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87 小さな町

 薬売り二人を置き去りにして、大森林からドアのスキルで逃げ出してきたのは小さな宿屋の入り口だった。

 一階は小ぢんまりとした食堂と酒場になっており、二階にいくつか部屋がある。宿屋としてはよくある形だ。

 なぜそれが解るかと言うと、一度ここに泊まったことがあるからだ。結果として押し売りされる形になった、アイテム袋の代金を払いにテオを荒野まで追い掛ける途中で。

「あれって、もう二か月も三か月も前なんだねぇ」

 時間って、なんでこんなすぐに経っちゃうんだろうねと。食堂のイスに座ったメガネがのんびりと言う。

「この前の渡ノ月、先週くらいの感覚あるわ」

「わかる」

 私は強くうなずいた。

 子供の頃に一週間がマジ早えとか親が言っているのを聞きながら、いや一週間経ってんだから七日あったに決まってんだろなに言ってんだと思っていたが、自分がいい年になってみると解る。

 一週間どころではなく、一ヶ月でもいつの間にか溶けてることが平気であると。

 あと、年末の番組をおととい見たみたいな体感が半年くらい続く。これは私だけかも知れない。

 今ならば解る。

 光陰矢の如し、至言感ある。

 やだー、こわーい。とか言いながら、あんまり反省してないことが伝わったのだろう。

 たもっちゃんと私の胸倉をそれぞれ同時に両手でつかみ、丸いテーブルの真ん中に体ごと引きよせひそめた低い声で言う。テオだ。

「忘れるな。お前達は渡ノ月を忘れるな。大惨事になるんだろう。もっと気を付けろ。三日前には行動しておけ」

 当日になって気付くとか、言語道断。

 頼むから。もっと自覚を持って気を付けてくれ。ほんと、頼む。心から。

 そんな感じでささやく剣士は、いまだに聞きたくはなかったが知ってしまったものは仕方ない、みたいな感情を複雑な表情に出し切っていた。顔面の表現力が強い。

 食堂兼酒場には、ほかのお客は二人しかいない。まだお昼にもなっていないので、ちょうどすいている時間なのだろう。

 我々は宿屋の若干ふくよかなおかみに宿の空室を確かめて、二部屋取ってから食堂で少し早い食事にしていた。

 文明である。

 集落を囲む防壁もなく、立ち入るための税もない。代わりにギルドや商店街や、遊べるような場所もない。もしかしたら町じゃなくて村なのではと疑問のよぎる規模ではあったが、間違いなくここには文明があった。

 それに、緑がちょっとだけ薄い。いいぞ。環境破壊は人間の生活に付き物だ。多少なら許す。私に罪を許す権限はないが。

 渡ノ月の避難先に、この小さな町を選んだのはメガネだ。

「防壁とかギルドとかない町がよかったんだ。記録とか残んないから」

「ああ、そっか。出欠確認されちゃってるもんね」

 大森林に入る時、入り口で冒険者ギルドの職員に。

 大森林の中にいるはずの人間が、まだ森から出てきてないのにいきなり離れた場所に現れたりしたらそりゃ変だ。

 たもっちゃんのドアのスキルは、一度通ったことがあるドアなら距離を無視して移動ができる。制限はあるが、転移に近い。

 大きな街にも直接行けるが、それだと門で払う税的なものを踏み倒してしまうことになる。それは嫌だし、人目も避けたい。

 ドアのスキルは便利だ。汎用性も高い。犯罪とかに使うには特に。多分その内バレるけど、なるべく内緒にしたかった。それなら最初から壁のない、小さな町に行くほうがいい。

 この理屈はしかし、割とすぐに破綻した。

 トロールって目立つんだよなと言うことを、我々がよく解ってなかったからだ。

 人里でその問題に直面する前に、私たちはまず広大な大森林をそこそこの距離移動した。レイニーの飛行魔法でひとっ飛びだった。

 薬売りの二人は、障壁に閉じ込め足止めしてある。だがあの必死さを見ると、なるべく離れたほうがいいだろう。

 そんな判断があったのは解る。

 しかしだ。飛行魔法はあまりにたやすく、そしてあっと言う間に長い距離を飛んだ。つい、思う。今までの、精神論に頼り切りみたいな徒歩での移動はなんだったのかと。

 最初から飛んで移動すればいいじゃんと思ったが、よく考えたら私は金ちゃんに運ばれるだけのお仕事だ。発言権はなかった。

 メガネは着地地点の奥まった森に、四人の大人とトロールが入れるサイズの障壁を張った。さらに暗闇の魔法で目隠しをしたので、中と外を完全に遮断したかったようだ。

 その上で以前作った自立式のドアを出し、たもっちゃんのスキルによって移動した。

 そうして森から宿屋のドアに直接飛んで、ふくよかなおかみと午前中から酒びたりの客たちの、真ん丸に見開いた目に迎えられることになったのである。

 このリアクションはなんなのかと思ったら、金ちゃんだった。

 うちの子は、割とめずらしいトロールの奴隷だ。トロールの奴隷てアンタ、と。冒険者でもそれはないわと言うレベルなので、村人ならばもっとびっくりしただろう。

 ごめん。なんも考えてなかった。

 これは泊めてもらえないかもなー、と思っていたら、宿屋のおかみは少し間を置いてから条件付きでいいよと言った。

 暴れないのかい? 確かに行儀はよさそうだ。ならいいよ。ただし、ベッドは使わせないどくれ。ボロだから足が折れちまう。その代わり、馬小屋の干し草は使っていいよ。二階にあるのはまだ綺麗なやつだから。

 それから、体が大きいトロールのぶんは割増しで料金をもらう。

 そう言ったおかみはたくましく、厨房の柱に隠れてこちらをうかがうおっさんよりもどっしりとしてた。おっさんはおかみの夫で一応宿屋の主人だそうだが、人見知りらしい。大丈夫なのか、客商売で。

 そうして宿を取ってから、食堂で料理を頼んだ。たもっちゃんの希望だ。たまには人の作ったごはんが食べたいとか言っていた。

「これからどうする? 何かすべき事はあるのか?」

「いや、ない。ここで三日くらい時間潰して、渡ノ月が終わったらまた大森林に行くよ」

 この煮込み肉、結構おいしーねー。とか言いながら、たもっちゃんがテオに答える。

 呪いめいた体質のせいで、我々が大森林にいるだけで怪獣大戦争になると言う。その三日間の渡ノ月を、どうすごすかと言う話だ。

 私はおかみさんに許可のもと板や革をぽいぽい出して床に敷き、大森林の川で作った石テーブルを設置した。

 そうして食堂に金ちゃんの席を作りながらに話を聞いて、大事な用を思い出す。

「たもっちゃん、私ズボン探したい」

 思い出すと言うか、いつ言おうかと機会をうかがっていたんだよ私は。

 魔木の素材でぱりぱりになった、このズボンの代わりをどうしても買いたい。ちくちくするだけならまだいいのだが、どうやらガラス素材でコーティングされて生地に通気性がなくなってんのね。ものすごく蒸れる。

 そう言えばそんなことにもなっていたねと、たもっちゃんが酒を運ぶおかみをつかまえ店の場所をたずねてくれた。

「服屋? ないよそんなもん」

 ただ、返事は容赦なく無慈悲だ。

「えっ」

「ないの?」

 なんとなく、人里なら服が手に入るものだと思ってた。マジかとおどろく我々に、おかみは肉付きのいい丸い肩をすくめる。

「こんな小さい町にあるわけないだろ? もうちょい大きい隣町なら古着屋くらいはあるけどね。服なんてもんは、大体みんな布を買っておっかさんが縫うのさ」

 すごいな、異世界のおっかさん。

「たもっちゃん、がんばって」

「いやいや……待って、リコ。俺、多分服は縫えない。あれでしょ? 布って表裏だけじゃなくて、繊維の方向とかあるんでしょ? 縦とか横とか。よく解んないけど」

 その説明だけで明らかに縫製について私よりはるかに詳しいと解るが、それでもズボンを縫う自信はないらしい。そして当然、たもっちゃんがムリなら私もムリだ。

「隣町に行くか?」

「いや、でもここより大きい町だと、多分門番とかいるよ。そしたら記録に残るしさ、それって本末転倒じゃない?」

「えー。ズボン買おーよー」

 テオの提案にメガネが困った顔をして、私がズボンズボンと騒いでる横から甘いものが食べたいなどとレイニーがマイペースに主張する。話に全然関係なさすぎる。

 そんなまとまりのない騒ぎかたをしていると、気付けば宿屋のおかみがうさんくさげに我々を見ていた。

「あんたたち、おたずね者じゃないだろうね。面倒は勘弁しとくれよ」

「アッ、ハイ……」

「大丈夫です……」

 前にちょっとだけ手配され、今後も絶対ないとは言えないが。今は、大丈夫。今は。

 たもっちゃんと私の挙動不審な返事を聞いて、おかみはふんと鼻から息を吐いて去った。なんか知らんが貫禄がすごい。

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