786 ラスボス……のような
今回のダンジョン探索で第一の目的とされるのは、一部の人類をゴブリン化させた訳の解らない呪いのようなものをどうにかすることである。
これはメガネがざっくりガン見して、ダンジョン攻略したらなんとかなんじゃねーのみたいにふわっと断定してたので恐らくそうなのだろうと思う。まあ、多分。
と、同時に、この問題のダンジョンがなぜかこんな属性を持った原因については以前、自ら望んで悪魔と契約したホラーツ家の美貌の後妻が悪魔の力で使役した魔獣を隠す場所としてダンジョンを利用。その際に、じわじわと悪魔の力に汚染されたかなんかみたいな話もうっすら聞いたような気がする。
悪魔についてはもうマジでめんどくさいなと思うばかりだが、これね、結論から言うとあんま正しくなかったです。
レイニーと連れ立ち、と言うか、さあ行けと猟犬のように放ったレイニーとそのあとからえっちらおっちら付いて行くだけの私が、地下ダンジョンのだいぶ深部――あとから思えば、最下層に相当するエリアだったのだろう。
なにやら、これまで通ってきたダンジョンの水分でビタビタしたのとは少し様子の違う空間へたどり着いたのは、まあまあの時間が経過してからのことだった。
恐らく、レイニー先生が力加減バカなので普通に攻略するよりも断然早い到達だったはずだ。それでも突入からすると確実に、半日やそこらは経っていた。
時計などは持っていないが、私には解る。
ダンジョンに入ったのはそもそもお昼ごはんを終えてからだったし、途中で一回、作戦会議と言い張りながらおやつにもした。ダンジョンに障壁張って甘いもの食べるの、なんか、生きてるって感じするよね。
だから、カロリーを求める本能、そして現時点でのエネルギー残量から大体そのくらいの時間であると根拠の弱い、なんとなくの自信で確信を持つ。間違いない。間違いでも別に責任を取ったりはしないけれども。
その、ダンジョンの最下層。
最終ステージとでも言うべきだろうか?
存在そのものが異質であるダンジョンにあって、さらに異様な雰囲気に包まれた場所だった。
これまで、どこからともなくあふれる水でほのかに、不可思議に光っていたダンジョン内部はその様相を打って変わって一変させた。
まるで灼熱にあぶられ、焦げ付いたみたいにぼこぼこと、固く荒れた土くれが周囲の壁を、床を、天井をびっしり埋め尽くし、上に高く、横にも広い、けれどもいびつな広間を作った。
それらは土でありながら今にも沸騰し、ぱちんと爆ぜて飛び散って、辺り構わず焼き尽くすかのようにも思わせる。
実際は違う。
焼けただれたかのような、土くれは見た目ほどには熱さを持たず、その表面に手を置けば体温めいたほのかな温度をじわりと伝えてくる程度のものだった。
それから、ド、ド、と空間全体を足元から揺する規則的な振動。
立っていられないほどではないものの、この拍動にも似たわずかな揺れが、めまいにも似たぐらぐらとした感覚を引き起こす。
「酔う……」
絶妙に……。揺れのリズムが最悪すぎる。
「この……なに? ずっと揺れてるんじゃなくて、一呼吸ごとにふっと止まって一休みする感じ……だったらもう揺れてろよずっと」
頭と気分でぐらんぐらんとしてしまい、つい、いらだちでそんなことを口走ってしまった。
でも、ごめん。嘘。ずっとは困る。休んで。ずっとは揺れてないで。酔う。止まって。マジで。ごめん。
絶妙な微振動に翻弄されて、あわわわと乗り物酔いの様相を呈する私を前に、レイニーは全然平気そうに、それでいて「まぁ」と。
思い掛けない言葉を聞いたみたいな顔で言う。
「それは当然です、リコさん。だって、呼吸しているのですから」
「えっ」
なにそれ。
えっ。
異世界は地面すらも呼吸とかすんの? と、なにを今さら当たり前のことを言っているのかみたいな感じのレイニーに私は、だいぶ気持ち悪くなってきたのも一瞬忘れて我が家の天使をなにそれと見詰めた。
そして、しばし静かに見詰め合う二人。
いや……若干のドヤがにじんだ真顔でこっちみるだけじゃなくてね。
説明してくれよ。
あるでしょ。なんか。そこまで言ったらもうちょっと。レイニー。よくないぞ。
自分が解ってることは周りもすでに知っているはずだから、あえて言わなくても大丈夫。みたいな。過度の期待。
私、こーゆーの知ってる……。
孤立した冬山のペンションで謎の殺人事件が起こって野生の名探偵が真犯人をほとんど特定してるのにまだ確証がないからと結論を保留し、一緒に旅行してた友人かなんかに「よく考えればキミにも解るさ」とか言って作品によっては意外性に全振りでそのまま探偵が退場するやつみたいなおもむき。
今の状況でレイニーに退場されると私は泣きながら茨のスキルであちらこちらを緑豊かにわっさわっさと巻き込んでダンジョンの出口まで走らなければならなくなるので、なるべく無事でいて欲しい。
ただ、よく考えたらレイニーは名探偵ではないし、私もアイテムボックスに備蓄した自立式ドアn号を出してメガネに開けてもらえば多分すぐ帰れるやつだった。
なるほどね。大丈夫だわこれ。
人間、ちょっと体調とか悪いとすぐ悲観的な未来を捏造してしまう。我々は弱い……。我々て言うか、今回は私だけの話だが。
悲しいなあ。とか言いながら、私は地下ダンジョン最深部にある謎の拍動空間の、片隅でぐらんぐらんしながら膝をかかえたお座りの姿勢で待機。
しょうがないので悲しみをまぎらわす甘いものをそっと手にして口元によせ、もっちもっちと味わうなどしてレイニーがイェイイェイはしゃいで暴れる背中を見守った。
で、そのレイニーはなにをしているかと言うと、ダンジョンのラスボスらしきなにかと張り切って対峙しているところだ。
「悪しき者よ。愚劣なる悪魔よ。光強き天の力で今ここに成敗いたしましょう」
「愚かなり、愚かなり! 天などと! 恐れるに足るものか! 我が住処にのこのこと誘い込まれたとも知らず! 勝てると思うか! 我が力に満ちたこの場所で!」
「はい」
「……えっ、待っ……ピャッ」
いや、なんかね。
この懸案のダンジョンは悪魔――もしくは自ら悪魔と契約した悪女に利用されていたがためにその素養に汚染され、変な属性と力を得てしまったものである。
――と、私はてっきりそう思い込んでいたし、多分誰かにそう説明されていた気がするのだが、実際はちょっと違ったようだった。
厳密には、悪魔とその契約者に利用されて変な属性を持ったダンジョンになってはいたものの、悪魔関係者、及び使役された魔獣を除いた人類側として初期探索に関わった冒険者や兵士らを小さめのゴブリンにするほどのものではなかったらしい。
では、そうなるはずでなかったとして。
実際なってもうとるやないかい、と言うほかにないこの状況は一体どこからきたのだろうか。
新しく判明した事実によって、新しく発生した疑問の答えはかなり単純なものだった。
レイニーはこちらに背を向けて、そしてなんか全然話を聞かない内に容赦のない魔法をどんどこ放ち、「ピャッ」と切ない断末魔を残して消え去ったラスボス……のようなものがいた場所へ視線を落とすようにして呟く。
「つまらぬ戦いをしました」
「よく切れる刀でちょくちょくつまらぬものを切ってそうなこと言う……」
レイニー、そんな持ちネタあんの?
簡単にラスボスを蒸発させるレベルで焼き尽くしたことや、わずかばかりの同情も見せずその存在そのものを消し飛ばした冷徹さよりも全然そのことにおどろいてしまった。
あれか。レイニー、たもっちゃんと打ち合わせとかしてんのか。
やだな……。私も一緒にトリオ漫才とか組まされんのかな……。きついな……。
まあしかし、ラスボスっつってもダンジョンモンスターだもんな。天使であるレイニーも、一切のためらいなく消し飛ばせる存在ではある。
と、私は勝手に察して一人で納得していたのだが、これも全然正しくなかった。
どうやらダンジョンのラスボスのように待ち構えていたなにかは、――私にはヘドロのように、それか、ごぼごぼと内側から気泡を出してはぷちぷち弾け、辺りを汚染する真っ黒なタールのかたまりに見えたが。
レイニーによるとそれこそが、新たなる悪魔だったようだ。なお、悪魔の外見は一定ではなく、多種多様であるらしい。
なんで悪魔が利用してただけのダンジョンにまた悪魔がいるのかみたいな疑問はあるが、とりあえず、あいつ。メガネ。ガン見で出てきた説明書、ナナメにざっとしか読んでねえなってことに対してだけは確信がある。




