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80 謎の肉

※虫注意。

 親分の安全は割とすぐに確保された。

 ギルド長と副ギルド長であり装備とキャラのかぶったばいーんとした美女たちは、貴重なグランツファーデンの危機を知りそれはいけないといそいそ張り切って温泉の警備を約束してくれた。

 ビキニアーマーと露天風呂の親和性は深い。

 そうして我々は安心し、いよいよ大森林での冒険に踏み出すことになったのである。

 いや、踏み出したはずだった。

 一つ、言っておく。

 大森林は広い。

 どこを見ても葉っぱや草がおいしげり、にょきにょきと太い木々が生え、空気には葉緑素がにじみ出している。本当ににじんでいるかは知らない。でも、そんな気がするのだ。

 そしてこの深く濃厚な緑の森が、無限に続く。嘘だ。多分、無限ではない。

 だが少し開けた場所から見ても、視界の全てが薄い緑とほどほどの緑とものすごい緑だ。

 その緑の向こうにはうっすらかすむほど遠く、てっぺんに雪の掛かった山がある。おどろくべきことに、その山を越えてもまだ大森林の中らしい。これはもはや無限に近い。

 そんな広大な森の中で、我々は。

 我々と言うか、たもっちゃんは。

 ひたすら料理ばかりしていた。

「俺、大森林にきたら冒険が待ってると思ってたんだ……」

 森の中にぽこぽこかまどを造成し、地面にしゃがんで大きなフライパンを見詰めて呟く。たもっちゃんのその顔が、完全に釈然とはしていなかった。

 まあ、ムリもない。

 たもっちゃんは料理も好きだが、冒険も好きな変態だ。

 ゲームとかで見たやつだとテンションを上げる大森林の中にいて、こんなに料理ばっかりすることになるとは思ってもいなかったに違いない。

 どう見ても納得してないうちのメガネに、まあ待てと。着々とできて行く料理に熱っぽい視線をそそぎつつ、ふさふさと尻尾を振っているのはキツネっぽい姿の獣族だ。

「仲間がよ、食材になりそうなもん獲ってくるっつってたからよ。な? まァ、もうちょっと料理作ってけよ。な?」

 な? な? としきりにメガネをなだめるキツネは、我々が最初に大森林に入った時に、休息地でなぜか開くことになったメガネ食堂に通い詰めていた冒険者の一人だ。

 もう一度言うが、大森林は広い。ものすごく広い。

 休息地か冒険者の間で有名なスポットでもなければ、知り合いどころかほかの冒険者とばったり出くわすこともほとんどないのだ。

 でも、なんか再会してしまった。

 めずらしめの素材を求めてちょっと森の奥へ入ったら、すぐに会って奇遇だねとばかりに捕まった。

 こんなに広い森の中、特になにもない場所で。こちらも移動中なら、あちらも移動中だった。もはや運命なのではと、疑うレベルの偶然だった。

 もっふもふの長い尻尾や、短くぴこぴこ動く尻尾や、ぼそぼその毛筆みたいな尻尾をうれしげに振って、獣族のおっさんたちはメガネの料理を熱望した。

 そのおっさんたちは今、ほとんどが留守だ。適当に張ったベースキャンプにキツネを残し、狩りに行っているからだ。

 どうやら彼らは料理の礼に、大森林のめずらしい食材でも取ってくるつもりでいるらしい。

「で、なんでそんな顔で帰ってくんの?」

「やめておけばよかった……」

 テオは深く後悔している様子で、大きな手で目元を押さえて口をぎゅっと引き結ぶ。

 彼は獣族たちと狩りに行き、たった今戻った。

 たまには普通の冒険者のように、普通の狩りがしてみたかったらしい。ごめんな。よく解らんが、きっとうちのメガネが普通じゃないのだ。大体の感じの変態なのだ。

 狩りの成果はすでに獣族たちにより、たもっちゃんの所に集められている。しかし、なんと言うか。その様子が変だった。

 まずは、肉。すでにブロック状に切り分けられた謎の肉だが、これはいい。たもっちゃんは大体おいしく調理する。

 次に目立つのは、木の実や果実。その辺で適当にむしったらしいが、なんかいい感じにおいしいらしい。これにも、まあ文句ない。

 問題は、それらとは別の麻袋に入れられて、もぞもぞとうごめく謎のなにかだ。

「おめェらあれだろ? ヤジス食うんだろ? だったらこれもイケんぜ多分」

 白と黒の毛皮を持ったアナグマみたいなおっさんが、短い尻尾をぴこぴこさせてうれしげに言った。正直、その時点で嫌な予感しかしなかった。

 さあ遠慮なくよろこべと、わくわくした顔でアナグマが隣の仲間に合図する。

「うまいぞー! シュランクフライシュは」

 その声と同時に、麻袋を広げて見せたのは左右に一対のツノを持つバイソンのような大柄な男だ。

 この男は寡黙だが、ぼさぼさの筆みたいな尻尾がばしんばしんとムチのように振れている。よろこんでもらえるに違いないとばかりに、うれしげに。

 我々は……。私は……。

 まるで子供のようにきらきらと、悪気なく期待するおっさんたちを裏切れなかった。いつもは読めないその場の空気を、この時は逃れがたくひしひしと感じた。

 そこに絶望がうごめいているのを承知の上で、我々は麻袋の中をのろのろと覗く。

 いや、たもっちゃんは最初平気で覗いた。あいつはおいしければなんでもいいので。

 しかしいざ中身を目の当たりにして、スンッと表情を失った。

「……たもっちゃん」

「うん……」

「これさ……」

「……うん」

 虫、だよね。生々しいタイプの。

 最後のセリフは言葉にはせず、お互いに、にごった目で会話した。

 麻袋の中でうごめいているのは、赤紫で細長いたくさんのぷにぷにした虫だった。

 シュランクフライシュと言うその虫は、土の中にいるらしい。直径三、四センチの細長い体はヘビに近いが、五十センチ前後の体の両端は丸っこく頭がどちらか解らない。

 私知ってる。これがもっと小さいと、多分ミミズって言うんだぜ……。

 このビジュアルに、うちのメガネもさすがに引いた。だってミミズだ。仕方ない。

 テオは大森林で普通に魔獣を狩ったあと、地面からこの虫を掘り起こすのを手伝わされていたらしい。泣いたっていいと、私は思う。

 たもっちゃんは苦悩した。

 かなり大きめのミミズを前に、ものすごい薄目でガン見していた。しばらくそうして、わくわくしているキツネとアナグマとバイソンを一度そっと振り返り、覚悟を決めた。

 結論を言うと、シュランクフライシュは美味だった。罪深いほどの味なのだ。

 調理法はシンプルに、切り開いた身を洗いクセの少ない酒で蒸し焼き。味付けは塩。ふんわりとやわらかく、赤紫でありながら白身っぽい肉質にこれがよく合う。

 その味は、我々を苦しめた。主に、たもっちゃんとテオと私を。見た目と味のあまりのギャップに、気持ちが付いて行かないからだ。

 そして、私とメガネはぼう然と呟く。

 知っているのは我々二人だけだった。

「かば焼きのタレが欲しい……」

「わかる……」

 神よ、なぜですか……。

 なぜ、この冷たい土の中でうごめく虫に、うなぎの味をお与えになったのですか……。

 神よ……。

 この凶悪な神のいたずらに、私たちの心はかき乱された。思わず人生で初めてくらいの真摯さで、神に問う。返事はなかった。

 たもっちゃんの料理と我々のリアクションに、獣族のおっさんたちは満足したようだ。そもそもお互い目的地が違うこともあり、この謎の集まりも翌日には解散になる。

 だがその前に一度だけ、彼らが魔獣を狩る場面を見る機会があった。実を言うと、こんなに間近で狩りを見るのは初めてのことだ。

 草をむしりながら遠目に見るくらいなら今までもあったが、いつもはすでに仕留めて血抜きした魔獣をアイテムボックスに収納するだけのお仕事なのだ。

 そんな時、いつもうちのメガネは大きな魔獣にロープを結び、丸ごと魔法で宙に浮かべて風船みたいにして戻る。しかし浮かべているのは魔獣の死体だ。あれほんと、人間性を疑いたくなるからどうかと思う。

 大型犬サイズの鳥の魔獣が文字通り、我々のベースキャンプに飛び込んできたのは食事の準備をしていた頃だ。どうやら料理のにおいに誘われたらしい。調理担当のメガネには、深く反省してもらいたい。

 獣族の狩りはあざやかだった。

 相手は空を飛んでいる。上のほうから攻撃されると、ものすごくやり難いそうだ。しかし体の大きなバイソンはひるまず、トゲの付いたこん棒で鳥のこめかみを的確に叩いた。

 地面に鳥が落ちた瞬間すかさずキツネが膝で押さえ付けるように上に乗り、ばさばさ暴れる羽を折る。ほとんど同時にアナグマが素早く背後に回り、鳥の頭をぐいと上げるとそらした首元をすぱりと切った。

 それが全てあっと言う間で、私はあわてたり恐がったりするヒマもなかった。

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