774 ご陽気モブ
さて、呪いである。
たもっちゃんは、自分を含めた突然の人類スモールゴブリン化現象をそう言った。
呪いとは恐ろしいものだ。
人を呪わば穴二つ。みたいな、昔の人がなにやら残した言葉もあるほどに。
言葉の由来とかはちょっとはっきり解らないですけども。大体の。大体の感じで。
ただ、正直。私の中では「またかー」みたいな感想しかなかった。
これは完全に我が身のよくないところだが、砂漠の民たる呪いが得意なおばばに親しみついついポップに呪ったり呪われたりの経験をしてきているために、もはや感覚がバカになっているのだ。
もしも私がホラー映画に出てくるモブならば、ヘラヘラと入ってはいけない廃屋に入り、壊してはいけない謎の箱を壊し、触れてはいけないヤバげな呪物をいやに地面との距離が近すぎる自分の車のやたらとふさふさした敷物で飾ったダッシュボードにぽいっとのっけて持ち帰り、人知の及ばぬなにかの怒りでなにも解らない内に真っ先に不可解な犠牲となることだろう。
ヘーキヘーキで一番ヤバい所に突っ込んでしまう危機感のなさ。
ストーリーをずぶずぶの泥沼に引きずり込むや、退場してしまう無責任なバカ。恐ろしい。完全に私だ。
ただそう言うキャラは大体が悪ノリがすぎる部分はあるが根本的にご陽気なパリピなので、そこだけは私との深い断絶がある。
と、言うか。
あくまでもこれはもしもの話、ただの例えのつもりでいたのだが、この時点で実際に我々はだいぶやからしていた。
それはもう、犠牲になるためだけに出てくる悪ふざけがすぎるご陽気モブのような勢い。
陽キャのパリピでありながら、即退場の宿命と悲しみを背負って生きているのだ。
まあそれはそれとして。
体の造形だけでなく装備品まで不思議に小さくなっていて、視力の意味でも鉄壁の意味でも手放せはしない天界製の黒ぶちメガネを大人ネコのような現在の体にジャストサイズで装備している小さなメガネゴブリンは、痩せぎすの、小枝のような指の付いた両手でバターとジャムでじゅくじゅくのパンを器用に持ってもちもちと頬張りながらに語った。
「て言うかね、あれよ。あったじゃん? 前にさぁ、僕らのメルたんと会ったついでに何か連れて行かれたダンジョンの調査。あれがさぁ、今になって祟ってきたみたい。やだよね。時間差」
「えっ、なにそれ」
どこかもうめんどいとばかりに投げやりな様子で、だいぶ雑にそう言ったメガネに素直なリアクションを見せるのは自分のパンにじゅくじゅくとジャムを塗り付けるスヴェンだ。
オットーやアンドレアスも多分「えっ」とはなっている感じはするが、今はバターとジャムで顔をべたべたにしたライムの世話で忙しい。
我々のようないい年をした大人のやらかしにいちいち構ってはいられないようだ。
子供の顔、拭いても拭いてもべったべったしてる時あるよね。持ち前の保水力と糖分で。わかる。拭いても拭いても。
ローバストのクマの村、クマの老婦人が管理する家で、台所と一続きになっているリビングダイニング的な空間で大きなテーブルを囲みながらにやはりもちもちとパンをかじってメガネは続けた。
「何かぁ、何かぁ、あれメルたんママが悪魔の眷属置き場みたいにしてたらしいじゃん? それでまだ不安定だったダンジョンに変な属性付いちゃって、探索した人間をゴブ化する呪いとして炸裂したみたい」
「悪魔?」
「は? 悪魔って?」
たもゴブはだいぶ雑に、そして軽めに語ったが、さすがにそこは聞き流せなかったらしい。
アンドレアスとオットーは子供のべたべたした顔をぬぐう濡れ布巾を手にしながらに、「は?」「は?」と若干キレ気味の声を出す。
この異世界に魔族はいても悪魔や天使などはまた別で、ファンタジーな存在と聞く。
そのため、この場に居合わせた異世界人は一様に、急に悪魔とか言い出したメガネをこいつやべえみたいな感じでごくりと見詰めることになった。
と同時に、私も「えっ」となって問い掛ける。
「じゃあもしかしていっぱいいんの? ゴブ化した冒険者が。こんな……ふふ……こんな、朝起きたら突然のゴブリンが……」
「半笑いで言うのやめろや。これでウケんのリコだけなのよ。普通はそんな笑えないのよ」
私は生まれながらの人族なのであまり読み取れないはずではあるのだが、今のメガネゴブリンはどうしてか、なにもおもしろくないとばかりにめちゃくちゃ真顔なのが解った。
いやでも朝起きたら急にゴブリンて訳解んなくて笑うしかなくない?
と言う、個人的には極めて真っ当としか思えない私の主張はメガネとテオのスモゴブたちに「絶対おかしい」とやいやい言って封殺された。
マジョリティの横暴。ひどい。
そんな朝食から少しして、我々は問題のダンジョンへ……行く前に。
やはりスキルも健在だったメガネのドアからドアへ移動する便利な能力を活用し、「リコはやだ! リコに抱っこされるのはやだ! 人権に関わる! あと普通に安全性への疑問が残る!」と人聞きの悪いごねかたをしたメガネをひゃっひゃと笑うスヴェンが持ち上げドアノブを持たせ、とある薄暗い洞窟で白く大きな体をうじうじと丸めて「お迎えが遅いと思う……我、ずっと待ってたのに……つま、お迎えが遅いと思う……」としょんぼりしていた自称神たる白い獣の本体と合流。
回収してきた武者姫ロケットペンダントと、その中に収められた毛を媒体に、自称神が魔力で練り上げた分体は無事、再構築を果たした。
フェネさんがうっかり消滅した件については、これで解決。
本人の傷付いた気持ち以外は。
「つま、我のことなんだと思ってる……?」
やはりフェネさんがぱちんと弾けて消えてから、のんびりと朝食をはさんだのがよくなかったのだろう。
白き獣の自称神は体形に大黒柱感のあるアンドレアスの足元に体を隠して顔を半分だけ覗かせて、そんな、ちょっと人間を信じられなくなった小型犬みたいな様相を呈した。
それはそう。お前らがよくない。マジでよくない。と、このメンバーではまあまあ誰よりもフェネさんと縁の薄いオットーがなぜかしきりに同情し、我々はひどいひどいと言われながらに改めて移動。
目的地としたのは、かつて長らく契約者を介して悪魔の影響下にあった街である。
我々が始めてこの街に流れ着いたのは、忘れもしないまあまあ前のこと。詳しい時期は割愛します。
のっぴきならない金ちゃんの不調に泣きながら、薬屋を探して飛び込んだのがこの場所だった。
そして、悪事と享楽的な欲望にドロドロと停滞したようなこの街で、我々はメルヒオール少年と出会った。
いや、街へ飛び込んでから出会うまでにも色々あった。が、それもこれも野心ありすぎのメルたんママと、そのママが契約した悪魔のせいなので全ては終わったことなのだ。
ただ、自ら悪魔と関わりを持ち余計なことばっかやっていた母親とは違い、悪魔的なことには全く興味を持たなかったメルヒオール少年。彼はしかし、皮肉にも悪魔を身の内に隠した状態の母から生まれてきたためか親よりも悪魔の素養を秘めていた。
だがそこは僕らのメルたんなのだ。
決してそれだけでは終わらない。
属性だけでもかなりやばめの少年は敬愛する叔父への執着が高じ、逆に叔父を中心に世界平和をなにより愛するマジでやべーやつだったのだ。助かる。
ただし愛するのは叔父とその叔父を中心とした周囲の平穏だけなので、それより外の範囲になるとだいぶドライに打ち捨てがちなところもなくはない。温度差がひどい。
たもっちゃんらをイエネコサイズのゴブリンとした呪い的なものはその、メルヒオールと出会ったこの街近くで発見されたダンジョンに原因があると言う。
このダンジョンはかつて、メルたんママが悪魔の力で手下としたエグめの魔獣をこっそり隠した場所でもあった。
そうして間接的ながら悪魔の力に染まった場所となってしまったせいで、まだ不安定だったダンジョンに訳解らん呪われた属性が付くにいたったのではないか。
と、ゴブリン化したメガネががんばってしょぼしょぼガン見しながら言っていた。
今回、その呪われダンジョンの荒ぶる属性はかつて内部の探索に加わった人員を、大人のイエネコ程度のサイズ感でゴブリンに変えると言う形で現れた。
なぜなのか。なぜゴブリンなのか。なぜ姿を変えるだけでなくかなりの小型化を試みたのか。そしてスモゴブ化してからもメガネや剣やこん棒などは不思議にジャストサイズで装備しているのに、人間の服は消え失せて代わりにぼろぼろの腰布だけなのか。
みたいな疑問を、我々はわらわらとひとまとめに集まったスモゴブたちを前に思った。




