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78 旅立つ二人

 翌朝、アルットゥとニーロは大きなトカゲの背中に乗って砂漠へと帰った。

 さようなら、トカゲ。キミの十六ある足の裏が全て、残らずぷにぷにだったあの感触は忘れない。

 トカゲの首を軽く叩いて別れをおしむ私の横では、たもっちゃんが旅立つ二人にこれでもかと携帯食を持たせるなどしていた。

「世話になった。約束を忘れるな」

 孔雀緑のはっきりした目元をどこか親しげになごませて、トカゲの上からアルットゥが言った。

「村へも必ず来い。砂漠の狩りを教えよう」

「うん、行く。楽しみにしてる」

 たもっちゃんがそれに答えて、男たちはがしりと固く握手を交わした。

 このおっさん二人だけ、周りの我々との温度差がすごい。

 彼らが妙に仲よくなったのは、昨日の夜のことだった。

 我々がトカゲの足の裏に魅了されている内に辺りはすっかり暗くなり、町の外の草原で野宿をすることになった。

 と言うか、我々は最初から野宿するしかなかった気もする。トロールがギルドの宿に泊まれないらしいので。

 どうせだったら一緒にとメガネが誘い、ハイスヴュステの男二人も夕食に参加した。そこまではいい。

 解らないのは、ごはんの途中でいきなりうちのメガネとアルットゥの二人ががっちり肩を組んで泣き出したことだ。

「姪が結婚するのは嬉しい。めでたい事だ。だが、少しだけ寂しくもあるのだ」

「わかる」

 俺も、娘が結婚する時そうだった。

 たもっちゃんが赤べこのようにうなずいて、二人は夜の草原にさめざめと泣いた。

 あんなに小さかった娘や姪が嫁に行くとかしんどいと、話す内に意気投合したらしい。

 なるほど、解らん。

 解らんが、解った。

 悲しみの止まらないおっさん二人をよくよく見ると、彼らの手には杯があった。中身は酒だ。たもっちゃんがどこからともなくこっそり出した。

 祝い酒と言うか、ちょっとした父親たちのやけ酒にしか見えない。まあ、なんか。男たちには飲みたい夜と言うものも、あるのかも知れない。なんか全然、興味ないけど。

 でもさ、これ。あれじゃない?

 アルットゥの同胞だましてお金盗った冒険者たちと、手口が一緒になっちゃってない?

 つぶれるほど飲ませなきゃセーフかと、変な心配でそわそわする私をテオが険しい顔でぐいぐいとつつく。

 嫁に出した娘がいるって、タモツは一体何歳なんだと。すごい顔で不思議がるので、あいつは私と同い年だよと答えておいた。

 うっかりやべー話題に触れてしまったと気付いた時の人間て、蒼白を通り越してあんなに顔を真っ白にできるんだなと思った。


 ハイスヴュステの黒衣の戦士、アルットゥとニーロを見送り私たちは大森林に戻った。

 その前に冒険者ギルドに立ちよって、昨日アドバイスしてくれた初老っぽい男性職員に礼を言う。簡単に、なんとかなったと報告するとよろこんでくれた。

 まあまあせっかくですからついでに、と。

 なにがせっかくでなにがついでなのか解らないままいくつか依頼を見せられて、変なきのこの採集依頼を一つだけ受ける。なんか、いつの間にか受けることになっていた。

 冒険者ギルドを出てから気付く。

 これ、よく考えたら別にムリに受けなくてもよかったんだよなと。

 完全にうまいことやられた気がする。さすが初老。人のよさそうな顔をして、ギルド職員しれっとやりよる。

 そうしてうまいことやられた結果ではあったが、我々はパーティとして依頼を受けた。

 お陰で冒険者ギルドのノルマを気にせず、探索に時間を掛けられると言うことだ。

 たもっちゃんは町でスパイスのほかにも丈夫な布やロープを買い込んで、そのための準備もしていたようだ。

 今回は浅い外縁部だけでなく、冒険と魔獣がいっぱいの大森林の奥深くまで行くつもりなのだろう。

 ……と、思っていた。

 いや、完全に違ってはいない。奥地にも行くつもりではあるようだ。ただ、大森林を本格的に楽しむ前に、たもっちゃんには済ませておきたい用事があるとのことだった。

 大森林に再び足を踏み入れたこの日は、一度通った道のりをたどり比較的のんびりと移動だけに費やした。そして、翌日。

 地面に大きな四角の穴を魔法で深く掘りながら、たもっちゃんは語った。

「素材さ、アルットゥが凄い喜んでくれたじゃん? 何か、俺も嬉しかったんだよね。だから、親分にお礼とかしたくて」

 それが、露天風呂の拡張らしい。

 我々がいるのは、ブルッフの実を採集しまくった溶岩池のそばだ。そして、温泉の規模を拡大する工事に着手していた。

 我々が親分と勝手に呼ぶのは、小型トラックみたいに大きな体の金色のサルだ。今までの湯船は親分には小さく充分お湯につかれなかったし、排水が全然ダメだった。

 数日ぶりに温泉の場所へきてみると、湯船からあふれたお湯で周囲の地面がびっちゃびちゃにぬかるんでいた。

 湯船の拡張工事と合わせ、近くの沼まで排水路を引く作業も行う。主に、たもっちゃんとレイニーが。魔法などを駆使して。

 テオも手伝いたそうにしていたが、魔法に関しては手が出ないようだ。理由は大体同じだが、私にいたっては最初からなにもやる気がなかった。村人だから。魔法はムリよ。

 魔法が得意な二人には、私のぶんまで親分のために骨身をおしまずがんばって欲しい。

 そんなエールを送ったり送らなかったりしながら、私はその辺で草をむしった。

 ヒマそうなトロールを引き連れて、手当たり次第に採集するのはぶ厚くぽっちゃりした謎草だ。別にこれを狙っている訳ではないが、やたらとあるのでいっぱいとれる。

 ほかの場所ではあまり生えない草のようだが、溶岩池の近くは別だ。この辺りは地熱が高く、生える草もほかとは違う。

 ヒマとやる気を持て余し、付き合いで草をむしるテオがそんなことを教えてくれた。

 そんな話を聞いてると、聞く前より体感温度が高くなった気がする。気のせいかも知れない。でもそんな気がする。

 あれだなあ。最初の頃は熱気立ちのぼる灼熱の溶岩池から森の木陰に逃げ込んだりしていたが、この辺一帯がほかより暑くてそもそも逃げ場などなかったってことだなあ。

 レイニー、まだ穴掘りに飽きないのかな。さくさく掘って早々に飽きて、エアコン魔法でも掛けてくんないかな。

 そんなだらけた欲望をいだきながらに、草を追い掛けていた時だ。

 いや。

 その前にまず、草を追い掛けるの意味が解らない。だが、ほかに言いようがなかった。

 それはミニサイズのアロエみたいな、地面に生えたちくちくした草だった。形としては少しめずらしい植物だったが、草に見えたし草なら私はなんだってむしる。

 自分でも、そう思っていた。その草を地面から引き抜こうとして、逃げられるまでは。

 ミニアロエは身の危険を感じてか、ちくちくした全身をふんふん揺らして自分の根っこを土の中から引き抜いた。そして丈夫そうな白っぽい根っことトゲのあるアロエ的な葉を使い、地面の上を走るように逃げた。

 意外に動きが素早くて。ちょっとだけ恐い。

 あとでメガネに聞くところによると、これはマグマに近い土地でだけ見られる植物だそうだ。普段は土に根を下ろしおとなしくしているが、危険が迫ると自力で逃げる。

 マグマの近くに自生するため、地面から吹き出す溶岩などから逃れるための自衛手段なのだろう。異世界の謎草は奥深い。

 まあ、それはそれとして。逃走を図る草と言うものが未知すぎた。

 なにあれ恐いと見送る私に、テオが不思議そうに言う。

「逃げるぞ、良いのか?」

 よくはない。

 よくはないけど、なんかあれを捕まえるのはやだ。

「むりむりむり。あれはむり。恐い恐い恐い。テオ、お願い」

「恐いって……草だぞ?」

「あんなアグレッシブに逃げる草とか私の中では草じゃないと思うの」

 テオの背中をぐいぐい押して、走り去るミニアロエを追い掛ける。

 夏の日差しはぶ厚く重なる森の梢にさえぎられ、ほとんど地面には届かない。それでもかなり暑いのは、多分地熱のせいだろう。

 メガネと天使が掘っている穴は、すでにある湯船よりかなり大きく深くなるようだ。広すぎてお湯が冷めてしまいそうだが、半端ない地熱のお陰で保温効果があるらしい。憎い。

 汗だくになりながら草を追い掛け、レイニーのエアコン魔法を内心で熱望している時だ。

 テオの背中が、押していた私の手からなぜだかすっと離れて行った。逆の手からはトロールの鎖が、引かれるように滑って落ちる。

 灰色の瞳を見開いて、振り返るテオが私を見上げた。その喉がひゅっと息を飲むような、声にならない音を出す。それで気付いた。

 離れたのは私のほうだ。私の体が地面を離れ、高い所に持ち上げられているのだと。

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