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84 大型のネコ

 恐い顔の魚は、あっつあつの鍋になった。

 皮は硬く、それでいてぬめぬめとして、そして色は紫だった。できればもっと、自分を大事にして欲しい。保護色的な意味とかで。

 しかし包丁を入れて切り分けてみると、その身はどこまでも白かった。見た目も味も、名実共に白身魚だ。その事実に私は、全てのことを大体許した。

 白身の魚は火を通すとほろほろとやわらかく、アラも一緒にお湯で煮込むとよくダシも出た。味付けは塩だけにも関わらず、お鍋全体にうま味が回って謎野菜もおいしい。

 また、魚には卵を持ったものもいた。もしかすると地球の魚と同様に、この魚たちも産卵のために遡上している途中かも知れない。生命の神秘だ。食べるのはやめないが。

 魚の卵は赤い。紫でなくてほっとした。これも煮込むと濃厚で、そのまま食べてもおいしいがお椀の中でダシに溶かすとカニミソのスープみたいな味になる。よい。とても。

 このクソ暑い夏の日中に鍋とかバカじゃねえかと思ったが、全員で汗だくになりながら熱中して食べた。おいしかった。

 生の魚にかじり付こうとしていた金ちゃんも、この鍋は気に入ったようだった。我々が大人四人でも一匹あれば持て余す魚を、見る間にどんどん吸い込んで行く。

 我々はこの食事を川原に近い森の中、障壁を張って取っていた。

 一応、失敗から学んでいたのだ。大森林で料理のにおいをぷんぷんさせたら、魔獣とかが飛び込んでくると。

 この障壁ではにおいの拡散を防ぐことはできないのだが、それでも魔獣が飛び込んできて料理がダメになることもない。

 はずだった。

 いや、実際料理はちゃんと食べられたし、魔獣が飛び込んでくることもなかった。ただ、別のものが飛び込んできた。

 二人の薬売りである。

「申し訳ないっす。ちょっと助けて欲しいっす」

「怪しいもんじゃないんす。だから入れて欲しいっす。こん中、入れて欲しいっす」

 大きな木箱を背中に負い、植物で編んだ円錐の笠を頭にかぶる二人組。

 溶岩池の周辺でブルッフの実を一緒に収穫してくれた薬売りと全く同じ格好の二人は、レイニーの張った障壁をコココンココココンと高速で、なぜか必死に叩き続ける。

 その理由は簡単だった。彼らの後ろを、大型のネコっぽい魔獣が追い掛けてきていたからだ。あれは多分、肉食だろう。追い付かれたら、頭からかじられてしまうに違いない。

 これはしょうがない。みたいな気持ちで二人を障壁の中へと入れ、それからほどなくして知った。そもそも彼らが追われていたのは、まあまあ我々が原因であると。ごめん。

 その恥ずかしい事実が判明する前に、たもっちゃんは食事を二人にも分けた。

 おっさんの足ほどもある魚を持て余していたところへ、ちょうどよく胃袋がきた。そんな心の声を私は聞いた。

 ちょうどいいと言う理由で振る舞われた料理を、薬売りの二人は素直によろこんだ。

「いい匂いすると思ったんすよね」

「大森林で料理するなんて大勢で狩り遊びにきた貴族くらいのもんすけど、それにしては少人数だし、だったら話に聞いてたミトコーモンご一行じゃないかって言ってたんす」

「待って」

 なんでパーティ名まで知ってんだと思ったら、前に会った溶岩池と温泉辺りを担当する薬売りが報告を上げ、その情報が薬売り全体で共有されているらしい。

 ついでに、その薬売りは最近は温泉地ばかりに入りびたり、ほかの担当区域をおろそかにしていたことまでばれてすごく怒られているところだそうだ。なにやってんだあいつ。

「素材か薬で何か食べさせてくんないかなーって、匂いたどって探してたんす」

「そしたら、ばったり魔獣と鉢合わせしちまって。いやー、参ったっす。あっちも料理の匂いに誘われたんすね、きっと」

 はふはふと熱い鍋にがっつきながら、二人はちょっと失敗しちゃったみたいなテンションでてへぺろと話す。

 ……いや、私もね。思ったんだよ。

 大森林の薬売りなら、大森林に慣れているはずだ。それなのに、あんな大きな魔獣に追われるなんて一体なにをしているのかと。

 そしたらさ、原因は大体我々だった。我々と言うか、メガネの料理の。世の中、思いもよらぬ落とし穴があるものだ。ごめん。

 薬売りを追い掛けてやってきたネコは、ヒョウかトラのようにも見えた。

 全身の毛は艶やかな黒一色で、黒ヒョウなのかと思いもするがサイズが違う。私の思うネコ科の大型動物よりも、倍くらいは大きい。と思う。動物園の遠い記憶と比べると。

 つんととがった耳のそばには、左右にそれぞれ魔石のように光るツノが生えていた。さらに、ほっそりと優雅に長い尻尾は根元で二本に分かれ、先にはぎざぎざ連なる鋭い爪のようなものがある。

 全身凶器感のあるどっしりとした大きなネコは、音を立てないしなやかな足で障壁の外をぐるぐるぐるぐるうろついていた。お鍋のにおいが気になって仕方ないようだ。

「たもっちゃん、お鍋ちょっとあげていい?」

「野生動物に人の食べ物はどうだろ」

 味を覚えて、そのために人を襲うようになるかも知れない。そうなれば人間もこの魔獣を狩らねばならず、お互い不幸でしかない。

 野生動物との共生について。たもっちゃんによる、モラルいっぱいのお話である。

 ぶち壊したのは薬売りの片割れだ。

 ほろほろと煮えた魚を頬張りながら、お箸の代わりにフォークを持った手を振って言う。

「いやー。大森林の魔獣なんか、人を見たらとりあえず襲ってくるもんすよ。味覚えるとか、多分関係ないっすね」

 雄大すぎる大森林ともなると、魔獣がアグレッシブに獰猛で逆にどうでもいいらしい。

 恐怖の実のボウルに魚のアラや身を鍋から移し、障壁から手だけを出してネコがいる川原の石の上に置く。ちょっと安定が悪かったので、ボウルの下を石で囲んで固定した。

 大きなネコは二本の黒い長い尻尾をピンと立て、ふんふんとボウルに鼻を近付けてかぐ。それからぐるぐる喉を鳴らして、うにゃにゃぐるぐるごろごろうみゃい! みたいな声を上げながらガツガツと勢いよく食べた。

「しゃべった。今こいつ絶対しゃべった」

「しゃべってないしゃべってない。何で猫好きってそれ言い張るの?」

 ごるごると喉を鳴らしてがっつくネコを見ながらに、障壁の中で一緒にしゃがみ口々に言い合っているのは私とメガネだ。

 いやいや今のは絶対しゃべっただろと強く主張する私の横で、もう一人、トロールも大きな黒いネコを見ていた。その顔はなんだか興味深げで、どうしたのかと思ったら見てたのは多分ネコじゃなく固定したうつわだ。

 金ちゃんには腕が一本しかない。ごはんを食べる時はいつも私が食器を押さえて手伝っているが、それも面倒だったのかも知れない。

 そうや。お茶碗とか石で固定しといたら、一人でメシ食えるんやんけ。

 そんな気付きを表情ににじませ、金ちゃんはこれでもかと川原の石を集め始めた。

 ただ、どうやら生来ワイルドなトロール。集めてくる石と言う石が大きい。

「金ちゃん、金ちゃん。大きい大きい」

「テーブルくらいある。その石、一人暮らしのローテーブルくらいある」

 食事用に張った障壁の中が、漬物石や岩に近いサイズの石でみるみる圧迫されて行く。

 どうすんだこれ。と、私は思うだけだったけど、たもっちゃんは違った。

 最初は一緒に困っていたが、なんか逆にいけるかも知れないとか言い出してテーブルサイズの岩を両手でなで回す。なかなかにレベルの高い変態のようなおもむきがあった。

 上の部分が割と平らなその岩を、たもっちゃんはこりこりこりこり魔法で削る。実際に食器を載せてみながら調整を重ね、しばらくするとお椀の形に溝がぽこぽこ何個も彫られた石のテーブルが異世界に生まれた。

 その溝は全て、手持ちの食器の底の形に合わせてあった。そこに食器をはめ込むことで固定され、私がお皿を押さえてなくても金ちゃんが片手で簡単に食事ができるようになる。

「便利。これ持って行こ」

 私が言うと、メガネはなんだか満足そうにうなずいた。製作者の顔だ。

 金ちゃんは食器に合わせた石のテーブルを試しがてらになんとなく食事を再開し、最終的にはあの大きな魚を一人でぺろっと一匹くらい食べた。

 火を通した魚の味が気に入ったのだろう。

 金ちゃんは食事を終えるとまだ魚の遡上が続く川にざぶざぶ入り、クマの漁法で追加の魚をぽいぽい獲った。

 川原に結構な量の魚の山を作り上げ、若干魚くさいぬれた手で私を軽々と捕まえる。なんなのかと思ったら、さあ保存しろとばかりに山となった魚の前に連れて行かれた。

 複雑だ。うちのトロールが私を便利に使おうとしてくる。

 その一連の様子をじっと見て、そして素早く動いたのは黒い大きなネコだった。さっと影のように跳躍し、ざばりと川に飛び込んで再び水から出てきた時には口と二本の尻尾の先でそれぞれ魚がびちびちしていた。

 三匹の魚を川辺の砂利の上に置き、ネコは甘えるように喉からごるごる音を出して鳴く。

「ごあん」

「ねえ、今こいつ絶対しゃべったよ」

「リコ、一回落ち着いて」

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