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86 転生のバグ

 目覚めると、視界が全部カエルの顔でいっぱいになっていたそうだ。

 たもっちゃんの体験談である。

 大森林のスケールは大きく、やはりカエルも普通のカエルとはほど遠い。大きく重く、ぽっちゃり太ったブタほどもあった。

 そのカエルを持ってきたのは、昨日出会った黒ネコだ。

 トラやヒョウの倍はありそうな巨大なネコが、ぐるぐるごろごろ低い音で喉を鳴らして口にくわえた重たいカエルを枕元に押し付けていたらしい。

 私はその状況を、「ひぃいやああぁ」と絹を裂くようなおっさんの悲鳴で目覚めて知った。あわててハンモックの上で飛び起きて、うっかり地面に落ちそうになった。

 周囲に障壁は張っていた。寝ている間は無防備になるので、さすがにそれくらいはしろと常識担当のテオからも言われていたからだ。あと、雨風をしのぐ意味もある。便利。

 だから、たもっちゃんはべっちゃりと直接カエルを押し付けられた訳ではなかった。

 運悪く障壁の端で寝ていたところ、目の前の障壁にぶちゃっと平面的に押し付けられたつぶれ気味のカエルの顔をものすごく至近距離で見ただけだ。だけってこともないけども。

「たもっちゃん、元気出して。あれじゃん。ネコって、狩りの成果をプレゼントしてくれるらしいじゃん。気に入られてんだよ、たもっちゃん」

「じゃあ代わってくれよ」

 まあ、それはね。やだよね。絶対。

 いやあ、ネコになつかれてうらやましい。

 そんな感じで言った私に、たもっちゃんはじっとりと答えた。油断した寝起きに負わされた傷は、癒えるのに時間が必要なようだ。

「昨日の話なんすけど……」

 ものすごく深刻そうなトーンで、包丁をにぎった薬売りが言う。二人は巨大なカエルをざっくざっくとさばいてくれているところだ。

 どうやらネコはカエルを食料として見ているらしく、ものすごく期待した感じでカエルをぐいぐい押し付けていた。メガネに。

 うちの料理の担当が誰か、ちゃんと解っているようだった。ネコ、かしこい。そのせいで、たもっちゃんはちょっと泣いてた。

 カエルを前にぶるぶる震えて使い物にならないメガネに代わり、薬売りたちは手際よく巨大な両生類をただの肉の塊にさばいた。

 そうしててきぱき手を動かしながら、しかし問い掛ける声はどこか口ごもるように歯切れが悪い。

「何か、あるんすか……? 薬売りって解る様な、話し方の癖とか……」

「訛ってるって言われた事はないんすけど……どっか、訛ってるんすかね……?」

 正直に教えて欲しいんす、と。

 二人は何気ないように問うが、しかしものすごく気にしているのは隠せてなかった。もっと厳しく問い詰めたいのをぐっとこらえているのかも知れない。

 そんな複雑そうな薬売り二人に、たもっちゃんと私は。

「ないない。ごめんごめん」

「そうそう、ごめんごめん」

 ぱたぱたと顔の前で手を振って、これ以上ないくらいの適当な嘘で答えた。

 しょうがない。

 これはしょうがない。

 説明がめんどくさすぎた。

 彼らの話しかたにはなぜか、生え抜きの体育会系めいた独特の特徴がある。これがメガネと私にだけ解るのは、こちらの言語を自動的に翻訳してくれる謎の能力のせいらしい。

 でもそれを言うと話が長くなっちゃうし、長く話してもうまく説明できる気がしない。あと、一回死んで異世界からきたのもバレる。

 それはなんか面倒だよねの一心で、たもっちゃんと私はこの不具合に目をつむることにしたのだ。

 この雑な対応に、薬売りの二人は当然納得しなかった。

「いやいやいやいや、昨日っすよ。研修で話し方叩き込むんじゃねーかくらいに言ってたじゃないっすか!」

「それって聞いたら解るくらいに、話し方に特徴あるってことっすよね!」

 うん、そう。言った。

 あまりにみんなが同じ口調で話すので。気になってしまった。反省している。こんなに反応されるとは、正直考えていなかった。

 だが、たもっちゃんからこっそり聞いた彼らの秘密を知った今は解る。彼らは密かに各地に散らばり、暗躍する隠密なのだ。口調で正体が解ってしまったら、そりゃもう死活問題だろう。しかも無自覚。

 特徴的な口調と言われ、薬売りの二人が必死さを押さえ付けながら食い下がるのも当然のことではあった。

 まあ、それはそれとして。

 うまいごまかしとか一切なにもひらめかないので、たもっちゃんに任せるとして。

 カエルが結構おいしくて、びっくりした。チーズと香草をはさんだフライをもらったら、鶏ささみみたいで食べやすかった。

 カエルを獲ってきたのは黒ネコだ。当然の権利としてそのほとんどが大きなネコの胃袋に消えたが、お裾分け程度の量ではきっと物足りなかったのだろう。

 金ちゃんがふいっとどこかに消えたかと思えば、やはりぽっちゃり太ったブタほどのカエルをかかえて戻った。たもっちゃんはまた泣いていた。

「リコさん、ちょっとお話があります」

 食材的に波乱に満ちた朝食を終え、妙にキリッとした顔でメガネが私を呼び出した。

 その変に改まった様子に、私は嫌な――と言うより少し不安な気分になった。

「どうしたの?」

「うん、それがね……」

 たもっちゃんは言い淀むふうに言葉を切って、黒いメガネの奥で目を伏せる。それはわずかな時間のことだ。すぐに視線は上げられて、真っ直ぐに私の姿をとらえた。

 そして彼はピースサインをメガネの上から片目に当てて、悪びれもせずてへぺろと言った。

「何か、今日から渡ノ月になったっぽいっす」

「だからそんな大事なことは早めに言えとあれほど……」

 言われるまで全く思い出しもせず、なにも考えてなかった自分のことは高めの棚に置いておくものとする。

 我々は、空から月がなくなって天の加護が薄くなる渡ノ月と相性が悪い。

 渡ノ月に二回連続同じ土地にいると、悪魔きたりて笛を吹く。いや、笛は吹かないかもしれないが、悪魔的なものがくる。

 またさらに、悪魔の息吹きに汚染され手先となった怪物もいる。それらが眠る地面の上で渡ノ月を迎えてしまうと、災害レベルの怪物を目覚めさせてしまうのだ。

 これが、たもっちゃんと私が背負う異世界転生のバグである。天使の上司さんもこれ、どうやら把握してなかったっぽい。

 たもっちゃんと私はなんか手近にいたレイニーをまじえ、緊急対策会議を開いた。ごうごうと流れる大河のそばで、川原に屈んでひそひそ話してただけの気もする。

「でもさ、ここら辺くるの初めてだからセーフじゃない?」

「残念。大森林どこでも大体何か埋まってるっぽい。渡ノ月にいるだけで多分怪獣大戦争」

 マジかよなんなの大森林。

 そもそも逃げる必要はあるのか、と。ふと思い付いた私の希望ははかなく消えた。取り急ぎ、どこかへ逃げることにする。

 天の加護が最弱になるのは三日間の渡ノ月の、初日の夜から三日目の朝だ。ならば今日の夜になるまでに、どうあっても大森林を出たほうがいい。

「この障壁ね、ちょっと待ってたら割とすぐ消えるんで。心配いらないんで。あと、猫。多分襲いはしないと思うけど、お肉置いて行くから障壁消えたらすかさず焼いて。そんで、あげて。これ、フライパン。それと、油」

 たもっちゃんは人間を二人ほど閉じ込めた障壁の前に土魔法で小さめのかまどを作り、肉を用意し、フライパンと油をそっと置きながらに言った。

 そのフライパンは前に大きさが中途半端で意外に使い難いと言っていたやつだった気がするが、きっと偶然なのだろう。

 障壁の中に閉じ込められているのは、薬売りの二人だ。

「これはなくないっすか!」

「質問に答えない上に、これはないっす!」

 魔法でできた強固な壁を内側から叩いて抗議する彼らに、私は察した。なに一つごまかせてないのだと。

「たもっちゃん」

「無理だよ。何も思い付かないもん」

 あんなのムリムリとぱたぱた手を振る幼馴染に、それなら仕方ないと私はうなずく。ごまかしかたがなにも思い付かなくて、たもっちゃんに丸投げしたのはこちらが先だ。

 昨日知り合ったばかりの人を軽く監禁すると言う荒業をくり出し、我々は逃げた。

 ちょっとだけ、あの大きな黒ネコが付いてくるかなと思ったが、全然そんなことはなかった。たもっちゃんが用意した、あとは焼くだけのお肉セットに釘付けだった。寂しい。

 なぜこんなまねをするのかと、眉をひそめたのはテオだった。まあ、解る。なので、薬売りを隠密とうっかり見破ってしまい、困った。あと、我々は渡ノ月には注意しないと怪獣大戦争になる。そんな説明を簡単にした。

 その結果、「お前達は呪われているのか」と。テオはものすごい顔で頭をかかえ、聞きたくなかった! などと叫んだ。まあ、解る。

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