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93 満身創痍

 我々は、普通に引いた。

 そして、うめいた。

「えぇー……」

 朝食を終えてみんなであと片付けをしていたら、森の草木をかき分けてそこそこ血みどろの武装した男たちが現れたのだ。

 そりゃ、全員で手を止めて遠い目にもなる。

「おぉ……!」

 と、助かったとでも言うように。

 声を上げたのはその中で一人、騎士のような雰囲気の男だ。

「そなたら! 障壁魔法が得意だったな? 急ぎ準備せよ!」

 こちらに向かって叫びながら駆けてくる男に、満身創痍の兵たちが続く。

 その中の一人は明らかに重傷で、ぐにゃんぐにゃんに怪しい意識と足取りで肩を貸す仲間二人にほとんど引きずられていた。大丈夫か。

 ほかの兵士も傷だらけで全身血だらけではあるが、疲弊し切っているほかは割と元気そうに見えなくもない。

 と言うか、あれだな。

 こいつら昨日、大森林に戻ったばかりの私たちを追い払った奴らだな。槍とかで。

 一体なにがあったのかと思ったが、口をはさむすきがない。

 兵たちはうるさい。その中で一番えらそうな、騎士っぽい男からして騒がしい。

 障壁を張れ、さあ急げ。ぐずぐずするな。俺たちを助けろ。

 彼らは口々に要求を叫んだ。

 そこには多少、尊大さがにじみ出ていたかも知れない。聞き届けられて、助けられて当然だとでも言うように。

 レイニーはそれに、素直に障壁を展開させた。血まみれの男たちを外に残して。

「お……おい!」

 騎士っぽい男が真っ青になって、魔法の壁をこぶしで叩く。

「レイニーさあ……」

 いいのか。天使がこんなことして。

 すぐ隣からレイニーを見ると、彼女はわずかに眉をひそめて顔をそむけた。

「わたくし、人の生き死にには関われないことになっているのです」

 あっ、すごい。基本的におやつの数とかにしかこだわらないレイニーが、こんなにはっきりイラッとしてる。

 まあ、相手の言いかたも悪い。あの無意味にえらそうな感じは、まるでなにかのフラグのようだ。ここが孤立した古い洋館かホテルなら、最初に死体で見付かるとこだぞ。

 天使にもあるんだな、なんかこいつ助けたくねえなと思うこと。

 私はそんな変な感心をしていただけだが、たもっちゃんはあわてたようだ。

「いやいやいやまずいまずいまずい」

 この感じで見捨てるのはダメだと、百パーセントの保身を押し出し満身創痍の兵たちの周りに急いでもう一つ障壁を張った。そしてそれからテオと一緒に移動して、片っ端からケガ人にポーションを配って歩く。

 レイニーと私は微動だにせずぼんやりと、その様子をえらいなーと眺めた。

 男子二人が行ってるし、我々はいいだろ。そんな思いもあったし、さっきから兵たちが人でなしを見る顔をこちらにすごく向けてくるので今さら近付き難いのもあった。

 仕方ない。色んな意味で。

「でもさー、レイニー。私らは障壁に入れてくれるじゃん」

 たもっちゃんがばらまくポーションによって、兵士がほどほどに回復して行くのを見ながらに話す。

 彼女は人の生死に関われないと言うが、それは多分嘘だ。いや、ホントなのかも知れないが、全然あんまり守っていない。

 ケガ人なんかを目の前にすると、割と軽率に癒しの祈りの覚悟を決めてることがある。

 それにクマの村で黒い怪物が出た時は、村の人をみんな障壁の中にかばってもくれた。

「……わたくしが張った障壁に、人の子が多少紛れ込んでも知った事ではありません」

「ツンデレなのかな?」

 勘違いしないでよねとか言うのかな。レイニーが言ってるの、聞いたことないけど。

「リコ、リコ」

 ツンデレ天使の可能性について模索してると、障壁を二枚介した向こうからメガネがぶんぶん手を振っていた。

「あのさー、怪我に効くお茶出したげてくんない? ギルドのポーションだけだとちょっと効き悪い」

「大丈夫なの?」

 特に重傷でぐにょんぐにょんな奴とか。

「むしろそいつが一番大丈夫。こないだもらったいいポーション出しといた」

 さすが本職と言うところだろうか。薬売りの二人は、食事代としてやはり結構いい薬をくれていたようだ。ごめんな。障壁に閉じ込めた上に、逃げるように別れて。

 お陰で重傷患者はめきめき回復したようだったが、逆にほかのすぐに死にそうな感じではないがそこそこ血まみれのケガ人たちはあまりちゃんとは治らなかった。ギルドのほどほどポーションは、ほどほどにしか効かない。

「つうかさ、なんなの? この人ら」

 貴族の護衛らしいのに、なんでこんな所で血みどろになどなっているのか。

 たもっちゃんに煎じた薬草を土鍋ごと渡しながらに聞くと、彼らをここまでボロボロにしたのは獰猛な魔獣の群れらしい。

「嘘でしょ……恐いじゃん……」

「大森林だからな」

 テオは今さらなにを言っているんだみたいな感じで、ひそめた眉を片方だけ上げる。

 いや、ほら。私さ、草ばっかむしってるし、大体いっつもレイニーいるし、最近は金ちゃんも一緒じゃん?

 あわないよね。危ない目とか。

 だから全然ピンとこないが、やっぱり大森林は危険な場所に違いないのだ。多分。

 騎士めいた男の率いる十人ほどの兵たちの中には、戦いに有用な魔法を使う者もいた。

 それでも攻撃や障壁を連発すれば、魔力はすぐに底を突く。槍や弓で牽制しながらどうにか逃げて、執拗な追撃にもうダメかと思ったところで我々に追い付いたとのことだ。

 一応、彼らにも言いぶんはあった。

 昨日あれだけ自分たちが攻撃しても壊れなかった障壁だ。それを作った者ならば、魔獣の群れにも耐え得る魔法障壁を張れるはず。

 そんな期待があったのだと、騎士っぽい男は言い訳をした。

 しかしそれは危険なのを承知で、我々を巻き込んだと言うことでもある。とりあえず、レイニーが障壁からしめ出したことに関しては時間差で心の底からざっまあと思った。

 ちなみに、彼らが魔獣の群れに追い掛け回されるはめになったのは、やばい魔獣を怒らせたからだ。森の中を移動中、兵の一人がうっかり尻尾を踏ん付けたらしい。

「なにやってんの?」

 思わず真顔できつめに聞いたら、基本えらそうな血みどろ集団もその時だけはさっと一斉に目をそらしていた。

 魔獣の尻尾を踏んだのは、一番重症でぐにゃんぐにゃんになっていた奴らしい。

 それを知り、そらそうなるわと納得してると視界の端で金ちゃんが動いた。

 自然な動きで腰布に差したダマスカスの斧を抜き、障壁の外へ出ようと立ち上がる。

「待って待って待って。金ちゃん待って」

 血まみれの兵たちが、やってくるなり障壁を張れとわめいていたのだ。外はなんだか危ない気がする。

 うちの子を危険にさらす訳には行かぬ。

 首輪の鎖を両手で持ってしがみ付いたが、体の大きなトロールがそれで止まるはずもない。ずるずる引きずられただけだった。親戚の家のでっかいイヌが脳裏をよぎる。

 レイニーが障壁の条件付けを書き変えて金ちゃんが外に出るのを防いでくれたが、どこかに穴でも開いてないかとサーカスのクマのようにうろつく金ちゃんに私はその後もしばらく引きずられていた。

 あの瞬間の私に言いたい。鎖をにぎるその手を離せばいいのだと。

 外に出られずうろつくのにも飽き、舌打ちせんばかりではあるが金ちゃんは大人しくなった。その横で地面に倒れ伏す私の背中に、メガネがそっと手を置いた。

「お前はよくやったよ……」

 同情すると見せ掛けて、顔が死ぬほど笑ってた。くやしい。

 そこから少し離れた所で、あれか? と。

 油断なく剣の柄に指を掛けるテオと、騎士感のある男がひっそりと言葉少なに視線を交わす。その空気がぴりぴりとしていて、私でも気が付くくらいに緊張していた。

「どしたの?」

 小声で聞くと、たもっちゃんが障壁の外にもさもさおいしげる背の低い木々や草の絡まる一角をさした。

「あの人達を追っ掛けて、魔獣の群れがそこら辺にいるみたいなんだよね」

「なにそれ困る」

 戦いの訓練を積んでいるはずの兵を、ここまでぼこぼこにするほどの魔獣だ。それが近くにいるとかさー、嫌じゃない?

 追われてた奴らがここにいるなら、追ってた奴らも付いてきていて当然だ。頭では解ってるつもりだったが、姿が見えないもんだからホントにいたのかみたいな気分にもなった。

 そして息を殺してひそんでいると言うことが、魔獣たちの知能の高さを物語る。魔法障壁がある限り攻撃は届かないと知っていて、こちらの魔力が底を突くのを待っているのだ。

 魔力とがまんの耐久レース感出てきた。

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