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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
言われてみれば確かにそんな話もありましたねと思い出すのはトラブルのさなか編
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771 投げっ放しの善意

 トルニ皇国で祝いの席に好まれるなにやら赤いでっかい魚。

 これがことの発端のような、あくまでもエレの結婚のため、ひいては魔王レベルで強大なポテンシャルを秘めすぎているエレのメンタルヘルスのため、抜かりない披露宴を準備せんと必死に駆けずり回った成果である。

 駆けずり回ったのはドアからドアへの移動が便利なタモえもんこと我が家のメガネと監督責任のようなものを発揮したテオで、残る我々はぐっすり寝て待っていただけだが。

 では、エレの故国たる皇国では祝いの席でポピュラーなそのめでたい魚がどうして手に入らなかったかと言えば、かの国の皇帝が体調を崩して国全体が自粛ムードになっていたからだ。

 トルニ皇国とこのブルーメは遠く離れているものの、皇国からの移住組であるラーメン屋のオヤジと、皇国に残り店を守るその息子とはメガネが横流ししたでかい板状の通信魔道具で連絡が取れていると聞く。

 だから常ならばラーメン屋の息子に頼んで魚を手配するところまでは恐らく難しくなかったし、魚が手に入るとなればローバストの事務長を通してメガネに泣き付きエレのためなんですと頼み込めば新鮮な状態で魚の輸送も可能だっただろう。

 たもっちゃんはちょっと深刻な変態なだけで、なんだかんだ便利な男なのである。なかなかフォローし切れない致命的な欠陥をかかえてはいる。

 で、ありながら、どうしてもめでたい魚が手に入らなかったのは慶事に好まれるその魚自体、獲ったり売り買いすることを明確に禁じられていたからだ。

 さすがに、それでは手の出しようがない。

 いやもしかしたらなんか色々かなぐり捨てればメガネを主犯に密漁なども可能は可能かも知れなかったが、そう言うのよくない。我々、知ってる。比較的最近倫理を学んだ。

 だから、困る。困っていた。

 けれども。

「あっ、あれか。もう大丈夫になったの?」

 懸案の魚がピチピチときたことで、私もそう思い当たった。

 非常に不本意ではあるものの、泣いている中年に起こされて私もさすがに目が覚めてしまった。

 仕方なくドアとドアとを便利につなぐスキルによって皇国から帰ったばかりの男子らを前に、ローバストのクマ村でクマの老婦人が管理する家のリビングダイニング的な空間で大きなテーブルを囲みぼそぼそと話すなどしている。

 寝起きでしょぼしょぼしすぎるあまりなにも解らない感覚がすごいが、めでたい魚がきたってことは国を巻き込む自粛が解かれたと言うことではないのか。

 ならば、皇帝の体調もだいぶ回復したと言うことになる。のかも知れない。

 そう思ってぽろっと問うと、たもっちゃんは黒ぶちメガネのその奥でうるんだ目からまた新しくビャッと涙を出してうなずいた。情緒よ。

「そう。全快。頑張りました。俺。俺とルップ。そしてテオ」

「おれは別に……」

 見て。この我が家のテオ。がんばりましたとしみじみとしたメガネになにやら名指しされ、テオはなにも大したことはしていないみたいな謙遜と、これ以上ずぶずぶに巻き込んでくれるなと言わんばかりの戸惑いを見せた。

 手遅れがすぎる。

 そしてまだ言い足りないメガネによって「持ってったお薬とかお茶とか飲んでる皇帝にビッタビタで張り付く侍医のお爺に俺がチクチクいびられるたびに間に入って細かく人間関係を調整してくれたテオ……」などと聞くだけでだいぶ大変そうな様子を語り、全然現場を見てない私までをもしみじみとさせた。

「それは……大事なお仕事ですね……」

 我々には決してできない……ものすごく大事な……。いや大変だなテオ。

 板ばさみの状態で胃とかキリキリさせてがんばったテオの姿が目に浮かぶ……私はその頃おうちでぐっすりしてましたけど……。

 いや、待って。たもっちゃん、もしかして侍医のお爺で韻とか踏んだ? 審議。審議か。

 ……ともかく。

 一仕事終えて安堵したのかめそめそと解放感に涙するメガネの様子からすると、先方も大歓迎の感じではなかったのだろう。

 お薬を運んで飲ませるだけの作業としては極めて単純な仕事ではあったが、そのほかの部分でだいぶギスギスしていたらしい。

 まあ、それはそう。

 床にふすのは皇帝で、しかも人為的に毒を盛られた末でのことだ。

 そら全力で警戒しますわ。なにもかも。

 けれどもそんな不適切なルート、不適切な人選でありながら、皇国側がしぶっしぶ受け入れざるを得なかったのは状況が状況だったからなのだろう。

 こんなに全力で怪しいと言うのに……。

 我々、と言うか我が家の男子らがいいお薬といいお茶をせっせと持参したがゆえ、先方も無下にはできなかったのだ。多分。

 しかし、それでも。

 皇国の元官吏がしっかり根回ししたのがあったとしても。

 よくこんな、悪気だけはないけれどあまりにも訳の解らない人間、そして薬、もしくはお茶を信じて受け入れてくれたと思う。

 恐らくこれには、少し――いや、大いに。

 あちらの複雑な心情も作用していたようだった。

 まずその前提として、皇国の現皇帝とただの我々の間には、かつての王の血筋たるエレオノーラ姫の存在があった。

 かの人は故国を追われ、現在はただのエレとして雑すぎる偽名を気にもせずローバストでたくましく人生を歩んでいるところだ。

 かつて幼くして故国を追われたエレの――そして今の皇帝にくみする側から見れば自分たちが追い落とした王族の、我々は関係者に見えなくもない。

 あちらにすれば極めて繊細な、悩ましい状況だったはずだ。

 トルニ皇国の現皇帝は今ですら、まだ子供のように年若い。

 腐敗した旧体制を打ち倒し王位を奪った当時なら、ほんの幼子だったに違いない。

 本人の意思などお構いなしに象徴として担ぎ上げられただけだとしても、その心情はいかばかりだろうか。

 自らと同じように訳も解らず翻弄されて、子供だと言うのに選びようのない運命を押し付けられている。

 エレと皇帝――この子を我々はルップと呼ぶが、彼らは真逆でありながら不思議と似通っているふうにも思われた。

 だからだろうか?

 ルップは、もしかしたらエレに同情と罪悪感を感じていたのではないか。

 そんなことをふと思う。

 ならば、望んだ訳でもなく押し付けられた身分や権力。そのために今度は毒まで盛られ、人生を好き勝手に食い荒らされようとしている少年はどう感じただろう。

 かつて自分よりも悪辣な手段で人生を荒らされ、けれども今はすねもせずに生きているエレが――その縁者とおぼしき使者が。

 自分を不要なものとする何者かに命さえ踏み潰されようとしているまさにその時、救いの手を差し伸べてきたら。

 罠を疑うべきものに似て。けれども、実際はどこまでも雑な投げっ放しの善意で。

 それはもしかすると治療と言うだけでなく、まるで過去の罪もなにもかもに対する許しのように思えたのではないか。

「いや重いわ」

「わかる」

「感情が」

「感情がね」

 でも解る。

 それはなんか多少の疑わしさは残ってもつい信じたくなるわと、我々はなんだかしみじみとうなずいた。

 実際にうなずいているのは主に私とメガネで、テオはそれを静かに放置の形で優しく見守り、レイニーや金ちゃんやじゅげむやフェネさんはまだその辺でスヤアと眠る。

 一仕事終えた解放感から泣いているメガネや、自分も一緒だったのに大変だったなと優しくメガネをねぎらうテオなどと共にうだうだと、そもそも皇国が薬とか受け取ってくれて助かったよなと話す内、そんな勝手な想像に帰結しているところだ。

 あくまでも勝手に予想しているだけに見せ掛け、ちょいちょいメガネが遠い所を見詰めるみたいにピントの調節がイマイチ甘くなってきた老眼をなんとかするみたいな顔でしょぼしょぼと見えないものを見ようとガン見したりしてたので、限りなくまあまあの真実を含んでいる可能性もなくはない。どちらかと言うとだいぶある。

 そんな重たさを噛みしめ、またはそっと横に置いて放置して、念願の縁起のいい魚がきたことでエレの結婚が爆速で準備。めでたい。とか言いながら、とりあえずみんなでちゃっかり宴席に参加。どんちゃんするさなかにはクマの村のクマである某リンデンが調子に乗って、木工所の職人が技術を駆使して作ったかも知れない木製の玉で曲芸を披露しようとしたもののドチャクソの失敗を喫してポーションが舞い散る大騒ぎをした。大変だった。

 そうこうする間にもうなにも解らなくなった我々が「今年のお中元て配りましたっけ?」と、ふらふら王都へ足を運んだりしていたタイミングで、それは起こった。

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