796 荒ぶる金ちゃん
大森林の実りも厳しさも、ありのまま受け入れ生きるエルフたち。
そのせいなのだろうか。説明がだいぶざっくりすぎて、もうなにも解らなかった。私があんまり人の説明を聞いてないと言うあれは、今回に限り影響しないものとする。
なのでまあざっくりした理解ながら、大きめのアリでも体長に対して重たげな、無数の石を積み上げて山とするのはそれらの持った習性らしい。
ではなんの目的で、そしてどんな効果を期待してアリたちはそんな重労働をこなすのか。
この答えもまた、ただただ本能と筋肉、そして意外に深い慈愛によってゴリゴリ生きる金ちゃんが実践で教えてくれた。
お気に入りのこん棒を美しいバッティングホームで振り回し、ホームランとばかりに小石の山を打ち壊す金ちゃん。
ハムスターや手乗りチワワほどのアリとしては大きな、しかし生物としては小型の体で殺気立つ大森林のアリたち。
金ちゃんは殺到するアリたちの猛攻にも構わず、崩れた小石の山をかき分けその下に埋まったなにかを探し出す。
その内に大事なこん棒をその辺にぽいっと無造作に捨て、金ちゃんは小石の中から見付けたものを空いたその手でわしづかみにしてむしゃむしゃと食べた。
「金ちゃん! よそ様の備蓄勝手に食べちゃ駄目だよ! 金ちゃぁん!」
その光景に思わず叫んだメガネによると、なんかそう言うことらしい。
そう言う、つうか、アリには元々、大きめの食料を発見すると隠したり、食性を同じくするライバルから守るためせっせと運んで集めた石をその食料の上に積み上げたりする習性があるとのことだ。
「社会性が高い……」
「これを社会性と言うのかどうかは解んないけど、生物多様性を感じるよね」
「たもっちゃん、生物多様性ってなに?」
「いや、わかんない。俺も大体の感じで言ってるから……」
ノリだよね。俺たちの会話なんかいつだって。
そんな感じでうだうだとどうでもいい話をしながらに、金ちゃんが無数のアリと戦って彼らが賢明に隠した食料を次から次に横取りする様を眺めるなどしている。
しかしここはエルフの里なので、小石の山でアリたちが隠し、その山を打ち壊した金ちゃんがぶんどっている食料は元々、エルフたちが備蓄していたものである可能性が高い。
と言うか、多分ほかに可能性はない。
だとしたら、アリに埋められていたとは言っても、確かに。
たもっちゃんが叫んだ通り、よそ様のお宅の食料に手を出してしまう我が家のトロール。
その暴挙。
どうしたものかなあと思ってはいる。
たもっちゃんも最初は叫んだものの、一度アリに奪われた以上は今なんとか掘り出したとしてもまた別に食卓に並べたりはしない。
と、本心なのか我々に気を使ってなのか解らないエルフたちの申し出によって全てをあきらめ、もう金ちゃんの気が済むようにさせていた。
そもそも、小さきものには優しいが天衣無縫の金ちゃんを我々に止められるはずもない。筋力の差とかで。
たもっちゃんは荒ぶる金ちゃんを眺めながらにぼんやりと、「俺のほうが絶対おいしいもの食べさせてるのに……いや、あの、待って。違うの。エルフさんの食糧事情にいちゃもん付けてるんじゃなくてね。お料理。そう、俺、お料理得意だから……エルフさんとこのご飯がおいしくないとか言ってる訳じゃなくてぇ……」などと、どこに向かってなのかも判然としない、そしてくやしさなのか嫉妬なのか解らない呟きを小さくこぼし、悪気はないのになんとなく最悪の言葉選びによって勝手に追い詰められていた。
さすがだ。息をするようにボロボロと言わんでいいことを口走ってしまい、場の空気を悪くする。わかるよ。お前は私だ。
実際ほら……エルフさんたちの料理はおいしくないんじゃなくて、素材を大事にしてるだけだから……優しいばっかりで味らしい味がないとか言ってないから……あの……私も、もう黙るね。
で、見たほうが早いと連れて行かれたエルフの里。
その、住人が退避し閑散とした、また、大人の腰の高さほどもある小石の山が夕陽に浮かび上がる光景の中、エルフたちは語った。
「今年は、遅かったからな……」
「あちらも、冬の備えに焦ったのだろう。黒糖をよこせと里まで探しにきたらしい」
この、遅かったと言うのは我々のこと。
そして大森林の大きめのアリと黒糖で物々交換を始め、そして毎年継続してきたのもまた我々である。
エルフたちは責めるようなニュアンスを、わずかばかりも言葉に、態度に、決して含ませはしなかった。
でもさすがに我々にも解る。
「やっぱ原因、我々ですねえ……」
「うーん……まぁ、正直知ってた……」
私は、やはりすぐ横で私と同じくめちゃくちゃ納得している感じのメガネと共に小さく、ゆっくりとうなずいた。
そう、薄々ね……。薄々、我々だなって。知ってたよね……。
エルフらは無数のアリの軍勢にすっかり明け渡してしまったかのような里で、ついでにそれぞれの家からいくつかの生活物資を持ち出すと我々を連れて本日の出発地点たる大森林の原っぱへと戻った。
そこにあるのはエルフたちのキャンプだ。
とりあえず、夜が近い。ごはんも食べたいし、すでに野営数日目みたいなエルフはともかく、我々に関しては森でお泊りの準備もしなくてはならなかった。
で、たもっちゃんが大きな鍋にこれでもかとたっぷりの料理をせっせと仕込むかたわら、エルフの里に降り掛かったこれまでの顛末が語られた。
我々がいつもお世話になっている里の、エルフの里長は彼ら特有の色素の薄い瞳をわずかに伏せて、真っ直ぐな長い髪を揺らしながらに静かな声でこう言った。
「予兆はあった。里の周辺でヴァルトバオアーを見掛ける機会が増え、ある時、ついに里の中まで。黒糖だろう。目当ては。今年はないのかと、焦れて探しにきたのではないか。魔獣を惑わし里を守る魔法も、相手が小さ過ぎてはそうそう防ぎきれぬもの。――正直、参った」
その、心の内を吐露するみたいなもの言いに、我々もさすがに思うことがある。
「それは……大変でしたね……。内容、大体知ってたやつでしたけど……」
「いやホント、ええ……? どうしてそんな、改めて驚くべき新事実を明かしたみたいな顔を……」
あれじゃん。エルフの里を見に行く前に、もうほぼほぼそう言う話だったじゃん。
それをエルフの里の現状を確かめに行く見学ツアーとして、連れて行かれてマジでなにもせず見ただけで帰ってきたところに、もう知ってた事実を改めて聞かされるこの状況。
なぜなの?
なぜ我々は、最初に大体聞かされて、その上で現地を見に行って、まあ聞いてた通りだったなと確認しただけで帰ってさらにもう一回知ってた話を聞かされるこの、二度手間三度手間の流れ。
我々が……我々の立場で口に出すべきではないような気がさすがにうっすらしてるのでさすがに言ってこそないのだが、口にさえしなければ大丈夫って訳でもないらしい。
マジでこれ、なんなんだろう。
そんな、心底の気持ちがにじみ出てしまっていたのだろうか。
エルフの里長はかすかにうなずくようにして、色素の薄いきらめく瞳をなぜかしっかり私に向けた。
「遠因であっても、自分達の引き起こした事態をよく見ておいて欲しかった」
「あっ、はい」
それはもう、はい。
ぐうの音も出ねえ。
むしろここまで、一言たりとも我々を責めなかっただけでも彼らの人間ができすぎみたいなところすらある。
厳密に言うならエルフは人族とは別の種族になるのだが、そもそもこの様々な種族あふれる異世界で人間を人族だけとは誰にも決められないみたいなところがあると私は思……う部分はあるのだが、多分、今はそう言う話じゃない気はしてます。
しかしまあ、そうなってしまっているものは仕方ない。いや仕方なくはない。
ごめん。見ないふりをしようとか、そんなことはちょっとしか思っていないので……。
ただ、すでに起こってしまった、もうそうなってしまっていることを嘆いてばかりいても状況はなにも変わらない。
なんとか対応策を考えねばならぬのは事実だが、だとしても人間の気持ちとしてはあれ。
めそめそしながらもそもそと、「やっちゃったねえ……」とか言いながらじっくりお夕飯をいただく時間とかが必要なのだ。
「カレーおいしい……カレーおいしい……」
「リコがカツを載せるのも忘れて普通のカレーをおいしいって言うなんて……隠し味は黒糖だよ」
「黒糖の話は今はやめてよお……」
この通り、一応ダメージと反省はあります。
5話更新の5。




