96 指南
そりゃ、そうなるわと。
騎士がまざった軍隊だって同行するし、うちのメガネもガチガチになる。
たもっちゃんは意外に、権力に弱い。失礼があってはいけないと思いすぎるあまり、逆に挙動不審になってしまうタイプだ。
我々を招き、夕食を共にし、最終的にはボロ泣きの上に謝罪してきた少年は、我々が一応所属する国の実は王子だったのだ。
純白砂糖のことだって、それなら知っていても不思議ではない。
なるほどなー、と納得し、私は。両目をぎゅっと閉じ、天を仰いだ。
なぜ、もっと慎重にならなかったのか。ばかめ。テオだって言っていたじゃないか。なんかえらい人の子供っぽいと。
へーきへーきと笑ってないで、なんとかすべきだったのだ。いや、伝え聞く王様の言葉を考える限り、この野営地にきてしまった時点でどうにもならなかったような気もする。
腕組みしながら両目を閉じて、顔をテントの天井に向けたまま私はそこそこ長く考え込んだ。特に答えは出なかった。
て言うか我々の自由って、ああ言う感じで担保されてたんだな。ローバストと大体同じパターンだ。お金強いよ、お金。
この夜は、そんなことを思いながらにすやっと眠った。
誤解しないで欲しいのは、私も自分なりに反省はしていたと言うことだ。一体なにが悪くてこうなって、王子に無礼を働くことになったのか。いまだに解らないままではあるが。
その反省は海より深く、鈍器のようなものが欲しくなるレベルだ。しかし鈍器を手に入れたとして、活用するには時間をさかのぼる才能が必要だった。当然私は持ってない。
だからすでに起こってしまったこれらのことは、あきらめるしかないのだ。すぎたことをくやんでも、どうにもならない無益なことだ。しょうがねえの。
なんかもう、いいじゃない。どうでも。
翌朝までぐっすり眠って起きた時には、そんな気分になっていた。たもっちゃんや私は多分、ちょっと雑にできているのだ。
我々の中にある海は、きっとすごく遠浅だと思う。
しかし、テオはそうではなかった。彼は寝て起きてごはんを食べても、軽く絶望したままで全然回復しなかった。
いまいちピンとこない我々と違って、この世界に生まれ付いた彼には王族と言う存在が一層重いものなのかも知れない。
それゆえに、一国の王子をずるずるに泣かせたことを気に病んで、三日くらいはちょっとしたしかばねのようだった。彼の海は、めんどくさいくらいに深い。
まあ、それはいいとして。
いや。あんまりよくはない気がするが、しょうがないこととして。
テオに激震レベルの動揺を与えた少年は、翌日の昼にはメガネの横で肉のかたまりを焼いていた。
「もうよいですか?」
「いや、もうちょっと。こんがり焼き目が付くくらい」
はい! わかりました! とか言って、たもっちゃんの指示にうなずき肉を焼く少年はなんだかすごく張り切っていた。
朝食を食べてから今になるまで、私は野営地の周辺で草と言う草を刈っていた。レイニーや金ちゃんと一緒に、いつもの感じで。
だから、考えもしなかった。たもっちゃんやテオがその間、なにをしているか。
その結果がこれだ。
お昼になってごはんに戻ると、王子がメガネに弟子入りしていた。
「なぜなの?」
「あっ、お帰り。お昼ちょっと待って」
戻ってきた我々に気付くと、やべっ、忘れてた。みたいな感じでメガネが言った。どうやら今焼いているお肉は、私たちのぶんではないらしい。
我々に貸し出されたテントのそばは、ちょっとした調理場になっていた。
朝には一つだけだった小さなかまどが、草を刈った地面の上にいくつも造成されている。恐らくうちの調理担当が、勝手に魔法で増やしたのだろう。いつだってそうだ。
ただ、いつもと確実に違うのは、かまどの前に少年がいて、それは王子で、その王子を守るように周りをずらりと使用人や護衛が取り囲んでいることだ。圧迫感がすごい。
こんな状況ではさぞやメガネもガチガチだろうと思ったら、いいじゃない。なんかもう、どうでも。みたいな空気を出しているので、多分、緊張が振り切れている。
「唯今、坊ちゃまはタモツ様に魔獣の餌付けをご指南頂いております。ご迷惑をお掛け致します。昼食は、こちらの料理人が用意したものならばすぐにお持ちできますが」
「いや、大丈夫です。待ってます」
草刈りから戻ってきた我々に、声を掛けたのは今日もぴしっとした口ヒゲのじいやだ。
白い頭を下げられて、反射的に断ってしまった。失敗した。たもっちゃんの料理もいいが、貴族的に豪華な食事もよいものだ。
断るんじゃなかったと、みみっちい悲しみを抱きながらにふと気付く。じいやは最初に、気になることを言っていた。
「指南? 餌付けの?」
「はい、左様で。坊ちゃまが、ゴルトブントを気に入ってしまわれて」
無意識に、笑いとおどろきが同時にふぁっはーと変な声になって出た。これは一見した感じ以上に、訳の解らないことになっている。
最初に、遠吠えが聞こえたらしい。
それは大型犬より一回りか二回りも大きな、枯草色のオオカミたちの声だったそうだ。
ゴルトブントと言うものは、なかなかに厄介な魔獣だ。騎士を含めた十人ほどの兵たちが、ぼこぼこの血みどろにされるくらいに。
だから野営地を守る兵たちも、あわてて主に報告を上げた。その主、報告を受けた少年はちょうど、我々のテントを訪ねているところだった。
レイニーや私はもう草刈りに出ていたが、たもっちゃんとテオはいた。しかしテオはまだ立ち直っていないので、メガネが話し相手をしていたようだ。
そこへ兵が現れて、護衛の騎士が報告を受ける。追い払うか、討伐するか。野営地のそばにゴルトブントの群れがいるなら、対策を取るべきだと考えたのだろう。
騎士は主に向かって礼を取り、部下から受けた報告と共に少し席を外すと告げた。
しかし。
「あ、それ多分、俺知ってます」
そんな意味の解らないことを言い、能天気にうちのメガネが口をはさんだ。昨日は足を蹴って止めていた、テオは今や使い物にならない。
なんだそれはと不審げな王子の護衛に見られながら肉を焼き、たもっちゃんは騎士にくっ付いて野営地を出た。
これはその話のついでに知ったことだが、野営地には魔法使いが何人もいて、彼らが周囲一帯を魔法で守っているらしい。だから魔獣も、簡単には入ってこられない。
ゴルトブントが遠吠えで呼び、外でおとなしく待っていたのはそれが理由のようだった。
焼いて味付けした肉を持ち、たもっちゃんが野営地を出ると魔獣たちが待っていた。そしてやはりと言うべきか、そこにいたのは先日餌付けしたオオカミの群れだ。
枯草色のオオカミたちはメガネの姿を見付けると、ビシッと横一列にならび、ボリュームのある尻尾をぶんぶんと振った。そしてそれぞれ肉をもらうと、明らかに顔を輝かせ夢中でかじり付いたのだと言う。
この飼いイヌめいた光景に、胸をときめかせた少年がいた。そしてこの野営地に、少年は王子一人しかいない。
肉を前にしたオオカミに負けず、きらきらした顔で少年は言った。
ぼく、この子たち、かう! と。
いや、実際は多分、違う言いかたをしたのだと思う。ただ、ノリとしては割と忠実にこうだったらしい。
お目付け役のじいやがよく止めなかったなと思ったら、そもそも王子が大森林にいるのは魔獣を捕らえるのが目的とのことだ。
「坊ちゃまには、テイマーの才がおありなのです。できればドラゴン種をと仰せでしたが、ゴルトブントも群れともなれば不足はないかと」
じいやはそんなことを語りながらに、優雅な所作でティーカップに高そうなお茶をそそいで差し出してくれた。
へー、と思ってなんとなく話を解ったような気分になったが、よく考えたら全然だった。だったらテイムすればいいだけだ。なぜそれで、魔獣を餌付けすることになるのか。
その私の疑問にも、じいやはちゃんと答えてくれた。
「才能や実力もさる事ながら、魔獣との相性も重要になりますので」
魔獣が王子になついていれば、それだけテイムが容易になるらしい。魔獣の餌付けが可能なら、かなり有利に働くそうだ。
「そう言うもんですか」
「そう言うものでございます」
私とじいやがなんとなくうなずき合ってると、かまどのほうに動きがあった。
お肉がいい感じに焼けてきたらしく、変にきりっとしたうちのメガネが調味料の入れ物を少年に渡す。
「味付けは、これで」
「はい、師匠!」
なんだこれと思いながらに、私はじいやの入れたお茶をすすった。




