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99 きのこ

 いや、お金はちゃんと払ってくれるとのことだ。だから、正確にはカツアゲではない。

 ただ、きのこは一つだと思い込んでいた人々の圧により、私は服と言う服のポケットを残らず裏返す勢いで手持ちのきのこを全部吐き出すこととなる。

 使用人が運んできたテーブルには清潔な布が掛けられて、さらに綺麗な大皿が用意されていた。その上にぽいぽい出したきのこを見詰め、テーブルを囲んだ大人たちがひそひそと話す。

「四つか……」

「意外にありますね」

「ギルドでの買い取り価格は一つで金貨六枚ほどだとか。市場に出回ればもっと跳ね上がるでしょうが」

 そうか、はね上がるのか。その差額はどこへ消えてしまうのだろう。採集した冒険者のふところには入らず、夏、渓谷へ落としてしまった帽子のようにどこへともなく行方知れずになるのだろうか。

 そんなことをぼんやり考えてしまうくらいに、彼らは長く話し込んでいた。じいやを始めとする王子の使用人たちである。

 価格協議の段階になると、なぜか主である少年は話の輪からほっぽり出された。仕方ない。王子と言う生き物は、経済観念とかなさそうなイメージがある。

 しかし、王子といえども仲間外れはやっぱり寂しいものらしい。しょんぼりしながら八匹のゴルトブントをなでる姿は、なんかすごく哀愁があった。

 あまりにあんまりだったので、たもっちゃんがそばに呼び料理を手伝わせるなどした。

 そうして当事者そっちのけで協議された結果、きのこの買い取り価格が決定された。

 農業をする特大アリのヴァルトバオアーが育てたきのこは、ギルドで売ると一つで金貨六枚らしい。それが四つで金二十四枚。日本円にすると多分、百二十万ほどになる。

 可能な限り、あのアリと物々交換を続けようと思った。

 支払いは翌日。私が実際受け取る現金は、金貨二十五枚になった。

 本当はもっと上乗せしてくれて、金三十枚でどうかと言われた。

 いやいやそれもはやきのこもう一個買える額だぞと思ったが、それでも買うほうからすると市場に出回ったものよりはずいぶん割安な感覚らしい。差額がまるで怪談のようだ。

「では、約束の金と、金貨五枚分の黒糖だ」

 そう言って、少年は金貨の詰まった小さな袋と台に乗せた木箱をさした。

 確かめろ、と言われたが金貨はともかく黒糖は確かめかたが解らない。一かかえもある木箱に山盛りで、しかもそれが王子のテントを半分占領するくらいに何個もあった。

「たもっちゃん」

「あるある」

「あ、じゃあ大丈夫です」

「では、サインを」

 じいやが皮の紙をテーブルに置き、ペンを出す。売買契約書と領収書をかねたもののようだ。同じものが二枚あり、王子と私がそれぞれ署名し双方に一枚ずつが渡された。

 その書類に目を通し、王子が呟く。

「なかなか、うつくしい字を書く」

 私の署名をほめてくれたようだ。しかし、複雑だ。私はお手本をなぞったにすぎない。

「ありがとうございまーす。すいませんね、面倒なことさせちゃって」

 きのこと引き換えにお金と黒糖を受け取って、若干これは申し訳ないことをしたのではと言う気持ちがめばえた。

 私が受け取った現金は金二十五枚だったが、別に値引きした訳ではない。用意してもらった黒糖の代金を合わせると、きっちり金貨三十枚だ。

 可能な限りアリと物々交換を続けようと決意はしたが、するとさすがに手持ちの黒糖では心もとない。そこでこの取り引きの代金を一部、黒糖で払ってもらうことにしたのだ。

 しかし実際受け取ってみるまで、こんな量とは思ってなかった。これほどになると、色々と大変だった気がする。

 構わない。と少年は言って、あごのラインへそろえた髪をふんわり揺らして首を振る。

「ヴァルトバオアーのきのこが手に入るとお伝えしたら、父上も母上も大変よろこんでくださった。このくらいの苦労は、なんと言うこともない」

 そう言ってもらえると、こちらも助かる。でも、苦労はしたんだな。

 黒糖ばっかり買い集めるから一部で店員から変なアダ名が付けられた人とか、大量の黒糖を運ぶため腰をやってしまった兵とかがいたのかも知れない。ごめんな、名も知らぬ人。

 大森林の中ではあるが、急に入り用になることもある。だから王子一行は、そこそこの現金なら持っていたようだ。しかし、黒糖はさすがにたくさんはなかった。

 ではこの大量の黒糖は、どこからきたのか。

 答えは、王都だ。

 少年が通信魔道具を通し、王都の両親に金貨五枚のぶんの黒糖を頼んだ。それが翌日の今日になり、転移魔法でどかどかと送り届けられたのだ。なにそれ便利。地球のネット通販を思わせる。

 ただ、転移魔法は制限も多い。たもっちゃんはそのために、わざわざ別のスキルを希望したほどだ。魔力の消費も大きいし、転移する対象が増えるほど魔法使いが何人も必要になってくる。らしい。ソースはメガネ。

 今回も、こんなに速く、こんなに大量の黒糖が送られてきたのは頼んだのが王子だったからにすぎない。王族は特別会員なのだ。

 そもそも、正確に転移魔法を行うためには転移先に目印を置く必要がある。では、こんな大森林のそこそこ奥地に都合よく目印があったのはなぜか。

 それは、王子自体が転移魔法で大森林にきたからだ。

 さすが王族。我々とは違う。間際の町で講習を受けて、入り口からえっちらおっちら歩いてきた訳ではなかった。

 王子を転移魔法で迎えるために、まず、先遣隊が大森林に入った。こちらは地道に入り口から入り、徒歩でさまよい、よさそうな場所を探したようだ。

 そして転移に必要な目印を置いたが、この目印もまた魔法の一種だ。しかも、転移魔法の心得がないと使えない。そこで先遣隊の中には二人、魔法使いが含まれていた。

 どう見ても文系の魔法使い二人は、死ぬかと思ったと真顔で語った。

 その先遣隊の目印のお陰で、王子は多くの兵や物資と一緒に安全かつダイレクトに大森林の奥までこられた。そして大量の黒糖を、一日で届けることもできたのである。

 彼らは犠牲になったのだ。いや、生きてるけど。先遣隊。

 取り引きと書類のサインを終えると、じいやが少年の手元にトレイを置いた。そこには一通の手紙が載っている。

 それは魔獣の皮で作られた高いほうの紙ではなくて、普通に葉っぱの紙の封筒だ。中身も多分、同じなのだろう。大事なものなら魔獣の紙を使うと聞くから、私信かも知れない。

「荷と一緒に届いた。アーダルベルト公爵からだ」

 少年にお礼を言って受け取って、手紙を広げたメガネの横から覗き込む。

 ペンの跡が見て取れる文字はどことなく優雅で、もちろん日本語などではなかった。でも、内容は解る。その手紙の文章に重なり、私の目には薄赤い文字で日本語が表示されているからだ。

 これは私の新しいスキルだ。新しいと言うか、前の前の渡ノ月に公爵家がごっちゃごちゃした時に追加で実装されたやつ。

 あの時の騒ぎで、公爵家の蔵書もかなり被害を受けてしまった。そこでレイニーの上司さんに泣き付いて、写本に便利そうなスキルをもらっておいたのだ。

 これでどうにか、本を、現物で、弁償して行きたい。と思ったのだが、我々はあのあとすぐに逃げるように大森林にきた。今のところ写本どころか文字に触れる機会もなくて、スキルが全然活躍しない。

 でも、さっき署名した時は助かった。

 署名部分にこちらの文字で私の名前がうっすら表示されたので、それをなぞるだけでよかった。あれみたい。うすくお手本が書いてある、書き取りの練習帳みたい。

 異世界の文字を目にすると自動的に浮かぶ、テキスト翻訳はサービスのようだ。

 公爵からの手紙に視線を落としてみると、その短い内容が翻訳されて薄赤く浮かぶ。

「通信魔道具を起動させろ、って。起動させてないの?」

「あー、起動させてると、アイテム袋に入らないんだよね。魔力抜いてそのままにしてた」

 悪びれもせず、メガネが呟く。

 アイテムボックスと同様に、アイテム袋にも生きているものは入らない。それは聞いていたのだが、魔力がめぐった状態の起動した魔道具も入らないらしい。

 もしかすると、これは理屈が逆かも知れない。体に魔力がめぐっているから、生きたものもアイテムボックスやアイテム袋に入らないのではないだろうか。知らんけど。

 どちらにしても、通じない通信魔道具がムダすぎることに変わりない。

「えー、何だろ。何か用かな」

 たもっちゃんはぶつぶつ言って、大きめの板をアイテム袋からにょっきりと取り出す。

「……待て」

 ちょっといいお寿司屋のまな板みたいな魔道具に、王子たちがなんだそれはと食い付いた。なんかちょっとキレ気味だった。

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