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85 薬売り

 ネコが鍋に夢中だからよかったものの、と。

 テオにはものすごく怒られた。

 ネコが鍋に夢中って、語感が強いな。そんなことを思いながら怒られていると、どうやら強そうな魔獣がそこにいるのにひょいひょい障壁の外へ出たのがまずかったらしい。

「違うよー。出たんじゃないんだよー。金ちゃんに連れて行かれたんだよー」

「黙れ」

 はい。

 一応は嘘じゃない言い訳は、うろんなものでも見るようにテオが灰色の瞳を細めたことで瞬殺された。

 これは今回だけの話ではなく、大森林に挑む者としての心構えの問題らしい。

 なお、そんなお説教を延々と私がテオから受けている間、たもっちゃんやレイニーやトロールの金ちゃん、食べれるだけ食べて行こうと決意しているかのような薬売りの二人は、外側さっくり中はふわふわの焼きたてのホットケーキを食べるなどしながらその様子を見物していた。

 解せぬ。


「あっ、この木っす。ここっす。この色が違う所っす」

「こうやって色の変わった部分が、結構いい染料になるらしいっす」

「へー!」

 二人の薬売りに教えられ、うちのメガネが森の枯れ木をごろんごろんと転がした。

 確かに二人が指さす枯れ木は、一部があざやかな翡翠色になっている。これが染料になるらしい。

 もっと探すとほかにも赤や、青や、オレンジや、黄色。目に痛いようなピンクになった枯れ木もあった。

 こんなふうにカラフルな枯れ木は、湿った森で獲れることが多い。

 だからちょうど大きな川や滝が近くて、谷底からいつも水煙が吹き上げてくるこの森は条件にぴったりなのだとか。

 そうして倒れて枯れ果てて、一部の色が変わった木にはなぜだか同じような色合いのカラフルなきのこが生えていた。

 きのこを生やしているのと同じ、きのこ的ななにかの菌がどうにかこうにか作用して枯れ木をこんな色にしているそうだ。詳しいことは聞いたけど忘れた。

 これがいい染料になると言うなら、素材としても売れるのだろう。しかし、たもっちゃんが集めているのは自分の趣味のためだった。

 先日獲ったファンゲンランケの素材と合わせて、ステンドグラスみたいなものを作ってみたいとのことだ。

 素材から集めてガラス窓を作るなら、色を付ける素材があると教えてくれたのは薬売りの二人だ。

 なんでそんな話になったのかと言うと、私のズボンがいまだにぱりぱりしていたからだ。

 どうしたのかとたずねる二人にメガネがへらへら私の失態を吹聴し、なぜか会話がとんとん弾んでいつの間にか森で染料を探すことになった。

 自分たちで採集して売ればきっとそれなりの収入になるのに、薬売りが教えてくれるのは好意からのことだろう。食事のお礼もあったかも知れない。

 ありがたい話だ。

 しかしそれはそれとして、私の失態を言いふらすメガネの行いはいまだに納得していない。してないからな、あのやろう。

 たもっちゃんと薬売りがせっせと集めたカラフルな枯れ木はきのこを落として一ヶ所に集め、余計な部分を削った上で私の前に積み上げられた。

 アイテムボックスに入れるんですね。解ります。私はアイテム袋でごまかしながら、女優の才能を発揮した。

 枯れ木を削って染料の部分だけにするのは、テオとレイニーの担当だ。きのこを落とした枯れ木なら、動植物に不殺の誓い的なことを言ってる天使も手伝えるらしい。

 それぞれせっせと作業する内に、なんだかあっと言う間に日が暮れた。

 お昼のお鍋をだらだら昼下がりまで食べ続け、怠惰にもそこかさらに焼きたてのホットケーキと備蓄のプリンでおやつにもした。そもそもスタートが遅かったのだ。

 我々がそうして森で枯れ木を集める間、うちのトロールは大きな黒ネコと川にいた。なにをしているのかと思ったら、どうやら魚の乱獲勝負をしていたようだ。

 迎えに行ったらぬめぬめとした紫色の。恐い顔をした魚の山が川原に二つできていた。

 量的に言うと、今日一番働いたのはトロールの金ちゃんと黒ネコだ。ネコは遊びながらに自分の食料を獲っただけと言う気もするが。

 たもっちゃんの指示のもと、全員で切り身にした魚にミントブルーの小麦粉や卵、大量に削ったパン粉をまぶして全身が油のにおいでそまり切るくらいにフライを揚げる。

 そのフライは上がった端からさっくさっくと金ちゃんと黒い大ネコが食べ尽くし、揚げても揚げても終わらないなんかそう言うマニアックな地獄のようだった。

 トロールとネコが食べ飽きて、残ったフライが人間どもの夕食である。恐い顔の魚はフライにしてもおいしくて、とんかつソースかウスターが欲しい。

 たもっちゃんもソース的なものを作ってはいて、それはそれで悪くない。しかし人と言うものは、ついつい遠いあの日の思い出の味を追い求めてしまうのだ。既製品のマヨネーズとか。

 フライ地獄を乗り越えて少し遅くなった夕食後、薬売りの二人は調理主任のうちのメガネに一本のポーションを差し出した。

「受け取って欲しいっす」

「分けてもらった食事の礼っす」

 いやいやいいよそんなの、と。

 たもっちゃんはびっくりしたみたいな顔で、両手を突き出し二人とポーションから距離を取る。

「染料の事も教えてもらったし、手伝ってもらったし、揚げ物までさせちゃったし。もう充分だよ」

「そうは行かないっす。大森林で食事を分けてもらうなんて、相当な事なんす」

「そうっす。命を救われたのに近いんす。でも、それでも受け取る訳に行かないって言うなら、このポーションで買えるだけおやつ分けて貰えると嬉しっす」

 甘党らしい片割れの言葉に、もう一人の薬売りが相方の頭をかぶった笠ごと思い切り殴った。グーだった。

 しかしこの申し出は、こちらにも悪い話ではなかったようだ。

 たもっちゃんは木の板に保存と冷却の魔法陣を刻み、プリンやブルッフの実のスイートポテト、ホットケーキなどを載せて渡した。

「ちょっとかさばるけど、アイテム袋あるなら平気だよね。魔法陣にはめいっぱい魔力込めといたから、結構もつと思う」

 できればプリンから食べて欲しい。仕事用のアイテム袋におやつ入れると怒られるかも知れないけど、こっそりしまっとけばいいよ。

 そんなことを言いながら大量のおやつを渡していたので、もらったポーションはかなりいいやつだったのかも知れない。

 そんなことがあって、夜。

 きっかけは、ほんのささいなことだった。どうにも気になってしまっただけだ。

 薬売りってあのしゃべりかたって決まってるのかな。仕事してなくて怒られたらしい温泉地の薬売りも口調が全く同じだし、社員研修で叩き込まれたりするのだろうか。

 私がぽろっとそんなことを言ったら、ひどくおどろいたのは当の薬売りたちだった。

「えっ」

 と二人は口をそろえて息を飲み、「どこっすか! どこが気になるんすか? 癖とかないと思うんすけど!」などと、ツッコミ待ちのようなことを言う。

 しかし身を乗り出すようにして、ずいずい迫ってくる彼らはどうもふざけている感じでもない。

「いや……うん。変じゃない変じゃない」

「うん、ヘーキヘーキ。そんなもんだった」

 嘘だ。

 たもっちゃんと私は薬売り二人の妙な勢いに気圧されて、子供が中学の入学式当日の朝に前髪を切りすぎてしまった時の親みたいな感じで優しく残酷にごまかした。

 我々は、そこでやっと気が付いたのだ。これはなんだか、様子が変だと。

 あとでテオとレイニーに確認したら、彼らには普通に敬語を使っているように聞こえるらしい。

 ちっすちっすと妙に軽く聞こえているのは、たもっちゃんと私だけのようなのだ。

 では、なぜ私たち二人だけ違うのか。

「何かさー、俺ら聞くのと話すの自動翻訳になってるっぽいじゃん? あれがさ、普通は解んないレベルの特徴を独特の感じで翻訳したら雑な運動部みたいになるみたい」

「なぜなの?」

 もっとほかになかったの?

 薬売りはみんな同じ里の出身で、その里は隠密たちの集団らしい。マジ忍びの隠れ里。

 子供は隠密として育てられ、一人前になった彼らは街や貴族の邸宅や、王の城から大森林までどこにでもひそんでいるそうだ。草。

 さすがに気になり薬売りをガン見などしたら、なんか色々解ったようだ。たもっちゃんがこっそり教えてくれた。

「ちなみに最初のダンジョンで会ったビートもその里の出身ね」

「あいつマジで忍びの者なの?」

 なんか、とりあえずお金返して。

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