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97 王族にありがちな

 私は十二、三歳だと思ったが、実際は十になったばかりだそうだ。

 テイマーとして魔獣を捕らえにきたはずが、今なぜか、うちのメガネに師事などしている少年の話だ。

 その年で、しかも王子。護衛がいっぱい付いてるとは言え、よく大森林にこられたものだ。と、異世間知らずの私でさえ思う。

 当然、両親は反対した。じいやだって反対したし、護衛や世話係だって止めようとした。

 それでも泣き落としのようにして、少年はわがままを通した。そして周囲や両親も、それはしょうがないなと納得してしまった。

 その理由には、少年の四つ上にある姉の存在が大きいとのことだ。いや。大きいと言うか、原因と言うか。

「姉上は、武勇にすぐれておいででなあ」

 少年は今日覚えたばかりだと言う、たもっちゃん直伝のチャーハンを白い皿に盛りながら遠い目をした。

「姉上が十のころには、ドラゴンをうち取ったこともあると聞く。それにくらべて、おまえはなんだと。男のくせに、狩りもできぬとはなさけないと……」

 両親やじいやたちの前で姉からさんざんボロクソに言われて、この温厚そうな少年もさすがにイラッとしたようだ。

 では、ドラゴンを捕らえて参ります。姉上のように討ち取ることはできずとも、配下とすれば少しは父上のお役にも立つでしょう。

 だからつい、そう言ってしまった。

 これはあれだ。本人も引くに引けないし、周りも強く止められないやつだ。

「お姉ちゃんは、あれかな。ちょっと脳筋なとこあるのかな」

「それがな、たんりょなところもおありだが、武芸とならんで知略もとくいとされている」

 少年は脳筋の概念を恐らく正しく理解して、象牙色の毛束がまざる赤墨色の頭を振った。

 大変だな、王子って。

「お嬢様とて、お一人で討ち取った訳ではないのです。下位ドラゴンの小さなものを、騎士の助けを得て討ったのでございますよ」

 じいやはなぐさめるように言いながら、お皿に分けた王子作のチャーハンを世話係の使用人に渡す。それを受け取り配膳しながら、数人のお世話係もその通りだとうなずいた。

「気後れなさる事など、何も」

「坊ちゃまだって、今や魔獣の配下をこんなにもお持ちなのですから」

 場所は、我々に貸し出されたテントの外だ。そこにテーブルとイスをいくつも並べ、秋空の下で昼食にしようとしているところだ。

 私たちにはいつものことだが、王子様の食事としてはかなり雑なものだろう。しかし、少年はこれに普通に参加した。

 主のためにイスを引くじいやも、なにも言わず……いや、不満っぽい顔はしてるけど。それでも止めようとはしなかった。

 進歩である。

 じいやは最初、主である少年にメガネの料理はおやつでさえも食べさせるつもりはなかったようだ。それを思えば、少しは信用されたと言うことかも知れない。

 なにしろ、たもっちゃんは王子の指南役だったのだ。それはここ数日、一応の、そしてすでに役目を終えた話ではあるが。

 大森林の平原でテーブルに着いた少年は今、もっふもっふと枯草色の大きなイヌに囲まれていた。イヌじゃないけど。正しくは、かなり大きめのオオカミだけど。

 彼には才能のきらめきがあった。料理の。

 このチャーハンも、すごくおいしい。使用人に囲まれてすごす王族に、料理の才能があっても仕方ないかも知れないが。

 少年が魔獣のテイムに成功したのは、料理を始めて一日二日した頃だ。

 その日、私が草刈りから戻ってくると少年がいつもよりきらきらした顔で駆けよってきた。そして、本当にうれしそうに言った。

「見てくれ! テイムに成功したぞ!」

 その少年の周りには、すでに枯草色のオオカミがいた。それも八匹。

 それらは大きな牙を見せながら、へっへっへっと笑うみたいに口を開いて尻尾をぶんぶん振っていた。まだ小柄な主をもみくちゃにして、集団でまとわり付いてじゃれる姿はどう見ても野生を失っていた。

 その八匹と言う数は、先日我々が森で出会ったゴルトブントの群れとぴったり同じのはずだ。この王子、恐らくその場にいたやつを容赦なく全部いっている。

 餌付けって、すごいなと思った。

 それが、数日前のことである。

 姉への対抗心的にはドラゴンのほうがよかったのだろうが、ゴルトブントも配下としては悪くないらしい。なにより、あのオオカミたちを選んだのは王子だ。

 もっふもっふと枯草色の毛皮にまみれ、もみくちゃにされる少年にはある種の多幸感が見られた。あれはあれで、きっとよいのだ。

 こうして餌付けの先にある目的を達成し、たもっちゃんの指南役は終わった。そして、ただの料理教室としてリスタートした。王子がすっかり料理にハマッたためだ。

 少年が腕を振るったチャーハンメインの昼食を終えて、たもっちゃんは席を立って言う。

「料理は、後片付けまでが料理だ!」

「はい、師匠!」

 きびきび答える少年は、せっせとテーブルを片付ける。

 本人はすごく楽しげだった。その代わり、じいやを始めとした使用人や護衛、ついでにテオがものすごい顔をしているが。

 片付けを手伝いながらその様子を見ていると、テオはまだまだ甘いと思う。

 その身に付いた常識に足を引っ張られ、彼は三日ほどをしかばねとしてすごした。

 そして深い反省の海から浮上すると共に、目の前の少年が王族だと言う事実をなかったことにした。俺はなにも聞かなかったとか言ってた。

 欺瞞である。

 しかも、自分のだましかたが甘い。本当に忘れたと言うなら、子弟ごっこを楽しむメガネにあんな顔をしてはいけない。

 どうせなら、忘年会の無礼講を真に受けて先輩やえらい人に失礼の限りを尽くしたあげく、あとからあれはないと怒られるタイプの我々をぜひ見習って欲しい。

 いや、嘘。見習わなくていい。我々も、できればこんな業は背負いたくなかった。

 と言うか、忘れたフリをするのはいいのだ。

 彼が実は王子と言うのも、うちのメガネが気付いただけだ。本人が名乗った訳じゃない。

 それに少年は少年で、王子扱いされない状況がうれしそうな感じでもある。

 たもっちゃんの指導のもとに肉を焼き、味を付けたそのかたまりをせっせとオオカミたちの所へ運ぶ。それだけのことでも、少年は楽しくて仕方ないようだった。

 生まれがよすぎて普通の体験が新鮮で、野生児相手にお前おもしろいなとか言ってデレるんだ。私、知ってる。王族にありがちなパターンのやつだ。まんがとかで読んだ。


 そうして師匠と呼ばれて調子に乗って、小僧いい目をしているなとか言い出したメガネに、テオやじいやが奥歯や胃をキリキリさせていた、この数日の間。

 私は私で色々あった。色々と言うか、草をむしってすごしてただけだが。

 野営地は大森林のそこそこ奥地で、わずかに開けた平原にあった。それはぐるりと深い森に囲まれて、ちょっと歩けば秋の草がもっさもさに生えている。

 私はレイニーや金ちゃんと、いつも通りにそこら辺で草と言う草を刈っていた。たまに高い木の上に木の実っぽいものを見付けたら、どうやってむしるかなどを考えながらぼーっとすることもある。

 それはちょうど、そう言う時のことだった。

「私、アリを踏んだのね」

「蟻を」

 たもっちゃんはそりゃ踏むこともあるだろう、みたいな感じでちょっと変な顔をした。

 メガネは野営地の端にしゃがみ込み、今日の夕食に使う魔獣をいい感じに解体――してくれている兵士を、眺めているところだ。

 ブロック肉になるまでは手が出せず、ヒマそうなメガネに森でのできごとを勝手に話す。

 踏まれたアリは、当然ながら怒った。

 二本の触覚は片方がひしゃげ、つるりと丸い頭にはブーツの裏の形が付いていた。アリはギシャギシャと硬質な音を立て、地面で体をぐっと起こして前足を振り上げ威嚇した。

「そのアリがね、手乗りチワワくらいあって」

「チワワ」

「そう、手乗りの」

 二十センチほどの体は赤茶色で殻のように硬く、あめのように光沢がある。イヌだとしたら小さいが、アリにしてはかなり大きい。

 しかも、アリは集団を作る。こんなのがいっぱい出てきたら、ちょっと勝てる気がしない。あれでしょ。アリの黒い絨毯で、たちまち骨にされちゃうんでしょ。昔そんな映画見た。

 頑丈そうな左右のアゴをがっちがっちと噛み鳴らすアリに、私は折れた。

 荒野のダンジョンでやたらと出たが意外に使わず持て余し気味の黒糖を、そっと特大のアリに持たせて慰謝料とした。

「それからなんやかんやありまして」

 私はそう前置きし、変わった木の実や不思議に光って見えるようなきのこ。妙にぴかぴかの石などを、アイテムボックスの中からごちゃっと出してメガネに見せる。

「そのアリと物々交換を重ねた結果がこちらになります」

「さすがに待って」

 私の雑な説明に、たもっちゃんが戸惑った。

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