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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
のっぴきならないタイプのなにかなのは解るがこんなん絶対笑うやん編
784/800

784 差し支えと不具合

 一部の人類ゴブリン化現象。

 それはもう。大変である。

 だって狩る側であったはずの人類が、あるタイミングから急に狩られる側のゴブリンに変えられてしまっているのだ。

 色々と、差し支えと不具合しかない。

 私ですらも、大変だなあと一応思うほどだった。

 しかし、一応思っているだけで、しょせんはひとごとだったのだろう。

 呪われゴブリンとその仲間の人類がお昼ごはんとしている中に、いつの間にか、なぜかまざっていた野生の普通のゴブリン。

 その出現によりあぶり出されたのは、それが道理であるように武器を構えていながらに、しかし割り切れぬ心情に揺れるおっさんたちの繊細さだった。

 見て解る。めちゃくちゃ動揺していると。

 この状況に、私は思った。

「いや……悩んだところでさあ……。ゴブリンなことに変わりはない訳じゃない? しょうがなくない?」

 なんか……ムダな時間だなって。

 我々はわあわあめそめそしている騒ぎの輪から少しだけ離れ、その様子を外から見ている位置にいる。

 そうして、「やるしかないならさっさとやったれ」みたいな気持ちが言動に出てしまっていたらしい私に、たもっちゃんは黒ぶちメガネを装備した小さなゴブリンの憐れな姿で悲しいような、ドン引きのような感じでぼそぼそと言った。

「リコ、人間には心があんのよ……」

 ひどい。

 ちょっとなんかあるたびに私に人の心が足りないみたいなこと言うの、なんとなくよくないと思います!

 いや……私の言動に問題がないかどうかはちょっとね。ひとまず横に置いていただきまして……。

 まあ……、否定はできんよね。

 ちなみに、そんな悲しみのメガネゴブリンは使命感に突き動かされたじゅげむにがしりと抱っこされ、彼が装備したゴーレムの座席にぎゅうぎゅうと同乗している状態だ。

 たもつおじさんを守らねば。みたいな強すぎる意志を、じゅげむの凛々しい表情から感じる。優しい。

 じゅげむとしてはメガネおじさんだけでなく、金ちゃんのことも「守らねば」みたいな気持ちでいるようではあった。

 かつては強く大きな庇護者であった金ちゃんも、今や小さく憐れなゴブリンの姿。そう思えてしまう気持ちも解る。

 が、金ちゃんはいつでも暴れる覚悟ができている男だ。

 そのためすでにじゅげむが装備したゴーレムの丸っこい頭の上に陣取って、愛用の半殺し棒を肩に担いで仁王立ちしていた。

 まさに勇猛。

 察するに、どうしても誰よりマウントが取りたかった様子だ。力強い。唯我独尊の言葉が似合う。

 また、そんなじゅげむやそのマネをしてゴーレムの搭乗席にテオゴブとフェネさんをみっちみちに引っ張り込んだライムなどのいじらしい子供たち――が装備した二体のゴーレムを背中にかばう位置取りで、立ちはだかるのは明らかに戦闘職ではない街の薬屋だ。

 倒せないまでもなにかあれば時間稼ぎだけでも、みたいな覚悟が重い。

 かの若者は平素から貧しい患者には格安か無料で薬を配り、逆に金持ちからはふんだくると言う循環型の善意と良心の持ち主である。子供になにかあってはと、じっとしていられなかったのかも知れない。

 あと、よく見るとなんか両手に荷物から取り出した怪しい団子を、決して素手では触らないよう紙に包んでスタンバイしていた。

 多分だが、あの毒々しさ。ほのかにただよう刺激臭。ホウ酸団子かなんかだと思う。

 間違いない。いや違うかも。なんとなく、ホウ酸団子には玉ねぎまぜるといいよって昔どっかの老婦人が言ってたのを思い出す。

 お薬を作ると言う属性はあるが、どう見ても戦いに向いてない村人タイプでありながらいざとなったらやったると街の薬屋はかなりの覚悟を見せていた。えらい。

 毒餌だと撃退に時間が掛かる気はするが、じわじわと、しかし決して生かしては逃がさぬと言うなにかがにじむ。

 いいぞ。こう言うのは最初の一撃で息の根を止めるのが肝要なのだ。私は詳しいんだ。台所に出る害虫とかへの憎悪で。

 そうして街の薬屋が子供をかばい毒団子をスタンバイするさらに前面にはオットーやアンドレアスなどの冒険者が壁となり、オットーはなんらかの魔法で迷いゴブリンの周りに魔力の風を巻き起こし動けないよう牽制しているようだった。

 アンドレアスはそのそばで、魔法で牽制している間は自分のことが無防備になってしまうオットーを守り、危険がないようフォローする。さすがのナイス連携である。

 では彼らと同じパーティに属し、もう一人の仲間であるはずのスヴェンはどうしているかと言うと、なんかきゃーきゃー騒いでた。

「キャーッ! やだ! キャーッ! あのトンカツってやつまだ食べてないのに! 確保! 確保しよ!」

「トンカツ確保! トンカツ確保!」

「ウナドンも! ウナドンもおいしい!」

 そしてダンジョン探索で仲よくなったのか、ほかの冒険者と料理の保護に努めていた。

 ダンジョンの呪いによる人類ゴブリン化現象によって普通のゴブリンにまで変な情が出てしまい、この場に居合わせた人間側の全員がガタブルとばかりしていると思っていたら、一部に関してはそうでもなかった。

 もしかしたら誰より余裕があるようにすら思える。

 これが人の心が足りないと言うこと……?

 でもトンカツとうな丼は保護したい。わかる。

 なお、うな丼は正確にはウナギではなく似て非なる異世界ウナギのシュランクフライシュを使用したもので、大変おいしい仕上がりながら我々の心にちょっとずつデバフを掛けて行く特性がある。心理的な理由で。

 そんな、食べ物確保が第一の感じが強すぎてどうしてもイマイチ消せないながら、スヴェンらも一応考えてはいたらしい。

 たまたま位置取りが悪いかなんかで迷い込んだ普通のゴブリンと相対し、頭で理解、心で苦悩しガタガタしている小さいゴブリンをさりげなく、ぽいぽいと後方へ押しやるお仕事も並行して行うなどしていた。

 なんかえらかったなと思ってあとから問うと、あんなに動揺でガタブルしてては戦力にならず、むしろ作戦行動のジャマになる可能性もある。あとなんか、かわいそう。とのことだった。

 思いのほか、ちゃんとした理由とざっくりしすぎの同情があった。

 ……スヴェンなのに……。まるで私よりもちゃんとした人間かのようだ。

 そうして、ごはんを保護するついでのような、地道な活動のかいあって迷いゴブリンと人類サイドの間にはドーナツ状の空間ができ、事態はいくらかの落ち着きを見せた。

 別の表現をするならば、恐らく膠着状態とも言える。

 当の迷いゴブリンはいまだに状況が飲み込めてないのか、両手に肉料理をにぎりしめ「ちょっと小さいけどなんか同族がいっぱいいるからきてみたら食べ物いっぱいでこりゃ宴会やと思って参加しただけなのに、どうして……」みたいな困惑を、顔面いっぱいに浮かべているようにも思えた。

 ただしゴブリンは人語を解さないので、これは私が勝手に考えすぎているだけかも知れない。でもそんな顔はしている。

 こうなってくるとちょっとだけ、かわいそう……みたいな気持ちもうっかり芽生えなくもない。

 が、それはゴブリンへの憐れみと言うよりも自分だけが場の空気を読めず、知らない内に致命的にやらかしている陰の者に対する共感性羞恥でのたうち回る心境に近い。

 かわいそう……つらい……。やめて……やめてあげて……。

 もうダメだ。私はここにはいられない。つらい。ダメな部分での共感がつらい。

 せめて一思いにやってくれ。

 ゴブリンを逃がすとあとになって困るので、やるのはやる。仕方ない。

 私はそっと辺りを見回して、こちらに背中を向けながら自らで壁を作るオットーやアンドレアス。街の薬屋の、白い布を巻いた後頭部。それからゴーレムを装備した子供らにがっしりと搭乗席で保護された、小さなゴブリン姿のメガネにテオ。誰よりも高い所から状況を見下ろし、すきあらば暴れようとチャンスをうかがう金ちゃんを順々に視界に収めた。

 そして一度通りすぎた視線を、ゴーレムの胸元に開いた搭乗席の窓へと戻し、じゅげむにぎゅうぎゅう抱きしめられているメガネゴブリンへと戻す。

「たもっちゃん、もーこれダメだわ。私、ちょっと行ってくるからさ。待ってな。子供らと。安全にな。あとは任せた」

「えぇ……何、その……普段は全然頼りにならんのにいざとなったらゴリゴリに超有能なキャラみたいなセリフ……。そうじゃないでしょ。リコ、そんな子じゃないでしょ」

 貴様は普段も普段じゃなくても頼りにならんでしょなどと言われつつ、顔をぱや~っと輝かせたレイニーを連れ出し、探検隊はジャングル奥地へ――ではなく、二人で元凶のダンジョンへと足を踏み入れた。

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