな夢を見ているのかしら。」


 カリンは百面相を続けるリッカをじっと観察する。


「なんだか私も眠くなってきたわ。」

「ずっと竜車の中だし、寝てもいいよ?」

「・・・。」


 カリンは何故かジト目でクオンを見る。


「ど、どうしたの?」

「寝顔、描かないでね。怒るよ?」

「し、しないよ!」


 少しは考えていたので、見透かされて内心どきどきなクオンであった。仕方なく、密かな計画を断念するのであった。


*********


 ドラグラント連邦騎士試験当日、エルヴィンとベルンハルトは試験会場を訪れていた。受験生の波に乗り、受験者用受付へと向かう。試験の実技試験は一般に公開されている。平民の姿があったが、実技は後日なので人数は少ない。おそらくほとんどは付き添いだろう。二人は受付で受験票を見せて敷地内へと入る。順路の看板に従い進んでいくと、大理石でできた立派な建物が見えてきた。入口には騎士選抜試験会場という立札と案内板がかけられている。


「受験番号ごとに部屋が分けられてるみたいだな。また後で会おうぜ。」

「おう。またなベル。」


 エルヴィンはベルンハルトと別れると、自分の受験番号が割り当てられた部屋へと入る。開始時間までにはあと三十分ほどあるため、席はまだ全部埋まってはいない。受験生たちは、席で寝ている者、ノートを見て最後のあがきをしている者、朝食のパンを食っている者など様々だった。エルヴィンは自分の番号を探しながら部屋の中を歩く。


「おっ、ここだ。・・・・ん?」


 席に座ろうとすると、ふと隣に座っている人物に目が行く。エルヴィンよりも年下の少年だろうか。白虎耳と尻尾で、顔立ちは可愛いが、男物の服を着ている。その人物はカタカタと震えていた。その視線は机の上に置かれた鉛筆の山に向けられている。


(うわ!すげえ鉛筆の量!三十本はあるんじゃねえかこれ。)


 鉛筆は黒鉛の粉を固めて芯にしたものを円柱状に加工した木で挟んだものだ。三十年前に発明されて便利さから爆発的に筆記用具として広まった。試験でも持参品として指定されている。だが、本数は指定されていないとはいえここまで大量の鉛筆を持ってきているのは目の前の少年くらいだった。周囲の受験生もドン引きしている。気になってしょうがないので、エルヴィンは震えている少年に話しかける。


「なあ君。」

「ひゃあ!?」


 肩に手を伸ばすとビクッ!と反応する少年。涙目でエルヴィンの方を向く。


「な、なんですか?」

「あー、いや。震えてたからさ。どうしたのかなと思って。」

「・・・すいません。緊張しすぎて震えてるんです。いつもこうなんで気にしないでください。」

「そうは言ってもなあ・・・。というかこの鉛筆の山はなんだよ。」

「心配性で・・・つい。あ、鉛筆忘れたんなら使ってもいいですよ。」

「いや大丈夫だから。」


 やんわりと断り、エルヴィンも席に着く。だが、相変わらず隣の少年は震えてカタカタしていた。エルヴィンは少年の方を向く。


「君、ちょっといいか?」

「え・・え?」


 承諾を待たずに少年の手を取り、両手で包み込む。


「な、なにを・・・?」


 いきなり手を包み込まれ、しどろもどろになる少年。だが、エルヴィンは構わず言葉を続ける。


「隣でカタカタされたら気が散る。」

「うっ・・・。ご、ごめんなさい。」


 エルヴィンは少年の手に、はあ~、と息を吹きかける。少年の肩がびくっと跳ね上がった。


「ななななにするの!?」

「心が落ち着くおまじないだ。どうだ?落ち着いたか?」

「落ち着くわけないでしょ!むしろ今度はドキドキし始めたよ!」


 少年は涙目で抗議する。少年の頬は紅く染まっていた。エルヴィンは思わず目を逸らす。


「あれ?そうか?まあいいや。カタカタは治ったんだろ?」

「そ、そうだけど・・・。」

「じゃあいいじゃん。」


 少年は釈然としない顔ではあったが、それ以上何も言わなかった。白虎耳を忙しなく動かし、う~、と唸りつつ頬を両手で押さえている。エルヴィンは何食わぬ顔で筆記用具を取り出したが、内心では葛藤が渦巻いていた。


(やべー。野郎相手にときめくとこだったよ。なんでこんなに可愛いんだよ。こいつは男だ男。)


 その様子を見ていた受験生たちはひそひそ声で話す。


「見ろよあいつ。手なんか握りやがって。」

「でも相手のあの子、可愛いけど男だろ?服だってそうだし。」

「げっ!そうなの?そういえば騎士団って女性比率低いから男同士でくっつくこともあるらしいぜ。」

「うっわまじかよ・・・。でもあんなに可愛いなら別に男でも・・・・。」

「早まるな!その扉を開けたらだめだ!薔薇の(いばら)で敷き詰められた道だぞ!」


 う~、と唸る少年と、真顔のまま机の上を凝視するエルヴィン。そしてひそひそと話す周囲の受験生たち。この構図は、試験が始まるまで続くのであった。


 そうしているうちに、試験官が部屋に入ってきた。試験開始時間が来たのだ。去年までは砂時計で時間を計っていたが、今年はアナログ時計がかけられている。針の角度で残り時間が一目で分かるためだ。


「制限時間は450分。トイレと休憩は自由だ。だが、カンニングが見つかれば0点になる。不正行為は行わないように。では、始め。」


 科目は五教科。ライン語、数学、理学、地理歴史、政経である。難易度は9割が基礎レベルで1割が応用といった配分になっている。騎士は実技試験が重視されるが、いくらなんでも脳筋では務まらない。書類仕事をしたり、データをまとめて資料を作ったりすることもあるからだ。最低限の基礎学力は欲しいために筆記試験が設けられている。足切りラインはかなり低いが、それでも結構な人数が落ちる。

 エルヴィンは落ち着いていた。勉強は得意な方ではないが、姉にみっちり鍛えられたので対策はばっちりだ。後は焦らず解くだけでいい。エルヴィンはまずライン語の問題から始める。最初に問題全体に目を通し、解ける問題と手こずりそうな問題を見極める。どの問題にどのくらいの時間をかけるかが肝だ。


(よし。これならいけるな。)


 エルヴィンは順調に問題を解いていく。ライン語、数学、理学、地理歴史、政経の問題を解き終えると、すでに残り時間は五分ほどになっていた。見直す時間はないので、名前がきちんと書いてあるかだけを確認する。すぐに五分経ち、試験終了の合図が鳴る。


「そこまで!筆記用具を置いて、速やかに退出せよ。答案用紙の回収はこちらがする。」


 試験官の言葉と同時に、受験生たちは筆記用具を机の上に置く。入口に近い者たちから次々に退出していく。エルヴィンは隣の席の少年を見ると、鉛筆の山を片付けているとこだった。ふと、少年と目が合う。何故か少年は頬を染めてそっぽを向く。そのまま少年は、荷物を抱えて足早に教室を出ていった。


(おい!なんだその反応は!)


 エルヴィンにその気はないので、男に惚れられても嬉しくない。試験の手ごたえは良かった分、憂鬱な気分になるのであった。


*********


 シュネーヴィントまでの道を乗合竜車(オムニバス)は進んでいく。魔物はちょくちょく出現したが、全て走竜(ヴェロキン)のブレスで倒された。停留所に着くたびに乗客が乗り降りするが、クオン達は終点まで行くので、特に気にする必要はなかった。カリンは初めて見る走竜(ヴェロキン)が珍しいらしく、御者席の後ろから走竜(ヴェロキン)の姿を熱心に観察している。リッカは相変わらず寝ていた。クオンはノートを見ながら何やら書き留めている。


「嬢ちゃん。走竜(ヴェロキン)が珍しいのかい?」


 竜御者は振り返ってカリンに尋ねる。走竜(ヴェロキン)の操演は専用の魔道具によってほぼ自動化されている。そのため、少し目を離したぐらいでは特に危険はない。


「ええ、初めて見たので。可愛いですね。」

「ハハッ!嬢ちゃんは変わってるねえ!普通は怖いって言うのに。」

「そうなんですか?可愛いと思いますけど。」

「嬢ちゃんは終点まで行くんだっけか。良ければシュネーヴィントに着いたら、走竜(ヴェロキン)に触ってみるかい?」

「いいんですか?お願いします。触ってみたかったんです。」


 そんな竜御者とカリンのやり取りを見ながら、クオンは思案する。走竜(ヴェロキン)を始め、竜種は見た目が怖い。鋭い牙、たくましい脚、足先の鉤爪、縦長の瞳孔の瞳。初対面で可愛いという印象を抱くというのは(まれ)だ。

 竜種は高い知能を持ち、会話はできないにしても鳴き声でのコミュニケーションを行う。また滅多に人を襲うことはない。人間たちと敵対するにはリスクがあると理解しているからだ。そのことを熟知している竜騎士や竜御者のような竜操者(ライダー)は、むやみに怖がることはないのだが、一般人の場合は違う。


(竜角人って犬猫のように飛竜(ワイバーン)を可愛がってたらしいけど、カリンさんの様子を見ると本当みたいだね。)


 クオンはこっそりとその様子をスケッチする。実は、クオンはこまめにカリンをスケッチしていた。だからこそ、確信する。少しずつだが表情が豊かになっていることに。


(でも、僕たちに対してはまだ壁がある。一番反応がいいのは腹の虫が鳴いた時だし。まあ、まだ出会ってそんなに経ってないし、焦らずに行こう。)


 クオンはスケッチを終えると、ノートを閉じる。冒険ノートとは別に用意したものだ。中には、カリンの姿をスケッチが描かれている。クオンだって年頃の男の子。可愛い異性が傍にいて気にならないわけがない。女の子に興味がないわけではないのだ。クオンにとって、カリンは、思い描いた理想の容姿をしている。

  なお、クオンにとって、王国一の美少女と言われるドロシーが恋愛対象外なのには理由があるのだが、リッカにも喋ったことがないので、誰にも知られていない。


(やっぱり、カリンさんは可愛いよな~。見てるだけでも癒される。)


 いつも冷静なクオンだが、カリンを見ているときは頭の中が春になっていた。すでに、恋の病に罹患(りかん)しているクオンなのであった。


*********


 一日目の筆記試験が終わり、エルヴィンとベルンハルトは大衆食堂に来ていた。互いに手応えを報告し合いながら、注文したメニューが来るのを待つ。


「お客様、申し訳ありません。本日は大変混雑しているため、合い席をお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」


 犬耳店員さんが、相変わらずの営業微笑(スマイル)で話しかけてきた。特に断る理由もないので了承する。


「いいですよ。お構いなく。」

「ご協力ありがとうございます。お客様、こちらの席へどうぞ。」


 案内されてやってきたのは、白虎耳の少女だった。エルヴィンと少女の目がばっちりと合う。少女はエルヴィンを指さして叫ぶ。


「ああ~!あの時の狐君!」


 その叫びに、ベルンハルトは肘でエルヴィンを小突く。その顔は、この状況を明らかに楽しもうとしている顔だった。


「なんだよエル。もう女の子とお知り合いになってたのか。お前も隅に置けないな!」

「いや、俺、この子に心当たりないんだけど。」


 そのエルヴィンの言葉に、ひどく傷ついたような表情をする少女。拳を握りしめ、ぷるぷると震えながら顔を真っ赤にして怒る。


「忘れるなんてひどいよ!あんなに私を翻弄しておいて!」

「え、ええ~!?」


 エルヴィンは改めて少女の顔を見る。確かにその顔には見覚えがあった。


「あ~!試験の時に隣にいた子か!・・・え?でも男じゃなかったっけ?」


 筆記試験の時は確かに男物の服だったはずだ。だから男だと思っていたのだが、今はどこからみても女の子の服装だった。フレアスカートがとても似合っている。


「僕のどこが男なのさ!どこからどう見ても女でしょ!」

「あ~すまん。男物の服を着てたし、てっきり男なのかと思ってた。」

「もしかして、男だと思ってたから、その、僕の、手を握ったの・・・?」

「え?」


 エルヴィンはやっと事態を把握する。初対面の女の子の手を握って、あまつさえ息を吹きかけてしまったことに。自分のしでかしたことに顔が真っ赤になる。少女も釣られて真っ赤になる。


「ご、ごめん!落ち着かせてあげようと思ってさ。」

「・・・。ううん。こちらこそごめん。僕も誤解させるような服を着てたし。その、おあいこってことでどうかな?」

「・・・いいのか?」

「うん。」

「ありがとう。恩に着るよ。」


 和解が済むと、少女はエルヴィンとベルンハルトが座っている席に着いた。ベルンハルトは何故か、にやにやしている。


「手を握ったって?大胆だなエル。」

「だーかーらー男だと思ってたんだって!確かに男にしては可愛いなとは思ってたけど!」

「か、かわっ!?」


 少女はエルヴィンの言葉に頬を染める。何か言いかけたが、言葉にならずに口をパクパクさせる。エルヴィンは微笑みながら、自己紹介をする。


「俺はエルヴィン=ズィルバー。こっちはベルンハルト=ブラオンだ。君の名前は?」

「・・・僕はツェツィーリア。ツェツィーリア=メルツァーだよ。」

「略してツツツ?」

「略さないでよ!?」

「はは。ごめんごめん。ツェツィさんって呼べばいいかな?」

「うん。みんなそう呼んでる。あなたたちはエル君とベル君でいいのかな?」

「おう。俺はそれでいいぜ。ベルもいいよな?」

「ああ、特に異存はない。」


 自己紹介が済むと、ツェツィはメニューをさっと見て、近くにいた店員を呼ぶ。手短に注文を済ませる。エルヴィンはその時を見計らって、ツェツィに話しかけた。


「それにしても珍しいな。女性の受験生は、今年は5人だっけ?」

「そうだね。僕は他の女の人見てないけど。」

「男の巣窟にわざわざ来るなんて度胸あるな。」

「騎士には昔から憧れてたの。チャンスがあるなら受験しようと思って。・・・変かな?」

「いいじゃん。記念受験する奴らよりよっぽど立派だと思うぜ。」

「あ、ありがと。」


 気恥ずかしいのか白虎耳を忙しなく動かすツェツィ。


「でも気をつけろよ?騎士も受験生も男所帯だから、女には飢えてる。襲われるかもしれないぞ?」


 コップの水に口をつけながら、いたずらっぽくツェツィに忠告する。


「そういうベル君はどうなの?」


 ツェツィはジト目でベルンハルトを見る。


「俺?俺には将来を誓い合った幼馴染がいるから。他の女は眼中にないね。」

「その幼馴染って実在してるの?」


 余裕の表情で水を飲んでいたベルンハルトがむせる。予想外の質問だったようだ。気管に入りかけた水を咳で押し戻すと、力強く叫ぶ。


「してるよ!失礼だなっ!」

「あ、それは俺も思ってたわ。」

「エル!お前もかよ!?」


 エルヴィンのまさかの裏切り。ベルンハルトはテーブルに力なく突っ伏した。


「くそ~。ほんとに可愛い幼馴染がいるんだぞ~。」

「分かったからすねるなよ。ベル。」

「そういえば、二人とも、試験首席を狙っているの?陛下に一つだけ願いを叶えてもらえるって言う。」

「いくらなんでも首席とか無理だろ~。」

「そうか?俺は狙ってるけど。」


 その言葉に、ベルンハルトとツェツィの視線がエルヴィンに向く。ベルンハルトは驚いたようで、エルヴィンにまくしたてる。


「はあ?お前狙ってんの?今年はあのツヴァイク公爵の嫡男も出るんだぞ?絶対無理だって!」

「ツヴァイクの嫡男?なんだそいつ。」

「知らないのか・・・。今、都で人気の美少年貴族だよ。名前はテオバルト。その甘いマスクで社交界でも平民の間でも人気。しかも武芸もたしなんでいると来たもんだ。」

「ふーん。」

「ふーんって。お前なあ・・・。もっと危機感持てよ。」

「そうは言っても、やわな鍛え方してないしな。同年代なら負ける気はしないぜ。で、そのテオバルトって奴も願いを叶えてもらおうとしてんの?」

「みたいだな。フランカ陛下を狙ってるって噂だぜ。」

「陛下の番になりたいって願うのか?つーかそんな奴いっぱいいるの?」

「ああ、結構いるぜ。まあテオバルトが受験すると知って半分あきらめてる奴らが多いけどな。」

「陛下はどう思ってるんだ?そこが肝心だろ?」

「陛下はまだ結婚する気はないみたいだけど、縁談がすごいらしいぜ。もしテオバルトが首席になったら、伝統ある騎士試験で、あのツヴァイク公爵家の嫡男が陛下にプロポーズを!みたいに美談にされて押し切られると思う。あの事件(・・・・)のせいで、フランカ陛下が唯一の世継ぎだからな。皇統断絶するくらいならさっさと適当な相手とくっつけたい派と、陛下を手に入れて権力を握りたい派。どっちも躍起になってんのさ。」

「はあ~、大変なんだな。」


 そこまで黙って二人の話を聞いていたツェツィが、不思議そうに首を傾げた。


「首席って言うからてっきり、エル君は陛下狙いだと思ってたんだけど違うの?」

「陛下狙いって?」

「その・・・陛下の(つがい)になりたいってことなのかなって。」

「あー。違うぞ?俺のお願いは別だ。」

「別?エル君のお願いって何?」

「尻尾を枕にして眠りたい。九尾の妖狐なんだろ?きっと最高の寝心地だぜ!」

「「は?」」


 エルヴィンの答えに、ベルンハルトとツェツィは目が点になる。


「期待して損した。いや、お前はそういう奴だもんな。」

「・・・エル君ってば変わってるね。」


 尻尾枕について熱く語り始めるエルヴィン。ベルンハルトとツェツィの二人は、料理が運ばれて来るまで、その話に付き合うのであった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

走竜は恐竜のヴェロキラプトルのイメージです。ヴェロキンという名前もそこから名付けました。

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