768 サンキュー兄貴
オットーも多分、色々とあるのだ。
実家を継いだ弟がサンキュー兄貴とだいぶポップな感じでいるらしいがために悲劇のおもむきが薄れているが、あいつ実家から絶縁されてるっぽいから……。
子育てのためなら家に頭を下げてもいいと覚悟を決めている発言もあったが、その頭を下げる相手もなんだか絶縁しているパパではなくて弟に対してのように思われる。
そもそも、オットーが絶縁されている理由がだいぶ繊細なやつだった。
我々が良し悪しを勝手に決めて押し付けられるものでもないし、現状、オットーやその周囲から見ての話を聞かされた限りのことしか知らない。
だから大体の印象にはなるのだが、少なくともオットーが実家から切り離されているのは事実で、だとしたらその彼が家族や親子と言うものに対して憧れなのか、憎しみなのか、複雑な思いをいだいていても不思議はないような気がしてしまう。
彼の親にしてみればまた別の思いもあるのかも知れないが、それは我々のあずかり知らぬことである。
ただ、片方の話を聞くだけではなにも判断できないみたいなことを今しがた言っておいて申し訳ないが、私はもうだいぶオットーのほうに肩入れしている。
「オレが……ちゃんとしてないからいらないんだ。あの家に。そんなものだろ? 父親も母親も、そう言ったんだから……」
「僕たちのオットーになに言うてくれてるんや。許さん」
「急激な手の平」
お前そんなオットーと仲よしでもなかったやんけ。ちょっと腐り切った心でそわそわしてはいたけれどもと、たもっちゃんが急にキレた私に対してなんかちょっと体を引いた。
たもっちゃんは恐らく手の平の話がしたいのではなく、なんなのその手の平返しはとびっくりしてしまったのだろう。
解る。
私も大体の感じでぷりぷりとしている。
ちゃんとした事実の裏付けとかはないので、まあ確かに訳が解らない部分もあるだろう。多めに。
しかしそれでも私がなにに腹を立てるのか解らないみたいに戸惑うオットーには「おのれ僕たちのオットーに」と思うし、これは私以外の人間もまあまあそうだったようだ。
本人の困惑を置いてきぼりに私がぷりぷりしていると、周りからガタガタとイスを持ちよって勝手に人間が集まってきた。
中でも、妙に親身な共感を見せたのは実家がそこそこの貴族感ある男子たち。
多分王都出身なのになぜかローバストで騎士をしているそばかす顔の若手のジャンニと、我が家の良心テオなどだ。
「解るぞ。親、勝手に期待するよな……」
「それで勝手に失望するんだ……解るぞ……」
そんなことを言いながら、古びてがたがた木目が浮き出るテーブルを見詰めて小さくうなずく。その表情をなんと言えばいいのか。
異世界家父長制家族が闇深い。
いやこれが家父長制のせいかどうかは知らんけど。
また、そんな感じでしみじみとこのテーブルによってきたのはこの二人だけでなく、金ちゃんの筋肉を眺めるなどしながら昼間っから酒を飲んでいた木工所のおっさんたちもいた。
なんか急に夏がきて、酒でも飲まないとやってられないらしい。どう考えてもただの言い訳である。
間違いない。私も同じ言い訳で冷たい甘いものを無限にいただく機会をうかがっている。
かなり規模が大きめの木工所を近くに持つこの村は元々、クマ的な獣族が暮らす場所だった。
そのこともあってか、木工所は人族の領主が治めるローバスト領の事業でありながら獣族も多く雇い入れられていた。
むきむきとした肉体と繊細な技術で小物から大型家具まで仕事があればなんでもこなす製造現場の紳士らは、強めの酒をチピチピやりつつ口々に好き勝手なことを言う。
「若えなあ。親の言うことなんざ真に受けちゃいけねえよ。なあ?」
「そうさ。親なんてよォ、自分は酒かっくらって寝ちまうしか能がねェくせに、カカアがうるせェから一応子供にゃ立派になれっつってんだよ」
「口先だよ。口先。信じんな」
ほかのテーブルからなにやら勝手に移動してきたむきむきとした紳士らは、これもイスと一緒に持ってきた酒のカップをチピチピなめてやいやい騒ぐ。
人族なのに頭髪じゃない毛量多めでもさもさとしたおっさんや、種族的にファンシーでおっさんなのにもふもふと愛らしい獣族のおっさんがテーブルを囲んでそれが普通であるようにどんちゃんするのはある種のほほ笑ましさがある。
しかし、なぜだろう。酒を飲んでいると見せ掛けて、完全に酒に飲まれているように思われてならない。よくない。
あとあれ。私も気を使って紳士と言ってみたものの、昼間っから集まって酒に飲まれている様子にはダメなおっさんのおもむきしかなかった。
その姿に、私は思った。
「全然参考にならんこと世界の真実みたいに言うのやめなよお……」
あてになんねえのよアルコールにやられた中高年の話なんか全然。
けれども、肉体派の紳士っさんたちによる「親の言うことなんかアテになんねえ」と言う、どことなく「この俺が証拠だ」みたいな説得力にあふれた主張。
そしてそれに対抗する、まあまあの貴族、または元貴族の家で比較的ぎちぎちの教育を受けてきたメンズらの「しかし親が子に期待を掛けるのは励みでもあるし……」などと、空気を読みすぎるよい子の意見。
これらはいつまでもさっぱりまじわらず、どこまでも平行線を爆走するばかりだ。
多分どちらかが間違っててどちらかが正解と言うものでもなく、どっちもあるし、どっちも各ご家庭の事情による。ような気がする。
我々はその無益な争いに早々に疲れ、こちらのテーブルで勃発した親と子のなにかとはまた別の、顔を見れば争い合って今はなぜかどちらがたくさん食べられるか選手権を開催している金ちゃんと、本人だけがいとこのお兄ちゃんと言い張っているスヴェン。
そしてそのどっちもがんばれと応援しているじゅげむのほうへとそそそと近付き、「寿限無はそのまますくすく育つといいよぉ」「そうだよお。我々はほら……子供がいいんじゃなくてじゅげむにいて欲しいだけだから……がんばりたいことあったら応援するけどありのままいてくれたらいいと思うよお」とか言いひそひそと、たもっちゃんと二人してやたらと必死に訴えてしまった。
我こそが小さき命を保護し立派に育て上げる者なりと自信を持って言えるほどにはなに一つしっかりしていない、我々のありすぎる自覚がそうさせた。
子育てむずい。マジむずい。
親と子のありかたについて。
その論争に我々までもが巻き込まれ妙にめそめそしてしまったが、これはあくまでただの待ち時間。
本題はトルニ皇国の――いや、よく考えたら皇帝の不具合を治すのすらも大元の本題ではなかったような気がする。
思い起こせば我々はただただ、エレの結婚式ができなくて困るがために走り回っているのだ。
いや、嘘。私は走り回っていない。
たもっちゃんとついでにテオが、大体の人類が寝静まった真夜中などに人目を避けてドアのスキルでよそ様の国のよそ様のお宅へ忍び込み、せっせとお薬や人体に悪影響をなす毒の成分に効能のある草などをこれでもかと駆使。
まあ元気お出しよと、まだ子供のように若い皇帝の治療を試みて人体の不具合をどうにかするための大事なお仕事をしている。えらい。私は夜、ぐっすりよく寝てます。
皇帝と毒と言うキャッチーかつインパクト強めの案件が出てきてなんとなくそれが目的みたいな感じになっちゃっているが、そもそもはメンタルヘルスの如何によっては魔王化もありうるエレの結婚が発端なのだ。
我々が当初の目的を見失いがちなのはだいぶいつものことではあるが、もうなにも解らない。
もうなんか、大変そうですねとうっすら思うのがせいぜいなのだ。
とにかく、エレには一国の王女ほどにとは言わないけれど、そこそこ満たされた一生を送って欲しい。そしてなんとか魔王化は回避していただきたいと思う。
そのために私は――いや、特にはなにもできないけれども。
リコきてもしょうがないよとお留守番を言い渡された身では、やきもきしながら冷たいおやつをいただいていざと言う時のために体力を温存しておくくらいしか。
あつあつさくさく栗あんのウロボロス焼きを上下二枚に分解し、間に冷え冷えアイスをはさむなどして罪の食べ物を作るなどして。
力なき我が身の歯がゆいことよ……。
ウロボロ栗あんアイスおいしい……。
こうして我々は忙しそうな親の背中をのんびり見ながら、ヒマだよう。海連れてってよう。と好き放題に言うだけ言う夏休みの小学生のように時間を溶かした。




