795 虫との闘い
小さな虫との闘いは実に厄介なものである。
大きい虫なら大丈夫とは言ってない。
全体的に虫とは文明社会の敵みたいなとこがある。異論は認めます。かっこいいよね。黒光りするカブトムシとか。
しかしながら、やはり小さな虫が大発生などすると本当につらい。
もうあれ。数の暴力ってやつ。
一つ一つは小さくて力も弱いように思えても、大挙するとダメ。マジで手に負えないとしか言いようがない。
想像してごらんなさいよ。
密閉の甘い入れ物の砂糖……使いかたがヘタクソでべたべたしてきたハチミツの容器……。
そしてそこにうぞうぞと、うごめく黒い無数の小さな点のような虫たち。
もうそんなの、シンプルに恐怖じゃないですか?
根源的な、背筋や胃の辺りが冷たくそわわとするようなそれ。
そう、それが。
べったりと、ねばつくように黒っぽくみっちりと密集したうぞうぞと這い回る小さな生き物が。あらゆるものの表面を、自らの体、そしてその色でおおい隠して我が物顔で蹂躙しているその光景が。
村、もしくは大森林に隠された集落のほぼ全てに広がっていると想定して欲しい。
まあ、想定と言うか。実際すでにそうなっている訳だが。
たもっちゃんは、説明するより見るのが早いと連れて行かれたエルフの里で、力いっぱいに腹の底から叫んだ。
「嫌だぁっ!」
解る。そのやるせない嘆き。
我々の……いや、全然我々のではないけども。
よく知った、そして毎年毎年勝手にやってきて、さながら子供時代の遠い夏の日をすごした懐かしい田舎のように身内のような勢いでだらだらと甘えてすごしたエルフの里は、もうどこにも見られないのだ。
あくまでも見られないだけで、消滅とかはしてない。のだが、気持ちの上ではもうそれに近いレベルでショッキングな様相ではあった。
元々、エルフたちは自然と非常に近しく暮らし、大森林の厳しさともまたうまく共生している印象が強い。
だからエルフの里も暮らしに合わせてムリに森を開くのではなく、木々の合間に集落がうまく入り組み広がっていると言うのが近いかも知れない。
どこか日本家屋にも似た素朴さの、エルフの家々が大きな木陰にひっそり隠されている風景はまるで大自然に守られているかにも見えた。
この日、我々が見たエルフの里は夕景だった。
里を離れたエルフらがキャンプ地としている草原から移動し、その地へと着くまでに太陽が傾いてしまったからだ。
そのせいもあるのか、それとも思い込みだろうか。
里はなんだか寂しくて、まだ暑さが残っているはずなのに空気は不思議に寒々としていた。
廃墟と呼ぶほどではないにしろ、生活の香りがまだそこかしこに見えるのにもうすでに荒廃が忍びよっているような。
また、その、住人を失い閑散と荒れた――もしくは、今まさに荒れようとしている雰囲気に拍車を掛ける奇妙なものがいくつもあった。
里のあちらこちら。
それは外に限らず、屋内にも構わず。それか、内と外を隔てる敷居を巻き込んで、いくつもいくつも積み上がる小石の山だった。
一、二センチほどの小石が集まって、人の腰の高さに近い小さな山となったそれら。
同様の小山がいくつも、まるで無数に、里のありとあらゆる場所に点在、または裾の辺りを混じらせるくらい近くに並んでぼこぼこと好き勝手に存在していた。
最初、全く解らなかった。
これがなんなのか。
なんの意味があるのか。
解らないと言うのは、思いのほかに厄介なものだ。
その得体の知れなさに、理解できなと言うことに、ふと、じわりとした恐怖が生まれてしまうことがある。
見ようによっては小石の山が無限に連なる陵墓のようにも思われて、不気味な寂しさを持っていたのも不安な気持ちを強くさせることもあったかも知れない。
まあ、我々は別として。
我々にはすでに被害を受けているエルフたちの説明があるので、すぐにそれらがアリの仕業だと教えてもらうなどしていた。なるほどね……。
聞いたら聞いたで、これも我々のせいと言うこと……? みたいな、新しい不安がじわりと生まれはしたけども。
あと、我が家には触れるものみな壊し行く金ちゃんがいる。
すっかり様子の違ったエルフの里に我々が「なにこれ」と圧倒されてしまっている間に、金ちゃんは久しぶりの大森林でちょっと楽しくなってしまったらしい。
金ちゃんもまた「なにこれ!」みたいなわくわくした感じで本来は飛び跳ねる穀物を半殺しにするためのお気に入りのこん棒を振り回し、里のあちこちにある小石の山をがっしゃがっしゃと打ち壊して行った。
わくわくの行く先に破壊しかない。
さすが大森林の暴れ者、トロールである。こわい。
「いや、どうかな? 金ちゃん、どうかな? 一旦待って。一旦ちょっと待って金ちゃん」
この得体の知れない小石の山をためらいなく壊して行けるそのメンタリティ。強靭すぎる。
なんだか我々もあわててしまい一生懸命止めようとしたが、まあ普通にムリである。
金ちゃんの躍動する筋肉、強い。
そんな感じで壊れ行く小石の山をあわわわとなすすべもなく見ながらに、もしこれがなんらかの超自然的なやつでのちのち人知の及ばぬオカルト方面から猟奇的に付け狙ってくる殺人鬼の幽霊とか出てきたらどうするんだよお! などとはらはら思いはしたが、完全にいらない心配と言うやつだった。
知ってた。アリだよね。
なんか、金ちゃんがお気に入りのこん棒で小石の山を壊してくと、ひっそりと、しかしそこらに何匹も潜んでいた大森林の大きめの――働きアリはハムスター程度。兵隊アリに関しては手乗りチワワほどもあるそれらが、キシャーキシャーと気炎を上げてわらわらと破壊の限りを尽くす金ちゃんに殺到。
そのたくましい足にうぞうぞと、恐れなど知らないと言うふうにアリたちがどんどん這いのぼる。
その様はまるで、誤ってインクに触れてた布地の端からあっと言う間に広がって取り返しの付かない黒い染みのようだ。
「こ……こわ……」
「き……金ちゃーん!」
それは大丈夫なやつなのかとメガネや私はそわそわと、微妙に離れた所から「逃げてー!」と叫ぶことしかできない。だいぶ恐くて近くまで駆け付ける勇気はなかった。
がんばれば近付けないと言うこともないような気はちょっとだけするが、けれども近くまで行ったとて、なにか役に立つとは限らない。悲しいね。
しかし、さすがは僕らの金ちゃんである。
ハムスター、もしくは手乗りチワワほどの大きめのアリが六本の脚でしっかりと、そして素早くカサカサと無数に自らの体を這い上ってくる不気味でおっかねえ事態すら意にも介さず、暴れ回る動きを止めずに結果としてこん棒を振り回す反動である程度のアリたちを振り落としていた。
ふんっ! ふんっ! と、荒ぶる金ちゃん。はじけ飛んで行く大量のアリたち。
我が家のトロール、筋肉で大体のことを解決しようとするとこがある。頼もしい。
で、そんな金ちゃんと大森林のアリたちとの戦いの始まり。その原因は、まあ見ての通り謎の小石の山である。
エルフの里を埋め尽くすような勢いでそれらを作っていた犯人こそが今、小石の山を壊した金ちゃんにキシャーキシャーとご立腹のアリたちだ。
ではなぜ、アリたちが小石の山を作る必要があったかと言えば、なんか、「それが習性だから」みたいな、だいぶ雑な説明が大森林に詳しいエルフたちから出てきた。
「いや……もうちょっと詳しく……」
「そう言うものだから……」
今はエルフの里がこのあり様になってはいるが、大森林ではまあまあ見られるやつらしい。私は記憶にないけども。
しかし「そう言うもの」以上の情報がエルフからは出てこず、私は思った。
「エルフ、孫のなぜなに攻撃で疲れたおじいちゃんおばあちゃんくらい雑な返事してくる時あるよね」
それでつい、ぽろっとこぼしてしまった私の素直な感想に瞬時にメガネが噛み付いた。
「は? 何? 俺のエルフさんに文句でもあんの?」
「たもっちゃん、そう言う細かいとこにキレられると話が進まないからさあ……」
悪かったよ……。エルフの年齢層は広いのに、全部まとめて疲れたおじいちゃん扱いして……。ごめんて……。
5話更新の4。




