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89 ゴブリン

※残酷描写あり。

 薄い本、エロゲなどでおなじみの、みんな大好きゴブリンである。

 いや、ホントにみんな大好きかどうかは知らんけど。

 ゴブリンって、あれでしょ? オスしかいなくて繁殖のためにさらってきた女子に悪の限りを尽くすやつでしょ? 知ってる。知識としては。もう一度言うね。知識としては。

 二次元ならな、それぞれ好きにしたらええんや。ゾーニングさえしっかりすれば、それでええと思うんや。フィクションなので。

 だが現実、テメーはダメだ。

 目の前にいるのは、十匹近いゴブリンの集団だ。それは刃物の先をこちらに向けて、背後に隠し持っていた。

 一人の若い人間の女性を。

 生成りのシャツにぴったりとしたベストを着けて、スカートの上にはエプロンをしている。彼女は手足や頬に血をにじませて、切り傷だらけになっていた。

 これはあかん。あかんやつや。

 すんっと真顔になった私の前で、たもっちゃんが悲鳴を上げてぎゃあぎゃあと騒ぐ。

「ぎゃー! もー! やだー! 人型の動物殺すのきつーい!」

 まあ、解る。きつい。でももうちょっと緊張感を持って欲しいと思っていたら、あっと言う間に決着は付いた。

 テオのお陰だ。

 彼は柄の飾り紐をしゃらりと揺らし、しなやかな動きで剣を振るった。

 その研ぎ澄ましたような髪色に似て、するどく走る刀身が次々に切り裂くのは緑掛かった痩せぎすの体だ。

 ひゅん、と振るって血を払い、テオが剣を収めた時にはゴブリンは全て息絶えていた。

 ほとんどはそうして倒された。しかし、違うものが二匹だけいる。

 ゴブリンは、婦女子を見付けると襲わずにはいられない本能でもあるのかも知れない。

 その二匹はわざわざレイニーのほうへきて、障壁ごしにギシャギシャとやかましく騒いだ。私のことには触れないで欲しい。ゴブリンが全然見向きもしなかったように。

 割と近くにいた金ちゃんは、さわぐゴブリンにイライラしてしまったようだ。腰に差したダマスカスの斧で、さっくさっくとかち割った。つるっとしたゴブリンの頭を。

「レイニー、ちょっと明かり落とそっか!」

 自分の両目をべちっと力任せに手でふさぎ、私は照明担当の天使に頼む。人型の死体をしっかり見ると、さすがの私もSAN値がごりごり削れてしまう。ような気がする。

 気付けば夜になっていた。

 夕暮れの赤さはすっかり消えて、風が吹くと肌寒い。ゴブリンとの戦闘はあっと言う間に思えたが、それなりに時間は掛かっていたようだ。

 荒れた大地にばたばた倒れた小さな死体を見下ろしながら、メガネと剣士の男子二人はなにかを難しげに話す。

 そこから少し距離を取り、私は熱いお茶を注いだカップを差し出した。細い両手をガタガタ震わせ、受け取るのはエプロン姿の若い女性だ。

 彼女がいまだに震えているのは、風が冷たいだけではないだろう。

 私は、炭水化物と糖分に頼った。

 ブルッフの実のスイートポテトやあったかいホットケーキをぽいぽい出して、ゴブリンにさらわれてきた女性に渡す。

「もう大丈夫だよー。恐くないよー。ほら甘いもの食べな、甘いもの」

 できれば気の利いた言葉でも掛けられたらいいのだが、仕方ない。私のコミュ力にはかなり浅めの限界がある。

 それでも彼女は少しだけ、強張った体の力を抜いた。ぐすぐす涙ぐみながら口におやつを詰め込む姿に、とりあえずはホッとする。

 当然のように便乗し、おやつをねだるのはレイニーや金ちゃんだ。日が暮れた荒野の真ん中で彼女を囲んで屈み込み、ロウソクのように小さく灯した魔法の明かりでみんなでもそもそお茶にした。

 さらわれてきた女性は、我々が宿を取った小さな町に住んでいるそうだ。この辺はほかに人家がないので、そうかなとは思ってた。

 日が傾いてそろそろ魔石のランプを灯そうかとしていたら、いきなりゴブリンが現れて自宅から連れ去られてしまったらしい。

 じゃあ町まで送って行けばいいのかな。

 お茶を片手に車座に屈み、そんな話していると辺りがぱっと明るくなった。振り向くと、たもっちゃんが大きめの光の玉を打ち上げていた。

「えー……」

 私はうめき、とりあえず顔を上のほうに向けた。ゴブリンの死体を見たくない。逆に言うと、すぐそこと言う距離にあっても見なければいいのだ。見なければ。

 たもっちゃんとテオはまず、レイニーの洗浄魔法で洗われた。ごしごしと。

 魔法だから実際にごしごしとはしてないが、なんかちょっと強めではあった。多分、ゴブリンの血でも付いていたのだと思う。同じ理由で金ちゃんも、すでに強く洗われていた。

 そうしてすっきり洗浄されて、メガネとテオが屈み込んで輪の中にまざる。なんか人数が増えるにつれて、田舎のコンビニ前でたむろする若者感が出てきた。

 なんで光の玉を打ち上げて、わざわざ明るくしたのかと。お茶を渡しながらに聞くと、場所を知らせるためだったそうだ。

「あの辺さ、お迎えの人だと思うんだよね」

 たもっちゃんは答え、熱いカップにふうふうと息を吹き掛けた。

 そうして示す方向を見ると、冷え込んできた夜の荒野に小さく揺れる火が見えた。

 それは遠くゆらゆらと、見る間にいくつも増えて行く。

 暗くて建物などはもう見えないが、恐らく町があるはずの位置だ。彼女がいないと気が付いて、明かりを掲げて探しているのだ。

 そんな時に暗い荒野の真ん中に見慣れない光の玉が浮かんでいたら、とりあえず誰かは様子を見にくる。

「そう言うもんなの?」

「大体な」

 大体か。

 私の疑問に返事をしたのはテオだったので、じゃあ多分そうなんだろう。

「でもさー、こっちから送って行ったほうが早くない?」

 さらわれて引きずられてきたこの女性だって、早く帰りたいだろう。傷の手当ても早くしたほうがいいような気がする。

「あっ、そうか。ポーションでいいのか」

 ここでやっと、思い出す。うちのパーティは誰も治癒魔法が使えない不安いっぱいの構成だったが、傷には普通にポーションが効く。

 おやつ出してる場合じゃなかった。まずケガのことを考えるべきだった。自分がすごく健康になると、人の傷に鈍感になるのか。

 たもっちゃんがよく見ると、女性の傷は浅かった。ほどほどポーションで充分治るものらしい。

 それでね、と。腰にくくり付けたカバンからギルドで買ったほどほどポーションを出しながら、たもっちゃんが話を続ける。

「テオとも話してたんだけど、どっか近くにゴブリンの巣があるんじゃないかと思うんだ」

「巣?」

「そう、巣。俺、ゴブリン見たの今日が初めてでさー。超びっくりしたんだけど。それってさ、ゴブリンが出たらすぐに兵士とか冒険者が片っ端から片付けて、巣があったらそれも探して駆除してるからなんだって」

 絶滅させる勢いで、ゴブリンは見付け次第さくさく殺す。これが異世界の鉄則だそうだ。

 そのかいあって人の住んでる辺りでは、野生のゴブリンを見ると言うこと自体があまりない。でも、たまにある。今回のように。

 ゴブリンはどこからともなく現れて、いつの間にかものすごく増える。ネズミかゴキブリみたいに増える。しかも被害は甚大だ。だから現れてしまったら、徹底的に叩くのだ。

「俺だったら巣の場所も多分解るし、テオも手伝ってくれるって言うからさ。ちょっと町の人達待って、一緒に行って駆除しとく」

 そうかあ、なんか大変なんだなあ。

 言いかたが軽くてピンとこないが、たもっちゃんはやる気になっているようだ。

 がんばってこいよなと思っていたら、私らも一緒に連れて行かれた。

 だって仲間じゃないか! とか言われた。

 町の人たちが光に気付いてここまでくるのを待っていたのは、このためだ。

「一回町まで戻ったら、また出てくるの嫌がるでしょ。リコ」

「一回町まで戻ってなくても、もう嫌になってる可能性を考えてみよう」

 さらわれた女性を町の人に任せ、我々は夜の森にいた。

 ここもやはりほかと同じく小ぢんまりとした森で、隠れる場所などないように思える。しかしメガネがガン見してみると、二十ほどのゴブリンが息を殺してひそんでいるそうだ。

「どこかの群れから追い出されたハグレが、流れ着いたのかも知れねぇす」

 重たい口調で、警備兵のリーダーが呟く。宿屋で会った隠密の男だ。彼は四人の部下を連れ、ゴブリン駆除に同行していた。

 戦いに慣れた者ならば、ゴブリンを狩るのは難しくはない。だが相手の数や状況によっては、苦戦することもある。油断はするべきではないと、警備兵たちはピリピリと表情を引きしめていた。

 多分だが、これが正しい反応って気がする。

 やっぱりさ、おかしいんだよ。ピクニック気分のうちのメガネが。

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