797 にんげんたち
小さな虫との闘いは実に厄介なものである。
……なんかこれ、同じことを割と最近言ったような気がするな……。
で、どうするかと言う話だ。
まず、愚かなるにんげんたちの頭に浮かんだのは駆除の二文字だ。
毒餌を置いて駆除対象の虫を待ち、そうとは知らず彼らが自分で毒餌を運んで巣で待つ仲間まで一気に殲滅する方式などの。
ただこれは、愚かでないにんげん及び森に親しむエルフたちからかなり強い難を示された。
「そこまでは……。こうなる以前はうまく付き合ってきた訳ですし……」
「虫であろうと、ただ必死に生きているはず。このままでは困るが、どうにか住み分けができればそれで……」
「共生の道を選ぶと言うの……? エルフの里、アリの軍勢から思いっ切り略奪の憂き目に遭っちゃってんのに……」
その野生生物に対する深い理解と慈愛はどこから?
生まれ育った大切な故郷をアリがせっせと積み上げた小石の山で埋められそうになっていながらに、まだ掛ける情けがあると言うことにおどろく。
さすがエルフさんやでえ……。
ちょっと意味は解んないですけど……。
――と、私などは純粋かつ素直に受け止めていたのだが、よくよく聞けば慈愛とかじゃなかった。
それもあるのかも知れないが、もっと現金と言うか……現金になりやすいと言うか……。
エルフらの寛大すぎる反応に感心のような、なんか訳解んなくて引いちゃうみたいな気持ちになっているところへ、ぼそぼそと届いたのはこんな言葉だ。
「ヴァルトバオアーの茸がないと、万能薬のグレードが……」
言ったのは、エルフにまぎれ、しかしエルフではなく普通に人族の青年で、しかしエルフの里で恋人――いや、もしかしたらもう伴侶なのだろうか。
――とにかく、美しいエルフの女性とエルフの里で共に生きることを選んだ、某うちの院長先生たるユーディットの実子、その人である。
元はクレブリの若き城主としてなんか色々調整とか交渉とか手配とかをしてきた経験を活かし、エルフと人族が取り引きする時などにアドバイザーとして手腕を発揮。
少しずつ信頼を積み上げ、まあまあ頼りにされている青年はもはや、普段は里にめちゃくちゃなじんででどこにいるのかよく探さないと解らないレベルにまでなっていた。
正直、毎年エルフの里でぐだぐだしてるのにめちゃくちゃ久しぶりに見た。元気そうでなによりだと思います。
ちなみに、それ、なんだっけ。と思っていたら、ヴァルトバオアーは大森林に生息する大きめのアリのことだった。そうだっけ……。
多分、だいぶ前にそう教えてもらったような、それでいてうっすらとした記憶の中にもうなにも思い出せない感じの忘却のかなた。よくある。
そして、これはそんな彼の呟きでふと、なんとなく、急に思い出しただけなので実際それと関係あるかどうかは全然解らない、のだが……。
とりあえず、エルフの万能薬、稀少性と効能の高さでだいぶ高値で取り引きされるらしいです。
なんでしょうね。この胸に広がる「なるほどね……」みたいな、よくしみる気持ち。
下世話な動機がうっすら見えて、ものすごく腑に落ちちゃった……。
以上を踏まえ、エルフの里側のご意見をまとめてみるとこうである。
里がアリに占拠されたままは困る。
さりとて駆除してしまうのは忍びない。
命なのだもの。
質がよく高値が付けられる万能薬を作るため、どうしても必要な素材のキノコを巣穴でせっせと栽培するタイプの。
私は、うーん、と腕組みをして、大森林の、ぱっと見は雑草のようでありながら種類によってはサイズが見上げるほどもある草木にあふれた原っぱで、エルフやメガネがうまいこと延焼しないよう安全に配慮して灯したたき火へと視線を落とした。
「どうだろ。この、生きとし生ける命を尊重するようでいて割と自分の都合も強めの感じ」
「は? 何? 俺のエルフさん達が何か間違ってるとか言いたいの?」
エルフなのに? 存在自体が尊いと言うのに?
矮小なる人間ごときが調子に乗るなよ!
たもっちゃんはそんな強すぎる憩いで、あくまでも個人の感想である私の呟きにめちゃくちゃ横から噛み付いてきた。
自分だってだいぶ愚かなほうの人類だと言うのに。人はなぜ、自分だけはちょっと違うと思い込んでしまうのだろうか。恐ろしい。お前もこっちだ。確実に。全然こっち側の人間なのだ。
しかしメガネはついでのように、「リコのご飯は明日も明後日もずっとカレーだからね! カツもエビフライも載せてあげないんだから!」などとも言っていたので、内容の軽さに反して私にだけ非常に由々しき事態がもう一つ発生しようとしていた。
カレーはもういいよお……。隠し味の黒糖でちみちみ責めてくるのやめてよお……。
せめてカツとかエビフライはいっぱいのっけてくれたらいいよお……。
と、まあ、こんな感じで私のなけなしの良心とあるかないのかすら解らない察する能力を全方位からつつき回され責められて、さすがに自分でもちょっとどうかなとうっすら思うところがあった。
ここまできても「うっすら」で済ます辺り、最高に私ではある。
巨大な雑草に囲まれた森か林のような原っぱで安全に配慮したたき火を囲み、いやどうする。どうするもこうするもやるしかねえだろ。方法は知らん。みたいな感じでうんうんとうなり、話し合い、全然なんの実りもなくとりあえず体力の限界と言うのっぴきならない事情によって一旦解散。
我々にはエルフの里の住人たちが以前、完全なるご厚意でつくってくれた持ち運び式古民家があったが、すぐその辺ではエルフさんたちが布、またはやたらとでっかい葉っぱを重ねた簡易テントや小屋ですごしていた。
あまりにも気まずい。
元凶である我々が自分たちだけいつも通りのこの家で寝泊まりするのは道理に反する気がすると、エルフの里長に頼み込み古民家はエルフの長老たちや小さな子供に使ってもらうことにした。
つる性の草で作ったベッドマットもいくつかあるから出せるやで……。
エルフらは我々よりも社会性が高いのでそんなことはしなくていいと遠慮を見せたが、その遠慮も一瞬で割とあっさり折れてくれた。
一応の様式美として遠慮したのもあるのはあったかも知れないが、我々が「元凶、一番いい家で寝るのよくない」と、死んだイカのようなどろんとした瞳で言うのを見、まあ……せやな。みたいな感じでだいぶ納得したふうでもあった。せやろ。
いついかなる時も食べることと休むことに余念のない我々ではあるのだが、どうしたものかと悩むあまり逆に全てから逃避するように深く熟睡。
翌朝も、朝食に少々遅れるくらい寝すごしてしまった。
反省が態度に出なくて誤解されるタイプって、いるよね。かわいそう。私がそうとは言いませんけども。
で、そんな調子だったので、ちょっと一夜明けたくらいでは特になにもいい方策など思い付くはずもなく。
少し遅い朝食の席でああだこうだと言い合い、ぐだぐだの議論の末にとにかくできることからやってみようと方向だけは前向きにまとまることになる。
前向きの姿勢、大事だよね。
全然なにも解決してないし、解決の糸口さえも見付かってないけど。
なお、関係ない話ではあるが朝食のメニューは私だけフライ系トッピングなしのカレーだった。たもっちゃんは有言実行の男なのだ。
この仕打ち、私の身から出たサビだとしても、多分ずっと忘れないです。
と、見ての通り、さすがの我々も責任を感じていた。見ての通りってなんだっけ。
ただ実際、反省はしている。
我々にしては事態を重たく受け止めるあまり、身内――主にメガネと私の間で責任のなすり合いをくり広げるほどに。……って、思ったけどこれは我々にはよくあるやつなのでちょっと気のせいだったかも知れない。
まあ、とにかく。あくまでも我々なりにではあるが、なんとかせねばと思っていたのも本当ではある。
そこで、数々のやらかしの中でもまあまあ追い詰められた状況でどうにかひねり出した作戦がこちら。
「アリくん! 黒糖だよ!」
エルフの里から近すぎず、遠すぎず、ほどよい地点での開催となった黒糖配布会である。
「黒糖だよお~!」
「みんな大好き黒糖だよぉ~!」
そこには力の限り声を張り上げ、土俵入りの力士よろしく黒糖をどすこいと振りまく我々がいた。見て。このにじみすぎる必死さ。
あれよね。結局、原点回帰よね。
4話更新の1。




