90 さくさくと
※残酷描写あり。
「俺もさぁ、リコ。やっぱきついんだよね。ゴブリン、パッと見た感じ人間ぽさあるじゃん?」
それをさっくさっく殺すのは、まあできるけど気分がよくない。
「それは解る」
て言うか、できるのはできるのか。
「だから任せる」
「それはさっぱり解らない」
たもっちゃんは一体どう言う理屈でそうなったのか、一ミリも理解できない私を森に向かって押し出した。
荒野にはブロッコリーを束ねて大きくしたような、小ぢんまりとした森がぽつりぽつりと点在している。
その中の一つ。私の目の前にある森は今、全体がドーム状の障壁にすっぽりとおおわれていた。魔力の巡る障壁は夜の暗さに淡く輝き、表面には魔法術式が浮かんで見える。
そこには今から町の警備兵が五人と、テオが入ろうとしているところだ。たもっちゃんは参加せず、自分意外と繊細なんでと言う顔でちゃっかり男たちを見送る側にいた。
警備兵もテオも、なんだか微妙な表情ではあった。だが、特に文句は出ない。変にテンパったメガネから、魔法でフレンドリーファイアを食らうよりはいいと判断したようだ。
テンパりメガネは戦闘に直接参加しない代わりに、森を囲む障壁と辺りを照らす光の玉を担当していた。テオたちを送り込む前に、密閉した障壁を風の魔法で換気する。
少し前から眠くなる草をいぶしてあって、その煙でいっぱいになっていたからだ。実家に帰した時のリンデンのように、直接飲ませたほどではないが煙も効果があるらしい。
そうしてゴブリンの動きをにぶらせた上で、戦いに慣れた男が六人もいれば大体いけるような気がする。と、たもっちゃんは親指を立てた。
しかしそうは言いながら、私をぐいぐい障壁のほうへ押すのはやめない。
「たもっちゃん、なぜなの」
「もしかしたら逃げてくる奴がいるかもしれないじゃん!」
テオたちは、すでに森へと入って行った。たまにギャンギャン断末魔らしきものが聞こえてくるので、殺戮は順調なのだろう。殺戮って。人聞きが悪いが。
その実行部隊の退路を確保する必要もあり、森を囲う障壁には一部、ドア一枚ほどの出入り口が開けられていた。
それはシンプルに穴だった。
障壁を張るのがレイニーだったら、許可された人間だけが通り抜けられるなどの条件付けが可能だ。出入り自由で、これ便利。しかし、たもっちゃんにはそんな細かい芸はない。
だからその出入り口の穴は、誰でも通れた。したがって、逃げ出してきたゴブリンがそこから出てくる可能性もあるのだ。
それを、巻けと。たもっちゃんは、障壁の出入り口に私を据えて全自動の茨のスキルでゴブリンを巻かせようともくろんでいた。
確かにそれなら、巻くだけだ。グロいことにはならないだろう。
だが、たもっちゃんは甘いのだ。考えが浅い。忘れているとしか思えなかった。うちには、気の短い最終兵器がいることを。
「あっ」
「あっ」
「まぁ。目敏い」
案の定、障壁の穴から飛び出してきたゴブリンはあっと言う間に斧のサビにされていた。うちのトロールの金ちゃんに。
ダマスカス鋼はさびないらしいが、それでもこの慣用句は使えるのだろうか。
たもっちゃんとそんな話をしながらに、さくさく暴れるトロールからはさりげなく目をそらす。見なければいいのだ。見なければ。
最終的には四匹ほどのゴブリンが森からのこのこ飛び出してきて、全てが瞬殺されていた。とのことだ。
たもっちゃんと私が全身で引いている横で、レイニーがなんか普通に感心しながら実況中継してくれた。心底不要な親切だった。
割とすぐ、ゴブリンは森から出てこなくなった。そりゃそうだ。出てきたらトロールが待ち構えていて、ぱかぱか頭を割られてしまう。しかも、森の外には隠れ場所もない。
金ちゃんはすごくヒマそうに、片手斧を肩に担いで障壁の出入り口を見ていた。ヤンキー座りのそのガラの悪そうな背中は、殺し足りないとでも言うようだ。バイオレンス。
その内に、ギャウ、とかすかな悲鳴が響いた。それは障壁に囲まれた、小さな森のどこかから聞こえた。
これが終わりの音だったらしい。
たもっちゃんが顔を上げ、ゴブリンがひそんでいた森を見る。スキルによって確認すると、もう生きたゴブリンは一匹も残っていないとのことだ。
中に入った警備の兵とテオたちを呼び、駆除の完了を告げて町へと戻った。
翌朝になると、宿屋のおかみがやたらと優しくなっていた。
しょぼしょぼしながら食堂に下りると、すでに人数ぶんの朝食がテーブルに用意された状態だった。それもほかのお客より、どうやら一品ほど多い。
テーブルのそばには床に板が並べられ、大きな丸太のイスがある。金ちゃんのためにわざわざ用意してくれたのだろう。
板の上に石のテーブルをどんと出し、くぼみに合った食器をはめ込むように置く。すると人見知りの宿屋の主人が奥の厨房からいそいそと出てきて、私たちのと同じ料理を金ちゃんの食器にもたっぷりと盛った。
もしや手配犯なのではと、若干疑われていた昨日までと全然違う。
「町の女を救ったからな」
それで待遇が変わったのだろうと、起き抜けからキリッと整うテオが言う。
「安心しろ。数日の事だ。特別待遇はそう長く続かない」
先輩冒険者の言葉には含蓄があった。
ゴブリンの集団と出くわしたのは偶然だったし、大半はテオや金ちゃんがさくさくと始末を付けた。それと、ほんの少しはうちのメガネが。
ごちそうになりますと頭を下げるとテオは眉をしかめて嫌がって、金ちゃんは私の頭をぼすぼすと手の平で叩いた。
なんとなくだがうちのトロール、私のことを叩くとおやつを出すマシーンだと勘違いしている可能性がある。
宿にもよるが、ここは宿代に朝食も含まれるシステムだ。
支払いはないが一応礼を言おうとカウンターへ行くと、おかみが出てきて顔を貸せと言われた。いや、そんな言いかたはされてない。ちょっと一緒にこいとは言われた。
押し込まれたのは、我々が取った客室の一つだ。おかみはそこでお手製のズボンを取り出して、それを私に試しにはかせた。
彼女は裾の長さを見ながらに言う。
「息子に送ってやるつもりでね。素人の仕立てだが、これでよければ持ってきな。少し直せば合うだろう」
裾はものすごく余ったが、お尻はかなりギリギリだった。得体の知れない悲しみが容赦なく私の心を襲ったが、それより。
「いいんですか? これ」
「また縫うさ。それに、材料費と手間賃はもらうよ」
「払います払います。助かります」
こうして宿のおかみのご厚意により、私は通気性を持ったぱりぱりしてないズボンを手に入れることができたのだ。ありがたい。
サイズを直してくれると言うおかみに重ね重ねお礼を言って、一階で待たせた男子たちの所へレイニーと戻る。と、彼らは誰かと話をしているようだった。
左右の眉毛をぐねぐねとゆがめ、たもっちゃんは「んん~」とうめいて胸の前で腕組みをしていた。
「どうしたの?」
「リコ。なんだった?」
「おかみさんがズボン譲ってくれるって」
マジかー、助かるねー。あとで俺もお礼言っとこ。
そんなことを言うメガネの前には、剣をたずさえた数人の男たちがいた。その顔ぶれには見覚えがある。昨日のゴブリン駆除に一緒に行った、町の警備兵たちた。
なんの用かと思ったら、お金の話をしにきたらしい。
「ゴブリン討伐は、いつでもギルドから報酬が出るっす。女助けたのはあんたらだし、当然受け取る権利があるんす」
「けどさー、それだと冒険者ギルドにギルド証提示しないといけないんだって」
「あっ、困る」
我々は記録の上で、大森林から出てきていないことになっている。はずなのだ。それをさー、ギルドに名乗り出るとかさー。むり。
警備兵か誰かに代理で報酬を受け取ってもらい、それをもらうと言う手もなくはない。しかし僕らは冒険者。ギルドを通さず現金を得ると、脱税扱いになるらしい。困る。
しかもゴブリンの群れが出たと報告すると、調査のためにギルドから人が派遣されるかも知れないとのことだ。
我々は、ない知恵をしぼった。
「いやー。俺らね、ほんとは依頼受けてる途中で、それをサボってここにいるんですね」
「だからギルドに名前知られるとまずいって言うかー。まあ、まずいんですけど」
「なので、ここは一つ、穏便に……」
そして結果、こうなった。力の限り振りしぼっても、ないものはないんだなと思った。




