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95 少年

 昼下がりに出発し、翌日。

 どうにか日暮れ前に着くことができた。

 兵たちが我々を連れてきたのは、結構規模の大きな野営地だ。そこには百人近い兵がおり、森のはざまにわずかばかりに開けた平原に大小のテントが所せましとひしめいている。

 それらに囲まれ守られるように、野営地の真ん中にひときわ立派なテントがあった。

 そこにいるのは兵たちの主で、貴族の子息である少年だ。

 まだ十二、三歳と言うところだろう。身なりのいい優しげな容姿の少年は、私たちを目の前になんだかうれしくてたまらないと言うような表情を見せる。

「父上と母上から話を聞いて、一度会ってみたかったのだ」

 野営地の周辺で冒険者を追い払ったと報告を受けて、その時たまたま、我々の名前を耳にした。それに覚えがあったのだそうだ。

 会いたいから連れてきて、と。

 このきらきらした少年の要望で、兵たちは我々を追い掛けることになった。そして、ああ言うことになったのである。

 不幸な事故と言う気はするが、なんかね。大変ですね、護衛のお仕事。

「フィンスターニスを三人で退治したとか。その話もぜひ聞かせてもらいたい。それに、あのパン。あれはよい。ほかにもめずらしい菓子を作り出すと、錬金術師がほめていた」

 少年はそこでちらりと自分の後ろに目をやって、ほんの少し唇をとがらす。

「じいやがうるさくなかったら、わたしも食べてみたいのに」

「なりません」

 即答だった。

 じいやと呼ばれた白髪で口ヒゲの男性は、少年のお目付け役らしい。テントの中にはほかにも使用人や護衛が何人も詰めて、主である少年を油断なく守っているようだ。

 少年はやはり、いい家の子息なのだろう。

 顔付きは小動物のように愛らしく、あごのラインで切りそろえられた髪の毛はゆるやかなウェーブを描いてふんわりと輝く。

 不服そうにしていても、損なわれない気品があった。

 て言うかね。

 赤墨に象牙色の毛束がまざる髪色の、この子を見てると大事ななにかを思い出しそうになる。のだが、でもそれが喉元でつっかえて、もやもやと形にならないのがしんどい。

 なんだっけなーと眉間をぐりぐりもんで悩む私の隣では、たもっちゃんが変にキリッとした顔でいる。私には解る。これは内心テンパりすぎて、逆に落ち着いて見える時のやつだと。

 どうやら内心パニックの、そのメガネの向こうにいるのはテオだった。なんと言うか彼もまた、いつもとは違う雰囲気を出す。

 少し緊張していると言うか、一周回って全てをあきらめた向こう側と言うか。

 なにかと思ってあとから聞くと、彼には一目で解るくらいに尋常ではなかったらしい。テントの中にずらりと控え、一分のすきもなく少年を守る人々の話だ。

「あれ程に洗練された使用人は、王都にもそういるものではないぞ。兵に混ざってごろごろいるのも、騎士に違いないだろう」

 それに、この兵の数。百人にもなる兵たちを大森林に連れてくるには、それに見合う権威と財力が必要らしい。

 だからこの、軍隊とでも言うべきものに守られる少年が、どれほど有力な貴族の子息か解らない。

「言っても無駄だろうとは思うが、余り騒ぎは起さない方がいい」

 テオは諦観のにじんだような、なんだか凪いだ表情でアドバイスをくれた。

 さも我々があちらこちらで騒ぎを起こしているかのような口ぶりなのが気になるが、心配していると言うことは解る。

 少しここにとどまって、冒険譚を聞かせて欲しい。少年から直々にそう乞われ、我々には野営地のテントが一つ貸し出されていた。

 私たちはその中で、不安でたまらないみたいなテオの忠告を聞きながら、はっはっは。ご冗談でしょ。我々なんておとなしいもんですよ。やだー。などと言って笑った。

 あの時の自分らを、鈍器のようなもので殴ってやりたい。

 さすがに貴族のお坊ちゃんと言うべきか。野営とは言っても、軍隊を引き連れた少年のそれは我々の知っているものとは違った。

 夜になると少年は私たちを夕食に招待し、フルコース的な豪華な食卓でもてなした。

 貴族としては普通の食事かも知れないが、ここは大森林の割と奥地だ。随行している料理人の苦労を思うと喉が詰まりそうだったなどと、うちの料理担当はのちに語った。

 食卓の周りには教育の行き届いた使用人が何人も控え、きびきびと、しかし食事のジャマをしない動きで料理を運び、食器を下げる。

 貴族の邸宅をそっくりテントに移したようなその席で、少年に水を向けられるまま、今までにあったできごとを早口に話しているのはうちのメガネだ。

 緊張しすぎて逆に凪いでいるように見えるが、相変わらず内心はガッチガチのようだった。あまりに言葉が崩れて意味の解らないことを口走りそうになると、隣の席に座ったテオがテーブルの下でちょっと強めに足を蹴り軌道修正を試みていた。

 当然と言うか、やはり、冒険譚として語れるような大した持ちネタは我々にはなかった。

 それでも、すごいでっかい怪物みたいな黒いやつに遭遇したけどなんか解らんけどなんとかなったみたいなふわっとした話でも、少年は目を輝かせてくれた。聞き手がすごくよくできた子だった。

 必要に迫られて木材を加工してみた話や、エルフにほめられたい一心で始めた酵母菌の捜索。大森林で温泉を掘ったら大きなサルが入りにきたとか、ネコとかイヌの肉食っぽい魔獣は意外と餌付けできるって話題はなんとなく相手の食い付きがよかった。

 それと、これはなんとなくめんどくさい雰囲気があるので、こちらからは出していない話題なのだが――少年はすでに、我々が荒野にできたダンジョンで純白の砂糖を出したことを知っていた。

 そのことに、たもっちゃんと私は思わず顔を見合わせておどろく。

 お砂糖を主産業にしてる例のあの人と、ほぼ確実にもめると言われているのもあった。

 それに、純白砂糖は国外への輸出についても検討されているらしい。

 だからその情報は、慎重に扱われているはずなのだ。それなのに、こんな所でこんなふうにぽろっと話題に出てきたことに、不意を突かれた。

 もしかすると、秘密の保持にはあんまり期待しないほうがいいのかも知れない。

 そうして変な汗がじっとり浮かぶような話題もあったが、夕食はおおむねなごやかな雰囲気で終わった。

 この時点で、我々に目立った失敗はなかったと思う。しかしこの認識が、そもそも間違いだったのだ。

 それは、夜がすっかりふけた頃のことだった。

「ごべんなざあい!」

 気品あふれる顔面を、とめどない涙と鼻水でぐしぐしにした少年がテントの中に飛び込んできた。

 うわああああと泣きじゃくる姿はまるっきり子供で、その後ろではお世話係の使用人たちがどうしたものかとおろおろとしている。

 なんだこれ。

 あわてるのも忘れて我々がぽかんしていると、お目付け役のじいやが一歩前に進み出る。彼は白い頭をぴしりと下げて、「僭越ながら」と口を開いた。

「わたくしからご説明申し上げます。坊ちゃまは先程、皆様方をお迎えした旨をご両親にお伝えになったのでございます」

 通信魔道具はかなり高価でかさばるが、少年はこれを持たされていた。百人もの兵が一緒でも、親としては心配で仕方ないらしい。

 毎日の定期報告を義務付けられた少年は、だから今日もいつも通りにあったことを話した。父と母から話に聞いた、冒険者を野営地に招いたことを含めて。

 そうしたら、ひどく叱られてしまったとのことだ。

「ちちっ、父上、は、おっしゃった。あの者たちは、自由、にっ、させなくては、ならないと。恩寵をやどした者、を、支配、するのはっ、骨がおれるし、敵対するのは、とくさくではない。放っておいても、勝手に税を運んでくるから、それでっ、よいのだと」

 涙をこらえているせいか、少年はつっかえつっかえ父親の言葉を私たちに伝えた。

 悪気はなかった。両親が話していたおもしろい冒険者に、自分も会ってみたかった。それだけだったのだ。お願いだから、自分のせいで敵対しないで。

 そんなことを言いながら、少年はまたびえびえと声を上げて泣き出した。

 うん、まあ。大体は解った。多分だけど最後の辺りは、我々には聞かせないほうがよかったような気がするが。

「あの子の親ってさあ、結局誰なの?」

 涙と鼻水の嵐のような少年が、夜の野営地をじいやに引きずられ去って行く。それを手を振り見送って、私はなんとなく問い掛けた。

 すると、信じられないと言うように。たもっちゃんが、嘘でしょと呟く。

「解ってなかったんだ。あんなに似てるのに。他にいないじゃん。王様と王妃様だよ」

「あー」

 なるほどなー! 納得した。色々と。

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