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92 季節

 もし本当に隠すつもりがあるのなら、ドアのスキルはもっと注意深く使ったほうがいいのではないか。

 そんなお小言をもらうなどして、私たちは大森林へ戻った。

 あっ! いけない! バイトの時間だ! みたいな感じで不自然に、逃げるように急いだ。言ってることは多分正論ではあるのだが、事務長のお小言は面倒で長い。

 家の管理費や首輪用の魔石、大森林のおみやげは事務長に預けた。と言うか押し付けた。

 その時、意外に食い付きがよかったのはブルッフの実のスイートポテトだ。

 大森林の間際の町から通信魔道具などを通じて知らせてあったので、興味があったのかも知れない。このレシピが売れるかどうかと言う意味で。

 そうして事務長が税収について思いをはせているすきに、たもっちゃんがスキルを使って開いたドアに全員で飛び込んだ。我々は最近、逃げてばかりいる。

 二泊三日ぶりに戻った森は、箱だった。

 いや、違う。日曜大工でどうにか作った自立式のくるる戸を囲み、障壁と暗闇の魔法が箱型に展開しているだけだ。

 ドアを放置している間になにかあっても困るので、魔法で守っておいたのである。

 この障壁は大森林から避難する前にレイニーが張ったが、二、三日経ってもこうしてしっかり残っているのはすごいことだそうだ。

 しかも、こんなに攻撃を受けているのに。

「なにこれ」

「いやー、解んない」

「まずいな。恐らく外に十やそこらはいるぞ」

 ガンガンと響き渡るのは、この箱型の障壁が外から攻撃されている音だ。多分、物理で。

 その間隔や気配から、テオが大体の人数を予測する。まるで武芸の達人のようだ。まんがとかで見た。

 しかし、外にいるのはそもそも人とは限らないかも知れない。ここは大森林なのだ。危険な魔獣はいくらでもいる。らしい。

 障壁の内側に薄く張り巡らせた暗闇は、外の視線をさえぎるが内側からも外が見えない。

 今がどんな状況なのか解らないので、たもっちゃんは「とりあえず」とみんなに言った。

「障壁は残して、暗闇だけ消してみようか。リコ、ドアしまって」

「いいけどさー、どうする? 周りにでっかいカエルがいっぱいいるとかだったら」

「やめて」

 無邪気な巨大ネコによる数日前の寝起きドッキリは、いまだにメガネの心に傷を残しているようだ。普通にじっとり怒られた。

 結論を言うと、外からどかどか障壁を殴る蹴るして暴力の限りを尽くしていたのは人間だった。それも、兵士だ。傭兵なのかも知れないが、その辺はよく解らない。

 数は大体、十人前後。テオの達人感がすごい。その兵の中には一人、明らかにほかとは空気の違う男がいた。空気と言うか、剣や鎧が普通の兵よりすごく高そう。

 油断なく、しかし余裕ありげなその物腰にテオが小さく「騎士か?」と呟く。

 それもよく、解らなかった。

 彼らは名乗ったりしなかったからだ。

「これは何だ? そなたら、ここで何をしている」

 兵の一人が険しい顔できつく問う。

 暗闇はすでに消していた。だからこちらとあちらの間には、魔力のめぐる魔法障壁があるだけだ。

 外では武器を手にした兵たちが、こちらをギンギンした目でにらむ。これはさすがに私でも解った。めちゃくちゃ怪しまれてると。

 まあ、解らなくはない。

 大森林の真ん中に、人工的な真っ暗い箱が二日も三日もあったら恐い。いつから攻撃されてるのか知らないが。その中にいる我々は、警戒して当然の存在なのだろう。

 どうやってごまかしたものかと悩み、たもっちゃんとテオ、レイニーや私は互いの顔をうかがった。金ちゃんは歯をむき出して、外の兵士を威嚇していた。やめて。

「おれ達は冒険者だ。魔獣に襲われ、この中でやり過ごしていたのだが、そのまま眠り込んでしまったらしい」

 なんか、すまん。

 代表して謝ったのはテオだった。大森林ならありえるような、それっぽい理由もでっち上げてくれた。Aランク冒険者のコミュ力である。違うかも知れない。

 まぎらわしいまねをするなと怒られはしたが、それで済んだ。いや、よく考えたら怒られる筋合いもないような気がする。存在するだけで罪だとでも言うのか。

 と思ったら、割とそれに近かった。

 我々が、と言うのではなく、この場所にいるのが、と言う理由ではあるが。

「この先で、貴族の御子息が狩りをしておられる。決して邪魔をしてはならぬぞ」

 騎士っぽい男は我々にギルド証を提出させて、それを確認した上で警告めいたことを言う。

 それが終わると、男は足早に立ち去った。とりあえず危険はないと判断し、興味をなくしたようだった。

 しかし兵たちはまだ怪しんで、槍の先でつつくようにして追い払われた。ひどい。

 あれは護衛なのだろう。大森林のこんな奥まで安全を確保して入るには、相当な兵を連れているはずだ。だとしたら、余程有力な貴族の子息に付いているのかも知れない。

 テオは兵たちから離れながらにそんなことを言って聞かせて、なんか納得いかねえなと完全に顔に出している私をなだめた。

「貴族の護衛はな、報酬はいいが苦労も多い。護衛対象が概ね言う事を聞かないからな」

 それに、なにかあってケガでもさせれば守れなかった咎として護衛たちが処分を受ける。ちょくちょく命ごと処分されることもあるので、とにかく油断できないらしい。

 なにそれ恐い。

 そう聞くと、怪しい箱や人間を過剰なくらいに警戒するのもムリはない。ような気もする。大変ですね、護衛のお仕事。

 今までに仕事で関わったわがままな貴族たちを思い出し、なんだか遠い目になったテオを逆になぐさめるなどしながら移動した。

 そうしてしばらく森を歩いて、なんか、変だなーって。

「なんだろ、これ。なんか変じゃない?」

 数日ぶりの大森林に、私は腕組みしながら首をひねった。変と言うか、違うのだ。

 その違和感がなんなのか、もう少しで解りそうなのにもやもやして結局形にならない。なんだこれと悩む私に、たもっちゃんがあっさりと答えた。

「秋だよ」

「秋か!」

 かなり移動したことも、いくぶん関係あるのかも知れない。

 それでも、私は素直におどろいた。

 こんな急に季節って変わんの?

 いや、夜とか冷えてきたなーって感じは、ちょっとだけあった。ゴブリン狩りの時とかに。でも、こんな急激なもんなの?

 肌に受けた木もれ日はまだまだ熱いくらいだったけど、風はなんだか冷えていて、森はあちこちかさかさ乾いた音がする。

 ほんの数日前までの、とにかく暑く、湿気て、むわむわしていた記憶しかない夏の大森林とは全然違う。

 足元には色の変わった落ち葉が増えて、神のいたずらすぎる造形のよく解らない謎虫があちらこちらに多く見られるような気がした。

 なるほどなー、秋か。

「よく解ったね、たもっちゃん」

「うん。俺もびっくりしてたから」

 お前もか。それで、私にもよく解らない違和感を言い当てることができたのか。この類友め。

 腕組みしながら二人で並び、なるほどなーとうなずき合って秋の森を眺める。

 そんな我々の感性は、異世界人には理解できないものらしい。

 なにをおどろいているのかと、テオが形のいい眉を片方だけ持ち上げた。

「当然だろう? 一ノ月になるんだぞ」

 たもっちゃんと私は、反射的に思わず「えっ」と声を出していた。そして、テオを振り返った格好で固まる。

「……一ノ……月?」

 この世界の一年は九ヶ月。我々が小さな町に避難して、今日で最後の渡ノ月は九ノ月の終わりと共にやってきた。

 ほんとだ。

 どんなふうに考えてみても、一年終わって明日から一ノ月がやってくる。

「待って。新年って秋から始まるの?」

「今、年末なの? 今? 年末感なくない?」

 どうしよう。お歳暮が間に合わない。

 たもっちゃんはそんな取り乱しかたをしていたが、私は一年が溶けてしまったような感覚にぼう然としていた。仕方ない。年末には、大人をあせらせるなにかがあるのだ。

 一年は最小の数から始まって、一番大きな数字で終わる。それは異世界でも変わらない。

 しかしその割り振りは、一ヶ月で入れ替わる空の月にちなんで決められているらしい。

 だから農業や狩猟で忙しい秋に年が明けてしまうことになるのだが、新年の挨拶や税金に関する申請や徴収は二ノ月から始まる冬に持ち越されるそうだ。

 テオはなんで知らないんだとあきれを越えて不審げだったが、知らないものは仕方なくないかと訴える我々に割と詳しく教えてくれた。お人好しが手厚い。

 そんなことのあった、翌日。

 私たちの前に、血まみれの兵が現れた。

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