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77 死なない程度

 いや、それでも受け取る訳には。

 みたいなことをしぶい顔でアルットゥが言い出して、しばらく言い争いのような話し合いをすることになった。

 おう、俺の酒が飲めねえってのか。とか言って。酒じゃないけど。素材だけど。新入社員にハラスメントを働く先輩平社員のようだった。私が。

 当然双方ゆずらないので決着は付かず、私の中の平社員が荒ぶる。そこへ、なにやらのんびりと初老の男性職員が提案をした。

「では、どうです。こちらの彼らに何かしらを依頼して、その代価にグランツファーデンの素材を渡すと言う事にしては」

 それや。

 ハイスヴュステの黒衣の戦士、アルットゥとニーロは冒険者ではない。だからなにかしらの依頼を勝手に受けても、冒険者ギルドは関知しないとのことだ。

 我々はギルド職員にお礼を言って別れると、場所を町の外に移した。大森林の間際の町の、外側に広がる草原だ。

 夕暮れの迫る原っぱで、我々は草の上に直接座り互いの顔を見ながらに悩んだ。

「俺ら、困ってる事とかないんだね。意外に」

 グランツファーデンの素材を対価として渡すため、なにか依頼を出さなくてはならない。しかし現状、人になんとかしてもらいたいことが思い当たらなかった。

 あるとしたら、なんかむかつくのでハイスヴュステの人たちからお金を盗んだ冒険者をどうにかしたい。と言うくらいのことだ。

「なんかさー、ないの? 犯人捕まえる魔法とか。あれでしょ? 大体なんでもできるんでしょ? 魔法って」

「リコ、それパソコン触った事ない人がパソコン得意な人に言うやつ」

 マジか。やめて。

「嘘でしょ……。できないの? 金盗んだ奴をどうにかして精神的に追い詰めてうまいこと自首させるとか……」

「それって魔法? 呪いとかじゃない?」

 たもっちゃんと私がそんなどうでもいい会話をしていると、呪いと聞いてそばに座った青年がばっと顔をこちらに向けた。

「呪術なら、うちの村のおばばが得意だ!」

 孔雀緑のぱっちりした目が明るく光り、それなら任せろと無邪気に弾んだ声で言う。

 うれしげな表情とセリフが合っていない気はしたが、できるんだったら、それでよくない? なんかすごいよろこんでるし。

 我々は、そんな気分になった。

 聞けば、村のおばばは人を呪うのが得意だそうだ。得意ってなんだ。

 しかし、呪うと言っても色々ある。多分。

 命に関わるとこっちも逆に気を使うので、ほどほどに。死なない程度に追い詰めたい。

 そんな方向性を突き詰めて行くと、人間を死なせず最大限痛め付けるには寝かせないのが一番だ、と口をそろえた。テオとアルットゥがすごい真顔で。もしかして、経験則か。

「じゃあさ、眠ろうとすると枕元にびっちゃびっちゃにぬれた女が現れて恨み言を延々言いつつダイレクトに自首を勧める呪いとかにしようよ。せっかくだから恐がって欲しいし」

 呪いの響きにちょっとだけわくわくしてしまい、そんな提案をしたのは私だ。まあ、どうかしていたのだと思う。

 あとから思うと完全に悪ノリでしかなかったが、この時はなんかいいと思った。それに冷静になって考えたとして、それでやめるかと言うと、まあ、やめないだろうなとは思う。

「人を平気で不幸にする奴なんかさあ、自分が起こした不幸の十倍不幸になればいいんだよ」

「過激派」

 でも、力強さだけはある。

 まあまあの暴論を訴える私にメガネやテオが若干遠い目ながら賛同し、呪いの中身が大体の感じでふわっと決まった。

 決まりはしたが、しかし、実際に呪術を行うには少し時間が掛かるとのことだ。

 呪いを掛けるには相手の髪や爪、持ち物が必要になると言う。今回はアルットゥの同胞が酒で潰された時の遺留品があるそうで、これについても問題はない。

 ただ、彼らの住む砂漠は遠かった。

 おばばが呪術をこねくり回してどうにかするのは、ハイスヴュステの同胞たちが遺留品を持って集落に戻ってからになる。それに結構時間が掛かってしまうらしい。

 なるほどなーと聞きながら、気が付いた。

 村に戻ればおばばがいるし、呪術に必要な触媒は同胞たちが持っている。依頼じゃなくても普通に呪うのは呪えるだろう。普通って、もはやよく解らなくなってはいるが。

 だから、彼らは自力でなんとかできた気がする。もしかすると、我々がわざわざ依頼したのは、余計なお世話だったのではないか。

 不安になったが、でも、全くのムダと言う訳でもない。問題になるのは、やはり時間だ。

 呪術が効いて犯人たちが見付かるとしても、それがいつになるかは解らない。さらに、お金が無事に戻ってくるとも限らないのだ。

 のんびりしてると花嫁衣裳の準備が間に合わなくなるかも知れないし、お金が戻ってこないならやはり準備が整わなくなる。

 彼らがこの一応の筋は通っているように見えるけどどこかねじれた依頼を受けたのは、それを恐れたからだろう。対価の素材を受け取っておけば、花嫁装束の準備はできる。

 ごめんな。ねじれてて。いい感じの依頼が素直に思い付かなくて、ごめん。

 困ったあげくに呪いって。これもう訳解んねえよなと、忍びない気持ちが高じて逆にじわじわ笑ってしまっている時だ。

 私たちは、きらめく半透明のヘビを見た。

 夕暮れに染まる草原に、二人。黒衣の戦士が湾曲した短剣をしゃらりと抜くと、風を起こしながらに小さな竜巻が現れた。

 それはしなやかな縄のようにうねって伸びて、細く長くより合わされて手首から肘ほどまでのヘビの姿を見る間に作る。

 その様子がなんかすごい魔法っぽくて、「何それやりたい」とうちのメガネがときめいていた。

 竜巻からできた半透明のヘビは、短剣をにぎったアルットゥの片腕にいた。

 真っ直ぐ伸ばしたその腕にしっぽを軽く絡ませて、頭だけを持ち上げるヘビは全身が透き通りぴかぴかと輝く。特に瞳は不思議に薄く七色に光り、まるで宝石のようだった。

 アルットゥが低く小さく、ヘビにささやく。

 するとヘビの体が尻尾の先から頭に向かってぶるりと震え、細長い胴体にガラス細工で作ったような薄い羽がパキパキと生えた。

 ヘビは腕に絡めた尻尾をほどき、ただようように空中に浮かぶ。そしてその場でくるりと軽く一回転して、それから。

 電気ドリルのように高速で、ものすごく回転しながら飛び去った。

 すごかった。すごい速かった。

 直前までの優雅と言うか、ゆったりとした動きなどは見る影もない。

 ぐりんぐりんと高速回転しながら飛ぶヘビの、薄い羽がくるくる描くらせん状の残像が赤い空へと高く伸びて消えて行く。

「なにこれスカイフィッシュじゃん……」

 らせん状に空を飛ぶ、謎の物体。または生物。こう言うの、テレビとかで見た。

 なんかすごいUMAっぽいと、私も思わずときめくなどした。

 正確に言うと、今のは魔法ではないらしい。

 小さな竜巻から出てきたヘビは、ハイスヴュステの民が大事にしている妖精だそうだ。

 この妖精はハイスヴュステの民の気配を覚えてたどることができるので、同胞の間では連絡手段として使われる。妖精と言うか、使い魔に近いのかも知れない。

 ヘビを放ち剣を納めるアルットゥの隣では、ニーロ青年も同じように短剣を使いヘビを空へと飛び立たせていた。

 一匹はハイスヴュステの集落に、もう一匹は彼らと別行動している同胞の所へ。

 我々からの訳の解らない依頼を知らせるヘビを放って、アルットゥが振り返る。

「依頼の件は、必ず成し遂げる。素材も決して無駄にはしない。……感謝する」

 キリッとしたその顔はほっとして、言い表せないほどの好意がにじんでいるような気がしなくもなかった。が、よく解らない。

 彼らが竜巻をヘビにした辺りで、草原には二つのかたまりが現れていた。

 それは太い首に手綱の付いた、巨大なトカゲだ。体高は私の顔ほどで、頭と胴体だけでも覇者馬くらいの体長があった。しかも尻尾を合わせると、長さはその倍になる。

 いきなり現れた大きなトカゲは、男たちの民族衣装に頭や体をすり付けて甘えた。その絵面のインパクトの強さに、なにこれすごいと気になって全然話が入ってこない。

 このトカゲたちは、アルットゥとニーロが砂漠から乗ってきた愛馬だそうだ。

 爬虫類特有の気だるげな顔で薄い舌をちろちろ出して、糸みたいに瞳孔の細い四つある自分の両目をなめる様子は愛嬌があった。

 しかしとにかく体が大きいし、足がなんかやたらと多い。数えると、左右合わせて十六本。私の知ってるトカゲと違う。

「そうか? 砂漠では珍しくないのだがな。足が多いと、砂に沈まずに済む」

 それに、と言ってアルットゥがトカゲの足を一本持ち上げ裏返して見せた。

「この足のお陰で、音もなく滑る様に走る」

「うわー。ぷにぷに。うわー」

 トカゲはなんとなく硬そうなイメージがあったが、足の裏はやわらかかった。ぷよんぷよんとぶ厚くて、この弾力がクセになる。

 すごいすごいとよってたかって足の裏をもみしだかれて、トカゲは迷惑そうだった。

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