778 熱い闘志
人類ゴブリン化現象について、早急になんとかせねばと泣いているメガネの強い希望でラオアンの街にやってきた我々。
なんとなくうだうだと交わした話の流れとメルヒオール少年の登場により、我々に対する評価を乱暴になぜかちょっとだけ上げてきたオットー。
なぜなのか。
そこは全然「やるじゃん」じゃねえのよ。
そんな感じでやいやい言いつつおやつとしている我々や、テオゴブと金ゴブが子供たちにつかまって口に食べ物を詰め込まれるなどしている一方。
お役所的な建物でまとめて通された一室で、オットーたちの連れであるスヴェンがふらっと輪を離れたと思ったらまた別の小さいゴブリンの集団にまざりアルコールでびたびたにやられて理性と時間をぐでんぐでんに溶かす様子が観測された。
人はおろか。失敗から学んだりはたまにしかしない。
と、このように、街のえらい人らとか冒険者ギルドのなんやかんやの話し合いが長引いているのか、待たされヒマを持て余したゴブリンたちはアルコールに逃げていた。
ぐでんぐでんにやられているのは小さなゴブリンに変えられた中身は冒険者のおっさんたちがほとんどなので、逃げたと言うか普段からヒマができたらこんな感じの可能性もある。荒くれ根無し草の冒険者に信用なんかある訳がないのだ。
なお、そんな一般の冒険者は大体が拠点を決めてここを中心とした圏内で活動するものだそうだ。
だとしたら、彼らよりも根無し草なのは我々のほう。人のこと言えない。根っこがないの、我々のほう。
根拠の弱いただの誹謗中傷をしてしまいました。申し訳ない。
ともかく。冒険者だからか、そもそもの人間性の問題なのか。
それとも酒と言うものが人類にもたらす悪影響で、大体こうなってしまうのか。
このどれがが、もしくは全てが原因なのだろうか。
もうなにも解らない。と言うか、もはや知ったこっちゃないみたいな気持ちですらあるが、ぐでんぐでんにアルコールにやられてできあがったおっさんたちがそこにいるのは目をそむけても消えない事実だ。
中でも、なんでなのかマジで解らないのはパーツの一つ一つは人間に似た形を持ちながら、痩せぎすで、肌は緑掛かった茶色。そして基本は腰布一枚の出で立ちで、彼らに取っての肌色多めの姿をさらしてわちゃわちゃしているイエネコサイズのゴブリンの群れになぜか人間そのままでぬるっとなじんで誰より酔いどれるスヴェンの異彩さ。
このコミュ力。もういっそ恐い。
アルコールの力を借りすぎているのでコミュ力の問題とかでもないような気もする。
そして、やってられっかとやけくそに、だいぶよくない感じで盛り上がっている小さめのゴブリンと人間の大人たち。
この、場末の居酒屋でよくない感じにうだうだする様に似た大人らの姿に、眉の辺りをぎゅっとして顔をしかめたのはまだ幼さ残る、実際に幼いと言うべき子供たちだった。
幼児であるライム、それから我々の感覚としてはまだ幼い感じがしてるのにすでに十歳であると最近再発見したじゅげむは、眉をひそめ、けれども嫌悪と言うよりも心配で仕方ないみたいな顔で言う。
「にいちゃん。おさけのみすぎたらだめなんだよ」
「そうだよ。お酒にのまれたら人生ぐちゃぐちゃになるんだよ」
子供からこの言われよう。
関係ない周りの小さなゴブリンたちも胸に深い傷を負い、「ピェ……」と容赦なく踏んづけられたアヒルのおもちゃみたいに鋭く、しかし弱々しい鳴き声を上げて倒れた。
いや、正確に言うなら倒れてはいない。
痩せた背中をものすごく丸め、世界の全てから自分を隠すみたいにめそめそとしている。
かわいそう。悲しきゴブリンの内部から、憐れさがにじみ出ているかのようだ。
そんな中、精神構造が一味違う人物があった。男の名はスヴェン。僕たちのスヴェンだ。
彼は子供らの言葉にハッとして、手にしたカップに残った酒をぐいっと飲み干し神妙な顔で首を振る。
「そうだった……。オレ、長男だった。全力で親の身代食いつぶさなきゃ……」
ライムから兄ちゃんと呼ばれ、勝手に言い張り続けてきたオットーとアンドレアスの長男としての自覚を思い出したようだ。
なお、オットーとアンドレアスはスヴェンと大体同年代の、ただの仕事仲間であるので親子関係ではないしこれからもなる予定はないと聞く。
完膚なきまで拒否されていながらに、全然言い張るこの勇気。メンタリティが強すぎる。
でも、それよりもまず私は思う。
「それは長男の仕事なの……?」
むしろ、長男はがんばって親の身代守ったり繁栄させたりと、重ための役目を押し付けられるもんではないの……?
と、うっかり思ったのだがうちには今、オットーがいた。
うちに、と言うかメガネにテオに金ちゃんと我が家の主要戦力が小さめの憐れなゴブリンとなったこの状況でなんか知らんが一緒にきてくれてありがたい、よその冒険者パーティの子だが。
そしてその彼にはどっかの商家の長男ながらに実家を飛び出し、真実の愛を追い求めたのか求めてないかは解らないながらになかなかのクズに引っ掛かってごちゃごちゃしちゃっていた過去があるのだ。
よっしゃ。この話やめよ。
生まれた順番が最初のメンズであると言うだけで、ぎっちぎちの重責背負わせようとすんの場合によっては問題がある。ような気がする。人にもよる。
人間は……人間と言うものは、なんかこう……あれ。
「例えあんまり役には立たず小銭にしかならない草をむしって生きている取るに足らない存在だとして、それでもなんとなく命であると言うだけで尊い感じがちょっとくらいはしなくもない気がするものなのだから……」
ごはん代くらいはむしりたいよねと言う切実な気持ちで、ゴブリン宴会会場にまざり、たもっちゃん作、たもっちゃん持ちの、各種おやつを神妙な顔でいただいていると、我が家のカロリー担当である当のメガネがゴブリンの姿で解りにくいはずなのに、ものすごくあきれたみたいな表情をありありと浮かべてこちらを見上げた。
「リコ、四年に一回レベルの凄い真剣な顔してまた何かどうでもいい事考えてるでしょ」
「うん」
どうでもいいとはなんだ。生活費だぞ。大事なことだろうがとは思ったが、まあ、そう。
草の切なさ以外には長男の重責について完全にひとごととして考えていただけだった。
大変ですね。私には関係ないですけども。
そんなこんなでそもそもが、なにも決まらず、そして全然混乱してる状態だった。
えらい人らが別室でああだこうだと協議して、条件に該当する冒険者が仕事などで街から移動したことにより離れた場所で呪いに見舞われゴブリン化した人数、素性、現在の状況についての情報収集。また、その保護。このラオアンの街へ移送する手配。
発案、検討、それから実施。
すべきことだけは山ほどあった。それも、その全てが迅速であるに越したことはない。
国に対しても報告なしとは行かないが、今はっきりしていることはまだろくになにも解ってないと言う事実だけ。
公務員たちも忙しく必死に走り回ってはいたが、なにしろ前例のない、訳の解らない事案だ。混乱しないはずがない。
そのためゴブリンたちや我々も結構な時間を放置の格好で待たされて、ただただあり余るヒマな時間が我々の人見知りガードをがばがばに下げた。
「聞いてよ! あたしね、女なんだよ! なのにこれ! ゴブリンになったらこれ! 腰布一枚! お気に入りの装備だったのに! 冒険者だからってこれはないよね!」
「冒険者関係あるかな……。ゴブリンだからじゃない? 腰布。ゴブリン装備なんじゃない? 知らんけど。あっ、布いる?」
しばらくすると、よそのゴブリンともこんな感じで雑に話すようになっていた。
「いるぅ。布巻くぅ」
「レースある? レース。かわいいやつ!」
「もう! レースなんてそんな贅沢……えっ、あるの? いるぅ」
ぎゃいぎゃいとかしましいゴブリンたちはほかの呪われゴブリンがそうであるようにイエネコほどの大きさで、痩せぎすの緑掛かった茶色の体に古びたような腰布を巻いただけ。まぎれもないゴブリンスタイルだった。
彼女らは見てよこの消失した女子力と騒ぎ、ギスギスと骨ばった小さな手には大きすぎる皿をようよう膝の上に乗せている。そしてやはり大きすぎるスプーンで、レイニー先生が自らの欲望のまま完璧に仕上げたホイップクリームたっぷりのホットケーキをもりもりと口に運んで失意の穴を埋めようとしていた。
甘いものをこれでもかといただくチャンスを逃さないと言う強い意志。頼もしい。
あとは、なんでこうなったかは解らんがとにかく許さん。と言わんばかりの、焦げ付きそうに熱い闘志がそこにある。おつよい。




