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98 いい話

「異世界の蟻って、物々交換の習性とかあんの?」

 たもっちゃんは好奇心を刺激されたようだが、多分そんな習性はない。

 うちの異世界常識担当も、そんな話は聞いたことがないそうだ。

「だが、大森林にいるものは特別大きい種類でな。そのせいか、普通のアリより知恵が回ると言われてはいる」

 たもっちゃんや私と一緒に屈み、地面に置いた木の実や石を見下ろしながらテオが言う。

 では大森林以外なら、アリは普通に米粒サイズなのかと問うと当然そうだと返事があった。それを聞き、私はちょっとほっとした。

 手乗りチワワみたいなアリが標準だと言われたら、この世がアリに支配される日もそう遠くはないと絶望してしまったかも知れない。しなかったかも知れないが。

「でね。その日はずっと付いてきて、すっごい周りをうろうろしてたんだけどさ。すきあらば、足の下に体をもぐり込ませようとかしてくんのね」

 そんな習性も別にないのに、どうして物々交換が成立したか。それを説明するために、アリとの出会いを語る私にメガネは言った。

「当り屋じゃん」

「うん」

 そう。完全に営利目的の。

 私に踏まれ、私から黒糖を得たことに、因果関係を覚えたのだろう。アリはなんとかもう一度、自分を踏ませようとするふうに私のブーツにぐいぐい頭を押し付けてきた。その執念は、プロの変態を思わせるほどだ。

 たもっちゃんによると、人の手で精製された黒糖や砂糖は自然界にはないそうだ。だからこそ、その味を覚えたアリに執拗なアタックを受けたのだろう。

 でも不幸な事故で踏んでしまった時と違って、ただ黒糖を搾取されるのは嫌だ。私は少々、虫には厳しい。

 それで草をむしりつつ逃げ回っていたのだが、ある時、このアリが木の実をかかえて見上げてくるのに気が付いた。

 それは高い木の上に生っているもので、どうにか取れないかと思案しながら指をくわえて見ていたものだ。

「指を」

「たもっちゃん、比喩だから」

 本当に指をくわえていた訳ではない。

 どうでもいいところに食い付くメガネにどうでもいいことを強調してると、「それで?」と先をうながしたのは少年だった。

 アリの話を始めた時にはいなかったはずだが、いつの間にか一緒にしゃがんで顔をわくわくさせていた。夕食の準備を手伝うために、たもっちゃんを探していたらしい。

 先をせがむ少年には悪いが、この話に盛り上がりなどはない。

「まあ、それで試しに黒糖出して交換したら、なんかできたって話なんだけども」

「リコの話はさぁ、致命的に途中経過が足らないんだよね」

 全然なにも伝わってこないと、メガネが私の説明力を批判する。

 私はそれをひどい中傷だと思ったが、どうやら真っ当な意見だったようだ。アリと物々交換してきた石や木の実をつつきながらに、テオと料理少年が強くうなずき同意を見せた。

 だってホントなんだもん! それ以上説明できないんだもん! などと言い、私が必死に無実を訴えている時のことだった。

「恐らくですが」

 と、後ろのほうから口をはさんだのはレイニーだ。

 彼女はその辺のイスに勝手に腰掛け、金色の長い巻き毛を揺らしながらに首をかしげる。そしてほど近い地面に直接座り、退屈そうにあくびをしている金ちゃんをさした。

「このトロールが一緒にいたでしょう? それで、リコさんに何か品物を渡せば食べ物を貰えると学んだのではないかしら」

 金ちゃんは、私のことを便利な収納だと思っているような気配があった。

 たもっちゃんが狩ってきた魔獣やなんかは、私がアイテムボックスに収納している。それは消えたように見えるがちゃんと保存され、のちのち出てきて料理などになる。

 多分、金ちゃんはそのことを知っているのだ。だから私が草をむしっている間、テキトーな感じで狩ってきた獲物をしまえとばかりに押し付けてくることがある。そして大体、ついでとばかりにおやつをねだる。

 だから実際は交換ではなく品物を預かっているだけで、その上おやつをカツアゲされているにすぎない。だが、知らずに見ればやってることは物々交換に近いかも知れない。

 あのアリは、その様子を見て学んだのではないか、と。

「なるほどねー!」

 なんだか妙に感心してしまった。

 レイニーにしては鋭いことを言うものだと、ため息のような、それにしては長いような、そして強すぎる吐息を「はー!」と複雑な気持ちで吐き出す。なぜだろう、くやしい。

 話がなんとなく一段落し、解体してもらっていた魔獣もほとんどが肉のブロックになった。そろそろ夕食でも仕込むかと、たもっちゃんが立ち上がる。

 それにも気付かないようだった。

「じいや」

 少年は地面に屈んだままで、小さく短く命じるように人を呼ぶ。頭の白い口ヒゲの男性が、それにさっと膝を突いて従った。

 小柄な主の少し後ろに控えるじいやは、少年から小さなきのこをうやうやしく受け取る。見て欲しいと頼まれたからだ。

 それは黒糖と引き換えに、アリが置いて行ったものの一つだ。

 石づきから笠のてっぺんまでは三、四センチあるかないかで、全体が不思議に光っているように見える。白っぽいきのこが光を含んで、ぼんやりと発光しているような感じだ。

 じいやはそのきのこを受け取って、はっと小さく息を飲む。そしてじっくり両手の中のきのこを見詰め、主に向かってささやいた。

「間違いないかと」

「そうか。――リコ」

 じいやの言葉にうなずいて、少年は私のほうを真っ直ぐに見た。そして少し不安げに、しかし思い切ったように言う。

「このキノコをゆずってほしい」

「いいですよ」

「貴重な物だとはわかってはいるが、どうしても……えっ、よいのか?」

「えっ、いいよね」

「知らないよ」

 頼んではみたけどまさかいいと言うとは思わなかったみたいな感じの少年に見られ、それで不安になった私に見られ、自分で決めろとメガネがあきれた。

 それもそうだ。

 とりあえず、様子がおかしい少年とじいやに訳が解らないと言うことを伝える。すると、逆にびっくりされた。

「これは、貴重な茸なのでございますよ。品質のよい万能薬には不可欠ですが、希少な品でもございますので」

 このきのこが希少な訳は、採集するのが難しいためだ。なぜならきのこが生えているのは、特大アリの巣の中だから。

「ヴァルトバオアーと言う蟻は、農業をするのです。この茸は、蟻が巣の中で栽培したものなのですよ」

「マジなのじいや……」

 ついうっかり口走ったら、じいやの白い眉と口ヒゲが不穏な感じでぴくりと動いた。怒られるかと思った。

「それなら、おれも聞いた事があるな。素材を採集するために巣を崩さなくてはならないが、怒った蟻が存外手強く難儀するそうだ」

 思い出したと言うように、自分のあごを触りながらに誰にともなくテオが呟く。

「ああ、それで高いんだ」

 採集に苦労するものは、そのぶん高価になるらしい。最近覚えた。

 加えて希少なものならば、買い手をつのって売値を釣り上げることだってできる。だからこの場で売ってはもらえないかもと、少年はそれを心配していたようだ。

 でも、私は採集してないからな。物々交換した中に、なんか知らんけどまざってただけだ。

「いいよ、別に。買ってもらえると丸儲けだから、うれしいかな」

「リコ、オブラートに包も」

 拝金主義をたしなめるメガネと、たしなめられる私を、少年はなんだか不思議そうに見ていた。

 欲があるのかないのか解らなくなって、戸惑っていたのだと。少年はあとから笑い話のように、そんなことを言った。

 万能薬を、父や母、姉になにかあった時に使いたいと言うこともある。もちろんだ。

 でも、その周囲を守る家臣や騎士たち。兵だって、命を掛けて仕えているのだ。

「その者たちを守るため、備えるのは主家のつとめでもある。わたしも、その末席に名をつらねる者として責務をはたしたいのだ」

「坊ちゃま、ご立派でございます」

 どこか晴れやかな表情で抱負を語る若き主に、じいやを始めとしたお世話係の人たちはちょっと感激しているようだった。

 それはいいとして。

「値段はギルドの買い取り価格くらいでいいのかな。いくらか知らないけど。で、きのこ、何個くらいいるの?」

「……待て」

 いい話ふうの空気を出した王子を始め、じいやも使用人たちも一斉にすごい顔でこちらを向いた。そしてきのこをカツアゲしてきた。

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